白き永遠の世界

主にエロゲーの感想や考察について書いていきます。楽しいエロゲー作品に、何か恩返しのようなことがしたくてブログを始めました。

アストラエアの白き永遠 考察_命の誓いと覚悟が生んだ、永遠の想いと絆の物語(45662字)

背後に散る雪や桜と同じで、いつだって儚い笑顔だと感じていた。

だけど、

雪も桜も、一度散っても、またこうして舞うのだから





【ジャンル】雪の舞う空に恋を唄うファンタジーADV

物語性 B
テーマ性 SS
独自性 SS
音楽 SS
雪の舞台設定 SS
総合評価 SS

公式サイト| アストラエアの白き永遠



この記事は、「アストラエアの白き永遠」という作品の、雪々ルート単体の考察記事です。完全なネタバレですので、該当作品をプレイしていない方は、以下からの考察記事本編は読まないことを強く推奨します。

※以下からは完全ネタバレです。















この記事は、「アストラエアの白き永遠 -Elfin song’s an unlimited expanse of white.- 」という作品の、雪々グランドルートの感想を交えながらの考察記事になります。

まずこの雪々グランドルートでのテーマですが、私は「死生観」と「永遠観」だと思っています。
そして、本作品はその死生観を通して、「想いの永遠性」という壮大なもう一つのテーマを書き出すことが、なかひろ先生の提示したかった思想なのだと考えています。

この作品のテーマは家族で片付けている人が多く、その価値観を決して否定しているわけではないのですが、全然家族というテーマが書けていなく中途半端なシナリオという酷評を見かけてしまうのは、1ファンとして少し勿体ないように思いますので、こういった新しい視点での考察から、アストラエアの白き永遠という作品の新たな魅力を伝えられたら幸いです。
そしてこの「死生観」や「永遠性」というテーマについてですが、これまでの既存の感想や考察で示されている家族というテーマよりも、本作品をより本質を突いたテーマのように私は思っています。

雪々が抱えていた死は、自身の「命」としての死、そして「自己否定」という想いとしての死。二つの違った形としての「死」が見え隠れしていました。

星空のメモリア 考察_永遠の想いを、輝く星空にのせて(5500字) - 白き永遠の世界

なかひろ先生の前作である星空のメモリアについて、以前に“永遠性”というテーマで考察していますので、こちらではその対比として、本稿では「死生観」というテーマにより重点を置きながら進行します。
そして、その死生観を通して、想いの「永遠性」というもう一つの大きなテーマもまた浮かび上がらせようと思っています。

さらに“死”と“永遠”という相反しながらも、同時に観念的な2つの大きなテーマを浮かび上がらせるために、「自我・他我論」ならびに、「他者論」というサブテーマも設定したいと思います。

雪々という少女がなにに悩み、苦悩していたのか。彼女の本心をお伝えできたらいいなと思います。一生懸命頑張りますので、よろしくお願いします。


※画像の著作権は全て、有限会社FAVORITEに帰属します。

















結ばれても、ほどける運命を唄う


儚く舞う白い花が
いつの日か世界に咲くまで
会えなくても信じる運命(さだめ)を唄うよ
この場所で

氷の中咲く花は
いつかで会うその日まで

ひとり 唄うよ


――雪々(雪のエルフィンリート_3番)

雪々がプロローグからここに至るまで唄っていた印象的なこの歌。まずこの歌に込められた意味と、雪々の心象とはどのようなものなのでしょうか?

その意味は独りの寂しいという想いであり、雪々はその想いを乗せてこの歌を唄っています。

しかしここでのその歌の意味は、プロローグでの意味とは異なる意味も加わっています。
それは二人は一緒にいてはいてはいけなかったという、その運命という意味が加わっています。

独りは寂しいという想いに加えて、独りにならなければならないという二つの相反する想いが、ここでの雪々にはありました。

だからこの歌は、雪々が独りの歩んでいく運命として唄われていました

そして雪々はどんなに想いが結ばれたとしても、離れてしまう運命(さだめ)を歩んでいくことになります。

想い出は降り積もる。
夢から覚めると、それは儚く消えてしまう。
雪は積もることなく、人の心に溶けてゆく。
妖精の想いが届くことはない……。
妖精と人は重ならない。
つながりたいと願っても――――

だから、冬の妖精は見上げている。
今日もまた、透き通った青空から、真っ白な雪が舞い降りている。
わたしは思い返している。
初めて彼と出会った日。
わたしはこの時計台を見上げていた。
今と同じく。

いや……。
すべてが同じというわけじゃない。
その頃と違い、雪はもう積もっていない。
たとえ冬が続いても、それは本来の姿をしていないのだ。

「それでも、もうすぐ……」

あの日、なぜ彼はわたしに声をかけたのか。
なぜ彼は、このわたしを見つけてくれたのか……。
そんな彼だから、わたしは友だちになりたいと思ったんだろう。
彼と一緒に遊ぶのはとても楽しかった。
一人よりも二人のほうがうれしいのだと教えてくれた。

だけど……。
だけど、あとで知った。
大きな秘密を知ってしまった。
わたしは、本当は、彼と友だちになってはいけなかったのかもしれない……。

「りっくん……」
「ゆきゆきは、変わってないよ……」
「だけどりっくんは、変わっていく……」
「だったらゆきゆきも、変わらないと……」
「りっくんのために、変わらないとって思うんだよ……」

時計台の鐘が鳴る。
わたしはまだ見上げている。
雪は降り続いている。

風の冬が過ぎ、剣の冬が過ぎ。
そしてついに、狼の冬が始まる――――


――雪々(グランド√プロローグ)

ここでの雪の意味についても考えてみます。
ここでの雪は想い出であり、そして雪々の想いそのものでもあります
なぜ雪が積もらずに人の心に溶けていくのかというと、ここでの雪=想い出だからです。

雪々の心には一緒にいたという想い出がありますが、その想い出は心の中だけのものであり、現実世界では一緒にいられない運命を唄っていました。

だから想い出は現実に積もるのではなく、ただ心に降り積もると書かれています。そしてそんな夢のように儚い想いは、目が覚めるように現実世界に目を向けたとき失われるから、心の想い出=夢と例えられているのです。

この作品における雪は観念的なものであり、雪々の心を反映しているものであるからこそ、雪=想い出という表現を暗示して描かれているということをまず示しておきます。


雪が現実に積もらないように、想いもまた届かず、重ならないーー。
そんな降り積もらない雪のように、雪々の秘めた想いは気づかれることなく二人がすれ違ってしまう運命を描いているのです。

想い出は優しく、そして悲しいから、この心に降り積もる雪は”優しくて悲しい雪“という想いがここでは描かれています。


降り積もらない雪=想い出であるという表現の意味の次に、雪々の“わたし”“ゆきゆき”の意味も解釈したいと思います。

この二つの一人称の違いは、“ゆきゆき”という昔から変わらない想いと、“わたし”という変わっていく今の想い、2つの「想い」を表しています。

まず、“わたし”とは再会して変わってしまった雪々が自分をそう呼んでいたように、変わってしまった雪々とその想いを表しています。

“わたし”が時計台を見上げるのは雪々の不変を望む想いからーーすべてが同じではない今、変わってしまった陸や自分の気持ちに寂しさを抱きながら、不変の象徴である時計台に羨望の眼差しを向けていました。

そこには、この異質な雪をもうすぐなくしたいという強い想いに、想い出がなくなるという寂しさから来る儚い想い。
そんな二つの無くなることで変わってしまうものへ向けられた、“わたし”と“ゆきゆき”というそれぞれの雪々の想いがあります。


次に、“ゆきゆき”とは、昔からの自分の呼び名であったように、雪々の(どれだけ変わったとしても)変わらない想いを表しています。

“ゆきゆき”は変わってない……それは想い出は大切なまま変わっていないということ。
それは幼少の雪々の一人称が“ゆきゆき”であったことから、想い出のことを強く暗示しています。ゆきゆきは想い出と同じように、ずっと陸と一緒にいたいという想いを持っていました。

しかし陸は変わっていく……それは陸にとって想い出が大切なものではなくなっていくということ。
変わってしまった雪々は、陸と一緒にいてはいけなかった。そして陸も変わってしまったから、昔の想い出のように雪々と一緒にいようとはしない。

だから雪々も、陸のために想い出に縋らずに生きていくーーそれが“わたし”の変わるという決意です。


雪々は変わっていくことになりますが、時計台をまだ見上げているのは、雪々はまだ消えない――存在はまだ変わらずここに在りたいと願っていたからです。

雪が降り続くのも、雪々の存在がまだ確かにここにあるということを示しています。
そのために彼女は、変わってしまう三年目の雪で、変わらずに存在することを望んでいました。
それは、雪々は三年の冬を通して、やり遂げたいことがあったからです

では、雪々がやり遂げたいと願ったことと、その本心は一体何だったのでしょうか。









死と罪悪意識の観念論


「その後、雪ちゃんはキミと別れることになった」
「雪ちゃんは、すごく落ち込んだ……」
「私の前では明るく振る舞ってたけど、それが逆に痛々しくて見てられなかった」

「だから私は、雪ちゃんを慰める意味で真実を教えた」
「榛名陸という男の子は、私たちが死なせてしまった人の子どもなんだって」
「だからもう、会わないほうがいい。忘れたほうがいい」
「この別れは、必要なことだったんだって……」

「…………」

「雪ちゃんにとっては、それがいいと思ったんだ」
「キミのことを忘れてくれれば、哀しみも溶けてなくなると思ったんだ」
「だけどそれは、間違いだったのかもしれない」
「私は雪ちゃんに、よけいな罪を背負わせてしまったのかもしれない……」


――幸(グランド√)

幸が陸に対して抱く想い、それは父親を死なせてしまったという負い目であり、罪悪の意識です。そしてその死に関わってしまうことになった雪々もまた、彼に対する罪悪の意識を抱いていることになります。

ここでの罪悪意識とは何でしょうか?その意識は、常に他者との間で発生する観念的な意識です。
つまりここでの罪悪意識とは、他者が存在して初めて成り立つ、自己の観念的な概念です。ここでは罪悪意識は負い目という形で、常に他者の存在が介在しています。
だから白羽幸の罪の意識は、陸という相手がいるからこそのものであり、陸のことを想っているからこそ、罪の意識もまた強く感じられるものになっています。

雪々もまた陸と友達であったために、同じく罪悪の意識を抱いてしまっていました。何も知らずにいた雪々が知ったのは、そんな死に関わっていた罪深さでした。
(そしてこの罪悪意識は、雪々の“変わった”想いの根源であり原因でもあります)


そして陸に対して罪悪の意識を抱くことにより、雪々の心は観念的に「死」んでいる状態へとなっていきます。









観念的な死


「雪ちゃんは最初、ウソをついた……」
「だから本心では、俺を姉さんに合わせたくなかったんだよな?」
「姉さんは俺に対して、負い目を感じていたから」
「俺の父親を、姉さんたちが死なせたから……」
「…………」

だからきっと、雪ちゃんもまた俺に負い目を感じている。
雪ちゃんは一時期、俺と一緒に遊ぶことを拒んでいたのだから。

「もしそうなら、誤解だ。能力の暴走は事故なんだ。誰も悪くないんだよ」
「だから、なにも気にすることはないんだ。姉さんだけじゃない、雪ちゃんだって……」

この言葉を一刻も早く伝えたかったから、俺はこうして雪ちゃんと会っている。


「……シラハは昔から、りっくんに会いたがってた。だからゆきゆきも、りっくんを案内することに決めた」
「ほんと言うと、もっと早く会って欲しかった」
「三人で一緒に遊んでみたかった……」
「一人よりも二人のほうが楽しかったから……」
「三人で遊ぶのは、もっと楽しいかもしれないから……」

「だけどシラハは、外を出歩けなくて……」
「そのうちにりっくんは、いなくなって……」
「それからシラハは、眠っちゃった……」
「全部、ゆきゆきのせいなんだよ……」

雪ちゃん……?

