白き永遠

主にエロゲーの感想や考察について書いていきます。楽しいエロゲー作品に、何か恩返しのようなことがしたくてブログを始めました。

アストラエアの白き永遠 考察_儚く舞い散る雪に、想いの結晶は降り積もる(49175字)

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背後に散る雪や桜と同じで、いつだって儚い笑顔だと感じていた。

だけど、

雪も桜も、一度散っても、またこうして舞うのだから





【ジャンル】雪の舞う空に恋を唄うファンタジーADV


この記事は、「アストラエアの白き永遠」という作品の、雪々ルート単体の考察記事です。

※以下からは完全ネタバレですので、プレイ済みを推奨します















この記事は、「アストラエアの白き永遠 -ELFIN SONG’S AN UNLIMITED EXPANSE OF WHITE.- 」の、雪々グランドルートの感想を交えながらの考察記事になります。

まずこの雪々グランドルートでの、「死生観」と「永遠性」という対立する2つのテーマの中で描かれる、なかひろ先生独自の「想いの永遠性」という非常に大きな題材にはすごく惹かれるものがありました。

(「想いの永遠性」こそなかひろ先生独自のテーマであることは、同ライター作である星空のメモリアでも示されています。それについては以下の記事にて別に考察しています)
星空のメモリア 考察_永遠の想いを、輝く星空にのせて(5500字) - 白き永遠

このアストラエアの白き永遠では、OPテーマのフレーズにある、人が分かり合うためにという題材から、「心」や「他者」、「共感」という観点から、星空のメモリアの内容を引き継いで「想いの永遠性」について書かれているのではないかと私は思います

さて本記事ですが、私は本作を有限と無限、終わりと始まりを象徴する「死生観」や「永遠性」という考え方で捉えています。この作品の違った観点での良さを、1ファンとしてお伝えすることができたらいいなと思います。

雪々など様々なキャラの想いや本心を大切にしたのが、私が本作で大好きなところですので、以外からその良さについて書きたいと思います。みなさんにとって本作が好きになってくだされば幸いです。

※画像の著作権は全て、有限会社FAVORITEに帰属します。

















一人よりも、二人のほうが嬉しかった

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ここは自由に駆け回れる庭だった。
好きに生きることを許された世界だった。
それ以上に求めるものはない。
やわらかい雪の上に、想うだけの足跡をつけたなら、この心は簡単に満たされる。


ーー雪々(プロローグ)

このプロローグの雰囲気や言い回しはすごく独特で、始まりからすごく心に残るようで私は好きです。このテキストの良さは、さすがといったところでしょうか。雪々にとって降り積もる雪の世界がどれだけ心の多くを占めていたかが分かります。

雪々にとってはこの降り積もる雪が全てでした。この雪の世界には雪々以外の存在などなかったから、遊び道具であった雪だけが全てでした。雪が積もった世界はまさに自分の庭そのもので、そこで自由に駆け回って、その分だけ足跡をつけて......。‬
そんなふうに、ここならば好きに生きることができる。足跡は自分がここにいることの存在の証明で、自分の足跡を続けたら自分が生きているという実感までもが得られていたのではないでしょうか。

雪々の心はそれで満たされたし、それ以上に求めるものはないくらい、雪々にとっての全てだったのでしょう

寂しいなんて気持ちもなかったと、雪々は今まではそう思っていました。彼と出会うまでは。

「ゆきゆきは、そう思う......」
「そう、思ってたんだよ」

ある日に気づいた。
たぶんそれは、彼との出会いがキッカケだった。

……一人よりも、二人のほうが楽しいんだ。
……一人で遊ぶよりも、二人で一緒に遊んだほうがうれしいんだ。

知らなかった。
彼から初めて教わった。

その想い出は今も心に積もっている。
その結晶だけは、溶けて消えてしまうことはない。

だけど今はもう遊び相手がいないから、遊び道具だったはずの白い雪は、ひたすらに冷たいだけで。
だからきっと、そんな雪の上で眠ってしまったら、自分は二度と目覚めないのではないか......。

だったらいっそ、結晶のひとかけらさえ、積もらなくていいと願った。


ーー雪々

これまでの雪々は、雪が積もる世界、つまり自分だけの世界で心は満たされ、それ以上は求めていませんでした。しかし彼と出会い、そして遊び相手になっていくうちに、一人よりも二人のほうが楽しいこと、一人で遊ぶよりも二人で一緒に遊んだほうがうれしいことを、雪々は心のどこかで知ったのでしょう

そんな気持ちを彼から教わり、知ってしまった雪々は、今まで自分の全てで、それ以上望むことのなかったはずの雪が、いつの間にか遊び道具にまで成り下がってしまっていました。それだけ、彼という存在が雪々の心を占めるようになり、満たしてくれるようになっていました。

そして雪々は知ってしまった。彼の温かさを、人の温かさを......。だから遊び道具にまで成り下がってしまった雪は、ただ冷たいだけで、遊び相手になってくれた彼の温かさには変えられなくなっていました。
今までの雪々は冷たさしか知らず、だからそれが全てだと満足していましたし、それが全てだと思っていたから満足という感情以外は抱けませんでした。雪が冷たいと感じることさえありませんでした。

だけど、彼の温かさを知ってしまったら、雪は冷たいものでしかないことに雪々は気づいてしまいます。雪は溶けて心に積もることはないけれど、想い出は心の降り積もり、想い出の結晶は溶けて消えることはない。心に積もることのない雪では、溶けずに残り続ける想い出には、到底変えられないものになっていました。

そんな彼との想い出は、ずっと雪々の心に積もり残っているのに、遊び相手だった彼はいなくなってしまいます。雪々に残されたのは、今まで心を満たしてくれた、そして今ではもう冷たいだけの雪のみでした。そんな雪がいくらあったとしても彼の代わりにはならなくて、その冷たさは失くしてしまった彼の温かさの悲しみをよりはっきりと感じさせてしまいます。だから、そんな寂しい雪はむしろ無くしたいと雪々は思ったのではないでしょうか。

想い出は温かくて、でも今まで温かいと思っていた雪は冷たかった。そんな雪の上で眠ってしまったら、眠っている間にだけ浸れる想い出や夢から覚めないのではないか。覚めたら儚く消えてしまう、彼との想い出の夢から目を覚ましたくなくなるのではないか。それに、冷たいだけの雪を拒絶して目覚めないかもしれないーー

しかし雪々は、別れが寂しいから見る、温かな想い出と夢の中で眠り続けないため、今まで生きることの全てだった雪の結晶のひとかけらさえ積もらなくてもいいと願いました。

あの日、なぜ彼はわたしに声をかけたのか。
なぜ彼は、このわたしを見つけてくれたのか……。
そんな彼だから、わたしは友だちになりたいと思ったんだろう。
彼と一緒に遊ぶのはとても楽しかった。
一人よりも二人のほうがうれしいのだと教えてくれた。

だけど……。
だけど、あとで知った。
大きな秘密を知ってしまった。
わたしは、本当は、彼と友だちになってはいけなかったのかもしれない……。

「りっくん……」
「ゆきゆきは、変わってないよ……」
「だけどりっくんは、変わっていく……」
「だったらゆきゆきも、変わらないと……」
「りっくんのために、変わらないとって思うんだよ……」

時計台の鐘が鳴る。
わたしはまだ見上げている。
雪は降り続いている。

風の冬が過ぎ、剣の冬が過ぎ。
そしてついに、狼の冬が始まる――――


――雪々(グランド√プロローグ)

そして三年目の冬。雪々が願った降り積もらない雪は2年間降り続け、三度目の冬を迎えます。北欧神話の世界では、剣の冬、風の冬の後に、狼の冬を迎えます。この三年目の狼の冬では、生きるもの全てが滅んでしまう冬を迎えます。では月ヶ咲が迎えたこの三年目の冬では何がなくなってしまうかというと、雪々自身のことでした。それは雪々自身の後悔から、この三年の冬が始まり、そして自分自身がいなくなることで、この三年目の冬の物語の終わりにしようとしていました

ずっと一人でいて、二人で遊ぶようになって、また一人に戻ってしまった雪々。今まで何も知らなかったけれど、その出会いと別れが教えてくれたのは、愛しい心や孤独の寂しさといった感情でした。出会いを知って、別れを経験して。本当はずっと二人で一緒にいたかったのに、一人取り残されてしまったらもう寂しいだけで、しかしやがて出会わなければ良かったのではないかという後悔へと変わっていきます。

一人よりも二人でいることのあたたかさを知ったのに、それを手放してしまうほどの後悔と、隠された三年の冬の意味とは何だったのでしょうか。まずは雪々が願った、この三年の間の降り積もらない雪に込められた願いとそこに秘められた想いについて、ここでは整理してみます。










雪道の足跡と想い出

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想い出は降り積もる。
夢から覚めると、それは儚く消えてしまう。
雪は積もることなく、人の心に溶けてゆく。


ーープロローグ

雪々は独特の言い回しが多く、伝えたい想いを遠回しに言っていることが多いです。そのためここでは、その秘められた想いについて考えてみたいと思います。

まずプロローグでは、想い出と雪について一緒に語られています。想い出は降り積もり、雪は積もらない。しかし、普通は雪は積もるものではないでしょうか。なぜ積もらないと書かれたのか?そんな疑問が出てきます。それはその雪を、心象的に捉えたからでしょう。想い出と雪それぞれが、雪々の願いそのものだったのです。では想い出と雪それぞれに存在した願いは何だったのか、それぞれ考えてみます。

まず先に、なぜ雪が積もらないと言っているかの解釈をしてみます。ここでの「雪々の想い=雪の結晶」だとすると、雪々の想いは誰かの心に寄り添いたかったから、降り積もらない雪を描くことによって人の心に降り積もる雪=雪々の想いを描きたかったからでしょう。

そして結晶のひとかけらさえ積もらなくていいと願った雪々ですが、一緒にいたいのにその降り積もる想いが誰にも届かない寂しさ、そんな心を誰かに見つけて欲しいという本心があったのでしょう。だからこそ優しい雪は、寂しかった。

この雪々の本心や想いの結晶については本作で中心的に扱われる内容ですので、後ほどより詳しく取り上げます。


次に想い出が降り積もるのは、それだけ想い出が心に在り続けるものだということです。雪々にとって雪は、かつては全てを満たしてくれた遊び道具で、降り積もる雪には大切だという思い入れがありました。しかしその雪と入れ替わるように、想い出が大切になっていったから、雪に代わり、想い出は降り積もるようになったと言っているのです。雪が降り積もるというのは、それは大切な想い出はずっと覚えているという雪々の気持ちなのでした。


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「今日は、どこにいこっか」
「この足跡を、どこまで続かせてみよっか」

「どこまでだって、いいんだよ」
「足跡は、二人が歩いたって証だから」
「途中で、誰かの足跡にまぎれても……そのあとに溶けて、全部なくなっても」
「ゆきゆきは、覚えてるんだよ」

「りっくんと一緒にいたってこと、ずっとずっと、覚えてるんだよ――――」


――雪々(二人で歩いた想い出)

今までは雪に思うだけの足跡をつけたなら、全てが満たされていた雪々。しかし二人で一緒に足跡をつけることが、いつの間にか全てになっていました。

想い出は大切で、だから忘れることはない。そうした想いはずっとありました。そのことが最も分かるのが、次の「誰かの足跡にまぎれても、さらに雪が溶けてなくなっても、雪々は二人の足跡を覚えている。」という一文です。雪々は足跡を必死に探そうとしたり、覚えようとしていたわけではないので、足跡のことを細かく覚えているということを言いたいわけではないのでしょう。なので雪々が足跡を覚えているというのは、二人が歩いた証を雪々は覚えているということを言いたいのでしょう。二人で歩いた証とは何か?それの意味しているものこそが、二人の想い出そのもののことを指しています。足跡を覚えているというのは、雪々はずっと想い出のことを覚えているということを言いたかったのです。つまりここでも、降り積もる想い出と同じで、足跡というのは心象的なものとして捉えています。それ足跡が現実に残るものではなく、心に残るものということを意味し、それを想い出を言い換えて足跡だと言っているのでしょう。想い出とは、二人で歩いた証、二人で歩いた想い出のことになります。

だから足跡が誰かとまぎれても、溶けてなくなっても、見かけにはわからなくなっても、ずっと雪々の心には思い出に残っているんだよ、という意味になるかと思います。

雪々は足跡のことに続いて、一緒にいたことを、想い出をずっとずっと覚えてるんだよ、と続けています。その言葉のとおり、プロローグでの雪々は、想い出は心に降り積もり、溶けて消えてしまうことはないという言葉に繋がりました。つまり雪々は想い出(=雪の足跡)を覚えている、決して忘れることはないというお話だったのではないでしょうか。

ここで語られているのは、想い出の愛おしさや尊さは、かけがえのないものだということです。

後ほど語る「不変と普遍に憧れていた」に登場しますが、この想い出の大切さについては、時計台への憧れと重ね合わせられています。

雪ちゃんはこんなふうに言葉が足りなくて、言っている意味があまり飲み込めないのだけれど。
でも僕は、誰かが遊びに来るなんて初めてで、そのことに驚いたせいかあまり気にはならなかった。


――雪々、陸(Episode2翌日)

幼かった陸には、雪々の言っていることは伝わっていなかったかもしれませんが、誰かと一緒に遊べたら嬉しくて楽しくて、誰かが遊びに来るのは驚いてしまったくらい心に残る出会いでした。その二人の想いは言葉にしなくとも、心では想いが通じ合えていました。想いが言葉になることよりも、一緒にいることが雪々たちにとっては大切なことでした。

陸は両親を失った経緯から孤児院で過ごしていましたが、その輪の中に入ることができないことに少し虚しさのような感情を抱いていました。そして雪々は、一人でいることで全てが満たされていましたが、その表情にはどこか寂しさを浮かべていました。それがふたりが得た、初めての共感でした。

そのような想いが分かち合えていたから、何も気にはならないと思えるくらいに、この時は満たされていたのでしょう。


しかし雪々の外見は変わらずとも、昔と全てが同じわけではありませんでした。変わらないように見えて、何かが変わっていったから、やがてそうした想いは届かず、重ならなくなっていました。ただ一緒にいられたら満たされた雪々の想いは、変わらなければいけないという胸に秘めた決意によって叶わなくなっていました。










背負った罪


「その後、雪ちゃんはキミと別れることになった」
「雪ちゃんは、すごく落ち込んだ……」
「私の前では明るく振る舞ってたけど、それが逆に痛々しくて見てられなかった」

「だから私は、雪ちゃんを慰める意味で真実を教えた」
「榛名陸という男の子は、私たちが死なせてしまった人の子どもなんだって」
「だからもう、会わないほうがいい。忘れたほうがいい」
「この別れは、必要なことだったんだって……」

「…………」

「雪ちゃんにとっては、それがいいと思ったんだ」
「キミのことを忘れてくれれば、哀しみも溶けてなくなると思ったんだ」
「だけどそれは、間違いだったのかもしれない」
「私は雪ちゃんに、よけいな罪を背負わせてしまったのかもしれない……」


――幸(グランド√)

罪とは、ここでは相手との関係の間で発生する、他者ありきの概念です。ここでの罪とは、相手への負い目だと掘り下げられてもいます。雪々は人に対する負い目を抱いていました。

幸は離れてしまった寂しさが少しでもなくなるように、この別れは必然だった、彼の父親を死なせてしまったのだからと言ってあげることで、別れの寂しさを忘れてもらえたらと思い、この事実を伝えていました。しかし別れることになった人が大切な相手だったら、簡単に忘れられるのでしょうか。そして大切な相手の、大事な父を奪ってしまった後悔は、忘れることで解消されるものなのでしょうか。そうして忘れられるはずもなく、さらに死なせてしまったことで孤独にさせてしまったという後悔と負い目を背負い続けていました。
幸にとって雪々を思っての言葉だったのですが、死なせてしまったという事実の裏にあった、決して取り戻せない孤独の状況に彼を置いてしまったという負い目が重くのしかかってしまっていました。大切な誰かに負わせた傷が、自分にも消えることのない傷をつけていました

