白き永遠の世界

主にエロゲーの感想や考察について書いていきます。楽しいエロゲー作品に、何か恩返しのようなことがしたくてブログを始めました。

あまいろショコラータ 千絵莉ルート考察_大人であるために必要なものとは何か?(10803字)

私は、どうすれば大人になれるんですか?

大人がいないんだったら、私は何になればいいんですか?





【ジャンル】マイ・フェイバリット・ケモミミADV

物語性 C
テーマ性 B
独自性 C
萌え度 S
成長物語 A
総合評価 A

公式サイト| http://cabbage-soft.com


この記事は、「あまいろショコラータ」という作品の、雪村千絵莉ルート単体の考察記事になります。

この考察記事は、以前書きました天宮みくりルートの内容を踏襲したものになっていますので、もし気になればこちらも参照していただけると幸いです。
あまいろショコラータ 考察_幻想に満ちた世界で、たった一つの価値とは何か?(29710字) - 白き永遠の世界


まず初めに、みなさんの考える「大人」とは何でしょうか?
一見すると簡単な問いかけですが、これに対して答えを論じることは、意外と少し難しいのではないかと思います。

しかしこの千絵莉ルートでは、そのテーマに一定の答えを示した上で、「成長」を見事に書き切っていたと思います。ここが本作品が他作品を一歩リードする優れている点だと思っています。

そこでこの考察記事では、千絵莉が大人になるために必要だったもの、そして千絵莉がどのようにして大人になっていくのかを書くことで、作者が本作に込めたテーマである、「大人になるとは何か?」というテーマについて、本編の内容と併せて纏めたいなと思います。

雪村千絵莉が持っていた劣等感、そして大人になるとは何か、本作が示そうとした内容を知るきっかけになれたら良いなと思います。

以下からは本作の考察及び批評を書いていきたいと思います。


※以下からは完全なネタバレです。未プレイの方は、これより下は読まないことを強く推奨します。

※画像の著作権は全て、きゃべつそふと様に帰属します。

























性質の根源

「いいか、猫の獣人にはこういう格言があるんだ。“ロシアンブルーはめんどくさい”ってな」
「ロシアンブルーは……めんどくさい?」

千絵莉ちゃんがロシアンブルーの獣人だとは聞いてるけど、それって千絵莉ちゃんがめんどくさいってこと?

ナナが何を言わんとしているのかが飲み込めなくて、首を傾げてしまう。


――ナナ(千絵莉ルート)

まずは、千絵莉の「めんどくささ」の原因とは何でしょうか?

ここだけだと、めんどくささ=ロシアンブルーだからだと考えられそうですが、実はそうだと考えるのは早計です。
実際はそう単純ではなく、もう少し複雑です。

「“ロシアンブルーはめんどくさい”ですね」

「千絵莉ちゃんのご両親とは一度お会いしたことがあります。とてもお忙しい方々なので、少しの時間だけでしたが」

「お二人ともロシアンブルーの獣人でしたけど、大人でないわたしにも礼儀正しくて、めんどくさいなんてこれっぽっちも思いませんでした


――苺華(千絵莉ルート)

苺華の言っている内容から分かるように、実はめんどくささ=ロシアンブルーだからだとは限らないのです。

ここはそう単純ではなく、言っていることをそのまま意味しているわけではありません。

「自分の気持ちにもっと素直になっていいと思うんですけどね、千絵莉ちゃんは」

「千絵莉ちゃんは一生懸命で、不器用で、いっぱいいっぱいなんです」


ーー苺華(千絵莉√)

千絵莉のめんどくささの本当の原因とは、自分の気持ちに素直になれないことです。

だからロシアンブルーということではなく、めんどくささ=自分の気持ちに素直になれないということなのです。
それはロシアンブルーということではなく、“千絵莉が千絵莉”だからこそ、ということでもあります。

ではどうして、千絵莉は自分の気持ちに素直になれないのでしょうか?

それは千絵莉に、「大人になりたい」という気持ちがあったからです

では、「大人になる」とは何なのでしょうか?

本考察ではそのことについて書きたいと思います。








大人になりたい理由

まず千絵莉が、どうして大人になりたいと思っているのでしょうか。

千絵莉が大人になりたいと思うのは、こんな想いがありました。

「とにかく、私は両親や家を嫌っているわけではありません」
「でもだからこそ……嫌なんです。釣り合わない自分が嫌いなんです」

「すごいって人に言われても、すごいのは両親や会社であって、私ではないんですから」
「私はちっぽけで、自分じゃコーヒーも満足に作れない、何の取り柄もない、人に迷惑をかけてばかりの小娘なんですから」

「だけど一番の理由は……早く大人になりたかったからです」
「大人……?」

「私、この目が嫌で嫌で仕方ありませんでした」
「ただでさえ小さくて子どもみたいなのに、鏡を見るたびに、お前は子どもだって言われてるみたいで……」

「だから私は大人になりたかったんです。なんでも自分でできる立派な大人に

「私の家に、親に見合う人に、私はなりたかった」


――千絵莉(千絵莉√)

大人になりたいという気持ちは、ただ早く大きくなりたいということではないことから、これは千絵莉の心の問題です。
だからこそ千絵莉の心には、大人になりたいという気持ちには更に心因があります。

千絵莉は両親や周りの人が地位や権威のある存在でありました。
しかし千絵莉は体が小さいということだけではなく、周りに対する自身の存在は地位も権威もできることもない、小さな存在でした。

だから千絵莉が心が大人になりたいと思ったのは、周りに迷惑かけないために、周りに見合うための「大人」になりたかったのです

千絵莉があんなに頑張る理由が、大人になりたいと言った理由が、やっと理解できた。

つまるところ、千絵莉の一生懸命さの裏にあったのは、大きなコンプレックスだったんだ。

千絵莉の大人になりたい理由が理解できたところで、では大人になるとはどういうことなのでしょうか?









大人になるということ

「でもね、千絵莉。大人だって、千絵莉が思ってるほど大人じゃないんだよ」
「……え?」

「ちょっと聞きたいんだけど、千絵莉はどんな人が大人だと思う?」
「なんでも自分でできる人……人に迷惑をかけない人……」
「うん、それが千絵莉の大人なんだね」

「でももしそれが大人だとしたら、きっとこの世に大人はほとんどいないと思うよ」
「こんなこと言うと千絵莉ががっかりしちゃうかもしれないけど、大人だってなんでもできるわけじゃないんだ
「誰だって1つや2つ、いやもっと欠点があるんだよ」

「千絵莉から見て大人に見える人は、たまたまそう見えてるか、そう見せてる人だと思うんだ」
「見せてる?」

「そう。見せてる。自分の弱いところを人に見せないようにして、かっこよく見えるようにしてる


ーー千絵莉、柚希(千絵莉√)

千絵莉にとっての「大人」とは、なんでもできるから、迷惑をかけない人でした。
そして自分の気持ちに素直になれなかったのは、誰かに迷惑をかけたくなかったからです。

千絵莉は誰かに迷惑をかけるのが嫌だから、大人になって、立派になって、迷惑をかけない人になりたかったのです。

しかし、そんな千絵莉の思い描いていた大人という像は否定されます。

大人になるとは、千絵莉の言う欠点を無くすことではなく、欠点を見せないようにすることです。

「じゃあ……じゃあもし柚希さんの言う通りだったら――」
「私は、どうすれば大人になれるんですか?大人がいないんだったら、私は何になればいいんですか?」

千絵莉が張り詰めた表情で僕を見つめる。
自分で嫌いと言った青い瞳が涙でうっすらと潤む。

「なりたい自分を目指すのは、おかしなことじゃないと僕も思う。そのために努力する千絵莉を、僕は立派だと思ってる」

「だけどね」
「誰だって、苦手なものや嫌いなもの、できないことがある。千絵莉のキウイみたいに、自分じゃどうしようもできないこともある」
「でも無理して頑張るんじゃなくて、それに折り合いをつけて、うまくかっこよく見せるのが大人だと、僕は思うんだ」

「でもやっぱり、なんでもはできないよ。残念ながらね」
「そんな自分と向き合って、それも自分だと受け入れて、うまく付き合うことが、立派な大人なんじゃないかな」

「自分と向き合う……」


ーー千絵莉、柚希(千絵莉√)


「それ、本当にかっこいいんでしょうか……」
「力づくで押し通すよりスマートでかっこいいと思うけど。柔よく剛を制す、みたいな?」

「まあ結局、誰だってできないことはある。苦手なものは仕方ない」
「できないことはできないままでいいって言うんですか?」
「それは違う。もちろん、できないままでいいこともあると思うけど、今できないことはできないって認めた上で努力しないと

「できないのを認めたくなくて、ただがむしゃらになってるだけじゃ大人とは言えないよ」

「ッーー!」
「今のは、刺さりました……」


ーー千絵莉、柚希(千絵莉√)

大人になる、かっこつけるーー。

それは、欠点を無くすということだけではなく、できない自分の弱さを認めること、そんな自分を受け入れる中にあります

弱いところを見せない。それは自分を偽り、“嘘”で固めているように思えます。しかしそうではありません。

千絵莉がそうであったように、苦手なものを認めず、自分を受け入れないことこそが、自分を嘘で固めていることになるのです。

だからこそ、千絵莉が大人になるために必要だったことは、自分を“嘘”で偽らないためにーー自分に素直になる必要があったのです



「正直、なんでもできる大人になりたいって気持ちはまだあります」
「でもそれは、私が子供だから余計にそう思うのかもしれません」

でも誰だって大なり小なり、なんでもできる人になりたいと思っている。
だけどそんなの無理だから、人はできる範囲で頑張るしか

「残念ながら……とても悔しいですが、私は何でもできるわけではありません。不器用で、新しいことを覚えるのも時間がかかります」
「だから、自分とうまく向き合える大人を……目指してみたいと思います」


人によって大人になる道のりは違うかもしれない。
だけど、自分を見つめるのもその一つだと思う。

「今回はご迷惑をおかけしました。めんどくさい私ですけど、これからもよろしくお願いします」


ーー千絵莉(千絵莉√)










理想を叶えるための現実


「相手が自分のことをどう思っているかわからない、なんて当たり前です」
「大事なのは、柚希さんがどう思っているかですよ」


ーー苺華(千絵莉√)

「私、やっぱりめんどくさいです。こんなんじゃ恋人失格です……」
「でも私、柚希さんに嫌われたくないです。どうしたらめんどくさくなくなるでしょうか?」

ー中略ー

「めんどくさくて迷惑かけてるんじゃないかって、考えるのもしんどいよね」
「だから、やりたいこと、欲しいものをちゃんと口に出して言う。それだけで大分めんどくさくなくなるんじゃないかな」


ーー千絵莉、柚希(千絵莉√)

誰かに迷惑をかけたくない、嫌われたくないーー他の人や周りを意識してしまうからこそ、誰もが理想の自分というものを追い求めてしまいます。

しかし理想とは理想であるために、現実のとはかけ離れているもので、現実の自分を認めて知ろうとしないと、理想への距離とは分からないものです。
それは相手の気持ちが分からないからこそ、相手のために、自分がどう在るかを考えることが大切であったようにーー。

今自分に何ができて、何ができないのか。それを認めてこそ、理想の自分になることができるということが、ここでの大切なメッセージでしょう。
それがずっと自分のことが嫌だった千絵莉にとって、自分を認めるということが大人になるために大切だったのです。

だからこそ千絵莉には、理想や夢を叶えるためには、弱い自分を認めて、自分に素直になることが必要でした


それでは最後に、千絵莉が“どんな気持ち”に素直になることで大人になろうとしたのか。それを書いてこの考察のまとめとしたいと思います。









一緒に支えてくれた想い


「ごめんなさい。私、またバカなことするところでした」
「どうせ好きになってもらえるわけないって思って、逃げようとして、正面から向き合おうとしませんでした」

「でも私からも言わせてください」

「私……私は城川さんが好きです」


ーー千絵莉(千絵莉√)


千絵莉が素直になりたかった気持ち。ずっとそばに在り、大人になるために自分を支えてくれた気持ちーー。

「ーー好き」


自分ができないことがあるから、誰かの支えが必要なんだと思います。

誰かが自分を好きになって、自分が誰かを好きになれたとき、そんな自分のこともまた好きになれると思います。

きっと「好き」という気持ちは、自分を成長させ、大人にしてくれるために大切な気持ちだったのではないでしょうか。

夢を叶えるとは、支えてくれる誰かが一緒だから、その誰かのことを想ってしまうのかもしれません。



「柚希さんのおかげで、歳だけじゃなくて……それ以外の部分も大人になれた気がします」

「私、まだ子どもですけど……大人になっても、ずっと一緒にいてくださいね」


ーー千絵莉(千絵莉√)



さて最後にこの「甘色ショコラータ」という作品が書こうとしていたものは、に対する気持ちそのものでした
(あまいろショコラータ みくりルート考察を参照)

だから千絵莉が大人になるために、背中を押してくれた気持ちこそ、この“恋”でした。








僕と千絵莉が出会ってから、そろそろ一年になるかという頃。

千絵莉は無事バイトリーダーになり、僕も学校の卒業が近づいているけど、今もセタリアでアルバイトを続けている。


「あと10秒くらい......」


「やったっ」



今ではちゃんとフォーミングミルクが作れるようになり、コーヒーも苺華やナナみたいに淹れられるようになった。

まだ目は青いままだけど、もう気にしないことにしたらしい。


「少しだけ待っててくださいね」



出来上がったフォームミルクを、あらかじめ淹れておいたコーヒーに注ぐとーー







「ど、どうでしょうか?こっそり練習してたんですけど......」


カップの中に浮かぶ白いハートは、フォームミルクで作ったラテアート。

フォーミングもできなかった千絵莉が、今はラテアートまでできるようになった。

成長を感じる......って言ったら先輩に失礼かもしれないけど。


「私の……気持ちです」


ハートが描かれたコーヒーを手に、千絵莉が微笑む。

このコーヒーが、セタリアという場所が、僕たちをつなげてくれたんだ。



「初めて会った時、チラシを拾ってくれてありがとうございました」

「言い訳になりますけど、私、物事を悪い方に考えちゃうみたいで……最初は疑ってしまってすみませんでした」

「だけど本当は……あのときから柚希さんのことが気になっていたのかもしれません」



「いつも支えてくれて、ありがとうございます。私、あなたが好きです」

「いいえ――」


「大好きですっ!!」





この好きという気持ちは、小さな自分に勇気をくれたーー。


ーーこれは恋への素直な気持ちが、小さな自分の背中を押してくれた物語












・感想

考察記事はここまでになります。ここまで読んでくださってありがとうございます。以下からは取り留めもない感想です。

あまいろショコラータはみくりちゃんルートは書いていたのですが、千絵莉ちゃんルートは書けていなかったので感無量ですね。書ききれて嬉しい気持ちもありますし、この作品がより好きになれて良かったと思う気持ちもあります。

さて千絵莉ちゃんルートの感想なのですが、千絵莉ちゃんかわいいですね。みくりちゃんが抱きつきたくなる気持ちも分かります。かわいさ溢れる子でプレイしていて幸せでした。

でもテーマ的には、みくりちゃんのルートに比べると面白さは少し劣る気がしています。みくりちゃんは共通から面白い考え方が示されるのに対し、千絵莉ちゃんは基本的に個別に入ってから「大人になるとは?」というテーマが示されるので、考えを巡らせる楽しみ方よりも、かわいさを楽しんでいましたね。

ですがさすがと言いますか...個別に入ってからは千絵莉ちゃんの気持ちから、みくりちゃんとはまた違ったテーマを投げかけられてからは本当に面白かったです。千絵莉ちゃんの一生懸命なかわいさがさらに感じられました。

千絵莉ちゃんは周りが優れた人ばかりだから、褒められてもそれは周りの人が優秀だから褒められているのであって、自分のことを褒められていないのが寂しかったのかな、なんて思いました。
主人公に頭を撫でで欲しいと素直な気持ちになっていた場面がありましたけれど、千絵莉ちゃんが一生懸命頑張ったことを褒めてもらえたときは本当に嬉しそうで、そんなことを思わされました。


千絵莉ちゃんルートで私が感じた感想はこんな感じでしたね。以下からは少しだけ気になった点などを書こうかなと思います。



「言葉と世界」

みくりちゃんの考察では「世界は想いと言葉からできている」みたいなことを書きましたが、ここはそんな言葉の大切さを感じられる場面だったように思います。

好きという想いをのせた言葉が、千絵莉たちの自分の世界を変えてくれたように、想いや言葉は誰かの世界を変えられるものなのでしょう。

みくりちゃんルートの内容に合わせて書くと、ヒロインの成長とは自分の世界が変わり、こうして世界が広がっていくことだと思いました。そんな世界の広がりは、そばにいてくれる誰かが与えてくれたものなのかもしれません。



「千絵莉とチョコレート」

最初あたりで千絵莉ちゃんがチョコレートが好きなのを隠す場面がありましたが、単に恥ずかしがり屋で言い出せなかったからだと思っていたのですが、それが違うことが個別に入ってから分かるのが面白いと思いました。

千絵莉ちゃんがチョコレートが好きなのを隠していたのは彼女の劣等感からでした。チョコレート会社を経営している両親に釣り合わないから、そんな優秀な両親の関わるチョコレートが好きなことを隠すことで、優秀な両親を隠して自身の劣等感を隠したかったからです。
千絵莉ちゃんは自身の劣等感と、両親に対して向き合うことができていませんでした。

恥ずかしがり屋でなかなか思ったことを口にできない千絵莉ちゃんでしたが、ここだけは少し事情が違います。

最初のチョコレートが好きなことを隠したところと千絵莉ちゃんの劣等感がつながり、作品のテーマの伏線となっているのは「おお〜!」と思いましたね。



「もっと前から恋してた」

この作品のヒロインはどちらの子も最初から恋しているんですね......。

みくりちゃんのルートでは“恋は特別だけどありふれたもの”と書きましたが、作者さんは一体どうして恋をこうした形にしたのかは分からないのですよね......好きになるというのは何の特別も理由もなくて、気がついたら好きになっていた、ということなのかな?と思ったり。

雰囲気としては、“ありふれた特別”という感じだと私は思いました。



「バイトリーダー」


「で、リーダーって何するの?」

「リーダーっていうのは周りを引っ張っていく人。まとめ役とか、そんな感じだね」

「じゃあ千絵莉ちゃんにぴったりだね!千絵莉ちゃん、ちっちゃいのに頼りになるもんっ!」

――みくり、柚希(千絵莉√)

みくりちゃんここでも良いことを言っているのですよね......。

「大人になるとは何か?」というのが千絵莉ちゃんルートでの問いかけでしたけれど、小さくても“頼りになる”という一言にその意味が込められているような気がしました。

頼りになるとは何でしょうか。ここでの千絵莉ちゃんはまだフォームミルクを淹れられないことからも、そうした形としての大人のことではないのかもしれないと思います。

みくりちゃんからすると、千絵莉ちゃんは面倒見の良い子だと思うのですよね。頼りになるとは、こうして誰かを想えることや、大切にしたいことに一生懸命なところなのかもしれないと思いました。きっとそれが、大人っぽいーーかっこよくあるということでもあるのかもしれません。

千絵莉ちゃんは抱きつくみくりちゃんに「仲良くすることと甘やかすことは違う、律するところは律するべき」と言っていましたが、これは千絵莉ちゃんが誰よりも友達として想ってくれていたからだと思います。これは他の誰にもない、千絵莉ちゃんだけの魅力だと思います。
そんな千絵莉ちゃんだからこそ、みくりちゃんにとっては頼もしく思えたのかもしれません。

みくりちゃんにとって、千絵莉ちゃんは一番の友達だったと思わされました。そんな友達だったら頼もしいと思えますし、こうして悩んでいる時には背中を押してあげたくなりますよね。

「べつに子ども扱いしてるわけじゃないよ。大人だろうと子どもだろうと、1人よりも2人のほうが安全だから」

ーー柚希(千絵莉√)

支え合う誰かのことを想えること、それもまた大人なのかなと思いました。



さて、終わりに「あまいろショコラータ」ですけれど、天宮みくりルートでは外の世界を生きるというテーマで、雪村千絵莉ルートでは大人になるという、それぞれ別々のテーマが示されています。
ですがその別々のテーマを通してヒロインの「成長」が描かれ、一つの方向性を持った“物語”になっているのは見事だなあ、と思いました。

一緒にいること、誰かを想う気持ち。その大切さを“恋”を通して感じ取れる作品だったと思いました。この作品の制作に携わったみなさんに感謝しています。ここまで書くのは少し大変でしたけれど、この作品に出会えて良かったです。

星空のメモリア 考察_永遠の想いを、輝く星空にのせて(5500字)

はかない美しさなんて、わからない

だからね、

スプリングエフェメラルが終わっても...

夏になったら、サマーエフェメラルが始まるんだよ


物語性 A
テーマ性 B
独自性 A
総合評価 S

公式サイト| 星空のメモリア HD -Shooting Star&Eternal Heart アニバーサリーBOX-


この記事は、「星空のメモリア -Wish upon a shooting star-」という作品のグランドルートの考察記事になります。


この星空のメモリアですが、一言で言ってしまえば神作品です。

私はこのなかひろ先生が描こうとしたその壮大なテーマにとても惹かれ、実際に触れて本当に感動しました。
この壮大な思想をファンタジーという形で作品にして、物語のテーマとして完全なまでに書ききったのがやはり私の胸を打ちましたし、忘れられないくらいの感動を与えてくれた作品でした。
このなかひろ先生の思想とその哲学は、アストラエアの白き永遠という作品でもより深く、そしてまた違った形で展開されます。なかひろ先生は一生懸命に、自分のテーマを信じて追い求めて作品にしていました。
難しい部分も多く、なかなか理解されない彼の作品ですが、私にとっては彼は一流のライターであり、彼の作品はトップクラスだと間違いなく断言できます。天才的なライターの一人である、と私は思っています。

そんななかひろ先生の代表作、「星空のメモリア」について、なかひろ先生が描き出そうとしたテーマを示していけたらと思います。
それでは、以下からは星空のメモリアの考察及び批評を書いていきたいと思います。


※以下からは完全なネタバレです。未プレイの方は、これより下は読まないことを強く推奨します。

※画像の著作権は全て、有限会社FAVORITE様に帰属します。

























星空という舞台

まずは前提から入ります。本作の舞台である「星空」についての哲学解釈です。
この作品のOPタイトルである「Eternal reccurence」は、日本語訳だと“永劫回帰”となります。そしてフリードリヒ・ニーチェが提唱した哲学の中に、「永劫回帰」という思想があります。その思想は一言で言えば、あらゆる現象の永遠性を肯定するものです。その永劫回帰思想のモチーフとなった現象の1つとして、星などを含む天体宇宙が挙げられることがあります。
星や惑星、宇宙について、これらは始まりからその終わりまで我々は知り得ない、そのためその始まりと終わりはリングのように円環構造を取りーー“永遠”と考えられていました。
(この周辺の思想は、同ライター作品であるアストラエアの白き永遠でより深く掘り下げられています)

では、そんな「星空」の舞台を通して、なかひろ先生が描こうとしたメッセージは何か?
実はこの永劫回帰と宇宙の永遠性とを連関させて、“とある事象の永遠性”を強調させようとしていたのではないかと思っています。
では本作では「何が」永遠なのか?そのことをお伝えできたらと思います。









乙津夢の永遠観

先に結論から言うと、本作品が示そうとしたテーマは、“想いの永遠性”なのではないかと思っています。


まずこれは乙津夢の永遠観です。「儚い美しさが分からない」と言っているように、彼女にとっての美しさとは儚さを否定していて、彼女にとってはその反対のーー散ってもまた次が咲くようにーー“永遠”こそが美しさだという考え方を示しています。
まずここが、本作が取り扱う大きなテーマの1つが“永遠”であるという根拠になります。









破壊し得ない対象の哲学

今度は作中で登場する妖精、彼の永遠観です。
彼にとって存在が消失したとしても、存在したという事実は変わらないーーつまり誰かの存在が永遠でなかったとしても、それで存在が否定されるわけではなく、誰かが「存在したという事実」は永遠となると主張しています。
では、“存在した事実”とは、一体何でしょうか?









願いの永遠性

夢のこの言葉から、存在した事実=永遠の想い(または願い)だということが分かります。夢が持っていた永遠観とは、こうした自分の「永遠に変わらない想い」でした。これが儚い美しさを否定した彼女が見出した永遠観でした。
本作、星空のメモリアが示したかった壮大なテーマこそ、この“想いの永遠性”だと思っています。









メアの永遠観

本作のテーマを示せたところで、次はメアという存在の永遠観です。彼女の永遠観で特殊だと感じるのは、最初は永遠性に否定的なところです。


メアにとっては存在を認められることがそのままアイデンティティを保証するものでした。しかし人がいつかは死を迎えるように、存在とは永遠なものではありません。メアには永遠という考えそのものがありませんでしたし、そして否定的でした。
そのことが存在を狩られようとするこの同じ場面からも推測できます。存在の消失に対して僅かな恐怖を隠せなかったように、彼女にとっては存在として認識されることが第一で、同時にその存在の消失への恐怖が、存在とは永続ではないことの暗示になっています。
他にもかささぎが失われることに対して強い孤独を感じていたように、彼女にとっては物理的な存在こそが、誰かがそばにいるということを実感させてくれるものでした。
つまりメアにとって、“永遠”という観念そのものがまずはありませんでした。



ではそんな永遠観を持たなかったメアが出した、自身の永遠観とは何だったのでしょうか?
彼女の永遠観は、心の中で生き続けることーー存在がなくなっても、誰かの中の想いとして永遠であるという観念的なものに変化しています。この考え方の大きな変化は印象的です。
ここでのメアの行動は存在が消えてしまう必然を伴うものである以上、彼女の言うそばにいるという意味は物理的なものではないことは確実です。だから存在が消えてもなお存在し続けるものーー自分の想いは、誰かの心の中に在り続けるということを強く言っているということになります。
メアはいなくなる=離ればなれになるということではなくて、例え存在がなくなったとしても、その想いは「永遠に一緒に寄り添ってあげられる」と信じていたから、こうした行動を彼女は最後に選んだのです。

彼女によって存在が消失しても、残されるものがあるーー永遠があることがはっきりと示されたのではないかなと思います。
メアが主人公に伝えたこと、それは“想い”が永遠であることです。

なかひろ先生が書きたかったのは、死や消失の儚さに対する感動ではなく、死してもなお“永遠”が存在するということを壮大かつ、感動的に描きたかったのではないかなと思っています。









小河坂洋の永遠観

そんなメアに対して主人公・小河坂洋が提示した永遠観は、「失われてもなお取り戻せる」です。
この永遠観ですが、子供の頃の夢が言っていたことと同じですよね。しかし大人になった夢や、最後のメアにとって自分の命は失われるものであった以上、彼女たちには肯定することはできなかった観念です。
ここで主人公が言いたかったのは、心の中で生きるのは嫌=心をありのままで実感していきたいという意味だったのかな、と思っています。夢が主人公と一緒に生きていたいというのが本当の願いだったように。メアが離ればなれになるのに、本当は強い孤独を感じ、恐怖を感じていたように。









物理法則と観念論

世界や宇宙は物理法則が成因となっており、基本的に例外はありません。しかしこの作品が提示したのは、全てがそんな物理の無情に呑まれるのか?ということです。
約束も、記憶も、想いも、そばにいたいという気持ちも。その全てが質量保存の法則や物理法則によって失われてしまうものなのか?この作品(の主人公)はその物理の法則に抗います。
それは想いが物理法則に反して、“永遠”に失われないということを示したかったのだろうと思っています。

ご都合主義と解釈されることもある、主人公の母の登場をこの“永遠”で解釈してみます。主人公の母は既に死しており、その想いが誰かに届くことは常識的にはありません。
しかし永遠の象徴である星、その記憶として、彼女の想いもまた“永遠”であることを書きたかったのだと思っています。だからこそ、母の想いは息子たちに届けられたーー。









約束と絆

夢と主人公が結んだ子供の頃の約束、夢とメアが結んだ約束、メアと主人公が結んだ新しい約束。そうした約束の果てにあるもの、永遠に変わらない想い。それが、“絆”です。
絆とは、永遠に変わらない想いが結んだ、誰かとの永遠のつながりだと思いました。

星空のメモリアの続編のサブタイトルが「Eternal Heart(=永遠の気持ち)」となっているのも、本作が示そうとしたテーマが“想いの永遠性”だということを示しているように思えてなりません。


この星空の輝きが永遠であるように。
いつまでも変わることのない、約束の物語──
(星空のメモリア Eternal Heartのキャッチコピーより)










・感想

終わりになりますが、なかひろ先生が描こうとしたテーマは改めて壮大だと感じました。それだけに、この“永遠”というテーマに誰も注目していないと感じているのは惜しいような気がします。
人は死によって全てが無になると考えます(もちろん私もそう考えています)。ですがなかひろ先生は、決して無くならないものや永遠性を信じて、普通なら空想にも近いような考えを、大真面目かつ一生懸命に書き切りました。ここまでの表現力とその力量には圧倒されましたし、その信念が感動を与えてくれました。


ちなみに乙津夢のセリフで解釈が分からなかった部分があり、抽象的すぎてこの言葉が何を意図しているのかはっきりとは分からなかったです。


しかしここでの乙津夢はあまり多くは語らなかったのですが、続く主人公の言葉から、メアを失い、記憶を失い、夢のことを忘れても。それでも想いを失い切れていないことが分かるように、夢の言ういつまでもそこに在るもの=主人公や夢の変わらない想いだったのかな、と思っています。ここでも何となくですが、想いの永遠性を示す印象的な場面でした。


なかひろ先生の「破壊し得ない」という思想とその哲学ですが、アストラエアの白き“永遠”でも引き継がれています。アストラエアのこの場面ですが、妖精男のセリフと根本は同じです。そしてここでは、存在した事実=心(想い)であり、それは永遠である、とテーマを連作として考察できる部分でもあります。
他にも永遠に対する思想など共通部分は色々とありますが、そんななかひろ先生独自の一貫した思想と哲学は素晴らしいと感じましたし、本当に感動しました。私にとっては神作品です。

しかしこの作品が出て10年ですか。当時はこの作品はプレミアが付いて入手困難で、多くの人がそのことを言っていたのが懐かしいですね。今はHD化もされていますし、色々と感慨深いです。


本考察にて扱った「星空のメモリア」について、また違った観点からの考察を展開しているサイトがあります。
星空や天体を交えた解説から、本作とのつながりを深められる魅力ある考察です。掲載主様からリンクの許可を頂いたので、こちらもぜひ読んで欲しいです。
【考察】星空のメモリア-Wish upon a shooting star- 夢√・メア√ - 猫のえろげにっき

あまいろショコラータ 考察_幻想に満ちた世界で、たった一つの価値とは何か?(30037字)

ねぇねぇ、『ファンタジー』って何?





【ジャンル】マイ・フェイバリット・ケモミミADV

物語性 C
テーマ性 A
独自性 C
萌え度 S
世界考察 A
総合評価 A

公式サイト| http://cabbage-soft.com


この記事は、「あまいろショコラータ」という作品の、天宮みくりルート単体の考察記事になります。

まず初めに、ファンタジーとは空想や仮想などと表現される、非現実的または非日常的なものという定義が恐らく一般的な意味なのではないかと思います。しかしこの作品上では、それとは大きく異なった答えを示していていました。
そこでこの作品における『ファンタジーとは何か?』ということについて考察してみたいと思います。

さて本題に入る前に、私がこの作品の体験版をプレイした時に、この作品からは強烈なメッセージ性を感じていました。その価値観である『ファンタジーとは?』という問いかけが非常に面白く、また全体を包括する考察記事が書けると思ったため、発売前からこの作品には大いに期待していました。
そうして本編をプレイしてみた感想なのですが、本当に面白かったです。かなり期待してプレイしたわけなのですが、想像した十倍くらいは内容に深さがあり、ここまで面白いとは正直予想していませんでした。『ファンタジーとは何か?』を主軸に考察をするつもりではあったのですが、ここまで深く切り込んだ内容になるとは思ってもみませんでした。まさに期待以上のメッセージ性を持っていました。

この作品はミドルプライスですけれど、内容としてはその枠の中で書きたいことをしっかりと書いた、非常に良い作品だったのではないかと感じました。私にとってはとても思い出に残る、一生ものの作品になりました。

そしてこの作品で私が感じた良さやメッセージをまとめてみました。長文になりますが、この作品を好きになってもらえたら、もっと好きになってもらえたら幸いです。


それでは、以下からは本作の考察及び批評を書いていきたいと思います。


※以下からは完全なネタバレです。未プレイの方は、これより下は読まないことを強く推奨します。

※画像の著作権は全て、きゃべつそふと様に帰属します。

























神秘の個別性


神秘的な光景に、そしていつものみくりとは正反対の静謐な空気に言葉を失う。


みくりは獣人で、神様の声が聞こえる巫女さんで、とても神秘的な存在だ。
普段は元気いっぱいだから、そんなの忘れちゃうけど。


――みくり、柚希(共通)

まず幻想とは何かという問いの前に、普段とは正反対のみくりに対し、主人公は神秘を感じていました。そんなみくりに神秘を見出しているように、主人公にとっての神秘とは、普通とは違うーー特別なものに対して抱いた感覚です。

これに対して、みくりもまた違った神秘の形を感じていたのではないでしょうか。みくりが些細なことでもとても物珍しそうにしていたように、ここでの神秘とは、ありふれたものに溢れた世界――――普通のものにこそ神秘を表しているのではないでしょうか。

ではここで「ファンタジー」とは何か?というと、こうした神秘と同義であり、また神秘を見出すことだと本作では捉えているように思います。









ファンタジーとは何か


「みくりさんといい、城川さんといい、まるでファンタジー世界の人と会った気分です……」
「そうなの?でも、初めて獣人のことを聞かされた時は僕もそんな気持ちだったよ」

「ねぇねぇ、ふぁんたじーって何?」

「うーん……幻想、異世界……自分の世界とは違うって感じかな」
「あっ、それならわかるよっ!この町って里とぜんぜん違うもんね!」

僕たちそれぞれが、それぞれ違う意味で『ファンタジー』を味わっている。
それが不思議で、なんだかおかしいなと、ちょっと思った。


――みくり、千絵莉、柚希(共通)

みくりが夕渚町という街を見てとても好奇心を持っていたように、ファンタジーとはドキドキするような気持ちにさせてくれるものであるように感じます。ではファンタジーとは何か?

ここでのファンタジーの意味は(僕たちそれぞれが味わっていると言われているように)日常的なものであり、一般的な意味である非日常・非現実とは大きく異なっています。
ファンタジーはそれぞれ個人で意味や世界が違い、そんな誰かと自分の世界との違いを見つけることです。

神秘が“特別”なものから見出されるものであるように、ファンタジーもまた自分の世界との違いから見出される“特別”です。
ここでのファンタジーとは、神秘という意味が私たちには感覚的に近いのではないかと思います。


では「ファンタジー」とは何かと言うと、みくりたちが初めて新しい街を訪れたときの新鮮さにときめくような気持ちになっていたように、ありふれた日常の中から見出され、楽しい気持ちを与えてくれる“特別”ということです。

自分の世界と相手の世界は違うーー同じ世界(=日常)の中で、相手の世界にはあっても自分の世界には無いものを見つけること。
それがここでの“特別”であり、その日常の中から見出された特別が「神秘」や「ファンタジー」ということになります。

日常の中でこうした神秘を感じること、それがここでのファンタジー(=幻想)の意味です

「先のことがわからないのって怖くない?」
「確かにちょっと怖いけど、僕にはそれが当たり前だからね」
「ふーん……」

みくりの瞳が僕をまじまじと見つめる。
セタリアで再会したときのような、珍しいものを見るような表情で。

「うん、当たり前は人によって違うから」

人にはそれぞれの当たり前があって、その当たり前が、その人の世界なのかもしれない。
みくりの当たり前は、みくりの世界は、どんなものなんだろう。


――みくり、柚希(共通)

「自分の世界」とは、今まで自分が見てきた、経験してきた、その当たり前の積み重ねの世界という意味です
そしてファンタジーとは、それぞれのありふれた日常の中で経験しているものでした。つまり“ありふれた”ファンタジーもまた特別な経験であったことから、この「自分の世界」を生み出している経験です。
人の数だけ「自分の世界」は存在していて、だから同じようにファンタジーも人それぞれ存在しています。

ここで言いたいファンタジーの個別性とは、それぞれの“その人らしさ”を生み出すという意味に等しいことです。
つまりみくりにはみくり自身のファンタジーがあり、そんな彼女らしさを生み出している「彼女の世界」とは何か?ということを見ていきたいと思っています。


まずはなぜ本作が“ありふれた”ファンタジーと世界への観点を扱っているのかというと、そのありふれた日常こそが、外の世界を知らなかったみくりにとって特別だったからです。

この考察記事では、そんな特別である「みくりの世界とファンタジーとは何なのか?」について見ていきたいと思います。









言葉にできないもの


「なんていうか……言いたいことが全然言えない。なんかもう、すごすぎてわかんない」

初めて海を前にして、気持ちがこんがらがって何も言えなくなるみくり。
きっとみくりはもどかしいんだろうけど、僕にはそれがとても大事なことのように思えた。


「言葉にできない、ってやつかな?」
「……そうかも」
「なら、無理に言葉にしなくてもいいと思うよ。本当にすごいものは、すごいとしか言いようがないんだから」

我ながら語彙力がないけど、言葉じゃ表せないものも確かにあると思うから。


「柚希くん、笑ってる?なんで柚希くんが嬉しそうなの?」
「うーん……そうだね……」

「みくりにとって、海を見たのは、言葉にできないほどすごい経験だった」
「そういうのってなかなか体験できることじゃないし、とても素敵なことだと思う」
「きっとそんな経験が、みくりの何かをもっと豊かに、彩りのあるものにしてくれると思うから」


――みくり、柚希(共通)

「日常の中でのファンタジー」とは、すごいものであること、気持ちがこんがらがることーー総じて言葉にできないくらいの感動を与えてくれるもののことです。
神秘やファンタジーとはそんなたくさんの言葉にならない想いを抱えてしまうような経験であり、そして概念的であるから言葉にできないのでしょう。

では言葉にできないから意味のないものかというと、そうではありません。日常の中でのファンタジーは言葉にできなくても......言葉にできないからこそ価値があり、みくりたちの世界や人生に大事なものでもありました。

初めて街を見て新鮮な気持ちを感じたり、好きなケーキを当ててもらえて嬉しかったり、初めて見た海に感動したりーーそうした感動は言葉にはならなくても、その経験を通したたくさんの感情がみくりらしさを作り出し、世界を作り上げるものであるからです

だからこそ日常の中のファンタジーは、みくりの世界を彩り豊かにしてくれるものになっていきます。

「だから、みくりがそんな経験をしたことが、僕は嬉しいんだと思う」
「みくりは初めての海でちょっとビックリしてるところかもしれないけどね」

「……柚希くんの言ってること、難しくてわかんない」
「そうだね。僕も、自分で言っててよくわからなくなってきた」

「でもありがとう!」
「お礼を言われることじゃないと思うけど。僕が勝手に感じたことだし」

「ありがとうはありがとうなの!わたしがありがとうって思ったからそれでいいのっ」


――みくり、柚希(共通)

ここで「ありがとう」と言うみくりは、きっと主人公の伝えたかった言葉にならない想いは難しかったとしても、それでも大事なことに思えたからこそ、「ありがとう」と伝えたのだろうと思います。

言葉にできなくても、こうして誰かの心と通じ合っている。それもまたみくりにとっての特別であり、神秘やファンタジーなのでしょう。

「昔獣人が作った街に、今、獣人のわたしがいる。こういうのって、マロンがあると思わない?」


僕の憶測を聞いて、嬉しそうにはしゃぐみくり。
実際のところはわからないけど、こんなにみくりが喜んでくれるなら、当たっていてほしいと思った。


――みくり、柚希(みくり√)


「里を出てみてよかった。柚希くんに千絵莉ちゃん、苺華ちゃん、ナナちゃんに出会えたもん」
「コーヒーも、ソーセージも、ケーキも初めて食べた。海だって見たんだよ。ほら見て、ここからだって海が見えるよ」

「夢でも見てるみたい!」


そう語るみくりは、一片の曇りもない満面の笑みで。
夜空を飾る星に負けないくらいキラキラしていた。


――みくり、柚希(共通)

みくりが日常の中でこうしたファンタジーを見出すことはまるで、ロマンや“夢でも見ているよう”と言われています。みくりにとってファンタジーとは、ありふれた日常であるにも関わらず夢のように遠くに感じていました。
みくりの日常の中でのファンタジーとは、ありふれた日常にありながらも、夢のように遠く感じるからこそ幸せだと感じられていました。
みくりのファンタジーとは、こうしたありふれた日常の中にある特別のことです。

外の世界と自分の世界の違いを通して、こうして夢のように幸せだと感じていたことから、みくりは確かに豊かさや彩りを得ていました。

日常に楽しさや幸せを見出し、夢のように幸せで楽しい日々を送ること。それはみくりにとっては自身の“特別”なファンタジーであり、そして価値だったのでしょう。

「みくりは獣人の里で巫女をしてたんだよね。どうして里を出ようと思ったの?」
「神様のお告げ!」

〜中略〜

「じゃあ、それだけの理由で1人で出てきたの?」

「ううん、そうじゃないよ」

「母様は元々、里の外にいた獣人でね、こっそり外のことを教えてもらってたんだ。だからずっと外の世界に興味があったの」


ーーみくり、柚希(共通)

みくりは誰かに言われたからではなく、本当は自分の意志で外の世界を見てみたいと思っていました。

みくりが自分の意志で広い世界を見てみようとしたのは、そんな経験から得られる価値に自分の世界の“価値”を感じていたからだと思います。
こうした自分の世界の価値を感じることが、彩りや豊かさということになるのでしょう。

しかしみくりが、そのようなありふれた経験に神秘を感じファンタジーだと思ったのは、それが本当に夢だったからです。









ずっと一人だった


「周りは大人ばっかりで、みんな働いてる時間はいつも一人だった」
「父様も母様も、じい様もばあ様も、親戚じゃない大人だって優しくしてくれるんだけど……わたしには一緒に遊ぶ相手がいなかった

「父様が言ったの。みくりにも友達がいればいいのになって」
「母様に聞いたの。友達って何って」
「そしたらね、一緒に遊んだり、勉強したり、けんかしたりする人だって言われた」

「想像してたの。わたしに友達がいたら、どんな子なんだろう?」
「わたしに友達がいたら、どんなことをして遊ぶんだろう?わたしに友達がいたら、なんて言ってけんかするんだろう?」

「ずっと友達が欲しかった。わたしは友達を知らなかったから」


――みくり(共通)

みくりの周りには大人はたくさんいましたが、大人はいつも一緒にいてくれるわけではなく、大人が働いている時間はずっと一人でした。

ーーこれが意味しているのは、心のそばにいてくれる人はいないから、みくりは心の孤独を感じていたということです。

それは世界にはずっと自分一人しかいないような孤独な気持ちであり、そんな心や自分の世界での孤独を表したのが「心の孤独」です

みくりの心は、ずっと一人でした。

だから嬉しい気持ちや楽しい気持ちを知らず、一緒に想いを共有することもできていませんでした。みくりにとっての当たり前は、当たり前と言うには遠すぎたのです。


友達を知らず、一緒にいることで嬉しくて楽しくなれる気持ちを知らなかったから、だからずっとそんな気持ちを知ることが“夢”でした。

「みくりの里って山奥なんだよね。故郷から離れて寂しくない?」
「全然!」

「――ていうのは嘘。ちょっと寂しい。ここには父様も母様もいないし、神様も違うから」
「だけど帰りたいって思ったことはないよ。ここには柚希くんや千絵莉ちゃん、苺華ちゃん、ナナちゃんがいるから」

「柚希くんは?柚希くんも1人でここに来たんでしょ?」
「確かに、僕も少し寂しい。でもみくりと一緒だと寂しくなくなるよ」
「そっか~、柚希くんも同じなんだ!」

みくりの笑顔を見ていると、寂しさとか、不安とか、いつの間にか忘れてしまう。
この町で出会えたのがみくりで良かったと、また思った。


――みくり、柚希(共通)

こうして見返してみると分かると思いますが、みくりは本当は寂しがり屋な性格です。両親や生まれ故郷を離れることの寂しさも裏で感じていたことからも、本当は寂しがり屋であることを示しています。

しかしそうした楽しい気持ちを知りたいと思っていたのは、そこで心の孤独もまた感じていて寂しかったからです。
みくりの心の孤独は、「心から通じ合える相手」がいてくれることで初めて満たされたのです。

一緒だと寂しさを忘れると主人公が言っているように、みくりが寂しさを感じていて、そして心を通わせられる相手と一緒だと寂しさを忘れてしまうこともまた一緒でした。みくりにとって「ファンタジー」だと思えたことは、みんなと一緒に出会えて、一緒の時間を過ごせたことでした

それがみくりにとっての特別であり、そして“夢”だったのです。

「柚希くん分を補充してるの。だって寂しかったんだもん」

「寂しいものは寂しいのっ」


――みくり(みくり√)

みくりは一見とても元気に見えるヒロインですが、本当はその気持ちと同じくらい寂しい想いもしていました。

だからこそ、そんな寂しさを楽しさに変えてくれた外の世界に、一緒にいることの楽しさ(=ファンタジー)を感じていました。この隠された“寂しい想い”は、天宮みくりというヒロインを読むために重要だと私は思っています。

そして寂しさの他に、世界にファンタジーを感じるみくりのもう一つの想いがあります。









存在を認められない怖さ


「ホントはね……夕渚町に来るまでは、人間のことがちょっと怖かったんだ」

「だけどね、最初に会った人間が柚希くんだったから、全然怖くなかったんだ」

「みんながみんな柚希くんみたいじゃないと思うけど、獣人だからって怖がったり、気味悪がったりしない人もいた
「それだけじゃなくて、里から出てきたばかりで何も知らないわたしに、たくさん優しくしてくれた」

「だからありがとう、柚希くん!」


――みくり、柚希(みくり√)

みくりが抱えてきた気持ちは一緒にいてもらえない寂しさだけではなく、一緒にいることへの怖さもありました。
心と寄り添うというのは、寂しさをなくしてくれたり知らなかった感情を知ることができるだけではなく、心を受け入れてもらえない痛みもまたあるからです。

世界にはたくさんの想いがあり、だから世界とはたくさんの想いできています。

誰かと一緒にいるためには、自分の存在を他の人に認めてもらう必要があります。しかしみくりは自身の全てを受け入れてくれるほど、外の世界には優しい想いが満ちているとは思っていませんでした。

みくりは一緒にいられない寂しさだけではなく、世界から存在を認められなくて、誰かと一緒にいられなくなることも怖かったのです


そんな一緒にいられない寂しさ、一緒にいることへの怖い気持ちを忘れさせてくれた気持ちが、自分の存在の全てを受け入れてくれた“優しさ”でした。

世界はたくさんの想いであり、そんな世界があるから、世界に触れられないただ一人のような心の孤独もまた感じてしまうのでしょう。しかし世界の想いはたくさんであり、そんな世界に触れることの怖さだってあります。
一緒にいるというのは痛みであり、ですが孤独は寂しいから一緒にいたいと思ってしまいます。世界とは気持ちがすれ違ったり、存在を受け入れてくれないように決して優しくはなく残酷です。それは世界があり、そして世界に想いや心があるということの一種の呪いです。だからこそ、世界に存在した優しさには救われるのでしょう。

自分の全てを受け入れてくれる優しさも知らなかったから、外の世界に存在した優しさに触れたことも、みくりが一緒にいることの楽しさを世界に感じたもう一つの理由です

ちぐはぐなやり取りをお互いに笑い合う。
みくりと一緒だと、こんな時間も楽しい。


――柚希、みくり(共通)

みくりにとってファンタジーとは、誰かと一緒にいられること、心から一緒に楽しい時間を過ごせることで、そんな寂しさを感じさせない世界があったことは“楽しい”と思えるには充分でした。

みくりは寂しさや怖さといった想いがあったからこそ、一緒にいられるこの時間と、誰かの優しさに触れられる“今”の時間が楽しいと感じていました。


しかし人の心が変化していくものであるように、一緒にいられる“今”の楽しい時間はいつまでも続くとは限りません。









今と未来


「私、考えてなかった。私たちのこと、未来のこと……柚希くんと一緒にいるってどういうことか」
「みくりは僕と別れたいの?」

「ううん……そんなわけない……ないけど」
「でも私、生まれた里でずっと暮らして、里で死ぬんだと思ってた」
「外を見たくて、外のことを知りたかったけど、外で生きていく気なんてなかった」
「だから、どうすればいいのかわかんないよ……」


――みくり、柚希(みくり√)

外の世界に触れ、多くの経験をすることのできた、一緒にいられる“今”の時間は楽しい時間でした。
しかしみくりにとって世界とは、その心は里に縛られた本質的に閉ざされた世界でした。
その生とそしてその死の全てに自らの意志は存在せず、生まれた場所の世界に心まで縛りつけられ、そこで生きていくことしか知らなかったから、自分の世界が閉ざされていました。

みくりは生きることも死ぬことさえも縛られたものであり、そんな縛りつけられた人生が一緒にいたいという気持ちさえ閉ざしてしまうのです。

心と世界が閉ざされているから、外で出会えた人たちと一緒にいることがどれだけ楽しかったとしても、みくりには外の世界で生きるという選択そのものが心にありませんでした。

しかし外の世界で一緒にいられる楽しさを知っていくうちに、みくりはずっと一緒にいたいと思う、たった1つの“特別”を知ってしまいました。
だからみくりは、一緒にいる“今”の楽しい時間だけではなく、“未来”にまで一緒にいられる時間が続くことを願うようになります。

今と未来。外での特別な世界と、縛られたみくり自身の心と。みくりの2つの心がここで揺らいでいました。


「神様が教えてくれないと、わたし、なにもわかんないよ……」

みくりにとって未来は決まっているものだった。
それがみくりの当たり前。

だからその導を失くした今、目に涙を溜めてうつむいている。


――みくり、柚希(みくり√)

みくりにとっての当たり前――――自分の世界とは閉ざされているものであり、“決まっている”ものでした。
ファンタジーとは経験であり、ファンタジーと共に在るとはこの世界を歩むということです。だから当たり前が崩れたときに心が行き場所を失くし、この世界で一歩を歩むことができなくなってしまっていました。

生き死にさえ自分の意志を持たないみくりには、一緒にいたいこれからを想う心は必要ではありませんでした。それよりもみくりが世界を歩むために必要だったのは、自分の人生を決め、縛ってくれる閉ざされた世界だったのです

楽しいだけだった今の時間に対して、世界が閉ざされたままではこの楽しい時間は続かないことを知り、初めて感じたその心の苦しさが、ここで見せたみくりの涙の意味です。

「わたしたち、別れないといけないかもしれないから......会うと別れる時つらくなるから


「できるならそうしたいよ。でも、どうすればいいかわかんないから、わたし……」
「うん。どうすればいいのか、僕にもわからない。だったら2人で考えようよ、僕とみくりの2人で」
「わかんないのって怖いよ……」

「迷っても、立ち止まることがあっても、僕は必ずみくりと一緒にいる。だって僕はみくりの恋人だから」

もっと触れ合いたくて、言葉にならない何かを伝えたくて、半ば無意識にみくりの肩を抱く。

これ以上は言葉じゃ伝わらないと思ったから。
僕がそばにいるって、もっとわかってほしいと思ったから。


――みくり、柚希(みくり√)

先のことがわからないのはつらいことです。外の世界を知るまでは、閉ざされた世界の幸せしか知らず、先の決められた幸せが全てでした。しかし今のこの時間の楽しさを知ったから、そのあたたかさを保証してくれない未来がつらくて怖かったのです

ですが誰かと一緒にいることの意味は、ただ楽しい時間を共有するだけではなく、悩みや苦しさといった心の痛みも一緒に共有し、そして一緒に考えていけることでもあります。それがみくりの知らなかった、誰かと一緒にいるもう一つの意味です。
一緒にいたいという想いは言葉にならないと言われていますが、それは誰かを想う気持ちーー心の痛みさえ分かち合えるその気持ちは、言葉にならないくらいのたくさんの想いであったからでした。

どんなに心が行き場を失くしたとしても、一緒なら答えを見つけられるかもしれないから。こうした一緒にいるための“答え”と“その意味”をこれから考えていけるようになるのが、ここでのみくりの成長への最初の一歩です


世界とは楽しさがあるのと同じくらい苦しくて、だからどこまでも残酷です。そんな世界でこれからも歩みを続けていくために、未来を生きていくためにみくりに必要なものは何か?というのがここからの大きな問いです。

そんな世界で一緒でいるために、“ファンタジー”を感じて共に幸せを歩んでために、みくり達が一緒になって出した答えは、「願う」ことと、「想いを伝える」こと、さらに「選ぶ」ことの3つです。









一緒にいたいと願うこと

「もしそれがわかったら......外に出る目的を果たしたら、みくりはどうするの?」
「多分、里に帰るんじゃないかな。父様や母様、それに里のみんなも待ってるから。帰らなかったら寂しがると思うよ」
「......そうなんだ」

聞かなければ良かったと少し後悔した。
みくりが帰ってしまうなんて、たとえ先のことでも想像したくなかったから。

「柚希くんはどうするの?柚希くんだって、元々住んでた場所があるんでしょ」
「僕は......どうするんだろう?」

「今の学校を卒業するまでは夕渚町にいると思うけど、その先のことはわからないね
「このままここにいるかもしれないし、帰るかもしれないし、もしかしたらどちらでもない他の場所にいくかも」

「そっか~……柚希くんでもわかんないんだ~」
「でも、ずっと一緒にいられたらいいね!