「なにを、言って……」

「ゆきゆきは結局、なんにも知らなかった……」
「何にも知らないくせに、勝手に遊びまわって、りっくんとシラハを困らせちゃった……」
「二人は、ゆきゆきを助けてくれたのに……」
「シラハのおかげで、ゆきゆきは自由に歩き回ることができた……」
「りっくんのおかげで、ゆきゆきは誰かと遊ぶ楽しさを知った……」

「だから今度は、ゆきゆきの番……」
「ゆきゆきが、二人を助ける番なんだよ」

「雪ちゃん……?」

雪ちゃんの姿は闇に溶けた。
再び探しても、もう見つけることはできなかった。

「なんだよ、これ……」

この違和感はなんだ。
この焦心はなんなんだ。

「なんでこんなに、食い違ったんだ……?」

――雪々、陸(グランド√)

雪々には罪悪という意識がありました。しかし雪々が陸に対して抱いていたのは、罪悪だけではありませんでした。そんな小さなすれ違いは、ここで大きな違和感や食い違いとなっています。

ここでの雪々は他者とのすれ違いが決定的なものになることで、死に近い感覚が強く表れてしまいます。つまり他者への罪悪だけではなく、誰かとのすれ違いもまた観念的な「死」なのです。

人の気持ちは、わからない。
それなのに、理解したいという欲求は尽きない……。


――陸、雪々(琴里√)


なぜ、確保しなければならなかった能力者が、逆に減っているのだろうか……。

「いいえ……能力者だけじゃないわ」

この研究所に勤めていた多くの研究員もまた、美晴に同行していったのだ。
それは部下が、白羽よりも美晴を選んだに等しかった。

「心理学なんか学んでも、人心を掌握することはできないのね……」


――白羽(グランド√)

他者の心を理解したいと思うのは、それは生きたいという心からの願いがあるからです。しかし心とは、決してわからないものです。

白羽は心理学により、他者の心を理解していました。しかし他者の心理を理解はできても、掌握はできませんでした。それは他者の心は理解できても、それが心のすべてではないということになります。それは人の心は、完全には理解できないということです。
他者の心が離れて失っていったことで、それがここでの白羽の他者とのすれ違いを表しています。

心理学を通した他者の理解では、他者の心を得られませんでした。それは心を確実に得られる方法がないということでもあり、他者は離れていくばかりです。

そして心は確実に得られるものではなく、すれ違いが起こってしまうために、雪々の「死」の感覚は広がるばかりです。









自我・他我論的な死生観解釈

ここでたびたび登場する「死」とはどういう意味でしょうか?もちろん物理的な死という意味ではありません。では死とは何かを意味するのか?という本題に入る前に、まずはこの作品が用いている迷子という意味から始めたいと思います。

本作において迷子とは、孤独な心の状態のことを言っています。孤独であることにより、寂しいと思う心象だとも言い換えられそうです。

孤独で自分が見出せないから見つけてもらいたい。自分が見出せず、そんな心においての居場所を見つけられず、心が彷徨っているような感覚が迷子という意味です。だから迷子とは道に迷っているというような意味ではなく、そうした行き場所のない心の状態を表しています

では迷子であることと孤独であることは、どのように死の感覚とつながるのでしょうか。その関連をつなげていくために、迷子と孤独についてもう少し深く切り込んでみます。


彼女はなにを思って、僕に見つけてほしいと願うのか。
その思いは、もしかしたら、僕と同じなのだろうか。

僕は、いつだって誰かに見ていてもらいたかった。
でないとこの世界で独りになった気がして辛かった。

今はこんなふうに、雪ちゃんが僕を見ているから、寂しさとは無縁だった。
これまでずっと、誰かとのつながりが欲しかったんだろう。


――雪々、陸(Episode3)

世界に独りになったような気がしたとは、どういう意味でしょうか。このことが言い表しているのは、ただ単に孤独という事実を示しているわけではなく、孤独によって世界に独りになったような感覚のことを示しています。

では世界に独りになったような感覚とは、どのような感覚なのでしょうか?
ここでは心を自我と置き換えて、「自我・他我論」的な解釈を行います。

まず自我は、誰か(=他者)が存在してはじめて視点(=自分を見てもらえること)を得られ、自我として世界に確立されます。

誰かが見てくれなくて、自我が希薄になると、自分が世界に存在するのかさえ分からない気持ちになるーー
そのような世界と自分の存在が曖昧になるような強い孤独に対し、自我・他我論における「世界に独り」とは、誰かを感じられない世界で、自我や感情は薄くなり、自分や世界の存在が曖昧になることに対して、寂しさや孤独が浮き彫りとなることが、“自我・他我論における世界と孤独“に対する考察です。

つまり嬉しい、楽しいというような自分の感情が世界に存在し、自分がこの世界に存在するという実感があるのは、常に誰かがいてくれるからなのです

ある日に気づいた。
たぶんそれは、彼との出会いがキッカケだった。

……一人よりも、二人のほうが楽しいんだ。
……一人で遊ぶよりも、二人で一緒に遊んだほうがうれしいんだ。

知らなかった。
彼から初めて教わった。

ー中略ー

だけど今はもう遊び相手がいないから、遊び道具だったはずの白い雪は、ひたすらに冷たいだけで。


ーー雪々(プロローグ)

雪々は一人でいるより、二人でいると嬉しくて楽しいという感情を彼から教わったと言っています。雪々が誰かと一緒になって初めて嬉しい、楽しいという感情を知ったように、自我(≒感情)は、前提として他者の存在がないと世界に存在しません。
世界にまず自分がいるのではなく、他者により初めて世界の中に自我(と感情が存在するということ)を見いだせるという考え方です。

そこから世界に独りの感覚とは、他者と自我が交差することのない世界で、独りの歌声がただ拡がるように――――自我は世界へ無限に拡散するだけのような、自我が無に等しくなったような感覚です。
他者を求めてしまうために、世界へと広がり拡散する自我に、個体としての小さな自己には荷重となる息苦しさ――――それが自我という観念的な考えから見た、世界に独りになったような感覚です。

それは誰かと心が通じあっていないと、まるで世界に誰もいないような寂しさと、強い孤独を感じてしまう感覚なのでしょう。雪々がずっと抱えていた寂しい想いとは、このようなとても強い孤独でした。

そして雪々は誰かと一緒にいる嬉しさと楽しさを知ると同時に、一人の冷たさと寂しさを知っていました。その感情もまた、誰かと一緒にいるあたたかさを知ったからこそ同時に得た感情でした。誰かと一緒にいないと、寂しいという感覚さえ雪々は知らなかったのです。


本題に入りますが、その感覚は死の感覚でもあります。
他者の無き世界で無に等しくなった自我には、生の感覚はあるのでしょうか。誰の存在も感じられず、自分とその感情が存在しているのか、生きているかどうかさえもわからないような感覚の中......。他者の存在を感じられないために自分を見失い、そして他者に向けられる感情さえ希薄になり、感情が死んでしまっているのだとしたら、それは自我の死と何ら変わらないのではないでしょうか。

すれ違うこと、孤独であること、見つけてもらえないこと――――それは自我が常に、他者に向けられているということを意味しているように思います。

だから他者の感覚を得られないことは、生きていても死んでしまっているのと等しいということです。雪々たちにとって、そんな生きているという実感の得られない孤独は、まるで世界に独りしかいないようでとても寂しく、辛く感じたのだと思います。これが自我としての死です

そんな自我としての死が、ここで扱っている「死」の意味です。









永劫回帰の死生観


頭上の木の葉がざわめいている。
風もないのに揺れている。
雪ちゃんが眠ると、唯一の音になる。
その音を聞いているうちに、いつしか俺は、これは歌声だと思うようになっていた。
これは、誰の歌声なのだろう。

俺と雪ちゃんのほかに在る、第三の命。
ここを憩いにしたのは、偶然じゃないかもしれない。
木の葉の声に、耳を澄ますことにした。
そうすることで、やっと気づいた。

「ああ、そうか……」

キミだったのか。
俺と雪ちゃんに、声をかけ続けていたのは。

「雪ちゃんに似た、彼女……」
「姉さんと雪ちゃんも、似てるけど……。キミと雪ちゃんは、それ以上にそっくりだ」

それが、すべての答えだと思った。
雪原の真ん中で、彼女は唄う。
ひとりで。

いつから独りだったのだろう。
それは、俺や姉さんが抱えていた孤独よりも、遥かに永い時だと感じた。

「だから私は、せめて希望を託したかった」
「生きていたという、命の証を遺したかった」

「もうすぐ滅ぶ、この命……」
「ただ死ぬのではない……」
「私は、生きるために死にたかった――――」

「そんなときに出会ったのが、彼女だった」
「私と同じ願いを抱く、白羽幸という少女だった」
「少女は、友だちを欲していた」
「私もまた、私の命を継いでくれる者を欲していた」

「独りは、嫌だ」
「早く誰かに見つけて欲しい……」
「そんなふうに、同じ願いを抱く少女になら、私は託せると思った」
「新たに生まれた真っ白な命」
「その子は、雪々と名付けられた」

「孤独とは無縁の意味が込められた名前だったのに、雪々もまた私たちと同じように独りだった」
「だけど、出会うことができたようだ」
「私が、白羽幸と出会ったように」
「共に歩んでくれる命と」
「出会いがあって初めて、春を呼べる。絆があって初めて、仲間を作れる」
「つながりがあって初めて、新たな命は生まれる……」

「私は、命を増やしたかった」
「私は、種の存続を我が子に委ねたかった」


――???(グランド√)

雪々が独りを憂いながら唄うように、彼女もまた孤独に対して死を思いながら唄っていました。そんな彼女の言う「生きるために死ぬ」とはどういう意味になるのでしょうか。その本質は、夕凪主任によって本編中にて解説されています。

「生きるために死ぬとは、どういうことか……」
「……どういうことなんですか?」
「利己的でいるために、利他的でいることだ」

「種には選別能力というものが備わっており、優れた細胞を残すために劣った細胞を殺すことがある」
「進化の過程では、利他的に自己を消去することで、利己的に他を生かすことが起こるんだ」
「それが、生きるために死ぬ――次世代につなぐという意味だ」


――美晴、コロナ(グランド√)

要するにここで言いたいのは、雪原の彼女は利己的であったということです。利他とは仮初めです。では利己的だとして、彼女の願いはなんだったのでしょうか?それは次世代へとつなぐ――――命をつなぐことです。

永続的な時間上で連綿と紡がれる生命の中で、命がひとつながりであるのならば、その命は永遠の生を生きているとなるのではないでしょうか。
だから彼女はこの連綿とした生命の中の一つとなることで、永遠の生の中を生きるために死にたかったのです

小さな足跡を残しながら、母はまだ生まれていないわたしに語りかけていた。
まるで歌声のように聴かせてくれた。

「この星は、もうすぐ滅ぶ」
「だけど、この命は終わらない」
「永遠とは、次代につなぐことで生まれるのだ」

「だから、もし叶うのならば、私の娘に継いで欲しい」
「この、白き永遠の夢を」


――???(グランド√)

このような永遠を仮定した生命観を、なんと呼べばよいのでしょうか。それは次へとつながれ永遠となる、そんなとあるルーンから、こんな名称で呼ぶのがふさわしいのだろうと思います。

