白き永遠

主にエロゲーの感想や考察について書いていきます。楽しいエロゲー作品に、何か恩返しのようなことがしたくてブログを始めました。

アストラエアの白き永遠 一夏ルート考察(18605字)

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これは「アストラエアの白き永遠」の一夏ルートの内容まとめです。

※以下ネタバレなので、プレイ済みを推奨します。

※画像の著作権は全て、有限会社FAVORITE様に帰属します。



























交換をすることが、一緒にいることだと思ってる

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姉との暮らしは、そんなことを気にしてばっかりだったのだ。
ついていくから、かまってほしい。
ご飯を作るから、帰ってきてほしい。
それが報われたことは、皆無に等しいけれど……。
かといって、自分が気にしなくなったら、相手にも本当に気にしてもらえない。

だから、どうしたって『交換』を意識してしまう。
『誰かに助けてほしい』と『助けたい』の裏表。
それを交換することが、一緒にいるってことだと思ってる。

……そうでないなら、自分はなにもわからない。
距離感がわからない。


一夏(一夏√)


一夏が人との関係で抱えていたものは、『交換の意識』です。

一夏が帰ってこない姉のために家事をするのも、陸と一緒にいるためにルーンの練習を頑張っていたのも、一夏にとって人との関係は、「交換」でしか取り持つことしかできないと思っていたからでした。

一夏は交換でしか一緒にいるための方法がわからず、交換をしない関係で一緒にいるのは距離感がわかりませんでした。
一緒にいてもらうための条件として、何かを与えることで理由を作らなければならないーーもの同士の交換のようにトレードでしか人との関係を築くことができなかったのです。

しかし交換でしか成立しない関係を、一夏は同時に寂しくて嫌だとも思っていました。そんな一夏は、どのようにしてこの交換の意識と向き合っていたのでしょうか。









走ることと、草舟の意味

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夕凪一夏は、今日も自主練に励んでいる。
一夏は身体を動かすことが好きだ。頭を動かすよりもずっと好きだ。

無心になれるから。
そうすることで、悩みから解放されるから。
寂しさから逃れることができるから......。

だからこそ、その反動はやって来る。
休憩中に、こうして草舟を流しているときは、考え事をしてしまう。


一夏(共通)


一夏は体を動かすことが好きです。その理由はテスト期間に勉強のことを考えたくないからと言っていましたが、本当はそうではなく、無心になって悩みから逃げるために走っていました。
しかし走るのを立ち止まって草舟を流してしまうように、悩みから逃げようとしても寂しいだけだから、こうして考えずにはいられませんでした。

走りさえすれば悩みを忘れられるという、このことも交換のように成り立っていると思っていました。一夏の悩みもまた、人との関係と同じで交換のように忘れられると思っていました。

しかしその反動で草舟を流してしまうのは、自分の心さえ交換だとしようとする一夏の意思に反するかのようです。交換でしか感情を整理できない一夏が草舟を流すことは、交換の反対のものを求めている一夏の本心そのものでした。

一夏はどこかで、交換の関係に寂しさを感じていました。









考えたくないことを考えてしまう

息を切らせながら、夕凪一夏は昇降口へ戻ってきた。
食事もとらず、延々グラウンドを走っていた。

走っていたのに……やはり、考えてしまっていた。
考えたくないことを。

―中略―

(りっくんも……)
(あたしが能力を使えなくなったら、もう……いらないの……?)

もう、彼のそばにいられない......?
きっとそう。
彼には仕事がある。仲間がいる。
能力と共にある?能力者といういきもの。
能力が消え始めている自分は、決してその仲間にはなれない。

もう、彼のそばにいられなくなる。
彼があたしをかまってくれる理由がなくなる。

「っ……!」

一夏はまた、グラウンドへと駆け出した。
たとえ無駄だとわかっていても、やはり走られずにはいられなかった――――


一夏(一夏√)

一夏が考えてしまったのは、自分があげられるものが無くなったら、一緒にいてくれる理由も無くなることへの不安でした。一夏が走ることで悩みから解放されるという、交換のような願いはさらにここで崩れます。

一夏が本当に苦しい時、その悩みは走ることでは消えるどころか、考えたくなくても考えてしまうようになってしまいます。一夏が走ることで消えると思っていた苦しさは、走ることでは逃げていただけで、消えてはいなかったからです。
交換で整理できていたという一夏の感情もまた、交換では決して片付けられないというのが一夏の本心でした。

しかし交換以外で関係を取り持つ方法を知らないため、走ることが無駄だとわかった今もまた、交換でしか自分の感情と向き合えない一夏を表しているように思います。









姉に対する反抗心

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「いつからかな」
「お姉ちゃんが、あたしに構わないようになったのは......」

たぶん、学校を卒業し、勤めに出てからだと思う。
仕事でいそがしいせいだろう。一夏を気にかける余裕が無くなったのかもしれない。
そしていつしか、それが普通になった。
現にお姉ちゃんは、地元を離れることになっても変わらなかった。
家族と離れることを気にしていないようだった。
もしかしたら一夏は、そんな姉に対する反抗心で、姉を追いかけたのかもしれない。


一夏(共通)

そして一夏がずっと抱えてきた悩みは、姉がいつしか一夏に構わないようになったことでした。

だから追いかけさえすれば、何か役に立てばという「交換」さえすれば、もう一度姉は構ってくれるようになるにではという淡い期待が反抗心と共にありました。一夏が交換に拘っていた源泉はここにあります。

しかしそんな期待さえ、裏切られて続けてきました。

夕凪一夏は、河川敷を走っている。
だけど足は鈍かった。
疲労ばかりが重なるだけだ。

一夏は足を止めると、ふらふらと河辺に寄って、しゃがみ込む。
水面に、元気のない自分の顔が映っている。
それを見ると、ますます気分が重くなる。
だけど、自主練を切り上げて帰宅するつもりはなかった。

「家に帰りたくないな......」

どうせ帰っても、一人なんだから。
お姉ちゃんはいないんだから。

「......昨日も、ずっと一人だったしね」

一人の寂しさは募るばかりだった。
だからテストが始まる前も、終わったあとも、走ることを選択した。
少しは気持ちが紛れると思ったから。
一人で家にこもっていたって、落ち込んでしまうだけ。
美晴のことを思い出してしまうだけだ。

一夏はいつも、下校の途中で食材を買う。
今では一人分しか作らないが、最初の頃は、姉の分も作ることが多かった。
もしかしたら、姉が早く帰ってきて、夕飯を食べるかもしれないと思ったから。
一緒に食べられると思ったから。

だけどその期待はいつも裏切られた。


一夏(共通)

一夏は家事をする、利用されるだけというのは寂しいと思っていました。それでも一夏が夕飯を用意していたのは、姉が早く帰ってくるかもしれない、そうすることで一緒にいられるかもしれないと考えたからでした。
たとえ交換だけの関係だったとしても、それでもつなぎ止めていたかったからです。

ですがそんなかすかな期待さえ、いつも裏切られていました。夕飯を作って待っていても報われず、そして家には誰にもいなくて寂しい。どちらもとても寂しいことでした。

寂しい思いばかりで一緒にいることさえなく、そんな自分に意味があるのか問いかけずにはいられません。

「お姉ちゃんにとって、あたしはなに?」
「おまえは、私の妹だ」
「それは、どういう意味で……?」
「そのままの意味だ」
「おまえは、私の妹。それ以外のなにものでもない」

「……都合のいい妹って意味だよね」
「一夏……?」
「前は家事のための妹で、今度は研究のための妹ってことだよね……」

一夏の声は震えている。
それはどんな感情によるものだろうか。


一夏、美晴(共通)

家事のための妹、研究のための妹。どちらも利用価値があるということを意味しています。
妹だから姉と一緒にいられるということではなく、妹として都合の良い利用価値があるーー交換としての理由のほうが大事だと一夏は感じていました。

その交換で成り立っているのは形としての妹ということであり、妹としては見てくれていないことになります。姉にとって一夏の意味は無く、利用価値として形だけ存在してくれたらよいのではないかという、交換の関係を寂しく感じていたのでしょう。

そして交換としての関係の寂しさに加え、そのようにしか見てくれない姉への静かな怒りや悲しさが感情を分からなくしているのだと思います。

何もかもが分からなくなった一夏は、今まで願っていた「姉と一緒にいたかった」という気持ちさえ分からなくさせます。

「やっぱり、能力者じゃなきゃ、あたしに価値はなかったの……?」
「……そんなわけがない」
「うん……あたしも、そうじゃないって思えるようになってきたのに……」
「りっくんと、こういう仲になれたのに……」
「なのに、お姉ちゃんは……」

草舟は、ゆっくりと流れていった。
それを見送ると、一夏は沈み込むように視線を落とした。

「……もう、なにがなんだかわかんないよ」
「お姉ちゃんが、なにを考えているのか……」
「あたしは、お姉ちゃんについていくべきだったのか……」
「もう……よくわかんないよ……」

――――なにかに、満たされたかったんだろう。
夢中になることで、なにかを忘れたかったんだろう。
寂しさの裏返し。


一夏、陸(一夏√)

なにかに満たされたかった。その“何か”は、きっと姉と一緒にいれば見つかるはずでした。しかし忘れたかったことさえも、その姉のことです。だから何も分からない。
一夏に意味や価値がなければ、一緒にいることさえつらく寂しいものになってしまいます。一夏にとって何も分からなくなってしまう恐ろしさはここにありました。

一夏にとって意味や価値は、姉が今まで交換で築いてきた中では見つけられませんでした。だからこそ寂しく思ってしまいます。









同情ではない関係

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「落葉ちゃんが世話焼きだって言うのは、知ってるよ」
「あたしは、それに助けられたこともあったけど」
「だけど、今はいいから」
「もう、いいから……」

「優しくされると、辛くなる……」
「優しくされればされるほど、思い出しちゃうの……」
「昔の、優しかったお姉ちゃんを……」


一夏、落葉(一夏√)

一夏を救ってくれたこともある落葉の優しさ、しかしその優しさは、今はもう感じることのない姉の優しさを思い出させるものでした。

ですが優しくされると辛くなるのは、もう一つ奥深くに根ざしていた一夏の想いがあります。

「ねえ、落葉ちゃん……」
「あたしは、そんなつもりなかったよ……」

「落葉ちゃんと、傷を舐め合うつもりなんて、なかったんだよ……」
「…………」
「あたしは、落葉ちゃんに同情してほしかったわけじゃない……」
「優しくしてほしいわけじゃない……」

「……一夏。私は、そんなつもりじゃ……」

「ごめん、落葉ちゃん」
「今は、一人にして……」

一夏、落葉(一夏√)

一夏と家庭環境が似ているから、落葉は親近感で一夏のことを心配していました。
しかし一夏が優しくされると辛いのは、1つは昔の優しい姉を思い出して、今の冷たい姉のことを考えさせられてしまうからです。しかしもう1つ、同情してほしくないという本心があります。

ここでの同情とは、落葉にも一夏にも同じような家庭環境にあるから、そのことで傷の舐め合いのようなことをしたくなかったからです。
これが意味するのは、一夏と落葉が同じ寂しさを抱えているから、友だちとしての関係が成り立っているということです。それはまるで、お互いの持つ寂しさを交換条件にして、関係が成り立っているとも言えます。

「ね、落葉ちゃん。あたしはね、こんなふうに普通に話せる関係がいいな」
「同情とか、そういうのじゃなくて……」
「気を遣う関係なんかじゃなくて」
「秘密を持ったり、隠し事があったりしても、こうやって気楽に話せる関係……」
「それが、友だちじゃないかなって思うんだ」

「一夏……」
「だから……これからも、よろしくね」


一夏、落葉(共通)

これは落葉とのすれ違いがどのように解消されていったのかが書かれている部分です。次の項目で語る内容と順番が前後してしまいますが、一夏は落葉とどう折り合いを付けられたのか書いていきます。

一夏が望んでいたのは同情で気を遣う関係ではなくて、お互いの辛い部分、家庭環境の似ている部分があったとしても、それを気にせずにそばにいられることでした。

一夏は、一緒にいることに交換があることを、友達という関係には望んでいませんでした。
一夏は同情や傷の舐め合いのような関係を嫌がって、そのような交換の優しさに触れる方が寂しいから、前のところでは一人になりたいと願っていました。










弱い自分は、嫌いだ

一夏は再び一人きりになる。
そうすると、また寂しさが募ってきた。
さっきよりも、その重さは増していた。

「なにやってるんだろ、あたし……」

自己嫌悪……。
こんな自分、嫌いだ。
落葉ちゃんに当たっても、しょうがないのに。
悪いのは、弱い自分のはずなのに……。

一夏能力者に(一夏√)

交換条件のような関係が嫌だから、落葉の同情を拒絶していました。ですが交換や同情での関係が寂しいからと一人になっても、孤独の寂しさもまた大きくなるばかりでした。

一夏が感じていた弱さは、優しくしてほしいはずなのに落葉の優しさ受け取れなかったことや、一人は寂しいはずなのに一人になってしまったこと。何もかもが矛盾していている自分のことを弱いと思っていたのだと思います。

交換が嫌だからと同情でないものを欲しても、交換でない関係が良いと相手に押し付けるのも、新たな交換条件としての一緒が生まれるだけだったのだと思います。だから弱いのは自分自身だと思ったのでしょう。

(ちなみに一夏ちゃんは、この寂しさを募らせていくうちにルーンに目覚めて、エルフィンになっています。
その後ルーンは、一夏ちゃんにとって一緒にいるための理由として、大切なものだと認識するようになります)