親と子でさえいつかは別れるもの。誰であれ、ずっと一緒にいることは難しいことだ。
だけどそれを願うのは、決して無駄ではないと思う。


――みくり、柚希(みくり√)

みくりにとって先のわからないことが怖いというのは、一緒にいられるかわからないから怖いということでした。最初はいつまでも一緒にいられるか分からない運命を受け入れていましたが、一緒にいる楽しさが今だけではなく、未来に続いて欲しいとへと思うようになっていきました

そして一緒にいたいから、そんな何よりも一緒にいたいという気持ちだけをずっと願い続けるようになりました。

「やっぱりわたし、柚希くんと一緒がいい」
「けど、それ以外のことはわかんないや」

「里に帰るのも、外で暮らすのも、まだよく考えらんない。もちろん、里のみんなとは別れたくないけど」

「じゃあこれから考えよう。一緒ならきっと何とかなるよ」
「うんっ!柚希くんが一緒なら百人力だよ!」


――みくり、柚希(みくり√)

一緒にいることは難しいですが、一緒にいられないというわけではないからこそ、一緒にいたいという未来を願うことに価値があるのかもしれません。

一緒にいたいと願うことが決して無駄な想いではないのは、たとえそれ以外のことが何もわからなくても、何よりも一緒にいたいという気持ちが、みくりにとっての新たな導となってくれたからです
一緒にいたいという願いがあるからこそ、一緒にいられるこれからを考えていけるようになりました。

願う想いは、自分の世界ーー心を変えてくれます。

ただ一緒にいたい、というたった1つの想いを信じて願い続けることが、一緒にいたいという気持ちを叶えるために大切なことでした。









伝えたい気持ち

うまく言葉が出てこない。
嬉しいんだと思うけど、今まで感じた嬉しいとは違う気がして、この気持ちを表せない。

だけど、ここまで言われたら、拙くてもちゃんと僕なりに答えないと。


――柚希(みくり√)

(みくりと一緒にいたい。みくりとクリスマスを……)
(だから言わないと……)

ビシッと言わなくていい。ゆるくていい。


――柚希、みくり(みくり√)

ファンタジーや神秘が言葉にならないものであったように、言葉にならない想いとはとても大事なことであることが示されていました。
しかし言葉にならないだけが大事ではなく、ここでは想いを言葉にする大切さが言われています。

恥ずかしい。照れる。
そんな簡単なことを言えただけで、距離が縮まった気がした。

――柚希、みくり(みくり√)

「ううん。わたしも嫌じゃなかった。ドキドキして、ちょっとだけ苦しかったけど、嫌じゃなかったよ」
「良かった。ならきっと、僕たちお互いに嫌いじゃないんだよ」
「そっか……嫌いじゃないんだ。柚希くん、私のこと嫌いじゃないんだ」

今さらのような気がするけど、それが確認できただけでもほっとする。


――みくり、柚希(みくり√)

どんなに言葉にならなくても、誰かにわかってほしい想いがあるから、みくりたちは想いを言葉にし続けます。そうすることでお互いに距離を縮めたり、本当の気持ちを確かめ合うことができでいます

想いをのせた言葉は、一緒にいたい誰かとの気持ちをつなげてくれます。

「じゃあ、わたしと同じなんだね」

「わたしもね、恋してるのかまだわからないんだ」

みくりは里から出てきた獣人で、神様の声が聞こえる巫女さんの女の子。
片や僕は普通の人間だから、共通点が本当に少なくて、見つかるとちょっと嬉しい。


――みくり、柚希(みくり√)

想いや気持ちを言葉にして伝え続けるのは、違う世界を見て、そして生きているそれぞれの人が、同じものと同じ世界を見つけるためにあります

それぞれの世界が違ったとしても、それが一緒の想いを共有できないということではないのでしょう。世界が違うとしても、同じ世界を見つけようとし、一緒にいたいと願うから、みくりたちは言葉を重ね続けようとしていました。

一緒にいたいという願いは言葉を交わすことで初めて、心から通じ合っていられる確かな距離ができました。









自分で何かを選ぶということ


「それは、自分のことは自分で決めなさいって、神様が言ってるんじゃないかな」
「え……?」

「……確かに、これから僕たちが別れることもあるかもしれない。ずっと一緒にいられないかもしれない」
「……」

僕が半ば同意すると、みくりは悔しそうに唇を噛んだ。


「でもね、みくり」
「そんなの、何も決まってないんだよ」
「決まってない……?」
「うん。何も、なーんにも決まってない」

「みくりは里を選ぶことも、僕を選ぶことも、そしてどちらも選ばないことだってできるんだ」
「そ、それってアリなの……?」
「もちろんアリだよ。みくりの未来は決まってないんだから

みくりの瞳がますます不安に揺れる。
里か僕かの二択だったはずなのに、その拠り所さえ奪われて表情が困惑に染まった。


――みくり、柚希(みくり√)

今まで生まれた場所で生きていく以外の生き方を知らず、そして考えられないから、心と世界は閉ざされていました。
しかし閉ざされた世界で過ごしていたことで知らなかったのは、未来は何も決まっていないように、世界も幸せも完全に閉ざされてはいないことでした。

閉ざされた世界であっても未来は決められていないように、自分の世界が閉ざされたものではなく、なにものにも縛られない、開かれた世界であることがここで言われています。

世界が開かれているという事実は、今まで閉ざされた世界であったみくりには不安を感じるものでした。
しかし未来が何も決まっていないことは、この世界での価値や幸せを感じさせるものでもありました。

「自分が幸せになるために、大切な人を幸せにするために、みんなが可能性を模索してる」
「可能性が広がりすぎて困ってる人もいるけどね」
「わたしがそうなりそうだよ~っ。柚希くんがなにも決まってないっていうから、わたし、なにしていいかわかんないよ」

「難しいよね、ほんと。いろんな道や可能性があるから」
「でも、そんなの知らなければよかった、なんて言わせないように頑張るよ」


――柚希、みくり(みくり√)

未来がなにも決まっていないということは、同時に未来は可能性に溢れているということでもあります。

可能性が広がっていることが迷いを生みますが、その可能性の広がりが世界です。
世界にはたくさんの可能性があり、そのたくさんの可能性が人それぞれの世界の違いーー「ファンタジー」が生まれるのかもしれません。


外の世界の美しさを知り、誰かと一緒にいる楽しさを知り、世界に存在した人の優しさに触れて、初めての恋する相手だってできました。
そんなふうに世界にファンタジーを感じたことは、先が決められていても閉ざされた心には寂しさや孤独が浮き彫りにされ、未来を生きたいという希望を持ってしまうには充分だったはずです。
だからみくりの幸せとは、可能性で溢れた世界だったのではないでしょうか。


可能性が広がった世界を知ったことは、閉ざされた世界に対して世界の広さに不安を抱いてしまっていました。しかしみくりには世界が広がることはこのような不安だけだったかというと、そうではありませんでした。

その不安に反して可能性に広がった世界は確かに幸せであり、心から望んでいた幸せだったことがみくりの想いから分かります。

「でも、それでも……里のみんなを置いて出ていくなんてできないよ。それにわたし、里から出たら生きていけないし」
「どうして?」
「わたしバカだし、外のこと何も知らないし……」
「知らないことがあるなら、これから知ればいいだけ。僕だって何でも知っているわけじゃないんだから」

「セタリアの仕事だって、最初は喫茶店も知らなかったのに、今はちゃんとできるようになったでしょ?」
「……うん」
「みくりがセタリアでバイトを始めたのは神様に言われたからだっけ?」
「ううん、制服がかわいかったから……」
「うん、そうだよね」

「今だってみくりは、神様の声がなくても、自分でやりたいと思うことを選んで、自分の力で実現できるんだ。そうしてきたんだ」

「自分で、選ぶ......」


――みくり、柚希(みくり√)

茶店で働くことを選んだのも、外の世界に行こうと思ったのも、全て「自分の意志」で選んだことだったように、みくりの“選ぶ意志と力”もまた、楽しさを感じていたいという気持ちと共に一緒に最初からありました。

何も知らず、何を選んでいいかわからない今の状態は、先の分からないことへの不安を生んでしまうのかもしれません。しかし、そんなみくりにも選んだものがありました。何も知らなくても、不安があったとしても、選ぶことの先にある楽しさや幸せを求めてしまうのは、「ファンタジー」や「自分の世界」とは人それぞれだから、それぞれの幸せもそうした自分の意志で選ぶことの先にあるかもしれないから。


そして知らないということは可能性は閉ざされているということではなく、知らないことを知っていくという形で可能性は常に開かれています。


“開かれた世界”とは、

一緒にいられるという「願い」

その願いを伝えるための「想いをのせた言葉」

そんな想いのままに生きられる「可能性」

たくさんの「願い」「想いと言葉」「可能性」に満ちた世界のことを言うのです。


外の世界を知ってみたいと思ったように、みくりの世界は閉ざされたものではなく、本当は知らないことを知っていける開かれた世界を心では望んでいました

本質は閉ざされた世界であったみくりが、開いた世界へと変えていくためにどうすればいいのかというと、まず可能性が開かれたものであることに目を向けたことでした。

「もしかしたら……ううん、きっと柚希くんが言ってたように、自分のことは自分で決めなさいってことだったんだよ」

みくりの未来を探すのはまだ道半ばで、コーヒーを淹れたりケーキを作ったり、ちょっとずつ模索しているところだ。
でも、里に帰らないといけないと言っていたみくりが、他の可能性に目を向けられたことが大きな一歩なんだと思う。


――みくり、柚希(みくり√)

色々なことを経験して、知っていくこと。自分のことを模索して、他の可能性に目を向けられるようになること。そんなふうに広い世界のことがわからなくても、そして分からないからこそ知ろうとすることが、みくりにとって自分の世界を広げていく確かな一歩でした

楽しい時間をこれからも未来へと続けていきたいと願っていたから、自分の可能性と世界もまたこうして広がっていくものとなりました。

可能性に目を向けられたみくりはどう変わっていったのかというと、自分らしく変わっていくことができていました。その自分らしさは、日常の経験(=ファンタジー)が作り上げてくれたものでした

「人生って、ちょっとコーヒーみたいだね」
「コーヒー?」

「うん。いろんな豆の種類があって、豆のロースト具合とか、挽き方とか、いろんな淹れ方があって、ミルクや砂糖を入れたり入れなかったり」
「マロッキーノみたいに、チョコを入れるのもあるもんね。どう飲んだらいいかなんて決まってないもん」

「だから、コーヒーみたいじゃない?」


――みくり、柚希(みくり√)

人生とはコーヒーのよう――――人生にはたくさんの可能性や選択があり、その経験の上に成り立ちます。自ら喫茶店で働くことを選んだみくりは、そこでコーヒーの作り方を知り、自分の人生の選択と向き合う経験をしました。みくりにとっては人生の選択も、コーヒーの淹れ方もまた多種多様であることを知ったから、これはそんなみくり自身の経験から生まれた、彼女なりの言葉であったのでしょう

だからこの言葉はみくりなりの成長であり、みくりなりに自分の世界が広がったことを表しているのでしょう。それがみくりの人生を彩りのあるものにする“みくりらしさ”の証なのでしょうね。

みくりは一緒にいられる世界をファンタジーだと感じ、一緒にいることを願い、一緒にいたい気持ちを伝え続けて、一緒にいることを選んでいました。そうして世界が開かれたここでの言葉と自分らしさの証が、ここでのみくりの成長(=大きな一歩)でした









世界にたった一つの想い

それは、とある女の子が見た夢。
あるいは――
幾年先の未来の光景。


ーーーエピローグ



ずっと一人だったから一緒の楽しさを知らず、世界が閉ざされているから未来は選ぶものであることさえ知らず、みくりは外の世界に出て夢(=ファンタジー)を見ているみたいに思っていました。
それは外や世界がどれだけ広がっていても、自分の世界は閉ざされていて、その世界の差のために現実を現実だと感じられないから、夢を見ているようだと感じていたからでした。


しかしみくりが見た夢を選び取った未来になったように、夢とは見るだけのものではなく、叶えるものでもあるのかもしれません

みくりが外の世界に出て知ったのは、願い想いを伝えることで、可能性や未来を“選ぶ”ことの大切さでした。


ではみくりは一体何を選び取り、どんな夢を叶えたのでしょうか?

それを確認するために、外の世界で最も知りたがっていたことに注目してみたいと思います。

恋って何?そもそも恋人って何なの?」


――みくり(みくり√)

彼女はあるときから、「恋とは何か」ということを疑問に思うようになっていました。

ここで作中でみくりが問いかけていたことを振り返ると、「ファンタジーとは何か?」という問いと、そしてこの「恋とは何か?」という問い。大きく二つの問いかけがあったように思います。

ファンタジーについては、誰かと一緒に過ごす中で日常から見出されるありふれたものでした。そして「恋」もまた日常の中にあるファンタジーの一つとして表されます。このことから、みくりにとって“恋”もまたファンタジーだったのではないでしょうか。

しかしみくりの恋は単なるファンタジーの1つという位置付けではなく、もっと特別な意味を持っていました。日常で何に可能性や価値を見出すかということもまた人それぞれですが、そんな日常の世界でみくり自身が最も価値を見出したものが、この「恋」です。

ファンタジーに溢れた世界で、みくりにとって恋は最も価値のあるファンタジーとして見出していて、そしてその可能性を選んでいます。


そしてみくりが恋を知りたいと思ったのは、彼女なりの理由があります。

「うん!だって柚希くんともっと楽しいことしたいもんっ!」
「恋をすれば、もっと楽しいことできるんでしょ?恋人になったら、もっと仲良くなれるんだよね?」

「だから恋を教えて!」


――みくり(みくり√)

みくりが恋を知りたいと思ったのは、楽しい気持ちをもっと知りたかったからです。

みくりはかつて寂しい想いをしていて、楽しい気持ちを知りませんでした。だから楽しいという気持ちをもっと知りたいという想いから、恋とは何かを特に知りたく思っていたのでしょう。

この寂しさについて、友達が欲しかったとありましたが、それは「一緒にいられる相手が欲しかった」という本心があったように、一緒にいられることがみくりにとっての楽しさでありファンタジーでした。つまり楽しさを知りたい=一緒にいたいということになります。
だから恋を知りたいという想いには、こうした「一緒にいたいという気持ち」が背景にあります。

みくりが自らの意志で選んでいたものは、“恋”を知りたいという気持ちでした



照れくさそうに小さく笑うみくり。
その笑みには、恥ずかしさとか、嬉しさとか、いろんな感情が表れている気がした。

「今までよりドキドキしてる。ううん……こんなにドキドキしてるの、生まれて初めて」
「これが……恋なんだね」


――みくり(みくり√)

ではみくりが知った恋という気持ちが楽しいものであったかというと、(もちろん楽しい気持ちもありますが)そこで知った気持ちはそれだけではありませんでした。

恋で知った気持ちは楽しさの他に、恥ずかしさ、嬉しさ、その他にも言葉にならないたくさんの気持ちを知っていました。それは言葉にならない「ファンタジー」でしょう。それが天宮みくりの知った、「恋」という気持ちに対する答えです。

そして恋によって今まで知らなかった感情を知ったように、恋は彼女の世界を大きく変えました。
そんな恋に特別な価値を見出したからこそ、一緒にいたいという想いや一緒にいるための未来を願い、想いを伝えて、閉ざされた世界を変えてまで恋を選んでいました。

それはみくりが、恋もまた可能性であることを知ったからです。

天宮みくりとその世界を変えたのは「恋する」という気持ちでした


では恋は最も価値のある特別だから、その気持ちもまた夢のように遠く感じるものだったのでしょうか?
しかしみくりにとってはそうではありませんでした。

「それならわたしもおあいこだよ。わたしもきっと……ううん、絶対、前から柚希くんに恋してたんだから」
「……うん、そうだね」

僕たちは互いに恋しながら、わからないと言い張って、恋してないふりして抱き合ったりしてたんだ。


――みくり、柚希(みくり√)

みくりにとっては恋する気持ちが最も特別なものですが、その気持ちはみくりにとって知らなかった特別な気持ちというだけではなく、実はもっと前から持っていたありふれた気持ちでもあります。

恋とは色々な言葉に出来ない想いだったことからも特別なものですが、もう一つ恋とはただ一緒にいたいというささやかな想いでもありました。

みくりはかつて一緒にいることを知らなかったから、一緒にいたいという願いがありました。そんな誰かを恋しく想う気持ちをずっと抱えてきたように、みくりが特別な人と特別な時間を過ごしたいというささやかな想いも最初からあったものでした

知らなくても知っていた、分からなくても一緒にいたいと思ってしまっていた。たくさんの特別な気持ちを持ってしまうけれど、一緒にいたいというたった一つのありふれた願い。それがみくりにとっての特別であり、そんなありふれた気持ちの中にあった特別がみくりにとっての「恋すること」の気持ちでした

だからみくりにとっての夢(=恋)もまた、ありふれた特別であったのではないでしょうか。

「……やりたいこと、見つかったかも」
「ホントに?」
「うん、ぼんやりとだけど……」

そう言って、思い浮かんだ像を見返すようにまた視線が上を向く。
みくりの言う通り、まだはっきりとした形にはなってないんだろうけど、すぐに消えてしまう幻ではなさそうだ。

「それって僕にも手伝えること?」
「うん、多分……ううん、柚希くんがいてくれないとできないかも」




「わたしね、柚希くんが大好き。いろんなことを教えてくれて、優しくて……ううん、とにかく好き」

「柚希くんがいてくれたら、きっと何でもできる気がする。だから――」

「ずっと一緒にいようね!」


ーーみくり(みくり√)



恋とは楽しいから一緒にいたいという気持ちだけではなく、恋はこうして背中を押してくれる気持ちでもあることが、みくりが暗に示した“恋”に対するもう一つ答えでした。

(今が)寂しいから一緒にいたいと思っていたみくりにとって、(未来に)前へと進むために一緒にいたいと思えるようになったことが、みくりが恋から得られた大きな成長なのでしょう


日常のファンタジーがみくりに与えたのは、外の世界で一緒にいる楽しさを知ったこと、恋がみくりにとって大切なものとなったこと、そしてそうした中から得られた成長と自分らしさでした。

そうしたありふれた、でも特別な恋が、みくりの心や人生を確かに豊かで彩りのあるものにしてくれました。


そうしてみくりが見つけた夢が、こうして恋を叶えることともう一つ、外の世界で知った、みんなが優しさと一緒にいられる世界を叶えることでした。

そのための小さな世界、でも大きなファンタジーが溢れる世界が、あのエピローグの「しっぽカフェ」というありふれた特別の舞台でした




さて最後にこの作品ですが、漢字では「甘色ショコラータ」と書きます(あまいろショコラータ公式好評発売中ムービーより)。

そうすると、本編での次の一節が印象的だったのではないでしょうか。

「ところで、ナナちゃんと苺華ちゃんは恋って知ってる?」

ー中略ー

「そうだね......とっても甘いもの、かな」

「甘い?チョコレートみたいな?それともケーキみたいな感じ?」


ーーみくり、苺華、ナナ(みくり√)

この作品が書こうとしていたのは、に対する気持ちそのものです

みくりにとって恋とは、外の世界で見つけた大切なファンタジーであり、そして前に進ませてくれるものでした。みくりは「恋」によってこうして成長を果たしていました。


世界に一つだけ
きらめきSweets in Love!


ーーあまいろショコラータテーマソング「きらめき*Chocolaterie」


この恋は、世界にたった1つーー。


ーーこれは世界でたった一つの()を叶える、日常の中のファンタジーの物語。










・感想

考察記事はここまでになります。もしここまで読んでくださったのであれば、ありがとうございます。以下からは取り留めもない感想になります。

みくりちゃんは「友達が欲しかった」=「一緒にいる相手が欲しかった」から“恋”を知りたいと思った、特別だと思った、みたいなことがこの作品から私が感じたことでした。

“恋”は少し話が飛んでいると感じる人もいると思いますが、ずっと寂しかったから、一緒にいたいという気持ちがあったのは筋が通っているというのは何となく感じられるかなと思います。だからこそ、楽しい気持ちを知りたかったというのがみくりちゃんというヒロインなのでしょうね。

千絵莉ちゃんに「友達になりたいから」抱きついていたのも、そうした理由があったのは驚きましたね。まさかの伏線でした。

みくりちゃんがこの想いをずっと抱えていたと捉えると、一緒にいられることをファンタジーだと感じたことも、一緒にいられないことを悩んでいたのも全て辻褄があうようになっている構成は丁寧ですごいなって思いました。エンディング直前のセリフなんて「ずっと一緒にいようね!」でしたから。

でもやっぱり、みくりちゃんにとって“恋”が寂しさを無くしてくれる一番の大切なものだったって私は感じています。
他の誰でもない主人公がいたからこそ、存在を認めてくれた優しさを知って寂しくなかったのですし、最初から恋してたということからも、一緒にいたい気持ちと恋する気持ちは一緒にあったのかもしれないと思っています。みくりちゃんが悩んでいたのも、恋した人と一緒にいられるかということでした。
みくりちゃんはその気持ちが恋だとは知らなかったからはっきりとは分からないのですが、最初からあった気持ちである“恋”はみくりちゃんを変えてくれたものだったと思います。

恋とは、寂しさを忘れたいからみくりちゃんは知りたかったのですが、それだけではなく、恋は前に進ませてくれるたお話だったかなと思います。


ここからは気になった点などを書いておきます。



「体験版との感想」

この作品で面白いなと感じたところはは、ファンタジーとは非日常ではなく、こうした「日常」の中から見出される、ありふれたものであるという価値観ですね。この部分を一読したときに、この作品がどんな日常を見せ、それをファンタジーとしてどのように捉えるのか、それが本当に楽しみでした。
しかし当初の結論の予想としては、OPテーマの歌詞が示すように、たった一つのファンタジーを見つけ、それが「恋」である、という考え自体は最初からありました。あの曲では“世界に一つだけ(の恋)”という歌詞がやはり特別印象に残りましたね。そしてその形が変わることはありませんでしたので、ここまでは想定内の内容でした。

ですがみくりちゃんが世界から見つけたファンタジー「恋する」ということだけではなく、「夢を叶える」という2つが提示されたこと、その2つのテーマが重なり合って1つの物語となっていたことは、これは本当に予想外でした。ただの萌え系作品であればきっと恋愛だけを書くと思っていたので、まさかここまでの内容とメッセージをもう1つ用意されていたことに驚きました。
これに関しては体験版からは予測すらできなかったことなのですが、体験版部分では外の世界で何をしたいのか全く分からなかったみくりちゃんがこうして夢を見つけるのは、みくりちゃんの成長を感じさせる素敵な内容でしたね。

そしてもう1つ予想外だったのは、みくりちゃんが世界をファンタジーだと想うのは、世界は楽しいことで満ちていると考えるみくりちゃんの独特の価値観から生み出されているということを書こうかと考えていたのですが、実際のみくりちゃんの人物像はそんな単純な子ではなく、いろいろなことに悩み、寂しい想いもしていた子であって、だからこそ世界が特別に見えていたというのは体験版から予想したみくりちゃんの像とは真逆であり、当初想定していた内容を大きく崩されることになりました。とても素晴らしかったです。良い意味で期待を裏切られました。

ただそれでも、“恋”がみくりちゃんにとって特別なものなんだろうなっていうのは体験版の時点でも、こうして製品版をプレイしていても変わらずに感じていて、そして期待していました。

その“恋”が、一緒にいたい気持ち、寂しかった気持ち、夢を叶えたい気持ち、みくりちゃんの気持ち全てに大切だったと思いますから、やっぱりそれが一番心に残りました。



「世界の構造」

“世界とはたくさんの想いである”というようなことを考察本編では書いたのですが、そのことについては本作はかなり掘り下げていたように感じています。

獣人と人間の対立・衝突・嫌悪などの感情があったように、世界には人がいて、その感情が世界のように思います。だから世界は決して優しくないとは、こういった避けられない衝突や争いということになります。

獣人と人間というと架空の設定なのであまり実感がありませんが、「違い」だと捉えると、私たちの世界にもなる当てはまるように思います。
世界にはたくさんの人がいて、同じ人間であっても、国、思想、性別など、そういった違いが対立や衝突の原因は無数にあり、だからそうしたことが生まれることは避けられません。これが世界です。

あまいろショコラータはこのような世界の残酷さや苦しさを何度も叫んでいたように思います。世界は残酷みたいなことを書きましたけれど、ここが根拠となった1つではあります。だから世界はこういった背景を私は考えさせられました。

夕渚町の舞台を作った人物は獣人という設定がありましたが、その人物は異なる文化を持ち込んだものの、それは獣人であるということから何度も住んでた町を去らなければならなかった結果から生まれたものでした。
そしてみくりちゃんの母。人間の友人がいましたが、みくりちゃんが言っていたように正体を知られた時は怖がられたり、気味悪がられたのかもしれません。

獣人と人間ーー自分と相手の「違い」は、こうした悲しい出来事をたくさん生んでしまうのかもしれません。
だからこそ、そんな違いがあっても仲良く過ごせる場所、世界。違いがあるからこそ仲良くしていける方法を考えたみくりちゃんだからこそできたことのように思いました。

みくりちゃんが叶えようとした夢はそうした悲しい出来事を乗り越えた先にあったもので、それは一緒にいられるという意味でも、おとぎ話のようなみんなが仲良くできる世界という意味でも、二重の意味で『ファンタジー』なんだなって思いました。

こうした背景設定とみくりちゃんの夢が対比になっていて、伏線だったんだなってプレイして思いました。物語としても丁寧な作りであるとは思いました。

マイ・フェイバリット・ケモミミADV!って感じでけもみみは飾りだと思っていたのですが、けもみみの設定って飾りじゃなかったんですね。本作では意外と深く扱われたので驚きました。
そういえばみくりちゃんの神様という設定も飾りというよりは、みくりちゃんの当たり前や世界が決められたものであるという心情につながっていましたからね。



「ファンタジーというテーマ」

あまりうまく伝えられた自信がないので、改めて本作で私が感じたテーマを書いてみようかなと思います。

『ファンタジー』とは世界との違いを見出すことと作中では言われていましたが、みくりちゃんがファンタジーにときめいているような雰囲気を感じましたので、世界の違いを見出し、“さらに”その世界の違いにドキドキすることというより限定した感じで私は解釈しています。

これを言葉にすると、私はファンタジー=世界の価値ということなんじゃないかなって思いました。
ただみくりちゃんの場合はその価値が“一緒にいること”や“恋”だったってだけであって。

ファンタジーと言われてもなかなか難しいとは思うのですが、別に恋に限らなくても、例えばブラートブルストを美味しく食べること、千絵莉ちゃんがかわいいからぎゅ〜ってしちゃうこと、かわいい制服を来てくるりと回りながら自慢すること、そもそもこうしてノベルゲームを楽しむことですとか、人の幸せや世界の価値はそれぞれ違うと思うんですよね。

でも本作の考え方に合わせるのなら、私たちは同じこの世界で生きている以上、人それぞれだったとしても、私たちはみんなファンタジー(=世界の価値)と共にある、という感じになるのではないのかなと思います。

だからこの作品のテーマの一つはみくりちゃんのファンタジーとは何かということだったのですけれど、それともう一つ、「ファンタジー(=私たちなりの世界の価値)に対してどう向き合うか?」というテーマは私たちにも当てはまるのではないかなと思いました。

本作が示した答えは、まずは誰かと一緒に考えることで、そこから願い続けること、想いを言葉にして伝えること、広い可能性を知って選ぶことでしたけれど、やっぱりどれもいざ実践しようと思うとなかなか難しいことなのではないかなと思います。

だからこそ、その答えから目を背けずに向き合おうとしたみくりちゃんの姿ですとか、夢を叶えられることを描いたことを通して、私たちはファンタジーと共にいられる、幸せでいられることを感じられたこの物語は価値があったと思うんですよね。

でもみくりちゃんは恋することで変わっていけたように、恋とは人を変える力があると思っていて、なのでみなさんもみくりちゃんを通して、“恋”もまた価値だと思ってもらえたらいいなとは思います。



「恋とファンタジー

個人的にはそういった世界の捉え方を考えるよりも、このみくりちゃんが告白する場面が一番好きな場面でした。ここのセリフが本当にロマンチックでとてもドキドキさせられましたね。普段はまっすぐで元気に見えるけれど、本当はいろいろな悩みを持っていて、そんなみくりちゃんが恋に対してこうして不安になりながらも、

「わたし、恋人になれますか……?」と控えめに、でも勇気を出して聞くみくりちゃんに、ここで泣かされてしまいました。ここでのみくりちゃんは、本当にかわいかったですね。
これだけでも手に取って見た価値があると思うくらい、このみくりちゃんの言葉はわたしには刺さるロマンチックな場面でした。ドキドキが止まらなかったです。

ここでみくりちゃんが、恋に価値を見出していた証拠になるのではないかと思います。だからこそみくりちゃんはここで恋と夢にこんなに一生懸命で、そして自分の想いとここまで真剣にに向き合っていたのでしょう。そんなみくりちゃんはとっても魅力的でした。

本作あまいろショコラータが私にとって特に一番心に残ったところは、日常はこうしたファンタジーで溢れているけれど、その中でたった一つ「恋」に特別な価値を見出したことでしょう
世界が人それぞれであるように、人が見出す価値も人それぞれだと思うのですが、みくりちゃん自身が見つけた価値あるものだからこそのみくりちゃんらしさを感じさせる答えだと思いました。

本作にはたくさんのメッセージがありましたが、その数々のメッセージを通して、みくりちゃんにとっての「世界で最も価値あるものは何か?」ということについてこの作品なりの答えを出せたのはすごいと思いました。

そのみくりちゃんだけの、世界にたった一つの想いである“恋”を大切にした本作品が私は大好きでした。




「恋は特異的、だけど恋は普遍的」

みくりちゃんの恋はありふれたモノであったことを書いたのですが、実は体験版の部分で既に、みくりちゃんが主人公に対して好意を向けていた部分もあるのですよね。ここがみくりちゃんが最初から恋していたという事実の強力な裏付けになっていたことがすごいなって思いました。

恋はとてもすっごいけど、難しいことじゃないんだよ!ってことなのでしょうか、と思いました。



「みくりともう一つの成長」

ケーキを作るみくりちゃんがあったのですが、知らないことを怖がっていた彼女がこうして、知らないことにチャレンジしようとするところが、彼女の成長を感じましたね。ここもまたみくりちゃんの魅力が増した場面でした。
凄く好きな場面でしたので、ケーキを作るのが上手になって、それを主人公にほめられて、照れながらも喜ぶ、そんなみくりちゃんも見たかったかなあ。

この直前の場面でみくりちゃんがケーキを作りたいと言った理由は「自分でケーキ作れば食べ放題だからじゃない?」とナナに聞かれた時に、みくりちゃんがそんなことは考えてもみなかったというようなことを言っていましたが、そのようにみくりちゃんの思考にそれは存在していませんでした。

さて、みくりちゃんが喫茶店に居ようと思った理由は、考察本編で示したことを簡潔に言うと、「自分のため」でした。みくりちゃんは外の世界を知らなかったからこそ、まずは自分が楽しいと思えることに興味を持ったのではないかと思います。

「なら、好きなものを仕事にした方がいいんじゃないかと思って」
「お〜、なるほど〜!柚希くんあったまいい〜!」

みくりのソーセージ屋さん......想像してみると、自分のお店の商品を食べちゃわないか心配かも。


ーーみくり、柚希(みくりの初デート)

話を戻しますが、最初みくりちゃんと、ここでのみくりちゃんは対比しているように思います。つまるところ彼女にとってケーキを作ることは、「自分のため」ではなくて、いつの間にか「誰かに喜んでもらうため」に変わっていることを暗に示しているのかなと感じました。「ケーキ食べ放題=自分のため」と考えると、みくりちゃんには自分のことよりも大切なものができたから、そんなことを考えずともケーキ作りに挑戦したいという意志を持ったのではないかと感じましたので。

何気ない場面ではありますが、ここが彼女の意志としての「成長」を特に強く感じられましたね。だからこそその先も見てみたくなったわけで。そんなみくりちゃんは、とても魅力的なヒロインだと思いました。

「こういうのって、ロマンがあると思わない?」「ケーキ作りは将来何するかわからないから、とりあえずやってみたい!」「人生って、コーヒーみたいじゃない?」
こうしたみくりの言葉一つ一つに、彼女らしい信念や意志を感じましたし、これがみくりちゃんの魅力なのかなと思いました。


あと好きだったのは初めてのケーキをフォークで「つんつん」ってするところや、いちゃいちゃするときにしっぽで「こちょこちょ〜」としているところ、みくりちゃんのいたずら好きで好奇心いっぱいのキャラが立っていて、そこもとってもかわいかったです。

それとですが、けもみみ+サンタ衣装の組み合わせでしょうか。アメイジンググレイスのキリエちゃんのコスプレが大好きで、そして私ケモミミが大好きなので、この組み合わせを見られてうれしかったですね(実はそのCGを見て購入を決めちゃったくらいかわいくてお気に入りです)。


ーーーー


最後にちょこちょこっとした感想ですが、せっかくのかわいいしらたまさんのSDイラストが、あまり本編に登場しないのもちょっとだけ残念でした。せっかくかわいいSDイラストを作っているのですから、本編でも使った場面が見てみたかったなあ。これだけが残念というか未練なのですが、ここまで思ってしまうのは、それだけ天宮みくりというヒロインに惹かれたからだと思います。余韻がすっごい。本当に楽しい作品でした。

この作品はこうして見てきたらわかりますように、決してレベルが高いわけではなくありふれたメッセージなのですが、ありふれたものだからこそが伝わってくるものがある作品だったかなと思います。きっと作者さんもこうしたことを意識しているとは思うのですが、作品に込めたメッセージ、私には確かに伝わりました。素敵な作品をありがとうございました。私としては、これからもこんな感じで、キャラの魅力や萌えを引き立てながらも、こうして読み手にも何か得られるような作品にこれからも出会えると嬉しいです。

でもなんだかんだ言いましたけれど、そんな細かい理屈よりもみくりちゃんと千絵莉ちゃんがとにかくかわいかったです!この優しい世界がすきでした。

本作「あまいろショコラータ」は、わたしにとって一生思い出に残る作品となりました。製作者の皆さんには、こんな素敵な作品に出会わせてくださったことに感謝しています。もちろんみくりちゃんもとってもかわいかったです。そしてここまで読んでくださったのでしたら、本当にありがとうございます。


(追記)
同作品の「雪村千絵莉ルート」についても考察しました。天宮みくりルートや甘色ショコラータに込められたメッセージを違った形でより深く知ることができると思いますので、もしよければこちらもご一読いただけたらと思います。

あまいろショコラータ 千絵莉ルート考察_大人であるために必要なものとは何か?(10803字) - 白き永遠の世界

アストラエアの白き永遠 考察_命の誓いと覚悟が生んだ、永遠の想いと絆の物語(45662字)

背後に散る雪や桜と同じで、いつだって儚い笑顔だと感じていた。

だけど、

雪も桜も、一度散っても、またこうして舞うのだから





【ジャンル】雪の舞う空に恋を唄うファンタジーADV

物語性 B
テーマ性 SS
独自性 SS
音楽 SS
雪の舞台設定 SS
総合評価 SS

公式サイト| アストラエアの白き永遠



この記事は、「アストラエアの白き永遠」という作品の、雪々ルート単体の考察記事です。完全なネタバレですので、該当作品をプレイしていない方は、以下からの考察記事本編は読まないことを強く推奨します。

※以下からは完全ネタバレです。















この記事は、「アストラエアの白き永遠 -Elfin song’s an unlimited expanse of white.- 」という作品の、雪々グランドルートの感想を交えながらの考察記事になります。

まずこの雪々グランドルートでのテーマですが、私は「死生観」と「永遠観」だと思っています。
そして、本作品はその死生観を通して、「想いの永遠性」という壮大なもう一つのテーマを書き出すことが、なかひろ先生の提示したかった思想なのだと考えています。

この作品のテーマは家族で片付けている人が多く、その価値観を決して否定しているわけではないのですが、全然家族というテーマが書けていなく中途半端なシナリオという酷評を見かけてしまうのは、1ファンとして少し勿体ないように思いますので、こういった新しい視点での考察から、アストラエアの白き永遠という作品の新たな魅力を伝えられたら幸いです。
そしてこの「死生観」や「永遠性」というテーマについてですが、これまでの既存の感想や考察で示されている家族というテーマよりも、本作品をより本質を突いたテーマのように私は思っています。

雪々が抱えていた死は、自身の「命」としての死、そして「自己否定」という想いとしての死。二つの違った形としての「死」が見え隠れしていました。

星空のメモリア 考察_永遠の想いを、輝く星空にのせて(5500字) - 白き永遠の世界

なかひろ先生の前作である星空のメモリアについて、以前に“永遠性”というテーマで考察していますので、こちらではその対比として、本稿では「死生観」というテーマにより重点を置きながら進行します。
そして、その死生観を通して、想いの「永遠性」というもう一つの大きなテーマもまた浮かび上がらせようと思っています。

さらに“死”と“永遠”という相反しながらも、同時に観念的な2つの大きなテーマを浮かび上がらせるために、「自我・他我論」ならびに、「他者論」というサブテーマも設定したいと思います。

雪々という少女がなにに悩み、苦悩していたのか。彼女の本心をお伝えできたらいいなと思います。一生懸命頑張りますので、よろしくお願いします。


※画像の著作権は全て、有限会社FAVORITEに帰属します。

















結ばれても、ほどける運命を唄う


儚く舞う白い花が
いつの日か世界に咲くまで
会えなくても信じる運命(さだめ)を唄うよ
この場所で

氷の中咲く花は
いつかで会うその日まで

ひとり 唄うよ


――雪々(雪のエルフィンリート_3番)

雪々がプロローグからここに至るまで唄っていた印象的なこの歌。まずこの歌に込められた意味と、雪々の心象とはどのようなものなのでしょうか?