一夏の特化型能力である、回帰能力――――
それは、消失と再生を司る能力。

―中略―

消失と再生。
生まれた能力を、失ってしまうこと。
その意味をどの能力者よりも知っている。
夕凪一夏という少女は、能力の本質を最も理解している能力者だった。

「失うというのは、還すこと……」
「還すというのは、寄り添うこと……」
「寄り添うというのは、つなぐこと――――」


一夏(グランド√)

命とはやがて尽きて、失われてしまいます。しかし次の命へとつながれることは、再生ということになります。
そうした回帰することで、永遠となるような生命観は、永劫回帰の思想へと回帰しているのではないでしょうか。

永劫回帰とは経験が一回限り繰り返されるという思想ではなく、超人的な意思によってある瞬間と全く同じ瞬間を次々に、永劫的に繰り返すことを確立するという思想です(Wikipedeiaより)。
永劫回帰は無限に繰り返される事象を肯定することで、ただ現在のその在り方ーーーーつまりただ私が生きているだけで生の価値はあるとされ、生への圧倒的な肯定となります。彼女は自身の生を、この永劫回帰により力強い肯定をもっていました。

神話に登場するウロボロスという空想上の蛇がいます。ウロボロスは自らの尾を噛み、始まりと終わりのない無限の象徴として、この宇宙の成立と連関されます。
宇宙が始まりと終わりのない円環構造を形成するように、遠い惑星に存在していた彼女は、自身の命もまた永劫回帰であるために永遠だと考えていました。

「だけど、いくら訴えかけても、我が子は最後までそれを選ばなかった……」
「その結末は、私にとっては悲願の夢でも、我が子にとっては悪夢のようだ」

「この子は、優しい」
「私ではなく、白羽幸に似たのだろう」
「キミの影響もあるのかもしれないな」
「この子はきっと、幸せ者だ」
「我が子が幸せであれば、私も納得できるだろう」
「良い夢を、ありがとう」
「できるなら、この子の夢も、叶えて欲しい」


――???(グランド√)

しかし雪々の死生観は、母とは違ってそのような永劫回帰としての死生観ではありませんでした。夕凪主任の言葉に対応させるなら、雪々の死生観は利他的でいるために、利己的でいるということです。それが、優しさということになるみたいです。
雪々は、誰かが幸せになれると、自分も幸せだと感じられるような想いがありました。それは自分が自分でいたい、心が心でありたいために、みんなにはいなくなって欲しくないという雪々の気持ちでした。

そして雪々の死生観が永劫回帰としての死生観ではないのなら、いったいどんな死生観を持っていたのでしょうか?それは先ほど登場した、自我.・他我論としての死生観です。
複雑なので単純に言い換えると、前者は物理的な死生観なのだとしたら、対して後者は観念的な死生観ということでもあります。

雪々の母の生命観は、一連の流れを持つ体系的かつ総体としての生命観で、雪々にとっての生命観はたった1つの個体としての生命観ということになります
永劫回帰としての死生観は、雪々の母はそのようなたくさんの生命の中で生きたいということです。そして自我・他我論的な死生観とは、雪々はたった一つの命として輝きたい、そして生きたいという願いを持ってしまっていたということです。

母の望みは雪々の想いとは違いましたが、そんな雪々のたった1つの想いは、雪々の母の願いさえ変えてしまいます。一人よりも二人でいることを望んだ母は、大好きな人といられる雪々の幸せに納得してしまいました。
母にとって想いを繋ぐことが、いつしか良い夢だと感じるようになり、雪々のために叶えたい想いになっていました。



母からもらった、果てしない夢。
わたしが叶えるべきだった。
だけど、無知で無垢だったわたしは、母の夢を知るよりも先にほかの希望を抱いてしまった。

母が望むように、一人で遊ぶよりも、二人で一緒に遊んだほうが楽しいけれど。
大好きな彼と遊べたら、もっとうれしい。

妖精と妖精が仲良く暮らすだけじゃない。
妖精と人間だって、仲良く暮らしてほしいんだ。
だから、命をつなぐためにほかの命を途切れさせるなんて、あってはならない。


――雪々(グランド√)

感情とは、心があるから生まれるものだとします。そして感情とは、誰かがいてくれて、一緒にいることで初めて知ることができます。嬉しい。悲しい。寂しい。――――それらの感情は全て、誰かの存在が前提としてあります。そうして心に感情が生まれることで、確かな心として世界に現れます。

そんな人がいてくれるから、自分も生きている感覚がもらえる...。だから、その人にいなくなってほしくない。その人には死んでほしくない、生きてほしい。雪々は自分の命をつなぐために誰かの命を途切れさせることを選ばなかったのは、誰かがいないと生きた実感が得られないから――――心から生きたいという願いからでした。だから雪々が命を途切れさせるなんてあってはならないと思うのは、誰かから感情をもらうあたたかさを知ったことで、命を繋ぐことよりも、想いを繋いでいたかったからです。

雪々も母と同じく生きるために死のうとしていましたが、その本意は物理的だった母とは真逆の、自我・他我論的な――――いわゆる観念的な想いがありました。

「ゆきゆきが生きて、りっくんが死ぬよりも……」
「ゆきゆきが死んで、りっくんが生きてくれたほうが、ずっと幸せなんだから……」


「ゆきゆきがこうなるのは、最初からわかってたことなんだよ……」
「なにも変わらない……普通ってこと……」
「だから、そんな顔、しないで……」
「りっくんが辛そうだと、ゆきゆきも辛いんだよ……」
「りっくんが笑っていたら、ゆきゆきだって笑顔でいられるんだよ……」

「だから、お願い……」
「ゆきゆきが、りっくんを見て、笑顔になれるように……」
「りっくんも、ゆきゆきを見つけたら、笑っていて欲しいんだよ……」


――雪々(グランド√)

雪々のこのような、想う人が幸せだったら、わたしも幸せだと実感できる想い。それが利他的であるために、利己的であるということの表す意味です。
雪々は自分が生きている実感を得たいから、自分にとって大切な相手である陸に生きて欲しいと願い、自らがたった一つの命として生きたいがために、死を望んでいたのです









自己否定から広がった死の感情

「雪ちゃんは、迷子の人じゃなければ見つけられない。陸くんも知ってるよね」
「じゃあ、その理由を考えたことはある?」

俺は、うなずけない。

「たぶんね、それは、雪ちゃん自身も迷子だからだよ」
「雪ちゃんの迷いを共感できる人――その資格を持つ人だけが、見つけることができる」

「だから、雪ちゃんはいつだって迷っていた」
「いつだって悩んでいた……」
「雪ちゃんは、もう誰にも能力を渡したくないって思って、一度は隠れようとして……」
「きっとそれが、雪ちゃんの迷いで……」
「…………」

「私たちはまだ、雪ちゃんを助けていない」
「雪ちゃんの本当の迷いに気づいていない」
「陸くんが今、雪ちゃんを見つけられないのは、雪ちゃんの迷いに共感できないせいかもしれない」


―ー幸(グランド√)

雪々の生きるために死にたいという想いや迷いは、どこから来るものなのでしょうか?それは、自己否定という感情からです。

「姉さんは、気づいてるんじゃないか?」
「雪ちゃんの本当の迷い」
「雪ちゃんの悪夢に……」
「…………」

俺には今、最悪な予感があった。
それは確信に近かった。
姉さんはまだ、俺に話していない事実がある。
最初は、共感能力ですべてを教えてもらったと思っていた。
そうじゃなかったんだ。

共感能力は隠し事ができなくても、誤解が生まれることはある。
姉さんの言葉が、俺に正しく伝わっていなかった。
なにかがすれ違っていた……。


――陸(グランド√)


「隠してたってわけじゃないんだよ。ただ、どう言っていいのか悩んじゃったていうか」
「下手をしたら、キミに背負わせてしまうから」
「過去、私が雪ちゃんに、罪を背負わせてしまったのと同じで」
「キミにもまた、背負わせてしまいそうだったから……」

「出会った彼女もまた、哀しみに満ちていた」
「友だちが欲しい、誰かに自分を見て欲しいと願う、幼い私とおんなじだった」
「だから私は、彼女に共感した」
「彼女もまた、私に共感してくれたんだと思う」

「そのときの彼女は、今の雪ちゃんとは別人のようだった」
「もしかしたら、姿がそっくりなだけで、雪ちゃんじゃなかったのかもしれない」

「その彼女に、言われたんだ」
「新しい命を授ける代わりに、キミの身体を貸してほしい」
「友だちを与える代わりに、私の命が欲しいって……」
「私はそれを、受け入れた」

「理解はできなくても、納得はできたんだ」
「月と狼が出会ったとき、どうなるか……」
「寂しかった狼は、月を食べる狼のように、私の命を削ることで生きていけるんだろうって……」


――幸(グランド√)


共感とは心の理解というよりは、心で納得できることだと言われています。それは共感は心のつながりということですが、納得する部分が誤解からすれ違うことも起こります。
ではこれまでの雪々と陸との決定的なすれ違い、そして陸と幸のすれ違いとは何だったのでしょうか。それは今度は、物理的な意味での死でした。

雪々が生きるだけで、ほかの人の命が削られてしまいます。雪々にとって、それこそが悪夢でした。大切な人(の心)を失ってしまった世界では、雪々は生きていますけれど、その瞬間生きている実感は失われ、雪々の心は死んでしまいまいます。それが苦しいのです。

大切な人には生きて欲しい、生きて幸せになって欲しい。だから雪々は、そんな自分の想いを生かすために――――生きるために死にたいと願っていました。



「能力は、人にとって負担が大きいこと……」
「だから、ただでさえ身体が弱かったシラハは、眠りに落ちてしまったこと……」
「全部、ゆきゆきのせい……」
「ゆきゆきがシラハと友だちにならなければ、シラハは能力者になることはなかったんだから……」

―中略―

「ゆきゆきはもう、人と触れあうことはしたくない」
「争いごとを、少しでも減らしたい」
「こうやって姿を見せてるだけで、また誰かを能力者にしてしまうかもしれないから」

「ばいばい、シラハ……」
「ばいばい、りっくん……」
「ゆきゆきはもう、誰とも仲良くなりたくない……」
「独りでかくれんぼしてたほうが、ずっといい……」


――雪々(グランド√)

自分がいるから大切な人の命が削られる。自分がいるからみんなに迷惑をかけてしまう。そして自分の存在が、みんなを不幸にしてしまう。自分の全てが嫌で嫌で、そんな自分のなにもかもを否定してしまいたくなる感情こそ、自己否定と呼ばれるものでしょう
雪々は、自分の存在だけではなく、自分のその想いの存在さえも否定してしまいます。だから雪々は独りになりたい、いなくなりたいと思うようになってしまっていました。大切な誰かのことを想うとき、雪々は自己を肯定することができなくて苦しんでいました。

雪々が誰とも仲良くなりたくない、そして独りのほうがずっといいと思ったのは、大切な人たちの苦しみが雪々自身の生きることへの苦しさにつながるから、みんなと離ればなれの孤独を望んでいたからです。

雪々の生きるために死にたいと願う想いは、そうした自己否定の感情から生まれているものです

「ゆきゆきは、ひとりぼっちは嫌……」
「でもそれは、みんなも同じ……」

「ゆきゆきのせいで、みんなが独りになる……」
「りっくんが、独りになる……」
「そっちのほうが、嫌……」
「そんなのは、もう嫌なの……」


――雪々(グランド√)

雪々は自分の心が、自分として生きるために死を選択しています。しかしそれは、生きるための想いだったはずですが、それは心の死でもあります。

他者無き世界では、自我は広がって拡散し希釈され無と等しくなります。しかし他者を前に、自我を押しつぶしてしまうこともあります。本心を隠してしまうことは、心を押しつぶすということであり、それも結果的に心を死しなせてしまっているのと変わりません。
雪々は生きたくて死ぬことにしましたが、生きたいと願ったはずの雪々は心を死なせてしまっていました