何かをあげるから何かをしてもらえる、優されるから優しくする。一夏はそのような交換でしか関係を築けていなかったのかという問いについて見ていきたいと思います。









交換の裏にある交換でないもの

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「お姉ちゃんは、あたしを妹だって言うけど」
「それは、あたしが変わってしまっても?」
「能力者になってしまっても?」

「ああ、なにも変わらない」
「何度でも言おう。おまえは、私の妹だ」

一夏はまだ、腑に落ちない顔をしている。

「ほかに問題があるのか」
「そ、そういうことじゃなくて……」
「お姉ちゃんの言葉が、信じられないっていうか……まだお仕事中なのに……」
「私は、おまえの経過を見ると言っただろう。そのためには、なるべくお前のそばにいないとな」
「……お仕事のために?」
「そうだ」
「うん……。そっか」

このとき初めて、一夏の表情に笑みが浮かんだ。
ささやかで、控えめな笑顔だった。

「お姉ちゃんはやっぱり、自分勝手で、自分本位で……」
「だけど、なんでだろ……」
「今は、お姉ちゃんの言葉が、心に響く……」
「たぶん、あたし、ホッとしてるんだ……」
「あたしがどんなふうになっても、どんなに変わっても、お姉ちゃんは変わらないんだって……」

「……バカだな」
「おまえだって、なにも変わっていない。どこも変わってなどいないんだ」
「おまえが不安に思うことは、ないんだよ」

美晴さんの表情にも、控えめな笑顔が浮かぶ。
きっと二人はすれ違っていた。
じゃあ今、二人は和解できたのだろうか。
わからない。

だが、二人の間で途切れかけていたなにかを、またつなぐことができた。
俺はそう感じることができた。


一夏、美晴(共通)

一夏は仕事のための存在と言われているのに、そんな姉の言葉が胸に響いたのは、たとえ仕事のためではあっても、これからは妹のそばにいてくれることに安心のような気持ちだったのかもしれません。

ですがその理由よりも大きかったのは、仕事のための存在だったとしても、妹という変わらないもの――交換条件ではない関係を姉との間に見出せたから、一夏は少しだけ安心できたということなのでしょう。
一夏にとって妹という関係は、家事のためや仕事のため、エルフィンへと変わっていったとしても、妹という関係は決して変わらない関係で、姉がその関係を一番強く主張してくれたこと、それが一夏にとっての安心をくれたはずです。

姉とはずっと交換の関係ばかりを意識し、その関係すら期待しても裏切られ続けた一夏にとって、交換の中にあっても交換とは違うものを姉との間に見出すことができたのでしょう。二人がすれ違い途切れていたものが、またつながれたという意味のだろうと思います。

交換の関係の中であっても、それだけではない気持ちというものがあったのです。









「理由」としての一緒

もっと一緒にいたい、だからもっと一緒にいたいって、そう思って練習すればするほど……。
『一緒』は短くなってしまう。
いずれ、なくなってしまう。

 
 

それでも。
『だったら、こんな力、最初からないほうがよかった』だなんて、自分には決して言うことができない。
できるわけないよ……。
だって、これは……。

「りっくんとの……」

「もっとりっくんと一緒にいたくて……」
「能力が上手に使えるようになればって……」
「あたしを助けてくれたりっくんに……」
「早く、あたしも何か、してあげられるようになりたいって……」

未整理の感情をもらしながら、一夏は内心決意していた。
――――なら、使わない。
このことを、りっくんには言わない。

少しでも長く、彼と一緒でいたい……。
能力という『理由』が、少しでも長く、あたしの中に留まっていてほしい……。


一夏(一夏√)

ここでの一夏は、ルーンを失いつつあることに気づいてしまったところです。姉にはそのことを悟られてしまっていて、陸と特訓をこのまま続けていくと、ルーンを失うということになってしまうことに怯えを感じていました。

一夏にとってルーンとは、『理由』でした。姉はルーンの研究をしていて、陸はエルフィンの仲間とルーンを通して仕事をしているから、一夏はルーンを通してでしか関係を持つことしかできず、そうして一緒にいることができました。
だから一夏にとって理由がなくなってしまえば、どうしたら一緒にいられるのかわからなくなってしまうのです。

だから一夏は、一緒にいるための『理由』を失わないために、少しでも長くその理由を、少しでも長く一緒にいたいと思っています。一夏にとっては理由がなければ、誰かと一緒にいることはできませんでした。

一夏が交換であげ続けなければいけないと思っていたもの、必要だと思っていたもの、それは一緒にいるための『理由』でした。

では一緒にいるための理由が無くなったしまったら、何もかも無くなってしまうのでしょうか。









共有できる気持ちは、なくならない

「あたし、りっくんと一緒にいたいよ、落葉ちゃん……」

「……それが、『好き』ってことなんだと、私は思うけど」
「きっと、なんの理屈も、理由もなくて」
「ただ、その人となにかを共有していたい気持ちが……」

「…………」

「その共有できるなにかが、なくなっちゃったら……どうすればいいの……」
「なくならないわ」
「それは、なくならないって、私は思っていたい」

「あたしには、そうは思えないよ、落葉ちゃん……」
「難しいよ……」

「うん、私も言ってて自分でそう思う……すごく難しい……
「だから私はまだ、誰かに恋をしたことがないんだと思う……」


一夏、落葉(一夏√)

交換を意識する一夏にとって、一緒にいたいという理由も、そして気持ちも、与えたらなくなると思っていました。今までの姉との関係も陸との関係も交換で成り立っていたので、どうしたら交換ではなくなるのか、難しくてわからないものでした。

ですがそれでも、決してなくならないものはあると落葉は言います。
好きな気持ちは『交換』ではなく共有するなにかだと言われています。そしてその共有したい気持ちには理由はないから、交換のようにはなくならない。それが好きという気持ちだと言いたいのです。

そしてその共有できる気持ちは、いつの間にか一夏たちには存在していました。









気づけばいつの間にかあった気持ち

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「最初はただ、義務感だったよ」
「気づけばただ、頼られることが素直にうれしくなっていた」

「そ、っか……」
「……じゃあ、つくづく一緒なんだね」

一夏、陸(一夏√)

「今まではずっと、してもらった分、なにかをしてあげなきゃって思ってたけど……」
「だけど、違うんだね……それだけじゃないんだね……」
「交換でも、一方通行でもない……」
「なんの理由もいらない……」

「これはただ、あたしたちのまんなかにあるんだから……」

好きという、二人で育ててきた気持ち。

一夏(一夏√)

好きとはどのようなものなのでしょうか。それは交換でもありましたが、同時に交換だけではなくなっていました。
陸が最初は義務感で特訓につきあったり、一夏も助けてもらえたから好きになれたりと、交換から始まっています。だから一緒にいることに理由がありました。

しかしそんな二人は一緒にいるうちに、そんな理由はあまり大きなものではなくなっていったのだと思います。理由はもうなくても、なくならないものができていました。
そんな変化から生まれた、ただ一緒にいたいだけの気持ちが、「好き」という気持ちでした。

交換だけではない想いーー交換の裏にあっ交換ではないような気持ちが、一夏が得られた好きという気持ちへの答えでした。









口実なんて要らなかった、素直に向き合えばよかった

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「昔、ロケットの打ち上げを、二人で見たな」
「…………」
「一夏は、いつもはしゃいでいた」
「目を輝かせて、空の向こうへ飛んでいくロケットを見上げていた」
「私の手を握って、すごいね、すごいね、と笑っていた」
「……うん」
「あれが、私の原風景だ」

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「あぁ……」

一夏はくしゃっと、泣き笑いのように顔をゆがめた。

「やっぱりお姉ちゃんは、あたしのために……」
「お姉ちゃんはずっと、お姉ちゃんを……してくれてたんだ……」

「だったらっ……どうしてまた、帰ってきてくれなくなっちゃったの?」

つかみかかるような勢いで、一夏は質問をぶつけていく。

「おまえが能力者ではなくなったからだ」

美晴さんは淡々と、しかし率直に答える。
一夏のまっすぐさが、そうさせているのは明らかだった。

「おまえからルーンが失われ、私もまた、家に帰る名目を失った」
「名目……」
「そうだ」
「それじゃあ、あたしを月ヶ咲に置いていったのは……」
「……榛名くんと恋仲になっているおまえに、私の都合で、ついてこいとは言えないだろう」
「私には、ついてこいと言える名目もなかった」
「あたしが能力者じゃなくなったから……」
「そうだ」
「ご飯作る妹が、同じ家にいなくなっても……?」
「それは理由にも、口実にもならない」
「名目とか、理由とか、口実とかっ……」

一夏はそこで言葉に詰まってしまう。
感慨めいた、悔しがるような表情。
けれど、染み入るような理解があったはずだ。

「理由がいる質なんだ、私は」

ふっと、そこで美晴さんは苦笑を浮かべた。

「一夏。おまえにも、同じようなところがあるだろう」
「……そうだね」
「ううん、そうだったね……ついこの間まで、あたしは理由や名目がないと、なにもできなかった……」
「おまえのそういうところは、よく理解できる」
「私も、同じだ」
「あたしたち、姉妹だもんね……」
「ああ……」

美晴さんは笑みを浮かべたまま、しっかりとうなずいた。

「たとえ、なにがあろうと」
「…………」
「それだけは絶対に、変わらない」

「っ……バカだなあ、お姉ちゃんはっ……!」

叫ぶように、一夏は言った。
その瞳からは、ついに涙がこぼれていた。

「おまえにそう言われたのは、初めてだな……」
「だってっ、いつも言葉足らずで、自分勝手でっ……」
「相手のことばかり考えてるくせに、相手がどう思ってるか、考えなくてっ……」
「……自覚はしている」
「バカなあたしは、それがぜんぜんわかってなかったよっ……」

泣き笑いの顔を、一夏は勢いよく姉の顔に埋めた。
ぐしゅぐしゅと押しつけ、そして、ささやく――――

「お姉ちゃんの気持ち……」
「い、一夏……?」
「口実なんて要らなかったんだよ、お姉ちゃん……」

一夏は泣きながら、姉に思いを伝えていく。

「ただ、素直に向き合えば、それでよかったんだよ……」
「あたし、今みたいにすればよかったんだよ……」
「簡単なことだったんだよ……」
「やっと、わかったよ……」
「あたしたち、最初から、すれ違ってなんていなかったんだから……」

一夏、美晴

ロケットに目を輝かせていた妹と、そんな妹を見ているのが何よりも好きだった姉。何ものにも染まっていなかった幼かった頃の原風景は、今も変わらず続いていたーー。

一夏にとって人との関係に交換(=理由)がなければどうしてよいかわからなかったように、美晴もまた交換条件でしか関係を持てませんでした。
美晴は宇宙開発の道に進んだのも、一夏の宇宙への夢を叶えて一緒にいるための理由であり交換条件でした。その結果姉妹ですれ違いが生まれてしまい、一緒にいられなくなってしまっていました。しかしそれでも、美晴は姉であろうとしていたのです。

では二人が一緒にいるためにはどうすればよかったのか。それは交換条件を用意することよりも、ただ素直に向き合うことでした。簡単な答えのように思えますが、二人にとって難しいことで、今までわからなかったことでした。

しかし二人は本当は最初からすれ違っていなかったように、二人には最初から理由なんて要らなかった。だからこそ通じ合えたし、素直になれました。
二人には何も変わらないものが最初からあり、幼かった頃の原風景は姉妹という交換条件ではない関係として、最初からありました。それに気づけていないだけでした。

――――ああ、やっぱり。
姉妹の抱擁に目を細めながら、俺は思っていた。
一夏が求めていたものは、初めからそこに在って。
ただ、二人とも不器用すぎて、うまく気づけなかっただけで。
うまく伝え合えなかっただけで。
けれど、もう違う。
勇気を出してほんの一歩、足を前に進めただけで。
確かめ会えている。
そこにあったと、気づけた。

なにも変わらない。変わっていなかった。
二人はずっと姉妹で――これからも、そうなんだ。
思ったとおりだった。


――美晴、陸(一夏√)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

振り切るためではなく、未来へと向かうためへと

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一夏はもう、なにかを振り切るために走ることはしない。
その足は未来へ向かって、元気よく地を蹴って進む。

俺も一夏も、こんなふうに走れる日が来るなんて思っていなかった。
けれどそれは、今まではできなかったってわけじゃない。
最初から俺たちは、そうできたんだ。
それは、気づくこと。


一夏にとって走ることは、悩みから逃げ出すためのものでした。しかしその足は、悩みを振り切るためではなく向き合うためへと変わっていきました。交換に寂しさを覚え、振り切れないのだったら、まっすぐに向き合い、未来へと駆けるためのものだったのでしょう。

交換条件だけではない、大切な関係はどうすれば得られるのか。それは、気づくことでした。
交換条件で成り立つことも多いけれど、それでもいつか交換条件ではない、そんな愛おしいものが手に入るのかもしれません。だからこそ、気づくこと、素直になれることがこの姉妹には大事だったのでしょう。気づかなければ、見えない想いはきっとずっとすれ違ったままになるのでしょうから。

気づくための勇気の一歩さえ駆け出せれば、簡単なことだったと、そう分かり合えた姉妹がありました。

そして共有したい気持ちが決してなくならないように、向き合えば未来はどこまでも続いているのでしょう。そのことを信じてーー。














・気になったところ

草舟と一夏の思い出

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「......お姉ちゃんに、ね」
「あたしたちはそっくりだって、言われたことがあるんだ......」