その意味は独りの寂しいという想いであり、雪々はその想いを乗せてこの歌を唄っています。

しかしここでのその歌の意味は、プロローグでの意味とは異なる意味も加わっています。
それは二人は一緒にいてはいてはいけなかったという、その運命という意味が加わっています。

独りは寂しいという想いに加えて、独りにならなければならないという二つの相反する想いが、ここでの雪々にはありました。

だからこの歌は、雪々が独りの歩んでいく運命として唄われていました

そして雪々はどんなに想いが結ばれたとしても、離れてしまう運命(さだめ)を歩んでいくことになります。

想い出は降り積もる。
夢から覚めると、それは儚く消えてしまう。
雪は積もることなく、人の心に溶けてゆく。
妖精の想いが届くことはない……。
妖精と人は重ならない。
つながりたいと願っても――――

だから、冬の妖精は見上げている。
今日もまた、透き通った青空から、真っ白な雪が舞い降りている。
わたしは思い返している。
初めて彼と出会った日。
わたしはこの時計台を見上げていた。
今と同じく。

いや……。
すべてが同じというわけじゃない。
その頃と違い、雪はもう積もっていない。
たとえ冬が続いても、それは本来の姿をしていないのだ。

「それでも、もうすぐ……」

あの日、なぜ彼はわたしに声をかけたのか。
なぜ彼は、このわたしを見つけてくれたのか……。
そんな彼だから、わたしは友だちになりたいと思ったんだろう。
彼と一緒に遊ぶのはとても楽しかった。
一人よりも二人のほうがうれしいのだと教えてくれた。

だけど……。
だけど、あとで知った。
大きな秘密を知ってしまった。
わたしは、本当は、彼と友だちになってはいけなかったのかもしれない……。

「りっくん……」
「ゆきゆきは、変わってないよ……」
「だけどりっくんは、変わっていく……」
「だったらゆきゆきも、変わらないと……」
「りっくんのために、変わらないとって思うんだよ……」

時計台の鐘が鳴る。
わたしはまだ見上げている。
雪は降り続いている。

風の冬が過ぎ、剣の冬が過ぎ。
そしてついに、狼の冬が始まる――――


――雪々(グランド√プロローグ)

ここでの雪の意味についても考えてみます。
ここでの雪は想い出であり、そして雪々の想いそのものでもあります
なぜ雪が積もらずに人の心に溶けていくのかというと、ここでの雪=想い出だからです。

雪々の心には一緒にいたという想い出がありますが、その想い出は心の中だけのものであり、現実世界では一緒にいられない運命を唄っていました。

だから想い出は現実に積もるのではなく、ただ心に降り積もると書かれています。そしてそんな夢のように儚い想いは、目が覚めるように現実世界に目を向けたとき失われるから、心の想い出=夢と例えられているのです。

この作品における雪は観念的なものであり、雪々の心を反映しているものであるからこそ、雪=想い出という表現を暗示して描かれているということをまず示しておきます。


雪が現実に積もらないように、想いもまた届かず、重ならないーー。
そんな降り積もらない雪のように、雪々の秘めた想いは気づかれることなく二人がすれ違ってしまう運命を描いているのです。

想い出は優しく、そして悲しいから、この心に降り積もる雪は”優しくて悲しい雪“という想いがここでは描かれています。


降り積もらない雪=想い出であるという表現の意味の次に、雪々の“わたし”“ゆきゆき”の意味も解釈したいと思います。

この二つの一人称の違いは、“ゆきゆき”という昔から変わらない想いと、“わたし”という変わっていく今の想い、2つの「想い」を表しています。

まず、“わたし”とは再会して変わってしまった雪々が自分をそう呼んでいたように、変わってしまった雪々とその想いを表しています。

“わたし”が時計台を見上げるのは雪々の不変を望む想いからーーすべてが同じではない今、変わってしまった陸や自分の気持ちに寂しさを抱きながら、不変の象徴である時計台に羨望の眼差しを向けていました。

そこには、この異質な雪をもうすぐなくしたいという強い想いに、想い出がなくなるという寂しさから来る儚い想い。
そんな二つの無くなることで変わってしまうものへ向けられた、“わたし”と“ゆきゆき”というそれぞれの雪々の想いがあります。


次に、“ゆきゆき”とは、昔からの自分の呼び名であったように、雪々の(どれだけ変わったとしても)変わらない想いを表しています。

“ゆきゆき”は変わってない……それは想い出は大切なまま変わっていないということ。
それは幼少の雪々の一人称が“ゆきゆき”であったことから、想い出のことを強く暗示しています。ゆきゆきは想い出と同じように、ずっと陸と一緒にいたいという想いを持っていました。

しかし陸は変わっていく……それは陸にとって想い出が大切なものではなくなっていくということ。
変わってしまった雪々は、陸と一緒にいてはいけなかった。そして陸も変わってしまったから、昔の想い出のように雪々と一緒にいようとはしない。

だから雪々も、陸のために想い出に縋らずに生きていくーーそれが“わたし”の変わるという決意です。


雪々は変わっていくことになりますが、時計台をまだ見上げているのは、雪々はまだ消えない――存在はまだ変わらずここに在りたいと願っていたからです。

雪が降り続くのも、雪々の存在がまだ確かにここにあるということを示しています。
そのために彼女は、変わってしまう三年目の雪で、変わらずに存在することを望んでいました。
それは、雪々は三年の冬を通して、やり遂げたいことがあったからです

では、雪々がやり遂げたいと願ったことと、その本心は一体何だったのでしょうか。









死と罪悪意識の観念論


「その後、雪ちゃんはキミと別れることになった」
「雪ちゃんは、すごく落ち込んだ……」
「私の前では明るく振る舞ってたけど、それが逆に痛々しくて見てられなかった」

「だから私は、雪ちゃんを慰める意味で真実を教えた」
「榛名陸という男の子は、私たちが死なせてしまった人の子どもなんだって」
「だからもう、会わないほうがいい。忘れたほうがいい」
「この別れは、必要なことだったんだって……」

「…………」

「雪ちゃんにとっては、それがいいと思ったんだ」
「キミのことを忘れてくれれば、哀しみも溶けてなくなると思ったんだ」
「だけどそれは、間違いだったのかもしれない」
「私は雪ちゃんに、よけいな罪を背負わせてしまったのかもしれない……」


――幸(グランド√)

幸が陸に対して抱く想い、それは父親を死なせてしまったという負い目であり、罪悪の意識です。そしてその死に関わってしまうことになった雪々もまた、彼に対する罪悪の意識を抱いていることになります。

ここでの罪悪意識とは何でしょうか?その意識は、常に他者との間で発生する観念的な意識です。
つまりここでの罪悪意識とは、他者が存在して初めて成り立つ、自己の観念的な概念です。ここでは罪悪意識は負い目という形で、常に他者の存在が介在しています。
だから白羽幸の罪の意識は、陸という相手がいるからこそのものであり、陸のことを想っているからこそ、罪の意識もまた強く感じられるものになっています。

雪々もまた陸と友達であったために、同じく罪悪の意識を抱いてしまっていました。何も知らずにいた雪々が知ったのは、そんな死に関わっていた罪深さでした。
(そしてこの罪悪意識は、雪々の“変わった”想いの根源であり原因でもあります)


そして陸に対して罪悪の意識を抱くことにより、雪々の心は観念的に「死」んでいる状態へとなっていきます。









観念的な死


「雪ちゃんは最初、ウソをついた……」
「だから本心では、俺を姉さんに合わせたくなかったんだよな?」
「姉さんは俺に対して、負い目を感じていたから」
「俺の父親を、姉さんたちが死なせたから……」
「…………」

だからきっと、雪ちゃんもまた俺に負い目を感じている。
雪ちゃんは一時期、俺と一緒に遊ぶことを拒んでいたのだから。

「もしそうなら、誤解だ。能力の暴走は事故なんだ。誰も悪くないんだよ」
「だから、なにも気にすることはないんだ。姉さんだけじゃない、雪ちゃんだって……」

この言葉を一刻も早く伝えたかったから、俺はこうして雪ちゃんと会っている。


「……シラハは昔から、りっくんに会いたがってた。だからゆきゆきも、りっくんを案内することに決めた」
「ほんと言うと、もっと早く会って欲しかった」
「三人で一緒に遊んでみたかった……」
「一人よりも二人のほうが楽しかったから……」
「三人で遊ぶのは、もっと楽しいかもしれないから……」

「だけどシラハは、外を出歩けなくて……」
「そのうちにりっくんは、いなくなって……」
「それからシラハは、眠っちゃった……」
「全部、ゆきゆきのせいなんだよ……」

雪ちゃん……?

「なにを、言って……」

「ゆきゆきは結局、なんにも知らなかった……」
「何にも知らないくせに、勝手に遊びまわって、りっくんとシラハを困らせちゃった……」
「二人は、ゆきゆきを助けてくれたのに……」
「シラハのおかげで、ゆきゆきは自由に歩き回ることができた……」
「りっくんのおかげで、ゆきゆきは誰かと遊ぶ楽しさを知った……」

「だから今度は、ゆきゆきの番……」
「ゆきゆきが、二人を助ける番なんだよ」

「雪ちゃん……?」

雪ちゃんの姿は闇に溶けた。
再び探しても、もう見つけることはできなかった。

「なんだよ、これ……」

この違和感はなんだ。
この焦心はなんなんだ。

「なんでこんなに、食い違ったんだ……?」

――雪々、陸(グランド√)

雪々には罪悪という意識がありました。しかし雪々が陸に対して抱いていたのは、罪悪だけではありませんでした。そんな小さなすれ違いは、ここで大きな違和感や食い違いとなっています。

ここでの雪々は他者とのすれ違いが決定的なものになることで、死に近い感覚が強く表れてしまいます。つまり他者への罪悪だけではなく、誰かとのすれ違いもまた観念的な「死」なのです。

人の気持ちは、わからない。
それなのに、理解したいという欲求は尽きない……。


――陸、雪々(琴里√)


なぜ、確保しなければならなかった能力者が、逆に減っているのだろうか……。

「いいえ……能力者だけじゃないわ」

この研究所に勤めていた多くの研究員もまた、美晴に同行していったのだ。
それは部下が、白羽よりも美晴を選んだに等しかった。

「心理学なんか学んでも、人心を掌握することはできないのね……」


――白羽(グランド√)

他者の心を理解したいと思うのは、それは生きたいという心からの願いがあるからです。しかし心とは、決してわからないものです。

白羽は心理学により、他者の心を理解していました。しかし他者の心理を理解はできても、掌握はできませんでした。それは他者の心は理解できても、それが心のすべてではないということになります。それは人の心は、完全には理解できないということです。
他者の心が離れて失っていったことで、それがここでの白羽の他者とのすれ違いを表しています。

心理学を通した他者の理解では、他者の心を得られませんでした。それは心を確実に得られる方法がないということでもあり、他者は離れていくばかりです。

そして心は確実に得られるものではなく、すれ違いが起こってしまうために、雪々の「死」の感覚は広がるばかりです。









自我・他我論的な死生観解釈

ここでたびたび登場する「死」とはどういう意味でしょうか?もちろん物理的な死という意味ではありません。では死とは何かを意味するのか?という本題に入る前に、まずはこの作品が用いている迷子という意味から始めたいと思います。

本作において迷子とは、孤独な心の状態のことを言っています。孤独であることにより、寂しいと思う心象だとも言い換えられそうです。

孤独で自分が見出せないから見つけてもらいたい。自分が見出せず、そんな心においての居場所を見つけられず、心が彷徨っているような感覚が迷子という意味です。だから迷子とは道に迷っているというような意味ではなく、そうした行き場所のない心の状態を表しています

では迷子であることと孤独であることは、どのように死の感覚とつながるのでしょうか。その関連をつなげていくために、迷子と孤独についてもう少し深く切り込んでみます。


彼女はなにを思って、僕に見つけてほしいと願うのか。
その思いは、もしかしたら、僕と同じなのだろうか。

僕は、いつだって誰かに見ていてもらいたかった。
でないとこの世界で独りになった気がして辛かった。

今はこんなふうに、雪ちゃんが僕を見ているから、寂しさとは無縁だった。
これまでずっと、誰かとのつながりが欲しかったんだろう。


――雪々、陸(Episode3)

世界に独りになったような気がしたとは、どういう意味でしょうか。このことが言い表しているのは、ただ単に孤独という事実を示しているわけではなく、孤独によって世界に独りになったような感覚のことを示しています。

では世界に独りになったような感覚とは、どのような感覚なのでしょうか?
ここでは心を自我と置き換えて、「自我・他我論」的な解釈を行います。

まず自我は、誰か(=他者)が存在してはじめて視点(=自分を見てもらえること)を得られ、自我として世界に確立されます。

誰かが見てくれなくて、自我が希薄になると、自分が世界に存在するのかさえ分からない気持ちになるーー
そのような世界と自分の存在が曖昧になるような強い孤独に対し、自我・他我論における「世界に独り」とは、誰かを感じられない世界で、自我や感情は薄くなり、自分や世界の存在が曖昧になることに対して、寂しさや孤独が浮き彫りとなることが、“自我・他我論における世界と孤独“に対する考察です。

つまり嬉しい、楽しいというような自分の感情が世界に存在し、自分がこの世界に存在するという実感があるのは、常に誰かがいてくれるからなのです

ある日に気づいた。
たぶんそれは、彼との出会いがキッカケだった。

……一人よりも、二人のほうが楽しいんだ。
……一人で遊ぶよりも、二人で一緒に遊んだほうがうれしいんだ。

知らなかった。
彼から初めて教わった。

ー中略ー

だけど今はもう遊び相手がいないから、遊び道具だったはずの白い雪は、ひたすらに冷たいだけで。


ーー雪々(プロローグ)

雪々は一人でいるより、二人でいると嬉しくて楽しいという感情を彼から教わったと言っています。雪々が誰かと一緒になって初めて嬉しい、楽しいという感情を知ったように、自我(≒感情)は、前提として他者の存在がないと世界に存在しません。
世界にまず自分がいるのではなく、他者により初めて世界の中に自我(と感情が存在するということ)を見いだせるという考え方です。

そこから世界に独りの感覚とは、他者と自我が交差することのない世界で、独りの歌声がただ拡がるように――――自我は世界へ無限に拡散するだけのような、自我が無に等しくなったような感覚です。
他者を求めてしまうために、世界へと広がり拡散する自我に、個体としての小さな自己には荷重となる息苦しさ――――それが自我という観念的な考えから見た、世界に独りになったような感覚です。

それは誰かと心が通じあっていないと、まるで世界に誰もいないような寂しさと、強い孤独を感じてしまう感覚なのでしょう。雪々がずっと抱えていた寂しい想いとは、このようなとても強い孤独でした。

そして雪々は誰かと一緒にいる嬉しさと楽しさを知ると同時に、一人の冷たさと寂しさを知っていました。その感情もまた、誰かと一緒にいるあたたかさを知ったからこそ同時に得た感情でした。誰かと一緒にいないと、寂しいという感覚さえ雪々は知らなかったのです。


本題に入りますが、その感覚は死の感覚でもあります。
他者の無き世界で無に等しくなった自我には、生の感覚はあるのでしょうか。誰の存在も感じられず、自分とその感情が存在しているのか、生きているかどうかさえもわからないような感覚の中......。他者の存在を感じられないために自分を見失い、そして他者に向けられる感情さえ希薄になり、感情が死んでしまっているのだとしたら、それは自我の死と何ら変わらないのではないでしょうか。

すれ違うこと、孤独であること、見つけてもらえないこと――――それは自我が常に、他者に向けられているということを意味しているように思います。

だから他者の感覚を得られないことは、生きていても死んでしまっているのと等しいということです。雪々たちにとって、そんな生きているという実感の得られない孤独は、まるで世界に独りしかいないようでとても寂しく、辛く感じたのだと思います。これが自我としての死です

そんな自我としての死が、ここで扱っている「死」の意味です。









永劫回帰の死生観


頭上の木の葉がざわめいている。
風もないのに揺れている。
雪ちゃんが眠ると、唯一の音になる。
その音を聞いているうちに、いつしか俺は、これは歌声だと思うようになっていた。
これは、誰の歌声なのだろう。

俺と雪ちゃんのほかに在る、第三の命。
ここを憩いにしたのは、偶然じゃないかもしれない。
木の葉の声に、耳を澄ますことにした。
そうすることで、やっと気づいた。

「ああ、そうか……」

キミだったのか。
俺と雪ちゃんに、声をかけ続けていたのは。

「雪ちゃんに似た、彼女……」
「姉さんと雪ちゃんも、似てるけど……。キミと雪ちゃんは、それ以上にそっくりだ」

それが、すべての答えだと思った。
雪原の真ん中で、彼女は唄う。
ひとりで。

いつから独りだったのだろう。
それは、俺や姉さんが抱えていた孤独よりも、遥かに永い時だと感じた。

「だから私は、せめて希望を託したかった」
「生きていたという、命の証を遺したかった」

「もうすぐ滅ぶ、この命……」
「ただ死ぬのではない……」
「私は、生きるために死にたかった――――」

「そんなときに出会ったのが、彼女だった」
「私と同じ願いを抱く、白羽幸という少女だった」
「少女は、友だちを欲していた」
「私もまた、私の命を継いでくれる者を欲していた」

「独りは、嫌だ」
「早く誰かに見つけて欲しい……」
「そんなふうに、同じ願いを抱く少女になら、私は託せると思った」
「新たに生まれた真っ白な命」
「その子は、雪々と名付けられた」

「孤独とは無縁の意味が込められた名前だったのに、雪々もまた私たちと同じように独りだった」
「だけど、出会うことができたようだ」
「私が、白羽幸と出会ったように」
「共に歩んでくれる命と」
「出会いがあって初めて、春を呼べる。絆があって初めて、仲間を作れる」
「つながりがあって初めて、新たな命は生まれる……」

「私は、命を増やしたかった」
「私は、種の存続を我が子に委ねたかった」


――???(グランド√)

雪々が独りを憂いながら唄うように、彼女もまた孤独に対して死を思いながら唄っていました。そんな彼女の言う「生きるために死ぬ」とはどういう意味になるのでしょうか。その本質は、夕凪主任によって本編中にて解説されています。

「生きるために死ぬとは、どういうことか……」
「……どういうことなんですか?」
「利己的でいるために、利他的でいることだ」

「種には選別能力というものが備わっており、優れた細胞を残すために劣った細胞を殺すことがある」
「進化の過程では、利他的に自己を消去することで、利己的に他を生かすことが起こるんだ」
「それが、生きるために死ぬ――次世代につなぐという意味だ」


――美晴、コロナ(グランド√)

要するにここで言いたいのは、雪原の彼女は利己的であったということです。利他とは仮初めです。では利己的だとして、彼女の願いはなんだったのでしょうか?それは次世代へとつなぐ――――命をつなぐことです。

永続的な時間上で連綿と紡がれる生命の中で、命がひとつながりであるのならば、その命は永遠の生を生きているとなるのではないでしょうか。
だから彼女はこの連綿とした生命の中の一つとなることで、永遠の生の中を生きるために死にたかったのです

小さな足跡を残しながら、母はまだ生まれていないわたしに語りかけていた。
まるで歌声のように聴かせてくれた。

「この星は、もうすぐ滅ぶ」
「だけど、この命は終わらない」
「永遠とは、次代につなぐことで生まれるのだ」

「だから、もし叶うのならば、私の娘に継いで欲しい」
「この、白き永遠の夢を」


――???(グランド√)

このような永遠を仮定した生命観を、なんと呼べばよいのでしょうか。それは次へとつながれ永遠となる、そんなとあるルーンから、こんな名称で呼ぶのがふさわしいのだろうと思います。

一夏の特化型能力である、回帰能力――――
それは、消失と再生を司る能力。

―中略―

消失と再生。
生まれた能力を、失ってしまうこと。
その意味をどの能力者よりも知っている。
夕凪一夏という少女は、能力の本質を最も理解している能力者だった。

「失うというのは、還すこと……」
「還すというのは、寄り添うこと……」
「寄り添うというのは、つなぐこと――――」


一夏(グランド√)

命とはやがて尽きて、失われてしまいます。しかし次の命へとつながれることは、再生ということになります。
そうした回帰することで、永遠となるような生命観は、永劫回帰の思想へと回帰しているのではないでしょうか。

永劫回帰とは経験が一回限り繰り返されるという思想ではなく、超人的な意思によってある瞬間と全く同じ瞬間を次々に、永劫的に繰り返すことを確立するという思想です(Wikipedeiaより)。
永劫回帰は無限に繰り返される事象を肯定することで、ただ現在のその在り方ーーーーつまりただ私が生きているだけで生の価値はあるとされ、生への圧倒的な肯定となります。彼女は自身の生を、この永劫回帰により力強い肯定をもっていました。

神話に登場するウロボロスという空想上の蛇がいます。ウロボロスは自らの尾を噛み、始まりと終わりのない無限の象徴として、この宇宙の成立と連関されます。
宇宙が始まりと終わりのない円環構造を形成するように、遠い惑星に存在していた彼女は、自身の命もまた永劫回帰であるために永遠だと考えていました。

「だけど、いくら訴えかけても、我が子は最後までそれを選ばなかった……」
「その結末は、私にとっては悲願の夢でも、我が子にとっては悪夢のようだ」

「この子は、優しい」
「私ではなく、白羽幸に似たのだろう」
「キミの影響もあるのかもしれないな」
「この子はきっと、幸せ者だ」
「我が子が幸せであれば、私も納得できるだろう」
「良い夢を、ありがとう」
「できるなら、この子の夢も、叶えて欲しい」


――???(グランド√)

しかし雪々の死生観は、母とは違ってそのような永劫回帰としての死生観ではありませんでした。夕凪主任の言葉に対応させるなら、雪々の死生観は利他的でいるために、利己的でいるということです。それが、優しさということになるみたいです。
雪々は、誰かが幸せになれると、自分も幸せだと感じられるような想いがありました。それは自分が自分でいたい、心が心でありたいために、みんなにはいなくなって欲しくないという雪々の気持ちでした。

そして雪々の死生観が永劫回帰としての死生観ではないのなら、いったいどんな死生観を持っていたのでしょうか?それは先ほど登場した、自我.・他我論としての死生観です。
複雑なので単純に言い換えると、前者は物理的な死生観なのだとしたら、対して後者は観念的な死生観ということでもあります。

雪々の母の生命観は、一連の流れを持つ体系的かつ総体としての生命観で、雪々にとっての生命観はたった1つの個体としての生命観ということになります
永劫回帰としての死生観は、雪々の母はそのようなたくさんの生命の中で生きたいということです。そして自我・他我論的な死生観とは、雪々はたった一つの命として輝きたい、そして生きたいという願いを持ってしまっていたということです。

母の望みは雪々の想いとは違いましたが、そんな雪々のたった1つの想いは、雪々の母の願いさえ変えてしまいます。一人よりも二人でいることを望んだ母は、大好きな人といられる雪々の幸せに納得してしまいました。
母にとって想いを繋ぐことが、いつしか良い夢だと感じるようになり、雪々のために叶えたい想いになっていました。



母からもらった、果てしない夢。
わたしが叶えるべきだった。
だけど、無知で無垢だったわたしは、母の夢を知るよりも先にほかの希望を抱いてしまった。

母が望むように、一人で遊ぶよりも、二人で一緒に遊んだほうが楽しいけれど。
大好きな彼と遊べたら、もっとうれしい。

妖精と妖精が仲良く暮らすだけじゃない。
妖精と人間だって、仲良く暮らしてほしいんだ。
だから、命をつなぐためにほかの命を途切れさせるなんて、あってはならない。


――雪々(グランド√)

感情とは、心があるから生まれるものだとします。そして感情とは、誰かがいてくれて、一緒にいることで初めて知ることができます。嬉しい。悲しい。寂しい。――――それらの感情は全て、誰かの存在が前提としてあります。そうして心に感情が生まれることで、確かな心として世界に現れます。

そんな人がいてくれるから、自分も生きている感覚がもらえる...。だから、その人にいなくなってほしくない。その人には死んでほしくない、生きてほしい。雪々は自分の命をつなぐために誰かの命を途切れさせることを選ばなかったのは、誰かがいないと生きた実感が得られないから――――心から生きたいという願いからでした。だから雪々が命を途切れさせるなんてあってはならないと思うのは、誰かから感情をもらうあたたかさを知ったことで、命を繋ぐことよりも、想いを繋いでいたかったからです。

雪々も母と同じく生きるために死のうとしていましたが、その本意は物理的だった母とは真逆の、自我・他我論的な――――いわゆる観念的な想いがありました。

「ゆきゆきが生きて、りっくんが死ぬよりも……」
「ゆきゆきが死んで、りっくんが生きてくれたほうが、ずっと幸せなんだから……」


「ゆきゆきがこうなるのは、最初からわかってたことなんだよ……」
「なにも変わらない……普通ってこと……」
「だから、そんな顔、しないで……」
「りっくんが辛そうだと、ゆきゆきも辛いんだよ……」
「りっくんが笑っていたら、ゆきゆきだって笑顔でいられるんだよ……」

「だから、お願い……」
「ゆきゆきが、りっくんを見て、笑顔になれるように……」
「りっくんも、ゆきゆきを見つけたら、笑っていて欲しいんだよ……」


――雪々(グランド√)

雪々のこのような、想う人が幸せだったら、わたしも幸せだと実感できる想い。それが利他的であるために、利己的であるということの表す意味です。
雪々は自分が生きている実感を得たいから、自分にとって大切な相手である陸に生きて欲しいと願い、自らがたった一つの命として生きたいがために、死を望んでいたのです









自己否定から広がった死の感情

「雪ちゃんは、迷子の人じゃなければ見つけられない。陸くんも知ってるよね」
「じゃあ、その理由を考えたことはある?」

俺は、うなずけない。

「たぶんね、それは、雪ちゃん自身も迷子だからだよ」
「雪ちゃんの迷いを共感できる人――その資格を持つ人だけが、見つけることができる」

「だから、雪ちゃんはいつだって迷っていた」
「いつだって悩んでいた……」
「雪ちゃんは、もう誰にも能力を渡したくないって思って、一度は隠れようとして……」
「きっとそれが、雪ちゃんの迷いで……」
「…………」

「私たちはまだ、雪ちゃんを助けていない」
「雪ちゃんの本当の迷いに気づいていない」
「陸くんが今、雪ちゃんを見つけられないのは、雪ちゃんの迷いに共感できないせいかもしれない」


―ー幸(グランド√)

雪々の生きるために死にたいという想いや迷いは、どこから来るものなのでしょうか?それは、自己否定という感情からです。

「姉さんは、気づいてるんじゃないか?」
「雪ちゃんの本当の迷い」
「雪ちゃんの悪夢に……」
「…………」

俺には今、最悪な予感があった。
それは確信に近かった。
姉さんはまだ、俺に話していない事実がある。
最初は、共感能力ですべてを教えてもらったと思っていた。
そうじゃなかったんだ。

共感能力は隠し事ができなくても、誤解が生まれることはある。
姉さんの言葉が、俺に正しく伝わっていなかった。
なにかがすれ違っていた……。


――陸(グランド√)


「隠してたってわけじゃないんだよ。ただ、どう言っていいのか悩んじゃったていうか」
「下手をしたら、キミに背負わせてしまうから」
「過去、私が雪ちゃんに、罪を背負わせてしまったのと同じで」
「キミにもまた、背負わせてしまいそうだったから……」

「出会った彼女もまた、哀しみに満ちていた」
「友だちが欲しい、誰かに自分を見て欲しいと願う、幼い私とおんなじだった」
「だから私は、彼女に共感した」
「彼女もまた、私に共感してくれたんだと思う」

「そのときの彼女は、今の雪ちゃんとは別人のようだった」
「もしかしたら、姿がそっくりなだけで、雪ちゃんじゃなかったのかもしれない」

「その彼女に、言われたんだ」
「新しい命を授ける代わりに、キミの身体を貸してほしい」
「友だちを与える代わりに、私の命が欲しいって……」
「私はそれを、受け入れた」

「理解はできなくても、納得はできたんだ」
「月と狼が出会ったとき、どうなるか……」
「寂しかった狼は、月を食べる狼のように、私の命を削ることで生きていけるんだろうって……」


――幸(グランド√)


共感とは心の理解というよりは、心で納得できることだと言われています。それは共感は心のつながりということですが、納得する部分が誤解からすれ違うことも起こります。
ではこれまでの雪々と陸との決定的なすれ違い、そして陸と幸のすれ違いとは何だったのでしょうか。それは今度は、物理的な意味での死でした。

雪々が生きるだけで、ほかの人の命が削られてしまいます。雪々にとって、それこそが悪夢でした。大切な人(の心)を失ってしまった世界では、雪々は生きていますけれど、その瞬間生きている実感は失われ、雪々の心は死んでしまいまいます。それが苦しいのです。

大切な人には生きて欲しい、生きて幸せになって欲しい。だから雪々は、そんな自分の想いを生かすために――――生きるために死にたいと願っていました。



「能力は、人にとって負担が大きいこと……」
「だから、ただでさえ身体が弱かったシラハは、眠りに落ちてしまったこと……」
「全部、ゆきゆきのせい……」
「ゆきゆきがシラハと友だちにならなければ、シラハは能力者になることはなかったんだから……」

―中略―

「ゆきゆきはもう、人と触れあうことはしたくない」
「争いごとを、少しでも減らしたい」
「こうやって姿を見せてるだけで、また誰かを能力者にしてしまうかもしれないから」

「ばいばい、シラハ……」
「ばいばい、りっくん……」
「ゆきゆきはもう、誰とも仲良くなりたくない……」
「独りでかくれんぼしてたほうが、ずっといい……」


――雪々(グランド√)

自分がいるから大切な人の命が削られる。自分がいるからみんなに迷惑をかけてしまう。そして自分の存在が、みんなを不幸にしてしまう。自分の全てが嫌で嫌で、そんな自分のなにもかもを否定してしまいたくなる感情こそ、自己否定と呼ばれるものでしょう
雪々は、自分の存在だけではなく、自分のその想いの存在さえも否定してしまいます。だから雪々は独りになりたい、いなくなりたいと思うようになってしまっていました。大切な誰かのことを想うとき、雪々は自己を肯定することができなくて苦しんでいました。

雪々が誰とも仲良くなりたくない、そして独りのほうがずっといいと思ったのは、大切な人たちの苦しみが雪々自身の生きることへの苦しさにつながるから、みんなと離ればなれの孤独を望んでいたからです。

雪々の生きるために死にたいと願う想いは、そうした自己否定の感情から生まれているものです

「ゆきゆきは、ひとりぼっちは嫌……」
「でもそれは、みんなも同じ……」

「ゆきゆきのせいで、みんなが独りになる……」
「りっくんが、独りになる……」
「そっちのほうが、嫌……」
「そんなのは、もう嫌なの……」


――雪々(グランド√)

雪々は自分の心が、自分として生きるために死を選択しています。しかしそれは、生きるための想いだったはずですが、それは心の死でもあります。

他者無き世界では、自我は広がって拡散し希釈され無と等しくなります。しかし他者を前に、自我を押しつぶしてしまうこともあります。本心を隠してしまうことは、心を押しつぶすということであり、それも結果的に心を死しなせてしまっているのと変わりません。
雪々は生きたくて死ぬことにしましたが、生きたいと願ったはずの雪々は心を死なせてしまっていました

だから雪々は、心から生きるために孤独を選んだはずですが、雪々の生きることを願った心には同時に死が存在していました。
雪々は心が死んでしまうような孤独は寂しくて、辛くて、耐えられないから。雪々はそんないつの間にか死が溢れていた心を消失させたくて、物理的な死をも望んでいたのでしょう。

「もう、平気だよ。りっくんがそばにいるから、大丈夫になったんだよ」
「雪ちゃん、なんで体調が悪かったんだろうな。カゼとかじゃないと思うけど……」
「……怖かったからなんだよ」

「そのときに、怖い夢を見たから……」
「自分が、自分じゃなくなる感じで……」
「ゆきゆきは、変わりたいって思ったけど、怖い感じに変わるのは嫌なんだよ……」

俺は、震える彼女の手を強く握る。

「まだ、怖いか?」
「さっき言ったとおりだよ。りっくんと一緒だから、なにも怖くないんだよ」


――雪々、陸(グランド√)

怖い感じに変わるというのは、どういう意味なのでしょうか。雪々は自分が生きることで、誰かの命が削られていくことを知りました。そのことを知った以上、雪々は変わらないことは選ぶことができず、変わるしかありませんでした。

雪々が変わろうとしていたのは、大切な人が幸せになれるように、笑顔であれるように変わりたいと願っていました。雪々は自らの死を選び、そして大切な人には生きてほしいと送り出せるように変わりたかったのです。

しかし変わるというのは、それとは真逆に変わることもできてしまいます。それは雪々が生きて、ほかの人が死んでいくのを受け入れられるように変わることです。
誰かの死の上で生きていくこと、誰もいない孤独でも心が生きられるように変わること。雪々にとってそんなふうに自分の心が変わってしまうことは、自分が自分ではなくなるようで恐怖していたということです。

なので雪々は自己否定をすることで、自分を保とうと考えていました。だからここで陸と一緒だから怖くないというのは、他者のぬくもりに接しているから、そのぬくもりを失いたくないと思えるからでしょう。
大切にしたい人のぬくもりやあたたかさを感じているから、雪々は誰かの死の上に生きることを選ぶことはできず、自分のままでいられる。そんな安心があったのだろうと思います。



「ゆきゆきは、なにも知らない子供じゃなくなった」
「りっくんと出会ったばかりの頃のわたしとは違うんだよ」

雪ちゃんは自分をわたしと呼ぶことで、それを強調した。

「りっくんが成長したように、わたしだって成長した」
「変えたくなかったりっくんとの関係だって、変わったって思うんだよ」
「友だちから恋人に……」

そう思ってくれるなら、その変わった関係を今度は大切にしていきたい。
だけど雪ちゃんは、俺の願いとは逆の言葉を口にした。

「だからわたしは、りっくんと別れなきゃいけないって思うんだよ」
「雪ちゃん……」

どうして……。

「わたしは、時計台を見上げる理由も変わったよ」
「りっくんと出会う前のわたしは、時計台が鐘を鳴らし続けるように、いつまでもこの冬が続けばいいと思ってた」
「りっくんと出会ったあとのわたしもやっぱり、いつまでもこの冬が続いて欲しいと思ってた」
「春を迎えてしまったら、りっくんとお別れになってしまうから……」
「…………」

「そして今のわたしは、早く春を迎えて欲しいと思ってる」
「そうすることで、時計台の鐘のように、みんなの日常がいつまでも続いて欲しいと願うから」

「変わらないものなんて、この世界にはないのかもしれないけど……」
「やっぱり、変えたくないものはあるんだよ」
「わたしは、変えたくないものを守りたいから、りっくんとばいばいすることにしたんだよ」


――雪々(グランド√)

雪々は自分の存在について、知ってしまったから変わるしかなかったように、時計台を見上げる理由も変わりました。

幼少期の雪々は一緒に遊べるこの時間が変わらないで欲しいと願っていました。それは雪々の一緒にいたい、ここにいたいという願いにほかなりません。
今の雪々は自己否定――――自己の存在を否定する感情から、一緒にいたいという願いを、みんなのいる日常を変えたくないという願いへと変わっていきました。自分の存在がみんなの日常を奪い、変えてしまいます。だから雪々は自己否定をして変わろうとすることで、変えたくないものを大切にしたいと願っていたのでした

雪々は怖い感じに変わるのではなく(=他者犠牲の上での自己肯定)、変えたくないもの(=みんなの日常)があるから、変わること(=自己否定)を選んだのです。

雪ちゃんはほほえんでいる。
どうして笑っていられるのか、俺にはわかった気がした。

「悲しい冬は、もう終わる」
「優しい春を、もうすぐ迎える」
「シラハが教えてくれた、優しいお話のハッピーエンド」
「争いはなくなって、平和が訪れてくれる」
「ルーンはなくなって、みんなが笑顔になってくれる……」

「この星にルーンが広がったのは、わたしが生まれ落ちたから……」
「ルーンは人を幸せにするどころか、不幸にするだけなのに……」
「りっくんも、シラハも……」
「ほかの人たちも、みんなみんな、この不思議な光のせいで不幸になっていった……」

雪ちゃんはまだ笑っている。
そんなふうにいつだって、精いっぱいの笑顔で。
決して悲しみを残さないように。
悲しい別れにならないように……。


――雪々(グランド√)





「お腹いっぱいになったら……眠くなってきちゃった……」
「寝てていいよ。おやすみ」
「歩くのは、元気になってからでも遅くないんだから」


雪ちゃんは、瞼を閉じた。
返事もないまま。
寝息すら聞こえない、静かな眠り。
あまりに穏やかで、もう二度と目覚めないんじゃないかと、そんな恐怖が押し寄せた。


――雪々、陸(グランド√)


やがて死に包まれた雪々は、死を願い、こうして世界から目を閉ざしています。







雪々の本心


雪ちゃんとは、なんなのか。
雪ちゃんの正体とは、なんだったのか。
なぜ、気づかなかったのだろう。
なぜ、雪ちゃんの能力に気づくことができなかったのだろう。
なぜ、能力者の誰もが気付くことを許されなかったのだろう――――


俺たち能力者にとって、いつからか身近になっていた、雪ちゃんという存在。
だからなのだろう。
あまりにも近すぎて、気づけなかった。

春を迎えることで、失われるものが何なのか。
本当になくしてしまうものが、なんなのか……。

「ウソだろっ……」

なんで、こんな……。

「俺は、なんでこんな時期になるまで気づけなかったんだっ……!」

だからこその共感能力。
解くことが難しい、優しい魔法……。

「なんで雪ちゃんは、言ってくれなかったんだよ……!」

わかりきっている。
誰も悲しませたくないからだ。

ようやく普通の日々を過ごせるようになった、姉さんの邪魔をしたくないからだ。
春を迎えるとは、そういうことだ。
能力を失うとは、そういうことだ……。


――陸(グランド√)

共感には隠し事はできないけれど、誤解が生まれてしまうこともあると言われていました。では雪々の抱えていた辛さや苦しさは隠し事であったのかといわれると、そうであったともそうでなかったとも言えそうです。

雪々はみんなに対してずっと苦しい想いを抱えていて、そのことをずっと言ってくれなかったのは、隠し事をしていたとも言えます。しかしそれだけではなく、雪々にとってその胸の苦しさは、同時に迷いでもありました。
雪々は迷っていたから本当の想いを伝えることができず、そこから誤解が生まれて、すれ違いが生まれていっていました

雪々はみんなに生きて欲しいから、そんなみんなが生きてくれたら幸せだから、そこに迷いを抱えながらも、自らの死を選ぼうとしているのです。
たくさんの迷いを抱えながらも、みんなに生きていて欲しい、幸せになって欲しいというのも雪々の本心なのは確かですから、その優しさにみんなは共感していました。

しかし、その優しさに共感したからこそ、その裏返しにあった雪々の迷い。それは優しさと一緒にある近くにあった想いだったから、共感はできていたけれど、近すぎて見えていませんでした。

雪々の優しさは苦しさの上に成り立っていたからこそ、優しさもまた苦しさと同じくらいの本心でした
優しいから苦しい。苦しいから優しい。この二つの想いは近すぎるほどに重なっていたからこそ、ただ1つに共感できただけで、雪々のすべてに共感できたように思えてしまったのです。

そしてもう1つ、みんなは雪々と心の距離が近すぎたからこそ、共感できていたつもりになっていたということでもあります。
だから雪々の本心は、見えていたつもりになっていたから、みんな見ていませんでした。

「妖精と人間が、仲良く暮らす……」
「だけどそれは、長くは続かない。いつかは滅びを迎えてしまう」
「争いが起こって、どちらかがいなくなってしまう」
「だって、妖精と人間は、違うから」
「生まれた星が違うから……」
「星にはきっと、その星にふさわしい命が必要なんだよ」


「わたしも、同じだったんだよ」
「わたしにとって、この星はあたたかい……」
「春はとってもあたたかい……」
「独りで生きるには、難しいくらいに……」
「あたたかさに慣れてしまって、誰かのそばにいないと、寒くて凍えてしまうくらいに」

「だから……」
「もう、りっくんとは、お別れ」

雪ちゃんの姿が薄らいでいく……。

「今度こそ本当に、お別れ」

俺の目の前で、溶けるように消えてしまう……。

「待ってくれよ、雪ちゃん……」

まだこうして出会えてから、ほとんど時間が経っていない。
雪ちゃんはもう、それくらいの体力しか残っていない。
いくら眠っても、回復することがない……。

「りっくん、そんな顔することないんだよ」
「悲しい冬は終わるんだよ」
「この街はもうすぐ、桜で満ちることになる」
「笑顔で満ちることになる」


「ばいばい、りっくん」
「ごめんね……りっくん」
「ふたりで一緒に、歩けなくて……」

なぜ雪ちゃんは、これまでもこんなふうに、俺に対して謝っていたのだろう。
決まっている。
こうなることがわかっていたからだ。
諦めたくなくても、諦めるしかなかったからだ……。

『ゆきゆきは、諦めたくない……』
『妖精と人間が、仲良くなれること……』
『もう一度、信じてみてもいいのかな……』

雪ちゃんが遊ぶと、姉さんの命が削られていった。
姉さんが元気になると、雪ちゃんの体力が落ちていった。
だから、独りでは生きていけない。
誰かのそばにいないと生きていけない……。

たとえ、このまま自分の命が尽きるとしても。
最後まで、俺たちのそばにいる。
少しでも、長く。
それが、雪ちゃんが言った『もう一度信じる』という意味だったんだ。

「雪だるま……完成しなかったね……」
「でも……たとえ完成したって、春を迎えれば溶けてなくなる……」
「だから、これでいい……」
「これでいいんだよ――――」

雪ちゃんの姿が消えてしまう。
俺はとっさに手を伸ばした。
その手が、今はもう見えなくなった雪ちゃんに触れた気がした。


――雪々、陸(グランド√)

雪々は生きるために死ぬことを決意しましたが、それで雪々の心は死んでしまっているのと同じ状態になっていました。それは雪々が、ずっと本心を押し殺しているために心が苦しかったからです。そんな、生きるために死にたいと願っていた雪々の本心はなんだったのでしょうかというと、本当は誰かと一緒にいたかったのでした

雪々はを誰かの心のあたたかさに触れ、初めて自信が心から生きられました。楽しい、うれしいという、そんなあたたかな感情を知りました。
そんなあたたかいものを失ったら、以前よりもつらくて寒くて、凍えるような時間が待っています。誰かといられないと、心を見失ってしまいます。そんな死んでしまったような感覚は心が凍えてしまいそうだから。雪々はそんな独りの時間は耐えられず、だから独りでは生きていけないということなのでしょう。

だから雪々は、独りでは生きられない心を捨ててしまうために、自ら死ぬことで心を無に還そうとしていました。それがここでのお別れ、そして“ばいばい”の意味です。

「もう一度信じる」という意味も、独りだけでは寂しくて、心から生きられないから。自らの命が潰えるその日まで誰かのそばにいたかった、心から生きてみたかった雪々の本当の気持ちでした。


雪々は独りの凍えるような寂しい感情は嫌だから、誰かと一緒にいたい、本当は心から生きたいと願っていました。ただそれだけが、雪々の本心だったのです。

雪ちゃんは、姉さんのルーンとして自由に歩き回ることができた。
それが、姉さんの命を削っているとも知らずに。
だけど雪ちゃんは、姉さんが眠りに落ちたことで、その過ちに気づいてしまう。
だから雪ちゃんは姉さんから離れ、自ら生きることにした。
代わりに、雪ちゃん自身が潰えようとしている。

三年の冬とは、そういうことだ。
雪ちゃんが独りで生きていられる時間だったんだ……。

「光ですらも、ずっとそこにあるわけじゃなくて、いつかは消えてしまうんだって……」
「雪だるまだって、同じだよ」
「ゆきゆきだって、同じなんだよ……」
「だから、これでいい……」
「りっくんは、悲しむことなんてないんだよ……」
「ゆきゆきも、悲しくなんてないんだから……」

「……それがウソだって、今の俺にはわかるよ」
「だってもう、知ってるんだ」
「ルーンの本質とは、なんなのか」
「雪ちゃんの本当の気持ちは、なんだったのか」
「俺だけじゃない。きっと能力者のみんなが気付いてる……」

積もらない雪は、人の心に降り積もる。
優しい雪は、寂しかった。
だから人に寄り添った。
人の心に降り積もった。

そしてルーンとは、心を通わせることで相手に移る。
それは、雪ちゃんが誰かとつながりたかったという気持ちに他ならない。
一人で遊ぶより、二人で遊びたい。
みんなと一緒に遊びたい。

妖精も人間も同じだった。
妖精も人間も寂しかったから、友だちが欲しいと願っていた。
そんな願いから生まれた雪ちゃんだったから、雪ちゃんもまた友だちが欲しいと望み、俺と出会ったんだ。


「今の話には、大きな矛盾がある。信じろというほうがおかしいだろう」
「雪々という少女が、能力者を人間に戻したいのであれば、なぜ今すぐにそうしない?」
「なぜ、わざわざ北欧神話をなぞり、三年もの長い時間を待たなければならないんだ」

それは……。

「もう一つ。月ヶ咲では能力者から人間に戻すどころから、逆に能力者の覚醒が頻発していたが、これも矛盾になるのではないか?」

「最後に、一年目と二年目に降った、積もらない雪だ」
「フィムブルの冬を模したにしては、気味が悪いくらい優しいじゃないか。厳しい冬を再現するなら、三年目のように最初から積もらせるべきだろう」


――大樹(グランド√)


「局長が言ってたとおりで、雪ちゃんが降らせた雪には矛盾があったんだよ……」

雪ちゃんは、姉さんから聞かせてもらった優しい物語を街の人たちに共感してもらうために、雪を降らせることにしたはずなのに。

「雪ちゃんは、人間だけが生き残る道を選んだはずなのに、月ヶ咲には次々と能力者が生まれていた……」

三年の冬の間は、これまで以上に人から人へとルーンが渡り、新たな妖精が生まれていった。

「それはやっぱり、雪ちゃんが寂しかったからじゃないか」
「本当は友だちが欲しい、仲間が欲しいと願った結果じゃないか……」

だけどその逆の願いもあったから、月ヶ咲では能力者として完全に覚醒するものはほとんどいなかった。
雪ちゃんの中では二つの願いがせめぎ合っていたから、優しい雪にも相反する願いが乗っていた。

「ルーンは人を傷つける……」
「ゆきゆきにとってはなんでもない異常気象も、人にとっては脅威になる……」
「だから、妖精と人間は、仲良くなれない……」
「シラハが眠ってしまったことで、決心したはずだったのに……」

「どうしても、思っちゃう……」
「友だちが欲しいって思っちゃう……」
「一人じゃなくて、二人で遊びたいって思っちゃう……」
「そんなことしたら、みんなが困るのに……」

「怖い夢も言うんだよ……」
「もうひとりのゆきゆきが――自分のことを『私』って呼ぶゆきゆきが、言うんだよ……」
「友だちを作って欲しいって……」
「その言葉は哀しいのに優しくて、初めてなのに懐かしくて、怖いはずなのにずっと聞いてたくなるんだよ……」

雪ちゃんの悪夢とは何だったのか。
それは、人を犠牲にして生きること。
優しい物語とは逆の終わりを迎えてしまうこと……。


――雪々(グランド√)

三年の冬の意味は、雪々が誰も犠牲にせずに、雪々が生きられる時間でした。それは雪々にとって、誰かのあたたかさに触れながら、そして雪々自身が心から生きることのできる時間という意味でもあります。

三年の時間は雪々の時間という意味ですが、その三年の時間にずっと雪が降っていて、その雪が降り積もらなかったのは、それがその時間に反する雪々の願いあったからです
その雪々の願いとは、誰かを死なせたくないという願いと、誰かを死なせた上で生きる怖い自分へと変わりたくないという願いです。

最後の三年目の冬と、そして降り積もる雪では、雪々の切なる本心が現れていました。雪々は本当は、ただ一緒に生きてみたかった、心から生きたかったのです。
それは昔からずっと変わらない、雪々の抱えてきた本当の想いでした。

冬の妖精が過ごしやすいよう、環境を変えたかった。
だけど雪ちゃんは、それを選ばなかった。
だから月ヶ咲では二年間、積もる雪を降らせなかった。
雪ちゃんは、妖精よりも人間を選んだんだ。

本当は、どちらも選びたかったはずなのに。
最後の一年間だけ、積もる雪を降らせたのは、人間だけじゃなく妖精の夢だって叶えたかったからなんだ。

青い星と白い星の共存。
人間と妖精、二人で歩ける優しい星……。


――雪々、陸(グランド√エピローグ)

この三年の雪は、雪々の“想い”の結晶だったのです。地面は冷たくて痛くてつらいように、そこに降り積もらずに人の心――――その温かさに寄り添うように降り積もっていました。


雪々にとって優しさが苦しさだったように、その悪夢も怖いはずなのに優しく聞こえたのも、誰かを犠牲にはしたくないけれど、それでも心から生きたいという雪々自身の気持ちと共感してしまっているからです。

そんな雪々の本心にみんなが気付いているのは、優しい魔法が解けてしまったからでした。では優しい魔法とは一体何かというと、それは「共感」です。だからこその共感能力、です。

「操作と共有には、決定的な違いがある」
「共感能力を使われた者は、納得したうえで希望どおりの行動を取る」
「頼み事をされて、その頼みに共感して、相手のために動こうとする」

「だが、共感能力には強制力がない。だから一度でも疑問を抱けば、簡単に解けてしまう」
「月ヶ咲に降る優しい雪のように、積もる前に容易く溶けてしまうんだ」

―中略―

「共感能力は、恐るべき能力だ。使い方次第では世界征服だって夢じゃないだろう」
「だがそれは、コロナが善人だからだ」
「もしもコロナが悪人だったら、共感能力の魔法には誰もかけられるものは誰もいなかっただろう」
「共有とは、そういうものだ。願いに共感する者が誰もいなければ、無価値な能力でしかない」


――美晴(コロナ√)

みんなは、雪々のその優しさに共感していました。しかし雪々の苦しさ、孤独、寂しさには、誰も共感できませんでした。それは、雪々の本心を知った今、孤独で寂しい気持ちには誰も共感できなかったからです

みんなも孤独なのは嫌で、だから雪々にはみんなと一緒にいて欲しいから。雪々の優しい魔法――――つまりみんなの“共感”はもう解けてしまっていました。
だからみんなが、本当はみんなと一緒にいたいという雪々の本心を知ることができていた、ということになります。









想いは、一つとして同じものはない


「雪ちゃんはもっと、私たちを信じていいんだから」
「言ったじゃない。私は、雪ちゃんに感謝してるって」
「身体が弱くて、ほとんど学校にも通えなかった、子供の頃の私……」
「いつも独りだった過去の私は、雪ちゃんのおかげで救われた……」
「今だって、救われてるんだよ」

「で、でも……ゆきゆきは……」

「なあ、雪ちゃん。俺も姉さんと同じ気持ちだよ」
「たとえ雪ちゃんから最初に能力が渡って、異常気象が起こるようになったとしても、雪ちゃんが我慢する理由にはならないよ」
「雪ちゃんが一人で気負うことはないんだ。自分だけが犠牲になって、寂しい想いをしなくたっていいんだ」