だから雪々は、心から生きるために孤独を選んだはずですが、雪々の生きることを願った心には同時に死が存在していました。
雪々は心が死んでしまうような孤独は寂しくて、辛くて、耐えられないから。雪々はそんないつの間にか死が溢れていた心を消失させたくて、物理的な死をも望んでいたのでしょう。

「もう、平気だよ。りっくんがそばにいるから、大丈夫になったんだよ」
「雪ちゃん、なんで体調が悪かったんだろうな。カゼとかじゃないと思うけど……」
「……怖かったからなんだよ」

「そのときに、怖い夢を見たから……」
「自分が、自分じゃなくなる感じで……」
「ゆきゆきは、変わりたいって思ったけど、怖い感じに変わるのは嫌なんだよ……」

俺は、震える彼女の手を強く握る。

「まだ、怖いか?」
「さっき言ったとおりだよ。りっくんと一緒だから、なにも怖くないんだよ」


――雪々、陸(グランド√)

怖い感じに変わるというのは、どういう意味なのでしょうか。雪々は自分が生きることで、誰かの命が削られていくことを知りました。そのことを知った以上、雪々は変わらないことは選ぶことができず、変わるしかありませんでした。

雪々が変わろうとしていたのは、大切な人が幸せになれるように、笑顔であれるように変わりたいと願っていました。雪々は自らの死を選び、そして大切な人には生きてほしいと送り出せるように変わりたかったのです。

しかし変わるというのは、それとは真逆に変わることもできてしまいます。それは雪々が生きて、ほかの人が死んでいくのを受け入れられるように変わることです。
誰かの死の上で生きていくこと、誰もいない孤独でも心が生きられるように変わること。雪々にとってそんなふうに自分の心が変わってしまうことは、自分が自分ではなくなるようで恐怖していたということです。

なので雪々は自己否定をすることで、自分を保とうと考えていました。だからここで陸と一緒だから怖くないというのは、他者のぬくもりに接しているから、そのぬくもりを失いたくないと思えるからでしょう。
大切にしたい人のぬくもりやあたたかさを感じているから、雪々は誰かの死の上に生きることを選ぶことはできず、自分のままでいられる。そんな安心があったのだろうと思います。



「ゆきゆきは、なにも知らない子供じゃなくなった」
「りっくんと出会ったばかりの頃のわたしとは違うんだよ」

雪ちゃんは自分をわたしと呼ぶことで、それを強調した。

「りっくんが成長したように、わたしだって成長した」
「変えたくなかったりっくんとの関係だって、変わったって思うんだよ」
「友だちから恋人に……」

そう思ってくれるなら、その変わった関係を今度は大切にしていきたい。
だけど雪ちゃんは、俺の願いとは逆の言葉を口にした。

「だからわたしは、りっくんと別れなきゃいけないって思うんだよ」
「雪ちゃん……」

どうして……。

「わたしは、時計台を見上げる理由も変わったよ」
「りっくんと出会う前のわたしは、時計台が鐘を鳴らし続けるように、いつまでもこの冬が続けばいいと思ってた」
「りっくんと出会ったあとのわたしもやっぱり、いつまでもこの冬が続いて欲しいと思ってた」
「春を迎えてしまったら、りっくんとお別れになってしまうから……」
「…………」

「そして今のわたしは、早く春を迎えて欲しいと思ってる」
「そうすることで、時計台の鐘のように、みんなの日常がいつまでも続いて欲しいと願うから」

「変わらないものなんて、この世界にはないのかもしれないけど……」
「やっぱり、変えたくないものはあるんだよ」
「わたしは、変えたくないものを守りたいから、りっくんとばいばいすることにしたんだよ」


――雪々(グランド√)

雪々は自分の存在について、知ってしまったから変わるしかなかったように、時計台を見上げる理由も変わりました。

幼少期の雪々は一緒に遊べるこの時間が変わらないで欲しいと願っていました。それは雪々の一緒にいたい、ここにいたいという願いにほかなりません。
今の雪々は自己否定――――自己の存在を否定する感情から、一緒にいたいという願いを、みんなのいる日常を変えたくないという願いへと変わっていきました。自分の存在がみんなの日常を奪い、変えてしまいます。だから雪々は自己否定をして変わろうとすることで、変えたくないものを大切にしたいと願っていたのでした

雪々は怖い感じに変わるのではなく(=他者犠牲の上での自己肯定)、変えたくないもの(=みんなの日常)があるから、変わること(=自己否定)を選んだのです。

雪ちゃんはほほえんでいる。
どうして笑っていられるのか、俺にはわかった気がした。

「悲しい冬は、もう終わる」
「優しい春を、もうすぐ迎える」
「シラハが教えてくれた、優しいお話のハッピーエンド」
「争いはなくなって、平和が訪れてくれる」
「ルーンはなくなって、みんなが笑顔になってくれる……」

「この星にルーンが広がったのは、わたしが生まれ落ちたから……」
「ルーンは人を幸せにするどころか、不幸にするだけなのに……」
「りっくんも、シラハも……」
「ほかの人たちも、みんなみんな、この不思議な光のせいで不幸になっていった……」

雪ちゃんはまだ笑っている。
そんなふうにいつだって、精いっぱいの笑顔で。
決して悲しみを残さないように。
悲しい別れにならないように……。


――雪々(グランド√)





「お腹いっぱいになったら……眠くなってきちゃった……」
「寝てていいよ。おやすみ」
「歩くのは、元気になってからでも遅くないんだから」


雪ちゃんは、瞼を閉じた。
返事もないまま。
寝息すら聞こえない、静かな眠り。
あまりに穏やかで、もう二度と目覚めないんじゃないかと、そんな恐怖が押し寄せた。


――雪々、陸(グランド√)


やがて死に包まれた雪々は、死を願い、こうして世界から目を閉ざしています。







雪々の本心


雪ちゃんとは、なんなのか。
雪ちゃんの正体とは、なんだったのか。
なぜ、気づかなかったのだろう。
なぜ、雪ちゃんの能力に気づくことができなかったのだろう。
なぜ、能力者の誰もが気付くことを許されなかったのだろう――――


俺たち能力者にとって、いつからか身近になっていた、雪ちゃんという存在。
だからなのだろう。
あまりにも近すぎて、気づけなかった。

春を迎えることで、失われるものが何なのか。
本当になくしてしまうものが、なんなのか……。

「ウソだろっ……」

なんで、こんな……。

「俺は、なんでこんな時期になるまで気づけなかったんだっ……!」

だからこその共感能力。
解くことが難しい、優しい魔法……。

「なんで雪ちゃんは、言ってくれなかったんだよ……!」

わかりきっている。
誰も悲しませたくないからだ。

ようやく普通の日々を過ごせるようになった、姉さんの邪魔をしたくないからだ。
春を迎えるとは、そういうことだ。
能力を失うとは、そういうことだ……。


――陸(グランド√)

共感には隠し事はできないけれど、誤解が生まれてしまうこともあると言われていました。では雪々の抱えていた辛さや苦しさは隠し事であったのかといわれると、そうであったともそうでなかったとも言えそうです。

雪々はみんなに対してずっと苦しい想いを抱えていて、そのことをずっと言ってくれなかったのは、隠し事をしていたとも言えます。しかしそれだけではなく、雪々にとってその胸の苦しさは、同時に迷いでもありました。
雪々は迷っていたから本当の想いを伝えることができず、そこから誤解が生まれて、すれ違いが生まれていっていました

雪々はみんなに生きて欲しいから、そんなみんなが生きてくれたら幸せだから、そこに迷いを抱えながらも、自らの死を選ぼうとしているのです。
たくさんの迷いを抱えながらも、みんなに生きていて欲しい、幸せになって欲しいというのも雪々の本心なのは確かですから、その優しさにみんなは共感していました。

しかし、その優しさに共感したからこそ、その裏返しにあった雪々の迷い。それは優しさと一緒にある近くにあった想いだったから、共感はできていたけれど、近すぎて見えていませんでした。

雪々の優しさは苦しさの上に成り立っていたからこそ、優しさもまた苦しさと同じくらいの本心でした
優しいから苦しい。苦しいから優しい。この二つの想いは近すぎるほどに重なっていたからこそ、ただ1つに共感できただけで、雪々のすべてに共感できたように思えてしまったのです。

そしてもう1つ、みんなは雪々と心の距離が近すぎたからこそ、共感できていたつもりになっていたということでもあります。
だから雪々の本心は、見えていたつもりになっていたから、みんな見ていませんでした。

「妖精と人間が、仲良く暮らす……」
「だけどそれは、長くは続かない。いつかは滅びを迎えてしまう」
「争いが起こって、どちらかがいなくなってしまう」
「だって、妖精と人間は、違うから」
「生まれた星が違うから……」
「星にはきっと、その星にふさわしい命が必要なんだよ」


「わたしも、同じだったんだよ」
「わたしにとって、この星はあたたかい……」
「春はとってもあたたかい……」
「独りで生きるには、難しいくらいに……」
「あたたかさに慣れてしまって、誰かのそばにいないと、寒くて凍えてしまうくらいに」

「だから……」
「もう、りっくんとは、お別れ」

雪ちゃんの姿が薄らいでいく……。

「今度こそ本当に、お別れ」

俺の目の前で、溶けるように消えてしまう……。

「待ってくれよ、雪ちゃん……」

まだこうして出会えてから、ほとんど時間が経っていない。
雪ちゃんはもう、それくらいの体力しか残っていない。
いくら眠っても、回復することがない……。

「りっくん、そんな顔することないんだよ」
「悲しい冬は終わるんだよ」
「この街はもうすぐ、桜で満ちることになる」
「笑顔で満ちることになる」


「ばいばい、りっくん」
「ごめんね……りっくん」
「ふたりで一緒に、歩けなくて……」

なぜ雪ちゃんは、これまでもこんなふうに、俺に対して謝っていたのだろう。
決まっている。
こうなることがわかっていたからだ。
諦めたくなくても、諦めるしかなかったからだ……。

『ゆきゆきは、諦めたくない……』
『妖精と人間が、仲良くなれること……』
『もう一度、信じてみてもいいのかな……』

雪ちゃんが遊ぶと、姉さんの命が削られていった。
姉さんが元気になると、雪ちゃんの体力が落ちていった。
だから、独りでは生きていけない。
誰かのそばにいないと生きていけない……。

たとえ、このまま自分の命が尽きるとしても。
最後まで、俺たちのそばにいる。
少しでも、長く。
それが、雪ちゃんが言った『もう一度信じる』という意味だったんだ。

「雪だるま……完成しなかったね……」
「でも……たとえ完成したって、春を迎えれば溶けてなくなる……」
「だから、これでいい……」
「これでいいんだよ――――」

雪ちゃんの姿が消えてしまう。
俺はとっさに手を伸ばした。
その手が、今はもう見えなくなった雪ちゃんに触れた気がした。


――雪々、陸(グランド√)

雪々は生きるために死ぬことを決意しましたが、それで雪々の心は死んでしまっているのと同じ状態になっていました。それは雪々が、ずっと本心を押し殺しているために心が苦しかったからです。そんな、生きるために死にたいと願っていた雪々の本心はなんだったのでしょうかというと、本当は誰かと一緒にいたかったのでした