一夏はやはり草舟を流しながら、ぼんやりと話し出す。
ひょっとして、草舟を流しているときは、いつも美晴さんのことを考えていたんだろうか......。
俺はふと、そんなことを思った。
一夏は少し、自嘲気味に笑う。

「でも、変だよね。そんなわけないのに......」
「......そんなわけないのか?」
「だって、あたしは不器用だし、頭も悪いでしょ?」

「お姉ちゃんは、そんなあたしとは逆で、昔から優秀だった」
「なんでも器用にこなして、頭もすごく良くて......妹として、誇らしいくらいだった」
「......同じくらい、コンプレックスでもあったけど」
「あたしはなんで、お姉ちゃんみたいじゃないんだろうって......」
「あたしが走るのが好きなのは、きっとその辺もあるんだと思う」

「え......?」

「思いっきり走ってると、なにも考えずにすむから......」
「お姉ちゃんとのモヤモヤも......全部、振り切れるから」

......そんな理由があったのか。
驚きながら、同時に納得もしていた。
今の話からすると、一夏の本質は、深く暗く思い悩んでしまう女の子以外のなにものでもなくて。
それは、俺が今まで見てきた一夏の一側面だったのは間違いない。
だとするならば、いつもの明るさは、努力のたまものとしか言いようがない。

「でもね......」
「仲が悪かったわけじゃないんだよ」
草舟の作り方も、お姉ちゃんから習ったんだ」
「ほんと、まだ子供の頃の話だけど......」
「お姉ちゃんが今みたいじゃなくて、あたしもまだ、無邪気に一緒にいられた頃の話だけど......」

「......やっぱり、そういう思い出があったんだな」
「やっぱり、って......?」
「一夏が草舟を流してるときは、お姉さんのことを考えてるんじゃないかって思ってたんだ」
「あはは......そうかも。作ってるとね、思い出しちゃんだ......」

次々とつながってくる。
一夏は傍らに生えている草から、また一枚、葉をもいだ。
手元で草舟を作りながら、その作業越しに遠くを見るような目つきをした。

「あたしは頭が悪いから、なかなか作り方が覚えられなくて......」
「......美晴さんは、辛抱強く教えてくれたんだな」
「うん......」

その成果が今、形になっている。
一夏は作ったばかりの草舟を、すぐに水面に浮かべた。
きっと、美晴さんと作ったときも、いつもそうしていたんだろう。

「......あの頃はほんとに、仲がよかったと思う」
「あたし、いつもお姉ちゃんのあとをついていってた」
「お姉ちゃんも、いつもあたしをかまってくれてた」
「ほんとに、いつも一緒だったんだよ......」


一夏、陸(一夏√)

一夏ちゃんは今は新市街に住んでいるという設定ですが、かつては田舎からこの月ヶ咲に引っ越してきています。そのかつての田舎では遊べるものが少なくて、そこで姉が草舟を教えてくれた経緯があります。この草舟という遊びが特別扱われるのは、そんな理由があります。

草舟を流すときは一夏ちゃんは姉のことを考えていましたが、姉とうまくいっていない今のことを悩んでいただけではなく、姉との思い出である昔を懐かしく思っての気持ちもありました。

草舟に思いを込めるという表現が本作と一夏ちゃんルートでは独特でいいな〜と思いましたが、これだけ色々な意味や設定が込められていたのはすごいですね。





落葉について

一夏の家族と落葉の家族は、重なる部分が多い。
おたがいの家族環境は似ている。
だからこれまで、落葉は親身になって一夏を心配していたように思う。
それが、間違っていたのかもしれない。
一夏を怒らせたのかもしれない。

「そっか、私......」
「一夏と一緒に、傷を舐め合おうとしていたのかもしれない......」

そんなんじゃ、おたがい、なにも変わらないのに。

落葉(一夏√)

同情について触れた部分の、落葉ちゃんの視点から語られる部分になります。

落葉ちゃんが感じていたのは家庭環境からの孤独で、だからその理由があることで一夏ちゃんと一緒にいたいと思っていました。落葉ちゃんにとってはどんな理由であったとしても、一緒になれる相手が欲しかったんだと思います。

でも傷を舐め合うだけでは前に進めない、そうしたら二人が友達として一緒にいる本当の意味とは、みたいなことを考えさせられます。





同情だけではなく、親近感も持っていた

「ねえ、一夏。たぶんだけど」
「私だから、悩みに気づけたんじゃないかって思うの」
「私とあなたは、似てるから......」
「だからこそ、友だちになったんだって......」

……そのとおりだ。当たっている。
一夏と落葉、二人の家庭環境は似ている。
落葉の父は仕事ばかりで、家族を顧みない。
一夏の姉も仕事ばかりで、家族を顧みない。
とても似ている。そっくり。
だから、そう。

「あたしも、落葉ちゃんに親近感を持ったんだ......」


一夏(共通)

一夏ちゃんと落葉ちゃんにはどちらも欠けたものがあり、同じ寂しさを共有できるこそ得られた絆があったと思います。
二人には同情の気持ちもありましたが、それと同時に親近感も持っていました。だからこそ一緒になることもできたのだと思います。

雪々グランドルートでも書いたことですが、アストラエアの白き永遠で評価していることの一つに、心とはこういうものである!というテーマを示しながらも常に、心とはそれだけではない、という否定の部分も描くところだと思っています。
ここでも同じで、二人の間にあったのは同情の気持ちでしたが、決してそれだけではない親近感も持っていたのだと。そういった書き方がここでもされていたことが印象的でした。





心はのぞいてはいけない

「一夏は念動能力が得意な分、精神感応能力が苦手ってことだ」
「そうなの?」
「ああ。だからさっきみたいなことになったんだ」

「……あたしの心をのぞいたら、ダメだからね」


一夏、陸(共通)

一夏ちゃんは陸に、心をのぞかれたことに強く抗議しているところです。ちなみにこの周辺の場面では、一夏ちゃんは陸に心をのぞいてほしくないことを3回も伝えていました。それだけの想いがあったのだと思います。

交換というテーマとはまた違いますが、ここでは心はのぞき見るものではないということが書かれています。
この部分のテーマは詳しくは雪々グランドルートの、白羽教授と主人公のやり取りで扱われていましたが、ここでの一夏ちゃんでも既に同じことが書かれていました。





一夏はロボットのよう

「コロちゃん、いい子だよ。落葉ちゃんや葉月ちゃんともすぐ仲良くなると思うよ」
「相手がロボットだからって、二人は偏見持たないもん」
「あたしとだって、友だちでいてくれるし……」

「一夏はべつに、ロボットじゃないでしょ」

「……うん。あはは」

一夏はまだ、自分が能力者になったことを気にしているのだろうか。
……気にするなというほうが無理だよな。
むしろ一夏は、受け入れているほうだ。


一夏、落葉(共通)


ここで陸は、一夏は能力者になったばかりだから、そのことを気にしているのではないかと思っているみたいです。でもそれはちょっと違うのではないかなと思います。

一夏ちゃんの悩みは、『交換』をしないと、どうやったら一緒にいられるか分からないというものでした。それはまるで、一夏ちゃんの人間関係への想いや心は無機的なーーまるでロボットのようだと感じてしまっていたのかもしれません。

それに対して、そんな交換を意識せずとも人と一緒にいられたコロちゃんを見ていた一夏ちゃんは、コロナちゃんの方がずっと人間らしいと感じ、対照的に自分はロボットのようだと感じたのかもしれません。

(ちなみに違う琴里ルートで語られる内容ですが、コロナちゃんが憧れていたのは、そうした悩んだり苦しんだりする『心』を持った人たちへの憧れている気持ちもありました)

アストラエアの白き永遠で本当にすごいなって思うところは、同情に対する落葉ちゃんたちの考え方、一夏ちゃんの交換の意識に対する悩み、そして心を持つことの否定をテーマに持つコロナちゃんと、それぞれの人物の抱えていたものが、こうした会話の一つ一つに丁寧に散りばめられているところだと思っています。





変わらないもの、初めからそこにあったもの

変わらないもの。
初めから、そこにあったもの。
一夏にいっぱい教えてもらった。
きっと、俺の中にもあるのだろう。

「りっくん......好きだよ......」
「俺も、一夏が好きだよ」
「うん......」

能力者として生きてきた自分。
俺の人生を激変させた、能力というもの。
忌避すべきものと思っていたそれが、俺と一夏を結びつけーーーー
そして、この相手を愛おしく思える気持ちは、きっと能力が宿る前からここにあった。


一夏、陸(一夏√)

姉との距離を取り戻すためとはいえ、ルーンに対して前向きでまっすぐだった一夏ちゃん。きっとそんな一夏ちゃんと一緒にいると、生きる自由を奪い嫌悪さえしていたルーンにも、主人公は向き合い、前へと進めるようになったんだと思います。

そしてルーンが一緒へと巡り合わせてくれただけではなく、ルーンがあったからこそ、愛おしく思う気持ちはその前から既にあったことにも気付かされたのだと思います。

二人が一緒にいられたのは、そういった理由や交換がありながらも、それだけではなかったということが分かります。





たった一人のお兄ちゃんだから

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「お兄ちゃんなんだからしっかりしてよね」
「誰がお兄ちゃんだよ」
「椎菜ちゃんの、たった一人のお兄ちゃんでしょ」
「それがなんだってんだ......」
「椎菜ちゃんが迷子になったのって、渡部くんが原因なんじゃないの?」

〜中略〜

「渡部くん、朝からおかしかったし。椎菜ちゃんが迷子になったのと関係ありそうだもん」
「............」
「早く見つけてあげないと。椎菜ちゃん、どこかでケガでもしてたら大変だよ」
「......そんなこと言われても」
「お兄ちゃんなんだから、しっかりしなさい!」

「じゃあ、椎菜ちゃん......神社に向かったんじゃない?」
「初詣のこと、思って......」
「お兄ちゃんと一緒に、お参りしたいって願って......」
「っ......」

「あ......走っていっちゃった」
「神社に向かったんだね......。街外れにあって遠いから、急がないとだもんね」
「うん......。ちゃんと、お兄ちゃんしてるじゃない」

「ちょっと、うらやましいな」
「あたしのお姉ちゃんも、ちゃんとお姉ちゃんしてくれないかなって......」
「そんなこと、ちょっと思っちゃったじゃない」


一夏、渡部(共通)

私的に一夏ちゃんがすごく魅力的だな〜と思った部分です。

ここで起きた内容の背景ですが、色々あって椎菜ちゃんがエルフィンになってしまってルーンが暴走する、という共通ルートでの出来事です。椎菜ちゃんのルーンの暴走を主人公たちは抑えようとしますが、椎菜ちゃんの心を癒せるのはたった一人の兄である渡部くんだけだと考えます。
そこで渡部くんに来てもらもうとするわけなのですが、その願いを実はここで、主人公は一夏ちゃんに託しています。

そしてそんな願いを託された一夏ちゃんですが、彼女がどうしたのかというと、椎菜ちゃんとすれ違っていたせいで会いたくないと思っていた渡部くんに、「たった一人のお兄ちゃんなんだから!」と一夏ちゃんは背中を押してくれていました。

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その事実を知った上でこの兄妹の仲直りがあるのだと思ったら、この場面は感動的になるかもしれません。たぶん。
椎菜ちゃん兄妹の仲直りの裏では、実は一夏ちゃんの活躍が大きかったのです。

一夏ちゃんは思い悩んでしまう弱さをずっと抱えていましたが、同時に誰かの背中を押してあげられる強さも持っていたのだと思います。

アストラエアの白き永遠 落葉ルート考察(10508字)

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これは「アストラエアの白き永遠」の落葉ルートの内容まとめです。

※以下ネタバレなので、プレイ済みを推奨します。















まず始めに、ひとは分かりあえると信じてという内容において、落葉ルートで描かれているテーマを一言で表すのなら『孤独』です。
そのことを意識した上で読んでもらえると分かりやすいと思います。

※画像の著作権は全て、有限会社FAVORITE様に帰属します。

























お父さんを、信じられない

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「お父さん、榛名くんを転校させてまで、なにがしたかったのかな......」
「言ったじゃないか。俺を、使用人としてよこしたって」
「それが本当だとしても、なんでこの時期なのかがわからない。もう何年も家をほったらかしにしてたくせに」

「そのことに反省した結果じゃないか?」
「急に、私たちのことが心配になったって?」
「ああ」
「......信じられないわ」


ーー落葉、陸(共通)


橘落葉は父のことを信じていませんでした。それは父が何年も家に帰っておらず、落葉たちのことを放置し続けた家庭環境に起因しています。

そのため父が心配していて、家に帰っていないのを反省しているということを考えられません。もう何年も経った今、落葉にとってその時間の長さは、信じることを無理にしていました。

落葉は父のことを信じていなくて、そして嫌ってさえいました。









橘落葉が父を嫌う理由

「お父さんはね、自分の研究に夢中で、これまで家庭を顧みなかった……」
「そのせいで、お母さんは苦労が絶えなかった」
「お父さんは、そんなお母さんを手伝いもしなかった……」
「榛名くんが私の家事を手伝おうとするのとは、逆にね」
「結果、お母さんの身体は弱っていった。葉月を産む体力もないくらいだった」
「だけどお母さんは、その命と引き替えに、葉月を産んでくれたのよ」

俺は、落葉が口を閉ざすのを待って言葉をかける。

「……だから落葉は、父親が嫌いなんだな」
「そう言っていいんでしょうね」


――落葉、陸(落葉√)