―中略―

「頼むよ、雪ちゃん」
「昔みたいに別れることのほうが、俺たちにとってはずっと寂しいんだからさ……」
「りっくん……」

雪ちゃんの瞳から、涙がこぼれた。
姉さんが、あやすように雪ちゃんの頭を撫でていた。
俺もこのまま抱き続けた。
雪ちゃんが一人で抱えていたものを、俺たちも一緒に支えられたらいいと願っていた。


――雪々、幸、陸(グランド√)

雪々と一緒にいたいと願う理由は、雪々の代わりにはどこにもいないからです。

雪々がたとえ迷惑をかけてしまう存在だったとしても、我慢する理由にならないのは、迷惑をかけられることよりも、そばにいられないことのほうがずっと寂しいからです
迷惑だとかは関係なく、ただそばにいて欲しいから。一緒にいたいと願うことに、理由なんていらないのです。そしてみんな、雪々と一緒にいたいと思っています。だから雪々が誰かと一緒にいたいという本心を、押し隠して欲しくなかったのです。

そして、迷惑をかけてしまうから一緒にいられないという理由が、雪々が我慢する理由にならないのは、もう一つ理由があります。

「人に会う口実が何でもいいのと同じで、人を好きになる理由だってなんでもいいじゃん」
「それでも気になって、独りで悩んでも答えが見つからないなら、二人で悩めばいいじゃん」

―中略―

一人じゃなく、二人で迷子になれば、新しい道が見つかるかもしれないと願って。


――ひなた(りんね√)

雪々が独りで我慢する必要はなく、二人で一緒に支えられたらいい。というのも、悩みがあるから一緒にいられないのではなく、悩みがあるのなら、二人で一緒に悩めばいい、ということです。二人で迷子になれば、道は早く見つかるかもしれないのですから。それが、誰かと一緒にいる理由なのではないでしょうか。

だから、悩みがあるからこそ一緒にいられないのではなく、悩みがあるからこそ、むしろ一緒にいたいと思える理由になります。それに迷惑以上に、雪々にはたくさん救われたのですから、ただ一緒にいたいと願ってしまいます。

雪ちゃん。
もう、解けてるんだ。
優しい魔法は解けてるんだよ。

だからもう、雪ちゃんが見せようとした優しい物語の結末は、理解はもちろん納得もできやしない。
この先を受け入れることはできない。


――雪々、陸(グランド√)




「雪ちゃん……。魔法を解くことができたのは、陸くんだけじゃないんだよ」
「私だって同じなんだよ」
「だから私も、この先の結末を受け入れることはできない……」

―中略―

「雪ちゃん、知ってる?」
「雪の結晶は、ひとつとして同じものはないんだよ」
「雪ちゃんの代わりなんて、どこにもいないんだよ……」

「雪ちゃんは、私にたくさん友だちを作って欲しいみたいだけど……」
「いくら友達を作ったって、そこに雪ちゃんがいなければ、ダメなんだよ……」


――幸(グランド√)

みんなが雪々とただ一緒にいたいと願う理由、それは雪々だからという理由のほかにはなにもいりません。ここでの雪の結晶の意味は、“想い”の結晶という意味です。

儚く舞う白い雪は
降り積もる 想いの結晶


――雪のエルフィンリート

雪々の想い――――つまり心はたった一つで、代わりなんていないから、雪々がいなくなったら寂しくて、その寂しさの代わりは誰もいません。優しい想い出をくれた雪々は、世界にただ一人です。
人は一人一人、みんな違う想いを持っていて、同じものは一つとしてありません。

そんな雪々が自己否定の感情から、死を選ぼうとしています。それは雪々が死んでしまうことが、みんなにとっては生きていける方法だと、雪々はそう思ってしまったまま、みんなとすれ違っています。

雪々がみんなが生きてくれないと心から生きられないように、本当は雪々がいないと、みんなだって心から生きていけないのです。だからみんな、優しいだけで誰も幸せになれない雪々の選択は、受け入れることはできませんでした



俺は想いのまま、雪ちゃんを抱きしめた。

「雪ちゃん、そうじゃない。違うんだよ……」
「違わないよ……」
「ゆきゆきはずっとみんなのこと見てたから、間違ってないんだよ……」

「だとしたら、雪ちゃんは表面しか見てなかった」
「人の心まで見ることができなかった」

「俺の言葉すら信用してくれなかった」
「雪ちゃんのことが好きだって、言ったはずなのに……」
「…………」

「俺はルーンを好きになれた」
「雪ちゃんを好きになった」
「それは同じ意味を持っていた」
「俺は、雪ちゃんのおかげで能力者になったのなら、それを誇りに思えるよ」

俺は、雪ちゃんを強く抱きしめた。
だけど雪ちゃんは、抱き返そうとしなかった。

「やっぱり、ゆきゆきは間違ってない……」
「りっくんがいくら好きだと言ってくれても、ほかの人たちは違うんだよ」
「人間にとって、ルーンは迷惑でしかないんだよ」
「みんな、ゆきゆきのことが嫌いなんだよ……」

「……そんなことはない」
「そんなことあるんだよ……」
「だって今、月ヶ咲にはたくさんの能力者が集まってるんだよ……」
「それが答えなんだよ……」
「みんな、ルーンはいらなかった……」
「勝手に押しつけられたものなんか、早く捨てたいと思ってる……」
「ゆきゆきとは友だちになれないって、思ってるはずなんだよっ……!」

「雪ちゃん、もっとよく見てくれよ」
「涙を拭って見てくれよ……」
「耳を澄ませて聞いてくれよ……」
「今、姉さんの歌声が、聞こえるだろ……?」

「え……?」
「シラハの……?」

「姉さんの歌声が、運んでくれる」
「能力者たちの言葉を、雪ちゃんに届かせているんだよ」


――雪々、陸(グランド√)

雪々はずっとみんなのことを見ていましたが、共感が誤解やすれ違いを生むように、人の心は決して理解できません。だから雪々はみんなのことを見ていただけであって、その心まで見ることができていませんでした。
雪々の本心が近すぎて決してわからなかったように、みんなのことが身近だったからこそわからないこともあります。

それでは、雪々によってルーンを得ることになったみんなの本心は、どのようなものなのでしょうか?それをこれから見ていきたいと思います。









たくさんの“ありがとう”の想い






エルフィンたちはみんなルーンを持ってしまったために生きることに息苦しさを感じ、そしてずっと悩んできました。そしてここでは、自分のルーンをどうするかという、そんな選択を迫られていていました。ルーンを手放したくないのであれば、月ヶ咲を離れることで、ルーンを残すことができます。
そしてルーンを手放すためには、月ヶ咲に残り、三年の冬が終わることで、みんなのルーンは溶けてなくなります。そのどちらかの選択を迫られていますーーーー。







「たとえ能力者じゃなくなったとしても……」
「あたしには、伝えなくちゃいけない気持ちがある、って……」

―中略―

伝えたい。

今まで怖くて直視できなかったことを。
彼の中にもあると、信じたいものを

素直に。ただ、伝えたい。


一夏(一夏√)

エルフィンでいるとか、ルーンを手放すとか、そんな選択のことはみんなどうでもよかったのです

ずっとみんなのことを想い、そして自分たちと同じようにずっと一人で苦しんできた少女がいるから、ただ助けてあげたいという気持ちが、ここでは何よりも強い想いになっていたからです。

みんなにはただ、そんな少女に伝えたい想いがあります。そのためにルーンを使って、雪々へ、ずっと悩み、迷い、そして向き合ってきた本当の想いを、ただまっすぐに伝えます。






街のシンボルである時計台。
この舞台には、続々と能力者たちが集まっていた。

――能力者たち(グランド√)

時計台は、雪々にとっては不変と普遍を願う象徴(=シンボル)でした。しかしみんなにとっては、雪々に変わらずにずっとここにいて欲しいという、ここではそんな伝えたい想いの象徴になっています。













「雪ちゃん、早く帰ってきてね」

「晩ご飯作って、待ってるわ」


落葉は、雪々(ルーン)のおかげで父とわかりあえた。

葉月は、雪々(ルーン)のおかげで母と会うことができた。










ありがとう。













「私は、寒いのが苦手です。今だって早くコタツに戻りたいと思っています」

「ですが、少しは冬が好きになれたかもしれません」

「あなたのおかげで、雪が好きになれたかもしれません」

「嫌いなものも、こうして好きになることがある……」

「もう、大好きなルーンだけに頼るのは、おしまい」

「あなただけに頼るのは、おしまい」

「だから、返します」


りんねは、雪々(ルーン)のおかげで家族の絆をつかむことができた。










ありがとう。













「この星空の向こうで、コロちゃんが旅してるんだよね」

「それをお姉ちゃんが、がんばってサポートしてあげてるんだよね」

「あたしはもう、思い出してるよ」

「宇宙が好きって気持ち。星が好きだったこの気持ち」

「お姉ちゃんと同じだった、この想い……」


一夏は、雪々(ルーン)のおかげで姉の本心に気づくことができた。










ありがとう。













「榛名くん。それに、一緒にいる妖精さん

「私が恨んでいるとか、勝手に決めないで」

「私が歩く道は誰のものでもない、私の道よ」

「これからも、自分の力で切り開いてみせるわ」

「独りで歩くつもりもないけど。助けが必要な時は、お願いするかもね」

「あなたがくれたのは、そういうものだったのよ」


琴里は、雪々(ルーン)のおかげで未来に踏み出すことができた。










ありがとう。













「ま、能力者として生きるのはもう、堪能したし」

「人間として生きるのだって、おもしろそうだし」

「恋愛とかも、してみたいしさ……」

「……ううん。人間も妖精も、変わらないかな」

「ボクはボクなわけだし、どっちで生きたってきっとボクの性分は変わらないんだろうね」

「そのままのボクで、どんなふうに生きるのか」

「選ぶのは勇気がいるけど、それが自由ってものだもんね」


ひなたは、雪々(ルーン)のおかげで本当の自由を知ることができた。










ありがとう。













「私は、月ヶ園が好きです。そこに通う園児たちが大好きです」

「私がそんなふうに子ども好きになったのは、昔から小さなことでくよくよしていた自分がいたからです」

「だから、ルーンについても悩んでばかりいた」

「そんなわたしだから、悩みなんて笑って吹き飛ばす、子どもたちの無邪気さに惹かれていた」

「私はいつも、子どもたちから元気をもらっていた……」

「だけど今は、子どもたちからもらうだけじゃなくて、私が守ることもできたと思います」


千川は、雪々(ルーン)のおかげで誰かを守れる強さを持った。










ありがとう。













「これで、この街からは暴走がなくなって、平和が訪れることになる」

「うさー(そうですわ)」

「ルーンに振り回されることがなくなり、皆は安心して過ごせるようになる」

「うさー(きっとそうなりますわ)」

「そんなふうに、この冬は辛くて厳しい季節だったかもしれないけど」

「悲しいこともたくさんあったと思うけど……」

「うさー(ですが、それだけではありませんわ)」

「うん。アルとたくさんお話しできて、楽しかったよ」

「この冬が、私は好きだったよ」

「うさー(ワタクシも大好きでしたわ)」


友だちと一緒に、いつだっておもしろおかしく遊ぶことができたのだから。

だから、たとえ春を迎えても、冬の想い出は忘れない。

決して。










素敵な贈り物をありがとう、冬の妖精さん……。













「この光は、雪ちゃんの想いのカケラ」

「私たち一人一人に、雪ちゃんの願いが息づいていた」

「いつからか、ルーンが不安定になったのは、雪ちゃんが訴えかけていたからなんだよね」



「独りは寂しいって」

「本当は、いなくなりたくない……」

「死にたくない……」

「そう、私たちに助けを叫んでいたんだよね……」



「雪ちゃんは、強いよ……」

「本心を隠して、私たちに心配かけないようにして……」

「私たちの前では悲しい顔ひとつしないで、いつだって笑っていたんだから……」

「だけどもう、いいんだよ」

「助けを求めていいんだよ」


「私たちは、ルーンがいらないから還すんじゃない」

「雪ちゃんに、私たちの気持ちをわかって欲しいから、還すんだよ」










「私たちの想いを、この光に乗せて――――」










みんなは能力(ルーン)によって寂しい思いもしてきましたが、雪々(ルーン)のおかげでずっと誰かがそばにいてくれたこと、本当は独りではなかったことを知りました。

だからエルフィンたちはルーンがいらないからとか、ルーンをどうしたいとかは関係ありませんでした。それよりも雪々に自分たちの気持ちをわかってほしいからルーンを還していました。
それはたとえ、大好きなルーンを失って、能力者じゃなくなるとしてもーーーー


これは、死の呪い(自己否定)に囚われた雪々に、一緒にいたいと願い、その願いをわかって欲しいから伝えられた、生への祝福(ありがとう)が込められたみんなの言葉と想いです。









返し歌としての「雪のエルフィンリート」


幸は想う。
雪ちゃんは、私に希望を贈ってくれた。
ルーンは希望の光だった。
その光が覚悟を生んだ。
罪を背負ったまま、陸くんと出会う勇気。
雪々(ゆうき)から、勇気(ゆうき)を分けてもらったんだ。

ありがとう。雪ちゃん。
もらった光を、今度はキミに還すよ。
そうして幸は、歌を唄う――――


――幸(グランド√)


儚く舞う白い花が
やがてこの世界を照らすよ
また出会えた二人の運命(さだめ)を唄うよ
いつまでも

光の中咲き誇る
光の中永遠に

ふたり 唄おう

――雪のエルフィンリート〜Never ending love song〜_3番


この挿入歌はプロローグでも流れますが、それとは歌の雰囲気が違いますよね。最初の雪々はこの歌を一人で唄っていました。だから雪々のあの歌は、孤独な状態を憂う、心の死を表した歌です。雪々もその母も、ずっと一人のこの歌を唄っていました。
対してこちらはどうでしょうか。曲の雰囲気だけではなく、3番の歌詞に記された言葉にも注目してみてください。


「会えなくても信じる運命を唄うよ」
「また出会えた二人の運命を唄うよ」

「ひとり 唄うよ」
「ふたり 唄おう」


と、このように変わっています。こうしてみると、歌詞までもが大幅に変わっていることがわかりますよね。
だからこの歌の意味は、雪々が唄っていた死の歌に対する、心から生きて欲しいという想いが込められています。これは、そんなあたたかな「返し歌」になっていました

エルフィンたちのありがとうの想いだけではなく、白羽幸自身もこの歌を通して、雪々に独りでいて欲しくない、二人で一緒にいて欲しいという想いを込めて、そして伝えようとしていました。

つまり白羽幸は、雪々の唄う死の歌を、この「返し歌」を唄うことで打ち消そうとしていたのです。


Elfin song’s an unlimited expanse of white.ーーーーここではもう一つの、白き歌声がありました。









無限と心の共有

みんなは雪々にありがとうの想いを伝え、白羽幸はそんなみんなと共に伝えたい想いを乗せた歌を届けました。そんな伝えたい想いは、どれほど通じ合えるものなのでしょうか。
雪々に届いた想いを知るために、心と共感はどういうものだったかを考えてみることにします。

「……あたしの心をのぞいたら、ダメだからね」

一夏、陸(共通)


駅で出会った白羽という所長に、心をのぞかれて居心地が悪かった。


――雪々、陸(コロナ√)

なぜ心は、のぞかれることに抵抗があるのでしょうか。本編ではこれに対するはっきりとした答えはありませんが、誰かに見られたくない想いがあるということであり、それは人の心には決して交わらない壁があるからなのではないでしょうか。それは、次のようなことが言えるのではないでしょうか。

誰と仲良くしても、本質的には一人です。
通じ合っても、すべてを共有できるわけではありません。


――群青学園放送部(CROSS†CHANNEL

自我・他我論の話がありましたが、人の心は分からないもので、だから自分の心と相手の心は交わらない壁があります。しかしそれでも同じ想いを抱えて、心の一部を共有することはできます。


では、想いを完全に共有することはできないのでしょうかーーーー?






「うっ……くっ……ひくっ……」
「ああっ…...わあああああっ……」

雪ちゃんは、俺の胸の中で大泣きした。
姉さんの共感能力で、俺にもその想いが共有できた。

雪ちゃんは泣き続ける。
俺も翻弄されて、涙が止まらなくなった。

言葉にならないこの感情。
二人で共有しなければ、抱えきれない大きな激情。

「雪ちゃん……わかっただろ……」
「いいんだよ……」
「雪ちゃんは、ここにいていい……」
「見つけて欲しいと願って、隠れなくていい……」
「そんなことをしなくても、誰もが雪ちゃんを見てくれる……」
「一緒に遊んでくれるんだ……」

「だから、言ってくれ……」
「もう、かくれんぼはしなくていいから……」
「なにも隠さずに、本心を言ってくれないか……」

「りっくん……」
「そばにいたい……」
「ずっと一緒にいたい……」
「助けて……」

「助けて欲しいよ、りっくん……!」


――雪々、陸(グランド√)

しかし、共感で得ることができた絆は、それだけではありませんでした。自分と誰かの心は、こうして全てを共有することが――――共有しなければ抱えきれない感情が、そこにはありました。

うれしいことは二倍に、悲しいことは半分に。そんな気持ちを共有するためにだって誰かはいるはず……人は寄り添うのだと思います。絆とは決して、交わらない心だけではありませんでした。それは絆が言葉にしてもしきれないくらい、とても尊いものなのだと思います。

「エネルギーっていうのは、有限なんだって……」
「光ですらも、ずっとそこにあるわけじゃなくて、いつかは消えてしまうんだって……」
「ゆきゆきだって、同じなんだよ……」


――雪々(グランド√)

エネルギーが有限だとしたら、雪々もそれと同じなのでしょうか?だから雪々もいつか消えてしまうものなのでしょうか。結論から言うと、そうではありません。
つまり人の心とは――――想いとは、エネルギーが有限であるのとは真逆で、心や感情は無限なのです。

「きっと、なんの理屈も、理由もなくて」
「ただ、そのひととなにかを共有していたい気持ちが……」
「その共有できるなにかが、なくなっちゃったら……どうすればいいの……」

「なくならないわ」
「それは、なくならないって、私は思っていたい」


――落葉、一夏(一夏√)

どんなに分け与えても、共有しても、決してなくならないもの。それが感情です。雪々がいなくなることは迷惑とか関係なく、感情がそうさせてくれないのです。
ただ一緒にいたい、その想いだけが無限に広がっていくから、理由はそれだけで充分以上になります。

「一筋縄ではいかない障害ね。不快情動反応ってやつよ」
「……それは?」
「人は恐怖に遭遇すると、自己を守ろうとする。この反応は不快情動によるものなの」
「で、情動というのは反射運動と同じようなものだから、頭でわかっていてもどうしようもないってこと」
「……コロナの家族は、コロナを本能的に恐れている。所長の言いたいことはわかります」
「他人の私たちがいくら心配したところで、進展はないでしょうね。本人に乗り越えてもらうしかないわ」

(……本当にそうだろうか)
(本人にはどうしようもないからこそ、第三者が必要ではないのか?)


ーー美晴、白羽(コロナ√)

ここは、白羽が心の動きを心理学を用いて解釈している場面です。そのように心や感情を、心理学などの理論で捉えようとしたときに、「本当にそうだろうか?」「心は本当にそれだけなのか?」という問いが必ず付きまといます。それは心が捉えようのない、無限だからという事実に他なりません
だから二人がお互いに一緒にいたいと想う気持ちには、どんな理論も通用しません。人の心が決して理解できないとしても、こうして共有できるのは、感情や心が理論を超えたものだったからです。

だからどんなに不可能に近かったとしても、二人がわかりあうことはできました。
二人が一緒にいたいという理由もまた、恐怖とか理由のあるものではなくて、二人の感情が、ただ一緒にいたいという気持ちが全てだからです。抱えきれない感情があるから一緒にいたい、それだけで二人が一緒にいる理由には充分でした。

心も、感情も、無限だから。その無限に広がる可能性が、二人の心を溶かし合うように共有させ、お互いが心から共感することができたのだろうと思います。そして想いとは、決してなくならず死ぬことのない、つまり永遠です。
その想いが無限だからこそ、永遠の想いがあるから、二人はただ一緒にいられるだけでここまで満たされるのでしょう。









叫び


歌声が聞こえる――――

雪ちゃんが唄っている。
子守唄を聴かせるように。
安らかな眠りに誘うように。
抗えない。
身をゆだねてしまう。
まぶたが重くなっていく。
視界が霞み、まどろんでいく……。

「りっくん……」
「一緒に歩けて、楽しかったよ……」
「そばにいられて、うれしかったよ……」
「ありがとう……」
「りっくんは、がんばったよ……」
「だけどもう、充分……」

「おやすみ、りっくん……」
「ばいばい、りっくん……」
「ごめんね、りっくん……」
「ゆきゆきは、また間違いを犯すんだよ……」

「え……?」
「ウソ……どうして……」
「ひとりになれない……」
「この絆を……断つことができない……」

「ありがとう……」
「それが、雪ちゃんの本心なんだな……」

「本心……?」
「そんなこと……ない……」

「ゆきゆきは、りっくんを助けたい……」
「命を賭けても助けるって決めた……」
「りっくんも、そうしてくれたから……」
「だから絶対、別れなきゃいけないって思ってた……」

―中略―

「なのにっ……そう思ってるはずなのにっ……」
「離れたくないっ……」
「そばにいたいっ……」
「ずっとずっと変わらないっ……」
「この気持ちだけは変わらないっ……」

「どうやっても、ぜんぜん変わってくれないんだようっ……!」


――雪々、陸(グランド√エピローグ)

雪々は最後でもう一度、歌を唄います。それはまた雪々が、独りになるために。そして雪々が絆を断ち、独りで死ぬために。だからこの歌も、心としての死を唄おうとしていました。

しかし、陸の本当の気持ち、みんなの想い、そして白羽幸が届けてくれた、あの生きるための歌に乗せられた想い――――そんなみんなの本心を知った今、もう雪々には、あの独りの歌を唄うことはできなくなっていました
独りになろうとして歌を唄ったはずなのに、雪々はいつの間にか二人に捧げられた白羽幸の歌を唄ってしまっていました。二人の絆は、どうやっても切れないものになったことを意味しているからです。

ここで雪々の「死」は、完全に断ち切られていました。それがこの最後の歌(雪のエルフィンリート)に秘められた、みんなと一緒に生きたいという雪々の本心でした。


そしてここでは、死によって自分の心が潰えようとしている。心が死んでしまおうとしています。そんな心の死に抗うとき――――爆発するような激情、それが“叫び”です。心から生きたいと願うから、その心は無限の想いとなって、無限の想いは誰かに向けられた無限の叫びとなります。
誰かがいないと心から生きられないのですから、叫びとは大切な人にわかって欲しい無限の想いです。

「ゆきゆきは……りっくんと、離れたくない……」
「俺もだよ……」
「だから、これでいいんだ……」
「この景色のように、俺たちも一緒にいよう……」

いつか散ってしまうその日まで……。

「だけど……もう、りっくんは……」
「大丈夫だよ……」


「大丈夫じゃないっ!」

「このままだと、ほんとにりっくんが死んじゃうっ……」
「ゆきゆきのせいで、りっくんがいなくなるっ……」


――雪々、陸(グランド√エピローグ)

感情が絆を断ち切らせてくれないなら、せめて雪々は叫んでいます!大切な人を死なせてしまうくらいなら、自分が死んでしまいたい。大切な人には死んでほしくない。優しかった想い人には、ずっと生きていて欲しい。そんなどうしようもない想いのまま叫んでいます。


雪々のこの叫びは、大切な人の生を叫ぶ、生きるために死にたいと願う叫び。そんな心の“死の叫び”です。



「雪ちゃん……」

どこに行ったんだ、雪ちゃん……。
捜そうにも、身体が動かない。
感覚すら働かない。
もう、つながりを感じない。
絆は途切れていた。
雪ちゃんは自ら独りになった。
俺から離れ、この空に還っていった……。

雪ちゃんの名を呼んだ。
だけど、かすれた声しか出なかった。
まともな言葉にならなかった。
それだけ体力は落ちていた。
いくら木陰で休んでも回復しない。
できるのはこれだけだった。

雪ちゃん。

雪ちゃん雪ちゃん雪ちゃん雪ちゃん。

言葉にならない声で呼んだ。
何度も叫び続けた。
喉がつぶれようとも。
残された命を燃やすように。
このまぶしい空に向かって。


――陸(グランド√エピローグ)


陸は命が残り少なくても、それでも死に足搔いて叫んでいますz雪々に生きて欲しい、一緒に生きていたい。声にならなくても、喉が潰れようとも、想いは決して死なないのだから叫び続けます!

雪々の叫びが死の叫びだとしたら、これはその死を打ち消すような、二人で一緒にいたいと願う叫び。死んでしまうとしても最後まで一緒に生き続けたい。そんな“生への叫び”になるのでしょう。


一緒にいたい本心を押し殺したいと願う雪々の死の叫びと、本心のまま一緒にいたいと願う陸の生への叫び。
白い雪と満開の桜。二つが舞い散る空の下では、そんな舞い散る2つに反するように、舞い散らない二人の強い想いが、二つの叫びになって響き渡っていました









信じることで、結ばれた絆


さて、最後のまとめになります。この作品では、「絆や共感はどうしたら得られるのか?」ということが大きな問いだったように思います。
人の心は理解できません。それは人の心には、交わらない壁があるからです。ですからそれは、とても不可能なことのように思えます。しかし決して、得られないわけではありません。

その問いに対しての答えは、同ライター作品の前作である、星空のメモリアでは、「頼ること」でした。
誰かに頼るというのは、自分の弱さを認めて助けを求めることが必要で、とても勇気のいることです。だからそれは弱さのように思えますが、強さでもあります。頼ってくれるからこそ、助けることができます。

それに対して本作、アストラエアの白き永遠の示した答えは、OPムービー中で流れるフレーズの通り、「信じること」です。

分たれた時間は永く―
人々はすれ違い、
秘めた想いはつたわらず、
求めたぬくもりは遠く、

それでも、
ひとはわかりあえると信じて―


――OPテーマ「White Eternity」

では、「頼る」ことと「信じる」ことはなにが違うのでしょうか?それは、その“重み”が違います。
それでは、信じることはどれだけ重たいのでしょうか。その重みは、物語の中ではっきりと書かれています。










――――助けるよ。

なにがあっても助けてみせる。









俺は、催眠能力を使う。
そして、絆を結ぶ。
雪ちゃんと誓いを交わす。
その力は絶大だった。
皆の想いが加わり、感情の高ぶりは留まらず、暴走したルーンが運命すら決定づけた。

雪ちゃん。
この先は、俺の命を使って生きてくれ。
いつまでもそばにいて、俺の雪々(ルーン)として見守っていて欲しいんだ――――


――陸(グランド√)








――――わたしは想う。









彼と絆を結んだら、たとえわたしの命がつながれても、彼の命が途切れてしまう。
それがいつかわからなくても、必ず訪れる未来となる。
だというのに、受け入れてしまった。
彼の想いに抗えなかった。
みんなの想いに翻弄された。
助けて欲しいという、自分の想いにも逆らえなかった。


……ありがとう、りっくん。
キミが命を賭してわたしを助けてくれるなら。
わたしも命を賭して、キミを助けるよ。

死なせない。
二人で一緒に生きるんだ。

そんな未来を夢見よう。


――雪々(グランド√)


頼ることというのは、自分の心を誰かに託すということです。それは確かに勇気のいることですが、信じることはそれ以上です。
心を理解することは決してできないのに、共感を得るということは、命を賭すほどの、わかりあえると信じ続けるという誓い、そんな“覚悟”から生まれます。それは相手に心を託すだけではなく、自分の心をしっかりと持つ強さも必要です。

そして信じることは一方だけではなく、お互いが信じ続ける必要があります。雪々は絆を切ろうとしても、断ち切れませんでした。それは信じることを一方だけでも止めてしまったら、これまでずっとすれ違っていたように、またその頃のように心から分かり合えなくなってしまうからです。

命を賭けるという誓いの上にどこまでも信じ続けるという覚悟は、結ばれた二人の絆を生み、もう決して切ることができなくなっていました。心とは、命以上に重いものだからです。お互いをどこまでも信じ続けられることが、心からわかりあえた二人の“絆”の証です。

「雪ちゃん......忘れたのか......?」
「雪ちゃんは、俺の願いを聞いてくれた......」
「雪ちゃんは、俺の気持ちに共感してくれたんだ......」
「だから俺たちは、こうして旅を続けることができた......」

「それが、共感能力っていう、妖精と人間がわかり合うためのルーンじゃないか......」


ーー雪々、陸(グランド√エピローグ)

人の心は決してわからないけれど、それでも分かり合えるとどこまでも信じ続けること。そのお互いの歩みの先に、二人の共感が生まれて絆が結ばれました。
人は分かり合えるというよりも、人の心はどんなにわからなくても、分かり合えるとどこまでも信じ続けること。それが本作が出した、分かり合えるための“答え”です。

二人にとってそうした永遠の想いと絆が、心から生きているという確かな実感を与えてくれました。

絆とは決して切れないもので、そんな決して切れないつながりを得るためには、信じ続けることが大切です。諦めずに絆を信じ続けること、それがこの作品に込められた、大切なメッセージ(想い)なのでした。









「......探したよ、二人とも」

「二人だけで背負い込むことはないんだよ」
「私は、二人のお姉ちゃんなんだから」
「お姉ちゃんにだって、少しは手伝わせて欲しいんだから」

「陸くんは、雪ちゃんを助けてくれた」
「雪ちゃんは、この星を助けてくれた」
「だから今度は、私たちが二人を助ける番……」

「二人は別れなくていい。これからも一緒にいられる」
「寄り添いながら歩いていける……」


「だけど、一人だけで先に行かないで……」
「二人だけで、先を歩かないで……」
「たまには後ろを振り返って、立ち止まって待っていて」
「私たちは、必ず二人に追いつくから」


――幸(グランド√エピローグ)

二人は最後まで絆を切ることができず、お互いのことを信じ続けることができました。しかしそれだけではまだ終わっていません。この作品の「信じる」というメッセージはそれで終わりではなく、それよりもまだ先があるからです。

それは信じることは二人だけではなく、さらに三人、そしてみんなで信じあうことだってできるということです
信じ続ける気持ちがあれば、二人だけではなく、みんなともわかりあうことができて、助け合うこともできます。二人だけで抱えきれないことは、みんなで助け合って欲しいのです。

二人だけで信じあい先を行くのではなく、たまには立ち止まって後ろを振り返るのも、未来を歩むためにはとても大切だということを本作品は伝えたかったのではないでしょうか
信じ続けるというのは命を賭すほどの覚悟が必要でしたが、その覚悟だけが重要なのではなく、みんなで協力すればきっとその負担は少なくなるというのも、同じくらい重要なことだったのではないでしょうか。

雪々がみんなとわかりあうことで初めて自分の存在を認められるようになったように、そんなみんなのことを信じるという絆の中でこそ、二人はこれからも未来を歩んでいけて、心から生きていけるようになりました。


「雪ちゃんは、姉さんを信じられないか?」
「雪ちゃんにルーンを還した友だちのみんなを、信じることができないか?」

「ズルいんだよ、りっくん……」
「ゆきゆきはもう、みんなのこと、信じてるんだよ……」


――雪々、陸(グランド√エピローグ)



さて、最後にアストラエアの白き永遠の、クライマックスの場面を解釈して、この考察を閉じようかと思います。
誓いの上に生まれた絆が結ばれた後、二人が雪道を歩くCGに切り替わっています。この唐突な場面転換はなにを意味しているのでしょうか。

その背景は、雪の心象風景です。そして雪の心象風景とは、共感の印でした。それは二人の命を賭してまで信じ続けることで、ようやく二人の共感が生まれたということを意味しています
今までの共感は全てルーンの力によるものでしたが、最後のこの心象世界は二人が初めて心から共感することで、ルーンの力ではなく心の力で開かれた世界です。

そしてもう一つ、この雪道の歩みは同時に、幼少の二人がわかりあえていた歩みのように、昔のような歩みにようやく立ち返れたということも意味しています
過去の二人の雪道の歩みは確かにわかりあえていて、でも様々な障碍により二人は分たれてしまい、それでも信じ続けて絆を得たことで、決して切れない永遠のつながりを、こうして歩んでいるのでしょう。








妖精と人間が仲良く暮らす。

何度も諦めたその道を、もう一度目指してみよう。




この雪道に、二人の足跡を続かせながら――――






「雪ちゃん」

「また、一緒に遊ぼうな」

「雪合戦しような」

「雪だるまを作ろうな」


「春を迎えて、たとえ溶けてしまっても」

「次の冬に、また一緒に作ろうな」

「うんっ」

「もう、迷子にならなくていいんだよね」

「りっくんとゆきゆきは、ずっとずっと、一緒だよ」



そしてエピローグで叫ぶ場面の後、雪々がいなくなり、そして再び姿を見せている場面についても私見で解釈してみます。

ここで雪々が一度姿を消してしまうのは、意味があって書かれたのだと思っています。この場面が意味していることは、雪々がいなくなることで、陸にとっての「“大切なもの”は何だったのか」ということを気づかされる、そして示していたのではないかと思っています。陸はずっと、大切なものを探していましたからね。

きっと陸は、ようやく心から大切だと思えるものを見つけられたのだと思います。




春を迎えたら、雪ちゃんとはお別れになるんじゃないかと。
日に日に弱っていく雪ちゃんを見て、それはほとんど確信になっていた。

……諦めてやるものか。
俺は、見つけるまで探し続ける。
大切なものであればあるほど、見つけるのは難しいのだとしても。
探すのをやめてしまったら、未来永劫、見つけることはできやしない。


――陸(グランド√)


舞う結晶の向こうに、彼女の姿があった。
捜していた最中は見つからなかったのに、諦めた途端に容易く発見できた。

それは、大切なものをなくしたときと同じだと思った。


――Episode2








見つけたよ、雪ちゃん……




















「うん……見つかっちゃったんだよ」












「おはよう、りっくん……」





死を願って、目を閉ざさないで。生きることを諦めないで。ほら、目を開けてごらん。あなたと一緒に生きていける世界は、こんなにも嬉しくて、楽しいんだから――――。


「これが、俺が望んだ世界だ......」
「雪ちゃんも、かつては望んでいた風景だ......」

雪と桜。
そしてこの、透き通った青空ーーーー

青空に降る優しい雪が、雪ちゃんが願っていた世界。
青い星と白い星の共存。
人間と妖精、二人で歩ける優しい星......。


ーー雪々、陸(グランド√エピローグ)



――――これは、あなたに心から生きて欲しいと願う、永遠の想いの物語。


















感想

はい、以上になります。ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。ここまで書いて思いますのは、これだけの字数が書けるような内容が駄作であるはずは当然なく、むしろ大作レベルの作品でなければここまで書けないのですよね。それは揺らぎようのない事実だと思います。ここまで書けたのは私の力量のおかげではなく、アストラエアの白き永遠という素晴らしい作品があったからです。
そして三年の雪の意味など、この作品のテーマは一周プレイしただけでみなさんすぐに気づけると思うのですが、つまりそれだけ強いテーマ性があったということでもあります。ここまで誰もがすぐに気づけるテーマを生み出すのは、簡単なことではないように思うのですよね。

そうした力強いテーマ性を生み出すためには、しっかりとした世界設定やキャラ設定などや、物語の流れや構成、そしてテーマを示していくための論理性など、1つ1つ地道に確かな積み重ねが必要ですし、そういったことができる作品って本当に稀有だと思うんですよ。それができた本作のライター様の力量には感服いたします。本当に素晴らしかったの一言に尽きます。

それに本作のテーマもまた、「心とは何か?」「どうやったら人はわかりあえるか?」というかなり難しく、そして感情というテーマに真剣に向き合い完璧以上の答えを出せていたと同時に、そしてひとりぼっちの孤独になってほしくないという、とても優しくて心温まるものでした。
萌えゲーとしての形を保ちつつも、その中で真剣にシナリオを追求した点はやはり称賛に値すると思っています。本作は、萌えゲーとしてもシナリオゲームとしても、非常に高水準の作品だったと思います。これほどまでの完成度を誇る作品は他に代わりがなく、唯一無二の大作と呼ぶにふさわしい作品だと思っています。

そして、あのありがとうの場面はやはり神でした。本考察ではありがとうの想いの意味と、返し歌としての雪のエルフィンリートとして魅力を二分化しお伝えしましたが、やはりその2つが一体となってみせた本編で、この場面は何物も及びつかないような凄みを持っていましたよね。威圧感さえ感じた迫力にはもう凄すぎました。

ここでの雪のエルフィンリートの荘厳たる雰囲気もまた圧倒的な印象を与えられました。ここまでの仕掛けを用意されたことにとても驚かされました。私にとってはキャラの魅力を最大限に書いた上で、これ以上ないくらいに素晴らしい作品だと感じました。本当にすごい作品でした。


本記事は以上になります。長い時間目を通していただき、ありがとうございます。本当にお疲れさまでした。

ナツユメナギサ 〜NOSTALGIE〜_感想(ネタバレなし)

どんな夢でも、夢はーーHOPE。希望の花なんだよ。




はじめに

この記事は、ナツユメナギサの小説「ナツユメナギサ〜NOSTALGIE〜」の感想です。


本題に入る前に、みなさんが気になっていると思う、「この小説を読むのは必須か?」という疑問について解答しておこうかと思います。

結論から言いますと、読むのは必須クラスというほどではないと私は思いました。
ですが、ナツユメナギサ本編が気に入ったのなら、読んでみて損はないと思います。補足的な内容で、本編の読了感が増すと思います。
ノベルゲームでのFDのような立ち位置だと思ってもらっても良いかと思います。


逆に、ナツユメナギサ本編を未プレイで読むのはあまりおすすめできません
作者も本編をプレイした人向けの内容であることを言っていますし、エピローグ的な内容で、本編を知らないと分からないネタも多いです。


それでは、感想に移っていきます。過度なネタバレはしていませんが、気にされる方は回避していただけたらと思います。













あらすじ

記憶が無く、名前も覚えていない主人公が、とある南の島に流れ着くところから物語は始まります。
そんな少年を助けてくれたのが、「カヤ」という島の少女です。

カヤは献身的に主人公の面倒を見てくれます。島の人たちはみんな温かく、主人公は徐々に島に馴染んでいきます。
しかし島での穏やかな暮らしの一方で、主人公の得体の知れない不安は募るばかりで...。


波打ち際に立つ彼が、たどり着いた場所は......。
最後の夏。夢。



キャラクター紹介

・カヤ

小説ナツユメナギサで初登場のヒロインです。大人しく控えめな性格の子で、恥ずかしがり屋なところがかわいかったです。

カヤとは言葉は通じませんが、身元不明の主人公をお世話してくれる、とても心優しい子です。しかしカヤと心を通わせていくうちに、主人公は少しずつ真実を知ることになります......。



感想

最初に思ったのは、ナツユメナギサ本編では登場しなかった「カヤ」というヒロインや、南の島の村という舞台が初めて、しかもいきなり登場するので最初は戸惑いました。
ですが、その舞台から少しずつ話が広がっていく展開に、やがてナツユメナギサの本編と繋がっていく展開はとても面白く、意外にすらすらと読み進められました。


また七瀬歩ちゃんと、攻略ヒロイン4人は接点は本編ではほとんどなかったのですが、小説ではそんなヒロインたちみんなで過ごす日常が大幅に追加されていました
美浜羊ちゃんと七瀬歩ちゃんのおばかなやり取りとかは微笑みが止まりませんでした。そんな楽しい日常風景が見られて、とても満足しました。

どのヒロインにもとても思い入れがあり、そんなヒロインたちの本編では味わえなかった日常には幸せな気持ちになりつつも、その愛おしい風景には不思議と涙が溢れるものでした...。


また本編で取り上げられたテーマについてですが、小説版ではテーマがより深く掘り下げられています
また掘り下げだけではなく、そのテーマについて新たな見方からも展開されていて、本編のシナリオにも劣らない水準の内容だと感じました。

結末に向かうにつれて、少女や一緒に過ごしたヒロインたちへの愛しい気持ちや切ない気持ち。少しずつ思い出していく、温かくて懐かしい、そんなあの夏への想い。
そんな少しずつ明かされていく物語には自然と涙が出ていました......。

後半からのそれらを大切に想うような一言一言には、とても心に響いて泣かされてしまいました。
文章だけの小説で本編のような楽しみが得られるのか不安でしたが、本編を遊んでいれば、小説で書かれた風景がありありと浮かんでくるようで、想像以上に楽しめたり、時には泣きたくなるような部分さえありました。

本編で不足気味だった余韻を充分に与えてくれて、そして浸り続けることのできる、そんなステキなお話でした!



感想は以上になります。今回は「ナツユメナギサ」という作品について、本編と小説どちらもネタバレの無い感想が少なかったために、今回は筆を執ることにしました。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。ナツユメナギサ本編と、そして小説の参考になっていましたら幸いです。




あと語り〜四季シリーズを通して〜

......いつもの如くもう少し語りたいので、やっぱりもう少しだけお付き合いしてもらえたらな、と。
ここからはネタバレ色が少し強くなりますので、それでもいいよ!という方はここから下も読んでもらえると嬉しいです。
(というより結構熱く語っていますので、プレイ済みではない人には温度差を感じさせて申し訳ないですが...)







さて、ナツユメナギサ本編とその小説についても感想を書いたわけですが、ここまで読んでもらったら分かる通り、私はナツユメナギサという作品がとても大好きです。

多くの人にとってははつゆきさくら>ナツユメナギサだと思うので、ナツユメナギサを推している少数派の私の意見をここで書きたいな思います。
(作品批判のつもりだけはありませんので、そのことだけはご了承ください)


まずはつゆきさくらが人気なのは、かっこいいOPや作品の知名度から、プレイしていないエロゲーマーのほうが少ないうえに名作だから、という印象がまずはあります。
作品自体も各ルートの内容により統制があり、シナリオもより長いため読後感もより素晴らしいものだったと思います。それに比べてナツユメナギサの場合はあっさり終わる感じですからね...。

ですが、ナツユメナギサにも負けない魅力があると思っています。


まずはやはりテーマ性。「幸せな明日を歩むには?」という問い。その答えを最後でより綺麗に出せているのではないかと思います。
(詳しくはネタバレなので言えないのですが)はつゆきさくらはより多くのテーマを扱い見事な内容に仕立て上げていますが、ナツユメナギサは1つのテーマにより集中した作品だと思っています。

常夏という季節、夢を見ること、幸せな明日を歩むということ...。あの問いへの答えをあの短い一瞬に全てを込めて、より印象的に力強く示したのは私にとってはナツユメナギサでした。だからこそ、あの終わり方は今でも心に残っていますし、名作と思えるほどの美しさがありました。
特に今回の小説版では、その問いに対してより力強い主張をしている内容でした。その言葉の一つ一つが本当にまっすぐで、とても心に残り感動さえしました。


そして次に、やはり美浜羊ちゃんルートの存在も大きいです。
あのルートを見て思ったのは、一言であの魅力は到底語れないこと、完璧なまでに隙のない完成度だと感じたこと、そして七瀬歩ちゃんルートとはテーマにおいて対をなしていることです

ナツユメナギサが問う「幸せな明日を歩むには?」ということについて、七瀬歩ちゃんのお話の答えだけが全てだったのでしょうか?
美浜羊ちゃんルートに関して言えば、むしろ矛盾しているのではないか?と思うほど真逆の答えを出しています。綺麗なだけの物語だったという解釈もできますが、私にはでもそれが、「幸せな明日を歩むこと」というのが一言で言えないからこそ、それぞれの幸せな明日があったのではないかと解釈しています。

美浜羊ちゃんルートだけに限らず、他のヒロインたちのルートもそのためにあったような気がします。

はつゆきさくらも同じ問いに対して、どのルートでも統一的な観方から挑んでいるように思います。それが見事なまでの統制を与えていました。
しかしナツユメナギサではルートごとに異なる観方が用意され、「幸せな明日を歩むには?」というたった1つの問いを示すために、様々な答えがあったように思いました。

一見統制が無いように見える各ルートも、「幸せな明日を歩むには?」という問いへの答えへと1つにまとまっていく様、全てのルートが最後のお話の1つになっていく様相は、むしろ無駄がなく美しいとさえ思いました。それが自分の中で一歩勝る感じになりましたね。


そして最後に、はつゆきさくらの終わりではみんなが1箇所に集まって、全員のその一体感が素晴らしい感動を与えてくれました。
それに対して、ナツユメナギサはそうではありませんでした。でもだからこそ、ナツユメナギサは良かった、と思うのです。

繰り返しになる、幸せな明日を歩むとは?という問い。その在り方の一つとして「それぞれの明日がある」ことなのではないかと思っています。だからこそあの終わり方、それぞれのヒロインの歩み方は、私にはむしろとても感動しました。
小説ではそこのところに補足やエピローグがありましたが、そのおかげでよりそう思えるようになりました。

そして何より設定上、本来であればみんな一緒に過ごせる時間なんて存在しなかったはずでず。でもそれぞれの事情があって一緒に過ごせる時間(夏)があったからこそ、それはかけがえのない大切なもの(時間)だったのではと感じられました。
そんな幸せな時間だったこと、失われたくないと思える時間だったからこそ、幸せな明日を歩むには?という問いにもより深みがあったと思います。

君がいた夏。君がいない夏。君といる夏ーー」。それはそれぞれが、みんなが一緒にいられた、かけがえのない夏(時間)ーー。
その夢のような時間は、幸せな明日へと歩むことへの答えをより強く示すものにしてくれました。


特に今回の小説版ナツユメナギサでは、隅に追いやられたような七瀬歩ちゃんシナリオが主軸になってくれたうえ、本編では足りなかった余韻もかなり補充されて、はつゆきさくらにの余韻に負けないくらいの愛着が生まれた作品に。
......いや、それ以上にはつゆきさくらとはそれぞれ別の道を歩んだ、そんな独自の作品になったのではないかと思います。


これが私自身の、ナツユメナギサに対する作品観です。ナツユメナギサには様々な解釈があり、それぞれの考え方を大切にしてほしいので、あまりはっきりと断定するような観方は避けたつもりです。私と考え方が違ったとしても、それに呑み込まれずに、その考え方は大切にしてもらえららと思います。

ナツユメナギサは明確に記されていない部分も多く、考え方にはどうしても違いが生まれてしまいますので、評価はやはり割れてしまうと思います。それでもやはり、伝えたいことだけはどんな作品よりもはっきりとしていたのかな、と思います。

ナツユメナギサは最近出会った作品ですが、私にとってはシナリオ重視の作品にハマるきっかけを与えてくれた作品で、私にとってはエロゲー人生の転換点となった作品でした。この作品に出会えなかったら...とは考えたくありません。

人によって考え方はそれぞれですし、ナツユメナギサは賛否両論が激しい作品なので、その意見を否定するつもりはなく、ただこんな考え方もあるんだな、程度に思っていただけたらなと......。
それでもやっぱり、ナツユメナギサは私にとっては素晴らしい作品で、出会えて良かった作品です。


今度こそ本当に終わりです。もっと短くうまく纏めたかったのですが、長々と語ってしまって申しわけありませんでした。ここまで読んでくださったのでしたら、本当にありがとうございます。


みなさんのこれからにもまた、何かステキな作品に出会えることを願っています。

ナツユメナギサ_感想(ネタバレなし)

君がいた夏、君がいない夏、君といる夏ーー





【ジャンル】真夏の真・純愛アドベンチャー

物語性 S
テーマ性 S
独自性 S
伏線系 SS
名場面 SS
総合評価 SS

※備考: あるルートに関して物語性・独自性はSS。

公式HP| ナツユメナギサ



この記事は、「ナツユメナギサ」という作品の未プレイ向けへの感想です。

※ネタバレは控えめですが、まっさらな状態でプレイしたい方は、これより下の感想は見ないことを推奨します。














推奨攻略順

私はつかさ→はるか→羊→真樹の順にプレイしましたね。
基本そこまで拘る必要はありませんが、このような順番で進めていくとシナリオの流れから理解しやすいと思いますので、もし拘るのであればこの順番をおすすめします。


あらすじ

蒼い蝶々が舞い、ペンギンがいたるところにいる、ずっと夏の季節が続く常夏の島が舞台です。雰囲気や舞台は独特で良いと思います。

主人公は記憶喪失で、失った記憶を探りながら、常夏の島の不思議を知っていくというのが大まかな流れです。

この幻想の雰囲気には魅了されますし、そこから明かされていく謎は綺麗に繋がっていくので進めていて楽しかったですね。


青山 つかさ

(CV. 青山ゆかり)


真面目な性格ですが、転校したばかりの主人公のことを気遣ってくれたりと、とても優しい子でした。主人公へのゴンベェ呼びはちょっと面白くてはまりましたね。

個別からは甘える様子が見られたり、意外な一面が見られたりと、とにかく予想外にかわいかったです〜
シナリオに関しては、1つ1つのCGを丁寧に扱っていて、そのどれもが感動的でした。辛いことに向き合っていくことの大切さを感じましたし、演出と併せてとても綺麗なお話だと思いました。


遠野 はるか

(CV. 美月)


少し恥ずかしがり屋だけど、素直でいい子なので微笑ましかったです。はるかちゃんも主人公の呼び方がちょっと変わっていて、「ドザ様〜」とする寄ってくれるところもかわいかったです。

ルートの途中の展開はあまり好きではなかったですが、しっかりとした設定で、その後うまくまとめていったので最終的には好感触でした。
穏やかな性格のはるかちゃんですが、あそこで見せたはるかちゃんの意志の強さを見せる展開が予想外で熱かったです!