かつてはずっと一人だった雪々ですが、誰かと一緒にいられる楽しさや嬉しいを知ったから、孤独の寂しさも知っていました。だから陸の父を死なせて孤独にさせ、ずっと苦しい思いをさせていた原因が自分自身にあったことは、自身の負い目となってしまいます。一緒にいられて幸せだと思っていたのに、彼を孤独にさせて不幸な想いをさせていた原因だと知ったと同時に、その原因である自分自身が一緒にいてしまったことは心が苦しかったのでしょう。

陸の父を死なせてしまい、孤独の苦しさを与えてしまったという事実が、一緒にいたいと願うことさえ許すことはありませんでした。一人はつらいから、そんな深い孤独を与えた自分が一緒にいてはならなかったのかもしれない。そんな想いが相手に対する負い目と背負った罪でした。

幸の雪々を思っての言葉はより哀しませてしまうだけで、雪々の一緒にいたいという想いは、別れによって叶わなず、お互いの傷からそう願うことすら深い負い目になっていました。ここでも想いは重ならず、届くことはありませんでした。そうしてそれぞれの想いは途絶えてしまっていたのか?ということについてここでは考えていきます。










食い違っていた想い

「姉さんは俺に対して、負い目を感じていたから」
「俺の父親を、姉さんたちが死なせたから……」
「…………」

だからきっと、雪ちゃんもまた俺に負い目を感じている。
雪ちゃんは一時期、俺と一緒に遊ぶことを拒んでいたのだから。

「もしそうなら、誤解だ。能力の暴走は事故なんだ。誰も悪くないんだよ」
「だから、なにも気にすることはないんだ。姉さんだけじゃない、雪ちゃんだって……」

この言葉を一刻も早く伝えたかったから、俺はこうして雪ちゃんと会っている。

 
 

「だけどシラハは、外を出歩けなくて……」
「そのうちにりっくんは、いなくなって……」
「それからシラハは、眠っちゃった……」
「全部、ゆきゆきのせいなんだよ……」

「ゆきゆきは結局、なんにも知らなかった……」
「何にも知らないくせに、勝手に遊びまわって、りっくんとシラハを困らせちゃった……」
「二人は、ゆきゆきを助けてくれたのに……」
「シラハのおかげで、ゆきゆきは自由に歩き回ることができた……」
「りっくんのおかげで、ゆきゆきは誰かと遊ぶ楽しさを知った……」

「だから今度は、ゆきゆきの番……」
「ゆきゆきが、二人を助ける番なんだよ」

「雪ちゃん……?」

雪ちゃんの姿は闇に溶けた。
再び探しても、もう見つけることはできなかった。

「なんだよ、これ……」

この違和感はなんだ。
この焦心はなんなんだ。

「なんでこんなに、食い違ったんだ……?」

――雪々、陸(グランド√)

ずっと変わらずに想いを通わせているように装っていましたが、幸から伝えられた真実は、一緒にいたい気持ちの負い目になっていました。ですがもう一度想いを通わせたくて、父親を失ったのは誰も悪くないと伝えれば、きっと心の負い目は無くなると思ってこの言葉を伝えたかったのです。ですがその言葉も届いていませんでした。

雪々の負い目は大切な人たちの父親を死なせてしまっただけではなく、その大切な相手に、不自由で不幸な人生を強要させてしまいました。日に日に弱っていく幸も、陸がこの街にいられなくなってしまった原因も、知らなかっただけで自分がそうさせてしまっていました。雪々の負い目と本当の罪は、陸たちが考えていたものとはずれていました。雪々とかけ違っていた陸の言葉は、届きませんでした。

そして父親の死だけをなかったことにしても、生きている相手まで傷付けてしまう負い目と罪は、一緒にいたいという雪々の想いさえ許しませんでした。陸がもういちど一緒だった頃に戻りたいとどれだけ願っても、変わらざるを得なかった雪々は、一緒にいた頃に戻ることはできないと思うしかなくなっていました。

ずっと分かり合えていたと思っていた二人ですが、しかし見えないところで、それぞれの想いは少しずつ変わっていっていました。父親を死なせてしまったことから始まった小さなすれ違いは、気づいたときには大きく違和感や食い違いを起こしていました。二人はどうしてすれ違ってしまったのか。それはどれだけ通じ合っているように思えても、人の心は分かりませんでした。

人の気持ちは、わからない。
それなのに、理解したいという欲求は尽きない……。


――陸、雪々(琴里√)


なぜ、確保しなければならなかった能力者が、逆に減っているのだろうか……。

「いいえ……能力者だけじゃないわ」

この研究所に勤めていた多くの研究員もまた、美晴に同行していったのだ。
それは部下が、白羽よりも美晴を選んだに等しかった。

「心理学なんか学んでも、人心を掌握することはできないのね……」


――白羽(グランド√)

人の心はわからない。それでも理解したうという欲求は尽きない。しかしそれは同時に、心とは決して分からないものだということを意味しています。

白羽は心理学により、人の心を理解することができていました。しかし人の心を理解はできていても、掌握まではできませんでした。それは人の心が理解できても、それが心のすべてではないからです。人の心は、完全には理解できないのです。相手の心を知っていた白羽ですが、それでも仲間たちの心が離れて失ってしまっていました。人の心を理解できたにも関わらず、この白羽がすれ違いからも、人の心は分からないことを
心理学を通して人の心を理解したはずなのに、それでは人の心を得られませんでした。それは人の心を確実に得られる方法がないということでもあり、だから雪々たちも離ればなれになってしまったのです。心は確実に得られずすれ違いが起こってしまうように、どうしても自分と他人の心は同じでないから、自分と他人の心には決して交わることのない壁があるのです

人の心は決して分かりません。しかしそれでも理解したいのは、分からないからこそ理解したいということなのでしょうか。個人的には、もう少し深いところに理由があるように思います。










自我・他我論と死生観


彼女はなにを思って、僕に見つけてほしいと願うのか。
その思いは、もしかしたら、僕と同じなのだろうか。

僕は、いつだって誰かに見ていてもらいたかった。
でないとこの世界で独りになった気がして辛かった。

今はこんなふうに、雪ちゃんが僕を見ているから、寂しさとは無縁だった。
これまでずっと、誰かとのつながりが欲しかったんだろう。


――雪々、陸(Episode3)

自我は他我の存在を前提として、初めて存在が確かなものになります。そしてここで世界に独りになったような気がした、というのは少し変わった言い回しです。このことが言い表しているのは、ただ単に孤独であることを示しているわけではなく、孤独によって世界に独りになったような感覚のことを示しています。

世界に独りになったような感覚とは、どのような状態を表しているのでしょうか。

橘落葉は今、一面の銀世界に放り出されたような心地だった。
ここは一体どこだろう。
天井がどっちにあるかわからない。自分は立っているかどうかもわからない。

怖かった。
孤独というものを理解した。
まるで迷子になったかのようで、誰かを探して必死に手を伸ばしていた。


ーー落葉(落葉√)

最も孤独を感じていた落葉は、孤独とは何なのかを理解しています。孤独とはどこが天井か分からず、自分は立っているのかも分からない感覚なのでしょうか。

世界に自分一人しかいなかったら、どんな心地なのでしょう。誰もいなかったら、(ここでは一面の銀世界と書かれていますが)どこまでも同じ景色が広がっているのと変わらないのでしょう。そしてこの雪の原風景は誰かの心象ーー心の存在が形作る風景でした。誰かの心に触れられなければ、自分の世界は何も変わらないのかもしれません。

心はその存在自体が不明確であり、自分の心と身体の境界がどこにあるかは分からず、そして心と世界の境界さえどこにあるのか分かりません。心の存在は不明確であり、どこに存在するのかは分かりません。自己の存在を認識するのが自身の心だとして、その心の存在が曖昧な状態だと、自分の存在さえ曖昧で希薄に感じてしまうのでしょう。自分の心が世界のどこにあるかも分からない。自分がどこにいるかも分からない。自分がここにいるかも分からない。心は変化するものでなければ、その存在の何もかもが分からなくなってしまいます。

孤独で自分が見出せず、心の居場所を見つけられず、心が彷徨っているようなのが迷子という意味でした。何度か登場する言葉なので印象的な言葉ですが、迷子とは道に迷っているというような意味ではなく、そうした行き場所のない心の状態を表しています

自分が一人だけの孤独は、心が迷子であるようで怖かったのかも知れません。心は絶えず変化するものであり、そのためには誰かが必要なのでしょう。心が確かにここにあると信じられるために、心が心であるために、自分以外の心の存在がなければならないのかもしれません。だから誰かと一緒にいたいと、手を伸ばさずにはいられないのかもしれません。

「りっくんだって、誰かに守られてもいい。家族を守るだけじゃなくて、家族にもっと頼ってもいいと思うんだよ」
「じゃないと、ひとりじゃないのに、ひとりみたいになっちゃうんだよ......」


ーー雪々(アストラエアの白き永遠 Finale)

世界にはたくさんの人がいるので、世界に独りになることは考えられないことのように思えます。ですが雪々たちにとってはそうではないのかもしれません。

世界にはたくさんの人がいますが、誰とも心を通うことがなければ、自分が世界にひとりしかいないのと変わらないように感じます。心で感じた孤独は、想いが通い合わせられない寂しさでした。そこに自分一人の心が取り残されたような寂しさがありました。

誰かと心が通じあっていないと、まるで世界に誰もいないような寂しさと、強い孤独を感じます。孤独で誰かが見てくれないと、自分が世界に存在するのかさえ分からない気持ちになるーー世界に独りになったような気持ちとは、こうした心で感じていた孤独のことです。

これまで雪々がずっと抱えていた孤独は、世界から存在を認められていないようで寂しかったのかもしれません。ひとりじゃないのに、ひとりみたいになるという雪々のこの言葉は、想いの通わない寂しさを知っているからこその想いがあったのでしょう。

ある日に気づいた。
たぶんそれは、彼との出会いがキッカケだった。

……一人よりも、二人のほうが楽しいんだ。
……一人で遊ぶよりも、二人で一緒に遊んだほうがうれしいんだ。

知らなかった。
彼から初めて教わった。


ーー雪々(プロローグ)

一人でいるより二人でいると嬉しくて楽しいという感情は、雪々は彼から教わった感じでした。雪々が誰かと一緒になって初めて嬉しい、楽しいという感情を知ったように、心や感情は誰かがいるからそこにあるのかもしれません。その後に誰かと一緒にいる嬉しさと楽しさを知ると同時に、雪々は一人の冷たさと寂しさを知っていました。その感情もまた、誰かと一緒にいるあたたかさを知ったからこそ得た感情でした。それは心が常に、他者に向けられているからのように思います。

誰かと一緒にいないと、寂しいという感覚さえ雪々は知りませんでした。一緒にいて嬉しい、楽しいと思うことや、自分が独りではないという実感も。心を通わせ、そばにいる誰かを想うことには何か意味があるのかもしれません。

誰とも心を通わせられない孤独で、生きているか死んでいるかさえ分からない寂しさと、満たされない気持ちは、心が死んでしまっているようです。だから生きている充足を得たい、生きていたという証が欲しい、そんな心のつながりが欲しい。そういった心から生きることを願わずにはいられません。










永劫回帰の死生観


雪原の真ん中で、彼女は唄う。
ひとりで。
いつから独りだったのだろう。
それは、俺や姉さんが抱えていた孤独よりも、遥かに永い時だと感じた。

「だから私は、せめて希望を託したかった」
「生きていたという、命の証を遺したかった」

「もうすぐ滅ぶ、この命……」
「ただ死ぬのではない……」
「私は、生きるために死にたかった――――」


――???(グランド√)

雪々が独りを憂いながら唄うように、彼女もまた遙かに永い時間を思いながら唄っていました。その中で彼女が持った希望は、生きていたという命の証を残すことーーーー生きるために死ぬことでした。彼女の言う「生きるために死ぬ」とはどういう意味になるのでしょうか。彼女の言葉の意味は、夕凪主任によって本編中にて解説されています。

「生きるために死ぬとは、どういうことか……」
「……どういうことなんですか?」

「利己的でいるために、利他的でいることだ」
「種には選別能力というものが備わっており、優れた細胞を残すために劣った細胞を殺すことがある」
「進化の過程では、利他的に自己を消去することで、利己的に他を生かすことが起こるんだ」
「それが、生きるために死ぬ――次世代につなぐという意味だ」


――美晴、コロナ(グランド√)

雪原の彼女は利他的な行動をしながら、利己的でありました。生命は細胞を例として、他を生かすために自ら死ぬことがあります。そこには生命を続かせるという明確な目的があります。では彼女の願いはなんだったのでしょうか?それは自らの命と引き換えに次世代へとつなぐ――――命をつなぐことです。

「私は、命を増やしたかった」
「私は、種の存続を我が子に委ねたかった」


――???(グランド√)


永続的な時間上で連綿と紡がれる生命の中で、命がひとつながりであるのならば、その命は永遠のような生を生きているとなるのではないでしょうか。だから彼女はこの連綿とした生命の中の一つとなることで、永遠の生の中を生きるために死にたかったのです

小さな足跡を残しながら、母はまだ生まれていないわたしに語りかけていた。
まるで歌声のように聴かせてくれた。

「この星は、もうすぐ滅ぶ」
「だけど、この命は終わらない」
「永遠とは、次代につなぐことで生まれるのだ」

「だから、もし叶うのならば、私の娘に継いで欲しい」
「この、白き永遠の夢を」


――???(グランド√)

枯れかけていた星に住んでいた彼女は、命の滅びを迎えようとしていました。その滅びが避けられないのなら、せめて生命を続かせたい。その受け継がれ続けていく生命こそが永遠でした。このような永遠を仮定した生命観を、なんと呼べばよいのでしょうか。それは消失から再生へとつながれ永遠となる、そんなとあるルーンから、こんな名称で呼ぶのがふさわしいのだろうと思います。

一夏の特化型能力である、回帰能力(リカレンス)――――
それは、消失と再生を司る能力。

―中略―

消失と再生。
生まれた能力を、失ってしまうこと。
その意味をどの能力者よりも知っている。
夕凪一夏という少女は、能力の本質を最も理解している能力者だった。

「失うというのは、還すこと……」
「還すというのは、寄り添うこと……」
「寄り添うというのは、つなぐこと――――」


一夏(グランド√)

命とはやがて尽きて、失われてしまいます。しかし次の命へとつながれることは、再生ということになります。
そうした回帰することで、永遠となるような生命観は、永劫回帰の思想へと通じているのではないでしょうか。

永劫回帰とは経験が一回限り繰り返されるという思想ではなく、超人的な意思によってある瞬間と全く同じ瞬間を次々に、永劫的に繰り返すことを確立するという思想です(Wikipedeiaより)。
永劫回帰は無限に繰り返される事象を肯定することで、ただ現在のその在り方ーーーーつまりただ私が生きているだけで生の価値はあるとされ、生への圧倒的な肯定となります。彼女は自身の生を、この永劫回帰により力強い肯定を得るために、次代へと命を繋いでいます。

神話に登場するウロボロスという空想上の蛇がいます。ウロボロスは自らの尾を噛み、始まりと終わりのない無限の象徴として、この宇宙の成立と連関されます。宇宙が始まりと終わりのない円環構造を形成するように、遠い惑星に存在していた彼女は、自身の命もまた永劫回帰であるために永遠だと考えていました。その永遠へとつながれる命を彼女は望んでいました。

「そんなときに出会ったのが、彼女だった」
「私と同じ願いを抱く、白羽幸という少女だった」
「少女は、友だちを欲していた」
「私もまた、私の命を継いでくれる者を欲していた」