橘落葉はなぜ父のことを嫌うのでしょうか?それは家庭を顧みなかったからなのですが、その結果として葉月の命と引き替えに、母が弱っていき、命を落としてしまっています。

橘落葉にとって父とは、母を奪った張本人であり、そのうえ母が命を落とした後でさえ変わらず家庭のことを顧みなかったから、父のことを嫌っているということになりそうです。









父と一緒に暮らさない、もう一つの理由

「私は、これまでお父さんの誘いを断って、この月ヶ咲で暮らしていた……」
「お父さんは一緒に暮らそうって言ってるけど、それは月ヶ咲を離れるって意味でもある」
「私はどうしても、それを受け入れられなかった」
「月ヶ咲には、お母さんのぬくもりがあるから」
「お母さんの想い出があるから……」


――落葉(落葉√)


落葉が父とは離れて暮らす理由は父が嫌いで信じられないということの他に、母との想い出を手放したくなかったという理由もありました。

父を嫌っていることが大きい問題ではなくて、母との想い出を大切にしたいから、そんな想い出とぬくもりが寂しさをなくしてくれるから。その気持ちが父の誘いを断っていた理由です。

落葉は本心は父のことが嫌いという理由よりも、母との想い出の場所(=月ヵ咲)を離れるのが寂しいから、父と離れて暮らすことを決めていました。









怒りを超えた何かの感情

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「長い間この家を留守にして、苦労をかけてしまったね」
「…………」
「だからというわけじゃないが。おまえの顔を見て、驚いたよ」
「母さんに、似てきたね」

その瞬間。
怒りに耐えていたようだった落葉の顔色が、一変した。
そこに見えたのは、怒りを超えた何かの感情だった。

「ずっと……誰も、お母さんを助けなかった……」
「私は、お母さんを助けることができなくて……」
「お父さんは、お母さんを助けようともしなかった……」
「…………」
「お父さんは、お母さんが苦しんでるときも、家に帰ってこなかった……」
「葉月の出産のときでさえ、お父さんはいなかった……」
「お母さんのそばにいなかったのよっ……」

「そんなお父さんに、どうやったら私たちは、ついていけるって言うのよっ……」

ぽろぽろと、落葉の瞳からこぼれ落ちるものがある。
彼女の涙は、初めて見た。


――大樹、落葉(落葉√)


ここで橘落葉が父に対して怒鳴ったのはどうしてでしょうか?

橘落葉が父を嫌う理由は、父が家事を手伝わず、母や落葉たちの苦労が絶えなかったからでした。ここでの橘落葉は、父が家に帰ってきたところです。父は苦労をかけたことを落葉に伝えています。それなら怒鳴る必要はなく、和解できるように思えます。
しかし実は、これはその前提が間違っています。そしてそのことに、落葉自身でさえ気づいていなかったからです。

ここで落葉が怒鳴ったときに父に対して、家に帰って来なかったこと、家にいなかったこと、そして「お母さんのそばにいなかった」ことを責めています。

つまり、橘落葉が欲しかった言葉は、家事を手伝わなかったことや、苦労をかけたことなど、そういう言葉が欲しかったのではありませんでした。ただそばにいてほしかったのです。

だからここで落葉が父から欲しかった言葉は、「そばにいられなくて、寂しい思いをさせて、ごめんなさい」という言葉が近いのだと思います。

ここでの落葉の感情が怒りを超えた何かであったのは、今まで家に帰ってこなかったこと、母を奪った怒りだけではなく、母がいない寂しさ、父がそばにいてくれない寂しさと悲しさ、様々な感情があったからでしょう。

ここでの落葉の感情は、怒りの裏にあった本当の気持ちである、寂しさが混じり合って爆発した何かということになります。









そばにいてくれるだけで、充分

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「榛名くん、少し勘違いしてるから……。家事を手伝うことで、私の助けになるって考えてるみたいだけど」
「私が望んでるのは、そうじゃない……」

「一人で家事をするのは、たしかに大変なところもあるけど……。だけど、それだけが問題じゃないの」
「お母さんも、たぶんそうだったんだと思う……」
「お母さんが一番望んでいたのは、お父さんがそばにいてくれることだったと思うから……」
「だから、榛名くんも同じなのよ……」
「ただ、そばにいてくれるだけで充分なのよ……」


――落葉(落葉√)


落葉は父に対して叫んだ言葉から、そばにいてくれるだけで充分だという自分の本当の気持ちに気づきます。父が家事の手伝いをしてくれないことは本当の問題ではなく、ただそばにいてくれることが大切でした。

落葉が父を嫌う理由も同じで、そばにいてほしいという落葉の気持ち、そして母の気持ちにも応えてこなかったからです。
家事を手伝わず、苦労をかけたことはその前提が間違っていて、落葉にとって本当の問題ではありませんでした。









独りは耐えられない

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「葉月……お願い……」
「目を覚まして……」
「悩みがあるなら……教えてほしい……」
「葉月の力になってあげたいの……」

……いや。
そんなのは建前だった。

悩みなんて、二の次だ。
もしも葉月がこのまま回復しなかったら?
母と同じく、自分の前からいなくなってしまったら?

そうなれば、落葉は独りになってしまう。
怖い。ひどく怯える。
独りなんて、耐えられない。
家族が誰もいなくなるなんて、きっと私は耐えられない。

「耐えられるわけ……ないじゃない……」


ーー落葉(落葉√)


落葉が誰かにそばにいてくれることを望む理由は、独りになることを恐れていて、そして耐えられないからです。

父は家庭を顧みず母はいなくなってしまったことで、両親は今までそばにいませんでした。だから落葉は孤独を恐れていました。

そして葉月までいなくなったら、落葉は本当に独りになってしまいます。葉月だけが家族と呼べるような、ずっとそばにいてくれた存在だったことからも、落葉にとってそばにいることの重大さが分かります。

葉月のそばにいて看病するのも、心配だからという理由よりも、独りになりたくないからそばにいる。これが独りになることを恐れた、落葉の本音です。









独りにするものは大嫌い

母の死を超える絶望感。
それをもたらすのがルーンなんてわけのわからないものだというなら、落葉はそれを嫌悪する。
エルフィンという存在を、敵視する。
お父さんもエルフィンも、大嫌いだ……。

「それだけじゃない......」
「こんなふうに思う自分も、大嫌い......」


ーー落葉(落葉√)


落葉には父はそばにいてくれず、母は奪われ、孤独を感じてきていました。そして今度は能力が、ただ一人そばにいてくれた葉月まで奪おうとします。

だからルーンが大嫌いで、ルーンを持つエルフィンだって大嫌い。
ルーンとエルフィンの研究に関わり、ずっと家に帰って来ないで落葉を独りにさせた父のこと、そんな何もかも全てが大嫌いだと落葉は感じていました。

しかしそれだけではなく、落葉は父や何もかもを嫌う自分のことを、何よりも嫌いだというもう一つの本心がありました。それは落葉が何も嫌っていなかったのに、嫌いだと思い込んでいたからです。









嫌いになれなかった

落葉はいつからか、陸の名前を繰り返し呼んでいた。
おかしいな……。
榛名くんだって、エルフィンなのにな……。
私が嫌いだって思った相手なのにな……。

「そうよね、葉月もエルフィンなんだから……」
「嫌いになれるわけ、ない……」
「榛名くんだって、嫌いになれるわけ、ない……」
「私たち……家族なんだから……」
「最初から、嫌いになれるわけ、なかったの……」

だから、きっと。
お父さんだって、嫌いになれるわけがない。


――落葉(落葉√)


落葉は、エルフィンやルーンを通して、本当は父のことも嫌っていたわけではないことを知ります。

エルフィンの陸のことは嫌いではなくて、いつの間にかそばにいてほしい相手になっていました。葉月も同じくエルフィンでしたが、最初からそばにいてくれた家族でした。

そこからエルフィンと関わっていた父のことでさえ、本当は嫌いではなかったことに気づきます。そばにいてくれなくても、家族なら繋がりがあることに気づいたから、父を嫌っていたわけではないことに気付いたのでした。









ぬくもりはそばにあった

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橘落葉は今、一面の銀世界に放り出されたような心地だった。
ここは一体どこだろう。
天井がどっちにあるかわからない。自分は立っているかどうかもわからない。

怖かった。
孤独というものを理解した。

まるで迷子になったかのようで、誰かを探して必死に手を伸ばしていた。
その手は、すぐに触れた。
なにかに触れた。

落葉はまた、理解した。
私は、孤独じゃない……。
見えないだけで、ぬくもりはそばにあったのだと。

――落葉の共感能力(落葉√)

落葉が本当に嫌い、そして恐れていたのは孤独になることです。ずっと誰かがそばにいて欲しいと願っていましたが、それは自分が孤独になることが怖かったからです。

孤独とは迷子のような状態だと言われています。自分がどこに居るのか分からない、そんな迷子の状態である孤独が怖がっていました。

しかし落葉は孤独の中で、本当は孤独ではなかったことを理解しています。それは心だけで通じ合えたから、言葉にできていなかっただけでずっと手を伸ばし続けてきた父がいたことを知ったからです。

落葉はここで、そんな心からのつながりがあったことを理解していました。









独りになるのが恐かった

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落葉は、父に謝ることができた。
今まで言いたくても口にできない言葉を作れた。
その勇気はきっと、そばにいる彼からもらったものだった。

だって、わかるんだ。
自分は一人じゃないってわかるんだ。
だから落葉は、やっと素直になることができたのだ。

「これまで....ごめんなさい......」
「お父さんばかり責めてしまって......」
「訪ねてきても、追い返して......」
「声をかけても、聞かなくて......」
「話しあう機会すら作らなくて......」

「私……怖かったのかもしれない……」
「自分に、ウソばかりついて……逃げてばかりいて……」

「本当は、そうじゃなくて……」
「私は……葉月が独りになることだけじゃない……自分が独りになることも恐れてた……」
「私……お父さんに葉月を取られるのが、怖かった……」

「お母さんがいなくなって……お父さんもいなくなって……」
「それで、葉月までいなくなったら……」
「私は、ひとりぼっちになるから……」

「私は、恐れるだけで、誰のことも信じてなかった……」
「だから、誰にも頼れなかった……」
「独りで強がってばかりいた……」
「独りで怯えてばかりいた……」

「おまえは、独りじゃない」
「いつだって、独りじゃなかったんだ」
「それをおまえに伝えられなかった私が、一番の大バカだ......」


ーー落葉、大樹(落葉√)

落葉は父に対して本当の思いを伝えますが、それこそ落葉を孤独にしてきた人たちを信じられず、また孤独にされてしまうことを恐れていたことでした。

落葉は父のことを嫌っていたのではなく、また独りにされることを恐れてしまい、信じることができずに独りで怯えていました。恐れや怯えへの自分の弱さを素直に認めることができなくて、嫌いだと思い込んでしまっていたのです。









勇気を出して、最初の、一歩

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「葉月は、うらやましいくらい素直なんだから……」
「きっとお母さんに似たのでしょうね」
「お母さんは一途で、強かったから」
「お父さんのこと、最後まで信じていられたくらいに……」
「自分の気持ちに正直になれるって、すごいことだと思う」

――落葉(落葉√)

 
 

……最初の、一歩。
それは、いつか彼からもらった言葉のひとかけら。

「じゃ、がんばれ。最初の一歩さえ我慢すれば、気がついたら終わってるさ」
「怖いとか、そう思う前にさ」

彼だけじゃない。
私は、葉月からも背中を押してもらったんだから。

「最初の一歩……」
「勇気を出して……最初の一歩……」

同じだ。
最初の一歩をがんばれば、楽しい時間を作れるんだ。
私はもう、それを知っているはずだ。
だったらもう、恐れるな。
逃げないで。
勇気をもって。

「ずっと、そばにいてほしい……」
「あなたにそばにいてほしい……」
「そうやって、二人で肩を並べて歩きたい……」
「あなたと一緒に、葉月の手を握りながら……」

「きっと、私が我慢していたから、葉月も我慢することになってしまった……」
「もう、そんなのはやめにするわ」
「勇気を出して最初の一歩を進めば、楽しい時間が待っている。今はそれを信じていたいから」


――落葉(落葉√)

ーー最初の、一歩。

それは相手を信じること、そして自分の気持ちに素直になることでした。

孤独を恐れていた落葉は、一緒にいてくれる人を信じることができなくなっていて、そして強がっていたことで自分の本心を見失っていました。だからこそより一層孤独を感じることになっていました。

そんな落葉にとって必要だったものこそ、恐れず勇気を持って、最初の一歩を踏み出すことでした。それが孤独と向き合った、落葉の出した答えです。

最初の一歩を踏み出した先に、楽しい時間があることを信じて。落葉はまっすぐに進んでいく決意をします。









これからの想い出

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「葉月……覚えておいて……」
「あなたは、一人じゃないってこと……」
「みんなで助け合えるってこと……」
「みんなで支え合うのが、家族なんだから……」

「それを、忘れないでね……」

「お母さんの分まで、家族の想い出を作ってね……」

――落葉と葉月の共感能力(落葉√)

「それが、お母さんがあなたに残すことができた、最初で最後の想い出だったのよ……」
「本当は、もっと思い出を残したかったと思う……」

「だからね、葉月……」
「これからは、想い出、みんなで作ろうね」
「三人で一緒に、作っていこうね……」

「お姉……ちゃん……」
「葉月のそばに……いてくれるの……?」
「うん、当たり前じゃない」
「お兄ちゃんは……」
「聞くまでもないだろ。俺は、落葉と葉月のそばにいる」