老樹 真樹

(CV. 田中美智)


クールで穏やかですが、ノリはいいので親しみやすかったです。僕っ子でオッドアイとなかなか個性的で、他のヒロインにはない魅力がありました。
ルートに入ってからは彼女の設定の謎が明かされるわけですが、その淡い恋心という感情がステキでしたね〜

彼女のお話についてはシナリオの根幹にかなり触れる感じでした。なるほどこういう設定だったのかと思ったり、舞台の秘密が次々と明かされていく過程が見事でしたね。
ちょっと説明くさくて私的に他のルートほど評価が高くならなかったのですが、このルートが無ければナツユメナギサは成立しませんし、結構重要なお話で完成度は高いと思いました。


美浜 羊

(CV. 植原なぎさ)


はい神ルートです!

先輩大好きっ子ヒロインで、なぜか最初っから好感度がMAXな子です。すごく元気いっぱいでラブコールしまくりなので、ちょっとウザいと感じるかもしれませんが、終わってみると一番好きなヒロインになっていました。
かなりぶっ飛んだ子で、このテンションが作り出すムードには笑顔にさせられてしまいますね。この子の元気な顔が見られるだけで元気が出ちゃいます。

ストーリー面ですが、このルートに関してはあまり語らないほうが楽しめると思います。好き嫌いは分かれそうですが、あの場面はとても心に残っていますね。あんなの反則でした...

これ以上に自分の好みに刺さるお話は出てこないと思うので、出会えて本当に良かったです。私にとっては最高のお話になりました〜


七瀬 歩

(CV. 佐本二厘)


夢で見て出会った不思議な少女で、主人公に「この夏を楽しんで」という意味深な言葉だけを遺して去っていくのが不思議な子ですね。

歩ちゃんはセンターヒロインで、その秘密はシナリオの中で徐々に明かされていきますが......。
彼女のひと夏の想い出は夏らしくてとってもステキだと思ったと同時に、彼女の夏への想いが変わっていったのはそういうことだったんだなと、ちょっと切なくなるストーリーでした。


各ルートの好感度

それぞれのヒロインルートの好感度は私的に、美浜羊>>>七瀬歩>青山つかさ>老樹真樹=遠野はるかという感じでした。
ですが複数ライターでありながら見事な纏まりだったうえ、それぞれのお話は方向性が異なり、どのルートもとても良かったです。

特に美浜羊ちゃんのお話は奇跡のシナリオとも思っちゃうくらい、他の作品を突き放しているくらいの完成度でしたね。


全体感想

私的に全ゲーム作品の中でも1、2を争う屈指の名作。

SAGA PLANETSと新島夕先生の出世作らしいですが、私的にはその枠を越えて点数以上に素晴らしい作品だと思いました。

あの曲があの瞬間で流れるのもまた涙腺を持っていかれました。歌詞の意味もようやく分かって泣けますし、明るい曲調があの終わりの全てを表していて、とても心に残っています。

特に結末の場面は見事な作り込みで、切ないけれど暖かな気持ちになれる終わり方に泣けました。なかなかうまく表現できない不思議な感覚なのですが、こんなにステキな終わりはどうしたら作れるのだろう?とつい思ってしまいます。

君がいた夏、君がいない夏、君といる夏ー」というキャッチコピーも終わってみると本当に見事だと思いましたし、何よりも全作品の中でも最も好きなキャッチコピーです。


読み手に判断を委ねるような部分も多く、解釈・捉え方は様々だと思いますが、とても考えさせられたうえに、幸せに歩んでいくとは何か?爽やかで眩しい夏のイメージと掛け合わせつつもその答えを教えてくれたこの作品には、嬉し涙と笑顔をもらえた気がします。


感想はここまでで終わりです、ここまで読んでいただいてありがとうございました!





......感想自体はここで終了ですが、同ブランドの「はつゆきさくら」をプレイ済みである人も多いと思うので、その人たちに向けて書いてみたいことがあります。興味があればもう少しだけお付き合いいただければ嬉しいです。

まずはつゆきさくらをプレイしていて、そして気に入っているのであれば、本作を未プレイなのはちょっと勿体無いかなぁと思います。

サガプラ四季シリーズはそれぞれが独立しているので無理にプレイする必要はありませんが、実際に私ははつゆきさくらをプレイ済みだったのにナツユメナギサを今までプレイしていなかったことをとても後悔しましたね。
(それに、まさか一生モノの作品にこんな形で出会えるなんて思いもしなかったですから......)

シナリオの展開や一部キャラクターの設定に共通点があり、そのキャラの抱えていた想いがより詳細に理解できて感情移入できたり、終わり方についても違った観方が与えられて、両方の作品がより感動的になるのではないかなと思います。


同じ四季シリーズですが、夏の海のように眩しくて爽やかな気持ちになれる「ナツユメナギサ」、冬から春へと至れるような暖かく背中を押してくれる気持ちの「はつゆきさくら」をプレイしてみてもらえると嬉しいです。


幸せな明日を歩いて行こうと思える、そんな優しい暖かさをくれる作品をプレイしてみたい人におすすめです。




ちなみにですが、ナツユメナギサプレイ後には、次の記事が内容を簡潔にまとめてあるのでおすすめです。(リンク先はネタバレです)
http://blog.livedoor.jp/l_stries/archives/34736095.html


サガプラネッツ最新作「ナツユメナギサ」

Rewrite 考察_孤独な少女に捧げられた、愛の物語(77777字)

いつかまた、君(あなた)とーー





【ジャンル】恋愛アドベンチャーゲーム

物語性 A
テーマ性 SS
独自性 S
哲学性 S
意欲度 S
総合評価 SS

公式サイト| Rewrite|Key Official HomePage



この記事は、「Rewrite」という作品の考察記事です。完全なネタバレですので、原作を未プレイの方はこの考察記事の本編は見ないことを強く推奨します。


(19.9.29追記)私の書いたこととほぼ同じようなことを簡潔にまとめた紹介記事がありました。若干のネタバレを含みますが、それでもネタバレは控えめでとても分かりやすくまとめてありますので、未プレイと既プレイを問わずおすすめです。
Rewrite (リライト)。恋に人生のすべてを賭ける価値はあるか?

自分より何百倍も分かりやすくて整然としているから悔しい......。副題のセンスなんて私の1000億倍くらいありますよね......悔しい......。
一人の少年が、一人の少女に恋をし、全てを捨て、全てを賭けた人生。終始あの想いを強くも儚く、そしてここまで純粋な想いを最後まで書ききったRewriteには胸打たれるものがありました。


他サイトの紹介はここまでにして、話を戻します。この考察記事ではアニメ版Rewriteの内容は極力排除しているものの、どうしても一部触れないと考察にならない場面もあるため、可能であればアニメについても視聴済みであるほうが望ましいです。

※以下からは完全ネタバレです。

















この記事は、RewriteのMoonおよびTerra編についての考察になります。

まずRewriteのテーマといえば、「環境問題」だと思います。そのテーマについては知っている前提で進めていきますので、え?そうなの?と思った方や、あまり理解できていないと思う方は、他に優れた解説・考察サイトが数多くありますので、予めそちらを見ていただけたら幸いです。


この記事は、そういった環境問題というテーマを取り扱った考察記事の補足程度の立ち位置だと思っていただけたらと思います。


それでは、私がこの記事を書いた理由について説明します。多くの人はこの作品のテーマを、「環境問題」だと捉えているように思います。それだけこの作品は難解かつ哲学的でありながら意欲に満ちたテーマですから、数多くの知的考察がされるだけの充分なポテンシャルを秘めた作品だからこそのように思います。

しかし、環境問題というテーマの陰に隠れてしまい、今まで注目されて来なかった、この作品のもう一つのテーマがあります。本記事ではあえて環境問題というテーマから距離を置き、そのもう一つのテーマに着目しながら進めていきます。

では環境問題の陰に隠れてしまった、この作品のもう一つのテーマとは何でしょうか?
私は「愛」だと思っています。大がかりなテーマとはかけ離れていますが、このささやかなこのテーマについて、のんびりゆったりとお話しできたらいいなと思います。


※画像の著作権は全て、VisualArt's/Keyに帰属します。
















現象としての天王寺瑚太郎


自分が拡散して薄まり、とける。
俺が、なくなる。
だというのに、不安はなかった。
消えたとしても...消えて...だとしても。
また収束することだろう。
満面にゆれる月光が、かき乱されてもまたすぐ蘇るかのように。


ーー瑚太朗(月光散歩)


首筋を撫でる。
切断の傷はない。
一度散り、再び収束したのだから当然だ。
水面に映った月は、かき乱されてもまた甦る。
月が夜空から消えない限り

「不思議だ…」

現象が現象であることに、理由なんてないのかもしれない。


――瑚太郎(少女篝)

天王寺瑚太郎は”人間”ではなく「現象」です。天王寺瑚太郎という存在を構成する粒子が崩壊しても、再び収束しては再構築されるように、まるで決定された様式をなぞっているような、物理法則に決定づけられた存在のようにも思えます。そのシステムのようなものとして機能するのは、果たして人間と呼べるものなのか?――――この作品ではそれを「現象」と呼んでいます。天王寺瑚太郎という存在は収束するシステムであり、それは人間というよりも“現象”と呼ばれる存在です。

一度目の篝との出会い、篝の視認により、高密度の情報がーー耐性のないものに対して有毒であるようなーー天王寺瑚太朗という存在は一度崩壊します。そして反射のように収束し、再び存在としてなります。

二度目では、天王寺瑚太朗の接近を篝に敵対行為と認識され、切断により血ではない液体をーーこれは天王寺瑚太朗が人間ではない存在への強い示唆ではないでしょうかーー流し、意識の消失と共に存在が散り、再び収束し存在となる。これが天王寺瑚太朗という“現象“です。

俺がここに現れたのは何かの結果に過ぎない。反射に過ぎない。
そんな気がしてならなかった。

…残酷だ。
鏡像にも独自の意識があるなんて。
いや、独自の意識と見せかけて、すでに決定済みの様式をなぞっているだけなのかも。


(…考えてもきりのないことだ)

それにやるべきこともある。
自分の心に訊ねれば、すぐにわかる。
彼女に会いに行く。
それだけが俺にとって、唯一の執着となっていた。


――瑚太郎(少女篝)

天王寺瑚太郎の意識は独自のものなのでしょうか。それともただの様式なのでしょうか。天王寺瑚太郎という存在は現象だからこそ、その意識も決定済みの様式をなぞるだけの現象ではないかという疑いが持たれます。意識が現象でないことを証明する手段はなく、そして自意識を確立させる他者もまた誰もいないのですから、考えても仕方のないでしょう。でも彼女に会いたいと感じるこの意識は、その心は、様式化されただけの物理現象なのでしょうか?









「対話」


(話そう)

対話。
俺は彼女をわからないといけない。
同時に、向こうにも俺をわかってもらいたい。
ふたりの間に引く線について探りたい。
線が引かれることで、やっと人は安心できる。
次にやるべきことも見えてくるはずだ。


――瑚太郎(対話)

天王寺瑚太郎はなぜ彼女に会おうとしたうえで、対話を試みるのでしょうか。それは相互理解をするため、そして自分と篝の境界線を探ることで、次にやることも見えてくることにより、自分を見つけてみたいと思ったのでしょう。決して交わらない平行線のような関係は、他人と変わりません。では、天王寺瑚太郎にとって篝は、線引きになってくれるような相手だったのでしょうか?

少女との対話は、数え切れないほど試みた。
少女はあまり俺との対話に積極的とは言えなかった。
話しかけても、つれなく無視されることも多かった。
対話は相互理解を目的とする。
けど俺と少女の間に、そんなものが育まれたのかどうか…


――瑚太郎(対話)

しかし天王寺瑚太郎の対話はそのすべてが失敗に終わっています。篝は誰かと間柄そのものを持つことを拒絶しているようです。いったいなぜ、篝は他者を拒絶するのか。今のままでは自意識さえあるのか不明な彼女ですから、本当のところはわかりません。

ですが彼女は無感情で、異質で、そして人間性を宿さない瞳を持っていたことから、誰かを必要としてこなかったことがわかります。それは篝にとって誰かというものは、敵になり得るからなのかもしれないと思いました。









現象ではなく、人間であること

「正直に言えば、好きってのは全部ウソだよ」
「俺は人を好きになるより、まず自分が大事な人間だからな」

「自分がかわいい。自分が大事」

「俺は人を助ける。道で転んでいるヤツがいれば助け起こしてやる」
「その時、俺は気持ちいいんだ」
「いいことをした。善人になった」
「人助けの気持ちよさだ」
「実は相手のことなんてどうでもいい。心の底から相手を心配しているわけじゃない」
「自分の満足だけなんだ」
「利己的善行だ」

「こういうことをしてる人間って、けっこう多いと思う」
「むしろ、まったく快楽なしに人を救う者なんていない」
「でもそこが問題なんじゃない。どんな生き物だって、自分が満足したくて生きてる」
「充実こそが人生最大の目的だから」
「じゃあどうして、充実の手段がキレイさにしかないのか…」

単語を吟味しながら、ゆっくりと考えを練る。
言葉は空に広がるようでいて、その実、自らの内奥をさぐる見えざる手だった。

「…それはやっぱり、共同体に認めてもらいたいからだ」
「皆にほめてもらいたい。好いてもらいたい」
「人気者になりたい。ちやほやされたい。いい評価が欲しい」
「…居場所が欲しい」

そうか。
そうだったのか、俺。
心のつぼみが開いていく。
愚劣の花が咲く。
悲しい半面、心地よい告白。懺悔に似ていた。
知らず、涙があふれた。

「どこかの誰かになりたかった。自分が、不器用だということを思い知っていたから」


――瑚太郎(対話)

天王寺瑚太郎は篝との対話を数え切れないほど行っています。それは二人の間の線引き、安心を得るため――――つまり相互理解を目的としての行いです。しかし瑚太郎の対話は数多く失敗し、その目的を達成することは果たせませんでした。

天王寺瑚太郎は篝に好意の言葉を向けることで対話を行おうとしていました。そうして瑚太郎は対話をする目的が相互理解などではなく、もっと他の理由もあることを知ってしまいます。それは相手が好きだから対話をするのではなく、自己満足を得るためだけの利己的善行として――――自己満足の範囲内で人助けをするように――――篝のことを気にかけているかのように対話を試みていました。

なぜ多くの人間は、利己的な善行を行うのでしょうか。その理由は自分が快楽を得るために、何の見返りもなしに善行を行う人はほとんどいないでしょう。多くの人は善行の陰で、どこか他者からの見返りを期待しています。

善行の中で人はどのような見返りを求め、そして得ているのでしょうか。それは共同体からの承認欲求――――それは居場所を得ることです。褒められる、好いてもらえる、人気者になる、ちやほやされる、良い評価がもらえる。ありとあらゆる方法で共同体から承認されたい。それが善行の本質が、利己的であるという理由です。多くの人は誰かに認めてもらえることで、居場所が欲しいと思う、自分の満足だけで人生を生きているということみたいです。
それはつまり、瑚太郎は本心では自分のことが一番大事だから、相手を心の底から心配するような、 誰かを好きになるという気持ちは持ったことが無かったのでした

ではなぜこのような醜い告白を聞いた篝は、殺意と無関心以外の――――明確な意識を瑚太郎に向けたのでしょうか。それは美しくないものこそが、命だからです。

地球は汚い。
誰が言った、美しい地球だなんて。
うつくしくねーよ。よく見ろ。
どいつもこいつも利己的で。
霊長たる人間が、美しいはずもない。


――瑚太郎(対話)

利己的な命の溢れる地球は、美しくない。それはもちろん、瑚太郎自身だってそうです。でも瑚太郎が醜いということは、それは命があるということであり、そんな醜い瑚太郎の意識は現象としての鏡像ではなく、本当は人間独自のものなのではないでしょうか。

現象とは法則であり、規定されたとおりの作用をする法則は、美しさとも呼ぶ完成されたものです。だから現象であるならば瑚太郎はこうも醜いはずはなく、その醜さが瑚太郎は単に現象としての存在だけではないことを表しているのではないでしょうか。つまりこうです。篝は現象としてではなく、人間としての天王寺瑚太郎を愛していたのだ、と。









純然で透明な絆

以前に比べて、篝は俺を許容している。
とはいえ、急に接近したりすると、篝は敵意を向けてくる。
今、3メートルほど横に座っている。
ちょうど巨大用紙のすぐ外だ。
ここなら篝も気にしない。
もっと接近しようと紙を踏むと、攻撃されてしまう。
紙を踏む、という行為自体が敵対行動とされているらしい。
停滞していた。

―中略―

篝を手伝えたら…と思わなくもない。
言葉が通じないことがもどかしい。
だがそれは、演技も、腹芸も、綺麗事も、嘘も、すべてが排除された間柄ともいえる。
純然たる関係性。
とても大切なものに思えて、充足感さえある。
今の篝との距離は、言葉のうまさで勝ち取ったものじゃないからだ。


――瑚太郎(三杯のコーヒー)


今の距離だって、あれほど苦労して認めてもらった。
たった三杯のコーヒーが、最後の壁を壊してしまったというのか。

言葉は通じない。
動物が興味あるものを監視するように、篝は俺に視線を固定していた。
それを非人間的な関心とでも呼ぶのか?
関心であるなら、どんなものだって嬉しいと思った。
未知なる理論が紡がれる、青く小さな四辺の王国に、ついに俺は招かれた。

あまりにも小さな国。
だけど見ろ。
この小王国には、嘘も見栄もない。
自分をよく見せようとする、虚栄の心はない。
透明の絆が、俺たちの間に渡されていた。
それは蜘蛛の糸よりも細く、今にも切れてしまいそうだった。

…切りたくない。
今なお、篝との間に特別の関係はない。
友情でもなければ恋愛でもない。家族とも違うだろう。
世の中には、俺たちよりも深い関係を築いている連中はいくらでもいるはず。
なら俺と篝の関係は、それらに比して劣るものなのか?

…いいや。
いいや!
これだけのものが、言葉なきふたりの間で、どれだけ尊いか。
俺はそれを誰にも否定させないだろう。


――瑚太郎(三杯のコーヒー)

瑚太郎の利己的で独善的な、けれどもそれは人間らしいとも言える告白から得られた、二人の間の線引きはどのようなものだったのでしょうか。言葉は通じず、最初の目的であった対話は成立していません。理論に足を踏み入れたら攻撃されてしまう上に、そこで停滞している距離です。それでも利己的なものや醜いものは排除された、純然たる関係だからこそ、瑚太郎にとってはとても大切なものだと思えています。

そして三杯のコーヒーで得られた関係はどんなものでしょうか。相変わらず言葉が通じないことには変わりありません。しかし瑚太郎は、理論の描かれた小王国についに招かれました。
その王国も、そして篝もまた、純然さしかありません。それは線引きなどではなく、糸のように渡された透明な絆です。虚栄もなく純然で、線引きされた距離ではなく紡がれた糸のような絆。その関係は特別でもなければ、深いわけでもなく、切れそうなくらい細々しいものです。

ではほかの関係と比べて、この二人の関係は劣るものなのでしょうか。それは劣るものだったとしても、否定するものではないはずです。なぜならどれだけ切れそうで、弱々しくて、他の人と比べた関係ほど深くなかったとしても、言葉がなくても、でも嘘偽りもない。そんな純然さと尊さを持った二人の関係が、どうして他人に否定されるのでしょうか。
尊さとは、比べるようなものではないのでしょう。今の二人の関係は、深くはなく切れそうですが、同時に切りたくない関係、尊いと思えるような絆が紡がれています。

わずかな誇りのために、命だって賭けてしまうだろう。
(…答えを、見つけた)
このことを確認できただけで、俺はいくらだって自分を救える。

なぜ人であるときにここに辿り着けなかったのか。
もう少しくらい、うまくやれたはずだ。
ようやくどこで間違えていたか、わかった。


――瑚太郎(三杯のコーヒー)

瑚太郎は誰とでも話せました。しかし親友と呼べる存在はおらず、自分の人生は薄っぺらいものだったと、他でもない彼自身がそう言っていました。それは瑚太郎が結局、利己的善行の中でしか生きられない、ちっぽけな生き方しかできなかった人間であったことが言えます。だけどここではそのために命さえ賭けてしまえる、それは利己的な醜さの排除された――――もしかしたらそれは利他的と言えるかもしれない、そしてどこかで瑚太郎が求めていたものだったのではないでしょうか。

俺は誰とでも話せた。どんなヤツとでも
でも親友はいなかった。ただのひとりも。
それがどういうことだか、考えるまでもない。
俺の人生は、ひどく薄っぺらいものだった。


――瑚太郎(プロローグ)

誰とも話せても、誰とも関係を持てなかった、どこかの誰かになれなかった瑚太郎の人生は、ひどく薄っぺらなもので、幸せな人生を歩めていませんでした。では幸せって何だろう。プロローグでの問いに対する、その答えがようやくここで出たみたいです。瑚太郎はようやく、望んでいた幸せの答えを得られたのかもしれません。









愛という超高位概念


もしこの宇宙に神というものがいるなら、そいつはとてつもない苦痛の中に生きているはずだ。
知性は自らの孤独を浮き彫りにする。
絶望と、物理の無情から目をそらせなくする。

人間とはなんと幸せなんだ。
万物が見えないということで、どれほど救われていることか。
人は愛さえあれば救われる。
だが神は、愛だけでは救われない。
その理由を説明するなら…

「愛とは遺伝的本能に基づく繁殖ないしは承認欲求に後天的に付与された、文化概念のひとつに過ぎない」
「愛によってヒトは番との間に局所社会性を構築し、維持できる」
「愛は人が感情と呼ぶ内分泌代謝に依存しており、原始的文化とみなせる」
「カルダシェフ分類によるⅠ型文明において、愛は絶対的な価値判断基準として機能する」
「このことから、愛の割合を調査することによって、対象文明の文化水準を高い精度で算出することが可能だ」
「地球人類の文化水準では、愛という概念は神聖視されやすいが、その本質はしょせん…」

…言うな!
両手で口を押える。
今、俺は諦念に支配されそうになっていた。

(何を支えにして…冷たい宇宙で…生きていけばいいんだ…)

知性の高まりは、見たくもない現実を否応もなく直視させる。
あらゆる錯覚は否定され、欺瞞は暴かれる。
いかなる純真も愚鈍と見分けがつかなくなる。


――瑚太郎(ミラクル大冒険)


人の心が機械仕掛けだとしたら、尊いと思えるだろうか。
解き明かされた秘密が、神秘でいられるだろうか。
人間がひどく価値のない存在に思えた。

…寒い。
好奇心を満たすことだけが、今は価値ある行為だ。
少なくともわからないものは、上方にしかない。

――瑚太郎(ミラクル大冒険)




五度目をのぼる途中で、唐突に愛を見つけた。
小さなカケラ。
愛の概念が、こんな高い位置に置かれていたことが驚きだ。
低位の感情、脳の錯覚だとばかり…
愛はかつて上にあり、そこから一部が落ちてきたようだ。
このことは、愛がとても重要であることを意味する。

信じられない。
手にとって、吟味してみる。
理解が広がる。

…愛がない知性だけの命では、広がれない?
…ああ、自己犠牲の精神か…
…だが…
…そもそも、なぜ広がらねばならない?
………………
…そんな理由で?
…え、これって正しいのか?嘘みたいだぞ?
…そんな優しいものなのか?
…神なんてどこにもいないのに?
…その優しさの主体は…どこから来る?
………構造…が…?
…結果論じゃないか…
…でもそれが…真実?

…愛って、そうなのか?
…それでいいのか?
…嘘だろ…
…根はどこにある?
…はじまりは…
…あ、これ…第一章完って書いてあるけど…
…第二章はどこだよ?
それは、恐ろしく高い場所に保管されていて、届きそうにない。


――瑚太郎(ミラクル大冒険)



研究が進むごとに、篝には疲労がたまり、外見にもその綻びが見えるようになっています。その様子を見ていた瑚太郎は、少しでも篝の研究を知りたいと思い、意識と理解を引き上げることを実行することにしています。それは瑚太郎が知識を得るということであり、そして感情というあたたかささえ、薄くなってしまう行為でした。そして自分が今までの自分でいられなくなるかもしれない、そんな行為でした。

瑚太郎は2回目の知識と理解力の上書きにより、愛とは何かを論理的に獲得しています。ようやくここで、瑚太郎は愛とは何かを知ることができたみたいです。
ここで瑚太郎が言いかけた結論は、愛とは文明の指標に過ぎず、文明が先立ち後天的に価値を付与される概念であって、その本質は愛とは文明水準の構成要素でしかないということでしょう。だから愛とは、高位の概念として神聖視されやすいですが、カルダシェフ分類における地球レベルの文明においての――――文明という概念の中において文化の一つとして後天的に発生して組み込むことのできる――――低位の概念でしかないことに瑚太郎は気づいてしまったのだと思います。

しかし瑚太郎は、この知識の跳躍だけでは篝の研究を理解できず――――ここではヒトの感情のほとんどを物理の機能として理解していますが――――瑚太郎の人としての自我が変質する恐れがあります。しかし篝が神々しい知性の陰影であり、未知の神秘の存在だから、そんな篝に対する愛おしい気持ちだけは変質しないかもしれず、自我を保てるのではないかという救いのような気持ちから、篝のためにさらなる知識の跳躍をしています。ここで瑚太郎は自分が自分のままでいられる、篝に対する気持ちが維持できると確信のようなものを感じていたのは、篝に対する愛という感情は低位の概念ではないことを、どこかで感じずにはいられなかったのかもしれません。


そして瑚太郎は5度目の跳躍の途中で――――ちなみに3度目の跳躍でノーベル賞が無数に落ちていました――――愛という概念をここまでの高い位置にて発見しています。ここで瑚太郎は、2回目の跳躍の時点で理解したと思っていた愛――――低位の感情、脳の機能活動或いは錯覚――――について、その愛の概念の落下した一部がさらにそこから落下してきたさらに一部でしかなかったということに気づいています。つまり瑚太郎は、愛というものについては最初から、そして高度知性跳躍による高位知性の獲得をするに至っても理解などできておらず、知らなかったものになります。

この5度目の跳躍で見つけた愛の概念は第一章完となっていて、続きもあり、その続きとなる第二章は恐ろしく高い場所に保管されているみたいです。それは瑚太郎がノーベル賞の発見を超えた先で見た愛の概念は高位のものであったとなりますが、それでさえもさらに15回の跳躍以上が必要な高さから零れ落ちたものに過ぎませんでした。
そこから明かされたことは、愛がないとヒトは拡がれない、愛が世界の始まりから存在していたという事実です。高度で情報の上をいく概念、それが愛という高位概念なのだと言われています。

いつの間にか瑚太郎は、知性を得るための跳躍から、愛という概念の解明のための跳躍へと目的が変化しています。それは瑚太郎が、篝を愛することから知性への跳躍の決意が始まり、愛という概念が論理・定式化される恐怖に反して愛はより概念化し、恐怖は興味へと変貌を遂げるまでに至ったのでしょう。だから知性探求を捨ててまで、概念探求へと愛を論理化という形であったとしても、愛を知りたいと思ったのでしょう。

纏めますと、瑚太郎は終始愛を知らなかったということになります。2回目の知性向上で、愛を機械仕掛けのものとして理解したつもりだった瑚太郎は、5度目のさらなる知性と理解力の向上により、愛を理解していなかったこと、そして愛は到底理解不能だということ、そのうえで愛は重要であることをを知ってしまいます。ノーベル賞やあらゆる概念を超えた、愛の理解は知性だけでは限界が発生する、超高位概念だということがここでは強く示されています。瑚太郎は、愛というものをずっと知りませんでした。

そんな愛について、瑚太郎はとても興味を持ち、知りたいと思っていたのでした。でもなぜ、瑚太郎はここまで愛にこだわるのでしょうか。それはまさに、瑚太郎が篝と出会って得られた答えが、ここでも同じようなことが言われています。


「俺はただ…あんたと同じ場所に行きたいだけなのに…」


――瑚太郎(ミラクル大冒険)

瑚太郎は居場所が欲しいと願っていました。そして今、瑚太郎は篝という存在によって、居場所を手にすることはできました。しかし瑚太郎が気付き望んだ関係は、深いのではなく尊い関係。利己的ではなく、命を賭けてもいいという想い。だから瑚太郎は居場所が欲しいという願いだけではなく、篝と同じ場所にいられることを望んでいました。それが瑚太郎が篝との間で結ぶことのできた尊い関係、愛するという気持ちなのではないでしょうか。
瑚太郎は篝を愛していたから、篝への愛は決して否定させない、神聖なものであることの証が欲しかったのかもしれません。

ただし神聖なものは、知識と理解力の向上だけでは辿り着けない領域、それが愛というものが超高位概念である証拠なのでしょう。









愛は上方ではなく、“そこ”にあった


上書きすればするほど、理解できないものが増えていく。
そして――

壁が現れた。
天井と呼ぶべきか。
絶対的に理解不可能なもので、上方は埋め尽くされていた。
岩盤みたいだ…
上書きを何百と行えば…あるいは…
でもその時、俺は存在していられるのか?

(そうか…ここまでか、人の限度は)
(これっぽっちなのか、人の可能性は)
(なんだ…)
(でも…)
(わからないことがあるから、希望を持てるのかもな…)
(すべてを理解してしまったら、つまらなくなる)

(篝に会いたい…)

憑き物が落ちたかのように、俺はすべてを諦めることができた。
しょせんは薄っぺらい向上心に付け焼き刃の好奇心だったということだ。

(調子に乗って、予定よりも多く跳躍してしまった)
(戻れるかな…)

梯子の下を見下ろした。
そこにはもう、何も見つかりはしない。
『下』さえもない。
地に足をつける必要がなくなった俺は、もう下を見つけることもできないのだ。
人間感覚を消失してしまったから…


――瑚太郎(ミラクル大冒険)

瑚太郎は愛を知りたいと思い、より上へと知識跳躍を行い続けました。しかし跳躍を行えば行うほど、理解力は向上しているにもかかわらず、理解できないものは増え続けるばかりでした。知性と理解力の上書きにより愛を知ろうとした瑚太郎は、結局硬質な理解不能の壁に突き当たってしまい、愛を知ることは叶いませんでした。

瑚太郎は戻りたい、篝に会いたいと願っています。愛とは理解不能で、だから篝との居場所が尊いということを再認識したのか、篝のいる丘に戻りたいと思っています。しかし、愛を知りたいと思った探求は限界と壁に突き当たって知ることはできず、諦めて篝との居場所に戻ろうとしたときには、その場所に戻る帰り道さえ分からなくなってしまいました。瑚太郎は愛を知りたくて、でも愛は上に行くことで知ることはできなくて、かつて下で得た愛おしい居場所まで失ってしまいました。

(…悪い篝、手伝えそうにない…)

心で詫びた時、腰のあたりに命綱が結びついているのがわかった。
綱ではない。
ほとんど色素を失い、透明化しつつある…それはリボンだ。

(これ、篝の?)

でもなぜ、篝の切れ端が俺に?
リボンを辿ると、ずっと遠くまで続いている。
その先に、灯火が見えた。
燦然と輝く、暖炉を思わせるぬくもり。

(あれは…?)

そこに戻りたいと願った。
急速に体が引っ張られた。
下方に!
万物の頂が遠のく。
未知であることの雲間を抜ける。
眼下に丘が見える高度まで、一気に引き戻されていた。
丘には篝が立っていた。
俺を見上げている。
叡智の輝きに、全身をぼんやり発光させて。

…戻ってこられた。
そして俺は、元あった肉体へと巻き取られていくのだった。
目の前に、篝の顔があった。


――瑚太郎、篝(ミラクル大冒険)

愛を上に探した結果、元の愛しい場所さえ見失った瑚太郎ですが、その腰に巻きついていた命綱、それはリボンでした。篝を大切に思う気持ちに気づいたとき、その瞬間にずっと命綱としてリボンがあったことにも気づいています。愛を知らず、愛を得ることもできず、理解しようとしても見つけられず、たくさんのものを失ってきた瑚太郎。究極の知性跳躍を行った結果、愛は概念として遥か上方にあるように思えますが、愛は上に行かなくても、確かに“そこ”にありました









唯一の尊さ

一切を解析し尽くしてしまえば、胸が高鳴ることがなくなる。
誰かを好きになって、がむしゃらに生きる理由さえ失う。
あのまま上に進んでいたら、救いのない領域で、自覚なく散っていただろう。
二度と復活することもなく…
俺にはここで、やるべきことがあった。
篝は俺に膝枕をしてくれていた。
その頬に手を伸ばす。

「助けてくれたな…」
「…」

相変わらず言葉は通じない。
でも、いいのだ。

たとえ星に情がないとしても、慕い、すがらずにはいられない。
ましてや篝には心がある。
俺はあると感じた。
ただ同族がいない故、未発達のままなのだ。
なら俺が…
俺だけが…

「もう寂しくなくなった」
「もう迷いも、なくなった」

――中略――

篝は俺の言葉などわからないのだろう。
変わらぬ面持ちで、俺の顔を覗き込んでいる。

「学者の真似事はここまでにするよ」
「篝の仕事を手伝いたいんだ」

少女は顔をほころばせた。
俺には乏しい知性しかないけれど。
長い迷路を抜けることだけはできた。
いつだってそれだけが唯一の、尊さだったんだ。


――瑚太郎、篝(ミラクル大冒険)

瑚太郎があのまま上に行っていたとしたら、きっとすべての解析――――それは知性跳躍と理解力向上が、愛を知るためという手段から上方への執着という目的化を意味していて――――により、人間感覚だけではなく、その自我さえ人間のものから遠ざかり、喪失という形をとることになります。それは人生の目的が機械化されているかのようです。

瑚太郎は誰かを好きになって、がむしゃらに生きたいと、それが彼の人生観で、そして充実です。だから唯一の尊さとは、このことを言っています。乏しい知性であっても、理論の記憶、概念探求を経て、それが最も尊かったのだと、最初から知っていたのにもかかわらず、気づくのはこんなにも遅くなってしまいました。

篝には心があると瑚太郎は直感で確信しています。知性も乏しく、篝の研究において手伝えることがあるのかさえ分からない瑚太郎ですが、それならば俺だけがというのは、瑚太郎だけは篝の何になろうとしているのでしょう。

ちょっとした思い付きを得た。
篝とは対話できない。
だが意思の疎通はできるかもしれない。
数によって。
わかりやすいところで親和数が良いだろう。
自分以外の約数の和が相手側と等しくなる数のペアだ。
全然違う数なんだが、数学的に見るとなんとなく親しげな印象を持つ。

メモ用紙を二枚取る。
それぞれに「284」「220」と書く。
篝の肩を指先でつついた。

「…?」

284のメモを渡す。
それだけならどうとでもない数だ。
篝が顔を上げた時、自分用の「220」を見せた。

(どうかな…?)

しばらくは無反応だった。
主観時間でほんの三ヶ月程度だ。

「………っ」

篝は――なんてことだ――頬を赤らめて、うつむいた。


――瑚太郎、篝(アウロラの奇跡学)

瑚太郎は意思の疎通相手、それは篝の自我に影響を与える誰かになりたかったのかもしれません。自我が未発達なだけの知性存在であるのなら、理論を通した意思疎通で、自我の対話への間接的な橋渡しを行っています。親和数とは別の言い方で「友愛数」とも呼ばれます。もしかしたら瑚太郎は、ここでは篝へ愛を伝えることで、影響を与えたかったのかもしれません。

篝には概念としての愛は存在したのかもしれませんが、瑚太郎のような尊さとしての愛は存在していなかったはずです。だから瑚太郎だけではなく篝も同じく、愛とは何かを知りませんでした。それでもこの親和数という理論から愛を感じ取れたというのは、瑚太郎の言うように心があり、知性としての現象存在でありながら、その本質は自我の発達により愛というものを理解だってできる、それは確かに親しめる人間のような心のある存在だということが示されています。それは確かに、尊いものなのかもしれません。









理論図に託された、愛とメッセージ

主観時間で何万年も停滞していたらしい。
周囲の様子をうかがう。

篝が直立していた。
今までと雰囲気が違う。

(…推移したか?)

歩み寄ってみる。
足下の理論図が、大きく変化していた。

「こ、これ…!」

地面に手をついて、よく見直す。
大樹の枝部分がぼんやりとした靄のような状態になってしまっている。

「…不確定になってる」

従来の枝ぶりでは、生命生存の可能性は0だった。
今は、わからなくなっている。

――瑚太郎(大侵攻)


見上げる篝の表情は、魂が抜けたように憔悴している。
いくら枝を伸ばしても求めるものは見つからなかった。
暗にそう語っているようだった。
篝は、妥協したに違いなかった。

「…そうか」

責める資格なんて俺にはない。
大切な、篝が決めたことだ。
ともに受け入れるだけだろう。

――瑚太郎(大侵攻)

篝が完成させた理論図、それは生命の可能性が不確定になっています。しかし今までは0だったものが、0に限りなく近い、に変わっただけです。それは数学的には不確定要素であったとしても、現実的には0と何ら変わらないものでした。それでも篝はここまでの可能性に至るまでの苦労を知っていて、それに“大切な”篝が決めたことなら受け入れられると思えた、それが瑚太郎の篝に対する気持ちでした。

「…記念に、メッセージを書いてもいいかな?」
「…?」

「理論には影響しない。言葉を書き添えるだけだ」
「人間はよくこういうことをするんだ。二度と戻らない衛星に、記念に名前を書き込むとか」
「………」
「こういうのだ」

理論コピーを取り出し、そこにコメントを書き加える。


『いつかまた君と会いたい。天王寺瑚太郎』

――瑚太郎(大侵攻)



篝は大きく目を見開いて、四つん這いになった。
俺のコメントを凝視している。

ずいぶん熱心に見ていたが、やおら指先でサインに触れた。
デリートするのかと思ったが、違うようだ。
情報量が瞬時に膨れ上がる。
10兆倍、20兆倍…
俺のサインを起点に、新たな小理論を作っている?

そうやって作ったプログラムを、篝は大樹に植え付けた。
もう何をしているかさえ俺にはわからない。
ぽかんと口を開いて、黙って見守る。
プログラムが走り、大樹に変化が現れた。
樹冠をぼかしていた霧が晴れ、枝が露出する。
すべての枝が枯れかけていた。
命の色に乏しく、くすんでいる。
ところがそのうちの一本が輝き…なんと急成長を始めた。
俺は立ちすくむ。
枝は果てしなく伸びていく。
信じがたいほどの急成長だ。
たちまち枝が太くなり、新たな幹ほども育つ。
いや、そんなものじゃない…
大木から伸びた枝が、元の数十倍の太さになった。いや、さらに…!
それはもう樹木ではない。
命の激流…大海のようなものだった。
幹はさらに果てしなく増殖し、篝の理論でさえも記述できないほど未来側へと伸び去り、不確定の雲間へと消えていく。


「すごい…やった…やったぞ!」


――瑚太郎(大侵攻)

なぜ命の理論は爆発的な拡大と膨張を見せたのでしょうか。瑚太郎が書き残したメッセージで、それは大切な篝の理論図に対して書きつけられたもので、そして大切な篝へのメッセージでもありました。それはもしかしたら、愛と呼べるものなのかもしれません。
この図で解説を補足しますと、圧縮されていますが◼︎(四角状)に見えるもの、それが『いつかまた君と会いたい』という、瑚太郎から篝へのメッセージです。

そして命の拡がりについて高位概念からの補足もあります。瑚太郎の愛の概念探求において、愛は世界の始まりと共にあり、そして人が広がるためには愛は必要不可欠だということを理解していました。だから、愛の概念が命の拡がりの原動力でした。
そのことについては抽象的でひと欠片でありながら、5度目の跳躍の途中という、極めて高位からその一部を読み取っています。

篝と理論図に足りなかったもの、命の拡がりに必要だったもの、それこそが「愛」でした。瑚太郎が最後に愛を付け加えたことで、不確定で衰退の運命を辿るはずだった命は、確かな命へと変わることができました。

しかし命の理論の完成とともに、瑚太郎と篝は別れることになります。篝の秘めていた感情、その真実から地球に命を返す必要があったからです。









好きになるということ、愛するということ

(…感謝を…)
(…感謝を、天王寺瑚太郎…)
(…利己的な私を、愛しんだ者…)

いいんだ
そんなことはどうだっていいんだ
好きになるってことは、そんなことじゃないんだ


――篝、瑚太郎(誰も知らない真実)


篝は双子で…
栄えたのは…母なる星だけだった…?
だけどそれは、一度…失敗している?

やり直しが間に合わないことはわかりきっていて…
だから…
月が、手を伸ばした?
そして…
可能性を…

(…でも、それは許されないこと…)
(…認めてはいけない感情だった…)
(…でも私は、やってしまった…)
(…奪ったものを返して、それで私は無に帰る…)
(…必要な夢はもう見たから…)

待ってくれ!
もはや俺に声はない。
体がないのだ。
俺という自我さえも薄れている。
そもそも俺という個我でさえ、最初から理論の一部で…!
そんなことはどうでもいい!
全霊をもって叫ぶ。

篝!


彼女はそこに立っていた。
ひとりぼっちで立っていた。
俺たちを送り出し、自分は残る。
自然な状態に戻った。
この天体に最初からいたのは、彼女だけなのだ。

(…寂しさに耐えなければならない…)
(…記憶があれば、それができる…)
(…私はそれで満足…)

恨まなかったのか?
憎まなかったのか?
たとえ未来が滅びても、俺たちをずっととどめることもできたはず…
なのに地球に返すというのか…
ばかだな…
愚直すぎるんだよ…
それを…愛と言うんじゃないか…


――篝、瑚太郎(誰も知らない真実)

瑚太郎にとっての好きになるということは、利他的であればいいというわけではなく…それは誰かが何かを与えてくれることではなくて。居場所をくれるというのは、それはただ一緒にいてくれるだけで良くて、他には何もいらないのでしょう。瑚太郎はずっと篝という存在に導かれていました。ヒナギクの丘で篝がいてくれたから自分のやるべきことが見えて、篝が傷つきながらも命の理論の可能性を探っているのなら、それを手伝うことで篝を助けたいと思っていました。
好きになるとはどういうことなのか。そのことについて多くは語られませんが、瑚太郎がこうして篝と歩んでいたということが、それが好きになるということだったのかもしれません。

篝のいる月には人は誰もいなくて、それなのに地球にはたくさんの人がいました。篝はずっと月に独りで、そんな自分の運命を憎まず、地球の人のことも恨まないどころか、篝はずっと人の命が生きられる可能性を探していたことが、瑚太郎にとっては自分がいた場所が月であること以上に驚きだったみたいです。瑚太郎は独りでこの場所に現象として閉じ込められた運命を呪い、そして自暴自棄の果てに地球や命を恨んでいましたから、篝の本意を明かされたとき、篝のことを本当に愛おしく思ったのかもしれません。

瑚太郎は愛を知り、篝を愛おしく思う気持ちから、篝のためなら命を賭けてもいいと思っていましたし、篝のために研究を手伝うことも厭わない気持ちでした。篝が続けていた研究も、月からは見つめることだけしかできない、地球の命の可能性を探してあげたいという気持ちでした。ただ無条件に篝を愛したいというこの気持ちをここで知った瑚太郎は、篝のその気持ちもまた自分と同じ無条件の気持ちなのだと、今なら理解できるのでしょう。それが、愛なのだと。

理論の完成と共に瑚太郎は声を失い、身体も失い、自我さえ薄れつつあります。そしてその子がさえ理論の一部だから、その消失には抗えません。では愛する気持ちも同じなのか?そういった理論とかには関係のないものだから、瑚太郎はただ叫んでいます。そんなことはどうでもいい!全身全霊で!篝の名前を!愛とは理論で語れるようなものではないのだから!