雪々はを誰かの心のあたたかさに触れ、初めて自信が心から生きられました。楽しい、うれしいという、そんなあたたかな感情を知りました。
そんなあたたかいものを失ったら、以前よりもつらくて寒くて、凍えるような時間が待っています。誰かといられないと、心を見失ってしまいます。そんな死んでしまったような感覚は心が凍えてしまいそうだから。雪々はそんな独りの時間は耐えられず、だから独りでは生きていけないということなのでしょう。

だから雪々は、独りでは生きられない心を捨ててしまうために、自ら死ぬことで心を無に還そうとしていました。それがここでのお別れ、そして“ばいばい”の意味です。

「もう一度信じる」という意味も、独りだけでは寂しくて、心から生きられないから。自らの命が潰えるその日まで誰かのそばにいたかった、心から生きてみたかった雪々の本当の気持ちでした。


雪々は独りの凍えるような寂しい感情は嫌だから、誰かと一緒にいたい、本当は心から生きたいと願っていました。ただそれだけが、雪々の本心だったのです。

雪ちゃんは、姉さんのルーンとして自由に歩き回ることができた。
それが、姉さんの命を削っているとも知らずに。
だけど雪ちゃんは、姉さんが眠りに落ちたことで、その過ちに気づいてしまう。
だから雪ちゃんは姉さんから離れ、自ら生きることにした。
代わりに、雪ちゃん自身が潰えようとしている。

三年の冬とは、そういうことだ。
雪ちゃんが独りで生きていられる時間だったんだ……。

「光ですらも、ずっとそこにあるわけじゃなくて、いつかは消えてしまうんだって……」
「雪だるまだって、同じだよ」
「ゆきゆきだって、同じなんだよ……」
「だから、これでいい……」
「りっくんは、悲しむことなんてないんだよ……」
「ゆきゆきも、悲しくなんてないんだから……」

「……それがウソだって、今の俺にはわかるよ」
「だってもう、知ってるんだ」
「ルーンの本質とは、なんなのか」
「雪ちゃんの本当の気持ちは、なんだったのか」
「俺だけじゃない。きっと能力者のみんなが気付いてる……」

積もらない雪は、人の心に降り積もる。
優しい雪は、寂しかった。
だから人に寄り添った。
人の心に降り積もった。

そしてルーンとは、心を通わせることで相手に移る。
それは、雪ちゃんが誰かとつながりたかったという気持ちに他ならない。
一人で遊ぶより、二人で遊びたい。
みんなと一緒に遊びたい。

妖精も人間も同じだった。
妖精も人間も寂しかったから、友だちが欲しいと願っていた。
そんな願いから生まれた雪ちゃんだったから、雪ちゃんもまた友だちが欲しいと望み、俺と出会ったんだ。


「今の話には、大きな矛盾がある。信じろというほうがおかしいだろう」
「雪々という少女が、能力者を人間に戻したいのであれば、なぜ今すぐにそうしない?」
「なぜ、わざわざ北欧神話をなぞり、三年もの長い時間を待たなければならないんだ」

それは……。

「もう一つ。月ヶ咲では能力者から人間に戻すどころから、逆に能力者の覚醒が頻発していたが、これも矛盾になるのではないか?」

「最後に、一年目と二年目に降った、積もらない雪だ」
「フィムブルの冬を模したにしては、気味が悪いくらい優しいじゃないか。厳しい冬を再現するなら、三年目のように最初から積もらせるべきだろう」


――大樹(グランド√)


「局長が言ってたとおりで、雪ちゃんが降らせた雪には矛盾があったんだよ……」

雪ちゃんは、姉さんから聞かせてもらった優しい物語を街の人たちに共感してもらうために、雪を降らせることにしたはずなのに。

「雪ちゃんは、人間だけが生き残る道を選んだはずなのに、月ヶ咲には次々と能力者が生まれていた……」

三年の冬の間は、これまで以上に人から人へとルーンが渡り、新たな妖精が生まれていった。

「それはやっぱり、雪ちゃんが寂しかったからじゃないか」
「本当は友だちが欲しい、仲間が欲しいと願った結果じゃないか……」

だけどその逆の願いもあったから、月ヶ咲では能力者として完全に覚醒するものはほとんどいなかった。
雪ちゃんの中では二つの願いがせめぎ合っていたから、優しい雪にも相反する願いが乗っていた。

「ルーンは人を傷つける……」
「ゆきゆきにとってはなんでもない異常気象も、人にとっては脅威になる……」
「だから、妖精と人間は、仲良くなれない……」
「シラハが眠ってしまったことで、決心したはずだったのに……」

「どうしても、思っちゃう……」
「友だちが欲しいって思っちゃう……」
「一人じゃなくて、二人で遊びたいって思っちゃう……」
「そんなことしたら、みんなが困るのに……」

「怖い夢も言うんだよ……」
「もうひとりのゆきゆきが――自分のことを『私』って呼ぶゆきゆきが、言うんだよ……」
「友だちを作って欲しいって……」
「その言葉は哀しいのに優しくて、初めてなのに懐かしくて、怖いはずなのにずっと聞いてたくなるんだよ……」

雪ちゃんの悪夢とは何だったのか。
それは、人を犠牲にして生きること。
優しい物語とは逆の終わりを迎えてしまうこと……。


――雪々(グランド√)

三年の冬の意味は、雪々が誰も犠牲にせずに、雪々が生きられる時間でした。それは雪々にとって、誰かのあたたかさに触れながら、そして雪々自身が心から生きることのできる時間という意味でもあります。

三年の時間は雪々の時間という意味ですが、その三年の時間にずっと雪が降っていて、その雪が降り積もらなかったのは、それがその時間に反する雪々の願いあったからです
その雪々の願いとは、誰かを死なせたくないという願いと、誰かを死なせた上で生きる怖い自分へと変わりたくないという願いです。

最後の三年目の冬と、そして降り積もる雪では、雪々の切なる本心が現れていました。雪々は本当は、ただ一緒に生きてみたかった、心から生きたかったのです。
それは昔からずっと変わらない、雪々の抱えてきた本当の想いでした。

冬の妖精が過ごしやすいよう、環境を変えたかった。
だけど雪ちゃんは、それを選ばなかった。
だから月ヶ咲では二年間、積もる雪を降らせなかった。
雪ちゃんは、妖精よりも人間を選んだんだ。

本当は、どちらも選びたかったはずなのに。
最後の一年間だけ、積もる雪を降らせたのは、人間だけじゃなく妖精の夢だって叶えたかったからなんだ。

青い星と白い星の共存。
人間と妖精、二人で歩ける優しい星……。


――雪々、陸(グランド√エピローグ)

この三年の雪は、雪々の“想い”の結晶だったのです。地面は冷たくて痛くてつらいように、そこに降り積もらずに人の心――――その温かさに寄り添うように降り積もっていました。


雪々にとって優しさが苦しさだったように、その悪夢も怖いはずなのに優しく聞こえたのも、誰かを犠牲にはしたくないけれど、それでも心から生きたいという雪々自身の気持ちと共感してしまっているからです。

そんな雪々の本心にみんなが気付いているのは、優しい魔法が解けてしまったからでした。では優しい魔法とは一体何かというと、それは「共感」です。だからこその共感能力、です。

「操作と共有には、決定的な違いがある」
「共感能力を使われた者は、納得したうえで希望どおりの行動を取る」
「頼み事をされて、その頼みに共感して、相手のために動こうとする」

「だが、共感能力には強制力がない。だから一度でも疑問を抱けば、簡単に解けてしまう」
「月ヶ咲に降る優しい雪のように、積もる前に容易く溶けてしまうんだ」

―中略―

「共感能力は、恐るべき能力だ。使い方次第では世界征服だって夢じゃないだろう」
「だがそれは、コロナが善人だからだ」
「もしもコロナが悪人だったら、共感能力の魔法には誰もかけられるものは誰もいなかっただろう」
「共有とは、そういうものだ。願いに共感する者が誰もいなければ、無価値な能力でしかない」


――美晴(コロナ√)

みんなは、雪々のその優しさに共感していました。しかし雪々の苦しさ、孤独、寂しさには、誰も共感できませんでした。それは、雪々の本心を知った今、孤独で寂しい気持ちには誰も共感できなかったからです

みんなも孤独なのは嫌で、だから雪々にはみんなと一緒にいて欲しいから。雪々の優しい魔法――――つまりみんなの“共感”はもう解けてしまっていました。
だからみんなが、本当はみんなと一緒にいたいという雪々の本心を知ることができていた、ということになります。









想いは、一つとして同じものはない


「雪ちゃんはもっと、私たちを信じていいんだから」
「言ったじゃない。私は、雪ちゃんに感謝してるって」
「身体が弱くて、ほとんど学校にも通えなかった、子供の頃の私……」
「いつも独りだった過去の私は、雪ちゃんのおかげで救われた……」
「今だって、救われてるんだよ」

「で、でも……ゆきゆきは……」

「なあ、雪ちゃん。俺も姉さんと同じ気持ちだよ」
「たとえ雪ちゃんから最初に能力が渡って、異常気象が起こるようになったとしても、雪ちゃんが我慢する理由にはならないよ」
「雪ちゃんが一人で気負うことはないんだ。自分だけが犠牲になって、寂しい想いをしなくたっていいんだ」

―中略―

「頼むよ、雪ちゃん」
「昔みたいに別れることのほうが、俺たちにとってはずっと寂しいんだからさ……」
「りっくん……」

雪ちゃんの瞳から、涙がこぼれた。
姉さんが、あやすように雪ちゃんの頭を撫でていた。
俺もこのまま抱き続けた。
雪ちゃんが一人で抱えていたものを、俺たちも一緒に支えられたらいいと願っていた。


――雪々、幸、陸(グランド√)

雪々と一緒にいたいと願う理由は、雪々の代わりにはどこにもいないからです。

雪々がたとえ迷惑をかけてしまう存在だったとしても、我慢する理由にならないのは、迷惑をかけられることよりも、そばにいられないことのほうがずっと寂しいからです
迷惑だとかは関係なく、ただそばにいて欲しいから。一緒にいたいと願うことに、理由なんていらないのです。そしてみんな、雪々と一緒にいたいと思っています。だから雪々が誰かと一緒にいたいという本心を、押し隠して欲しくなかったのです。

そして、迷惑をかけてしまうから一緒にいられないという理由が、雪々が我慢する理由にならないのは、もう一つ理由があります。

「人に会う口実が何でもいいのと同じで、人を好きになる理由だってなんでもいいじゃん」
「それでも気になって、独りで悩んでも答えが見つからないなら、二人で悩めばいいじゃん」

―中略―

一人じゃなく、二人で迷子になれば、新しい道が見つかるかもしれないと願って。


――ひなた(りんね√)

雪々が独りで我慢する必要はなく、二人で一緒に支えられたらいい。というのも、悩みがあるから一緒にいられないのではなく、悩みがあるのなら、二人で一緒に悩めばいい、ということです。二人で迷子になれば、道は早く見つかるかもしれないのですから。それが、誰かと一緒にいる理由なのではないでしょうか。

だから、悩みがあるからこそ一緒にいられないのではなく、悩みがあるからこそ、むしろ一緒にいたいと思える理由になります。それに迷惑以上に、雪々にはたくさん救われたのですから、ただ一緒にいたいと願ってしまいます。

雪ちゃん。
もう、解けてるんだ。
優しい魔法は解けてるんだよ。

だからもう、雪ちゃんが見せようとした優しい物語の結末は、理解はもちろん納得もできやしない。
この先を受け入れることはできない。


――雪々、陸(グランド√)