これからは、三人で創っていくのだから。
家族の想い出を。

これが、三人で共に創った、最初の一歩。
未来へとつながる、俺たちの新たな想い出――――


ーー落葉(落葉√Fin)

最初の一歩を踏み出した先にある楽しい時間、それはやがて想い出となっていきます。

孤独を恐れるだけだった落葉は、一緒にいることで積み重ねた先になる、想い出を作りたいという新しい一歩を踏み出していくのでしょう。














・気になったところ


家族に当てはめなくても何も変わらない

「二人じゃなくて、三人よ」
「私は今、榛名くんに相談しているじゃない。そこに葉月を入れたら、三人じゃない」
「だから、他人だなんて考えなくていい……」
「もう、家族と変わらないんだって、思ってくれていいんだから」

「じゃあ、家族みたいに扱ってくれるなら、もっと俺に家事を手伝わせてほしいんだが」
「榛名くんのスキルがもっと上がったらね」
「……なんか、結局変わらないな」
「そうかもね」
「家族という言葉に当てはめなくたって、私たちは何も変わらないのかもね」


ーー落葉、陸(落葉√)

落葉ちゃんにとって陸は家族と変わらないと言っている一方で、家族という形に囚われなくても何も変わらないと落葉は言います。家族という形でなくても、そばにいてくれるだけで充分だという落葉ちゃんの考え方が読み取れます。

ですが落葉ルートは全体を通して、家族とのつながりを中心描いているので、ここは目に付く部分でした。





局長について

「私を忘れ、落葉が悲しまなければ、葉月の心も癒えるだろう。私にできることがあるとすれば、それだけだ」
「私は、もう二度と落葉には合わない」
「葉月とも会わない」
「娘たちを想うことは、しないだろう」
「私はそれが最善だと考えた」

「あんた……それでいいのか」
「やり方ならほかにもあるだろ。あんたが父親らしく振る舞えばいいって話だろ」
「娘たちが悲しんでるなら、喜ばせればいいってだけの話だろ……」
「…………」
「なのになんで、あんたはそう、逃げ腰なんだよ……」

「……生意気を言うな」
「私はずっと、家族と離れて暮らしてきた。今さらどう父親面をすればいいのかなど、わかるわけがない」


――大樹、陸(落葉√)

 
 

「局長は、不器用ですから。素直じゃないんです」
「だから娘たちを喜ばせるどころか、謝ることすらできないんだと思います」


――りんね(落葉√)

書ききれなかった局長(=落葉の父親)について書かれている部分です。大雑把には局長が不器用だということが言われています。

局長の目線で見ると、落葉をほったらかしていたというよりも、どう接していいか分からなくなっていたとなるのだと思います。





落葉も不器用で素直じゃないから

そうだ。お父さんは、謝った。
じゃあ私は、お父さんに謝ったことがあっただろうか。
私も、不器用だから......。
素直じゃないから......。
そういうところ、お父さんに似たんだろうな......。


ーー落葉(落葉√)

局長が不器用だと言われていたように、落葉ちゃんも不器用なところが似ているみたいです。ここは親子としての共通点を表したかったのかなと。

局長と落葉ちゃんですが、お互いに似た者同士であり、同じ悩みを抱えていました。
そしてその二人は疎遠になりながらもお互いのことを考えていたことは、目に見えないつながりであったのかなと思いました。





頼るということ

「......俺が家族にこだわってるとしたら、理由は一つしか思い浮かばないな」
「俺は、孤児なんだ。だからたぶん、家族というものに飢えていた」
「大した理由じゃないんだ。それだけの話だ」
「これまで隠してきたのは、同情されたくなかったからだ」
「要するに周囲から浮きたくなかった。そういうのにうんざりしてるんだ、俺は」
「能力者になったせいで、孤児が集まった施設の中でさえ浮いてしまっていたからな」

俺は、気がつけば早口になっている。
恐れのせいだろうか。俺は、落葉にだけは同情されたくなかった。そんな関係にはなりたくなかった。
なのに話してしまった理由は、一つしかなかった。

俺は、理解して欲しかった。
俺を知って欲しかった。
俺という人間を見て欲しかった。
行くあてがなく、迷子になって、だけどそんな俺を見つけてくれる誰かを望んでいた。
いつだって、帰る場所を探していたんだ。


ーー陸、落葉(落葉√)

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「だから私も、こうやって、あなたを守ってあげたくなる......」
「守られるだけじゃ、嫌なのよ......」
「もっと頼って欲しいのよ......」

俺は知った。
これが、頼るということだった。

俺は落葉を頼っていると思っていたけれど。
いつも食事を用意してもらってる。弁当だって作ってもらってる。
この家に住まわせてもらってる。
そんなのは、上辺だけだ。

やっと、知ることができた。
無防備に泣いて。
自分というものを見せて。
俺という本質を受け入れ、肯定してくれる。
彼女は、俺の全てを肯定してくれる......。


ーー落葉、陸(落葉√)

あのお悩みだけ見ると落葉ちゃんの魅力が分かりにくいと感じたので、魅力だと思ったものから一つだけ紹介したいです。

ここは主人公が、悩みを落葉ちゃんにだけ素直に打ち明ける場面です。
(こうして見ると家族にこだわっているのは、実は落葉ちゃんたちだけではなく主人公も強くこだわりがあったのかなと思ったり)

誰かに頼るとは家事をしてもらったり、ただ身の回りのことをしてもらうことではなく。自分の心を許し、心から寄り添い合えることでした。
主人公のことを全て受け止めてくれる、そんな優しさも含めて落葉ちゃんは魅力的な女の子だなと思いました。

枯れない世界と終わる花 考察_欠けた感情と、生きた証を求めて(47143字)

美しく優しい舞台で紡がれる、信頼と絆の物語。

いくつも重ねた約束を、今、ここでーー





【ジャンル】美しく優しい舞台で紡がれる信頼と絆のADV

物語性 A
テーマ性 A
独自性 S
心理描写 A
設定の良さ A
総合評価 S

公式サイト| 枯れない世界と終わる花


この記事は、「枯れない世界と終わる花」という作品の考察記事になります。

この作品はミドルプライスだから〜と思われそうですが、本作の“とある設定”には目を見張るところがあると思ったので、それを簡単にですがまとめてみたいなと思いました。

長文になりますが、この作品を好きになってもらえたら、もっと好きになってもらえることがあるのでしたら幸いです。


それでは、以下からは本作の考察及び批評を書いていきたいと思います。


※以下からは完全なネタバレです。未プレイの方は、これより下は読まないことを強く推奨します。

※画像の著作権は全て、SWEET&TEAおよびCLEARRAVE様に帰属します。

























物語の時系列


色とりどりの花で埋め尽くされた美しい街。
ショウはレンと共にその街を訪ね、喫茶店で働くハルたちと出会う。
茶店の2階に住み込み働かせてもらうことになったある日、
深夜にひとり出て行くハルを追いかけて行くショウ。
街から遠く離れた、見渡す限り花に囲まれた丘の中央でショウは、
月明かりで淡く輝く大きな樹の下、
ハルに抱かれた小さな女の子が花になる瞬間を目にしてしまう。
ショウに気付いたハルは、
咲き乱れる美しい花たちに目を細めて寂しそうに微笑む。

「こんな世界で、わたしはこうやって生き永らえて来たの。
でもわたしはまだ生きていたい。 他人の命を引き換えにしてでも」

ハルと同じように舞い散る花びらを見上げながら、

「この世界が何を押し付けようと。
 どれだけの人がハルを許さないと言ったとしても――」

その言葉の代わりに、ショウは告げる。

「――それでも俺は、こんな世界の終わりを願うよ」


ーー枯れない世界と終わる花 公式あらすじより


まず始めに、この「枯れない世界と終わる花」は少々時系列が複雑であり、これからの解説で混乱を招かないために、私なりにまずこの物語の時系列を整理していこうと思います。
時系列が理解できている人は、次の項目まで読み飛ばしても大丈夫です。

この物語の大きな区分としては、「幼少時代」「奔流期」「今」と分けられると思います。そこで、それぞれで起こった出来事を簡単にまとめてみます。


・幼少時代

主人公やヒロインたちが子供だった頃のお話で、そこから家族として暮らすまでのお話です。
主人公が出会っていく順番としては、ハル→ショウ→コトセ→ユキナの順です。

まず行き倒れて、そのまま死のうとしていた主人公が、ハルと出会います。ハルと出会った主人公は、一緒に生きていく決意をし、一緒に生きるための当てのない旅をしていくことになります。
そんなハルとの暮らしは、まだ住む場所は無かったため野宿をしていて、食べ物はゴミ箱を漁ることで得ていました。


しかしある日、ハルは何日経っても熱が下がらない病気になってしまいました。この病気は、ハルを死へと追いやります。ハルを助ける手段が無かった主人公を助けたのが、ショウ(母親役になるほうの人)でした。
ここから次の間までに教会に住んでいて、食べ物を得る手段が既にあったことから、恐らくこのショウとの出会いにより、ハルと主人公の暮らしは安定したものになったのだと思われます。

そして次がコトセとの出会いです。コトセはある日ショウが拾ってきた子でした。

そして最後がユキナとの出会いです。ユキナは主人公がある日に出会い、ショウたちと家族として引き入れます。こうして全員が揃いました。

しかしある日突然に、ショウは主人公だけにお別れの言葉を告げて、4人の前から姿を消します。それは3人のヒロインたちが死ぬ運命にあり、その運命を先延ばしにするために、ショウが“天使”になっていたからでした。この時のショウは、既にその命が限界だったのです。

さてこの作品の舞台ですが、犠牲と代償によって廻っていく世界でした。だからこそ死ぬ運命だった3人を助ける代償として、自身が命を奪い世界を廻していく“天使”という役目を負い、そして天使は自分の命を消費することで世界を廻していく形で犠牲となります。
ショウはこの”天使“としての役目により命が消えかけていて、そのことを悲しませないためにある日姿を消して、人目につかない所でその命を終えたのでした。

ショウがいなくなった後もお金は残されていて、生活するための術を身につけていた主人公たちは、何とか暮らしていきます。

しかしハルたち3人は死ぬ運命が先延ばしになっただけなので、流行り病により命の危機に瀕します。
そんなハルたちを助ける手段が無かった主人公は、ショウがお別れの日に最後に残した言葉を思い出し、奇跡を起こすために神様に願うことを決意します。

ハルたちを助けるための代償として、3人は運命そのものから逃れるために人ならざる“天使”となります。天使となったことで、ハルたちは流行り病から助かることができました。
そしてハルたちを“天使”とするための代償として、主人公の家族の絆が失われます。それによって、主人公は3人の記憶から消えて、さらにこの世界に最初から存在しなかったことになります。

ハルたちの記憶から消え、他人となってしまった主人公は、迎え入れられることはありませんでした。そうして主人公は、ハルたちの前から立ち去るしかありませんでした。


・奔流期

ハルたちと別れた主人公が、もう一度ハルたちを助けるための力を得るために、長い時間を経てその力を得るまでの時間です。

ハルと別れた直後、主人公は灰になって変わり果てた姿のショウと再会します。そしてショウが“天使”となっていたことを知り、このショウとの再会から、ハルたちもやがては同じく灰になる運命であることを知ります。
流行り病で死んでしまう運命は回避できたものの、ハルたちがやがて死んでしまうという運命自体は変わっていませんでした。

今度は自分の命そのものを代償に、そんなハルたちの運命を再び変えることを願います。主人公はこのときに、二度目の奇跡を願いました。
ハルたちを助けるために必要だった力は「“天使”の羽を集める力」と、「この悲しい世界を終わらせる力」でした。恐らくここで主人公が得た力は前者?だけだと思いますが、詳しい説明は無いためここでの詳細は不明でした。
ハルたちを助けるための力を得るために、ここでの代償は、花となって既に死んでしまった命たち全て(=世界そのもの)に自分の望みを肯定されることでした。
意識の海(=世界の奔流)に沈み、そこに集う意識に直に曝露されることで、世界を知覚し、世界そのものの意識の声に肯定されるまで意識の海を漂い続けていました。世界に望みが肯定され、意識の海を脱して、ハルたちを助ける力を得た頃には、主人公の手も身体も大きくなっていたくらいの長い時間が経っていました。
(ハルたちすぐに助けに行けなかったのは、ここでの時間が必要だったからです)

世界に肯定された主人公は、世界の意識の依代であり、世界そのものである月虹花(=レン)が共感したからか、レンという姿に変えた月虹花が主人公の旅に付き添うこととなります。

ここでの主人公はハルたちの記憶から消えて、世界にはもう存在していないことになっているから、「アキト」という名前を捨てて、みんなを守るという母親の約束を代わりに果たすために、「ショウ」という名前をもらうことにしています。
ここで主人公の名前は、アキト→ショウとなっています。


・今


「はじめまして、だね」
「でも、自己紹介は要らないよね。お互いに」
「ああ、必要ないよ」

~中略~

「じゃあ、行こっか」
「あぁ、行こう」

優しい幻想的な空に目を細めながら。
小さな少女に歩調を合わせて。
ゆっくり、ゆっくりと、消えた約束を辿るように。
約束が消えた街へと、俺は足を踏み出した。


――少女、ショウ(もう一度、咲いた意味)