「独りは、嫌だ」
「早く誰かに見つけて欲しい……」

「そんなふうに、同じ願いを抱く少女になら、私は託せると思った」

「新たに生まれた真っ白な命」
「その子は、雪々と名付けられた」
「孤独とは無縁の意味が込められた名前だったのに、雪々もまた私たちと同じように独りだった」

「だけど、出会うことができたようだ」
「私が、白羽幸と出会ったように」
「共に歩んでくれる命と」
「出会いがあって初めて、春を呼べる。絆があって初めて、仲間を作れる」
「つながりがあって初めて、新たな命は生まれる……」


――???(グランド√)

誰よりも永い時を一人でいた彼女は、結局は孤独でした。独りは嫌だ。早く誰かに見つけてほしい。それは白羽幸の想いでありながら、同時に彼女の想いでもありました。彼女も一人は寂しいと感じていました。そんなときに彼女が出会ったのは、病気がちで部屋から出られず、ずっと独りでいた白羽幸でした。永い孤独を知っていた彼女だからこそ、孤独だった白羽幸の「友達が欲しい」という願いに共感していました。自身の悲願を叶えるだけでなく、孤独だった白羽幸の哀しさを、少しでも癒してあげたいという思いもあったのでしょう。

「出会った彼女もまた、哀しみに満ちていた」
「友だちが欲しい、誰かに自分を見て欲しいと願う、幼い私とおんなじだった」
「だから私は、彼女に共感した」
「彼女もまた、私に共感してくれたんだと思う」


――幸(グランド√)

 
 

すべての始まりは、そんなふうに人間と妖精が出会ってしまったこと。
その人間は病弱で、孤独で寂しくて、だから遊び相手が欲しかった。
その妖精は生き残りで、やっぱり孤独で寂しくて、だから遊び相手が欲しかった。

種が違っても二つの命の願いは同じだったから、かさなり、つながって、新しい命が生まれ落ちた。

人と妖精のあいのこ――ルーンが生まれた。
望みや願いといった、心のエネルギーという形で、雪ちゃんは生まれたのだ。


――???、陸(グランド√)

病弱で孤独だった白羽幸と、生き残りで孤独の運命にあった彼女。それがふたりが出会い、そして得ていた共感でした。

そうして命が寄り添いあうことが孤独でないことだと思っていた彼女は、白羽幸の命に寄り添う相手に出会いたいという願いを叶えようとしました。それが2つの雪(=幸)と雪(=雪の星の彼女)が寄り添い合った名前を持つ、雪々でした。彼女と白羽幸が寄り添いあって、孤独ではないことを願った二人の希望がその名に込められていました。

「だけど、いくら訴えかけても、我が子は最後までそれを選ばなかった……」
「その結末は、私にとっては悲願の夢でも、我が子にとっては悪夢のようだ」

「この子は、優しい」
「私ではなく、白羽幸に似たのだろう」
「キミの影響もあるのかもしれないな」
「この子はきっと、幸せ者だ」
「我が子が幸せであれば、私も納得できるだろう」
「良い夢を、ありがとう」
「できるなら、この子の夢も、叶えて欲しい」


――???(グランド√)

しかし雪々は、命をつないでいたいという母の願いを選ぶことはありませんでした。母の望みは雪々の想いとは違いましたが、そんな雪々のたった1つの想いは、雪々の母の願いさえ変えてしまいます。願いは違っても、雪々が一緒にいられる相手に出会い、孤独ではなかったからでした。そして理屈とは関係なく、母は娘の幸せを願っていました。雪々にただ幸せになってほしいから、自らが置かれた孤独にならないでほしいと願っていたように。だから娘が幸せなら、きっとどんな願いだったとしても納得できてしまったのでしょう。考え方には関係なく、ただ娘のことを想って愛していたのが彼女の本心だったのかもしれません。

悲願とは違ったけれど、母が納得してしまった雪々の願い。そして雪々が見つけた幸せ。それは母とどう違っていたのでしょうか。








想いの永遠性


母からもらった、果てしない夢。
わたしが叶えるべきだった。
だけど、無知で無垢だったわたしは、母の夢を知るよりも先にほかの希望を抱いてしまった。

母が望むように、一人で遊ぶよりも、二人で一緒に遊んだほうが楽しいけれど。
大好きな彼と遊べたら、もっとうれしい。

妖精と妖精が仲良く暮らすだけじゃない。
妖精と人間だって、仲良く暮らしてほしいんだ。
だから、命をつなぐためにほかの命を途切れさせるなんて、あってはならない。


――雪々(グランド√)

雪々も生きるために死にたいという願いがありました。しかし母のその死生観とは違い、生命や永劫回帰を望んでいたわけではありません。母の夢を知るより先にほかの希望を抱いてしまったーーーー雪々は、命を続かせることで孤独ではない生き方を探した母とは、違う願いを見つけていました。

母が望んだのは、一人よりも二人でいたいという、命が寄り添い合うことだったのでしょう。しかし雪々は大好きな人であればもっと嬉しかったのは、想いを通わせられた人といられることで、想いが寄り添い合えたことでした。雪々はただ一緒にいられることが嬉しかっただけではなく、想いを寄せられる相手ができたことが嬉しかったのです。だから自分の命をつなぎ止めるかわりに大切な相手を犠牲にして、寄り添い合えた人たちの想いまで途切れさせるなんて、あってはならなかった。雪々にとっては、想いを途切れさせず最後のときまで心を通わせることが、心から生きるという願いだったのでした。雪々は命を繋ぐことよりも、想いを繋いでいたかったのです

雪々が見出した希望は、一緒にいたこのあたたかい想いが、永遠のように果てしなくどこまでも続いていくことでした

「ゆきゆきがこうなるのは、最初からわかってたことなんだよ……」
「なにも変わらない……普通ってこと……」
「だから、そんな顔、しないで……」
「りっくんが辛そうだと、ゆきゆきも辛いんだよ……」
「りっくんが笑っていたら、ゆきゆきだって笑顔でいられるんだよ……」

「だから、お願い……」
「ゆきゆきが、りっくんを見て、笑顔になれるように……」
「りっくんも、ゆきゆきを見つけたら、笑っていて欲しいんだよ……」


――雪々(グランド√)


想う人が幸せだったら、ゆきゆき自身も幸せだと感じられる想い。きっと別れてしまうとしても。それでも最後まで笑顔でいられたら、自分も大切な人も幸せだった。それは心から生きられたのだと信じていられるのでしょう。自分がたとえいなくなってしまうとしても人の想いは変わらずに、永遠に続いていくと信じていたかった。雪々が信じていたのは、自分がいなくなってしまうとしても、みんなの想いは永遠のように変わらずに幸せが続いていくことでした

大切な相手がつらい顔をしていると、雪々だってつらくなってしまいます。大切な相手には笑顔でいてほしいですし、だからどうかお願い、これからも笑顔でいて欲しいと切に願います。雪々が大切な人の姿を見つけられたら笑顔でいられたように、その大切な人にも笑顔になれる存在になりたかった。あなたの笑顔がわたしの笑顔で、あなたの幸せがわたしの幸せだった。きっとそこには、最後のまで自分が幸せでいたいという想いも、その人には笑顔で幸せでいて欲しいという純粋な想いだってあったのでしょう。だから大切な人が幸せなその笑顔が、いつまでも変わらないものであって欲しいとも願います。そうして想いがつなぎ止められたのなら、心から生きられたのだと信じていました。それが雪々にとっての「生きるために死ぬ」ということでした。

たとえわたしが、彼が愛する青い星に、愛されていない命なのだとしても……。

――――大丈夫。
――――母が保証する。
――――その命は、青い星にも愛される。
――――隣で歩く彼が、その証になるだろう。

ありがとう、お母さん……
わたしをこの星に生んでくれて――――


――雪々、???(グランド√エピローグ)

母とは考え方は違いましたが、それでも雪々はこうして感謝をしていました。考えが違っても、それが分かりあえない理由にはなりませんでした。どんなに考え方が違っても、想う気持ちは通じ合っていたからでしょう。
母は雪々に幸せになって欲しいと願っていました。そんな想いを、雪々は感じ取っていたのではないでしょうか。そして雪々の母だって、自分の悲願とは違っても、雪々の願いである「想いを繋ぐこと」がいつしか良い夢だと感じるようになり、雪々のために叶えたい想いになっていました。一人よりも二人でいることを望んだ母は、大好きな人といられる雪々の幸せにも納得していました。考え方は違っても、それでも雪々たちが通じ合えた気持ち、愛しあえた気持ちは、理屈を超えたような心からの通じ合いだったのかもしれません。

彼女はもういないはずなのに、こうしてずっと心が伝わっていたのは、想いは決してなくならないということを彼女を通じて感じさせられるかのようでした。想いは確かにこうして「永遠」となって、彼女から雪々へと紡がれたのでした。


大切な人が笑顔でいてくれること、幸せであることが何よりもの願いで。そしてその笑顔がこれからも変わらないことを願ったのは、雪々は想いが永遠であることに憧れがあったからです。










不変と普遍に憧れていた

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時計台広場に向かうと、やっぱり雪ちゃんの姿がある。
歌を届かせるように、時計台を見上げる彼女。
時を刻み続ける鐘に羨望を抱く彼女。

不変と普遍。
きっと、そういうものに憧れているんだと感じた。


ーー雪々(グランド√)

時計台は、降り積もらない雪と同じくらい想いが込められた、重要な対象物でした。いつも時計台を見上げていた雪々。見上げる瞳には羨望を抱いていました。見上げる、という行動は自分の上にある存在、高いところにある願望に対しての憧れがあるように思います。時計台を見上げていた雪々は、不変と普遍に対して憧れていました。それはどんな情だったのでしょう。

雪ちゃんは時計台を見上げる。
去年もそうだった。鐘を鳴らし続ける時計台を、雪ちゃんはうらやむように見つめることがあった。
その理由は以前にも聞いている。

「この時計台は、時間が来れば必ず鐘を鳴らすから」
「時間の数だけ、鳴らし続けるから」
「百年も昔から、変わらずに」

「それが、うらやましい」
「変わらないことが、うらやましい」

「この時計台と同じように、月ヶ咲にも雪が降り続いてほしいって、そんなふうに思うから……」


――雪々(Episode4)

雪々が羨望の対象のしていたのは、時計が示す時間の流れではなく、時計台が持つ普遍的な性質である、ずっと昔から同じ時間に鐘を鳴らすことでした。百年も昔から変わらないことが羨ましく思っていました。

時計台を見上げていた雪々が変わらないで欲しいと願ったのは、雪が降り続いて欲しいという願いでした。なぜ雪が降り続いてほしいと願ったのか。雪が降っていた時はいつだって、一緒に遊ぶことができていました。その時間が愛おしかったから、ずっと続いて欲しいと願ったのです。雪々は遊ぶ時間が終わる時ーーーー家に帰る時間に時計台を見上げていたこともありましたが、ただ一緒にいられる時間(=普遍)が、いつまでも変わらないで欲しい(=不変)という想いを馳せながら見上げていました。大切な想い出が、雪々の中では変わらずに大切であったことが分かります。人の心は変わってしまうものですが、その中で変わらない心や想いに憧れていたのでしょう。

「わたしは、時計台を見上げる理由も変わったよ」
「りっくんと出会う前のわたしは、時計台が鐘を鳴らし続けるように、いつまでもこの冬が続けばいいと思ってた」
「りっくんと出会ったあとのわたしもやっぱり、いつまでもこの冬が続いて欲しいと思ってた」
「春を迎えてしまったら、りっくんとお別れになってしまうから……」

「…………」

「そして今のわたしは、早く春を迎えて欲しいと思ってる」
「そうすることで、時計台の鐘のように、みんなの日常がいつまでも続いて欲しいと願うから」


――雪々(グランド√)

雪々は確かに、春を迎えてお別れになるのが寂しかったから、冬が続いてほしいと願っていました。しかしその想いは変わります。

かつての“ゆきゆき”が願ったこの冬、ですが“わたし”はこの冬が終わることを望みます。“わたし”が願うのは、みんなの当たり前の日常(=普遍)が、いつまでも続くこと(=不変)に変わっていました。

“ゆきゆき”と“わたし”の存在とは何だったのでしょうか。同じ雪々なのに、違う存在。その違いとは、変わっていった想いの違いでした。しかし不変と普遍を願う気持ちは、昔からずっと変わっていません。変わるものと変わらないもの。雪々は自分の“ゆきゆき”と“わたし”という呼び方の違いには、彼女なりの強い想いがあるように思いますので、その2つの存在の違いは何だったのか、ここでまとめてみます。


・“ゆきゆき”は陸と出会ったときの過去の雪々であり、そのときの想いは、一緒にいられる時間(=普遍)が、いつまでも変わらないで欲しい(=不変)というもの。

・“わたし”は陸と別れてから再会したときまでの現在の雪々であり、その想いは、みんなの当たり前の日常(=普遍)が、いつまでも続いて欲しい(=不変)という想いに変わっていた。


“ゆきゆき”と“わたし”の違いは、過去の自分の想い出が大切だったのに、みんなのこれからが大切なものだと変わっていたところにあります。そして“ゆきゆき”と自分を呼ぶことを否定していた雪々。雪々の心は変わっていました。いつまでも一緒にいられたらいいのにと願っていた雪々は、変わってしまったことで、お別れをすることを伝えるようになります。










自己否定

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「たぶんね、それは、雪ちゃん自身も迷子だからだよ」
「雪ちゃんの迷いを共感できる人――その資格を持つ人だけが、見つけることができる」

「だから、雪ちゃんはいつだって迷っていた」
「いつだって悩んでいた……」
「雪ちゃんは、もう誰にも能力を渡したくないって思って、一度は隠れようとして……」
「きっとそれが、雪ちゃんの迷いで……」
「…………」

「私たちはまだ、雪ちゃんを助けていない」
「雪ちゃんの本当の迷いに気づいていない」
「陸くんが今、雪ちゃんを見つけられないのは、雪ちゃんの迷いに共感できないせいかもしれない」
「一緒に歩くことはできないって、どちらかが考えているせいかもしれない......」


ーー幸(グランド√)

雪々はなぜ悩んで迷っている人にしか見つけることができなかったのでしょうか。それは共感していないからだと幸は陸に言っています。ここでの共感とは迷子を探すのと同じように、迷っているその人の本当の心を見つけることが必要だったということなのでしょう。

迷いを持つ人とだけ共感していた雪々は、同じように心の奥に迷いをいつも秘めていました。迷いを持った雪々を助けようと、陸は父親を奪ったことの負い目から助け出そうとしていました。しかしそれで雪々の本当の迷いを見つけていたわけではありませんでした。

雪々の本当の迷いには誰も気づくことができなかったために、いつしか心は離れて、姿もその心も見つけられなくなっていたのでしょう。一緒にいたいという願いは叶わず、届きませんでした。

雪々の奥深くで迷い(=負い目)は消えることなく募り続けていましたが、ではその迷いとは何だったのでしょうか。それは誰もが理解している通り、能力(ルーン)に関することです。

「その彼女に、言われたんだ」
「新しい命を授ける代わりに、キミの身体を貸してほしい」
「友だちを与える代わりに、私の命が欲しいって……」
「私はそれを、受け入れた」

「理解はできなくても、納得はできたんだ」
「月と狼が出会ったとき、どうなるか……」
「寂しかった狼は、月を食べる狼のように、私の命を削ることで生きていけるんだろうって……」


――幸(グランド√)

雪々は度々「変わろうと思った」「子供ではなくなった」と言っていましたが、能力(ルーン)によって誰かの命を削っていることを知ったことから始まっています。それは自分の存在が、人と相容れるものではないことを意味していました。

雪々は寄り添うつもりが、みんなを傷つけていました。誰かを傷つけてしまった自分は、いないほうがよかったのかもしれない。一緒にいたいと思っても、本当は一緒にいてはいけなかったのではないか。それが雪々がずっと背負い続けていた負い目で迷いでした。その迷いは雪々にとある考えを生みます。