「雪ちゃん……。魔法を解くことができたのは、陸くんだけじゃないんだよ」
「私だって同じなんだよ」
「だから私も、この先の結末を受け入れることはできない……」

―中略―

「雪ちゃん、知ってる?」
「雪の結晶は、ひとつとして同じものはないんだよ」
「雪ちゃんの代わりなんて、どこにもいないんだよ……」

「雪ちゃんは、私にたくさん友だちを作って欲しいみたいだけど……」
「いくら友達を作ったって、そこに雪ちゃんがいなければ、ダメなんだよ……」


――幸(グランド√)

みんなが雪々とただ一緒にいたいと願う理由、それは雪々だからという理由のほかにはなにもいりません。ここでの雪の結晶の意味は、“想い”の結晶という意味です。

儚く舞う白い雪は
降り積もる 想いの結晶


――雪のエルフィンリート

雪々の想い――――つまり心はたった一つで、代わりなんていないから、雪々がいなくなったら寂しくて、その寂しさの代わりは誰もいません。優しい想い出をくれた雪々は、世界にただ一人です。
人は一人一人、みんな違う想いを持っていて、同じものは一つとしてありません。

そんな雪々が自己否定の感情から、死を選ぼうとしています。それは雪々が死んでしまうことが、みんなにとっては生きていける方法だと、雪々はそう思ってしまったまま、みんなとすれ違っています。

雪々がみんなが生きてくれないと心から生きられないように、本当は雪々がいないと、みんなだって心から生きていけないのです。だからみんな、優しいだけで誰も幸せになれない雪々の選択は、受け入れることはできませんでした



俺は想いのまま、雪ちゃんを抱きしめた。

「雪ちゃん、そうじゃない。違うんだよ……」
「違わないよ……」
「ゆきゆきはずっとみんなのこと見てたから、間違ってないんだよ……」

「だとしたら、雪ちゃんは表面しか見てなかった」
「人の心まで見ることができなかった」

「俺の言葉すら信用してくれなかった」
「雪ちゃんのことが好きだって、言ったはずなのに……」
「…………」

「俺はルーンを好きになれた」
「雪ちゃんを好きになった」
「それは同じ意味を持っていた」
「俺は、雪ちゃんのおかげで能力者になったのなら、それを誇りに思えるよ」

俺は、雪ちゃんを強く抱きしめた。
だけど雪ちゃんは、抱き返そうとしなかった。

「やっぱり、ゆきゆきは間違ってない……」
「りっくんがいくら好きだと言ってくれても、ほかの人たちは違うんだよ」
「人間にとって、ルーンは迷惑でしかないんだよ」
「みんな、ゆきゆきのことが嫌いなんだよ……」

「……そんなことはない」
「そんなことあるんだよ……」
「だって今、月ヶ咲にはたくさんの能力者が集まってるんだよ……」
「それが答えなんだよ……」
「みんな、ルーンはいらなかった……」
「勝手に押しつけられたものなんか、早く捨てたいと思ってる……」
「ゆきゆきとは友だちになれないって、思ってるはずなんだよっ……!」

「雪ちゃん、もっとよく見てくれよ」
「涙を拭って見てくれよ……」
「耳を澄ませて聞いてくれよ……」
「今、姉さんの歌声が、聞こえるだろ……?」

「え……?」
「シラハの……?」

「姉さんの歌声が、運んでくれる」
「能力者たちの言葉を、雪ちゃんに届かせているんだよ」


――雪々、陸(グランド√)

雪々はずっとみんなのことを見ていましたが、共感が誤解やすれ違いを生むように、人の心は決して理解できません。だから雪々はみんなのことを見ていただけであって、その心まで見ることができていませんでした。
雪々の本心が近すぎて決してわからなかったように、みんなのことが身近だったからこそわからないこともあります。

それでは、雪々によってルーンを得ることになったみんなの本心は、どのようなものなのでしょうか?それをこれから見ていきたいと思います。









たくさんの“ありがとう”の想い






エルフィンたちはみんなルーンを持ってしまったために生きることに息苦しさを感じ、そしてずっと悩んできました。そしてここでは、自分のルーンをどうするかという、そんな選択を迫られていていました。ルーンを手放したくないのであれば、月ヶ咲を離れることで、ルーンを残すことができます。
そしてルーンを手放すためには、月ヶ咲に残り、三年の冬が終わることで、みんなのルーンは溶けてなくなります。そのどちらかの選択を迫られていますーーーー。







「たとえ能力者じゃなくなったとしても……」
「あたしには、伝えなくちゃいけない気持ちがある、って……」

―中略―

伝えたい。

今まで怖くて直視できなかったことを。
彼の中にもあると、信じたいものを

素直に。ただ、伝えたい。


一夏(一夏√)

エルフィンでいるとか、ルーンを手放すとか、そんな選択のことはみんなどうでもよかったのです

ずっとみんなのことを想い、そして自分たちと同じようにずっと一人で苦しんできた少女がいるから、ただ助けてあげたいという気持ちが、ここでは何よりも強い想いになっていたからです。

みんなにはただ、そんな少女に伝えたい想いがあります。そのためにルーンを使って、雪々へ、ずっと悩み、迷い、そして向き合ってきた本当の想いを、ただまっすぐに伝えます。






街のシンボルである時計台。
この舞台には、続々と能力者たちが集まっていた。

――能力者たち(グランド√)

時計台は、雪々にとっては不変と普遍を願う象徴(=シンボル)でした。しかしみんなにとっては、雪々に変わらずにずっとここにいて欲しいという、ここではそんな伝えたい想いの象徴になっています。













「雪ちゃん、早く帰ってきてね」

「晩ご飯作って、待ってるわ」


落葉は、雪々(ルーン)のおかげで父とわかりあえた。

葉月は、雪々(ルーン)のおかげで母と会うことができた。










ありがとう。













「私は、寒いのが苦手です。今だって早くコタツに戻りたいと思っています」

「ですが、少しは冬が好きになれたかもしれません」

「あなたのおかげで、雪が好きになれたかもしれません」

「嫌いなものも、こうして好きになることがある……」

「もう、大好きなルーンだけに頼るのは、おしまい」

「あなただけに頼るのは、おしまい」

「だから、返します」


りんねは、雪々(ルーン)のおかげで家族の絆をつかむことができた。










ありがとう。













「この星空の向こうで、コロちゃんが旅してるんだよね」

「それをお姉ちゃんが、がんばってサポートしてあげてるんだよね」

「あたしはもう、思い出してるよ」

「宇宙が好きって気持ち。星が好きだったこの気持ち」

「お姉ちゃんと同じだった、この想い……」


一夏は、雪々(ルーン)のおかげで姉の本心に気づくことができた。










ありがとう。













「榛名くん。それに、一緒にいる妖精さん

「私が恨んでいるとか、勝手に決めないで」

「私が歩く道は誰のものでもない、私の道よ」

「これからも、自分の力で切り開いてみせるわ」

「独りで歩くつもりもないけど。助けが必要な時は、お願いするかもね」

「あなたがくれたのは、そういうものだったのよ」


琴里は、雪々(ルーン)のおかげで未来に踏み出すことができた。










ありがとう。













「ま、能力者として生きるのはもう、堪能したし」

「人間として生きるのだって、おもしろそうだし」

「恋愛とかも、してみたいしさ……」

「……ううん。人間も妖精も、変わらないかな」

「ボクはボクなわけだし、どっちで生きたってきっとボクの性分は変わらないんだろうね」

「そのままのボクで、どんなふうに生きるのか」

「選ぶのは勇気がいるけど、それが自由ってものだもんね」


ひなたは、雪々(ルーン)のおかげで本当の自由を知ることができた。










ありがとう。













「私は、月ヶ園が好きです。そこに通う園児たちが大好きです」

「私がそんなふうに子ども好きになったのは、昔から小さなことでくよくよしていた自分がいたからです」

「だから、ルーンについても悩んでばかりいた」

「そんなわたしだから、悩みなんて笑って吹き飛ばす、子どもたちの無邪気さに惹かれていた」

「私はいつも、子どもたちから元気をもらっていた……」

「だけど今は、子どもたちからもらうだけじゃなくて、私が守ることもできたと思います」


千川は、雪々(ルーン)のおかげで誰かを守れる強さを持った。










ありがとう。













「これで、この街からは暴走がなくなって、平和が訪れることになる」

「うさー(そうですわ)」

「ルーンに振り回されることがなくなり、皆は安心して過ごせるようになる」

「うさー(きっとそうなりますわ)」

「そんなふうに、この冬は辛くて厳しい季節だったかもしれないけど」

「悲しいこともたくさんあったと思うけど……」

「うさー(ですが、それだけではありませんわ)」

「うん。アルとたくさんお話しできて、楽しかったよ」

「この冬が、私は好きだったよ」

「うさー(ワタクシも大好きでしたわ)」


友だちと一緒に、いつだっておもしろおかしく遊ぶことができたのだから。

だから、たとえ春を迎えても、冬の想い出は忘れない。

決して。










素敵な贈り物をありがとう、冬の妖精さん……。













「この光は、雪ちゃんの想いのカケラ」

「私たち一人一人に、雪ちゃんの願いが息づいていた」

「いつからか、ルーンが不安定になったのは、雪ちゃんが訴えかけていたからなんだよね」



「独りは寂しいって」

「本当は、いなくなりたくない……」

「死にたくない……」

「そう、私たちに助けを叫んでいたんだよね……」



「雪ちゃんは、強いよ……」

「本心を隠して、私たちに心配かけないようにして……」

「私たちの前では悲しい顔ひとつしないで、いつだって笑っていたんだから……」

「だけどもう、いいんだよ」

「助けを求めていいんだよ」


「私たちは、ルーンがいらないから還すんじゃない」

「雪ちゃんに、私たちの気持ちをわかって欲しいから、還すんだよ」










「私たちの想いを、この光に乗せて――――」










みんなは能力(ルーン)によって寂しい思いもしてきましたが、雪々(ルーン)のおかげでずっと誰かがそばにいてくれたこと、本当は独りではなかったことを知りました。

だからエルフィンたちはルーンがいらないからとか、ルーンをどうしたいとかは関係ありませんでした。それよりも雪々に自分たちの気持ちをわかってほしいからルーンを還していました。
それはたとえ、大好きなルーンを失って、能力者じゃなくなるとしてもーーーー


これは、死の呪い(自己否定)に囚われた雪々に、一緒にいたいと願い、その願いをわかって欲しいから伝えられた、生への祝福(ありがとう)が込められたみんなの言葉と想いです。









返し歌としての「雪のエルフィンリート」


幸は想う。
雪ちゃんは、私に希望を贈ってくれた。
ルーンは希望の光だった。
その光が覚悟を生んだ。
罪を背負ったまま、陸くんと出会う勇気。
雪々(ゆうき)から、勇気(ゆうき)を分けてもらったんだ。

ありがとう。雪ちゃん。
もらった光を、今度はキミに還すよ。
そうして幸は、歌を唄う――――


――幸(グランド√)


儚く舞う白い花が
やがてこの世界を照らすよ
また出会えた二人の運命(さだめ)を唄うよ
いつまでも

光の中咲き誇る
光の中永遠に

ふたり 唄おう

――雪のエルフィンリート〜Never ending love song〜_3番


この挿入歌はプロローグでも流れますが、それとは歌の雰囲気が違いますよね。最初の雪々はこの歌を一人で唄っていました。だから雪々のあの歌は、孤独な状態を憂う、心の死を表した歌です。雪々もその母も、ずっと一人のこの歌を唄っていました。
対してこちらはどうでしょうか。曲の雰囲気だけではなく、3番の歌詞に記された言葉にも注目してみてください。


「会えなくても信じる運命を唄うよ」
「また出会えた二人の運命を唄うよ」

「ひとり 唄うよ」
「ふたり 唄おう」


と、このように変わっています。こうしてみると、歌詞までもが大幅に変わっていることがわかりますよね。
だからこの歌の意味は、雪々が唄っていた死の歌に対する、心から生きて欲しいという想いが込められています。これは、そんなあたたかな「返し歌」になっていました