レンという人の姿として月虹花に出会う冒頭。

ここからが本作で大きく扱われる時系列です。

ハルたち3人を助けに行くという約束を果たすために、もう一度ハルたちに会って、“天使”となったハルたちを役目から解放していくのが、ここでの物語です。

ここでのレンの役割は、主人公が心を見つけ出し、そしてレンが呼び戻すという、協力関係のようなものだったと思います。
そして恐らく、役目からの解放、羽の回収は、この心を呼び戻すことに連動しているのだと思います。
(そして世界が限界、もう保たないと言われていたのは、レンが月虹樹を離れられる時間が限られているせいだろうと思います。)

ハルたち3人の羽を集め終え、ハルたちを助けることができた主人公は、最後にこの悲しい世界を変えることで、ハルたちが犠牲になる世界を終わらせる願いを最後に叶えようとします。
その願いを叶えるために、主人公とレンのふたりの命を奇跡の代償にし、レンは自身の神の力である“羽”を使って主人公の願いを届けることで、この悲しみに満ちた世界を変えるための手筈でした。


ここまでが本作の大まかな流れになります。この記事では、その大まかな物語の流れの間に起こった出来事をより詳しくまとめていきます。シナリオのまとめ的な立ち位置で読んでもらえたらと思います。









欠けた心を見つけ出すため


「アキたちの“家族ごっこ”に、まぜてもらってもいい?」
「すぐに“ごっこ”じゃなくなるよ」

「なくなったら、いいね」


――ユキナ、アキト(もう一度だけ機会を)

この作品がなぜ家族を題材にしているのか?まずはこのことに対する考えから入りたいと思います。

まず家族=血のつながりではないことは、血のつながりのないアキトたちが、ごっこではない本当の家族になろうとしていたことから分かると思います。

では家族とは何でしょうか。

「コトセも、いっしょにくらしている家族なんだよ」
「家族は、おいしいものはみんなで分けっこするの」
「だから、コトセがいっしょじゃなきゃダメなんだよ?」


――ハル(こわいことなんて何も)


食べ物も。飲み物の。寝床も。
言葉も。ぬくもりも。優しさも。
きっと、拙い愛情でさえも。
生きるために必要なものを、全部分け合いながら。
支え合うでもなく、慰め合うでもなく。
名前も知らないふたりで。
ぼくらはただ、手を繋いで生きてきた。


――ハル、アキト(ひとりはさびしいから)

アキトたちが暮らした家族とは、足りないものや、欠けたものをお互いに分け合うために在るものでした。
つまり本作の主題は、家族というつながりを通して「欠けたもの」を補い合うところにあります。


そして本作を振り返ってみると、ハルたちの「欠けた心」を主人公が探し出すシナリオを軸に進行しています。欠けた心を一緒に見つけ出せるつながりを通して、誰かと一緒にいる価値が示されていました。

そこでこの考察記事では、それぞれの人物ごとに、物語の出来事を下のような形でまとめてみたいと思います。

・コトセと『悲しみ』
・ユキナと『楽しさ』
・ハルの『好き』
・レンの『意志』

それぞれの欠けた心は何であったか。そしてもう一つ。

「ーーコトセが失くした心は“悲しみ”だ」
「それが分かれば、コトセの心がみつかるんだろ?」

ベッドの上に座っているレンに伝える。

「ごめんなさい、それだけじゃわからないの......」
「いくら感情の色がわかっても、そういう“心”はいっぱいあるから......」

〜中略〜

「思い出させて、コトセおねーちゃんに」
「失くした“悲しい”っていうきもちを」


ーーレン、ショウ(繰り返した歪な笑顔)

取り戻したそれぞれの感情がどういう言葉で説明されるものであったのか。そのことを整理してみたいなと思います。









コトセと悲しみ


高そうな服はぼろぼろになっていて、髪もぼさぼさ。
何よりもコトセは笑わないし、喋らなかった。
話しかけても無表情で、頷きもこっちを見もしない。
心を閉ざして、まるで死んでるみたいだった。
だからすぐに“同じ”だって、分かった。

でもコトセは何も答えない。
少しだけこっちを見て。
でもやっぱり置物みたいに動かなかった。
まるで生きることを、止めてしまったみたいに。


ーーコトセ(こわいことなんて何も)

ショウに拾われたばかりのコトセは、ハルたちと“同じ”く、心が欠けていました。心を閉ざしているから、心が生きているか死んでいるか分からないくらいに欠けていたからです。

心を閉ざしていたコトセは、食べること、生きること、そもそもハルたちそのものを拒絶し、日に日に衰弱していきます。

そんなコトセが変わったきっかけは、ハルのとある言葉でした。

「せっかく家族になったのに、そんなのさびしいよ……!」

「おねがい、いっしょに食べよ……? おねがいだよ……!」
「わたし、家族がいなくなるの……もういやだよ……!」


――ハル(こわいことなんて何も)

心が欠けていたコトセは、ハルの「家族がいなくなるのが嫌」という言葉で心を開いています。

「気がついたら、ひとりだった」
「雨の音がずっと聞こえてて、身体が震えて止まらなかった」
「特に寒かったわけじゃないけど、震えが止まらなかったの」
「お父さんも、お母さんも急にいなくなって......」
「よく覚えてないけど、ずっと泣いてたんだと思う」

「......でもね」
「そんな私を見つけて、手を引いてくれた人がいたのよ」
「『コトセ』って言う名前をくれて......」
「他人だった私に、暖かいご飯と、暖かい家族をくれた人」
「その頃はまだユキがいなくて、ハルが一生懸命に心配してくれて......」

「みんなのお陰で、私はまた生きたいって思えるようになったわ」
「嬉しくて嬉しくて、涙が止まらなかったの、覚えてる」


ーーコトセ(運命を信じるならば)

この言葉で家族が決して欠けるものではないと思わせてくれたから、コトセも自分の心を欠けさせたまま、この輪から欠けたくないと思えたのかもしれません。

ここでコトセはようやく、ハルが差し出してくれたドーナツを受け取り、ハルたちを受け入れていました。この日からコトセは、ハルたちを受け入れただけではなく、外に出かけるようにもなっていきます。

ある日本屋のお仕事をしていたコトセの帰りが遅く、アキトが迎えに行きます。そして街外れのベンチで、泣いているコトセを見かけます。そこでコトセの本心を聞くことになります。

「……たまにね、すごくこわくなるの」
「こわい?」
「父さんも、お母さんも急にいなくなっちゃって……」
「行くところがなくて、何も出来なくて……」
「もう、しんじゃうのかなって思ってた時に、ショウに拾ってもらったの」

「そこで、アキトや、ハルっていう家族もできて……」
「いま私……ほんとうに、幸せなんだ」
「みんながいてくれて、また笑えるようになって」
「ほんとうに、幸せなの」

嘘じゃない、笑顔。
夕陽をきらきらと弾く水面に目を細めながら。
でも困ったようにコトセが微笑む。

「……でもね」
「幸せすぎて、たまにこわくなっちゃうの……」
「こんなに幸せなのに……また急に、ひとりになっちゃうんじゃないかって……」


――コトセ、アキト(こわいことなんて何も)

コトセが今まで心を閉ざしていたのは、一緒にいてくれる人がまた欠けてしまうことが怖かったからでした。

一度捨てられたコトセは、血のつながりさえないショウたちだから、幸せであるほどまた捨てられることへの恐怖を感じていました。

少しでも、この気持ちが届くように。
少しでも、心が近づくように。
小さな背中をぎゅっと抱きしめる。

「ぼくたちは、だれもいなくなったりなんてしないよ」
「だから、こわいことなんて何もないんだよ」
「アキト……」

~中略~

「もうこわくない?」
「うん……」
「またこわくなったら、ちゃんと言ってね?」
「おねーちゃんがこわくなくなるまで、ぼくがぎゅっとしてあげるから」

「やくそくだよ?ぼくとおねーちゃんの」
「うん、やくそく……私と、アキトの――」


――コトセ、アキト(こわいことなんて何も)

コトセとアキトの約束ーーまた怖くなったら、こうして抱きしめていることをふたりは約束します。

いつか誰かがまた欠けてしまうのではないかというコトセの不安を拭うため、抱きしめるという形のあるものにして、一緒にいたい気持ちを伝えたのでした。


そして次からは、今へと移った時間でのコトセのお話になります。

「……分からないわ……」
「分からないって……」
「あんな小さな女の子が、急に母親を失くしたら悲しいに決まって――」

言いかけて、言葉を飲み込む。
コトセの“あの”歪な笑顔に目を奪われる。

「……本当に、自分でも……分からないの」
「何であの子が泣いているのか、分からないからイライラするのよ……」


――コトセ(繰り返した歪な笑顔)


「悲しい……?くす、そうね……」

歪に口元を緩める。
怒っているとも、悲しんでるとも違う。
嘆いているわけでも、諦めているわけでもない。

「そんなの、覚えてないわ」


――コトセ(答えなくても分かる、答え)

主人公は人を花に換えて植えるところに立ち合い、そこでコトセから、欠けた心は“悲しみ”であることが明かされます。

「……その役目を恨んだことはないのか?」
「私はお姉ちゃんだからね」
「泣き言は言わないって、決めてるのよ」

困ったような笑顔に。
昔の、コトセの面影が重なって見える。


――コトセ(一番のお姉ちゃんだから)

「......助けられたのよ。この役目に就いて」
「人の命を吸いながら生きることで、ね」


「最初は嫌だった。嫌で、嫌で、嫌で、嫌で、仕方なかった」
「こんなふうに生きるくらいなら死にたいって、数え切れないほど思ったわ」

「……でもね」
「私が守るって、約束したのよ。ハルも、ユキも」
「私が守らなくちゃ、誰も守ってくれなかったの」
「絶対にみんなで生きるって、私が言わなくちゃいけなかったのよ」
「……私が、一番上のお姉ちゃんだから」

悲しみが欠けた、歪な笑顔で。
大切な約束なのか、恨み言なのかも分からずに。
ただ静かに、笑っていた。

「『悲しい』ってことが分からないなんて、もう人じゃないわ」
「こんな私に、私だってなりたくなかった……でも」
「私が、つらいなんて言っちゃいけないの」
「私が辞めたいなんて、言っちゃいけないのよ……」

細い肩を小さく震わせて、笑っていた。
流れない涙が流れているように、笑っていた。

――コトセ(一番のお姉ちゃんだから)


「......でも」
「その人は、私たちを置いてどこかへ消えちゃったわ」
「私だけじゃなくて、ハルも、ユキも」
「みんなを残して、何も言わずに。消えてしまったの」
「だから私が、お姉ちゃんとしてハルとユキを守らなくちゃって思ったの」


ーーコトセ(運命を信じるならば)


母親が姿を消し、主人公のことは記憶から消えてしまったコトセにとって、頼れる人はいませんでした。だからこそ、一番のお姉ちゃんという存在として、心を失くしてでもハルたちみんなを守ろうとしていました。

しかし“悲しみ”を思い出せなくなっていたコトセが、なぜ悲しいと思えなくなったのか、思い出したその理由は皮肉なものでした。

「“あの日”が、やってきたのよ」
「……流行病で倒れて、天使になった日のことか」

コトセが小さく頷く。

「あれから、全部がおかしくなっちゃったわ」
「それでも私たちは、一緒に生きるって約束したから」
「たとえ血が繋がってなくても、私はお姉ちゃんだったのよ」
「誰も頼れる人がいなくても、でも私がどうにかしないといけなかったの」
「人の命を吸って、心が削れていって、それでもまた人の命を奪って……」
「でも、それでもまだ私たちは生きて……」
「夢見てた自分たちの居場所を、ファミーユを持つまでに来れた」

「でもその頃にはもう、自分がおかしくなってたのを感じてたから……」
「いつの間にか、お互いに触れないことが“ルール”になってたのよ」
「ハルも、ユキも苦しんでたと思う。それでも、私は――」
「……こんな自分を見られることが、怖かったの」

「守るって約束したのに、ハルとユキを支えなきゃいけないお姉ちゃんなのに……」
「私が、別々に暮らすことを提案しちゃったのよ」
「……今思えば、そのときが最後だったのかもね」
「『悲しい』って感じられたのは」

くすくすと、乾いた笑い声をくすぶらせる。
楽しそうに話すコトセの声が。
泣き声にすら聞こえてきそうな、笑い声だった。


――コトセ(運命を信じるならば)

コトセはみんなを守りたいと思っていても、元々はコトセ自身だって捨てられた子であり、そんなコトセ一人が抱えていくには重すぎました。

コトセ一人では守るどころか、守りたい人たちを自ら離ればなれにしてしまったことを最後に、悲しいと思えなくなってしまっていました。



“白紙”のラストシーンに、コトセがあの歪な笑顔を浮かべる。
何も言葉にできずにいるコトセの背中に。
マヤの華奢な手が優しく回った。

「この空白は、コトセの言葉で埋めて欲しい」
「私がいなくなることで、感じてくれたことを……」
「ここに書いて、この物語を完成させて欲しいの」

「憤りでも。悲しみでも。執着でも。喪失感でも」
「コトセの言葉なら、何でもいいわ」
「コトセの言葉が入ることで、この物語が完成するのよ」


――マヤ、コトセ(白紙のラストシーン)


「少しだけ、寂しくさせるかもしれないけど……」
「でも、コトセが生きることを否定しないで」
「コトセだって生きてる以上は、幸せになるために生きていいんだから」


――マヤ(白紙のラストシーン)

悲しいという気持ちも、一緒にいる暖かさも欠けてしまったコトセ。欠けてしまった彼女だからこそ、それを見てきた一番の親友から、ラストシーンの欠けた物語が届けられたーー。