「能力は、人にとって負担が大きいこと……」
「だから、ただでさえ身体が弱かったシラハは、眠りに落ちてしまったこと……」
「全部、ゆきゆきのせい……」
「ゆきゆきがシラハと友だちにならなければ、シラハは能力者になることはなかったんだから……」

―中略―

「ゆきゆきはもう、人と触れあうことはしたくない」
「争いごとを、少しでも減らしたい」
「こうやって姿を見せてるだけで、また誰かを能力者にしてしまうかもしれないから」

「ばいばい、シラハ……」
「ばいばい、りっくん……」
「ゆきゆきはもう、誰とも仲良くなりたくない……」
「独りでかくれんぼしてたほうが、ずっといい……」


――雪々(グランド√)

この能力(ルーン)とは架空の設定ですが、この設定によって雪々の相反する想いと、そして自己否定という心を生み出すためにあったのではないかなと思います。

能力(ルーン)は雪々から渡りますが、その能力(ルーン)のせいでみんなは苦しさを抱えることになり、雪々の友達である幸は能力(ルーン)のせいで弱かった身体にさらに負担がかかって、目を覚まさなくなるほどに悪化させてしまいました。雪々が心から大切にしたいと思った相手であれば、能力(ルーン)によって不自由な思いを強要されるだけではなく、その命まで削られていきました。

自らが一緒にいて楽しかったように、みんなも一緒にいて楽しかったと思っていた雪々にとって、自分のせいでみんなが苦しんでいたことを知ったときはどれだけ大きな絶望だったのでしょうか。

雪々と一緒にいて傷ついた人たちは、みんな想いがすれ違ってしまい、そのすれ違いが誰も望まない争いの原因となってしまっていました。人に触れるぬくもりを知っていた雪々は、想いが行き違う心の痛みも知ることになります。やがて心が追い詰められ、心の痛みを知っていった雪々は、それでも誰かが幸せになれることを願いたかったから、自分を否定していきます

みんなを傷つけたのも、自分が傷ついていたのも全て自分のせいだったから、その存在は誰にも肯定されるはずはなく、そして自分自身でさえも存在を否定し続けます。みんなのことが好きで、その想いが報われるために、誰かが好きな分だけ自分のことを嫌悪し、結果的に自分自身の否定に陥ります。

一緒にいることでみんなを悲しませてしまったことがつらくて、苦しかったから、もう誰とも仲良くなりたくない。一緒にいると心が苦しいばかりだから、最初から一人でいたほうがずっと良かった。自己否定の果てにそう思ったのでしょう。

そして誰かと触れ合うことでもう傷付けたくない、ひとりになって誰とも会わなければ、もう誰も傷つくことはない。その方がずっといいんだと自分を肯定できなくなっていたから、独りになるのは寂しいはずなのに、独りにならないともっと寂しくて辛い想いをしていたのです。

「ゆきゆきは、ひとりぼっちは嫌……」
「でもそれは、みんなも同じ……」

「ゆきゆきのせいで、みんなが独りになる……」
「りっくんが、独りになる……」
「そっちのほうが、嫌……」
「そんなのは、もう嫌なの……」


――雪々(グランド√)

ここは雪々が泣いている数少ないシーンです。独りは嫌だけど、みんなや陸が独りになるほうがもっと嫌だと泣いてしまいながら伝えています。

最後、そんなのは「もう」嫌なのという言葉からは、雪々の積もり続けた想いがあることが伝わります。それほどまでに陸やみんなが独りになるのをずっと見続けて、そしてずっと泣きそうなほどつらいと思ってきたのでしょう。

誰かを傷つけて独りにしてしまったとき、雪々はその想いに共感していて、それによって自らも孤独の寂しさを感じていたのでしょう。誰かと一緒にいたとしても、それでみんなが傷ついて誰とも心が通じ合っていなかったら、自分が独りと変わらなかったーーだけではなく、独りでいるよりもずっと深い孤独を感じてつらかったのです。その苦しさは雪々が誰かに出会う前の、一人の寂しさとは比べものにならない、泣いてしまうくらい寂しくて悲しいことでした。

雪々は孤独とは無縁の名前だったはずですが、それでも白羽幸たちと同じように独りでした。しかしずっと一人だった火星の彼女や白羽幸とは違い、雪々は誰かと寄り添い、愛すれば愛するほどその孤独は深くなっていました


しかしそれでも、独りがつらいのは変わりませんでした。誰かが独りになる方がよりつらいことだとしても、自分が独りになることも雪々にはつらいことでした。陸と離ればなれになって、能力(ルーン)でみんなを傷つけているのを知ったときも、全てを知った状態で陸と再会してからまた別れを決意するときも、そして今に至るまで、決して見せることはありませんでしたが、やはり独りになるのは寂しかったから、ずっと泣き続けていていました。

「ゆきゆきが生きて、りっくんが死ぬよりも……」
「ゆきゆきが死んで、りっくんが生きてくれたほうが、ずっと幸せなんだから……」


ーー雪々、陸(グランド√エピローグ)

自分が死んだほうが良い、それはどんな想いからだったのでしょうか。ずっと何も言うことのなかった雪々が、心の奥に隠してきた想いを必死に伝えていたここでは、雪々の強い想いが窺えます。

ここでの雪々には二つの心が混在していました。まず一つは、自分が死ぬことが誰かの幸せだという思いがありました。雪々の置かれた境遇はそれこそ誰かを傷つけるもので、そんな自分を否定していたから、自分が生きることも肯定することができなくなっていました。

しかしここには死んでしまいたいという思いだけではなく、その裏には大切な人にはただ生きてほしいという、純粋な願いもあったのでしょう。雪々が好きだったのは大切な人が笑顔でいてくれることだったように、大切な人には笑顔でいてほしいですし、そのためには幸せに生きてほしいと、ただそのことを何よりも強く願い続けていました。

幸せには自分の幸せよりも、誰かの幸せの方がずっと大きいこともあります。それは誰かの幸せでしか満たされない気持ちというものもあるのでしょう。自分自身を否定することで、誰かの幸せを願い続ける自分を肯定したかった。それが雪々の強い想いでした。


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「ゆきゆきは、大丈夫だよ......。ちょっとぽかぽかして、溶けちゃいそうなだけだから......」
「だけど、りっくんのおかげで、このぽかぽかだって好きになれたんだよ......」


ーー雪々(グランド√)

雪々はもう誰かの命を犠牲にしないために、自分の命が削られていき、熱を出します。それはもう立って歩くことさえできないほどでした。だけど雪々は、その熱の苦しさだって好きになれたんだよと言います

ここのシーンと関連しているところとして、陸と出会ったばかりの雪々は、転ぶことの痛さはつらくて嫌だと感じていました。しかしここでは、転んで傷つく痛みも、身体中の痛みも苦しささえも好きになれています。雪々は確かに変わっていたのでしょう。

どんなに苦しくても、それでもこれは雪々が大切な人の幸せを願ったことを引き換えに得ていたものでした。誰かを好きでいるからこそ、この痛みも苦しさも全て愛していました。

心配をかけたくない、苦しい顔を見せてつらい思いになってほしくない、そして誰かに笑顔でいてほしい。ずっとそう願っていたから、自分自身の否定で独りの寂しさも、傷つく痛みさえも肯定することができました。

「りっくんのおかげで、このぽかぽかも好きになれたんだよ」と。雪々はそれだけ陸のことが好きだったから、こういうことが言えていたのだと思います。陸がつらい思いをするほうが、雪々には自分が苦しい思いをするよりもずっとつらくて心が痛かったのです。

きっと誰もがみんな、家族や仲間ですとか友達など、自分以外にも守りたい誰かがいるんだと思います。大切な人のためだったら、どれだけ自分が傷ついても良かった。そんなふうにいつだって雪々は陸のことがずっと気がかりだったのでしょう。

そしてそんな陸と離れなければいけないと思えば思うほど、その想いで心が痛ければ痛いほど、陸を愛していたという証拠だったのかもしれません。それでも雪々にとって陸は、自分を犠牲にしてでも守りたい大切な人でした。


雪々が陸と別れなければいけないと言い続けていたのは、陸のことが大切ではなくなったからではありませんでした。昔よりもずっとずっと陸のことを好きになって、別れなければいけないと強く思うほどに、その言葉に込められた愛情は強くあったはずです。

雪々が傷だらけになってどれだけ泣きたくても、それでもここまで笑顔でいることができて頑張って来られたように、それだけ陸のことが大好きで、彼の幸せを守りたいと切実に想い続けていました。

「ゆきゆきは、なにも知らない子供じゃなくなった」
「りっくんと出会ったばかりの頃のわたしとは違うんだよ」

雪ちゃんは自分をわたしと呼ぶことで、それを強調した。

「りっくんが成長したように、わたしだって成長した」
「変えたくなかったりっくんとの関係だって、変わったって思うんだよ」
「友だちから恋人に……」

そう思ってくれるなら、その変わった関係を今度は大切にしていきたい。
だけど雪ちゃんは、俺の願いとは逆の言葉を口にした。

「だからわたしは、りっくんと別れなきゃいけないって思うんだよ」

「そうすることで、時計台の鐘のように、みんなの日常がいつまでも続いて欲しいと願うから」
「変わらないものなんて、この世界にはないのかもしれないけど……」
「やっぱり、変えたくないものはあるんだよ」

「わたしは、変えたくないものを守りたいから、りっくんとばいばいすることにしたんだよ」


――雪々(グランド√)

雪々は誰かが好きであるほど負い目を感じ、その結果自己否定をしていたから、みんなや陸と別れようとしていました。

本作のヒロインは基本的に誰かとの確執を抱えていたから孤独を感じていたのに対し、雪々は誰かを愛するからこそ独りになってしまい、想いに反した孤独に人一倍の寂しさを感じていたのかもしれません。愛とは純粋な感情だから、純粋な感情から生まれる寂しさもまた、どこまでも深く感じるものなのかもしれません。

では自己否定によって別れようとしていた雪々の、本心は何だったのでしょうか。










雪々の本心


雪ちゃんとは、なんなのか。
雪ちゃんの正体とは、なんだったのか。
なぜ、気づかなかったのだろう。
なぜ、雪ちゃんの能力に気づくことができなかったのだろう。
なぜ、能力者の誰もが気付くことを許されなかったのだろう――――


俺たち能力者にとって、いつからか身近になっていた、雪ちゃんという存在。
だからなのだろう。
あまりにも近すぎて、気づけなかった。

春を迎えることで、失われるものが何なのか。
本当になくしてしまうものが、なんなのか……。

「ウソだろっ……」

なんで、こんな……。

「俺は、なんでこんな時期になるまで気づけなかったんだっ……!」

だからこその共感能力。
解くことが難しい、優しい魔法……。

「なんで雪ちゃんは、言ってくれなかったんだよ……!」

わかりきっている。
誰も悲しませたくないからだ。
ようやく普通の日々を過ごせるようになった、姉さんの邪魔をしたくないからだ。


――陸(グランド√)

共感には隠し事はできないけれど、誤解が生まれてしまうこともあると言われていました。では雪々の抱えていた辛さや苦しさには、どこに誤解が生まれていたのでしょうか。

雪々はみんなに対してずっと苦しい想いを抱えていて、そのことをずっと言ってくれなかったのは、隠し事をしていたようにも感じられます。しかしそうではありませんでした。雪々にとってその胸の苦しさは、同時に迷いでもありました。雪々は迷っていたから、想いは正しく伝わらずに、誤解とすれ違いが生まれていっていました

雪々の迷い。それはみんなに悲しい想いをしてほしくない、みんなの普通の日常を守りたいから、
そこに自分がいることで邪魔になるのではないかという迷いを抱えていたから、自分がいなくなることを選ぼうとしていました。たくさんの迷いを抱えながらもみんなに生きていて欲しい、幸せになって欲しいというのも雪々の本心なのは確かですから、その優しさにみんなは共感していました。

しかしその優しさに共感したからこそ、その裏返しにあった、いなくなってしまいたいという雪々の迷い。それは優しさと一緒にある近くにあった想いだったから、共感はできていたけれど近すぎて見えてはいませんでした。

雪々の優しさは苦しさの上に成り立っていたからこそ、優しさもまた苦しさと同じくらいの本心でした。優しいから苦しい。苦しいから優しい。この二つの想いは近すぎるほどに重なっていたからこそ、ただ1つに共感できただけで、雪々のすべてに共感できたように思えてしまったのです。

そしてもう1つ、みんなは雪々と心の距離が近すぎたからこそ、共感できていたつもりになっていたということでもあります。だから雪々の本心は、見えていたつもりになっていたから、みんな見えていませんでした。



雪々がその想いを懐いてから、三年間降り続いた月ヶ咲の雪。そこには雪々の本心がありました。そんな雪々の本心は何だったのでしょうか。ここでは3年の雪の謎を振り返りながら、その答えを探していきたいと思います。

クロノスの局長である大樹は、この3年の雪には矛盾があるから、本当は雪々は能力者やみんなを騙しているのではないか、陸が思うような優しい子ではないのではないか、本当は自分勝手でやっていたのではないかと雪々を疑っていました。そんな局長が示した矛盾は3つもありました。


1.なぜ能力者を今すぐ人間に戻さずに、神話の冬のように三年の時間をかけようとしたのか。

2.能力者を人間に戻したいのなら、なぜ3年の雪は逆に能力者の覚醒が頻発したのか。

3.そしてなぜ、フィムブルの冬を再現していたのに、神話の通りの厳しい雪ではなく、二年間は積もらない優しい雪が降っていたのか。


この局長が示した矛盾に対し、理屈は通っていて、陸は反論することはできませんでした。しかしずっと雪々を近くで見てきた陸は、理屈では納得できても心では納得できずにいました。陸が探した雪々の本心は、雪々が願った三年の月ヶ咲の雪から見つけます。雪々の本心を、局長が示した矛盾と一緒に比較していきます。

雪ちゃんは、姉さんのルーンとして自由に歩き回ることができた。
それが、姉さんの命を削っているとも知らずに。
だけど雪ちゃんは、姉さんが眠りに落ちたことで、その過ちに気づいてしまう。

だから雪ちゃんは姉さんから離れ、自ら生きることにした。
代わりに、雪ちゃん自身が潰えようとしている。
三年の冬とは、そういうことだ。
雪ちゃんが独りで生きていられる時間だったんだ……。


ーー幸、陸(グランド√)

三年の冬の時間とは誰の命も犠牲にすることなく、一人になったことで命を削られていた雪々が生きられる時間でした。

この三年の冬では雪々は後悔が積もり続けていたから、三年の雪にもその後悔と、消えてしまわなければならない雪々の想いがのっていました。三年の雪とは雪々の願いが込められていたから、その雪は三年で消えてしまう雪々そのものを表していました。

冬の妖精が過ごしやすいよう、環境を変えたかった。
だけど雪ちゃんは、それを選ばなかった。
だから月ヶ咲では二年間、積もる雪を降らせなかった。
雪ちゃんは、妖精よりも人間を選んだんだ。

本当は、どちらも選びたかったはずなのに。
最後の一年間だけ、積もる雪を降らせたのは、人間だけじゃなく妖精の夢だって叶えたかったからなんだ。


――雪々、陸(グランド√エピローグ)

神話のフィムブルの冬とは違い、最初の2年間は積もらない雪が降ったのは、(雪々の故郷では積もる雪が降っていましたが)積もる雪を降らせないことで自分を選ばず、そしてみんなが幸せで生きていってほしいという願いがありました。

しかし自分が消えなければならない三年目の冬、そして陸と再会して別れなければならなかった最後の冬には雪が積もります。その雪には雪々の相反する願いがありましたが、それが雪々が心に迷いを抱えていた証拠でした。いなくなりたくない、本当は一緒にいたいという雪々の隠れた本心がこの三年の雪にはあったのです。