エルフィンたちのありがとうの想いだけではなく、白羽幸自身もこの歌を通して、雪々に独りでいて欲しくない、二人で一緒にいて欲しいという想いを込めて、そして伝えようとしていました。

つまり白羽幸は、雪々の唄う死の歌を、この「返し歌」を唄うことで打ち消そうとしていたのです。


Elfin song’s an unlimited expanse of white.ーーーーここではもう一つの、白き歌声がありました。









無限と心の共有

みんなは雪々にありがとうの想いを伝え、白羽幸はそんなみんなと共に伝えたい想いを乗せた歌を届けました。そんな伝えたい想いは、どれほど通じ合えるものなのでしょうか。
雪々に届いた想いを知るために、心と共感はどういうものだったかを考えてみることにします。

「……あたしの心をのぞいたら、ダメだからね」

一夏、陸(共通)


駅で出会った白羽という所長に、心をのぞかれて居心地が悪かった。


――雪々、陸(コロナ√)

なぜ心は、のぞかれることに抵抗があるのでしょうか。本編ではこれに対するはっきりとした答えはありませんが、誰かに見られたくない想いがあるということであり、それは人の心には決して交わらない壁があるからなのではないでしょうか。それは、次のようなことが言えるのではないでしょうか。

誰と仲良くしても、本質的には一人です。
通じ合っても、すべてを共有できるわけではありません。


――群青学園放送部(CROSS†CHANNEL

自我・他我論の話がありましたが、人の心は分からないもので、だから自分の心と相手の心は交わらない壁があります。しかしそれでも同じ想いを抱えて、心の一部を共有することはできます。


では、想いを完全に共有することはできないのでしょうかーーーー?






「うっ……くっ……ひくっ……」
「ああっ…...わあああああっ……」

雪ちゃんは、俺の胸の中で大泣きした。
姉さんの共感能力で、俺にもその想いが共有できた。

雪ちゃんは泣き続ける。
俺も翻弄されて、涙が止まらなくなった。

言葉にならないこの感情。
二人で共有しなければ、抱えきれない大きな激情。

「雪ちゃん……わかっただろ……」
「いいんだよ……」
「雪ちゃんは、ここにいていい……」
「見つけて欲しいと願って、隠れなくていい……」
「そんなことをしなくても、誰もが雪ちゃんを見てくれる……」
「一緒に遊んでくれるんだ……」

「だから、言ってくれ……」
「もう、かくれんぼはしなくていいから……」
「なにも隠さずに、本心を言ってくれないか……」

「りっくん……」
「そばにいたい……」
「ずっと一緒にいたい……」
「助けて……」

「助けて欲しいよ、りっくん……!」


――雪々、陸(グランド√)

しかし、共感で得ることができた絆は、それだけではありませんでした。自分と誰かの心は、こうして全てを共有することが――――共有しなければ抱えきれない感情が、そこにはありました。

うれしいことは二倍に、悲しいことは半分に。そんな気持ちを共有するためにだって誰かはいるはず……人は寄り添うのだと思います。絆とは決して、交わらない心だけではありませんでした。それは絆が言葉にしてもしきれないくらい、とても尊いものなのだと思います。

「エネルギーっていうのは、有限なんだって……」
「光ですらも、ずっとそこにあるわけじゃなくて、いつかは消えてしまうんだって……」
「ゆきゆきだって、同じなんだよ……」


――雪々(グランド√)

エネルギーが有限だとしたら、雪々もそれと同じなのでしょうか?だから雪々もいつか消えてしまうものなのでしょうか。結論から言うと、そうではありません。
つまり人の心とは――――想いとは、エネルギーが有限であるのとは真逆で、心や感情は無限なのです。

「きっと、なんの理屈も、理由もなくて」
「ただ、そのひととなにかを共有していたい気持ちが……」
「その共有できるなにかが、なくなっちゃったら……どうすればいいの……」

「なくならないわ」
「それは、なくならないって、私は思っていたい」


――落葉、一夏(一夏√)

どんなに分け与えても、共有しても、決してなくならないもの。それが感情です。雪々がいなくなることは迷惑とか関係なく、感情がそうさせてくれないのです。
ただ一緒にいたい、その想いだけが無限に広がっていくから、理由はそれだけで充分以上になります。

「一筋縄ではいかない障害ね。不快情動反応ってやつよ」
「……それは?」
「人は恐怖に遭遇すると、自己を守ろうとする。この反応は不快情動によるものなの」
「で、情動というのは反射運動と同じようなものだから、頭でわかっていてもどうしようもないってこと」
「……コロナの家族は、コロナを本能的に恐れている。所長の言いたいことはわかります」
「他人の私たちがいくら心配したところで、進展はないでしょうね。本人に乗り越えてもらうしかないわ」

(……本当にそうだろうか)
(本人にはどうしようもないからこそ、第三者が必要ではないのか?)


ーー美晴、白羽(コロナ√)

ここは、白羽が心の動きを心理学を用いて解釈している場面です。そのように心や感情を、心理学などの理論で捉えようとしたときに、「本当にそうだろうか?」「心は本当にそれだけなのか?」という問いが必ず付きまといます。それは心が捉えようのない、無限だからという事実に他なりません
だから二人がお互いに一緒にいたいと想う気持ちには、どんな理論も通用しません。人の心が決して理解できないとしても、こうして共有できるのは、感情や心が理論を超えたものだったからです。

だからどんなに不可能に近かったとしても、二人がわかりあうことはできました。
二人が一緒にいたいという理由もまた、恐怖とか理由のあるものではなくて、二人の感情が、ただ一緒にいたいという気持ちが全てだからです。抱えきれない感情があるから一緒にいたい、それだけで二人が一緒にいる理由には充分でした。

心も、感情も、無限だから。その無限に広がる可能性が、二人の心を溶かし合うように共有させ、お互いが心から共感することができたのだろうと思います。そして想いとは、決してなくならず死ぬことのない、つまり永遠です。
その想いが無限だからこそ、永遠の想いがあるから、二人はただ一緒にいられるだけでここまで満たされるのでしょう。









叫び


歌声が聞こえる――――

雪ちゃんが唄っている。
子守唄を聴かせるように。
安らかな眠りに誘うように。
抗えない。
身をゆだねてしまう。
まぶたが重くなっていく。
視界が霞み、まどろんでいく……。

「りっくん……」
「一緒に歩けて、楽しかったよ……」
「そばにいられて、うれしかったよ……」
「ありがとう……」
「りっくんは、がんばったよ……」
「だけどもう、充分……」

「おやすみ、りっくん……」
「ばいばい、りっくん……」
「ごめんね、りっくん……」
「ゆきゆきは、また間違いを犯すんだよ……」

「え……?」
「ウソ……どうして……」
「ひとりになれない……」
「この絆を……断つことができない……」

「ありがとう……」
「それが、雪ちゃんの本心なんだな……」

「本心……?」
「そんなこと……ない……」

「ゆきゆきは、りっくんを助けたい……」
「命を賭けても助けるって決めた……」
「りっくんも、そうしてくれたから……」
「だから絶対、別れなきゃいけないって思ってた……」

―中略―

「なのにっ……そう思ってるはずなのにっ……」
「離れたくないっ……」
「そばにいたいっ……」
「ずっとずっと変わらないっ……」
「この気持ちだけは変わらないっ……」

「どうやっても、ぜんぜん変わってくれないんだようっ……!」


――雪々、陸(グランド√エピローグ)

雪々は最後でもう一度、歌を唄います。それはまた雪々が、独りになるために。そして雪々が絆を断ち、独りで死ぬために。だからこの歌も、心としての死を唄おうとしていました。

しかし、陸の本当の気持ち、みんなの想い、そして白羽幸が届けてくれた、あの生きるための歌に乗せられた想い――――そんなみんなの本心を知った今、もう雪々には、あの独りの歌を唄うことはできなくなっていました
独りになろうとして歌を唄ったはずなのに、雪々はいつの間にか二人に捧げられた白羽幸の歌を唄ってしまっていました。二人の絆は、どうやっても切れないものになったことを意味しているからです。

ここで雪々の「死」は、完全に断ち切られていました。それがこの最後の歌(雪のエルフィンリート)に秘められた、みんなと一緒に生きたいという雪々の本心でした。


そしてここでは、死によって自分の心が潰えようとしている。心が死んでしまおうとしています。そんな心の死に抗うとき――――爆発するような激情、それが“叫び”です。心から生きたいと願うから、その心は無限の想いとなって、無限の想いは誰かに向けられた無限の叫びとなります。
誰かがいないと心から生きられないのですから、叫びとは大切な人にわかって欲しい無限の想いです。

「ゆきゆきは……りっくんと、離れたくない……」
「俺もだよ……」
「だから、これでいいんだ……」
「この景色のように、俺たちも一緒にいよう……」

いつか散ってしまうその日まで……。

「だけど……もう、りっくんは……」
「大丈夫だよ……」


「大丈夫じゃないっ!」

「このままだと、ほんとにりっくんが死んじゃうっ……」
「ゆきゆきのせいで、りっくんがいなくなるっ……」


――雪々、陸(グランド√エピローグ)

感情が絆を断ち切らせてくれないなら、せめて雪々は叫んでいます!大切な人を死なせてしまうくらいなら、自分が死んでしまいたい。大切な人には死んでほしくない。優しかった想い人には、ずっと生きていて欲しい。そんなどうしようもない想いのまま叫んでいます。


雪々のこの叫びは、大切な人の生を叫ぶ、生きるために死にたいと願う叫び。そんな心の“死の叫び”です。



「雪ちゃん……」

どこに行ったんだ、雪ちゃん……。
捜そうにも、身体が動かない。
感覚すら働かない。
もう、つながりを感じない。
絆は途切れていた。
雪ちゃんは自ら独りになった。
俺から離れ、この空に還っていった……。

雪ちゃんの名を呼んだ。
だけど、かすれた声しか出なかった。
まともな言葉にならなかった。
それだけ体力は落ちていた。
いくら木陰で休んでも回復しない。
できるのはこれだけだった。

雪ちゃん。

雪ちゃん雪ちゃん雪ちゃん雪ちゃん。

言葉にならない声で呼んだ。
何度も叫び続けた。
喉がつぶれようとも。
残された命を燃やすように。
このまぶしい空に向かって。


――陸(グランド√エピローグ)


陸は命が残り少なくても、それでも死に足搔いて叫んでいますz雪々に生きて欲しい、一緒に生きていたい。声にならなくても、喉が潰れようとも、想いは決して死なないのだから叫び続けます!