「……マヤ」
「悲しい、ってこと……思い出した」

涙でぐしゃぐしゃになった顔を俯かせて。
コトセが膝から泣き崩れる。

「あっ、うあぁぁっ……!あっ、あぁぁあぁぁ……っ!」
「痛い……!胸が、痛いよぉ……!あぁっ、あああぁぁっ……!」

マヤのペンを両手で握りしめたまま。
壊れたように、コトセから悲しみがあふれだしていた。

「ああぁぁっ、ショウ……!いたい、胸がいたいよぉ……!」


――コトセ(白紙のラストシーン)

コトセの思い出した“悲しい”という気持ち、それはこの大切な誰かを失ったときの「胸の痛み」でした

本当の、コトセ。
強がりで。泣き虫で。人一倍寂しがりで。
でも長女として誰よりも家族を守ろうとして。
そんな本音を、もう一度聞かせてくれた。
だからもう一度、俺もあの時と同じ約束を。

「怖くなったら、ちゃんと言えよ」
「コトセが怖くなくなるまで、こうしてるから」
「......約束、してくれる......?」

「ああ、約束だ」
「俺と、コトセの」
「うん、約束......私と、ショウの......」

安心を滲ませた声で。
胸の中、何度も頷いてくれる。
もう“消えて”しまった約束を......。
もう一度、結び直せることがあるなんて。
胸の中のぬくもりと嬉しさで、視界が滲んで天井を見上げる。
失くしても、また得られるんだ。


ーーコトセ、ショウ(結び直した約束)

コトセとアキトの約束、怖くなくなるまでずっと抱きしめているという約束は、最後で再び結ばれて終わっていました。









ユキナと楽しさ


「だれもしんじなければ、うらぎられないんだよ?しってた?」

まるで宝物を自慢するように。
笑顔でそんなことを言っていたのが、印象的な女の子だった。

「だれもしんじないって……」
「それじゃずっとひとりになっちゃうよ?」
「そんなの、さみしいよ……」

話す相手もいない。
笑ってくれる相手もいない。
まして、助けてくれる人なんか、いない。
誰の目にも入らないまま。
泣きそうになって見上げた空を思い出す。

「うん。ちょっとはさみしいよ」
「でも、だからあたしは、ひとりでいるんだよ」

「さびしいのに、ひとりでいるの?」
「……そんなの、ヘンだよ」

言葉とは裏腹に声を弾ませて。
両手を広げて楽しげに目を細める。

「うん、しってるよ。あたし、ヘンなんだ」
「このおはなしをすると、みんなそういうもん」
「でも、もうかなしい思いをしないでいいんだよ?」
「それってすごくいいことじゃない?」

「でも……それじゃあ……」

その子の迷いのない笑顔に。
それ以上何も言うことができないまま。
小さな背中を見送るしか、出来なかった。


――ユキナ(誰も信じなければ)

ユキナは主人公がある日に出会った子で、人を信じることができず、人を騙して泥棒をすることで生活をしていました。

ユキナは裏切られることへの悲しさをもう二度と味わいたくないから、人そのものを信じず、自分を裏切った人をみんな拒絶して生きてきました。

人のあたたかさ無しでは生きていけなかった主人公にとってユキナは、平然と裏切りを口にできるところが印象的だった子でした。

「あたしはひとりで生きるってきめたんだ」
「ひとの生きかたに口を出すのは、シスターさんでもどうかと思うよ?」
「あ、でも、ひとりで生きるって、あらためて思わせてくれたことにはかんしゃしてるよ」

暖かい場所を感じた上で、改めてひとりで生きると。
笑顔をかぶって、拒絶する。
この小さな女の子の笑顔は、生きるための鎧。
他人を自分の中に寄せ付けないための、小さな囲い。


――ユキナ(もう一度だけ機会を)

「あたしは、だれにもやさしくしたりしなかったから」
「あたしは、だれかにやさしくしてもらえるように、生きてないんだよ」

この世の当たり前のことを話すように、軽く。
何の憂いも感じない、感情さえも感じない言葉で。
孤独な生き方を、こんな小さな女の子が口にしていた。


――ユキナ(もう一度だけ機会を)

ユキナが人懐こい笑顔でいた理由は、上辺だけの笑顔の裏に「人を信じられない」気持ちがあり、人にそれ以上踏み込まれたくなかったからです。

ユキナはハルたちが寝泊まりする教会に迷い込み、そこで普段は豆のスープしか出ない食卓に、たまたまその日は鶏のシチューだからと、一緒に食卓を囲むことになります。
ユキナはそこで、シチューの温かさ以上の家族のあたたかさを知ります。しかしその上で、ユキナはこの暖かい暮らしを拒絶します。

ここでのユキナの笑顔の奥では、ずっと警戒心が剥き出しになっていました。ショウたちのことを信じられないだけではなく、今までのユキナ自身の孤独な生き方から、どうしたらみんなに優しくできるか知らなかったから。ユキナはこの暖かい生活に対して人知れず恐怖していました。

だからユキナは、誰かに優しくしてもらえるように生きていくことはできませんでした。

「だったら、“あたし”が最初にユキナに優しさを教える」
「ユキナの分の優しさは、周りに分けていけばいい」
「そうすればおまえは、人を騙さなくたって生きていけるようになるんだ」

「ショウ……」

「……いつだって、生き方なんか変えられるんだ」
「もう遅くたって、それでもやらない理由にはならないんだよ……」

「……もう一度、もう一度だけでいい」
「もう一度、人を信じる機会をくれないか……?」
「もうユキナを、ひとりにしたりしないから……」


――ユキナ、ショウ(もう一度だけ機会を)

優しさを知らないユキナの心を変えたのは、優しくすることを教えてくれる、ひとりにしないことを信じさせてくれるショウの言葉でした。

「……あたしたち、いつまでいっしょにいられるのかなぁ」
「えっ?」
「そんなの、ずっといっしょにきまってるよ!」
「そんなの、わからないじゃん」
「ユキ……?」

「……いつのまにかね」
「もう、“ごっこ”じゃすまなくなっちゃったから……」
「だから、こわいんだ」
「このまましんじることが、こわいなって……」

「きゅうに、そうおもっただけ」

出会った頃と同じように。
にっこりとした笑顔を向ける。
小さな手を、無理して笑う頬に添えて。
その笑顔を剥がすようにそっと撫でる。

「じゃあ、もうだいじょうぶだね?」
「ユキはもう、ひとりにならないって、やくそくしたでしょ?」
「そんなしんぱいしなくても、ぼくたちはいなくならないよ!」
「……うん、そうだね」
「わかってるよ、わかってる……」
「……でもね、あたし」

笑顔を凍らせたまま。
まだ忘れられない言葉を飲み込む。
だから、その続きを書き換えるように。

「目に見えないから、しんぱいなんだよね?」
「え……?」
「やくそくが見えたら、いつでもあんしんできるでしょ?」

「みんなで、おそろいのもの買おう!」
「ゆびわとか、そーいうの!」
「それで、みんなでちかうの!ずっといっしょだって!」
「そしたら、ユキもそれを見るたびあんしんできるよね?」


――ユキナ、アキト(きずなのかたち)


「これが“しおり”?」
「きれいでしょ?本屋さんで作りかたおしえてもらったんだ」
「ほんとは、本にはさんでつかうんだけど……」
「はい、これあげる」

挟んであった栞を拾って差し出す。

「ぼくに?」

少しだけ照れくさそうにしながら。
綺麗に彩られた栞を手渡して頷いて見せる。

「まえに、おそろいのゆびわ買ってくれるって言ってたでしょ?」
「だから、これはあたしからのプレゼント」

「あたし、アキがいなかったら、きっとどこかでひとりで死んでたとおもうんだ」
「だから、いちばんさいしょはアキにあげようって決めてたんだ」

小さな両手を腕の前で組んで。
もじもじさせながら、はにかんだ上目遣いを向ける。

「……ありがとね」


――ユキナ、アキト(きずなのかたち)

諦めたように大きな溜息。
持っていた栞を気恥しそうに差し出す。

「……ショウにも、プレゼント」
「みんなでおそろいの、しおり」
「みんな、ずっといっしょっていうお守り」

~中略~

「みんなで、おそろいだからね?」
「失くしたりしちゃダメなんだよ?」

「ああ。絶対になくしたりしない……」
「ん。やくそくだよ、“おかーさん”……」


――ユキナ、ショウ(きずなのかたち)

いつの間にかハルたちのことを考え、優しくすることを知ったユキナもまた、このままの日々が突然無くなることへの不安を感じるようになっていきます。

誰かとのつながりも、幸せな日々も。形のないものだからいつ無くなるか分からない不安を感じていました。

だからユキナたちが生んだ形のあるつながりとして、形のある物で約束をしていました。その約束が、お揃いの栞を一緒に持つことでした。ユキナにとって栞とは、ずっと一緒の約束と絆の証でした。



「どうして!?どうしてぇっ!?」
「どうしてうそついたのよーっ!?」

「ずっといっしょだって!ぜったいにいなくならないってやくそくしたのにっ!!」
「もういちどだけしんじてって、やさしさをおしえてくれるって言ったくせにっ!!」

「どうして!?どうしておかーさんはあたしたちを捨てたのっ!?」

「うそつきっ!おかーさんのうそつきーっ!!」



泣き叫ぶユキナの足元には。
ぐしゃぐしゃに破り捨てられた、約束の栞。
ユキナの絶望を表すように。
二度と戻らない絆を表すように。

破り捨てられた栞にあしらわれていた、ダリアの花言葉はーー
ーー『感謝』だった。


――ユキナ(きずなのかたち)

ーーそんなユキナの期待は裏切られます。このときのショウは命が残り少ないから、その事実を隠すために姿を消しましたが、そのことを知らないユキナたちは、また捨てられて、約束を裏切られたことに絶望してしまいます。

ここで栞に込められた『感謝』は、初めて抱いたユキナの「人を信じたい」という気持ちの証でした。

ユキナは恐らくこのことがきっかけで、“楽しい”という気持ちを失っていました。

「……ユキナは」
「“楽しい”って、思えないんだな」

いつもいつも懐っこい笑顔でニコニコして。
明るい声で下らない冗談を言ったり、笑ってみせたり。
そのすべてが“嘘”だったと、今更ながらに気付く。

「あーあ、バレちゃった?」
「ショウってば妙な所で鋭いんだよね、油断してたよ」
「結構上手く笑えてると思ったんだけどなぁ」
「あ、でももう楽しいなんて気持ち、思い出せないからなぁ」

“楽しい”なんて思えない。
でも“悲しみ”がないわけじゃない。
楽しくないからこそ、全てを諦めて笑っていたんだ。
……あの時と、同じように。
初めて出会った時の笑顔が重なる。


ーーユキナ、ショウ(言ったもの勝ちの言葉)

アカリに対するユキナの気持ちを知った主人公は、ユキナが“楽しい”と思えないことに気づきます。

ユキナが幼い頃に人への警戒心を決して見せないためにずっと人懐こい笑顔を演じていたように、ここでも楽しいと感じられないことを隠すために、ずっと楽しそうな嘘の笑顔で接し続けていました。

ユキナの人の心を許さないための笑顔が昔と重なったのは、誰のことも信じられない幼い頃に戻ってしまっていたからでした。

別々の暮らしに逃げたここでも。
ユキナはまた、家族を失ったのか。
何度信じても、失くして。
それでもまた、失くして。

逆に壊れてしまったかのような、あの明るさに。
ズキリと胸が締め付けられる。


ーーアカリ、ショウ(言ったもの勝ちの言葉)

ユキナはショウが姿を消した後も、アカリという人と第2の暮らしをしていました。しかしそんなアカリの娘をある日ユキナ自身が消して、そしてアカリ自身もユキナが消さなくてはならなくなりました。信じ続けた家族を、今度はユキナ自身の手で消していました。

ユキナは新しい家族でさえも失い続け、そうして失い続けているうちに、誰かを信じる気持ちさえ失っていきました。



「家族だ―なんて言っても、いつ欠けるか分からないんだから」
「そうでなくたって、黙って消える親もいるしね」
「そんなのは人一倍経験してるつもりだし。あはは」

乾いた笑い声。
いつも通りの懐っこい笑顔で。
感情を揺らさないまま、楽しげに笑っていた。

~中略~

「あたしにもいたんだ、母親みたいな人」
「でも消えたんだ。突然」
「まだ小さかったあたしたちを置いて、さ」
「『もう一度だけ、人を信じる機会をくれないか』」
「『もうユキナをひとりにしたりしないから』」
「そんなクサいこと真顔で言っちゃうような人がだよ?」
「いきなり子供3人捨ててくとは思わなかったから驚いたよ」
「約束とか、ほんと滑稽だよね」
「そんなの、タダで言ったもん勝ちって感じ?」
「その場のノリで自分に酔ってるだけだったんだろーね、結局はさ」

~中略~

「ま、そんなわけで、歪んでるあたしは“家族”とか言われると笑っちゃうわけなのです」


――ユキナ(言ったもの勝ちの言葉)

ユキナが信じた“家族”。本気で信じていたからこそ、裏切られたときの絶望は大きく、それは人に心を決して許せなくなり、自分を壊れさせてしまうくらいでした。

本気で信じたものを裏切られたことは、せめて滑稽だと他人事のように見ていないと自分を守りきれないのがユキナのせめてもの情でした。そしてこの嘘を守り通してきたのも、心配させないためのユキナなりの優しさでした。