最初の二年間の雪と、最後の一年間の雪にのっていたのは、相反する想いでありながらどちらも雪々の本心だったからでした。それが雪々の迷いを生んでいたのでしょう。

「局長が言ってたとおりで、雪ちゃんが降らせた雪には矛盾があったんだよ……」

雪ちゃんは、姉さんから聞かせてもらった優しい物語を街の人たちに共感してもらうために、雪を降らせることにしたはずなのに。

「雪ちゃんは、人間だけが生き残る道を選んだはずなのに、月ヶ咲には次々と能力者が生まれていた……」

三年の冬の間は、これまで以上に人から人へとルーンが渡り、新たな妖精が生まれていった。

「それはやっぱり、雪ちゃんが寂しかったからじゃないか」
「本当は友だちが欲しい、仲間が欲しいと願った結果じゃないか……」

だけどその逆の願いもあったから、月ヶ咲では能力者として完全に覚醒するものはほとんどいなかった。
雪ちゃんの中では二つの願いがせめぎ合っていたから、優しい雪にも相反する願いが乗っていた。


ーー雪々、陸(グランド√)

最後に局長が言及していた、能力者が月ヶ咲で逆に多く生まれていた理由ですが、これは最も雪々の本心が現れていたところでした。局長が言っていた通り、能力者が逆に生まれていたのは矛盾していました。しかしその矛盾は局長が考えていた、雪々の本心とは違っていました。

能力者が生まれていた理由は騙していたからではなく、本当は友達になりたかったからでした。騙すことと友達になることがどう違うのか考えてみると、誰かの心を無視しているか、心から通じ合いたいという願いがあるかの違いだと思います。雪々は能力者と通じ合いたいと思っていたことが、局長の考えていたこととの違いだったのでしょう。雪々の抱えていた矛盾は、離れないといけない、別れなければいけないと一緒にいることを否定することを言っていたのにも関わらず、本当は一緒にいたいと思っていたことでした。しかし一緒にいることの後ろめたさを迷いとして抱え続けていたから、能力者が多く生まれていても、完全に能力者になることはなかったのでした。このことは局長が見えていなかったことでもあります。

三年の雪は表面だけ見ると、最初の二年間は自分よりも人を選び、しかし本当は友達になりたかったという相反する想いが。そして最後の一年が一緒にいてみたかったという想いに、一緒にいてはならなかったという想いになっています。

相反する想いを持ちながら、同じ想いから生まれていたから見つけられなかった雪々の本心。ですがそれは近すぎたから見えなかっただけではなく、近くにいるから見えたものでもありました。本当はこう思っていたんじゃないかと本心を見つけてもらえたことで、「友達が欲しいと思ってた、一緒にいたかった」と、雪々は本当の心を伝えて見せていました。そう伝える雪々には、本当に自分のことを想っていることを理解した嬉しさも、それでもそんな強い想いに応えられない寂しさもあったのでしょう。

そしてもう一つだけ、この三年の冬には雪々のある想いがありました。そのことは雪々自身が語っています。

「妖精と人間が、仲良く暮らす……」
「だけどそれは、長くは続かない。いつかは滅びを迎えてしまう」
「争いが起こって、どちらかがいなくなってしまう」
「だって、妖精と人間は、違うから」
「生まれた星が違うから……」
「星にはきっと、その星にふさわしい命が必要なんだよ」

「わたしも、同じだったんだよ」
「わたしにとって、この星はあたたかい……」
「春はとってもあたたかい……」
「独りで生きるには、難しいくらいに……」
「あたたかさに慣れてしまって、誰かのそばにいないと、寒くて凍えてしまうくらいに」


ーー雪々(グランド√)

陸と別れてしまったことであたたかさを失い、この三年の冬では再会できたのに自分も心も消えるしかなくて。遠い想い出の中にしかぬくもりを求めることができず、目の前にあるはずのあたたかさはどこまでも遠かったのでした。

人のあたたかさを知ってしまったら、もうその人のあたたかさなしでは生きていけない。その人のあたたかさが全てで、それだけで満たされていたから、寒くて凍えてしまいそうな寂しさにはもう耐えられない。雪々が願ったこの三年の冬とは、そんな雪々の想いの結晶でした。

一緒にいられない寂しさは募り、誰かを想うほどに心が痛んでいたから、命よりも深く、雪々は心が削られていました。

この三年の時間は、雪々が一人で生きられる限られた命の時間であったとともに、独りで生きることで削られ続けていた心のことでもあったのでしょう。雪々は本当は、ただ一緒にいられたらそれで良かったのです。



「ばいばい、りっくん」
「ごめんね……りっくん」
「ふたりで一緒に、歩けなくて……」

なぜ雪ちゃんは、これまでもこんなふうに、俺に対して謝っていたのだろう。
決まっている。
こうなることがわかっていたからだ。
諦めたくなくても、諦めるしかなかったからだ……。


――雪々、陸(グランド√)

昔の想い出と同じように時計台広場で遊ぶことで、雪々と陸は最後の想い出を作ります。そして悲しい別れにならないようにと、雪々はずっと笑顔でいました。

ですが別れなければいけない最後に「ごめんね」と言わなければならなかったとき、涙を抑えることができずに涙が止まらなくなります。雪々はここまで来るまでにごめんね、ありがとうと言い続けていました。そう言い続けていた雪々は、陸にきっとこう伝えたかったのでしょう。


「ごめんね、一緒にいられなくて

「ありがとう、一緒にいてくれて

と。

これがずっと隠してきた、しかし何よりも強くあった雪々の本心でしょう。ただ一緒にいられたら、本当はそれだけでよかった。それは昔からずっと変わらない雪々の本当の想いでした

一緒にいたいという陸の想いにも、そして自分の本当の心にも気付いていたのに。それでも「ごめんね」と言わなければならなかった雪々ですが、今まで別れなければならないと言っていたのに、本当は別れたくなんてなかったという想いで涙が溢れて止まらなかったのでしょう。

雪々が流した涙、そしてごめんねの一言は、一緒にいたいという雪々の寂しかった本心が積み重なっていました。










想いは、一つとして同じものはない


「悲しい冬は、もう終わる」
「優しい春を、もうすぐ迎える」
「シラハが教えてくれた、優しいお話のハッピーエンド」

「争いはなくなって、平和が訪れてくれる」
「ルーンはなくなって、みんなが笑顔になってくれる……」


――雪々(グランド√)

人間を選択して幸せにするのなら、神様と妖精を救うことはできず幸せにはなれない。それが雪々が信じていた、物語のハッピーエンド。そして雪々がこれまで読んで聞いてきた、北欧神話という物語でした。

その誰もが知っている北欧神話という物語を通して、みんなが幸せになれる結果(=物語の結末)を願っていることを雪々は伝えたかったのでしょう。自分はいなくなるけど、これがハッピーエンドなんだよと、雪々は物語を語って聞かせるかのように伝えています。

何かを得るには何かを失うように、幸せを得るには誰かの犠牲が伴う。ここでは雪々自身がそうなることを願っていましたが、それが雪々にとっての「生きるために死ぬ(ハッピーエンド)」なのでしょう。雪々がこの三年の月ヶ咲の雪の物語を作り出したのは、陸たちが考えていたようにただ北欧神話の物語が好きだっただけではなく、その物語のような幸せな結末を為したいと雪々は強く願っていたからです

ですが誰かがいなくなることは寂しいことでした。雪々が言うように能力(ルーン)があることで誰もが苦しい思いをしてきましたが、それで心を通わせられた相手を失ってしまうことは、きっとどんなことよりも寂しいことでしょう。だからこの物語の結末を受け入れることはできません。

雪ちゃん。
もう、解けてるんだ。
優しい魔法は解けてるんだよ。

だからもう、雪ちゃんが見せようとした優しい物語の結末は、理解はもちろん納得もできやしない。
この先を受け入れることはできない。


――雪々、陸(グランド√)




「雪ちゃん……。魔法を解くことができたのは、陸くんだけじゃないんだよ」
「私だって同じなんだよ」
「だから私も、この先の結末を受け入れることはできない……」

 
 

「雪ちゃん、知ってる?」
「雪の結晶は、ひとつとして同じものはないんだよ」
「雪ちゃんの代わりなんて、どこにもいないんだよ……」

「雪ちゃんは、私にたくさん友だちを作って欲しいみたいだけど……」
「いくら友達を作ったって、そこに雪ちゃんがいなければ、ダメなんだよ……」


――幸(グランド√)

優しい魔法とは共感能力であり、そして幸せになってほしいという雪々の願いでした。今までみんなその願いに共感していましたが、雪々の孤独や寂しさには誰も共感できませんでした。雪々の本心と孤独を知ったから、優しい魔法という共感は解けていました。

そしてここで白羽幸の言う雪の結晶とは、“想い”の結晶ということでした。

儚く舞う白い雪は
降り積もる 想いの結晶


――雪のエルフィンリート

雪々の想いと心はたった一つで、代わりはどこにも存在しません。人は一人一人みんな違う想いを持っていて、同じものは一つとしてありません。誰かが失われることは寂しいことでした。その寂しさは能力者(エルフィン)たちにとって何よりもつらいことだったから、優しいだけで誰も幸せになれない雪々の選択は、受け入れることはできませんでした


これまで雪々の本心について見てきましたが、それでは能力(ルーン)と向き合うことにした能力者(エルフィン)たちの決断と、本心はどのようなものだったのでしょうか?









伝えたかった“ありがとう”の想い

エルフィンたちはルーンを持ってしまったために、それぞれが生きることに息苦しさを感じてずっと悩んできました。そして、自分のルーンをどうするかという選択を迫られていていました。

ルーンを手放したくないのであれば、月ヶ咲を離れることでルーンを残すことができます。そしてルーンを手放すためには、月ヶ咲に残り、三年の冬が終わることで、みんなのルーンは溶けてなくなります。そのどちらかの選択を迫られています。

「たとえ能力者じゃなくなったとしても……」
「あたしには、伝えなくちゃいけない気持ちがある、って……」

―中略―

伝えたい。

今まで怖くて直視できなかったことを。
彼の中にもあると、信じたいものを

素直に。ただ、伝えたい。


一夏(一夏√)

しかしエルフィンでいることやルーンを手放すことよりも、みんなには大切なことがありました

ずっとみんなのことを想い、そして自分たちと同じようにずっと一人で苦しんできた少女がいました。みんなにはただ、そんな少女に伝えたい想いがあります。そのためにルーンを使って、ずっと悩み、迷い、そして向き合ってきた本当の想いを少女に伝えます。




街のシンボルである時計台。
この舞台には、続々と能力者たちが集まっていた。

――能力者たち(グランド√)

時計台は、雪々にとっては不変と普遍を願う象徴(=シンボル)でした。しかしみんなにとっては、雪々に変わらずにずっとここにいて欲しいという伝えたい想いの象徴になっています。











「雪ちゃん、早く帰ってきてね」

「晩ご飯作って、待ってるわ」


落葉は、雪々(ルーン)のおかげで父とわかりあえた。

葉月は、雪々(ルーン)のおかげで母と会うことができた。


ありがとう。




「私は、寒いのが苦手です。今だって早くコタツに戻りたいと思っています」

「ですが、少しは冬が好きになれたかもしれません」

「あなたのおかげで、雪が好きになれたかもしれません」

「嫌いなものも、こうして好きになることがある……」

「もう、大好きなルーンだけに頼るのは、おしまい」

「あなただけに頼るのは、おしまい」

「だから、返します」

りんねは、雪々(ルーン)のおかげで家族の絆をつかむことができた。


ありがとう。




「この星空の向こうで、コロちゃんが旅してるんだよね」

「それをお姉ちゃんが、がんばってサポートしてあげてるんだよね」

「あたしはもう、思い出してるよ」

「宇宙が好きって気持ち。星が好きだったこの気持ち」

「お姉ちゃんと同じだった、この想い……」

一夏は、雪々(ルーン)のおかげで姉の本心に気づくことができた。


ありがとう。




「榛名くん。それに、一緒にいる妖精さん

「私が恨んでいるとか、勝手に決めないで」

「私が歩く道は誰のものでもない、私の道よ」

「これからも、自分の力で切り開いてみせるわ」

「独りで歩くつもりもないけど。助けが必要な時は、お願いするかもね」

「あなたがくれたのは、そういうものだったのよ」

琴里は、雪々(ルーン)のおかげで未来に踏み出すことができた。


ありがとう。




「ま、能力者として生きるのはもう、堪能したし」

「人間として生きるのだって、おもしろそうだし」

「恋愛とかも、してみたいしさ……」

「……ううん。人間も妖精も、変わらないかな」

「ボクはボクなわけだし、どっちで生きたってきっとボクの性分は変わらないんだろうね」

「そのままのボクで、どんなふうに生きるのか」

「選ぶのは勇気がいるけど、それが自由ってものだもんね」

ひなたは、雪々(ルーン)のおかげで本当の自由を知ることができた。


ありがとう。




「私は、月ヶ園が好きです。そこに通う園児たちが大好きです」

「私がそんなふうに子ども好きになったのは、昔から小さなことでくよくよしていた自分がいたからです」

「だから、ルーンについても悩んでばかりいた」

「そんなわたしだから、悩みなんて笑って吹き飛ばす、子どもたちの無邪気さに惹かれていた」

「私はいつも、子どもたちから元気をもらっていた……」

「だけど今は、子どもたちからもらうだけじゃなくて、私が守ることもできたと思います」

千川は、雪々(ルーン)のおかげで誰かを守れる強さを持った。


ありがとう。




「これで、この街からは暴走がなくなって、平和が訪れることになる」

「うさー(そうですわ)」

「ルーンに振り回されることがなくなり、皆は安心して過ごせるようになる」

「うさー(きっとそうなりますわ)」

「そんなふうに、この冬は辛くて厳しい季節だったかもしれないけど」

「悲しいこともたくさんあったと思うけど……」

「うさー(ですが、それだけではありませんわ)」

「うん。アルとたくさんお話しできて、楽しかったよ」

「この冬が、私は好きだったよ」

「うさー(ワタクシも大好きでしたわ)」

友だちと一緒に、いつだっておもしろおかしく遊ぶことができたのだから。

だから、たとえ春を迎えても、冬の想い出は忘れない。

決して。


素敵な贈り物をありがとう、冬の妖精さん……。




「この光は、雪ちゃんの想いのカケラ」

「私たち一人一人に、雪ちゃんの願いが息づいていた」

「いつからか、ルーンが不安定になったのは、雪ちゃんが訴えかけていたからなんだよね」

「独りは寂しいって」

「本当は、いなくなりたくない……」

「死にたくない……」

「そう、私たちに助けを叫んでいたんだよね……」

「雪ちゃんは、強いよ……」

「本心を隠して、私たちに心配かけないようにして……」

「私たちの前では悲しい顔ひとつしないで、いつだって笑っていたんだから……」

「だけどもう、いいんだよ」

「助けを求めていいんだよ」


「私たちは、ルーンがいらないから還すんじゃない」

「雪ちゃんに、私たちの気持ちをわかって欲しいから、還すんだよ」

「私たちの想いを、この光に乗せて――――」

父との不仲と母親との死別により孤独を感じていた落葉は、彼女の持つ共感能力(エムパシー)により、自分を想ってくれる誰かがいたこと、本当は孤独ではなかったことを知ります。

能力(ルーン)だけが家族との唯一のつながりで、実際に一緒にいることが叶ったから能力(ルーン)が好きだったりんねは、能力(ルーン)だけに頼らなくても、自分の力で絆を掴んでいけることも知ることができました。

お互いに条件付きの愛でしか姉との関係がなかった一夏は、回帰能力(リカレンス)により、一緒にいる理由がなくなったとしても、なくならない気持ちが姉との間にあったことに気づけました。

能力(ルーン)によって家族を傷つけてしまったことから能力者(エルフィン)であることに苦しみ、自分の心を捨てることで弱い自分を捨てていた浅海ころなは、能力者(エルフィン)である自分とその心から逃げずに向き合えることが本当の強さだと教えてもらいました。