思えば、愛というものが理論で語れないのは当然でした。瑚太郎はもともと現象の存在で、自分の存在意義を知覚していませんでしたが、やがて加島桜との出会いから、自分の存在理由を知っていました。そして愛とは、見返りで成り立つ物質のようなものではなく、ただ尊いものでした。

「最初は、篝を守るために呼び出されたんだと思った」
「でも、どうも違った。俺には俺の役目があるみたいだった」

―中略―

「数多の鍵の振る舞いが篝として表出したように、俺もまた、あいつに対する反作用として現れたんだ」
「そう」
「…俺は、篝に対する反作用そのものなんだ」
「救うつもりが、殺す側だったとは笑えるよ」


――瑚太郎、加島桜(篝の負傷)

瑚太郎の本当の役目、それは篝を助けることではなくて、篝を殺すことが瑚太郎という現象の本来の存在意義でした。もしも愛が理論ならば、瑚太郎も現象としての存在意義に則り、ただ篝を殺すだけの現象にしかなり得なかったはずです。これは瑚太郎という現象が理論でしかないからこそ、愛は理論を超える、愛は理論を変えてしまうほどの力を持った神聖なものなのだと、そのことをただ強く訴えていたのでしょう。

せめて願う…
もしもいつか、空に辿り着くものあらば…
月にいる少女のことを、見つけてやってほしい…
たった一人で、うずくまっている彼女のもとへ…
立ち寄ってみて欲しい…
魂から…願う…


――瑚太郎(渡りの詩)

篝は元の孤独に戻ることになります。命とは根源的に孤独なのだという篝に対し、瑚太郎はそれは寂しい、とても寂しい考えだと言っていました。だから瑚太郎は、その真実を誰も知らない、月にいて人々の命のために孤独と戦い続けた、そんな少女のことを見つけてほしいと、それが最後の願いでした。

ただし想いは消えなくても、その想いを書き残すことはできず、消えていってしまいます。では瑚太郎の想いもまた消えていってしまったのか?その答えを先に言いますと、地球に瑚太郎はその愛を、篝への気持ちを忘れることはありませんでした。
そのことについて、これから地球での瑚太郎の様子から少しずつ見ていきたいと思います。









星を救うためではなく、愛していたから


「あなたは何なのですか」
「味方のつもりだ」
「篝を翻弄し、どうしようというのですか」

「俺があんたの手伝いをするのは、星を救いたいからじゃない」
「単に、あんたに惹かれたからだ」
「特別な居場所を、与えてくれると思ったから」
「だから、こういうこともする」

「理解できません」
「あなたはホモ・レリギオス(宗教するヒト)として、篝を崇拝していたと言うのですか」

「違う、崇拝じゃない」
「惹かれているってのは」
「…好きってことだ」


――瑚太郎、篝(Terra)

地球での瑚太郎は、ずっと星を救うために動いていました。でもそれは、星を救いたいという大きな野心からではなくて、本当はただ愛する篝のために動いていました
だから瑚太郎にとっては星の救済も環境問題も実はどうでも良くて、ただ篝を愛していた。ただそれだけのことでした。

愛が崇拝と違うのは、崇拝のように絶対服従ではなくて、本当に篝のことを愛して想うからこそ叱ることもありますし、その想いから命令に逆らうようなこともしてしまいます。それは崇拝が、愛とは異なるものだということになりそうです。


愛という話から少し脱線しますが、誤解のないように補足があります。瑚太郎の愛は、すんなりと受け入れる簡単な展開がこの後にあるわけではありません。むしろもっと壮絶なものでした。崇拝とは違う感情を向けられた篝は、その後瑚太郎を突き放しています。

「ならあなたの助力はいりません」
「篝の前から立ち去りなさい」

「それも断る」

俺はまた唇を寄せた。
既成事実。そんな単語がちらつく。
だけどそれは、人間同士のルールであることを忘れていた。

「…であるならば」

触れる寸前、強い力で突き飛ばされる。
尻餅をついて、地べたから篝を見上げる。

「篝が去るまでです」

言葉通りに、篝は俺に背を向けた。
止めることができなかった。
目に圧された。
失意と決意の混在した目は、一個のヒトとしての尊厳に満ちていて、俺に篝を尊重させた。


――篝、瑚太郎(Terra)

篝は人類を愛していて、人類を救うことを願っていました。それに対し瑚太郎が抱き続けたのは、個人に対する感情でした。それほど親しくなくても、たとえ人類の滅びが関わっていたといても、それでも関わりのあった人のことは切り捨てられませんでしたし、そのうえさらに篝に向けた感情でさえよこしまな、そして同じく個人への感情でした。

特定の個人のために軽率な行動を繰り返し、そして篝の感情さえ乱す行為をする瑚太郎を、篝は突き放しています。人類全体の大きな幸せを願う篝と、個人のささやかで小さな幸せのために動く瑚太郎。篝からしてみたら、どちらのほうがより崇高に思えるでしょうか。小さな幸せのために滅びが起こってしまうのですから、それは篝の目には、瑚太郎は狂っているようにさえ映っています。人類愛と、個体への愛。それらは同じ愛と呼ばれますが、それでも異なるものです。

つまりここでの篝もまた、愛というものを知らず、そして信じていなかったのです

篝のこの意志は、瑚太郎には到底受け入れられないものなのでしょうか。しかし篝には感情が芽生え始めていて、そして確かな決意で動いているのですから、それは人の尊厳と同じくらい尊重するべきものだと瑚太郎は思っているみたいです。だからこれだけは、どれだけ篝を想ったことであったとしても、逆らうことはできず、瑚太郎は尊重しています。

瑚太郎がどんなに篝を愛していても、篝には知性とは異なる感情が芽生え始めて、その意志で決めたことなのですから、自分がただ一方的に愛するだけではなく、相手の意思も尊重することが、それもまた愛みたいです。

その後の瑚太郎はどうしたのかというと、嫌われているので近づくことはできなくても、それでも篝のために手伝いをすること、陰ながら助けるためにずっと動き続けることを決めています。瑚太郎は報われなくても、愛しているから。篝の願いを叶えるために、星を救うための良い記憶を見つけるため、命を賭けてでも、独りになってでも、戦い続けることにしました。


では、補足の部分はここまでにします。なぜ瑚太郎は、ここまで篝のことを愛していたのでしょうか。それは、本当は月で抱いた篝への愛が、実は途切れていなくて、想いが受け継がれていたからです。









篝火のように、ただ惹かれていた

…でも俺は、どうしても篝に会いに行かなきゃ。
会いたいんだ。とても。
言われてみれば、不思議なことだ。
俺はどうして、こんなにあいつのことが気になったんだ…?

そういうものだ、と言い捨てるのは簡単だ。
だって本能なのだから。
でもこの気持ちは、どこか懐かしい…
ふと、胸の奥に埋もれたしこりを感じた。
過ぎた上書きが、心と体を解きかけていた。
だからそれが見えた。
自分という存在の奥。
魂の奥に、それは引っかかっていた。
意識の腕を伸ばし、つかむ。
取り出した拳を、開いた。


それが何なのか、正確には読み取れない。
先天的に魂に紛れていた異物に過ぎない。
なのに、涙が出た。
込められた願いを感じ取ることができた。


灯火に羽虫が吸い寄せられるように。
生まれる前から、篝を求めていたんだ。

――瑚太郎、咲夜(Terra)


心に小さな火が灯る。
ああ、これだ、と思った。
求めていたもの。
ぬくもりであり、導きだ。
価値あるものだ。
   そうさ、俺の恋は…これでいい。


――瑚太郎(Terra)

瑚太郎が取り出した黒くて四角い、読み取ることのできない塊のような異物。それは月にいた瑚太郎が込めた、「いつかまた篝に会いたい」というあのメッセージでした。その想いだけは、例え解読できなくても、ずっと胸に秘めていたのです。月での瑚太郎の愛する気持ちは、地球の瑚太郎にも確かに受け継がれていました。
瑚太郎が星を救うことができたのも、篝の願いを叶えたいというただ愛する気持ちが、星の運命さえ変えてしまったことになります。

月での瑚太郎は、どんなに知性を上書きしても、愛を理解することはできませんでした。
しかし地球での瑚太郎は、大切な人を裏切り、たくさんの人を殺して、最後には魔物の姿になって、それでも最後には、たった一つ求めていたもの、尊いもの、どんなに知性を上書きしても知ることのできなかったものを、ようやく手に入れることができました。ずっとそのためだけに瑚太郎は戦い、動いてきました。それは報われなくても、価値のあるものでした

そんな篝を愛し続けた瑚太郎は、衝撃的な結末を迎えます。でもそれもまた、篝を愛していたからでした。









ただ好きだっただけ、だからこれは呪い



「え…どうして…俺?」

自分の決断とは思えない。
俺はずっと、篝に会うために頑張ってきたのに。

「お見事」

ひどいことをしたのに、どうしてそんな笑顔なんだ。

「ありえない…これは間違いだ…」
「俺は、呪われているのか?」

「呪いではありません」
「祝福です」

「違う。これは呪いだ…俺を苦しめるための…」
「何人、こうやって殺してきたと!」

篝に会いに来たのだ。
彼女のために、世界に希望を残した。
けど、救済を止めるためには他ならぬ彼女を手にかけるしかなく…
こんなものが祝福であるはずがなかった。


――篝、瑚太郎(Terra)

瑚太郎は篝の望み通り、良い記憶を篝に見せることができました。

環境問題という見方からすると、篝を剣で貫いたことは、滅びは回避されたので、これは祝福と言えます。しかし愛という見方をするとどうでしょう。ずっと会いたいと思っていて、愛している人を殺してしまったのですから、これは呪いです。しかし篝が望んでいることは、救済を止めるために殺されることです。篝に喜んでもらうためにはそうするしかなかったのですから、こんなものが祝福なわけはありませんでした。

篝を愛していて、愛している人の望みを叶える、喜んでもらえるために、愛しているから殺したくはないはずなのに、愛しているから愛する人を殺す。瑚太郎が辿り着いた結末、篝を愛するための正解は、それはどれが正解だったのかわかりません。人類を愛する篝にとっては、これは祝福でしょう。しかし篝という個を愛した瑚太郎にとっては、尊いものを失った、これは呪いと呼ぶ他なりません。しかしながら、それでも篝が瑚太郎に向けた面持ちは、懸命に頑張った我が子を見守る母親の顔で――

環境問題という祝福、愛という呪い。その二つの思想が、二つの感情を生んでしまっています。皆さんはこれを喜ばしい場面(=祝福)、それとも悲しい場面(=呪い)、どちらに受け取りましたでしょうか?

「これで…良かったのか?」
「可能性は残されましたよ」
「そうか…」
「俺はただ、あんたが気に入ってただけなのにな」
「気に入っていた?」
「好きってことだ」
「決して、友好的とは言えない関係でしたのに」

「そういう好きもある」
「………」
「この暗い場所で、あんただけが、無条件に眩しかった」
「気付きませんでした」
「あんた、鈍感だからな」
「報われない想いなど、虚しいだけのはず…」
「それでもいいんだ」
「馬鹿ですね…」

抱擁が強くなる。
篝の声が震えた。

「…個体の、くせに」


――篝、瑚太郎(Terra)


瑚太郎にとっては気に入っていただけ、好きだっただけ。報われなくても良かったのです。でもこれはどうでしょうか。ずっと報われず、そして今でも報われないままです。今まで報われなくても、それは尊いから瑚太郎は満足していました。しかし今はもうわかりません。篝の願いを叶えた喜び、篝を失った悲しみ、そのどちらもあるのでしょうし、他にもいろいろな想いが瑚太郎の胸にあるように思えてなりません。もう瑚太郎は、ただ篝が好きだったと、それだけが事実として残ったのでしょう。

そんな瑚太郎に、最後に篝が個体に対して、愛を見せます。個体の、くせに――今までずっと人類のことばかり考えていた篝が、初めて瑚太郎という個人を顧みた、愛でした

人類にとって滅びは避けるもので、未来を切りひらくことは喜ばしいことで。しかし瑚太郎は、個人のためなら滅びさえ受け入れ、人類の未来が残されたのにこうして少し寂しそうに篝のことを思ってくれていました。
どんなに見返りがなくても、篝という個を顧みてくれた瑚太郎のことを、いつしか篝は不思議と愛おしいと思うようになったのかもしれません。

だから篝は最後に、瑚太郎の馬鹿みたいに純粋でまっすぐな、そんなあたたかいものが愛だったということに初めて気づいたことに、篝は涙を流したのかもしれません。








君と叶えた約束




『いつかまた君と会いたい 天王寺瑚太郎』



もしもいつか、空に辿り着く者あらば…

月にいる少女のことを、見つけてやって欲しい…

ただひとりで、うずくまっている彼女のもとへ…

立ち寄ってみて欲しい…

魂から…願う...


――Rewrite「CANOE」


このCGは、瑚太郎が月に行く場面です。詳しく言うと、オカ研のメンバー5人の力を借りて飛躍できるのは、月までだという話ですが。

月にいたときの瑚太郎の意志(メッセージ)は、地球へと移されても形は変わってしまっても消えずに残っていました。そしてそれは、魔物になってしまっても、変わらないままだったのかもしれません。偶然かもしれませんが、それは同時に意図されたことなのでしょう。この理論さえも、星の運命さえも変える伏線となったメッセージ。そして瑚太郎がずっと心に秘められたのは、このメッセージが伏線となっていたからでした。その最後の伏線となる約束を叶えるため、瑚太郎は月に向かっています。月でたった一人、孤独なあの子のもとへ――







やっと約束が叶った。

いつかまた、君(あなた)と――


――Rewrite24話「君と叶えた約束」



物語が迎える最後の結末、この場面はアニメ版でのファンサービスで追加されたものですが、月で孤独だった篝と再会する場面です。ゲーム版では代わりに芽の周りを取り囲んでいるCGがありますが、あの芽が篝です。どちらにしても、瑚太郎は篝との『いつかまた会いたい』という約束を果たすことができました。


ーー月でただ一人。孤独だった少女には、再び愛しい人が会いに来てくれるのでした。


それでは最後のまとめに入りましょう。この二人の再会はなにを意味しているのでしょうか。篝という存在は母で、星とその環境を体現しているように思いました。対する瑚太郎は、人類とその在り方、その縮図として体現しているように思います。
瑚太郎は、一度は篝を食いつぶしてしまいましたが、それでも愛していたのは本当でした。そして食いつぶして振り返らないのではなく、もう一度会いたいと思っていました。
だから瑚太郎は最後に、孤独な彼女の運命を『書き換え』たのでした。

極めつけはアニメ版ラストで、作者・田中ロミオさん原案の篝に会いにいくという結末をわざわざ追加したのも、ただ母親を食いつぶすだけではなく、愛する心の持つこと、その尊さをより強く示したいように私の目には映りました。
だからこれは、資源を食いつぶすというのは正解ですが、この作品のメッセージはそれだけでは何かが足りないのかもしれません。


「母なる星を食いつぶしてでも、人は広がっていかねばならない」。だけどただ食いつぶすだけではなく、そんな母を想い顧みて、“愛“する気持ちを持ってみてもいいのではないでしょうか。それが、私がこのRewriteという作品から受け取ったメッセージでした。


ーーーこれは、孤独な少女に捧げられた、愛の物語。














後語り

というわけでいかがでしたでしょうか。この記事は筆者にとって初めてのゲーム考察記事になります。初めてということもありなかなか難しいなぁと思いました。力不足でした。とは言っても1週間で作成したのでまだまだですが。

さてここでは、感想も織り交ぜながら後書きを書いていければと思います。考察ももう終わりましたし、だらだらとしたことを書いていくので、あまり興味がなければこのあたりで読むのをやめても大丈夫です。

まず私がRewriteという作品を記事に選んだ理由というのは、最後まで読んでいただいた人には伝わったかもしれませんが、今までこの作品は環境問題というテーマのみが注目されてきました。
なので今まで見逃されてきた「愛」というテーマに注目することで、このRewriteという作品の新たな魅力を見出し、作品の可能性と魅力をお伝えしていけたらいいなと思い書きました。

環境問題というテーマにつきましては、この作品がずっと問いかけ続け、そして最後には意欲的とさえ思える答えを出したのですから、それだけでもこの作品は素晴らしかったし、そのテーマを考察した人たちはとても素晴らしいと思います。今この記事を書いている私ですが、初めてプレイしたときはなにもわからず、そういった考察記事を読み、そうしてようやく理解できるようになったのですから、今私がこうしてこの記事を書くことができているのは、そういった人たちの素晴らしい努力と功績があるからこそのものです。

でもRewriteという作品への理解が深まるたびに、愛というテーマには少数の人しか注目していないのに気づいて、とても感情を大切にしたこの作品を、単に哲学的で知的な作品とするのは少しばかり勿体ないと思い、あえて(本音を言うと全部を扱うと面倒くさいから)環境問題というテーマは一切取り扱わず、愛というテーマのみの観点でRewriteの考察記事を書いてみようと思いました。

結果としては、最後まで書けるものなのだなぁと思うと同時に、Rewriteという作品に込められたテーマのすごさには改めて驚かされました。この考察を書いた私もびっくりです。まさか最後まで書けるとは思っていませんでしたし、環境問題というテーマなしでもここまでの力強いメッセージを持っていたんだなぁって……。

そのため、ここまでの可能性を秘めたこの作品は、テーマ性の評価はつい異例のSSにしてしまいました。でもここまですごいのなら手放しに褒めてもいいのではないですかね?環境問題というテーマにしても、物語の最後まで突っ走れるわけですから……。

これは環境問題のテーマ性に対し本作の解答がもう神作品ですけれど、それだけではなく、そのテーマの無機質性を超えてさらに感情的で、その描写がまた熱かったりなけたりと、もう本当に心から納得したくなるテーマであるところもこの作品のすごいところなんですよね!

愛なしでは篝ちゃんの理論が完成しなかったように、愛というテーマを入れないとRewriteは語れないと思いました。
これほどの崇高な内容、たくさん泣かされたことを思うと、本当に素晴らしい作品だとしか思えないです......。

とまあそれはおいておいて、とりあえず振り返ってみての感想に入ろうと思いましたが、つまらなさそうだと感じましたので、先にわたし的Rewrite好き好き名場面Best3でも発表したいと思いますー。

・第一位「篝ちゃんと瑚太郎くんがイチャイチャする場面(アニメラスト)」

言葉はいりません。ただ尊かったです(語彙力)。少なくともアニメ版で追加されたこの場面がなければ、この考察は生まれませんでした。だから無条件で一位です。もう頭が上がりません。この場面は特に何か台詞があるわけではありませんが、本当の良さは言葉で語れるようなものではなくて、こうした尊いものなんだと思います(思考放棄)。

月を渡る場面からここまで、本当に涙が止まりませんでした。アニメで月へと渡る場面が動いたとき、それはもう鳥肌が立ちましたね。
そして月を渡り、篝ちゃんと再会して......その時にはもう、環境問題というテーマはもう完全に消えていて、愛という本当のテーマだけが、ただ1つだけが力強く...はっきり残り続けていて......。この瞬間、本物のRewriteという物語を見た気がして......この流れの全てにおいて、それはもう本当にたくさん泣きました。

それでRewriteという物語が最後にこのような終わりを迎えるということは、この作品の目指すところは環境問題を超えたうえで、本当はここなんじゃないかと思いましたね。

......それで思ったんですよね。この感動を環境問題で説明できるのかな。これこそが本当のRewriteという物語ではないか。今までのRewrite考察でされていたような環境問題というテーマで終わらせてはいけない、と。
だから今まで語られてきたようなRewrite観を、180度変えてしまうくらいの気持ちで、私が感じた本当のRewriteの魅力を最後まで書き切ろうと思いました。

ずっと愛の高位概念という哲学部分は印象に残っていて、そしてこの終わり方を見せられたとき、これは繋がるのではないかと、そういう微かな気持ちがありました。
それに、篝ちゃんが最後に馬鹿みたいに純粋な気持ちを知り、涙を流す場面もまた愛で説明できるのではないかと思い、今までのRewrite観を180度変えられると確信して、新しいRewrite像をただ目指して書いていました。

この終わり方へとただまっすぐに目指してーーーーそれは篝火に導かれるように、愛に満ち溢れたRewriteというもう一つの物語をただ留めたくて...愛に全てを賭けて、そして生きた瑚太郎くんと篝ちゃんの想いを、気が付けば夢中でその頭のイメージをこの場に書き表わしていました。

そうして出来上がったのが、今まで誰もが些細なことのように見逃してきた、愛という小さなぬくもりだけが残ったこの記事になります。

でもそうして全てを書き終わったときに、「ああ、これだ...」と、あのときの瑚太郎くんと同じ気持ちになっていました。
そうして、Rewriteという物語が本当に大好きになっていました。本当に満たされた気持ちでした。ささやかだけど、とても大切なものを見つけたような気持ちでした。とても素晴らしい作品に出会えたと思っています。

少なくとも原作の終わりだけでは、愛というテーマに確証を持てる部分が愛が超高位概念というところだけだったので、この追加はとてもありがたかったです。この終わりが無ければ、この感動も、この記事も確実に生まれませんでした。

ただ愛だけが残されたあの追加ENDが、そんな眩しい輝きに満ちた感動が、ずっと導いてくれました。

・第2位「篝の祝福と呪い(Terra)」

まあ……言うまでもなくこれは衝撃的でしたよね……。もともとRewriteという作品自体とてつもなく莫大な世界像の上に成り立ち、展開も頭おかしいのでは?と思えるくらいの予測不能な急展開ばかりでしたが、それにしてもこれは私には理解の遥か上を言っていて、初回プレイをしたときはあまりにも混乱してしまったのと、それで混乱しながらも3回くらい繰り返し見て、考察もしっかりと読んで、そうしてようやく自力で理解できるようになったかなって感じです。まあ、難しかったです。
この場面が特に印象的なポイントはもう考察でも充分書きましたが、祝福だという篝ちゃんは喜ばしそうで、そして呪いだという瑚太郎くんは深く悲しそうでした。しかしその後、どこか脱力したように笑い始めた瑚太郎くんと、最後に口付けをする篝ちゃんが涙を見せたところが、なんとも言えない尊さ、神聖さを想わせてくれました。少なくとも二人は愛し合っていたはずですが、その尊さを言葉にすることはできないのだと、この場面の複雑さからただそう思いました。この場面も撒く言葉にできないわけですが、本当に素晴らしかったです。

・第3位「瑚太郎が本当は星のためではなく、篝が好きだったことを告白するやつ(Terra)」

原作の評判はよく知りませんが、アニメだと迷シーン扱いされているやつですね。一言で言うのならゲーム史上これ以上ないくらいの壮大な告白大失敗だと思います。それでも私にはとても衝撃を受けた場面ではありました。篝ちゃんが無知であったときは無垢の神性、人のことを知り知識をつけていく過程でアホの子扱いを受けていきますが、ここで初めて感情を爆発させる場面させ、神性と崇拝とは異なる、(人らしい)尊厳というものを感じさせてくれる場面です。神聖なものほど不可侵だと思っていましたが、そもそも人自体でも不可侵でなければならないことを知らされました。
篝ちゃんの多を愛する感情だって本物なんだなぁと思わさせられました。それに対して個を愛する瑚太郎くんは、篝ちゃんにとってはとても異端に感じたのではないかと思います。その二人の愛の違いについては、これも言葉にすることは難しいっわけですが、それはとても考えさせられるなぁと思いました。そして篝ちゃんがこれを強く拒絶した理由、感情が生まれ始めていたこと、そして恥ずかしいと思っていたことから、本当は愛という考え方の違いだけではなくて、自分の新しく生まれた感情――個に対する愛を認めたくなくて拒絶していたのかもしれないなぁとも思いました。ただの推測ですので考察には書きませんでしたが。なんだかこの場面がとにかくすごいと思った私は決して物好きではないことを信じたいです……。

ちなみにここで流れるBGM「Scene shifts there」というのですが、そもそものこの曲がよかったというのもあります。Rewriteのアニメオリジナルエピソードでミドウさんの過去が流れるエピソードがあるのですが、そこでも同じ曲が使われています。このエピソードですが、私はボロ泣きしました。
そんな曲が使われた、ということもあり、Rewrite自体がかなり印象に残った作品なのかなぁと思いました。

と、こんな感じになりますでしょうか。考察記事自体はMoonの内容を多く取り扱ったのに、好き好き場面は全てTerraの場面ですね。本当は愛の概念探求を入れても良かったのかもしれませんが、篝ちゃんの登場する場面のほうが印象に残りましたので……。
こうして並べてみるとRewriteはかなり衝撃的な名場面ばかりの気もします。エンタメ作品としてみても充分面白かったようにも思いました。

あとは地球という惑星、それは世界そのものを情報記録媒体のようにして、その代行者としての役割を篝ちゃんに与え、世界が良い記憶を記録として求めるのなら、人類は知性によってその記憶を供給しなければならないという哲学的世界構築についてもすごいと思ったことをいろいろと語ってみたいと思うわけですが、たぶん求められていないような気がするのと、読み手のことを想定するのが恐いのでここまでで一旦後語りは終わりとします。下からは、Terra編の感想などについてもう少しだけ書いています。








Terra編雑感


もはや後語りというにはあまりにも長くなりすぎてしまいましたが...... ここまで扱ってきたそれぞれの場面について、これから私の簡単な感想をば。





ミドウが世界を憎んだ理由

先程少しだけお話した、ミドウさんについて最初は話してみたいです。アニメ版の評価も入れていいのならミドウさんは一番好きな人物だったかもしれません。

まずミドウさんの過去については、色々なことがあったようなことが鳳ちはやルートでは言われています。(ちなみにここで流れるBGMも「Scene shifts there」でした。私的にRewriteでもかなり上位の名曲だと思っています)

なぜ俺たちは、こうして見下し、睨み上げる立場になっている...?
何が悪かったと言えば...。
こんな世界だ。

「あなたは、うらやましかったんですよね、瑚太朗が...」
「...俺が、だと?」
「.........」

「俺も...」
「てめえみたいな力があったら...」
「.........」
「くだらねえ...」

一瞬、涙が見えた気がした。
それは、炎中で蒸発し、消えてしまう。


ーーミドウ、瑚太朗、ちはや(ちはや√)


そして、マーテルには人生に悩んだ人が集まるという設定がありました。

ただ豊かな物質社会の中、精神的に蝕まれる者が増大傾向にある。
魔物使いの資質を持つ者は、潜在的にかなりの数にのぼる。
マーテル会が集めているのは、そうした人材なのだ。


ーーTerra


しかし、ミドウさんの過去については原作では一切語られず謎のままで、そのセリフも特に印象に残らなかったというのが正直な感想で。ですが、アニメ版で彼の過去については、はっきりと説明が追加されます。


ーーーーアニメを視聴済みの方は、ここでミドウくんのあの場面を思い浮かべてもらえたらーーーー


しかしほんと...こんなのボロ泣きするしかないでしょ...。マーテルに集まるのは世界に虚無感を感じた人たちですが、ミドウさんはそんなものではなく、世界を憎んで、そして絶望していたんだなって...。これを考えただけで、もうどれほど悲しくて泣いたのか分かりません......。何度見ても泣いちゃいますし、思い出すだけでも悲しみが込み上げて泣いてしまいます......。

「世界はいつだってそうだ。弱い奴から何もかも奪っていく。だからブッ壊してやるんだよ!!

この言葉、ようやく初めて彼が何を言っていたのか理解できました。彼の世界の憎しみは、彼自身が言うようにとても大きなものだったんだなぁと思うだけで辛すぎでした。

心も何もかもが狂ってしまった、愛とは正反対でかけ離れたような、狂人にしか見えなかったミドウさんでさえ、本当は愛に生きたかったわけです。ミドウさんにも守りたいものがあって、戦う理由がありました。

「見たかったなあ……クソッタレな世界がぶっ壊れるところをよぉ」

こんな口の悪い言葉に共感してはいけないのですが、彼の生きてきた人生のことを思うと、そんなのずっと泣いてしまいますもん...。悲しすぎて何度も涙腺を持っていかれました。

ミドウさんの本当の想いが明かされたことで、Rewriteの世界は本当に不条理を描いていると思いました。本来であれば敵であり、しかもこんな凶悪な人に感情移入してはいけないはずですが、そんなことなんてできないですもの......。

ミドウさんは主人公とはずっと殺し合いを続ける敵同士でした。しかし、ミドウさんは愛のために生きようとする瑚太朗くんに、最後には味方になってくれます。これがまたさらに泣けましたからね......。
何だか立場上理屈をつけて、利害関係で味方になったように見えただけのようですが、世界を憎むことしかできなかった彼には、こうすることでしか助けてあげられなかったのかなと思いました。

本当はミドウさんは、愛に生きようとする瑚太朗くんが眩しく見えたのかなと思ってしまいます。
瑚太朗くんには世界はいつだって裏切ること、ミドウさん自身の凶行をもって見せつけていますが、それはもしかしたら瑚太朗くんに絶望させたかっただけではなく、ミドウさんが瑚太朗くんなら美しいものを見せてくれるのを期待していたところもあるのかな、と思いました。

だって殺す相手に情なんて必要ないじゃないですか。それなのに、瑚太朗くんにあれほど世界の醜さを語るのって、もうそうだとしか思えないわけですよ。本当はミドウさん、瑚太朗くんに情を持ってしまっているようで......。

アニメでにミドウさんは瑚太朗くんに「鍵は世界を壊す。大事に守った果てに絶望しやがれ」と皮肉を吐いて、そして助けてくれるわけですが、これもまた彼らしいと言いますか......。

でもそうして助けた形になったうえで戦うミドウさん、何だかイキイキしていましたね。壊れることしかできない彼が、それでも愛に生きられた瞬間だったからでしょうか。

原作でもアニメでも最後には味方になるのも涙が止まらないですよ……三重で涙腺が崩壊しました......。このアニメでの追加ほんとに素晴らしいです、ミドウさんにどれだけ泣かされたことか......。

ミドウさんの最期を悲しむ人は作中では誰もいませんでしたが、むしろ狂人が消えたのだから喜ぶべきにさえ思えそうですが、それでもこうして大きな喪失感と悲しさがあったのは、ミドウさんが悪役と割り切れるような人ではなかったからだと思います。

しかしやはり、瑚太朗くんだけは違うように思いました。二人の間にあったのは敵対関係でありながらも、それと同時に何かもっと優しいものが架け渡されていたようにも思いました。もしかしたらそれは、瑚太朗くんと吉野くんとの間にあったものとほんの少しだけ似ているのかもしれないと思いました。

「...そうか、寂しくなるな」

『テメェと決着がつけられなかったことだけが、こんな身の上でも無念だぜ』

「決着はついた。おまえの勝ちだ」
「男ってのは、あとからついていった方が負けだからな」
「ただし今回の試合でだけだ。次は俺が勝つ」

『フッ、テメェに男を説かれるとはな...』
『なぁ、教えろよ。オレは...何かの役に立てたのか...?』

「立ったさ」
「おまえが受け入れなかったからこそ、俺は孤独でいることができた」
「わかるか?孤独でなくなったら、俺は人間関係に満足して、埋没してた」
「そこで立ち止まって、終わってたんだ」
「可能性を探る旅は、いつだって孤独なものなんだ」
「小さな関係の中にいれば、ささやかな幸せを得ることはできる。けどそうなったら、長い旅には出られないんだよ、吉野」
「適応してしまったら開拓者にはなれないんだ。人が選べるのは、どちらかひとつだけなんだ」

『複雑な話だが...なんとなくわかる気がするぜ...』
「だから俺たちは、永遠のライバルだってことだよ、吉野」

『永遠のライバルか...そりゃいいな...』
『サイコーに...マッハだぜ...』


ーー瑚太朗、吉野(大侵攻)


瑚太朗くんを最後には助けたミドウさん、ミドウさんの最期の言葉を思い返す瑚太朗くん。死闘の果てに得たもの、絆とは違うけれど、ただ争っていただけだけれど、二人は通じ合っていた部分もあるように思いました。

何ていうか本当にミドウさんいいキャラだった!彼がいなかったらRewriteの描いた世界についてそこまで深入りできなかったですし、ここまで泣くこともなかったですからね。単に悪役と割り切れないというか、良い悪役とは彼のことを言うのでしょうね。

それにこうしたそれぞれの登場人物のつながりですとか、世界設定とか、よくこれだけ精巧で莫大に広げられたなぁと驚きました。そうしたひとつひとつになかされるのがRewriteのすごいところだなぁ......。

......このあたりアニメオリジナルだったので、アニメ未視聴の方にとっては「???」だったかもしれません。申し訳ありません......。ここからは原作の内容をなるべく忠実に話していきますので...。





Key20周年 キャラクター投票でのRewriteについて

(19.9.28追記)Key総選挙主人公部門にて、Rewriteの主人公「天王寺瑚太朗」くんが1位になりました。おめでとうございます!

人気投票ではRewriteのキャラはやっぱりランクインしませんよねーと思っていたら主人公がまさかの1位でしたからね。びっくりしました。こうして一生懸命考察を書いた一個人としては、かなり嬉しかったですね。ちなみに私は篝ちゃんに入れました。理由は後語りで魅力はいっぱい語りましたが、とにかくとても魅力的でかわいかったと思うので。

今回はせっかくのその結果ですので、この後書きでは主人公「天王寺瑚太朗」くんについてもっと語れたらなと思い、ここからは大幅な追記をしています。
瑚太朗くんは篝ちゃんの愛のために、報われなくてもそれでもあそこまで馬鹿みたいに真っ直ぐであり続けましたからね。確かにカッコよかったと思いましたので、これまで書いてきた内容と併せて瑚太朗くんが作品で見せた、愛というものの在り方についても振り返りたいと思いました。







Moon編について

Moon編でまず気になりましたのは、瑚太郎くんがやけを起こして、本音を篝ちゃんに言うところでした。どうして篝ちゃんはあそこで瑚太郎くんに気を向けたのかな、と思ったときに、やっぱりこの瑚太郎くんは人間らしいなぁと思ったので、そういうことなんだろうって思いましたね。ただしこのあたりを説明するために言葉にするのはなかなか大変でしたが……。

そうして書かれたのが”現象としての天王寺瑚太朗“ですね。(すごく苦労しましたが)我ながらうまく書けたと思います。説明不足なところもあり納得できない!という人もいると思いますが、そういう方は同ライター作品の「CROSS†CHANNEL」をプレイしてもらえると、より分かりやすくて納得できると思います。この作品自体も名作ですので。
ただ改めて説明しますと、瑚太朗くんは篝ちゃんに何度も殺され、その度に元どおりに戻って自室のベッドで目覚めます。そしてそれは、時間が巻き戻るーー篝ちゃんの研究は常に進行しているためーータイムリープではありません。だから瑚太朗くんは決められた様式をなぞっている、自然現象と類似することからも、人間とは思えませんよね。それをこの作品では「現象」と呼んでいますということを伝えたかったです。

「あんた...以前の篝だった時の記憶は持っているのか?」

「否」
「この篝はこの篝であり、他の篝とは異なります」
「篝とは現象のようなものだと心得なさい」


ーー篝、瑚太朗(Terra)

「...勝手なもんだな」
「人間を軽んじすぎてる。命をそんな簡単にすげ替えるなんて」

ホモ・サピエンスの一個体風情が、自然現象に倫理を問うな」

いつになく厳しい口調で、ぴしゃりと言われた。

「それはヒトに間でのみ通用する、脆くはかない理想」
「ヒトの外に出すものではありません。わきまえよ」


ーー瑚太朗、篝(Terra)

瑚太朗くんが命の全てを燃やしてまで助けたいと思った相手、それもまた現象でした。現象なのに人間としての自我があること、そんな現象であり人間としての存在の瑚太朗くんに対して、篝ちゃんという現象が抱いていくことになる感情、現象存在を通して人間とはこういうものだと力強く示したかったのではないでしょうかと、そう思いました。

人間というものを尊いと思う瑚太朗くんと、現象としての高潔さを説く篝ちゃん。倫理とはヒトにおいての最高概念にして、ヒトの淡い幻想そのもので、失われれば霧散する、絶対法則である自然現象にも劣るものです。自然が、世界が、総体としての命を前にして、ただの一個体の倫理を天秤にかけられるものでしょうか。この2つの対立は印象的でした。最後の篝ちゃんの個体を顧みて愛したというのも、こういうことを伝えてみたかったです。


現象としての天王寺瑚太朗についてもう一言。

次に彼女の手が止まったのは、主観的には数ヶ月後だ。
長く同じ姿勢のまま立っていたため、足の裏が根を張りかけていた。
強引に引っこ抜く。
考えることさえ止まっていたらしい。
全身が凝っていて、バキバキと鳴った。
なぜか俺は両腕を天に突き上げ、自己陶酔したような表情になっていた。
爪の先から葉っぱが生えていた。

「俺は人間だっ」

そういうものを全部払い落とす


ーー瑚太朗(三杯のコーヒー)

瑚太朗くんは自分が現象かもしれないというようなことを言っていましたが、何ヶ月も居眠りしている間に樹木化してしまっても、それでも自分は人間だと主張しています。
この主張、瑚太朗くんが初めて自分で現象を否定する場面で、瑚太朗くんは現象としてではなく人間として在りたかったことが分かります。これはやっぱり、人間であることのために現象が対比として置かれたのかなと思いました。とても面白い設定でした。
そういえば瑚太朗くんの体はアウロラでできていて、それでリライト能力が使えるという設定もありました。ここから小鳥ちゃんには瑚太朗くんは魔物だとルートでは言われていましたが、そこでも瑚太朗くんは人間であることを主張していたこともありましたね。

「...証明できる」
「証明?」
「俺が魔物じゃないってこと」
「...そんなの、無理」

「おまえは魔物に、念じて命令を出してるだろ?」
「もし俺が魔物なら、おまえの願望に添った行動を取るはずだ」
「だからおまえの願望の反対を実行すれば、魔物ではないと証明できる」


ーー瑚太朗、小鳥(小鳥ルート)

余談になっちゃいますが、人間として不確定で現象として描かれたーーつまり前半での呼び方があの考察ではずっと「天王寺瑚太朗」だったのに、人間となりつつある過程と後半からは「瑚太朗」という呼び方に変えて統一していました実は。結構気を遣って書いました、これでも。
現象であること、人間であること。私的には考察において、その線引きはとても大事にしていた部分です。


次に気になった場面としましては、瑚太郎くんのミラクル大冒険ですよね。やたら哲学的なうえに愛という言葉がたくさん登場するので、とても印象深かったです。これだけ愛というものがなんかすごい!みたいなことを言っているのですから、もしかしなくてもこの作品は愛のすごさみたいなものを必死に伝えようとしているのは一目瞭然でした。

このことは、愛がとても重要であることを意味する。


ーー瑚太朗(ミラクル大冒険)

ラクル大冒険のこの一言だけで、雷に打たれたような衝撃でしたね。書かなきゃ!と思いましたね。Rewriteの哲学部分で、ノーベル賞を超えてさらに上の概念として置かれた時点で、それのみでも充分考察に値するものでした。でもまさかここまで書けるとは思っていなかったのですが......。

…愛がない知性だけの命では、広がれない?
…ああ、自己犠牲の精神か…
…だが…
…そもそも、なぜ広がらねばならない?
………………
…そんな理由で?
…え、これって正しいのか?嘘みたいだぞ?
…そんな優しいものなのか?

〜中略〜

…でもそれが…真実?
…愛って、そうなのか?


ーー(ミラクル大冒険)

命の理論がどうしてあのメッセージで広がることができたのか。実はここにもう既に答えが書いてあったのですよね。愛がない知性だけの命では広がれない。それは裏を返せば、あそこで広がることができたのは、愛だからということになります。本作のライターさんがシナリオと、この哲学部分を通して伝えたかったのは、このことのように思いました。

しかし、愛というテーマに確証はこの時点では全く持てませんでした。だって今までずっと環境問題のことばかり言っていて、考察記事も全てが環境問題というテーマしかありませんでしたし、突然ここで愛を語られてもって感じですよね……。私が愛というテーマに確証を持てるようになったのは、Rewriteという作品をプレイしてからかなり時間が経ってから、アニメでのあの終わりがあったからでした。
超高位概念とアニメのラストの2つがあって、それでパズルのピースがはまったようにどんどんと繋がっていって、そしてこの考察はあります。どちらかが欠けてもこれは生まれなかったでしょうし、私自身ここまで高く評価することもなかったかもしれないくらいです。

それで本音を言うと、ここは書いていて一番楽しかったです。愛は理論で語れないことを表したくて頑張ったから支離滅裂な部分もあるかと思いますが、それでも何度も見直して書き直す必要のないくらいまで力を入れていましたね。とても楽しかったです。それにこの部分を考察の対象にした人は見たことがないですし、何よりここの文章のお堅さといい幾何学模様で示された知性跳躍風景はなんだか楽しかったです。それもそのはず、こんなに難しく展開も面白いわけではないですから、流し読みされる程度でしょう。それを必死になって書いていたのですからそれはそれはとても充実していました。でも直感通りにやった考察において、ここはアクセルのような機能を果たし、一気にこの考察を力強いものにしてくれて、重要な転換点になってくれたのが一番嬉しかったですね。ここから一気に愛というテーマが加速して、見事に証明しきることができました。本当にやりがいがありました。
ここまで読んだ人で、考察のどの節または項目が面白かったのか聞いてみたいですね。それがこのミラクル大冒険のところだったらちょっと嬉しいかも。


あと瑚太郎くんの上書き能力はかなり良い設定だなぁとも思いました。守りたい人のために体を強化することもできますし、こうして知性跳躍もできる。いろいろなことができるからこそ、主人公には何を選ぶかの選択が与えられますよね。主人公がこの能力をどう使っていくのか、その決断一つ一つが面白かったと思いました。

このミラクル大冒険で瑚太郎くんが帰り路を見失ったときに、篝ちゃんのひらひらリボンが腰に巻きついているのを見た時には、それはもう鳥肌が立ちました。愛を見失った瑚太郎くんが、ここで篝ちゃんの愛?に触れるのですから。それを哲学で解き明かそうとした直後、というのもうまいです。これは神場面だと思いましたし、この時点で神作品だと確信しまして、もう篝ちゃんのひらひらリボンのあたたかさに感動してもういっぱい泣いていました。

親和数について。この数学的概念を物語に取り込もうと思ったそもそもの発想がすごい、というのが率直な感想なのですが、ここで初めて照れちゃう篝ちゃんがかわいすぎでした。
主観時間で3か月とこれほどの時間を要したのも、親和数という概念自体は篝ちゃんは瞬時に理解したのでしょうが、感情に乏しい篝ちゃんはこれをなかなか理解しなかったということを表しているように思いました。逆を言えば、3か月という時間を要しても、それでも理解できた篝ちゃんという存在は、理解不能ではなく弱々しくも未発達かもしれませんが、それでも自我を持つ現象として、瑚太郎くんにとって誰かとなれる可能性を示していたように思いました。なんにしても、対話能力と感情に疎い篝ちゃんへ数学という論理で論理以上の感情共感的な接触を試みた瑚太郎くんナイスアイディアでした!




絶対的に、誰もが美しいと思える、そんな美はあるのか?


美しいものについて。我々は普通(というか私もそうだと思っていましたが)、自然は美しいーーそれは自然とは絶対美であると信仰することでーーと思っていると思います。しかしRewriteでは、その価値観は否定されます。

地球は汚い。
誰が言った、美しい地球だなんて。
うつくしくねーよ。よく見ろ。
どいつもこいつも利己的で。

ーー瑚太朗(対話)

このRewriteという作品では「利己的なもの」を醜いものと定義します。そうすると美しい自然でさえ、そうではないのだとこの作品では排斥されます。Rewriteの自然観では、自然も植物も美しくはないのです。


そう言われてみればそうだと納得できる事例があります。救済が起こった世界は美しい反面、同時にグロテスクでもありました。人を蹂躙するかのように植物が成長する様は、植物ーー延いては生命そのものが醜いことが示されています。

そんな中で美しいものとは何でしょうか?もちろん自然ではありません。しかしここまでのRewriteを読んできたみなさんなら、簡単に答えが出せるのではないでしょうか。

Rewriteの答えは自然などではなく、むしろ醜いものだとすることで排除しています。だからこそ相互作用、調和ーーそれは心や愛として、人間だからこそ見出せる尊いものだと言われています。美しさは自然に見出すのではなく、尊ぶ気持ちからというのがこの作品の美への価値観だと思います。
ちなみに私はこの答えをとても気に入っています。それはライターが独自の美への価値観を持ち大変興味深いということもあるのですが、それは唯一で、利己的ではなく法則さえも無視できる超高位概念だからーーつまり誰が見ても美しいことを否定させない絶対美のように思ったからです。愛を見出すーーそれは価値判断に依拠するため相対的なものですが、愛自体は絶対美だということになりそうです。

人が何を美しいと思うか。それでも自然は美しいと思う人がいるように、それは人それぞれです。つまり美とは絶対的なものではありません。でも自然の美は絶対的なものではないことになってしまいました。

しかし、愛というのは絶対的に美しい、愛こそ絶対的な美というわけです。愛は誰もが追い求めますし、それが美しくないことだと否定できる人はいるのでしょうか。

Rewriteの結末、瑚太郎くんは篝ちゃんを突き刺しています。たくさんの人を犠牲にして、それでも会いたいからずっと頑張ってきたのに、です。
瑚太郎くんは罪深く、どこまでも汚く、綺麗なものとはとても程遠いものでした。それ以前に樹木化する篝ちゃんも瑚太郎くんも見た目は不気味でグロテスクな光景です。
救済を起こす大いなる存在としての篝ちゃん、もはや人間ではなくなり化け物のような見た目になってしまった瑚太郎くん。二人はどこまでも不気味な見た目だったと思います。

しかし、それでも最後は篝ちゃんのために泣き、そんな瑚太郎くんを篝ちゃんは慈しみ、ずっと笑っていた篝ちゃんが最後には泣き出してしまう......それはどれだけ美しかったでしょうか。そしてその美しさは、誰が否定できるでしょうか。
誰もその美しさは否定できません。それだけ篝ちゃんと瑚太郎くんが見つけたーーーー知性跳躍では届かなかった超高位概念とも呼ぶべきーーーー愛は、尊いと思えるものだったのではないでしょうか。私はどことなく「幸福な王子」の”王子“と”ツバメ“のお話を思い出してしまいました。

それは、グロテスクな風景にありながらーーーー戦場に咲く花(ヒナギク)が美しいようにーーーー二人の中には、とても尊いものがあったのではないでしょうか。

そんな二人だったからこそ、その2つの想いは大樹になれたのかなと思います。
これまで登場した自然が利己的で全て醜いと言われていたのに、この大樹だけはいろいろな人に愛されたのも、不可思議な成長をしたのも、そんなものとは違う尊さを秘めたものだからだと思います。

Rewriteでは自然も植物も全てが利己的で醜いとしたのに、篝ちゃんと瑚太郎くん...二人の想いの大樹には、その見事な対比にとても感動させられました!