雪々の叫びが死の叫びだとしたら、これはその死を打ち消すような、二人で一緒にいたいと願う叫び。死んでしまうとしても最後まで一緒に生き続けたい。そんな“生への叫び”になるのでしょう。


一緒にいたい本心を押し殺したいと願う雪々の死の叫びと、本心のまま一緒にいたいと願う陸の生への叫び。
白い雪と満開の桜。二つが舞い散る空の下では、そんな舞い散る2つに反するように、舞い散らない二人の強い想いが、二つの叫びになって響き渡っていました









信じることで、結ばれた絆


さて、最後のまとめになります。この作品では、「絆や共感はどうしたら得られるのか?」ということが大きな問いだったように思います。
人の心は理解できません。それは人の心には、交わらない壁があるからです。ですからそれは、とても不可能なことのように思えます。しかし決して、得られないわけではありません。

その問いに対しての答えは、同ライター作品の前作である、星空のメモリアでは、「頼ること」でした。
誰かに頼るというのは、自分の弱さを認めて助けを求めることが必要で、とても勇気のいることです。だからそれは弱さのように思えますが、強さでもあります。頼ってくれるからこそ、助けることができます。

それに対して本作、アストラエアの白き永遠の示した答えは、OPムービー中で流れるフレーズの通り、「信じること」です。

分たれた時間は永く―
人々はすれ違い、
秘めた想いはつたわらず、
求めたぬくもりは遠く、

それでも、
ひとはわかりあえると信じて―


――OPテーマ「White Eternity」

では、「頼る」ことと「信じる」ことはなにが違うのでしょうか?それは、その“重み”が違います。
それでは、信じることはどれだけ重たいのでしょうか。その重みは、物語の中ではっきりと書かれています。










――――助けるよ。

なにがあっても助けてみせる。









俺は、催眠能力を使う。
そして、絆を結ぶ。
雪ちゃんと誓いを交わす。
その力は絶大だった。
皆の想いが加わり、感情の高ぶりは留まらず、暴走したルーンが運命すら決定づけた。

雪ちゃん。
この先は、俺の命を使って生きてくれ。
いつまでもそばにいて、俺の雪々(ルーン)として見守っていて欲しいんだ――――


――陸(グランド√)








――――わたしは想う。









彼と絆を結んだら、たとえわたしの命がつながれても、彼の命が途切れてしまう。
それがいつかわからなくても、必ず訪れる未来となる。
だというのに、受け入れてしまった。
彼の想いに抗えなかった。
みんなの想いに翻弄された。
助けて欲しいという、自分の想いにも逆らえなかった。


……ありがとう、りっくん。
キミが命を賭してわたしを助けてくれるなら。
わたしも命を賭して、キミを助けるよ。

死なせない。
二人で一緒に生きるんだ。

そんな未来を夢見よう。


――雪々(グランド√)


頼ることというのは、自分の心を誰かに託すということです。それは確かに勇気のいることですが、信じることはそれ以上です。
心を理解することは決してできないのに、共感を得るということは、命を賭すほどの、わかりあえると信じ続けるという誓い、そんな“覚悟”から生まれます。それは相手に心を託すだけではなく、自分の心をしっかりと持つ強さも必要です。

そして信じることは一方だけではなく、お互いが信じ続ける必要があります。雪々は絆を切ろうとしても、断ち切れませんでした。それは信じることを一方だけでも止めてしまったら、これまでずっとすれ違っていたように、またその頃のように心から分かり合えなくなってしまうからです。

命を賭けるという誓いの上にどこまでも信じ続けるという覚悟は、結ばれた二人の絆を生み、もう決して切ることができなくなっていました。心とは、命以上に重いものだからです。お互いをどこまでも信じ続けられることが、心からわかりあえた二人の“絆”の証です。

「雪ちゃん......忘れたのか......?」
「雪ちゃんは、俺の願いを聞いてくれた......」
「雪ちゃんは、俺の気持ちに共感してくれたんだ......」
「だから俺たちは、こうして旅を続けることができた......」

「それが、共感能力っていう、妖精と人間がわかり合うためのルーンじゃないか......」


ーー雪々、陸(グランド√エピローグ)

人の心は決してわからないけれど、それでも分かり合えるとどこまでも信じ続けること。そのお互いの歩みの先に、二人の共感が生まれて絆が結ばれました。
人は分かり合えるというよりも、人の心はどんなにわからなくても、分かり合えるとどこまでも信じ続けること。それが本作が出した、分かり合えるための“答え”です。

二人にとってそうした永遠の想いと絆が、心から生きているという確かな実感を与えてくれました。

絆とは決して切れないもので、そんな決して切れないつながりを得るためには、信じ続けることが大切です。諦めずに絆を信じ続けること、それがこの作品に込められた、大切なメッセージ(想い)なのでした。









「......探したよ、二人とも」

「二人だけで背負い込むことはないんだよ」
「私は、二人のお姉ちゃんなんだから」
「お姉ちゃんにだって、少しは手伝わせて欲しいんだから」

「陸くんは、雪ちゃんを助けてくれた」
「雪ちゃんは、この星を助けてくれた」
「だから今度は、私たちが二人を助ける番……」

「二人は別れなくていい。これからも一緒にいられる」
「寄り添いながら歩いていける……」


「だけど、一人だけで先に行かないで……」
「二人だけで、先を歩かないで……」
「たまには後ろを振り返って、立ち止まって待っていて」
「私たちは、必ず二人に追いつくから」


――幸(グランド√エピローグ)

二人は最後まで絆を切ることができず、お互いのことを信じ続けることができました。しかしそれだけではまだ終わっていません。この作品の「信じる」というメッセージはそれで終わりではなく、それよりもまだ先があるからです。

それは信じることは二人だけではなく、さらに三人、そしてみんなで信じあうことだってできるということです
信じ続ける気持ちがあれば、二人だけではなく、みんなともわかりあうことができて、助け合うこともできます。二人だけで抱えきれないことは、みんなで助け合って欲しいのです。

二人だけで信じあい先を行くのではなく、たまには立ち止まって後ろを振り返るのも、未来を歩むためにはとても大切だということを本作品は伝えたかったのではないでしょうか
信じ続けるというのは命を賭すほどの覚悟が必要でしたが、その覚悟だけが重要なのではなく、みんなで協力すればきっとその負担は少なくなるというのも、同じくらい重要なことだったのではないでしょうか。

雪々がみんなとわかりあうことで初めて自分の存在を認められるようになったように、そんなみんなのことを信じるという絆の中でこそ、二人はこれからも未来を歩んでいけて、心から生きていけるようになりました。


「雪ちゃんは、姉さんを信じられないか?」
「雪ちゃんにルーンを還した友だちのみんなを、信じることができないか?」

「ズルいんだよ、りっくん……」
「ゆきゆきはもう、みんなのこと、信じてるんだよ……」


――雪々、陸(グランド√エピローグ)



さて、最後にアストラエアの白き永遠の、クライマックスの場面を解釈して、この考察を閉じようかと思います。
誓いの上に生まれた絆が結ばれた後、二人が雪道を歩くCGに切り替わっています。この唐突な場面転換はなにを意味しているのでしょうか。

その背景は、雪の心象風景です。そして雪の心象風景とは、共感の印でした。それは二人の命を賭してまで信じ続けることで、ようやく二人の共感が生まれたということを意味しています
今までの共感は全てルーンの力によるものでしたが、最後のこの心象世界は二人が初めて心から共感することで、ルーンの力ではなく心の力で開かれた世界です。

そしてもう一つ、この雪道の歩みは同時に、幼少の二人がわかりあえていた歩みのように、昔のような歩みにようやく立ち返れたということも意味しています
過去の二人の雪道の歩みは確かにわかりあえていて、でも様々な障碍により二人は分たれてしまい、それでも信じ続けて絆を得たことで、決して切れない永遠のつながりを、こうして歩んでいるのでしょう。








妖精と人間が仲良く暮らす。

何度も諦めたその道を、もう一度目指してみよう。




この雪道に、二人の足跡を続かせながら――――






「雪ちゃん」

「また、一緒に遊ぼうな」

「雪合戦しような」

「雪だるまを作ろうな」


「春を迎えて、たとえ溶けてしまっても」

「次の冬に、また一緒に作ろうな」

「うんっ」

「もう、迷子にならなくていいんだよね」

「りっくんとゆきゆきは、ずっとずっと、一緒だよ」



そしてエピローグで叫ぶ場面の後、雪々がいなくなり、そして再び姿を見せている場面についても私見で解釈してみます。

ここで雪々が一度姿を消してしまうのは、意味があって書かれたのだと思っています。この場面が意味していることは、雪々がいなくなることで、陸にとっての「“大切なもの”は何だったのか」ということを気づかされる、そして示していたのではないかと思っています。陸はずっと、大切なものを探していましたからね。

きっと陸は、ようやく心から大切だと思えるものを見つけられたのだと思います。




春を迎えたら、雪ちゃんとはお別れになるんじゃないかと。
日に日に弱っていく雪ちゃんを見て、それはほとんど確信になっていた。

……諦めてやるものか。
俺は、見つけるまで探し続ける。
大切なものであればあるほど、見つけるのは難しいのだとしても。
探すのをやめてしまったら、未来永劫、見つけることはできやしない。


――陸(グランド√)


舞う結晶の向こうに、彼女の姿があった。
捜していた最中は見つからなかったのに、諦めた途端に容易く発見できた。

それは、大切なものをなくしたときと同じだと思った。


――Episode2








見つけたよ、雪ちゃん……




















「うん……見つかっちゃったんだよ」












「おはよう、りっくん……」





死を願って、目を閉ざさないで。生きることを諦めないで。ほら、目を開けてごらん。あなたと一緒に生きていける世界は、こんなにも嬉しくて、楽しいんだから――――。


「これが、俺が望んだ世界だ......」
「雪ちゃんも、かつては望んでいた風景だ......」

雪と桜。
そしてこの、透き通った青空ーーーー

青空に降る優しい雪が、雪ちゃんが願っていた世界。
青い星と白い星の共存。
人間と妖精、二人で歩ける優しい星......。


ーー雪々、陸(グランド√エピローグ)



――――これは、あなたに心から生きて欲しいと願う、永遠の想いの物語。


















感想

はい、以上になります。ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。ここまで書いて思いますのは、これだけの字数が書けるような内容が駄作であるはずは当然なく、むしろ大作レベルの作品でなければここまで書けないのですよね。それは揺らぎようのない事実だと思います。ここまで書けたのは私の力量のおかげではなく、アストラエアの白き永遠という素晴らしい作品があったからです。
そして三年の雪の意味など、この作品のテーマは一周プレイしただけでみなさんすぐに気づけると思うのですが、つまりそれだけ強いテーマ性があったということでもあります。ここまで誰もがすぐに気づけるテーマを生み出すのは、簡単なことではないように思うのですよね。

そうした力強いテーマ性を生み出すためには、しっかりとした世界設定やキャラ設定などや、物語の流れや構成、そしてテーマを示していくための論理性など、1つ1つ地道に確かな積み重ねが必要ですし、そういったことができる作品って本当に稀有だと思うんですよ。それができた本作のライター様の力量には感服いたします。本当に素晴らしかったの一言に尽きます。

それに本作のテーマもまた、「心とは何か?」「どうやったら人はわかりあえるか?」というかなり難しく、そして感情というテーマに真剣に向き合い完璧以上の答えを出せていたと同時に、そしてひとりぼっちの孤独になってほしくないという、とても優しくて心温まるものでした。
萌えゲーとしての形を保ちつつも、その中で真剣にシナリオを追求した点はやはり称賛に値すると思っています。本作は、萌えゲーとしてもシナリオゲームとしても、非常に高水準の作品だったと思います。これほどまでの完成度を誇る作品は他に代わりがなく、唯一無二の大作と呼ぶにふさわしい作品だと思っています。

そして、あのありがとうの場面はやはり神でした。本考察ではありがとうの想いの意味と、返し歌としての雪のエルフィンリートとして魅力を二分化しお伝えしましたが、やはりその2つが一体となってみせた本編で、この場面は何物も及びつかないような凄みを持っていましたよね。威圧感さえ感じた迫力にはもう凄すぎました。

ここでの雪のエルフィンリートの荘厳たる雰囲気もまた圧倒的な印象を与えられました。ここまでの仕掛けを用意されたことにとても驚かされました。私にとってはキャラの魅力を最大限に書いた上で、これ以上ないくらいに素晴らしい作品だと感じました。本当にすごい作品でした。


本記事は以上になります。長い時間目を通していただき、ありがとうございます。本当にお疲れさまでした。