家族に捨てられて、自分を捨てた家族を切り捨てるためにあったと思っていた琴里の遠隔移動能力(アポーツ)は、それに反して発動条件は家族との想い出である刀を呼び寄せなければならなかったから、決して捨てられない絆と、能力(ルーン)は自分の道を切り開くためにあったことを見つけました。

自分のルーンと向き合うことは自分の心と向き合うことと同義でした。自分の心と向き合うことは苦しいことですが、ひなたにとってそれが本当の自由であったように、苦しかったけれど本当の幸せを考えることができました。

累たちにとってこの冬はつらくて苦しい三年間でしたが、それだけではありませんでした。みんな能力(ルーン)によって寂しい思いもしてきましたが、雪々(ルーン)のおかげでずっと誰かがそばにいてくれたこと、本当は独りではなかったことを知りました。ルーンと向き合うことができたからこそ、誰かの本当の想い、自分の本当の気持ちに気付けました。そしてみんな本当はこの冬と、雪々(ルーン)が好きだったことにも気づきました。それは決して忘れることのない、大切な冬の想い出。

そして能力(ルーン)と向き合って見つけていたのは、自分たちと同じように悩んでいて、独りで寂しかった雪々でした。雪々にも寂しい想いをして欲しくなかったから、たとえ大好きなルーンを失って、エルフィンではなくなってしまうとしても。それでも伝えたい想いがありました。

新しい季節を待つ (いつまで?)
想いが空へと還る日まで…


ーーアストラエアの白き永遠OPテーマ「White Eternity」

その想いを、この「ありがとう。」の一言に込めて。










雪のエルフィンリート


儚く舞う白い花が やがてこの世界を照らすよ

また出会えたふたりの運命(さだめ)を歌うよ いつまでも

光の中咲き誇る 光の中永遠に

ふたり 歌おう


ーー雪のエルフィンリート~Never ending love song~(3番)

この挿入歌はプロローグでも流れますが、それとは歌の雰囲気が違うように思います。最初の雪々はこの歌を一人でいるときに唄っていました。そして雪々の母も、ずっと一人のこの歌を唄っていました。その最初の歌には孤独の寂しさが想いとしてありました。

しかしこちらはどうでしょうか。歌っている人が違うだけではなく、3番の歌詞までもが書き変わっています。


「会えなくても信じる運命を唄うよ」
「また出会えた二人の運命を唄うよ」

「ひとり 唄うよ」
「ふたり 唄おう」


こうしてみると、歌詞までもが全く違う意味へと変わっていることがわかります。この歌に込められた想いは、雪々が唄っていた独りの寂しさとは反対に、二人のあたたかな想いが唄われていました。これは雪々の歌に対する、あたたかな「返し歌」になっていました

エルフィンたちのありがとうの想いだけではなく、白羽幸自身もこの歌を通して、雪々に独りでいて欲しくない、一緒にいて欲しいという想いを込めて、伝えようとしていたのでしょう。

白羽幸は、雪々の唄う寂しかった歌を、この「返し歌」を唄うことで打ち消そうとしていたのです。


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アストラエアの白き永遠のパッケージなどに書かれていた副題は「Elfin song’s an unlimited expanse of white.(エルフィンの白き歌が響き渡る)」となっていましたが、2つあった白き歌声はエルフィンたちの想いを乗せて、どこまでも響き渡っていたのでしょう。










心の無限性


「雪ちゃん、そうじゃない。違うんだよ……」
「違わないよ……」
「ゆきゆきはずっとみんなのこと見てたから、間違ってないんだよ……」

「だとしたら、雪ちゃんは表面しか見てなかった」
「人の心まで見ることができなかった」


ーー雪々、陸(グランド√)

みんなは雪々にありがとうの想いを伝え、白羽幸はエルフィンと共に伝えたい想いを乗せた歌を届けました。それぞれが伝えた想いは、どれほど通じ合えるものだったのでしょうか。その想いを知るために、ここからは心と共感はどういうものだったかを考えてみます。

月ヶ咲のエルフィンをずっと見てきて雪々は心を理解していたと思っていました。みんなルーンで苦しんでいたと思っていましたが、(向き合うことは確かに苦しいことでしたが)ルーンと向き合うことで本当に大切なものに気づいたから、ルーンも本当は好きだったことに気づいていました。雪々は表面上の苦しさだけしか見えていなかったために、その奥にあった悩みと苦しみ、そして迷っていたからこそたどり着いたエルフィンたちの本心までは見えていませんでした。こうして心が複雑に変わっていくものであるように、心とは難しく複雑で、捉えようのないものでした。

それは決して見えない心の部分がそれぞれにあったように、自分と相手の心には決して交わらない壁があるからです。


結局人の心は分かりませんでした。では、想いを完全に共有することは、分かりあえることはできないのでしょうかーーーー?

雪ちゃんは、俺の胸の中で大泣きした。
姉さんの共感能力で、俺にもその想いが共有できた。

雪ちゃんは泣き続ける。
俺も翻弄されて、涙が止まらなくなった。

言葉にならないこの感情。
二人で共有しなければ、抱えきれない大きな激情。


――雪々、陸(グランド√)

しかし共感で絆を得ていた人たちにとっては、それだけではありませんでした。こうして全てを共有することが、共有しなければ抱えきれない感情が、雪々たちにはありました。

うれしいことは二倍に、悲しいことは半分にできるように。気持ちを共有するためにだって誰かはいるはず……人は寄り添うのだと思います。絆とは決して、交わらない心だけではありませんでした。

「エネルギーっていうのは、有限なんだって……」
「光ですらも、ずっとそこにあるわけじゃなくて、いつかは消えてしまうんだって……」
「ゆきゆきだって、同じなんだよ……」


――雪々(グランド√)

エネルギーが有限だとしたら、雪々もそれと同じなのでしょうか?だから雪々もいつか消えてしまうものなのでしょうか。しかしそうではありませんでした。エネルギーが有限であるのとは反対に、人の心や想いは無限です

「きっと、なんの理屈も、理由もなくて」
「ただ、そのひととなにかを共有していたい気持ちが……」
「その共有できるなにかが、なくなっちゃったら……どうすればいいの……」

「なくならないわ」
「それは、なくならないって、私は思っていたい」


――落葉、一夏(一夏√)

自分が嫌で心や存在を否定していても、心が痛むだけだったように。誰かがいなくなっても想いは消えるはずもなく、寂しい気持ちは大きくなるばかりだったように。そして雪々がどんなに変わっても、彼のことを変わらずに好きであったように。どんなに分け与えても、共有しても決してなくならないもの。それが心や想いでした。ただ一緒にいたい、その想いは無限の広がりをもっていから、一緒にいられたらそれだけで満たされていました。

きっと心が存在することにはなんの理屈も理由もないのでしょう。心がどうしようもなく理解できないものであったことは、理屈にならない共感の可能性も秘めていました。共感がどんなに不可能に近かったとしても、二人がわかりあうこともできました。抱えきれない感情があるから一緒にいたい、一緒にいられないと寂しかった、一緒にいたい想いは二人にとって共有していたい大切な感情だったのでしょう。

「雪ちゃん……わかっただろ……」
「いいんだよ……」
「雪ちゃんは、ここにいていい……」
「見つけて欲しいと願って、隠れなくていい……」
「そんなことをしなくても、誰もが雪ちゃんを見てくれる……」
「一緒に遊んでくれるんだ……」

「だから、言ってくれ……」
「もう、かくれんぼはしなくていいから……」
「なにも隠さずに、本心を言ってくれないか……」


「りっくん……」
「そばにいたい……」
「ずっと一緒にいたい……」
「助けて……」

「助けて欲しいよ、りっくん……!」


――雪々、陸(グランド√)

心も、感情も、無限だから。その無限に広がる可能性が、最後にはエルフィンたちの想いがつながれ、二人の心は全てを共感することができました

想いは無限で、独りの寂しさもなくなることはありませんでした。だから一緒にいたいという想いを押し隠さないでほしい、一緒にいたいという想いを知りたかった。その全てを共感することができた二人だったから、ずっと一緒にいたいという想いは続いていきます。

想いとは決してなくならず、死ぬことのない永遠でした。










叫び


「りっくん......歩けないの......?」
「............」

「もう、二人で一緒には歩けないの......?」


――雪々、陸(グランド√エピローグ)

雪々は最後にまた「雪のエルフィンリート」を唄いますが、白羽幸の唄っていた、あの二人の想いが込められた歌へと変わっていることが何かを予感させてくれます。

陸の本当の気持ち、みんなの想い、そして白羽幸が届けてくれた歌に乗せられた想いと、みんなの本心を知った今、もう雪々には、もう冬を憂いながら唄うことはできなくなっていたのでしょう。独りになろうとして歌を唄ったはずなのに、二人の絆はどうやっても切れないものになった雪々は、白羽幸の歌を唄ってしまっていました。

しかしお互いが寄り添っても命は削られ続けて、命は尽きようとしていました。一緒にいたいという想いは最後まで続かせることができず、やはり想いも途絶えてしまうしかないのでしょうか??


届かない想いをそれでも伝えたい。心が死んでしまいそうなときに、それでも想いのまま生き続けようとしていたのではないでしょうか。“叫ぶ”ことによって。




「だから、これでいいんだ……」
「この景色のように、俺たちも一緒にいよう……」

いつか散ってしまうその日まで......。

「だけど……もう、りっくんは……」
「大丈夫だよ……」

「大丈夫じゃないっ!」


――雪々、陸(グランド√エピローグ)

この直前のところで、もう歩けないの?と聞いていた雪々に対して、陸は同じように大丈夫だよと言っていました。しかしそんな陸を見た雪々は、「それ、昔のゆきゆきと同じなんだよ」と語りかけていました。

これまでの雪々は、陸と悲しい別れをしたくなかったから本心を隠していました。本心にウソをついて、心を殺して、その裏で自分の心は傷ついて。それはずっと寂しい想いをしていた昔の雪々と同じなんだよと。陸が雪々の本心を知ったように、雪々も陸の本心を知っていたみたいです。

それでも大丈夫だよと言う陸に、「大丈夫じゃないっ!」と雪々は叫びます。

陸が本心を殺していることを知っていたから、雪々は自分の想いを続かせるためにーーもう陸は死んでしまいそうで、大丈夫ではないことを知ってほしくて。生きて幸せになってほしいと願う雪々の気持ちにも、生きていたいと願う陸自身の本心にも気付いてほしくて必死に叫んでいました。

この一言を叫んでいた雪々はきっと、陸のことが大切だという気持ちが自分のこと以上に強くあった想いなのでしょう。雪々が叫んでいたのは、陸を想うその気持ちだけはなくなることはないからでした




どこに行ったんだ、雪ちゃん……。
捜そうにも、身体が動かない。
感覚すら働かない。
もう、つながりを感じない。
絆は途切れていた。
雪ちゃんは自ら独りになった。
俺から離れ、この空に還っていった……。

雪ちゃんの名を呼んだ。
だけど、かすれた声しか出なかった。
まともな言葉にならなかった。
それだけ体力は落ちていた。
いくら木陰で休んでも回復しない。
できるのはこれだけだった。

雪ちゃん。
雪ちゃん雪ちゃん雪ちゃん雪ちゃん。

言葉にならない声で呼んだ。
何度も叫び続けた。
喉がつぶれようとも。
残された命を燃やすように。
このまぶしい空に向かって。


――陸(グランド√エピローグ)

陸は大切だったはずの雪々を見失ってしまい、そしてもう声さえ出ませんでした。それでも叫びは終わりません

言葉にならなくても、伝える相手がいなくなっても、「一緒にいたい!」という想いをその名を呼ぶことで叫び続けます。

声にならなくても強く想い続けるそれは叫びでした。想いがある限り叫びは在り続けます

人が誰かを想う気持ちに終わりはないのかもしれません。それは永遠にーー

この叫びは終わることはない。


雪々たちの叫びとは、誰かを強く想う気持ちでした。命が尽きようとも、声が枯れてしまっても、それでも足掻いて叫び続けることができるように、雪々たちの想いは変わることなく決してなくなりません。

想いが無限であったように、叫びもまた無限でした。二人は愛している想いを叫び続けました。

雪々と陸の背後には、二人の存在を表すかのように白い雪と満開の桜が舞い散っていましたが、それでも舞い散らない想いがこの“叫び”でした。










信じることで結ばれた絆


さて、最後のまとめになります。この作品では、「絆や共感はどうしたら得られるのか?」ということが大きな問いだったように思います。
人の心は理解できません。それは人の心には交わらない壁があるからです。ですからそれらはとても不可能なことのように思えます。しかし決して得られないわけではありません。

その問いに対しての答えは、同ライター作品の前作である、星空のメモリアでは、「頼ること」でした。

誰かに頼るというのは、自分の弱さを認めて助けを求めることが必要で、とても勇気のいることです。だからそれは弱さのように思えますが、それは強さでもあります。誰かを頼ってくれるからこそ、助けることができます。

それに対して本作、アストラエアの白き永遠の示した答えは、OPムービー中で流れるフレーズの通り、「信じること」です。

分たれた時間は永く―
人々はすれ違い、
秘めた想いはつたわらず、
求めたぬくもりは遠く、

それでも、
ひとはわかりあえると信じて―


――アストラエアの白き永遠OPテーマ「White Eternity」

では、「頼る」ことと「信じる」ことはなにが違うのでしょうか?それは、相手を想う気持ちの強さが違いました。
それでは、信じることはどれだけ重たいのでしょうか。それは、物語の中ではっきりと書かれています。










――――助けるよ。

なにがあっても助けてみせる。









俺は、催眠能力を使う。
そして、絆を結ぶ。
雪ちゃんと誓いを交わす。
その力は絶大だった。
皆の想いが加わり、感情の高ぶりは留まらず、暴走したルーンが運命すら決定づけた。

雪ちゃん。
この先は、俺の命を使って生きてくれ。
いつまでもそばにいて、俺の雪々(ルーン)として見守っていて欲しいんだ――――


――陸(グランド√)








――――わたしは想う。









彼と絆を結んだら、たとえわたしの命がつながれても、彼の命が途切れてしまう。
それがいつかわからなくても、必ず訪れる未来となる。
だというのに、受け入れてしまった。
彼の想いに抗えなかった。
みんなの想いに翻弄された。
助けて欲しいという、自分の想いにも逆らえなかった。


……ありがとう、りっくん。
キミが命を賭してわたしを助けてくれるなら。
わたしも命を賭して、キミを助けるよ。

死なせない。
二人で一緒に生きるんだ。

そんな未来を夢見よう。


――雪々(グランド√)


頼ることというのは、自分の心を誰かに託すということでしょう。それは確かに勇気のいることですが、信じることはそれ以上です。

心を理解することは決してできないのに、共感を得るということは、命を賭すほどの、わかりあえると信じ続けるという誓い、そんな覚悟から生まれます。それは相手に心を託すだけではなく、自分の心をしっかりと持つ強さも必要です。

そして信じることは一方だけではなく、お互いが信じ続ける必要があります。雪々は絆を切ろうとしても、断ち切れませんでした。それは信じることを一方だけでも止めてしまったら、これまでずっとすれ違っていたように、またその頃のように心から分かり合えなくなってしまいます。

命を賭けるという誓いの上にどこまでも信じ続けるという覚悟は、結ばれた二人の絆を生み、もう決して切ることができなくなっていました。心とは、命以上に重いものだからです。愛のためだったら命さえ賭けられる。お互いをどこまでも信じ続けられることが、心からわかりあえた二人の“絆”の証です。

「雪ちゃん......忘れたのか......?」
「雪ちゃんは、俺の願いを聞いてくれた......」
「雪ちゃんは、俺の気持ちに共感してくれたんだ......」
「だから俺たちは、こうして旅を続けることができた......」

「それが、共感能力っていう、妖精と人間がわかり合うためのルーンじゃないか......」


ーー雪々、陸(グランド√エピローグ)