絶対的な美、それは誰もが迷信だと思うようなことへの答えを、このRewriteは導き出せたのです
この作品はどんな哲学も、物語も及ばない領域まで来てしまっています。本気で驚きました。この作品はかなり難解だったと思います。しかしそれでも、この作品が求めたもの(愛)は尊く、哲学作品でありながらどこまでも馬鹿みたいに純粋で、たくさん笑顔になれて、ここまで泣かされるなんて完全に異例でした。まさしく傑作だと認めるしかなかったですし、心から好きだと思いました。





理論にメッセージを入れる云々は、愛というテーマの直接描写とはちょっと離れるので入れるか迷ったものの、(実は書いている途中で気づいたわけなのですが)後半の伏線になっていたこと、資源を食いつぶすだけで命の可能性と理論は広がったのではないということを示したくて入れました。あれほど停滞していた理論が、瑚太郎くんの愛だけであれほどまで広がるのですから、Rewriteの作者は愛がすごいものだと考えていたようですね。
正直私もこれを書いていて、愛でこんなことが起きちゃうんだ!?と驚きましたね。

で、まあ篝ちゃんが瑚太郎くんたちを地球へと送り返す場面は絶対に入れないと最後の月へと行く場面と重ならないですから入れました。そうしないとそもそもの考察が成り立ちませんから。ここもなかなか印象的でした。「それを愛というんじゃないか」という一言で締めるのも、やっぱりこの作品は愛を扱っているんだなぁって思わせてくれるには充分でしたね。いろいろと省略しちゃいましたけれど、この作品は愛と同じくらい孤独についても言及しちゃっているんですよね。

もしこの宇宙に神というものがいるなら、そいつはとてつもない苦痛の中に生きているはずだ。
知性とは自らの孤独を浮き彫りにする。
絶望と、物理の無情から目をそらせなくする。

――ミラクル大冒険


それなので、愛と対をなすテーマ“孤独”についても焦点を当て、この考察の副題は、「孤独な少女に捧げられた、愛の物語」にしようという考えはかなり初期から固まっていました。孤独という概念については冗長になりすぎるのであまり掘り下げませんでしたが、知性というものが感情さえ物理としての説明で神聖さを失うこと、つまり究極の知性は孤独に直結するということが、篝ちゃんの孤独なことについての言及なのだろうと思いました。超高密度の情報を口から鳴るように発する篝ちゃんは、受容者の理解を遥かに超えることは猛毒となるために、孤独であったのだろうと思いました。そして瑚太郎くんのミラクル大冒険では、孤独に耐えられず寒さすら感じていましたが、その感覚をなくすためには、篝ちゃんのようにそもそもの寒さを感受する自我が未発達であればよいということになります。そして自我は、他者自我と触れることで成長するのですから、孤独が孤独という概念像を曖昧にしてくれているのでしょうから、孤独が孤独というものの救済を行っているのかもしれないなーと思いました。ただしそんな篝ちゃんでも、地球の人たちに愛着を持っていたのですから、希薄でありながらも自我はあり、孤独を感じていたのかもしれないとは思いました。だから篝ちゃんの救済は孤独にではなく、愛にこそあるのではないかと思います。

対する瑚太郎くんについても孤独の言及はいっぱいあった気がするのですが、いっぱいいっぱい過ぎて何だか忘れちゃいました。ただ一例として、瑚太郎くんも篝ちゃんに愛の告白をするときにこんなことを言っちゃっていますね。

排斥され続けた俺は、普通の人生じゃもう満足できなくなってしまったんだ。
小さな幸せ、ささやかな幸福、そんな綺麗事じゃ我慢できない。
だから人が滅ぶことに抵抗はない。
命が惜しくないわけじゃないが…諦めてもいいのだ。
同時に、人から認められたくも思う。
果てしなく認められたいと願望する。承認欲求とかいう感情だ。
俺は欲深い。
欲深くなった。
得損なった分、それ以上に得たいと思った。
そのためには人とは異なった人生を歩まなければならない。
単なる例外程度では、とうてい充足は得られない。
だからガーディアンやガイアでは、俺は満たされない。
唯一無二の人生だけが、俺を慰める唯一の可能性になった。
孤独をこじらせた結果、そうなってしまった。


――瑚太郎(Terra)


はい……あまりにも痛々しすぎて考察する気も起きませんでした……。すっぱりカットしてしまった……。ただ、こう言う瑚太郎くんですが、本当はささやかな幸せで良かったんですよね。星のことは本当はどうでも良くて、篝ちゃんが好きでいられたら充分でしたから。月での瑚太郎くんも、そう言っていましたから。

「好きな奴ができて、そいつに好きになってもらえりゃ、不安なんて消し飛んだ」
「そういうちっぽけな心しか持たない俺は、不幸だったのかな」
「でもな、どこかの誰かになった俺は、後悔なんてしないんだ」
「充実してしまったら、後悔なんてしなくなる」
「好きなヤツのためなら、他のことなんてどうでもいい。世界が…」
「世界が滅びたって…」


――瑚太郎(対話)


瑚太郎くんはずっと孤独で、それでTerra編ではいろいろ言っちゃっていますけれど、本当はどこかの誰かになれるだけで充分だったのですよね。だから瑚太郎くんは篝ちゃんのためにとんでもないことをいっぱいしていますけれど、本当は篝ちゃんとの関係も、このようなささやかなことを望んでいたのかもしれません。話が何だかずれましたけれど、瑚太郎くんも孤独についてはいろいろ想うところがあり、このRewriteという作品が孤独についていろいろと触れていたことだけ伝わっていれば大丈夫です。


ではここからTerra編について語っていきたいと思います。





愛とは何か

ここでは愛については、これも考察するのがとてもしんどいので省略しましたが、愛についての言及は他にもありました。それは、マーテルという、愛に飢えた人を誰でも愛するというその思想についての瑚太郎くん自身の想いが言われています。

マーテルは親愛を重んじる。

だからここでは誰もが歓迎される。
独身の中年女性や、生きるのに疲れた若者。
孤独な少女や、生きるのに疲れた若者。
親のない子や、重い事情を抱えた人々。
環境保護にさほど関心がなくとも、マーテルは来訪を拒まない。
疲労のていにあった者の多くが、マーテルに入会すると溌溂さを取り戻す。
熱烈な人間関係が彼らを癒すためだ。
ここでは誰もが、唯一無二の存在になれる。
…本来の人間的資質とは別に。

会に恭順を示せば、家族とはうまくいくだろう。
だけどマーテルの愛は、誰だろうが受け入れる愛だ。
…誰でも良いのだ。
それが俺には、少しきつい。
たとえ打ち解けたとしても、俺には秘密がいくつかある。
UMA狩りとか、超能力のこと。
秘密を抱えたままでは、誰とも打ち解けられない。


――瑚太郎(Terra)


……はい、とっても痛いです。と同時に、実はとても深いことを言っています。誰でも愛することは、それは確かに愛ですが、これは瑚太郎くんが篝ちゃんに求めたものとは違いました。

まず愛とは、無条件であることが月では言われていました。そしてここで求められているのは、多に対する愛ではなくて、個に対する愛でした。そう、篝ちゃんの人類愛と、瑚太郎くんの個への愛です。愛とはそれだけで高位概念ですが、なぜ個に対する愛のほうがより高位の愛のように思えるのでしょうか。それについて多くは語られないのですが、それが人生の充実だから、という感じなのではないでしょうか。

生まれる前から、篝を求めていたんだ。
目の前の男を見つめ、問いかける。
あんたにはそういう人はいなかったのかい?


――瑚太郎、咲夜(Terra)


命を賭けてでも、何を投げ打ってでも、それでも愛せる。これこそ利己的善行とは大きくかけ離れた無条件の愛で、だからこれが求めていた最も尊いものだったのかもしれないと思いました。だけどやっぱり人は臆病で、それは瑚太郎くんも同じで、そこまでしたいと思える相手は限られてくるのでしょう。だから尊いということで、その尊さは多にではなく、個を特別に想う感情から生まれるのかなぁと思いました。まあ根拠のない推測でしかありませんが。
もしかしたら見逃しているだけで、もっと良い該当箇所があるかもしれませんので、もしも見つけた人がいれば、もしよろしければ私に教えてください!(切実)

余計な話をしましたが、尊い愛とは無条件で、個に対して向けられるものでした。そしてそれは崇拝とも違う。それに限らず一方的に押しつけるものでもない。尊い愛ということを示すだけで、もうこれほどまでの条件が示されてしまいました。いったい愛とは何なのでしょう。結局愛とは高位概念ですから、こうして言葉で捉えようとすることそのものが愚行なのかもしれません。だからこうして言葉にできたのは、尊い愛という概念のその一部でしかありません。
それでは尊い愛とはどのようにしたら得られるのか?それは概念にしたら難しくても、たったの一言で説明できちゃうほどシンプルだったりします。

「この暗い場所で、あんただけが、無条件に眩しかった」


――瑚太郎(Terra)


あまりにも抽象的すぎますが、瑚太郎くんが最後に篝ちゃんへの想いを伝えるときに出た言葉はこれだけでした。それは好きでいること、それだけで充分だったんです。そこに概念も理由も、そんなもの自体が不必要だったんです。だから知性で愛を解明しようとしてもなかなか難しくてできないけれど、気持ちとしては単純なものだったんですよね。

ばかだな…
愚直すぎるんだよ…
それを…愛と言うんじゃないか…


――瑚太郎(誰も知らない真実)


「馬鹿ですね…」


――篝(Terra)


これだけの単純で、虚しささえ感じるような想い。それはまさしく馬鹿だと言われても仕方のないことなのでしょう。けれど馬鹿だと思えるくらいの純粋さ、それが尊い愛だったのかもしれません。こうしてみると真理は複雑で、そしていつだって単純なことだったんだなぁって思います。

俺には乏しい知性しかないけれど。
長い迷路を抜けることだけはできた。
いつだってそれだけが唯一の、尊さだったんだ。


――瑚太郎(ミラクル大冒険)

瑚太朗くんは、ずっと篝ちゃんのために、自分が尊いと思えるもののために、あそこまで頑張っていたのでした。

篝を見つめる。
こいつのために、命だって賭けてもいい...と思った。
たまに疑問に思う。
いろんな人を裏切ってまで、やることだろうかと。

「...なあ篝」
「なんです?」

「俺は、尊い仕事がしたい」
「誰かがやらねばならないことがしたい」
「それがせめてもの、俺に与えられる褒美なんだ」


ーー瑚太朗、篝(Terra)

瑚太朗くんにとってそれは、(反作用としてではありましたが)表出した現象存在だったから、2つの組織に身を置くことができたから、そして何よりそれが約束だったからと、瑚太朗くんにしかできないことだったのは間違いないですが、それが尊いと思えること、これを最後に近づくにつれて見せてくれるのは、やはり感動しましたね。


では最後に、なぜ個体への愛が尊いと言えるのか?マーテルの親愛...つまり博愛は、誰にも向けられるものでした。それは救われた人もいる以上とても良いことなのは間違いないのですが、でもなぜ瑚太朗くんにとっては尊くはなかったのでしょうか。
それもまた、瑚太朗くんが人間だったからです。

瑚太朗くんには上書き能力が使えて、いかにも最強で無敵かのように見えますがーーーーそれでも万能ではありませんでした。

命さえあれば、俺はどんなものにでもなれる。
遺伝子の外に捨てられた、さまざまなガラクタさえ、自在に加工できるんだ。

だけど悲しいかな、俺の命の総量は人間ひとり分。
だからここまでしか、できない。


ーー瑚太朗(Terra)

瑚太朗くんの命の総量が人間一人ぶんしかないように、愛のために人生を賭けられるのも、一人ぶんの愛程度のものだったように思います。そんなちっぽけな存在でした。
だからこそ、一人の人間として、一人ぶんの愛のために人生を賭けたのではないでしょうか。博愛に生きられないのなら、ただ馬鹿みたいに愛に生きる。でも、自分に出来る限りの全力を尽くせたのだからこそ、そんな小さな愛が瑚太朗くんの人生にとって、尊いものだったのだと思います。

そしてやはり、マーテルの博愛のような優しいだけが本当の愛ではないからだと思います。瑚太朗くんが篝ちゃんにやっていたこと、叱って怒鳴りつけたり納得できない命令には背いたり......一見愛とはかけ離れた行為ですが、でもそれは、篝ちゃんのことを想って、そして本当に愛していたからこそのことでした。
本当に愛してるとは、マーテルの博愛のような誰でもただ表面で愛する優しさだけではなく、心の奥から愛する尊さそのものでした。そんな最も尊い愛を見つけたからこそ、瑚太朗くんは人生を賭けられたのだと思いました。
親愛ではなく、本当の愛を探す物語、それがRewriteだったのかなと思います

実際にそのちっぽけな愛で理論の可能性を広げ、星の運命を変え、世界を変えて、篝ちゃんの気持ちさえ変え、ただ交わした約束を叶えるためだけに会いに行き、永遠に孤独の運命さえ変えてしまいました。
......こうして振り返ってみると本当に壮大な物語ですね。世界設定や環境問題というテーマの物理的壮大さだけではなく、愛というものの可能性の力強さを完璧なまでに見せつけられました。


『やり直すんだ…もう一度』『書き換える事が出来るだろうか…彼女の…その運命を…。』

......瑚太朗くんは確かに、ささやかな愛で、最後には彼女の運命を“書き換える”ことができたのでした。



さて、まあ一通り説明し終えたでしょうか。それではここからは考察記事で特に取り扱わなかったところの感想でも言っていきたいと思います。





月と地球の夜会


指先を絡めて、くるくる回る。
地球と月みたいに、エレガントには行かないが。

俺たちは踊る。
俺たちは回る。
生きる者なき街並みで、いくらだって楽しんだフリをする。
意味のない時間を過ごしたい。

これは反逆だ。
何も知らない人々に対する、俺たちからのささやかな復讐。
湖面に映る月にも矜恃があるのだと。

救われる人々は、俺たちの存在になど気づかないだろう。
時空の内側にいる限り、気づくことはないはずだ。
そのことが、少しばかり腹立たしい。
篝があまりにも報われないから。


ーー瑚太朗、篝(静かな海の蜜の月)

(このダンスの部分はアニメ版のほうがかわいくてときめいたかも......)

ここでは一体どんな復讐をしたかったのでしょうか。楽しんだフリをするとは、ここでの誰も知らない時間、それが知らないなんてあまりにももったいないくらい尊いものであることを信じていたから、空想の観客にも、時空の内側にしか存在できない人々にも、知らずに見せつけたかったのかもしれません。

意味のない時間を過ごしたいとは、ただ命の理論を完成させるという、ただ人々のために二人が自我を捨てた現象であったというだけではなく、二人の間には尊いものがあったということを、もし知ったら羨ましくなるようなことがあったことをしてみたかったのだと思います。

ここでもやっぱり、瑚太朗くんが篝ちゃんのことをどれだけ想っていたのかを窺い知ることができます。誰にも知られず、愛されず。それでも...だからこそ、瑚太朗くんただ一人だけは愛していたのかなと思いました。

でも一番印象的だったのはそこではなくて、篝ちゃんのかわいい一面が見られるここでしたね。

ダンスの法則を篝はたちまちのみこむ。
そして延々と規律的に動こうとする。
でもそれはつまらないから、俺は邪魔をする。
アレンジを加えることで、不意打ち気味にリズムを崩す。
篝はあせる。あせあせする。
それが愉快で、自然と笑みが漏れた。

「うわっ!?」

突然、軸足が切り替わって俺はつんのめった。
かろうじて転倒を免れ、チョコチョコと小走りに体勢を整える。
紳士淑女たちも笑っていた。

「.........」

仕掛けてきた篝は、すました顔で踊っている。
...やってくれる。
仕返しをされたのか、アレンジml含めてひとつの法則として学習されたのか。
そんな疑問はだけど、無粋だろう。


ーー篝、瑚太朗(静かな海の蜜の月)

理論の研究しかしなかった篝ちゃんが、さっきの瑚太朗くんの想いに応えるかのように楽しんでいる?みたいでかわいかったです。もうそれだけで涙が出そうになるくらいステキなものが見られたと思います。現象同士の二人でも、このような尊さを見せてくれたことが感動的でした。

余談ですが、このダンスで心に残ったのは、アニメではヒナギクに歌が付いた「Innocence Eye」が流れてとても良い曲だと思ったことですね。あまり長い時間は浸れませんでしたが、Rewriteアニメを高く評価する理由ですね。





人間の対立と共存

Terraが始まったときにいきなり戦場から始まるのびっくりですよねー。
瑚太朗君は戦場で争うガーディアンとガイアをたくさん見て、弱い者をただ虐げる世界というものを見てきました。人は良い記憶を生み出す知性を持つはずなのに、それは争いと傷つけ合いを生むばかりでした。

ヤスミンが細々としたことを引き受けてくれた。
魔物使いと超人が属するグループだ。
ある者たちが言うように、両者が決して相容れないということはなかった。
ガイアとガーディアンが対立するのは、単に復讐の連鎖や利害の問題であり、さらに噛み砕いて言うなら人間だからなのだろうと思った。


ーー瑚太朗(Terra)

しかしそんな戦場でも、ガイアとガーディアンが仲良くすることもできるということを、瑚太朗くんは戦場でみることができていました。人間だからこそ争いも生まれますが、同じ人間同士だから相容れないということもありませんでした。それが瑚太朗くんが戦場で見た、もう一つの世界の真実でした。

Rewriteではガイアとガーディアンというなんだか小難しい共同体としての組織が登場するからあまりその設定が好きになれないという気持ちもありました。でも、その2つの組織はガイアではだれでも良い愛、ガーディアンでは差別と弱い者を踏みにじる者で、どちらにも瑚太朗くんが居場所を見つけられないということを描くために用意された設定のように思います。
しかしそれだけではなく、この2つの組織を通して、瑚太朗くんに大切なものを見せてくれたように、もう一つの意味があったように感じました。こんなふうに世界の不条理さと、そして愛おしさを同時に表しているのだとしたら、この2つは世界そのものなんだなぁと感動する部分もありました。








不完全だけど、それが愛おしさ


美しいとか、可愛いとか、そういう観点ではない。
原始的な信仰心に似ていた。

―中略―

まばたきすることのない瞳には、知性らしきものは見いだせない。
だから神々しい。
知性とは不純物だということを実感した。

人は日数を重ねるごとに、不完全に近づいていく。
そして神性とは、無垢だ。


――篝(Terra)


赤子のような無知と無垢の神性からの、神々しい篝ちゃんの図です。

「...だんだん頭悪くなってきてないか、あんた?」
「...そのようなことはありません」



「篝に良い考えがあります」
「超人より戦車が圧倒的に強いというなら、それを入手すべきでは?」
「…」

いつものこととはいえ…

「戦車を用いて、地球を支配するのです」
「この国では、戦車の個人所有は法律で認められてはおりません」

「では法律を変える作戦ではどうでしょう?」
「これはかなりの盲点では?愚民には及びもつかない絡め手と言えましょう」
「篝…」

「なぜ頭を撫でるのです」
「同情だ。あまりに思考が可哀想な人みたいだったからな」
「侮辱はやめなさい」

リボンにぱしっと手を払われた。


――篝、瑚太郎(Terra)


人のことを知っていった結果、アホの子になっちゃった篝ちゃんの図。戦車に書かれた名、明日へ突撃号という表明がこの作品らしくて眩しいと思いました。


無垢とは神性、知性とは不純物、人は日数を重ねるごとに、不完全に近づいていく。でもその不完全さが、愛おしさなのかなぁと思いました。それは知性とは、愛おしさなのだということになるのでしょう。
でもさっきまで馬鹿という話をしていたような?と思った人もいるかもしれませんが、そのことについて真面目に語り始めると本題から離れるうえ難しくて長くて哲学的で冗長で誤るかもしれないというデメリットばかりなので、これ以上の言及はどうか許してください。ただ少しだけ書くと、地球での初期の無知だった篝ちゃんが神性で、今の篝ちゃんが愛らしくて、月での究極の知性の篝ちゃんがどうだったのでしょうか。それが私自身が今持っている答えです。

それは置いておきここで私が言いたいのは、愛おしさとは不完全さからではないかということだけです。Rewriteでは知性をつけていく、赤子が成長していくことを最初は悪いことのように言っていますが、愛おしさはこうして生まれるのだとしたら、それは喜ばしいことなのかもしれないと思いました。アニメ版で追加された戦車篝ちゃんについて語りたかっただけですはい。すごくほほえましかったです。だからこの愛おしさは、単に不純物の蓄積なのではないと思いました。知性活動とは、赤子の成長とは、そして人とは愛おしくて尊いものなのだと、そう思いたくなりました。





世界を裏切るほど、どうしようもなく惹かれる

居場所について考える。
境界線上でいまだどこの何者でもない者が俺だ。
だから選ばれた。だから。
そんな者がたまたま鍵と縁を持って、今この場にいる。

偶然か?
そんな偶然...あるものか?
運命論など興味はなかったが、今は信じられそうだ。
確かにこの仕事、俺にしかできない。
俺だけに与えられた選択肢だったんだ。

それは...何者かであるということ。
どこかではないが、誰かではあるということ。

「あんたと俺で、星の死、止めてみるか?」
「...もとより、それが願いです」

裏切りは濃度を高めた。
人生の苦痛はもっとひどくなりそうだ。
なのにその方角にこそ、篝火が明々と灯っている気がした。

胸をおさえる。
熱く甘く、高鳴っている。
篝という超自然の存在に、俺はどうしようもなく惹かれる。


ーー瑚太朗、篝(Terra)

瑚太朗くんはここで、世界を救うという大仕事にとても大きな高鳴りを見せますが、どうもそれだけではないことがわかります。
どこかのだれかになりたい。篝火のように惹かれる。瑚太朗くんを動かした衝動は、省略してしまいましたが実は最初から、そして最後まで貫いていたように思いました。




感謝も義理もなくても、助けたい

「なぜ思い通りにならないのです」
「それが世界というものだからだ」
「みんなそれで苦しい思いをしてる」

「俺だってそうだ」

「俺を信じてくれ。俺はあんたを裏切らない」
「当たり前です」
「裏切りなど、あってはならないことです」
「...はは」

どうやら計画が達成されたとしても、篝から感謝の言葉はもらえなさそうだが。
...まあ、いいが。


ーー瑚太朗、篝(Terra)

世界は思い通りにならない。それでもそんな世界を相手に、たった一つの想いのために瑚太朗くんは、ずっと人生を賭け続けていましたよね。
そしてその想いは感謝されない、報われないことを瑚太朗くんはどこかで知っていたのかもしれません。それでも篝ちゃんのために生きるという決意をした瑚太朗くんはすごいなって思いました。


瑚太朗くんは小鳥ちゃんと、お互い篝ちゃんを守ってきた者同士として、こんな会話もありました。

「ねえ、どうして篝を助けるの?」
「なんのお金にもならないし、誰にも褒めてもらえないんだよ?」

「どうしてかな」
「瑚太朗君だって、篝にはなんの義理もないはずでしょ?」
「正義の味方をやりたいわけじゃないんでしょ?」

「...そうだな、正義の味方に憧れているわけじゃない」


ーー小鳥、瑚太朗(Terra)


小鳥ちゃんにとっては両親と引き換えに篝を守っていました。それは篝のためではなく、両親との大切な時間のためでした。そんな小鳥ちゃんにとって、瑚太朗くんが篝ちゃんを守ろうとする姿は不思議に映ったんだと思います。

ここではあまりはっきりと語られたわけではないのですが、瑚太朗くんは正義の味方になりたかったわけではなくて、ただ篝ちゃんのことが好きだっただけなんだろうなぁと思います。

「報われない想いなど、虚しいだけのはず…」
「それでもいいんだ」


ーー瑚太朗、篝(Terra)

この瑚太朗くんのたった一つの想いが最後のあそこにたどり着くなんて本当に感慨深いです。
そんな瑚太朗くんだからこそ、世界と人類だけだった篝ちゃんが、最後に個体として、そして瑚太朗くんを一人の人間として尊く思ったのかもしれません。それはもうこの結末なんて涙なしでなんて見られませんでした。





争いと愛、良い記憶と環境問題の関係性

「ヒトはそこまで瞬時に連携するのですか?」

「当たり前だろ!素人じゃないんだ!」
「歴史の中で、何度も鍵を殺してきているんだ。ノウハウがある!」
「人間の異物を見つけ、狩り立てる力を見くびるな!」

「...」
「篝にはわかりません」
「なぜヒトはそこまでの感受性を持ちながら、こうも停滞してしまっているのでしょう?」
「これだけの知性で、良い記憶が残せぬはずはないというのに」

「...人間はどうしても争っちまうからな」
「それは、ほんと、どうしてだろうな...俺にもわからないよ」


ーー瑚太朗、篝(Terra)

ここで篝ちゃんが言いたいのは、人間には良い記憶を見つけることは充分可能であるということでしょうね。それなのに見つからないのは争うから、それは愛とかけ離れているからとも考えられそうです。命が広がるのも、良い記憶を残すためにも、このような概念がとても大切だということになるのかもしれません。





心配だから怒っている

「あんたを狙っている連中のふところに飛び込んでどうする!」
「...篝に敵意を向けてはならない」

俺の怒鳴り声に、リボンが反応して大きく展開する。

「心配で怒ってるんだぞ!」


ーー瑚太朗、篝(Terra)

篝ちゃんは怒り=敵意と、それは単純な感情として受け取ったようです。好きだからこそ怒るーーみたいなことを考察で話した気がしましたが、本当の好きとはこういうことなんでしょうね。そしてかつての現象としての瑚太朗くんが好きを知らなかったように、現象の篝ちゃんにもわからないものだったのでしょう。

それにしても、リボンという刃物を目の前にしても、それでも怯まずに強い意志を見せつけた瑚太朗くんはすごいですね。ここまで篝ちゃんのためを思ってくれる瑚太朗くんはかっこいいかもしれないです。





瑚太郎くんの篝ちゃんへの告白と壮大な失恋


瑚太郎くんの篝ちゃんへの告白と壮大な失恋についてはもう充分以上に語ったのでもうこれ以上は何も語れないですが、この前後でRewriteは展開が大きく動くわけですから、この場面は入れたほうがよいと思いました。瑚太郎くんは本当は星ではなく篝ちゃんのために動いていたこと、そして篝ちゃんが好きなこと、これは二重の意味で告白だったと思いました。

ここはtop3に入れるくらい好きだと言ったので、もう少しだけ語ってみたいなと思います。ここはずっと現象存在としての意識であった篝ちゃんが、まさかの感情を宿してしまう場面で、篝ちゃんもまた、現象でありながらも心を持てることを見せるという、話の転換点ともいうべき、実はちょっとすごい瞬間だったのではないかと思っています。


「ちょっとした縁でも、できれば壊したくないと思ってるからかな」
「ちょっとした縁のために星が滅びます」

「その時は...」
「滅びを受け入れる」

「愚かなホモ・デメンス。あなたがたは狂ってしまっています!」
「...言葉もない」
「あなたがそのような態度では、どうあがこうと、良い記憶など得られるはずもありません」
「...面目ない」

黙りこくる。
不思議な長さ。
俺は表をあげた。

「ひどい...」

泣いていた。

「あなたたちには、生き残る気さえなかったのですか...」
「なら何のために生まれてきたのです!」
「篝...あんた、感情が...」

人に触れて人を学ぶ。
短期間で言葉を学習したように、篝は人間理解を一段深めた。

感情的に叫ぶ。

「この星から一歩も出ぬまま終わるつもりですか?」
「小さな個の幸せばかり追い求め、大きな可能性を放棄してしまうというのですか!」

ここでは、瑚太朗くんが何を今まで求めてきたのか、それがよくわかると思います。星の運命はやはりどうでもよくて、それよりも大切にしたいと思っていたものがあったのです。
篝ちゃんの問い「何のために生まれてきたのか?」。それはもうここまで書いてきた以上簡単に答えが出ますよね。それは人類全体の永続の幸福だったのでしょうか。瑚太朗くんにとってはそうではありませんでした。小さな、ささやかな幸福のためにずっと動いて、そう生きることを望んだ。それがどんなにちっぽけでの、それでもとても尊いものだからです。

もうひとつ、篝ちゃんは生命への執着(アウロラと再進化のお話です)は強くとも、人への執着はありませんでした。それは、命さえ存続すれば、人という形ではなくても良いということです。
しかし、ここの篝ちゃんはどうでしょう。ここで篝ちゃんが感情的に叫んでいたこと、それはまさしく人への愛着ではないでしょうか。人に触れて学び理解を深めていくうちに、感情と人への愛着から、そんな愛おしいものが滅んでほしくはないから、ここで初めて泣いて、そして感情的に叫んだように思います。現象だった篝ちゃんにも、尊厳はあるのでした。

篝ちゃんも瑚太朗くんも、ここで初めてお互いの信じる、愛というものをぶつけ合っていました。
二人はどちらも現象から始まり、人になって、そうして感情の末にこうなるのですから、衝撃とも思えました。これが本物の超高位概念なんだな、作者はこの素晴らしさを書きたかったのかもと思いました。うん......圧倒的すぎてこちらも涙が止まらないです......。

どうしたものか。
興奮の極みにある篝。鎮静剤にかわる行為はあるか?
攻撃すれば敵対と見なされる。
和解の道がなくなるおそれがある。
どうにかして味方だと知らせるしかない。

もっとも衝撃的な、好意を示す振るまい。それは...
隙を見つけて、篝の唇に吸いついた。


ーー瑚太朗、篝(Terra)

瑚太朗くんが篝ちゃんに示したかったもの、それは好意でした。裏切らないと誓った瑚太朗くんが、裏切りのようなことをして、それでも味方だという。感情が生まれた篝ちゃんにも、この意味と概念には到底理解が及ばないと、そういうことになるのでしょう。

この後に続く話は確か考察本編で書いた、星を救いたいからじゃなくて惹かれたから、崇拝ではなくて好きだという部分だったと思います。あそこは頑張って書いた記憶ですが、やっぱりこの部分の内容があまりにも濃かったですからね。

この部分は書いていて、瑚太朗くんさらっととんでもないことを言っていると思いました。Rewriteのテーマは星の運命だとする考察が今までの主流でしたが、このセリフで今までの考察を完膚なきまで超えることができました。そんなテーマは、愛の前ではどうでもよくて、愛こそ本当のテーマだと最後まで見せつけてくれました。ここまでの力強い感情には本当に感動と震えが止まらなかった...。
ここは自分が欲しかった言葉がいっぱいあって、この考察記事の他との違いを確固たるものにしてくれた部分だったと思います。この作品の壮大な設定を前に、更にそれを超えるこの力強い感情に、この強烈に感情的なテーマには、凄まじい完成度だととにかく驚嘆に値します。哲学や自然・生命観の枠を超えたとんでもないレベルの傑作でした。

そんなこと関係なしにこの部分での瑚太朗くんと篝ちゃんが好きすぎて......はい、とっても好きですっ......!




“篝火を追うもの”


さて、この後には告白失敗の場面があるのですが、ここからがまたすごいのですよね。普通ならこのように叶わなかった恋。見返りもない、報われなかった恋。これで終わってしまってもおかしくはありません。ですがここで、瑚太朗くんは大きな行動を起こします。

ずっと、どこかに属することばかり考えてきた。
居場所がなくなるだけで不安になる。
自分にさえなれていないからだ。
どこかの誰かではなく、何者にかなるべきだった。
俺というものになるべきだった。

なら、それは何だ?
いろんな人々の顔が脳裏をよぎる。
皆、自分で決めた人生を歩んでいた。

今宮は、学校の外で落ちこぼれスタートでも、立派に挽回してみせた。
長居も一度は脱落したが、新たな自分を見つけた。
ルイスは俺と出会った時にはすでにルイスだった。
江坂さんや、加島桜、あの洲崎や三国だって疑うことなく自我だった。

「俺は」

家まで出て、過去だって捨てた。
篝を手伝うと決めたはずが、どこかで守りに入っていた。

...じゃあ冷酷になれるのか。
知っている人たちを犠牲にできるのか。できるはずがない。
できると思っていても、実際にそういうことになったら迷いが生じる。
俺が支払うことのできるコストは、もうないのか?


ーー瑚太朗(Terra)

だから小鳥に操作を頼んだ。

「今後、俺が連絡したら、この場所に網を張ってもらいたいんだ」
「どうするの?」
「やっぱり篝を手助けする。嫌がられるだろうけど、やれるだけやる」


ーー瑚太朗、小鳥(Terra)

状況が動かないのなら、動かすべきだった。
それが篝の希望でもあったのに。
リスクを恐れて行動をためらっていた。

「その生き方は、もうやめだ」

おまえは何者だ。
自分に問う。
答えはすぐに生じた。


(俺は、篝を追う者)

くらやみの海で、遠くに浮かぶ篝火を追う、ひとりきりの船頭。
そういうものが俺だ。
過酷な道に、仲間は連れていない。
だからひとりだ。
もうこのビジョンを見失うまい。

知らず知らずのうちに俺は笑っている。
余裕などないはずなのに、心が落ち着いていた。


ーー瑚太朗(Terra)

ここからの瑚太朗くんの決意する瞬間は本当にかっこいいですね。もうここからは報われなくても、それでも天王寺瑚太朗はただひとり、その個体として、本当に好きだと思えることに全てを捨てる決意をします。
そうして天王寺瑚太朗は全てを手放し、全てを失い、全てを賭けていく。でもそれはたった一つの大切なものーー“愛”だけは決して見失わず、ただ追い求める。そんな「篝火を追うもの」としての人生を歩んでいくことになります。
ここは瑚太朗の中では全てが崩れて、全てが大きく失われた瞬間だったと思います。たった一つの愛に生きること、その重さが苦しくも全力で描かれていました。篝火だけを見失わなければ、他は何を見失ってでも、必死に追い求め続けていくことがたった1つのささやかな愛だったのです。
本当はここ、考察本編に入れたいくらいの力強い内容でした。残念ながら長すぎてうまく入れられなかったのですが、篝の決意と共に、瑚太朗も全てを賭けられる1つのものへの決意を固めたのでした。

篝火に導かれるとはただ惹き寄せられるだけではなく、自らの意志で人生を賭けてまで追うものだと瑚太朗くんは決めました。そうした瑚太朗くんの人生全てを賭けたものは、それだけ何にも変えられない尊さだと思いました。





江坂と瑚太朗の関係

それで話が結末に向かうにつれ、江坂さんは本当に良い人だったなぁと思いました。


「兵隊に求められる資質は、英雄のそれとはまったく異なる」
「超人は傲慢なものだ。英雄になりたがる。だが私は、兵隊として自分を鍛えた」
天王寺…英雄になるな。兵士であれ」


――江坂(Terra)


江坂さんの教えのとおりに瑚太郎くんはがんばり、戦争地帯でも兵士であり続けました。江坂さんの教えは、いつも瑚太郎くんの胸に生き続けていたのかもしれません。
それでも、ガイアとガーディアンの両方ともが鍵を狙い、愛する篝のために世界を相手に戦おうとした瑚太郎くんの姿は、私には英雄のように見えました。そう考えると、江坂さんと瑚太郎くんは本当に良い師匠と弟子の関係だったと、そう思いました。





良い記憶とは何か

切り開く力と、意志。
篝の求めた良い記憶がこれだ。
俺なりにベストを尽くした。
あとは時間の問題か。
今から変革で、間に合うか、手遅れか...

俺みたいな悪党は、神さまにはちと祈りにくい。
だから星に祈るしかない。
篝の腰を抱いたまま両手を合わせた。
こわばった背中に、額をつける。
全ての終わりまで、あと一日か二日。
どうか、この子を保たせてください。


ーー瑚太朗、篝(Terra)

良い記憶とは何か?環境問題を根底にした考察ですと、星を食いつぶしてでも人は広がっていかなければならないだと思われます。
しかし、プロローグでは「幸せとは何か?」という問いかけがありました。だからより根本的な答えは、良い記憶とは切り開く力と意志を持ち、幸せに生きるという人生観そのものだと思いました。

星を食いつぶすことはここでは登場せず、ただ切り開く力と意志ということだけが2度も登場しています。星を食いつぶすことよりも、このような人の愛おしさを強調しているように思いました

瑚太朗くんは篝ちゃんへの「愛」のために全てを捨てて、そして最後まで駆け抜けました。その未来を切り開く力と意志を持った人生は、篝ちゃんの目には「良い記憶」に見えたのかもしれないと思いました。
だからこそ篝ちゃんは最後に、個体として瑚太朗くんを、愛おしく思ったのかもしれません

そのため「良い記憶」とは、ただ食いつぶすということではなく、“何のために食いつぶしたのか”ということに注目してほしいです。それは、愛するために、ということです。
Rewriteでは最後の資源として命に手をつけます。そうすると、瑚太朗くんも命を資源にしていましたが、それで何を成し遂げようとしていたのでしょうか。それは全て、愛する篝のためでした。
愛が無ければ拡がれない、そもそも拡がる理由もまた愛であることは高位概念で示されていました。だから資源は食いつぶすけれど、それでも愛する気持ちも大切なのではないか、と思いました。

星が求めた良い記憶、それは命を賭けて愛に生きた瑚太朗くんを、篝ちゃんが最後には認めてくれたように、その良い記憶の本質はーー心(そして星も)を動かしたーー愛だったのではないか、と思いました。

ちなみに田中ロミオさんのライトノベル人類は衰退しました」の3巻でも良い記憶論が展開されるのですが、食いつぶすということは一言も登場しないのですよね。
ーーーーそれはあたたかいもの、つまり「愛」というものが、星にとっての良い記憶だという説明がその代わりに登場します。良い記憶とは、今まで言われてきたような食いつぶすという冷たいだけのものではなく、もっとあたたかいもののような気が私にはしています。


そして悪党だったとしても、大切に思うものはあるんだなやっぱりとここでも思いました。瑚太朗くんにとって篝ちゃんは、この日まであらゆる仕掛けを用意して、そしてその子のために祈りまで捧げるほど、その想いは熱いだけではなく、とても切実なものを感じましたね。





地球救済ハンター

これに続いて地球救済ハンターもなかなか卑怯です。瑚太郎くんが子供の頃に背伸びしてやっていた、魔物を刈るお遊びでした。ガーディアンに入った時に同じチームの今宮くんには、その地球救済ハンターのことをすごくバカにされていました。

でも大人になるにつれてもうそんなことはしないと言うようになります。
しかし最後の最後で今宮くんに裏切りがばれてしまい、その時におまえは何者だったんだ?と聞かれる場面があります。



天王寺、よくも長いこと騙してくれちゃったりしやがりましたね?」

「聞きたいことしかねぇくらいだけど...時間ねぇしな」
「おっ死ぬ前にひとつだけ教えてくださいよ」
「...おめーいったい何だったの?」

そんな質問を、ずっと昔、自分自身にしたことがある。
笑ってしまった。

ーー今宮、瑚太朗(Terra)

その問いに対して、ここで瑚太朗くんがまさかの一言。


「俺は…地球救済ハンターだよ」


――瑚太郎(Terra)


なにこれすごくかっこいい......。子供の頃の夢は大人になるにつれて失っていくけれど、それでも本気で追いかける瑚太郎くんかっこよすぎるでしょうと本気で思いました。ものすごくかっこいい伏線でした。
アニメ版ではここでサイキックラバーの曲が入るのも、まさに愛する人のために戦う地球救済ハンター(ヒーロー)という感じがしてすっっっごくかっこよかったです!

愛というのは純粋さだと言いましたが、その愛のためだけに地球を救う。それは童心に帰るようなーー子供が持つ純粋さにも似るのかなと思います。この純粋に愛のためだけに生きる瑚太郎くんは、子供っぽいのぬあまりにも純粋で、それはもう泣けてしまいます。
ここでの遊び心に溢れたセリフはセンスありますね。アニメ版ではさらに凄い演出にBGMまで付くので盛り上がりが凄かったですよね。とても心に残っています。

そして裏切ったはずの今宮くんたちを今度は助けたときに、瑚太郎くんは何がしたいんだと聞かれます。

「マジで...何してるんだよ...おまえは」


ーー今宮(Terra)


「言っただろ、星を救うって」
「そうでないと、気を引けない女がいるからな」


――瑚太郎(Terra)


かっこよすぎますね。ここでも星を救うのは、好きな人がいるからだと言われているので、やっぱりこれは愛に生きた瑚太郎くんの物語でもあるのだと思います。

恋をしてしまった相手に対しては、もう誰の目から見ても何をしているのか誰にも理解してもらえず、本当に何をしているのかと奇怪に見えたに違いありません。
でもそれが、愛なのかもしれません。たった一人のために何かをするとは、全てを賭けるとは、こういうことなのでしょうね。この愛のためだけに星を救う決意をし、本当に星の運命さえ変えてしまうのですから、純粋な愛こそ真実だと思わされますね。そんな力強さを思い知らされました。





ポイントオブノーリターン

右腕からあふれ出るものは、もはや赤い血ではない。
鈍く灯る、赤緑の発光体...命そのものだった。
刃物であり蔓であるものが、関節をいくつも挟みながら何本も生え出てくる。



まだ命は残っている。わずかに、残っている。
それを汲み、飲み干す。
もうひとすくいほどしか残らない。
もう構わなかった。

ポイントオブノーリターン。
引き返せない一線など、とうに超えていた。


ーー瑚太朗、地竜(Terra)

地竜(↑のティラノサウルス・レックスみたいなやつ)戦で再び出てくる言葉「ポイントオブノーリターン」というのも、この作品が環境問題として引き返せない一線を越えたこと、そして瑚太郎くんの身体も気持ちもまた引き返せない一線を超えたというのも、この作品が環境問題と愛という2つのテーマのまさかのクロスポイントになっていて、交差して両立させていることにはとにかく驚かされました。
原作のここでサイキックラバーの曲が流れるのもいよいよ結末に向かっているという気持ちになれて良かったです。この作品Terra編に入ってからがすごすぎるでしょう......。

瑚太朗くんのこの決め台詞をここで言ってしまうことも、もう単純にかっこよかったです。それとここで瑚太朗くんから流れ出る液体はもう血ではなく、緑色の液体になっていました。
誰かを愛するという気持ちは、瑚太朗くんの体をとうとう人間ではなくさせてしまいましたが、瑚太朗くんはとても人間らしかったのではないかと思いました。愛に生きるということ、その重さを最後まで突き通す続けたのはお見事でした。

この後に続く「砕けろ、ガイア!」もまた、瑚太朗くんが単に地竜を砕きたかったというだけではなく、篝ちゃんの時間を縮めようとするガイアの思想自体を砕く、そしてそれは篝ちゃんに対しての気持ちがそうさせるのかなと思いました。
そう何かを思わずにはいられないくらいの力強い意志を感じましたよね。ポイントオブノーリターンに続いてセリフの固有さだけではなく、そこに込められている力強い想い、愛する人のためだからこそカッコいいということですね。

そしてここでさらに面白いのは、地竜と瑚太朗くんの対話なんですよね。これから決戦というところで、リライトを使用するためとはいえ少しの対話を行うところや、地竜が瑚太朗くんのリライトの使用を見抜いていながら、その対話に応じたり準備が整うまで待ってくれたりと、不思議とお互いの命への尊重みたいなものが一瞬とはいえあったのには驚きました。
この作品は「敵対」だけでは全ては語れないとは言いましたが、恋のためにここまできた瑚太朗くんと、知性を宿した魔物である地竜ーーそれはお互いに高みを目指した者同士の、そんなお互いを認め合うような想いがそこにはあったように思いました。

ここはとても熱い場面なのですが、それは不思議なつながり、そういったものを感じさせられたからだと思います。

というか、愛の高位概念と月での瑚太朗くんのメッセージでも思いましたが、さらに地球救済ハンターといい、さらにここのポイントオブノーリターンはもうこのライターさん天才か!?と思いましたね。
細かく丁寧でありながらも、異様なレベルの高さとこの印象深さ、そして感動の伏線回収には本当に驚きましたよね。





好きであること、愛してるということ

そうして最後にはヒナギクの丘へと導かれるように辿り着いた瑚太郎くんは、篝ちゃんのことを忘れてしまったのに、その名前を叫んでしまうのも魂の叫びみたいでかっこよいと思いました。
その愛する人の名前を思い出せたのは、圧縮された四角い塊を見つけます。それは月での瑚太郎くんが、「いつかまた君に会いたい」と残したメッセージでした。そして月での篝の姿を思い出し、さらに愛の概念探求で見た愛の概念をここでも回想しとうとう辿り着いています。あの圧縮されたメッセージと、知性跳躍で見つけた愛の概念は哲学的すぎてどうでもよいように思えますが、実はとっても大切な伏線だったことに震えさせられました。これは巧かったです。
その一方で非常に難解で狂気さえ感じてしまうような方法ではありますが、それでもこの愛に溢れた伏線回収は本当に丁寧で凄いですし、感動さえしてしまいました。さらに伏線以上に、込められたメッセージと回収が暖かく愛でいっぱいなことがステキでした!


篝ちゃんを手にかけてしまう場面では、「好き」であるということと、「愛し」ていることの違いみたいなことをちょっと思いました。

好きであれば、殺せると思う。


――最果てのイマ姉弟


好きであるからこそ、殺すことができる。それは好きな人の命に見合うものを用意できるからこそ、殺せるのかなというのが私の考えです。例えば瑚太郎くんが江坂さんとの戦闘で、次のような会話をしています。

「…俺の最後の仕事を、鍵に見せます」
「それで滅びを諦めてくれるなら、人は可能性を掴むことができるでしょう」

「そうか…それなりの考えは、あるということだな」
「ならば良しとしよう」
「敗北もたまにはいい。今まで認めがたいと思っていた、たくさんのことを許容できる」

「江坂さんたちのしたこと、みんなのしてきたこと、無駄にはしません」


――瑚太郎、江坂(Terra)


好きであるからこそ、殺せるというのは、この江坂さんとの会話が特に物語っているように思いました。瑚太郎くんは親しい人を殺すことはほとんどありませんでしたが、唯一の例外は江坂さんだったように思います。好きな人を殺したときに抱く気持ちは負い目のような罪悪感です。では、「好き」であることの次は、「愛し」ていることとの違いみたいなものについて、私の考えを書いてみます。


「瑚太郎になら、殺されてもいいです」
「できるわけ…ないだろうが」


――Rewrite 12話「滅びの歌」


アニメ版のセリフは原作と結構違っていて、もしかしたら間違いかもしれませんので、話半分程度に聞いてもらえたらと思います。

「愛し」ているのなら、殺すことなんてできません。瑚太郎くんは、それは自分の意志ではなかったように。そして愛している人を殺してしまったのなら、それは罪悪感のような乾燥したものではなく、深い悲しみという感情が身に浸されます。好きだという多への感情と、愛という個への感情は、尊さという見方からも二つは違う、愛は高位のものであることがわかります。ここまでがアニメからの考察です。この結論だけは、アニメからしか出せそうになかったので間違いかもです。

ただし、瑚太朗くんが最後に篝ちゃんへ起こした行動、そのときのセリフはやはり印象的でした。

自分の決断とは思えない。
俺はずっと、篝に会うために頑張ってきたのに。


ーー瑚太朗(Terra)

瑚太朗くんにとってそれは呪いで、そして自分の意志ではありませんでした。それは篝火に導かれた結果、それは叶わない恋だったように思いました。
「そんなことはできない」という強い主張があったのも、それが瑚太朗くんの意志ではなかったことへの強い裏付けのように思います。つまり瑚太朗くんの意志だけでは、篝ちゃんを殺すことなんて絶対にできないのだと思いました。

それは篝ちゃんへの愛なのか、それとも篝ちゃんの愛したものへ応えるためだったのか。そのどちらなのかは分かりませんが、別の強いものが加わった結果、儚い結果だったように思いました。





食いつぶすこと、愛すること

いよいよの結末で、月に篝ちゃんに会う場面。お恥ずかしいことながら、初めてゲームをプレイしたときにオカ研のみんなで白い道を歩くあのCGと、芽を取り囲むCGは「???」という気持ちで、何度見てもその認識は変わらずにずっとそのままにしていました。
でもアニメ版を見て、あーなるほどーと思いました。月に向かっていくこと、最後の篝ちゃんといちゃつく場面を見たときに、間違いなくこれは「愛」の物語なのだという考えがようやく確かなものとなりました。アニメのあのラストが無ければ、アニメのそれまでの過程が無ければ、この考察記事自体が生まれませんでした。
それで原作で特に印象に残った愛の高位概念と、アニメで印象に残ったラストを結合させて、こんな解釈もありますよ、程度の小規模の記事の予定だったのに、あれよあれよと壮大な記事になってしまったのは自分でも驚いています。
もともと篝ちゃんとのイチャイチャだけを書きたかったのですが、こういった既存の固定観念に捉われない発想ができたのは、私自身が単なる萌えゲーマーで、環境問題もいいけどとにかく篝ちゃんとのイチャイチャも最高ですよ!というしょうもない凡俗な考えが源流でした。
Rewriteには愛とは超高位概念で、そして萌えゲーマーとしての生き方を肯定されたように思いました本当にありがとうございますこれからも萌えゲーマーとして精進します!この考察を終えたときのやりがいと達成感はすごかった......。

アニメは荒削りで作画も悪いところが目立ち、出来が悪いと言われますが、それでも「愛」を持って作られたのは確かだと私は思います。あのラストが見られただけでも価値はありましたが、それまででもたくさん泣かされて本当に良い作品だと思いました。

この記事の最後のまとめの文で「母なる星を食いつぶしてでも、人は広がっていかねばならない」。これは、あーこれ書いちゃうのかーと言う気持ちでした。きっとこのRewriteという作品観すら変えかねないという確信さえあり、自分が間違ったことを言っていないかとても不安に思いました。でもこれを書かないとこの作品が愛の物語だということにならないのですから、最後はこの言葉で終わらせることにしました。今までの自然環境考察群とは180度違うことを書いたつもりですので、それにふさわしいかなと思いまして......ちょっと調子に乗りすぎたかもしれません......。
でも書いた後に思ったことなのですが、こうしてみるとRewriteは確かにそんな物語だったよなぁと不思議と個人的には納得できる気持ちもありました。

ルイスを思い出した。
彼の技を。

それはどこから来たのだろう?
意識が飛ぶ。
遠い、過去の記憶。
遺伝子の外に置かれた、ヒトの記憶。
半裸の男が、槍を持っている。
今の人間とは体格がまるで違う。
骨格、脳のサイズ、すべてが。
男の前を、巨鳥が悠然と横切っている。
高く、遠い。
とうてい届くはずのない距離。
だが、挑む。
歴史さえもはるかに超えた超過去。
記録されたこともない歴史のプロセスにおいて、誰もなしえないことに挑んだ者たちがいた。

彼はひとつの時代では数えるほどしかいなかった。
だが実在した。
時間の方向に沿って数えれば、驚くほどの数がいたのだ。
最初のひとりは失敗した。
二人目も。
百人目も。
千人目が初めて翼をかすめた。
飽くなき探求は続けられた。
成功したのは、数千年前という、歴史的にはつい最近のことだ。
獲得形質。
後天的技能を伝承する現象。
それを読み出す行為こそ、超人化の精髄に他ならない。
脳裏に技術がひらめく。脳の成立過程においてもっとも原始的とされる部位に、それは打たれる。

だから理屈では説明できない。
本能と感覚が体得するだけ。感覚的理解。
その奇跡の技能を、さらに超人の身体能力で実行したとき、超人的な技は超人の技へと昇華する。
いつしか俺の手に、小さな投げ槍が握られていた。
槍ではない…枝だった。
あたりに生い茂っている中から、最も槍に近い形状・重量のそれを、無意識に選別していた。
枝の表面を血が覆っていく。
手首から流れ出る俺の血…
自らの意志があるかのように枝分かれし、各部を補強した。
偶然にも民族的な赤い線状模様を描き、それは完成をみる。

「…ルイス、技を借りるよ」

構える。どう投げればいいかはわかっている。
皆が、教えてくれた。


――瑚太郎(Terra)


これは瑚太郎くんがルイスという人の技を借りる場面です。ルイスくんはTerraでの登場人物で、瑚太郎くんが外国で出会った良き戦友と呼べる存在でした。しかし彼は、瑚太郎くんを助けるために命を失っています。
瑚太郎くんはそんなルイス君のことをただ食いつぶしていただけなのかというと、こうして彼のことを思い出してあげていたようにも思いました。江坂さんについても同じで、ただ乗り越えるための存在というわけではなく、好きだった存在だと思います。

これを裏付けるために、自分では排斥され続けたと言ってきた瑚太朗くんが、これまで出会ってきた人たちについて、振り返ってみたいなと思います。





ルイスについて

まずはやっぱりルイスくんから。ルイスくんは戦場で出会った初めての戦友で、何かあったときは必ず瑚太朗くんを助けてくれて、異国で言葉が通じない二人は助け合う仲でした。

アニメ版追加での余談ですが、戦場で初めて人を殺した瑚太朗くんの描写は原作ではかなり淡白に書かれていましたが、アニメでは瑚太朗くんがそのことに強い嫌悪を持っていたことが補足されています。瑚太朗くんは愛を裏切るような行為はできなかったのですね。

ルイスくんについては、サッカーの試合で高い身体能力を発揮したことから、この戦場に連れて来られたという過去が話されます。主人公も似た境遇だったと意気投合する場面でした。

「...昔、友達を殴ったことがある」
「ちょっとしたケンカで」
「友達は、それで死んでしまった」
「次の日、黒服も男たちが来たよ」
「サッカーのテストなんて嘘さ」
「それも、年下の友達だった」

「...そう」
「ここに志願したのは、自分を痛めつけるためさ」
「けど、もうこの生き方はやめる」
「停滞するのはもうやめだ」

「俺も...そうしようかな」


ーールイス、瑚太朗(Terra)

しかしルイスくんは瑚太朗相手に嘘をついていたということになります。でもそれが瑚太朗くんへの裏切りだったのかというと、そうではありませんでした。それが、戦友だったということです。そしてルイスくんだって、大切だと思っていたことのために自分の意志で、この戦場に立っていました。

ルイスくんは戦場でのピンチで、主人公と子供たちを逃がすために、敵を槍で撃ち落とす過程で、命を落としてしまいます。

「走れ!」

手を振ると、ルイスが首を横に振った。
手をあげた。別れの挨拶をするみたいに。
...笑っていた。
直後、爆炎がルイスのいた一帯を埋め尽くした。
膝が折れる。

「そういうの...やめろよ...」


ーー瑚太朗、ルイス(Terra)

理性ではわかっていることも、体はなかなか理解してくれない。
全身から冷や汗が噴き出していた。
遠く工場施設は炎に包まれていて、いつかテレビで観た遠い国の戦場を彷彿とさせた。

遠い国?
まさにこの大地のことじゃないのか。
戦争?
まさにこのことじゃないのか。
しばらく打たれたように立ち尽くしていた。
立ち直れたのは、守るべき者たちがいたからだ。


ーー瑚太朗(Terra)

そんなルイスくんを見て、ルイスくんの命のぶんまで生きること、そんな静かな決意を与えてくれた人でした。初めての戦友で、下位の者を卑下する戦場において得難いものであっただけに、その喪失はやっぱり悲しいと思わずにはいられませんでした。





加島桜について

好ましい人ではなかったのに入れる必要はあるの?と思ってしまいますが、書きたいこともあるので......。

加島桜はガイア主義マーテルの聖女で、悪役っぽい人でした。月での篝ちゃんとあらゆる生命の可能性すら根絶しようとしたので、あんまり良い記憶はありません。
ただ、そんな加島桜もまた、自我が憎悪に侵食される恐怖に苛まれているようなエピソードがアニメで追加されていたことからも、そう簡単なものではないというのがRewriteという作品なのでしょうね。尊厳というものを考慮するのであれば、彼女を悪役と見なすわけにもいかない部分もあるのかもと思いました。

でも、Moonでは加島桜との出会いで瑚太朗くんの想いがはっきりするところもありましたね。ミドウさん同様、この作品では「敵対」を、ただの一言で語れないところが深いと思いますね。




大西について

大西くんとは主人公とは超人の会で一緒だった人でした。よく憶えていませんが。それで三国班というエリートの人たちの集まりの1人でした。ちなみに三国くんは同期の中で一番の才能を持っていましたが、ある作戦で魔物に一人で挑もうとした結果、命を落としています。

そんな大西くんですが、モブっぽくもありますが結構重要な設定があり、瑚太朗くんも少し特別な思いが語られています。

柔道でも能くするような大柄な男が、勢いよく頭を下げる。
篝をも見通せるという、認識かく乱耐性を持つ超人。
『目』とも呼ばれる。


こいつとは、私語を叩かないことに決めた。
...気に入ってしまったら、殺せなくなるだろうから。


ーー瑚太朗、大西(Terra)

大西くんは篝ちゃんが見えるということは、篝ちゃんの敵になってしまうことはわかりきっていますね。ただそうだとしても、気に入ってしまったら殺せない。愛する人を守りたいという気持ち、でも情を捨てきれないという想い、その2つが瑚太朗くんの生き方をよく表していると思います。
瑚太朗くんは愛に生きることを決めていますが、それで全ての人を愛せるわけではなく、愛するために裏切らなくてはいけないことも、なかなかに複雑であることがわかります。





ヤスミンについて

ヤスミンちゃんは戦場で出会った子供のひとりですね。戦争の日々の中で、その地の子供たちと遊ぶ時間は、瑚太朗くんにとって癒しだったように思いました。

日本に戻ってからも、瑚太朗くんはヤスミンちゃんとパソコンを通じてやり取りがあって、瑚太朗くんの作戦をずっと影で支えてくれていた子でした。

『こうなるとは思っていましたけど、今、少し泣いてしまいました』

『今までありがとう。何年も犠牲にさせてしまって、すまない』

『そんなことないです。やりがいのある仕事でした』
『みんなそう言ってました。私もそう思います』

〜中略〜

『さようなら愛しい人。あなたが良き星を見つけられますように』


ーーJasmine2015、koko1010(Terra)

ヤスミンちゃんは瑚太朗くんが残してくれたメッセージを、最後にみんなに伝えるという、大きな役割をはたしてくれますが、そのときのヤスミンちゃんの一言ひとことの演出は好きでしたね。

アニメ版では登場場面が増えたせいか、とても印象に残っているのに、本編から抜き出せるセリフは思ったよりも多くなかったです...
あの子は原作の終わりで見せ場がありますが、アニメでは瑚太朗くんと過ごした日々がいっぱい伝わってきて、それが良かったなぁ......。

アニメではこういった立ち絵も用意されないけれど大活躍するヒロインたちの絵があってそれが良かったです。
RewriteはTerraに入ってからも面白いのに、CGはかなり少ない気がするのはちょっと残念でしたね。展開を印象づけるCGでもっと感動に浸りたかったので、アニメには少し救いを感じました。





小鳥について

小鳥ちゃんはTerraでは何気に結構活躍しますよね。共通や個別のときとは違い、幼少のときには結構性格が違っていたことにびっくりしました。

最初は子供らしくない小鳥ちゃんとは険悪だったのですが、傷ついたペロという犬を助けたことを通して、少しだけ通じ合えたところもありました。

「教えてやるよ」
「人類の可能性、星が人に期待することをさ」
「いいか。それは地球を大切にすることじゃないんだ」
「リサイクルや、緑化や、エコじゃなかったんだ」
「唯一の可能性、それは良い記憶を示すこと」
「星に、人類の可能性を証明することなんだ」
「可能性って、つまりなーー」

「そんなのどうでもいいのっ」

「あたしは...あたしが言いたいのは...そんなんじゃない...」
「約束...」
「約束?」

「まだ、一緒に遊んでもらってないっ!」


ーー小鳥、瑚太朗(Terra)


ここでの約束とは、瑚太朗くんが戦場に行く前に二人がであったときに、また会えたら一緒にお祭りに行こうというものでした。
瑚太朗くんにとって地球環境や星の運命が、愛という前では大きな問題ではなかったように、小鳥ちゃんにとってもそんなことは約束の前ではどうでも良かったのです。小鳥ちゃんだって、大切なもののために生きたいと思っていたのでしょう。

俺にとっては小さな約束。
だけど子供にとっては、世界そのものと同じくらい、大きな...
だけど、その気持ちには応えられない。
なぜなら俺はもうじき...

「...似たもの同士だな」
「俺も、おまえも、そして篝も」
「篝も...?」
「そうだ」
「篝も、ひとりぼっちなんだ」

ずっと前から、そのことを知っていた。
そんな気がする。

「おまえには同情しないでもないけど...でも悪いな」
「俺は篝を選ぶよ」

銃を抜く。
フルオートで三発ずつ、ご両親の頭に撃ち込んだ。


「どうしてっ!どうしてこんなこと!?」
「いつか、こうしてやるつもりだった」

心の中で、おふたりに詫びた。

「やっと眠らせてやれた」
「...なんで、いつも...」
「実はな小鳥」
「おまえのこと、ずっと邪魔に思ってたんだ」

少女の泣き顔が停止する。

「本当に鬱陶しかったぜ」
「でもこれでせいせいしたよ」
「.........」
「憎たらしいガキだったからな、おまえは」
「ざまあみろ、だ」

「...あんたなんか」

決然と俺を見上げた。

「あんたなんか嫌い。死んじゃえばいい!」

だっと走り去るのを見送る。
もっと早くこうしているべきだったと後悔する。
市外に逃がしてやれれば...
いや、どこにいても同じだ。
俺のプランが吉と出るか凶と出るか、それまで篝を守れるか、それだけなんだ。

世界の命運と、じきに繋がっている感覚はこわい。
どこかで心の支えを必要としていて...
だから拒絶を避けて...
今の今まで、先延ばしにしてしまった。

でももう、はじまった。
すべてを裏切ることになる。
組織も、人々も、人類さえも。
篝の味方をするとは、そういうことだ。


ーー瑚太朗、小鳥(Terra)


瑚太朗くんにとって小鳥ちゃんの好意、それだって簡単に得られたものではないですし、篝を守るという共通の目的を持って行動を共にしていたところもあるのでしょうから、情が移らないはずはありませんでした。
それでも、そのためにはこうするしかないと、小鳥ちゃんの一番大切なものを殺めてしまうという選択はもう決定的な小鳥ちゃんへの裏切りでした。そのために悪そのものを演じた瑚太朗くんのことは見ていて辛かったです......。誰かを愛するために、こうして裏切り、見たくもない少女の泣き顔を見ることになるのですから......。

でもそれだけ小鳥ちゃんにとっても約束が世界そのものだったように、そんなことは関係なしに瑚太朗くんにとっても心の支えだったということがやはり心に残りました。瑚太朗くんはカッコ良いと思うと共に辛すぎます......。





井子さんについて

井子さんはもう忘れられてそうですけれど、マーテルにある児童養護施設の先生です。Terraでは幼い朱音ちゃんを通じて知り合っています。マーテルに居心地の悪さを感じ、瑚太朗くんは同じくマーテルにいる親と喧嘩ばかりで、そんな瑚太朗くんに優しくしてくれていた人でした。親にぶたれたときに気にかけてくれる場面は印象的でした。

そんな井子さんですが、ガイアの聖歌隊としていたこと、地竜のために命を吸われ失いかけていました。瑚太朗くんが地竜を踏破してまでやり遂げようとした末に見たもの、それは死んでしまっていた聖歌隊、そして加島桜でした。
瑚太朗くんは篝ちゃんのためにガイアを止めようとしていたのにも関わらず、です。

「結局...」

俺がなしとげたことなど、まるで無意味なのかもしれない。
聖歌は滅びを誘発する。
まだ現世が無事なのは、篝の意志のたまものだ。
だが...
果たして間に合ったのか、どうか。
亡骸を見ていくとひとつだけ息があった。
それは井子さんだった。


「...話せますか、井子さん」
「...あなた...瑚太朗...くん?」
「あなたたちを止めに来ました」
「あら、そうなの?でももう...みんな...」
「井子さんは頑張っていた。なのに、どうして?」

「だってうちの子たち...未来がないんですもの」
「ほとんどの子が一生...拙いままで...」
「それを見ている方こそ、つらいものなの...」
「...体は健康でも...心が...いつまでも赤子のままで...」
「何十年も、赤子のまま老いていくのよ?」

「...私...殺してしまった...」
「え?」
「最初は事故だった...ドアに挟まって...」
「でも静かになったそのご遺体を見ていたら...まるで...救われた気がして...」

井子さんは唇と鼻から血を流す。
やけに薄い、さらさらの血。
命の色素が抜けた、水のような血。

「そしたらもう...止まらなかった...」
「私、おかしくなっちゃったの」

「朱音はでも、少しずつ育っていたはずだ!」
「あの子は...桜さんに目をかけてもらっていたから....」
「あの人は...心を写し込む...」
「...だから殺せなかった...あの子だけは...」

「朱音は今どこに?」
「石の街に、送って...」
「この世界を滅ぼして、一部の人々だけを生き延びさせるってのか?」
「加島桜が、本当にそんなことを見逃すと思うんですか!」

「.........」
「ねえ、教えて。世界はどうなってるの?」
「空はどんな色をしている?」

「まだ青い!」
「まだまだ青くて、汚れていて、悲しくて、残酷な世界だよ!畜生!」
「もう何もかもが涸れる寸前だ。けどもう一世代だけ、送り出す力を残してる!」

「...失敗...かあ」
「朱音ちゃん...こっち側に...連れ戻しといた方がいいかなぁ?」

井子さんは突然、身を丸めて低く呻いた。
体をぴんと支えていた力が失せ、張力に引き寄せられるように、きゅっと縮まって震えた。
...死んだのだ。


「...ふざけんな...ふざけんな、ふざけんな、

ふざけんな!

そんな暇ねーんだよ...クソ、

クソクソ!

俺にも篝にも...そんな暇...!」

「あああああああああああっ!」


ーー井子、瑚太朗(Terra)


あれほど打ち砕こうとしたガイアの、その聖歌隊の中に、幼い頃に優しくしてくれて、そして鈴木凡人としても朱音ちゃんを通して、一緒に過ごす時間も少なくはなかった井子さんが、そんな中にいたら、瑚太朗くんはどう思ったのかはもう説明するまでもありません。

そんな人が自分の身勝手に起こしたことに朱音ちゃんを巻き込んでおきながら、朱音ちゃんを助けてあげてほしいと伝えて、そのまま身勝手に死んでいくのですから、これほど身勝手なことはありません。
......それがどんなに身勝手だったとしても、それでもそんなかつて優しくしてくれた人の頼みだったら、あれほどの時間を過ごしてしまった人なのだから、そんな大切な人の頼みだったらどれだけ身勝手だったとしても、そんなの断れるはずなんてないじゃないですか!
しかもそのうえ身勝手に生きてきて、そして優しくて、そんな人が最後に助けてあげたい子がいるという美しいものをもっているのですから、それはさらに残酷です。そんな身勝手、どうしたら断れるのでしょうね。

瑚太朗くんが井子さんに対してどんな想いだったのか若干説明不足でわからないのですが、それでもここまで悔しそうに憤るというのは、井子さんがもう大切な人になっていたというのは間違いないのだと思います。

彼女は世界に希望は無いと思っていましたが、瑚太朗くんの世界はまだ生きていることを聞いて、朱音ちゃんの生きたいという希望を信じ切れていなかったことに、最期にちょっと残念そうにしていました。

そんな井子さんの死を見届けなければならなかった運命には、とても悲しいのだろうと思わされます。

篝ちゃんにも瑚太朗くんにもやらなければならないことがある。時間はない。それでも断れない。それが情だから。もう情なしではいられないくらいの人になったから。それは死んでしまったとしても変わらない。

そして朱音ちゃんだって、迷子になってはかつての地球救済ハンターのように、魔物を昆虫と勘違いして昆虫採集をするおかしな子でしたから。それに何度も森で出会い、命を何度も助けてしまって、今さら見殺しにもうできないですよね。

そんな子を井子さんの身勝手な優しさで助けなければいけなくて、篝ちゃんとの愛に生きて何もかも切り捨てることにしたのに、それが今さらですからね。ぐちゃぐちゃになって叫びたくもなるのでしょうね。ほんとにすごい作品ですねこれ......。





津久野について

津久野さんはガーディアンで主人公と同じ落ちこぼれチームにいた女の子です。しかし才能の限界を感じて、途中でガーディアンを辞めてしまいますが、瑚太朗くんが一緒に過ごした仲間です。

その後に名前が長居に変わり、ガイアの養護施設の先生になっていて、またまた朱音ちゃんを通じて再会してしまいます。しかしガイアの脱退と共に記憶は消されてしまい、瑚太朗くんのことはもう憶えていませんでした。

石の街で、井子さんの遺言と言いますか頼みどおり、朱音ちゃんを助けに行くわけなのですが、周りの人は何だかんだと言っては朱音ちゃんを渡そうとしないのですよね。この人たちは井子さんとは違い、真の利己性からの身勝手でした。そんな人たちへの瑚太朗くんの怒鳴りがこんな感じでした。

「警告する」
「...あんたら、向こう側に戻ったほうがいい」
「加島桜は絶対に罠を仕掛けているぞ!あの婆さんは、生命の存在を認めていない!」

答える者はいない。

「現世の滅びとともにここも消滅するか、あるいは永遠に世界との繋がりを断たれるか...」
「まだ世界はある!もう少しだけ、あの世界は保つ!」
「まだ生きることができる!」

「生きてどうするんだね?」
「どうするって...これは罠だ!」
「我々は、罠でも構わないと思っているよ」
「それでは自殺だ!」

別の者が前に出た。

「私たちは罪人です」
「向こうに戻って、秩序に裁かれるのはご免だ」
「ここで静かに死にたい」

男、女、若者、老人...
人々は唱和する。
滅びの賛歌に聞こえた。
終末を救済と考える者たちの、哀切の声だ。


ーー瑚太朗、ガイアの人々(Terra)


「...誰も...いないのか?」
「生き残りたい者は、誰も?」

小さなざわめきが起こった。
群衆が揺れ、大人たちの間からひとりの少女が飛び出してきた。

「...あ......あ...!」

すぐに周囲の大人たちが少女を抱え、奥に連れ去ろうとする。

「その子を離せ!」

立ちふさがる男に、刃物を突きつける。
死を恐れないのか、まったく怯まない。

「ダメだ!この子は私たちに安息をくれる存在だ!」

「その子は今、生きたがったろ!」

「聖女なのよ!」
「そうだ、聖女を奪うことは許されない!」
「ここから出て行け!」

「ふざけるな!自滅したいなら、自分の責任で自滅しろよ!」


ーー瑚太朗、朱音、ガイアの人々(Terra)


ガイアの人たちは、生きることに虚無感を抱いた人の集まりでした。そんな人たちの生への執着の無さに瑚太朗くんが抱く感情は、ここまでやって来て、そしてわざわざ篝ちゃんの時間を削ってまでした警告なので、聖歌隊を止めに行ったのと同様の、それは虚無感でしょうねきっと。

ただし、その生への執着の無さと虚無に、生きたがった朱音ちゃんを取り込もうとしたときはどうでしょうか?聖女ですとか、安息ですとか、そんなの理由になるのでしょうか?
ガイア思想の人たちに向ける感情が虚無でも、未来を切り開く意志と力を持つ朱音ちゃんまでにもその思想のすがる対象として植え付けることに対して持った感情、それは怒りでした。

瑚太朗くんが怒鳴ったこと言葉、誰かを大切に思うとはどういうことなのかはっきりと分かりますね。この人たちは井子さんのような優しさではなく利己であり、それに侵食させようとしたことへの怒りでしょうね。
どんなに身勝手だったとしても、ガイアの人たちと同じ思想を持っていたとしても、それでも朱音ちゃんを大切に想っていた井子さんへ向けた怒号とは、怒りの対象が違うことが分かります。

聖女だから神聖なのではなく、人間として生きる意志を持つことのほうが神聖なんです。

群衆の中に飛び込む。
少女を奪い、胸元に抱えた。
無数の悲鳴が上がる。
反転し、来た道を引き返す。
背後から足をつかまれる。
ひとりふたりならどうということもないが、何人も追いすがってきた。
髪がつかまれ、裾が引っぱられた。
構わず前に出ていく。
門が近づく。
だがあと一歩のところで、人々の力が勝った。
目の前で門は閉じていく。
加島桜の罠は、人工来世と現世を切り離し、泡沫世界とすることだった。

「...行かせてくれ...俺は...俺たちは...」

「まだ生きることを諦めちゃいないんだ!」


俺の絶叫の裏で、朱音も言葉にならない叫びをあげていた。
その声は、命そのものみたいに頼もしくて力強くて...
だから奇跡は起きたのだろうか。

誰かが、俺を後ろから押した。
三人分の力だった。
僅差で俺は向こう側に弾かれる。
門の空間が持つなんらかの作用で、人々の手が振りほどかれた。
振り返った。

閉じゆく向こう側に、父と母、そして津久野の顔を見た。


ーー瑚太朗、津久野、父、母、朱音(Terra)

............。ここでまさかの津久野さんの登場ですよ驚きました。

と、その前に父と母について。ちょこっとだけ登場しますが、ガイア思想の二人と瑚太朗くんの考えはいつも合わず、ケンカばかりして、とうとう家出のような形でガーディアンに入り、そこから会うことはなく通じ合うことさえずっとありませんでした。
もう登場することはないと思っていたのに、最後でここで背中を押してくれるんだ...と思うと、それでも絆はあったのかもしれない、なんて思ってしまいました。ガイアとかは関係なく、最後で親子というものを見せられました。とても感動するしかなかったです。こんなことが起こるなんて......。

そしてさらにここで登場するのが津久野さんです。両親がここにいるというだけでも奇妙なのに、運命のような巡り合わせを感じましたね。
津久野さんは記憶すらも消えていて、瑚太朗くんのことはもう認識できないはずです。それにもうガイア思想に染まってしまっています。それなのに、まさかここで背中を押してくれるのは......もう奇跡だとしか思えなかったです。この三人目の文字が飛び出て来たときには、それはもう泣けました。こんなことがあるなんて、ね......。

この作品の伏線は驚愕に値しますよね。ミドウさんのときも話しましたが、公式ページで紹介すらされないような人たちをここまででかなり紹介して、しかも全員が重要な活躍をしていますよね。この人々の繋がり、想い、そうした愛しいと思えるものがここまででどれほどあったのでしょうか。
単純に愛と惑星環境のダブルテーマに愛を哲学と形而上的にと文学にまで書ききったそのうえさらに、ここまで愛と想いのつながりができる作品なんて他にそうそうないでしょう。この作品は凄すぎました......。

この場面はすごくよい場面だったのに、アニメではさらっとカットされているんですよね。ここも映像付きで見たかったかもですね。

まあー何にしてもありえないです。ここまででどれだけ感動させてくれるんだろうという気持ちでした。愛というものがどれだけ複雑で、尊くて、美しくて......それをここまで書いているこの作品は圧倒的にすごいですね。本編考察ではTerraの内容をほとんど入れていませんでしたが、こうして胸に秘めるには充分すぎた内容でしたね。





咲夜について

咲夜さんは瑚太朗くんにだけ冷たい人でしたが、ちはやルートでは瑚太朗くんの特訓相手になってくれたり、Moonでは駆けつけてくれて一緒に戦ってくれたりと、意外と最終的な印象は悪くなかったですね。

「...最後があんたと二人ってのも、皮肉な話だな...」
「三人ですよ」
「あなたの愛しの眠り姫がいるでしょう」
「...それもそうだ」

槍状のオーロラを飛ばし、数体の恐竜を串刺しにする。

「...瑚太朗君」

引き裂く。

「んだよっ」

切り払う。

「いつか、あなたは私の運命だと言ったことがありましたね」
「...んな昔のこと、もう忘れたね」

咲夜の手刀と、俺のオーロラが同時に恐竜を四等分に断つ。

「あなたは私の運命を超えていった」
「...運命線のその先まで塗り替えていくのが、あなたでしたね」
「.........」
「私にはできないことが、瑚太朗君の力には秘められている気がします」
「私にはこの場に立つことも、新たな可能性を創造することも出来なかった」

押し寄せる魔物たちを相手にしながら、途切れ途切れの会話を続ける。

「...大層な話するね、あんたもさ」

同じ能力。
同じ運命。

「...俺のほうが後期型だからじゃねえか」

獲得形質。
俺と咲夜の関係は、その上に成り立っているのかもしれない。

「...また、来ましたね」
「上か」

赤い、無数の光点が空の一角を覆う。
止めを刺しにきた。

「さて、打つ手はありますか」
「.........」

断言できる。
確実にない。

「やれるだけやるしかないんだよな」
「ええ、その通りです」
「では、やれるだけのことをやりましょうか」
「......あんたのさ、その減らず口とむかつく笑みさ」
「はい」
「何とかしてくれそうな気になるんだよな」

「考えてみりゃ、俺さ...」
「なんだかんだで、お前がいるときって、いつもお前を頼りにしてた気がする」
「そうですね。私もいつも、あなたの手助けをしてきた気がします」

「......へへ」
「.........」
「なんかやってくれるんかい、大将」
「もちろん、瑚太朗君ごときには及びもつかない方法で」
「...頼むよ、兄弟」

「任せておいてください」
「...兄弟」

そうだった。
...いつかの最後の別れだって、こうして二人で笑いあって。
変わらない。
たとえ全てが幻でも...。

「.........」

いや。
あいつは俺が呼んだものじゃない。
...ということはつまり。

「...まさか」

咲夜は言った。

『全ての認識を持ってこの場に』。

「.........」

言い換えれば...。
あらゆる咲夜という認識を持つ意識体は、ここを帰結点としている。

轟音が響く。
一本の木が、周囲の森を飲み込むように覆い広がっていく。
...魔物としての咲夜の、最後の姿だ。
あれまで持ち込んでるってことは。

「馬鹿野郎...」

あいつの全ての運命はここに繋がる。
いかなる可能性の中でも、ここへ辿り着き、そして朽ち果てる。
可能性の世界がどれだけ広がっているのかは分からない。
ただ、咲夜という存在は、間違いなくここに帰着し、そして終わる因果を生んでしまった。
ここに立つために、あいつは自らの運命を閉じたのだ。

...咲夜の枝が......豪腕が、高空の魔物たちを捕らえる。
かつてはただ佇むだけだった巨体が躍動する。
やがて、腕が崩れる。
魔の身体が崩れ...一本の巨大な樹へ、枯れかけた桜の樹へと形を変える。
それでもなお、葉が魔物たちを飲み込み、枝がからめとる。

「.........」

目的を遂げた桜は...。
崩れていく...。
葉を散らし、幹をはがし...。


咲夜という名の存在が、ここで消えていく。

ここでの結果が影響を与える世界には、これから広がるあらゆる可能性の中には...彼は、未来永劫に存在しないのだろう。
閉じた世界の中にしか、彼は存在しえない。
永遠と言う言葉では足りないくらい、今生の別れだった。
...散る桜の運命を、彼は自らの意志で背負ったのだ。

(...俺は覚えとくよ)
(今ここにいる、俺だけは...)


ーー咲夜、瑚太朗(滅び)

ここで二人が兄弟と言い合うのがステキでしたね。二人が似ているのはその能力だけではなく、その運命も...それは好きな者に全てを賭けてしまったというところでしょうね。

そんな瑚太朗くんのために実は咲夜は、シミュレートでしかない命の理論から全ての認識をもって、意識体としてここまでしてくれました。可能性をすべて終着点を確定させたことで消失させてしまうほどで、もう永遠という表現には内包することさえ不可能というほど会うことはないことになってしまいました。

そんな空虚さだけであっても、それでも永遠ではなくても。今の瑚太朗くんには確かに覚える、忘れたくない兄弟だったと思うとちょっと感動的でもありました。

だがこの命、あと数分ももたない。
一瞬で篝のもとに移動することはできない。
どうせ尽きる命ならーー

「いいんですか?」

あんたは?

「先駆者ですよ」
「それより、ここから先は地獄ですよ。いいんですか?」

だって俺にはもう、時間がないもの。

「あなたという個体にとってはそうでしょうが、先駆者になるということは、次の誰かがあらわれるまで履歴が上書きされないということ」
「それはとてもつらいことですよ」

...つらい...こと?

「ええ、この上なく」
「最後の一人になってしまえば、未来永劫の孤独が待っていますよ」
「それは恐怖に違いないでしょう?」
「本当にいいんですか?今ならまだ引き返してもいいんですよ?」

...でも俺は、どうしても篝に会いにいかなきゃ。
会いたいんだ。とても。

目の前の男を見つめ、問いかける。
あんたにはそういう人はいなかったのかい?
男はかすかな笑みを浮かべた。

「...そうですか。ならもう止めません」

そいつが手を掲げる。
俺も片手をあげてーーちゃんと人の手だったーー打ち付ける。
交替!

「行ってらっしゃいませ、瑚太朗君ーー」


ーー瑚太朗、???(Terra)

もう会えないはずだったのに、そう思っていたのに、なぜここで!?と思ってしまいます。正直に言うとさっきの哲学的なやり取りよりこちらの方が解釈理解に難しいですね。でも、認識意識が隔絶されても、通じ合い認識意志結合をすることがここで叶ったのかなと思います。だって兄弟なのだから。なんでしょうね、すごくいい展開でもう感無量でした。

たくさん特訓してくれて、ずっと先生みたいだった咲夜。今度は瑚太朗くんが咲夜さんの説得に、むしろ瑚太朗くんのほうが説得で返すという成長ぶりに鳥肌がすごい......。かっこよすぎる......。

最後の二人で交わしたハイタッチ、これは意識世界でのことなのだと思いましたが、二人が兄弟らしくていいですね。瑚太朗くんにとってはもう名前も覚えていないのに、自然と昔からの知り合いのように言葉とハイタッチを交わすのなんて......瑚太朗くんの深層認識の中には、名前はなくても覚えていたんだと思うと、瑚太朗くんと出会い、理論世界で共に生きて、夜の集まる月で共に力を合わせて守ったこと、そんなことを思い返してもーすごいです......。

「覚えている」。この言葉、篝ちゃんとの約束だけではなく、こうした通じ合いの本物を見せられたのは感動いっぱいでしたね。この二人は最後にまで最高の絆を見せてくれました。






命は理論としてだったのか

この作品の構成構造といいますか、要は個別ルートは命の理論としてのシミュレートでした。だからただの可能性としての映像断片を見せられたのだと、脱力してしまった人もいるかもしれません。

捉え方の違いですが、本当にそれだけだったのかなぁと私は思います。シミュレートだったとしても、それでもやはりあれほどまで物語があり、そこで一生懸命に輝きをもって生きた命だってそう簡単に割り切れるものではないのかもしれないと思いました。そこで生きた命は、シミュレートだとか関係なく、そこでの精一杯の答えを探していましたから。これもやはり尊厳に関わるお話とはまた違うお話になるのですが、それでも信じてみたいなと思えることでした。一緒にいられた時間が、ただの時間の浪費だとは思いたくはないですね。きっとなにかステキなものだったと思いたいです。

咲夜にしてもそうですが、もしあれが本当にただのシミュレートだとしたら、Moonで一度は崩壊したオカ研が再編成されて、力を合わせて全員で戦うという、そういう感動はなかったと思います。
瑚太朗くんをはじめ、全員の命は確かに生きて、そうして得られたものがあるからこそ、最後の最後で全員が瑚太朗くんの背中を押してくれるのだと思いました。ただのシミュレートだったとしても、それが命であり、意志であることには変わりありません。と、そう思いたいですね......。


こうしてみると、瑚太朗くんが大切にしたいと思った人、大切にしてくれた人はたくさんいたことが分かります。
それだからこそたった一つの愛に賭けるものは、その大切なもの全てを投げ打ってでも追いかけ続けたもので、次の言葉にも重みがあったのではないでしょうか。




「何人、こうやって殺してきたと!」

決して、人を愛せる人間じゃなかった。
だからって、すべてを憎んでいたわけでもない。
分かり合えた人たち。
好ましいと感じた人たち。
すべて裏切って、すべて犠牲にして、ここまで来た。


――瑚太郎(Terra)


あまりはっきりとしたことではなくて申し訳ないのですが、瑚太郎くんはこうした人たちのことを顧みないような人だったとは私には思えなかったのです。それはもうここまで書いてきたうえで、この言葉が言われるわけですから、きっと瑚太朗くんの心象にはそんな人たちがずっといるのではないかと、そう自分の中では確信しています。

もし顧みないのであれば、ルイスくんに対する気持ちも、犠牲にしてきた人たちに対する気持ちも、乾燥したものでありそうに思えましたから。瑚太郎くんはずっと顧みていたように私には見えました。だから愛というテーマにした以上、食いつぶすだけという寂しい答えで終わりたくないという、私の欲望と願いでした。瑚太郎くんの気持ちが、枯れ果ててほしくはありませんでしたので、ただ愛という、その先の答えを見てみたかったのです……。

あともう一つ、最後に書き足した言葉には、同ライター作品の「最果てのイマ」からも着想を得ています。
最果てのイマでは上位概念として私が存在していて、細胞群はその下位概念とされています。しかし、その細胞群に対して我々は愛してあげるようにと伝えています。
そのため最果てのイマとのメッセージに適合させて、母を食いつぶすだけではなく、たまには顧みて、そして愛してあげてもいいのでは、という終わりの言葉にしてみたという側面もあります。憶測も強いのですが、案外これがライターの本意だったのかな、とも思います。

でも考察記事という絶対のものにあたって、憶測のようなものを書くことには踏ん切りがつかなかったのですが、愛する篝ちゃんに対する気持ちだけはやはり絶対のはずだと判断して、結びの言葉は最初に思い付いたままの言葉を使いました。
なので、作品や作者の曲解だと思われたのなら申し訳ありませんでした。そう考えた方は、どうかこの考察は見なかったことにしてください……。




最後の“上書き(リライト)”


気がつけば、ものすごい勢いで街の上空を飛んでいた。
跳躍している。
数百メートルの高度を、ひとっ飛びでまたいでいる。
自分がどういう姿をしているのか、わからない。
ここまでの能力だと、もう人の形ではないんだろうなと思う。

ハンサム顔に未練はあるが、まあ仕方なしとしておこう。

ああ...気持ちいい...風だ...
どこまでも飛んでいける気がした。
命さえあれば、俺はどんなものにでもなれる。
遺伝子の外に捨てられた、さまざまなガラクタさえ、自在に加工できるんだ。
だけど悲しいかな、俺の命の総量は人間ひとり分。
だからここまでしか、できない。

だからその技術は、皆に託そう。

世界にーー


ーー瑚太朗(Terra)

アニメの1話あたり(Moonでの月光散歩に該当)ですまし顔で空を飛んでいた瑚太朗くん、自分のことをハンサム顔だと思いながら飛んでいたのかと思うとちょっとクスッときますね。

(アニメではちょっとだけグロい絵が登場しますので念のため割愛)

でもここでは、とうとう顔までもが樹木化して怪物みたいになってしまった瑚太朗くんに、命尽きる前に篝ちゃんに会っておきたいと最後に思って上書きした瑚太朗くんには、そんなことない!本当にかっこよかったよ!とつい言わずにはいられませんでした。ここまでの感動がとにかくすごかったです!瑚太朗くんはここまでよくやりきったなぁ......と思います。

今までの上書きはいわば、篝ちゃんを守るためにありました。篝ちゃんのため、懸命に戦うため、運命に抗うため......
しかし最後のこの上書きは、ただ篝ちゃんに最後に会うために使いました。少年は命を使い果たしでも、最後の最後まで恋に全てを賭けたのです。
そして最後は純粋に、ただ篝ちゃんに会うために、そんなささやかな願いのために、今まで世界を変えてきた力を最後に使うのは本当に鳥肌モノでした。これはステキすぎて泣きが止まらない.....。





空っぽだったポケット

ある時、何も持っていないことに気づいた。
家族と決別し、仲間と組織を裏切り、師すら手にかけた。
友達を泣かせ失い、慕ってくれる者達にも背を向けた。
そして自分自身すら切り捨てたんだから、当然だ。
でも空っぽだと思っていたポケットには、たった一つだけ残っていたんだ。


覚えているけど、覚えていない約束のために、俺は書き換える。
永遠に一人、孤独に生き続けなければならない、彼女の運命を

アニメで追加された詩です。プロローグの対応になっていますが、これでよりこの作品が何を求めていたのか分かりましたね。

瑚太朗くんが追い求めたものは何か。それはプロローグーー青春とは?ーーで語られているように、人生の幸せでした。それがこの作品の最大の問いかけだったように思います。

幸せが詰まっていると錯覚したポケットには、薄っぺらなものしか詰まっていなくて、それは無と...空っぽと同義になるのでしょう。

しかし今回、そんなポケットに詰まった幸せのようなものを、瑚太朗くんは自ら手にかけて捨ててしまいました。それでも空っぽになったと、空っぽだったポケットには、一つだけ残っていました。だからこれが、瑚太朗くん自身が出した幸せへの答えです。

この答えのために、これまで篝ちゃんのためにしたことを見てきたので、ここでの瑚太朗くんの言う言葉には深く入り込んでしまいました。ここまでの瑚太朗くんが一生懸命になって追い求めたもの、それは見ていてとても良い記憶だったと思います。





「渡りの詩」と 「CANOE」

(このYouTubeにあったRewriteのCANOEのアニメ版編集動画が素晴らしかったのでつい貼っちゃいました。この終わりと月に向かう場面には言葉を失うくらいの尊さと感動がありましたよね。私の考察記事の何倍も投稿者の愛を感じましたね。Rewriteは本当に大好きな作品になりました。本当にありがとうございます)

Rewriteを代表する曲といえば、MoonとTerraそれぞれのEDテーマになっているこの2つの曲ですよね。実はどちらの曲も“旅”がモチーフになっています。

私はそれぞれの歌が、篝ちゃんと離れてしまう歌と、会いに行こうとする瑚太朗くんの歌ーーそれは旅のように思いました。
約束を交わし、そんな約束を叶えるための長い旅。そんな歌詞には無い意味みたいなものも感じましたね。

でもCANOEの3番でようやく現れる歌詞「君に届けたい」とは、なんのために食いつぶすのか、切り開くのかということを強く示しているように思います。
それは愛する君に届けるため、そんな愛を込めているように思いました。


そんな2つで1つの歌は合わせて、愛のために生きた瑚太朗くんと篝ちゃんが再び会える、そういう旅の歌なんだなと思うととても感動できました。






Rewriteから見た作者像

では最後に、Rewriteと愛というテーマについて思うところを書いてみます。私はRewriteの作者のひとりである田中ロミオさんの過去作をやっているのですが、その人の哲学の特徴というのは、自我と他我との境界線を引くことで、それが絆だというのが特徴です。つまり、絆をテーマとした作品が特徴だと思っています。

ふたりの間に引く線について探りたい。
線が引かれることで、やっと人は安心できる。


――瑚太郎(対話)


しかしその他者論哲学だと特異性、それは個人に対する感情というものがまるで説明できません。だいたい可能、相手は誰でも良いということになります。そのことについて、この作者さんはずっと悩んでいたように思います。そしてそれと同時に、過去作ではそのことに対する答えを出すことはできていませんでした。

「大切な友だち。それはただ、君たちでなければならないのか、と」

「でも問題は解決していない。君たちだけが唯一無二の友達である必要性……」
「そんなものは、ないんだ」


――最果てのイマ(デート(仮)~甘酸っぱい何かのために~)


つまり、田中ロミオさんは今まで絆について書くのはとても優れていたのですが、愛については書くことができていませんでした。彼の過去作は、(別に批判ではなく、どれも完成度自体は素晴らしいです)愛ではなく絆とか友情についてばかりしか書くことができていないように思いました。それは多とか、代替可能なものについてばかりで、特定の個については哲学できず、書くことができなかったという印象です。個人の尊さと愛は、哲学できないということです。それはエロゲ―にも関わらず、です。それが今回のRewriteではどうでしょうか。見てもらったとおりに、もう吹っ切れたものさえ感じました。私にとってこの作品には、とてもとっても驚かされました。

透明の絆が、俺たちの間に渡されていた。
それは蜘蛛の糸よりも細く、今にも切れてしまいそうだった。


――瑚太郎(三杯のコーヒー)


絆と愛、つまり「好き」と「愛する」の違いとは何か。好きというのは、線引きを行う、それは心の距離を規定するということです。それに対して愛は、このように線が渡されること、心のつながりということのように思います。今までのこの作者さんなら、ずっと他者関係を線引きだけで説明していました。だから私にとって、この時点で激しい違和感がありました。糸のよう、と言われるつながり、それが好きとは違う、愛の芽生えなのだと、この作者さんはそう表現することにしたのかもしれません。


そして好き(=絆)とは、心の距離を規定する線引きという、心のシステム様作用、そのような物理的干渉現象として哲学的にとらえることにより、他者との距離があることが親しさにつながるのだと、その距離を大切なものとしていました。しかし愛は説明できません。だから線引きや、物理的干渉という理論のさらなる上が求められたのかもしれません。それが、愛の超高位概念という答えだったように思います。絆はシステム的な説明をすることができなくもありませんが、愛はそれすらできない。絆は線引きという現象だとしたら、愛は理論を超えた超越的な高位概念とすることで、絆や好きという感情の上にある高位の感情としたように思いました。

でもそれはわからないと言っているのと同じで、進歩のない進歩です。いや、進歩自体は素晴らしいわけなのですが、答えを手放しにすることが素晴らしいことだとは私には思えないというだけです。あの……はい、ごめんなさい……。

でも、超高位概念という答えを出して、そのまま手放しにしているのかというと、そうではないところがRewriteの素晴らしいところだと私は思っています。そのような超高位概念を、この物語では篝火として喩えています。つまり愛とは、暗闇の中で灯る篝火のようなものだ、と結論付けているように思いました。だからこそ選択肢に篝火が灯るという演出をもって、愛というものを受容者に感覚的な理解を与えようとしたのかもしれません。その眩しさだけがあれば、瑚太郎は生きていけたように。

篝火のように導いてくれるもの、それが愛だったということです。愛は人を救う。だから瑚太郎の人生に篝火を灯すもの、それが篝という名前無き現象だったことでした。人生の幸福を、他者論に愛の概念で塗りつぶしたようでした。現象も理論も超えた、愛というものの尊さ、完璧だと感じたとともに、衝撃を受けました。人生の幸福に規定された答えがないように、答えがないのなら、探すことで、表現することで、確かなものとして示すことができるというように思いました。それは哲学と文学は、一体にして高次元へ至る可能性を秘めているということを感じさせられました。

私が初めてRewriteを遊んだ時に抱いた感想は、今までの哲学と違うがゆえに、正当に評価することができませんでした。それは期待していたものと違う、肩透かしのようなものでした。でもそれは、好きと愛が違うから、今までの作品との哲学と違うのだということが理解できました。だから今までと同じものを望んでも、そこにはないのは当然でした。むしろ高位概念へと至るために、過去の哲学をほぼ捨ててしまったその姿勢と、新たな哲学の創出と、その愛の可能性に私が気づくことができた時、もはや称賛しかありませんでした。この作者らしくはなかった、いいえ、この作者は高位概念へと至る挑戦をしたことで、まるで別物のようなものを生み出せたことに、ただただ驚きしかありませんでした。


ちょこっと難しい話でしたでしょうか......?そう感じさせてしまったのなら申し訳ありません。要約すると、あの恋愛の書けない田中ロミオさんが恋愛ゲームのシナリオを書いたの!?ということを私は言っていました。そして愛についてテーマにすることは難しいということについても言っていました。だからこれは素晴らしい作品だと思います、というのが私の意見です。




ここまで書いてきて思うのは、やっぱりすごい作品だったなぁと思うことです。この作品では辛いと思った人、絶望してしまった人、そんな人がたくさん登場します。
もちろん、そういう人たちの人生には共感できるものが多く、どれだけ泣かされたか分からないくらいですが、それでもたった一つの尊いものを求め、そういった人たちに見せた瑚太朗くんの生き方は、とてもすごい感動があったのではないでしょうか。

傷ついた人がどれだけいたとしても、世界がどれだけ不条理であったとしても、それでも愛を信じて全てを賭けて、そうして生きた瑚太朗くんの人生には、それはもう力強く、そして尊いものを感じた人も多いと思います。それがこの作品の「感動」だったのかなぁと私的に思います。

Rewriteは原作50時間+アニメ12時間もありましたが、間違いなくそれに見合うものがありました。伏線・展開・物語の構成、その全てが芸術的で、主人公の純粋すぎる真っ直ぐさをとにかく最後まで書こうと思った意欲には恐れ入りました。最後まで信念を貫き通すことは難しいことです、だからこの作品は心から賞賛できると思いました。

報われないと分かっていても、それでもたった一つの想いに、ただ馬鹿みたいに純粋に、これだけの長さの中でも最後まで駆け抜けた瑚太朗くんには感動させられました。

愛というものを書くのはどこか躊躇してしまいますが、最初から最後までここまで追い求められてしまうと、どこか清々しいものさえ感じました。

「愛」というものを求めた作品としては、Rewriteは相当すごい作品だと思います。ここまで馬鹿正直に純粋に書くのですから、その信じられない真っ直ぐさにはやられてしまいました。最高の作品でした。愛についてここまで書いた作品は他にありません。愛とこの作品は素晴らしいなと思いました、本当にありがとうございました。

ジャンルが恋愛アドベンチャーというのはVisualArt's20周年記念作品にしてはあまりにも手抜きすぎでは?と思いましたが、終わってみるとああっ!あああーーー!という気持ちでしたね。実はすごく凝ったジャンルの設定だったのですね。

とても良いものが見られて、とてもステキな作品に出会えてよかったです。ありがとう、良い記憶でした。


初めての考察記事でしたのでいろいろと至らない点などがありましたら申し訳ないです。そのときはコメント等でご指摘していただけると幸いです。
改めて読み返してみると、文章力も低いですし、後半からの感想は特にアニメ感想板と大差ないような幼稚な感想をお見せしてしまったのではないかと思います。お恥ずかしい限りです。

そしてここまで読んでくださったことに感謝します。本当にありがとうございました。


……皆さんの明日にも、どうか良い記憶で満ちていることを願っています。