人の心は決してわからないけれど、それでも分かり合えるとどこまでも信じ続けること。そのお互いの歩みの先に、二人の共感が生まれて絆が結ばれました。
人は分かり合えるというよりも、人の心はどんなにわからなくても、分かり合えるとどこまでも信じ続けること。それが本作が出した、分かり合えるための答えです。

二人にとってそうした永遠の想いと絆が、心から生きているという確かな実感を与えてくれました。

絆とは決して切れないもので、そんな決して切れないつながりを得るためには、信じ続けることが大切です。諦めずに絆を信じ続けること、それがこの作品に込められた、大切なメッセージ(想い)なのでした。









「......探したよ、二人とも」

「二人だけで背負い込むことはないんだよ」
「私は、二人のお姉ちゃんなんだから」
「お姉ちゃんにだって、少しは手伝わせて欲しいんだから」

「陸くんは、雪ちゃんを助けてくれた」
「雪ちゃんは、この星を助けてくれた」
「だから今度は、私たちが二人を助ける番……」

「二人は別れなくていい。これからも一緒にいられる」
「寄り添いながら歩いていける……」


「だけど、一人だけで先に行かないで……」
「二人だけで、先を歩かないで……」
「たまには後ろを振り返って、立ち止まって待っていて」
「私たちは、必ず二人に追いつくから」


――幸(グランド√エピローグ)

二人は最後まで絆を切ることができず、お互いのことを信じ続けることができました。しかしそれだけではまだ終わっていません。この作品の「信じる」というメッセージはそれで終わりではなく、それよりもまだ先があるからです。

それは信じることは二人だけではなく、さらに三人、そしてみんなで信じあうことだってできるということです
信じ続ける気持ちがあれば、二人だけではなく、みんなともわかりあうことができて、助け合うこともできます。ひとりでは難しくても、ふたりでなら。ふたりだけで抱えきれないことは、みんなと一緒ならきっと。

二人だけで信じあい先を行くのではなく、たまには立ち止まって後ろを振り返るのも、未来を歩むためにはとても大切だということを本作品は伝えたかったのではないでしょうか
信じ続けるというのは命を賭すほどの覚悟が必要でしたが、その覚悟だけが重要なのではなく、みんなで協力すればきっとその負担は少なくなるというのも、同じくらい重要なことだったのではないでしょうか。

雪々がみんなとわかりあうことで初めて自分の存在を認められるようになったように、そんなみんなのことを信じるという絆の中でこそ、二人はこれからも未来(春)を歩んでいけて、心から生きていけるようになりました。


「雪ちゃんは、姉さんを信じられないか?」
「雪ちゃんにルーンを還した友だちのみんなを、信じることができないか?」

「ズルいんだよ、りっくん……」
「ゆきゆきはもう、みんなのこと、信じてるんだよ……」


――雪々、陸(グランド√エピローグ)



さて、最後にアストラエアの白き永遠の、クライマックスの場面を解釈して、この考察を閉じようかと思います。
誓いの上に生まれた絆が結ばれた後、二人が雪道を歩くCGに切り替わっています。この唐突な場面転換はなにを意味しているのでしょうか。

その背景は、雪の心象風景です。そして雪の心象風景とは、共感の印でした。それは二人の命を賭してまで信じ続けることで、ようやく二人の共感が生まれたということを意味しています
今までの共感は全てルーンの力によるものでしたが、最後のこの心象世界は二人が初めて心から共感することで、ルーンの力ではなく心の力で開かれた世界です。

そしてもう一つ、この雪道の歩みは同時に、幼少の二人がわかりあえていた歩みのように、昔のような歩みにようやく立ち返れたということも意味しています
過去の二人の雪道の歩みは確かにわかりあえていて、でも様々な障碍により二人は分たれてしまい、それでも信じ続けて絆を得たことで、決して切れない永遠のつながりを、こうして歩んでいるのでしょう。








妖精と人間が仲良く暮らす。

何度も諦めたその道を、もう一度目指してみよう。




この雪道に、二人の足跡を続かせながら――――






「雪ちゃん」

「また、一緒に遊ぼうな」

「雪合戦しような」

「雪だるまを作ろうな」


「春を迎えて、たとえ溶けてしまっても」

「次の冬に、また一緒に作ろうな」

「うんっ」

「もう、迷子にならなくていいんだよね」

「りっくんとゆきゆきは、ずっとずっと、一緒だよ」



そしてエピローグで叫ぶ場面の後、雪々がいなくなり、そして再び姿を見せている場面についても私見で解釈してみます。

ここで雪々が一度姿を消してしまうのは、意味があって書かれたのだと思っています。この場面が意味していることは、雪々がいなくなることで、陸にとっての「“大切なもの”は何だったのか」ということを気づかされる、そして示していたのではないかと思っています。陸はずっと、大切なものを探していましたからね。

きっと陸は、ようやく心から大切だと思えるものを見つけられたのだと思います。




春を迎えたら、雪ちゃんとはお別れになるんじゃないかと。
日に日に弱っていく雪ちゃんを見て、それはほとんど確信になっていた。

……諦めてやるものか。
俺は、見つけるまで探し続ける。
大切なものであればあるほど、見つけるのは難しいのだとしても。
探すのをやめてしまったら、未来永劫、見つけることはできやしない。


――陸(グランド√)


舞う結晶の向こうに、彼女の姿があった。
捜していた最中は見つからなかったのに、諦めた途端に容易く発見できた。

それは、大切なものをなくしたときと同じだと思った。


――Episode2








見つけたよ、雪ちゃん……




















「うん……見つかっちゃったんだよ」












「おはよう、りっくん……」







ぬくもりは遠く、寂しさを感じることがあっても、想ってくれる人はきっとそばにいてくれるのでしょう。


ーーこれはあなたに心から生きて欲しいと願う、絆と永遠の想いの物語。



















感想

考察は以上になります。ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。ここからは考察というよりは、プレイしたばかりの時に私が感じた単純な感想になります。あまり何かについて論じられてはいるわけではありませんが、考察では語れなかった、私の感じた良さについて書けたらいいなと思いますので、気楽に聞いてもらえたら幸いです。

まずこの作品はプロローグからとても印象的でした。そんな雪の上で眠ったら、二度と目覚めないのではないかというプロローグで、雪々が手を合わせている手がとってもかわいかったです。あのぬくもりを忘れられないから、祈るように手を合わせている感じなのかな〜と思いました。

それに「りっくんだー!」とふわふわと幸せそうに駆け寄ってくれる雪々がもうかわいかったです。手、つなご?と握ってくれたり、一緒に相合傘をしたりと、一つ一つの仕草がかわいすぎて、かわいい......と思いながらプレイしていました。実際この作品の感想で真っ先に出てくるのは雪々がかわいかったことでした。かわいいです。プレイしていてとても幸せな気持ちでした。

最初はそんなふうにかわいさに癒されていたのですが、これまでのエルフィンたちの悩みがあって、最後“ありがとう”のところで全員が想いを一つになって伝えるところでこれはすごい〜って思いました。しかも雪のエルフィンリートの三番の歌詞が変わってる!すごい!これは大作!と感じてとても心に残る作品でした。

しかし、その三番の歌詞が変わっていることに気付いている人はそうは多くないように感じますので、アストラエアが好きな人にとって、もっと好きになってもらえるエピソードになればいいなと思いこれを書きました。私にとっては最も感動したポイントですので。もしよければみなさんの好きだったところも聞かせてくださいね。

そして前作と変わらず、なかひろ先生はクライマックスでのファンタジー設定の活かし方が上手いなあ......と思いました。主人公の催眠能力(ヒュプノ)は相手のルーンを高めるほかに、相手の行動と心理を強制的に操作するという設定がありました(ルーンを高めるという設定も、本来はこの強制力を使ったものなのかもしれません)。そのルーンを使って、ずっとそばにいてほしいという想いを伝えて、絆を結んだのはとにかく心に残る終わり方でした。

最後のグランドED曲も「結ばれた想い、一つ」という歌詞が流れたときは、その言葉の通りの本当に良い作品だと思わされました。素晴らしい作品をありがとうございました。


ーーーー。

この私がこうしてこの考察を書こうと思ったキッカケですが、雪々の母が言っていた「生きるために死にたかった」という言葉がとても印象的で、その方向性で楽しいことを書きたいなと思ったのがキッカケでした。

といいますのも今まで触れた物語に、生きながらに死んでしまった主人公の物語の影響がありました。そうして生まれたのが、雪々の死生観(=想いが生きること)でした。

そしてこれはどこかで聞いた実話なのですが、病気のため娘を残して死ななければならなかったお母さんがいて、泣いているその子のためにお母さんが「私はいなくなるかもしれないけれど、それでもあなたの中で永遠に生き続けているからね。それってとても素敵なことじゃない?だから泣かないで」といった話がありました。色々な考え方がありそうですが、それでもそんなふうにその子を励まそうとしてくれるそのお母さんのことが好きでしたね。それを雪々の母の死生観の元にしています。
この記事では雪々の母の死生観について否定的に書いているような感じにはなっていますが、私自身としてはむしろ彼女の考え方を肯定的に考えています。命をつないだのも、娘には生きのびてほしいと呼びかけていたのも、そして最後には自身の悲願よりも娘がそれを望むのなら納得できると雪々に言い続けたのも、それだけ娘の幸せを願っていたのかなと思います。
本作のファンディスクであるFinaleでは、雪々の母が娘にかける言葉の一つ一つや取り続けていた行動一つ一つに雪々に対する愛情を感じられました。この雪々の母の部分はなかなか共感しづらい部分だと思いますが、先のお話もありまして、私には最も感情移入できた部分でした。登場場面こそ少ないものの、雪々の母は私にはとても好きなキャラクターです。

そうして生きるために死ぬ、という言葉がずっと印象に残っていたので、「雪々の母の死生観(命として生きること)」と、「雪々の死生観(想いが生きること)」という2つの対比をこの記事の柱として書いてみようと思いました。いわゆる心身二元論みたいな感じです。

この記事の書き始めは「生きるために死ぬ」という意味を探るところからでしたが、そこから雪々の母は命をつなぎたかったんだな、雪々も(心から)生きるために死ぬという考えだったのかもしれないな、そして雪々は想いの永遠性を信じていたのかな、そしてアストラエアの白き“永遠”というタイトルへとつながるんだな、といった流れで今の形になりました。

この想いの永遠性というテーマには本作のおかげでたどり着けたのですが、それを知った上で同ライターの前作である星空のメモリアをプレイすると、想いの永遠性はここではより強く謳われていたのだなと気づけたのも良かったですね。

アストラエアについては「母の死生観、雪々の死生観」という死生観について書きましたが、その後星メモでも「それぞれの登場人物たちの永遠観」という形で書くことになりました。そしてその永遠性とは、死生観と相対する形で本作にも引き継がれているのかもと色々と楽しく考えることができました。

なかひろ先生この2作について書けたのは、このアストラエアの白き永遠という作品の出会いと、そしてなかひろ先生やFAVORITEというブランドに出会えたおかげです。この場を借りて感謝の気持ちを記させていただきます。素晴らしい作品に出会わせていただき、ありがとうございます!


それでは以下からは、記事には取り入れることはできなかったけれど気になったところについて、感想という形で書いていきます。先ほどまでの内容と同じようにささやかな内容にはなりますが、もし良ければお付き合い頂けると嬉しいです。





雪のエルフィンリート

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雪々が唄う場面は、私の中では3つあるかなと感じています。1つ目はプロローグ、2つ目は個別orグランドで誰かが争ってしまうときに、3つ目はグランドの開始で。使われているCGはどの場面でも同じですが、その場合でしかしない雪々の表情があったりと、それぞれでの雪々の想いの違いを感じられました。

1つ目だと一人の凍えそうな寂しさを、2つ目だと誰かが争う悲しさを、3つ目だと再会できても離れなければならない心の痛さ、といった感じでしょうか。それぞれで雪々の想いは違うのに、この一曲だけでその雪々の想いが全て感じられるようになっている歌詞がとても感動的でした。

愛しい人の面影を追いかけていた。
指に触れた温もりを追い続けてる。

そういえばこの2つの歌詞は前が過去形で、後ろは現在になっていますね。愛しい人の面影を見失っても、ぬくもりは忘れられない、といった想いがあるのかなと感じました。

そしてもう一つの曲の副題が、「Never ending love song(愛の歌は終わらない)」となっているのも、想いの永遠性という題材に合っている感じがして良いですね。





旧市街と新市街

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変わったのを見るのは寂しいと言う雪々ですが、雪々にとって変わったその対象は陸のことなのか、それとも雪々自身の心なのか、どっちなのでしょう。ここは結局分かりませんでした。どちらなのかは分かりませんが、仮に陸のことだとしてみます。

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雪々は陸と再会したときに、「背が伸びた?」と聞いているときにはとても幸せそうにしていました。きっと身体の成長という意味での変わることは、雪々にとっては嬉しいことだったのでしょう。

そんな雪々にとって寂しかったことは、心が変わること、想いが変わること、だったのでしょうね。

そして旧市街と新市街が表しているもの、それは想い出の姿を残しているか、それとも想い出を置き去りにしてしまっているか、という違いがあるように思います。

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旧市街と新市街とは、そうしてそれぞれの街の人がが離れてしまったことを表しているだけではなく、久しぶりに再会した雪々と陸の関係も表しているのかな、と思いました。

そして雪々は、その旧市街と新市街の間にある橋によく姿を見せていました。それは変わりたいと願いながらも、変えたくないものがある雪々の心そのものだったのかもしれません。





能力の意義

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エルフィンが持つ特化型能力(アイルーン)とその発動条件には関係がある。そう言われて、私がパッと思い出してしまうのは琴里ちゃんのルーンでしたね。

考察でも語りましたが、琴里ちゃんのルーンとはあらゆるものを切るものでした。それは自分を捨てた家族との関係を切り捨てたいという思いに原因がありました。しかしそれでも切り捨てられないという相反する想いがあったから、発動条件は家族との唯一のつながりであった刀を呼び寄せるものでした。

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こんな感じで琴里ちゃんのルーンの設定がかなり凝っていたのでよく覚えているのですが、その設定がグランドで回収されるのは見事でしたね。三年の冬と雪々の本心の設定が本作の一番の謎ということもあり、その設定の複雑さと回収は本当に驚いたのですが、このルーンという設定も丁寧に作り上げられているところが私が本作が好きなところでした。

そして陸の催眠能力(ヒュプノ)は他者にかけるシーンが多くありましたが、本当は自分にかけるためのものであり、唇を噛むという行為には、自分に対する悔しさに原因がありました。

ここでは説明しやすいように、悔しさを後悔と言い換えて進めます。では陸自身の後悔とは、一体何だったのでしょう?

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お互いに一人で寂しかった雪々と陸ですが、そんなふたりにとって出会えて、初めて友達と呼べる相手ができたことはとても幸せなことでした。そのことに心の中では感謝していたのに、エルフィンになったことで施設に引き取られることになり、何も伝えることができないまま去ることになりました。

何も言わずにいなくなったことで心配させたかもしれない、そしてまた寂しい想いをさせてしまったかもしれない。一緒にいられて嬉しかったよと言えるだけで、少しでも悲しい別れにならないようにできたかもしれない。

陸は一人取り残された雪々のことがずっと気がかりで、そうさせてしまったことを後悔していました。

そんな陸には、雪々にずっと伝えたいことがありました。

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「一緒にいられなくて、ごめんね」

「一緒にいてくれて、ありがとう」

と。

それを言えなかったことが、ずっと陸の後悔としてあったのでしょう。





白き永遠

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この作品は惑星気象学についての話が出るところも楽しいですよね。ですので私も、惑星気象学についてここでちょっとした話をしてみます。天体物理は専門外なので間違っているところもあるかもしれませんが、よろしくお願いします。

この作品の設定で特に目を引く部分はやはり『降り積もらない雪』ですよね。北欧神話を題材にしていながら、厳しい三年の雪ではなく、この降り積もらない雪だったのはなぜなのでしょうか。それは人の幸せを願った雪々の本心でしたが、降り積もらない雪は火星の特徴的な気象でもあります。

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近年の研究で、火星にも雪が降ることが明らかになっています。*1そして火星で積雪は観測されていませんが、本作発売当時における火星と氷に関して観測に基づくほかの報告では、火星の地表にわずかな氷の存在が確認されています。これまではこの氷の成分はドライアイスだと考えられてきましたが、ドライアイスだけではなく一酸化二水素(H2O)であることがわかり、水由来の氷の存在が確認されています*2

このように火星と氷の密接な関係は示されつつあります。火星の雪と氷は、本作の舞台としては面白いのかもしれませんね。

ですがそうすると、一つの疑問が出てきます。

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この一面の雪の原風景は一体どこなのでしょうか。しかしこれも火星だと言われたら驚くのではないでしょうか。実はこれは、火星にあったかもしれない風景だったりします。

ブラウン大学による研究発表資料*3 *4によると、火星表面にはvalley network(該当日本語訳は分かりませんでした)という地形構造があり、これは火星にかつて水が存在していたことによる浸食作用から形成されたと考えられていますが、具体的な形成機構は不明のようです。地下水や湧水、雨や雪、氷河の運動など様々な説があるみたいなのですが、はっきりとはわかっていません。

この研究では山地地形と降水の関係性という視点からの研究で、改良型惑星大気循環モデル(GCM)によるNoachian後期からHesperian初期(火星の地質時代で、だいたい18~35億年前)の気候モデルを用いて、太古の火星の気象を調査しています。その結果によると、シミュレーションでは水の状態での降水を保てるほどの温暖な気候を生み出せず、雪であった可能性を示しています。そしてvalley networkはこのような降雪による雪解けの影響によって形成された可能性があるのではないかとしているみたいです。この降雪は山地地形によって発生する地形的降水を特徴とする気象です。そこから太古の火星は、雪が積もった白い雪景色だった可能性が考えられています。

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もしこの研究報告に従うとするのならば、これまでの用語を当てはめて、このような古代の火星の気象像が浮かび上がります。これが大昔での火星のもう一つの姿です。赤い惑星として知られる火星は、かつては白い星だったかもしれません。本作のこの背景はその火星を支持する形で再現されているようです。些細な背景CGではあるものの、この気合の入れ具合はすごいですよね。

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これはアリゾナ州立大学とブリティッシュコロンビア大学の研究紹介記事*5 *6にて掲載されているカナダのデヴォン島で、寒冷で乾燥している気候条件と砂漠と氷河の地理条件が似ていることから、太古の火星はその島と同じような風景だったと考えています。これは火星のvalley networkを対象に気候モデルによって調査した研究ですが、そのvalley networkの多くが氷床の下の雪解けよる侵食で形成されたとしています。そこから太古の火星を氷が覆っていた可能性を提唱しています。

水の侵食作用によってできるnetwork構造の存在から、太古の火星は温暖な気候で海が存在していたという説が有力とされてきて、そして現在でも支持されている説ですが、一方で太古の火星の気象は寒冷だったとする説も出ているみたいです。どちらが正しい説なのかは分かりませんが、もしもアストラエアの白き永遠のように雪の惑星でしたら、今の赤い惑星からは考えられないような火星の姿を想像することができて楽しいのかもしれません。

今も様々な議論がある領域ではあるものの、宇宙のロマンと惑星へのドキドキが止まらないですね!

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こうすることで彼女が雪の惑星で白き永遠の夢を持ったことにもつながります。白い雪の惑星は赤い星へと変わっていったから、雪の彼女はこの白き風景を永遠にしたかったのかもしれません。それが彼女の持った永遠観なのでしょう。

生きるために死ぬことを選んだ彼女の歴史(=人生)は、娘が好きになった生きるために死ぬ物語のようだと言います。かつての白い惑星としての雪と、北欧神話としての雪。その二つの雪は全く別のものでありながら、その雪を通して母娘が共感していたようにも感じられました。

そうして雪々を見てきた彼女もまた知ることになったのでしょう。寂しいという感情を。白い惑星の彼女は本当は寂しいと感じていたから、命をつないでいたかったのかもしれません。





一緒にいる時間

見てくださいこのお箸の持ち方!とっってもかわいいですね。こんなにかわいい雪々が見られてとても微笑ましいです。

ですがやっぱり、昔と同じで雪々は熱いものは苦手でした。それでも昔と違って雪々はこうして幸せそうに笑っていました。

ここで感じていた想いを言葉にしたならきっと、「こんなぽかぽかなら好きなんだよ」と雪々は言いそうです。一緒にいられることが何よりもの本心だった雪々にとって、こうして一緒の時間を過ごせたことは、その熱さ以上にあたたくて幸せだったのかもしれません。

グランドではずっと寂しくてつらい想いばかりだった雪々が、ただここでは心から笑ってくれているようで、きっとこの時間が雪々にとってかけがえのないものだったのだろうなあ、と思えたので見ていてとても幸せでした。大好きな場面です。





雪々の涙

(本心を押し隠し続けていたときの)雪々が涙を流す場面は少ない、と記事では語りました。一つはこの記事中で語りましたが、もう一つだけありました。

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雪々が「独りでいたほうが、ずっといい」と言っていたところで、陸はきっとエルフィンたちが力を合わせれば何とかなる、妖精と人間は一緒にいられるという証明のためにそばにいてほしいと雪々に伝えます。

その後に陸はこぼすように、「昔のように別れるのは寂しい」と言っています。陸は一緒にいるための理由を作ろうとして前述のようなことを言っていたのですが、それは建前の理由であり、本当の理由ではありませんでした。一緒にいるための理由はなくても、大切な人と一緒にいられないのは寂しいから。それが陸の本心だったのでしょう。

その言葉を聞いて、雪々は涙を流しています。独りのほうがずっといいと自分に言い聞かせ続けていたけれど、雪々もまた同じ気持ちだったから、泣いてしまわずにはいられなかったのでしょう。

雪々も本当は一緒にいたかった、一緒にいられないのは寂しかった。雪々の本心も同じでした。

そんな本心、なくしたいと思っていたのに。それでも陸の想いに共感してしまう心も、一緒にいたいという本心もなくなることはありませんでした。

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ごめんね、ありがとう

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日に日に弱っていき、陸に助けてもらわないと一緒に歩くことさえできなくなっていった雪々。一緒にいることで負担をかけていると感じていたから、雪々は「ごめんね」と謝っていました。

しかし陸にとっては、ふたりで一緒にいられるのに、それなのにごめんねと言われるのは寂しく感じていたのかもしれません。きっと、一緒にいてくれて「ありがとう」と言ってもらえるほうが嬉しかったのかもしれません。

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ですがどれだけありがとうと言われても、それが別れるための「ありがとう」だったとしたのなら、それはとても寂しいことでした。

陸が本当に欲しかったものは、ごめんねという言葉でも、ありがとうという言葉でもなかったのかもしれません。

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一緒にいられたらそれだけで、他には何もいらなかったんだ。





“ありがとう”の想い

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この“ありがとう”の想いを伝えるところ、それぞれの人物が悩んで最後に、本当は雪々(ルーン)に感謝していたことを伝えて、そして「雪のエルフィンリート」の三番の歌詞に込められた想いが変わっているところが好きなんですよね。

そしてここでアルビレオについてちょっとだけ楽しい設定*7がありますので、ここで少し紹介してみたいです。

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OPTIONの設定から、キャラクター別の音量設定を選ぶことがでにますが、アルビレオだけにしかない設定項目があるのをご存知でしょうか?

アルビレオのみ、副音声のON/OFFという項目があったりします。初期状態ではこれはオフになっていますが、設定からオンにして、この“ありがとう”の場面を聞いてみてください。

シナリオ外の部分であっても、こうしてささやかな想いまで込められていたことに感動できました。この子の声を当てていた加乃みるくさんもこれは驚いていたかもしれませんね。

もしよければアルビレオの隠された想いも聞いてみてくださいね。





儚い美しさ

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なかひろ先生の前作の星空のメモリアは私はとても好きなので、この言葉が出てくれるだけでとても嬉しいです。

ですが星空のメモリアとは違い、本作はこの「儚い美しさ」に対して、否定的でも肯定的でもない感じがしています。終わりの空は嫌な表現だという陸に、白羽幸はそれは、儚い美しさだと言っています。白羽幸にとってその美しさは嫌な表現ではないみたいです。

つい色々なことを思ってしまいますが、私的にやっぱり思い出深くて好きな言葉です。





破壊し得ない個の存在

「存在というのは破壊し得ないんだ」
「自分がここに生きているということ、存在したということは、誰にも否定できない」
「神ですら否定できない」
「存在とは破壊し得ないもの」
「それは過去、現在、未来という時間概念さえも超越した絶対の定理だ」


ーー星空のメモリア

存在とは破壊し得ないもの、そして個もまた破壊し得ませんでした。私が個人として確かにここに在るということ、私が他者とは異なる自己存在であることは、「存在≒個」のようでもあります。私がここに在ること(=存在)と、私が私であること(=個)は、どちらも同じように私を規定するものです。

そして自分が存在したという事実、自分が他の誰でもない自分であることは、決して変えることも否定することもできません。

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そんな個を生み出していたものが心の存在でした。誰かのぬくもり(心)を求めていたように、誰かがいることを感じ、そして誰かを想わずにはいられなかったのは、そんな自分を生み出す(自分や誰かの)心があったからでした。

自分の存在と個を否定することはできないから、それを生み出していた心の存在も否定することはできなかったのでしょう。

要するに、想いは一つとして同じものはない、と言いたいことはほぼ同じですね。人はそれぞれ違う想いを持っている、ということです。





それぞれがルーンで得たもの

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絆を結んだ雪々と陸は、望まずにルーンを得た人たちのルーンを回収する旅に出ます。ルーンによってつらい思いをしている人たちのためにと始まった旅でした。

しかしその旅の中でルーンを憎む人ばかりでははなく、感謝していた人にも多く出会いました。

ルーンの意義も、ルーンによって得たものも人それぞれ。寂しくてつらい思いをしていただけではなく、それによって報われていたこともありました。

月ヶ咲のエルフィンだけではなく、感謝の想いを込めて、“ありがとう”という想いを伝えながら還してくれる人たちはいてくれたのです。

きっと雪々たちはこの旅で、寂しい思いをしていた人を助けられる幸せだけではなく、自分たちが報われる幸せも感じていたのかもしれませんね。





想いを伝えるためのルーン


「榛名陸って名前、ゆきゆきは大好きになったんだよ」


ーー雪々(Episode2)



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雪々が好きだと言っていた榛名陸という名前に込められた想いを、ルーンに眠っていた想い出から伝えられています。三年の雪の意味のように、何気ない一場面が回収されていて好きです。

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そしてこのルーンに眠った想い出は、いったい誰が還したものなのでしょうか。実は陸の父と会わせられるルーンを持った人物が一人だけいました
 
 
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陸は頑なに父と会おうとはしていませんでした。そして陸と雪々は二人だけで月ヶ咲を発ち、二人だけで悩みを背負っていました。そんな頑なに父と会おうとせず、そして二人だけで抱え込もうとする陸に対する、白羽幸のイタズラだったのかもしれません。

この前の場面では雪々と母が再会していました。だからここでは、白羽幸と彼女のふたりで、雪々たちへの伝えたい想いをこうしてこっそり伝えていたのかもしれません。白羽幸は、彼女の想いと自分の想いを雪々たちに伝えて、信じて欲しい気持ちを最後にわかって欲しかったから、陸へとちょっとした出会いを最後に用意したのかもしれません。


星の欠片や、ルーンの結晶に想いが宿って、それがこうして誰かへと伝えられたことが作品中で描かれていたのは、なかひろ先生が想いは永遠だと信じていたからなのかもしれませんね。




※ここから先はfinaleの内容を扱いますので注意です。







生きるために死ぬということ

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雪々が生きるために死ぬという考えを持っていたかは本編ではあまり確証が持てなかったのですが、finaleで雪々と白羽幸が生きるために死ぬことについて話しているのを見られたので良かったです。やったー!

ですので最後に、私にとって思い入れのあるこの言葉について話をして終わろうと思います。

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全てのものに終わりは存在しますが、誰かが幸せになれて、その中で生き続けることができたのなら、きっとそれは終わったようでいて終わりではないのかもしれません。誰かに幸せになってほしいとそう願うことで、その想いが誰かの中で生き続けるように、その想いが誰かを生かすこともあるように、死んでしまうとしてもそこには意味があるのではないか。

命だけではなく想いをつなぐこともまた、白羽幸たちにとっての生きるために死ぬということの意味だったのかもしれません。

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白羽幸は生物や命が生きるために他の命を犠牲にすることは、善悪といった概念にとらわれることのない普遍的な定理だという「思い」がありました。だから雪々が誰かを犠牲にする存在だったとしても、それは善悪の天秤にかけられるものではないと伝えていました。

しかしそれとは別に、白羽幸には雪々のことを悪だと思いたくはないという「想い」がありました。それには何の理屈もなく、白羽幸はただ雪々に笑っていてほしかったのです。

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善悪という概念や、生きるために死ぬという定理を超えて大切だったもの、それは「そばにいてほしい」という想い であった、ということを本作は信じていたのかなと思いました。








この記事もこれで終わりになります。ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございます。せっかくですので、終わりに相応しそうな言葉で本記事を閉じたいと思います。お疲れ様でした!



背後に散る雪や桜と同じで、いつだって儚い笑顔だと感じていた。

だから俺は、不安に思うことがある。

雪ちゃんとの別れを恐れてしまう。

俺の前から、いつかは溶けて消えてしまう……。

だけど俺は、この旅を始める前に決めたんだ。

雪も桜も、一度散っても、またこうして舞うのだから……。


「雪ちゃん、旅を続けよう」

「たまにはこうして立ち止まって、一休みして」

「もう、誰も置いていかないよう」

「そうやって、俺たちは証人になろう」


周囲に支えられながら、二人で共に歩くことで。

それだけで。

この星で生きた証は、足跡として続いてゆく。


「雪ちゃん、次はどこに行こうか」

「どこでもいいんだよ」

「りっくんと一緒なら、どこでも」

「二人はもう、春を迎えてさえ、どこにだっていけるんだから……」


ーー雪々、陸(グランド√エピローグ)

雪や桜と同じで、人の想いは儚く、移ろい変わってゆくものなのでしょう。ですが散ったように見えても、雪も桜も再び舞い上がるように、決して失われることのない想いもあるのかもしれません。

想い出の雪道の足跡に、ふたりは春を迎えても想いの足跡を続かせていけたように、大切な想いだけはきっと変わらない。

出会えた奇跡のなか
歩き出す


―アストラエアの白き永遠OPテーマ「White Eternity」

皆さまにも、大切な出会いと心からの幸せがありますようにと願っています。
 
 
 
 

*1:火星に雪を検出したフェニックス https://www.astroarts.co.jp/news/2008/10/02martian_snow/index-j.shtml

*2:フェニックスがとらえた火星の物質、ほぼ氷に間違いなし https://www.astroarts.co.jp/news/2008/06/20phoenix_ice/index-j.shtml

*3:Ancient snowfall likely carved Martian valleys https://news.brown.edu/articles/2013/07/snow

*4:太古の火星は雪景色? 新モデルが解析 https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/8197/?ST=m_news

*5:Study Shows Ancient Ice Sheets Led to Formation of Several Valleys on Mars, Gives Rise to New Theory https://weather.com/en-IN/india/space/news/2020-08-07-ancient-ice-sheets-led-to-formation-of-several-valleys-mars

*6:火星に数多く存在する谷、氷床の下の水流によって形成された可能性 https://sorae.info/astronomy/20200807-mars.html

*7:この設定は次のサイト様のおかげで気付きました。よければこちらもご参照ください。 http://sorane880.blog47.fc2.com/blog-entry-800.html