だからこそ、自分を守り、誰かに優しくする余裕を作り出すための嘘に踏み込まれるほどに、ユキナは憎悪を向けられずにはいられません。

「だったらショウ神様は、コト姉とハル姉を助けてあげて下さいな」
「もう壊れて手遅れなあたしのことはいいからさ」
「でも、そんなタチの悪い冗談は二度と止めてね?」
「本気で、殺したくなるから」

俺の肩を軽く叩いて。
表情を凍らせたまま、俺の隣をすり抜けていく。
通り過ぎた肩を掴んで。
もう一度、俺に振り返らせる。

「“家族”なんて下らないって言ってる割には……」
「自分よりも、ハルやコトセを優先するんだな」
「誰よりも“家族”ってのにこだわってるのは、ユキナだろ?」
「…………っ」
「……ほんと細かい上げ足取るよね、あんたって」

苦々しそうに口の端を吊り上げる。
明らかな敵意を隠そうともせずに、俺を睨み返していた。
俺も敢えて平然を装って続ける。

「痩せ我慢なんてしてどうすんだよ」
「本当は信じたいんだろ、人のことを」
「家族のぬくもりが忘れられないから、思い出さないようにしてるだけだろ」
「ハルとコトセを悲しませたくなくて、楽しいフリをしてるのと同じように」


――ユキナ、ショウ(剥がれかけの笑顔)

しかしここでのユキナの笑顔の理由は人を信じられないものではなく、ハルたちを悲しませないためのものに変わっています。それはユキナの、ハルとコトセを想う気持ちまでは嘘ではなかったからでした。

裏切られて信じることができなくなったように思えたユキナですが、かつて過ごした時間を忘れることまではできなかったから、信じることを諦めきれなくなっていました。ユキナは一度信じさせてくれたぬくもりを忘れらず、傷ついたとしてもハルたちへの優しさを忘れることはできませんでした。

そしてユキナはその想いにも、アカリへも素直になれないまま、アカリの最期に向かいます。



「最期に、ひとつだけお願いしてもいい?」
「私が花になったら、娘と同じ場所に植えて欲しいの」
「たとえ血が繋がってなくても、愛してる娘だから」
「血の、繋がってない……娘……?」

動揺するユキナをアカリさんが強く抱き締める。
最期とは思えない穏やかな笑顔で。
ユキナを愛おしそうに包み込む。

「ユキちゃんだってちゃんと愛されてたって、見てれば分かるわ」
「だからもう、憎しみに囚われないで……」
「誰かを信じることを、諦めないで?」
「きっとユキちゃんのお母さんだった人も、ユキちゃんを愛してたと思うから」

「えっ……それ、知って……?」
「何となくね、分かってたわ」
「ユキちゃんは自分のことを隠すのが上手だけど……」
「血が繋がってなくても、ユキちゃんだって私の“娘”だったから」

「ユキちゃん――」

『――幸せを、諦めないでね』


――ユキナ、アカリ(諦めない幸せ)

アカリの娘を消したことをずっと隠してきたユキナは、愛されることはないと思っていました。
そんなユキナにアカリが告げたのは、ユキナが消した娘は血が繋がっていなかったこと、そして同じく血の繋がっていないユキナも娘のように愛していたことを最期に告げられます。

誰も信じられず、血の繋がりさえ信じられなかったユキナには、血の繋がりがなくても娘として信じていたアカリの言葉が贈られました。

「分かってる……!分かってるよ、アカリさん……!」
「あたしだって、本当はもう憎んでなんてないっ……!」
「信じてたからっ……!本当に、お母さんが好きだったからっ……!」

丸めた背中を震わせて。
命の花びらたちが舞う丘に、泣き声が響く。
痛々しいくらいに、地面に指を立てて。
見たことがないほどに感情を溢れさせながら。
絞り出すような、か細い声で呻く。


――ユキナ(諦めない幸せ)

ユキナの“楽しい”という気持ちは、かつての憎しみに囚われることのない、誰かを「信じる」ことができる気持ちでした


そして捨てられたと思っていたユキナは、本当はショウはユキナたち3人を助けるために命を落としてしまった真実が告げられます。
その真実を知らされたユキナは、最後にショウに会うために、ショウのいる地下室へと向かいます。



「......この栞さ。みんなの分、あたしが作ったんだ」
「みんながずっと一緒にいれますようにって、お願いして......」

灰だらけの、こんな姿になっても。
大事そうに握っている栞を見つめながら呟く。

「......あたしの分はね」
「お母さんに捨てられたと思って、破いて捨てちゃった......」

涙でぼやけた声が、真っ暗な地下室に響く。
俯いた横顔は見えない。
涙を噛み殺した声をくすぶらせながら。
大切に握っている手に触れないように。
お母さんの手からそっと栞を抜き取る。

「でも、お母さんは......」
「最後まで、ずっとこの栞を持ってくれてたんだね......」
「誰にも言わずに......ひとりで、こんな姿に......なりながら......」



約束の栞を両手で握りしめながら。
込み上げる嗚咽を、必死に噛み殺して。

「お、おかあさんは......きっと、幸せだったんだよね......」
「あたしたちと、一緒に過ごした時間......幸せ、だったんだよね......」

返事の代わりに。
ユキナの震えが止まるように。
小さな身体を強く抱き締めて応える。

「あたしたち......みんな、大事に......愛してもらってたもん......」
「だから......幸せだったから、怖かったんだよね......?」
「自分が、自分でなくなっていくのを......あたしたちに、見せたくなかったんだよね......」
「ずっと、あたしたちのこと......捨てたなんて思ってて、ごめんなさい......!」
「あたしたちのために......こんなところで、ひとりで最期を迎えさせてごめんなさい......!」
「ごめんなさい......!信じられなくて、ごめんなさい......!」

今までの凍った時間が、全て溶けていくように。
ごめんなさいを繰り返しては、ユキナの頬から涙が溢れていく。
ユキナが崩れてしまわないように。
何も言わないまま、ユキナを抱く腕に力を込める。

「......大丈夫だ」
「この人は最後まで、みんなに感謝しかなかったから......」

俺が“受け取った”言葉を。
その魂に誓った言葉を、ユキナにハッキリと伝える。

「ユキナも、コトセも、ハルも......」
「みんな俺が守るから。信じてくれ」
「ユキナは“神様”に、振り回されるしか出来ないって言ってたけど......」
「......そんな運命、変えてみせるから」
「だから、もう一度だけでいい......信じてくれ、頼む......」

「うん、いいよ......信じる......」
「あたし、ショウを信じるって約束するから......」


涙を浮かべたまま。
優しくて穏やかな声で俺に答えてくれる。
ユキナのぬくもりを感じながら。
俺も同じように約束で応える。

「ああ......絶対に、約束する......」
「もうユキナを、ひとりにしたりしないから......」


ーーユキナ、ショウ(ずっとこの栞を)

信じることは形のないものですが、それでも形にしようとした信じるためのユキナの約束は、確かに形として結ばれています。

ユキナの約束の形であったダリアの花の栞は、ショウが命を落としても、そしてユキナと一緒にいられなくても、その気持ちはいつでも一緒であったかのように。ずっとショウの手の内に握られていました。

そんなショウの想いを受け取ったユキナは、主人公と新しい約束を交わすのでした。









ハルの好き


「きみも、ひとりなんだ」
「わたしもひとりなの。いっしょだね」

その笑顔とは不釣り合いなことを。
まるで嬉しいことでもあったかのように、その女の子が口にした。

――ぼくと、いっしょ?
声にならない、かすれた声を絞り出す。
その声に、笑顔のまま大きく頷いて応えてくれる。

「うん。わたしときみは、いっしょ」
「だから、いこ?」
「ひとりはさびしいから」

ぼくの顔の前に。
小さな、小さな手が差し出される。
初めて差し出された手は、とってもあったかそうで。
不意に、涙が顔を伝った。

「わたしといっしょで。ふたり」
「わたしもきみも、もうひとりじゃないよ」

世界に、ゆっくりと色が戻っていくように。
空の青さが、目の中に差し込んで来る。

――ぼくも、きみもひとり。
でもふたりなら、もうひとりじゃない。
さっきまで身体が動かなかったのに。
もうまぶたを閉じようと思ってたのに。

――きみと、ふたりなら。
倒れていた地面に手を突いて。
もう歩けないはずだった足で。
ゆっくりと、立ち上がる。
ふらつくぼくの背中に。
さっきの小さくて、あったかい手が添えられる。

「うん、いこう。いっしょに」

その手から、人のぬくもりが伝わってくるみたいで。
宛て先も、希望すらも見えない道でも。
背中に付いた土を払って、立ち上がって。
ぼくらは、宛てもないまま。
ふたりで、この道を歩き始めたんだったーー


――ハル、アキト(ひとりはさびしいから)

道で行き倒れになっていた主人公と、そこに手を差し伸べるハルとの出会い。そんなふたりの共通点は親に捨てられて、ひとりであったことでした。

ふたりになれたことを嬉しそうにするハルですが、それにはこんな想いがありました。

「ふたりって、いいね」
「たのしいことは、ふたりぶん」
「でもつらいことは、はんぶんこだもん」

「……なんで、生きなくちゃいけないんだろ」
「死んだら、もう頑張らなくていいのに……」

目を閉じようとした、あの時とは違う意味で。
隣で眠る大切な人を想って。
それが、悲しくてたまらなかった。

「たのしくない?」
「たのしい……って……?」
「わたしは、たのしいよ」

ぎゅっと、ぼくの手を握りながら。

「ひとりのときは、死にたいっておもったこともあったよ」
「でもきみとふたりなら、そんなことおもわないよ」

迷いも、淀みもない声で。
ふたりきりの夜空を見上げながらそう口にする。

「……でも」
「きみがいなくなったら、わたしもう生きていけないよ」
「たのしいことがはんぶんになって、つらいことばかりだったら……」
「きっと、つらくてもう生きていけないよ」

「そんなのいやだよ。だから、そんなこといわないで?」
「きみとわたしで、ふたりだよ」
「わたしもきみも、もうひとりじゃないんだよ」


――ハル、アキト(ひとりはさびしいから)

ハルが感じていたひとりの寂しさは、楽しいことが半分に、辛いことだらけで生きていけない、生きることの苦しさでした。
ハルにとってはふたりでいられるだけで、生きていく楽しさを知っていくことができるから、一緒にいたいという想いがありました。

こうして住むところさえないふたりは、食べるものも、楽しいという気持ちも、その拙い愛情も、色々なものをふたりで分かち合いながら生きてきました。

そんなハルにとって一緒にいることの重さは、世界で生きることと、思い出の大切さの2つから語られます。

「昔はこの空気が苦手だったんですけれど」
「そうなのか?」
「ファミーユはあんなに賑やかで活気があるのに」
「いえ、ウチのお店の空気が苦手ってことはないんですよ?」

「もっと昔、小さい頃の話です」
「……この空気の中に溶け込めないことが、つらかったから」
「この世界に存在を無視されてるみたいで、苦手だったんです」

昔を懐かしむように目を細めながら。
相変わらずの、困ったような微笑みを浮かべる。

「……ああ。それなら俺も分かるよ」

賑やかな人波を見渡しながら。
俺も小さく頷いて応えた。
ハルとふたりで過ごしてた頃。
あの時は人の目を避けるようにして、生きてきたから。
この“世界”の中で生きられない気がして。
ふたりだけの世界に閉じこもって、生きてたから。


――ハル、ショウ(記憶にないはずの名前)


「このまま、アキちゃんがいないところで死ぬなんて......いや......」
「でも......もし、さいごになっちゃうなら......」
「わたし、アキちゃんといっしょがいい......いっしょがいいよ......」
「ハル......」

ハルとは、最初からずっと一緒だった。
ぼくに生きることを教えてくれたのは、ハルだったから。
ハルの、この言葉の重さが分かるのは。
この世界で、ぼくだけだからーー


ーーハル、アキト(奇跡の代償)

親からは捨てられて、世間は生活に困っていても手を差し伸べてはくれません。そのつらいばかりの中で、あたたかさを分かち合えたお互いだけが特別であり、孤独の中に現れた二人だけが生きる世界の全てでした。

ここはハルたちの胸の内が語られる部分ですが、なぜふたりになれたのがあそこまで嬉しそうだったのかが分かると思います。ハルたちにとっては、それが世界の全てだったのです。



「こんなふうに......なっちゃってもさ......?」
「アキちゃんは、わたしのこと......たいせつな、かぞくだって...」
「そう、言って......くれるかなぁ......?」


ーーハル、アキト(奇跡の代償)

 
 

「俺にその“羽”を渡せば、そんな“役目”からーー」
「違います」
「わたしは自分の意思で、この“羽”を渡したくないんです」

「......その“羽”を渡しても、ハルは消えない」
「ショウさんのことは疑っていません」
「でも、この“羽”は渡せません」

〜中略〜

「だからもう、わたしの心に踏み込まないでください」
「わたしは、大丈夫ですから」


ーーハル、ショウ(渡せない羽)

そしてハルにとって一緒に生きた時間の大切さは、この羽を渡せない理由に繋がっていきます。

コトセやユキナにとって“羽”によって背負わされた役目は嫌なものでしたが、ハルにとっては嫌なものではありませんでした。
コトセやユキナは、その運命を背負ったことでショウや家族と離れてしまう原因になっていました。しかしハルにとっては、「“羽”があっても一緒にいてくれる」という主人公との約束の証であり、その言葉と約束が大切だったのが、ハルが羽を渡したくないと思っていた理由です。

ハルは一緒にいられたことが世界の全てで、その思い出は他の誰にも踏み込まれたくないくらい大切なものでした。



――また、ひとりになる。
絶対に考えないようにしていた、最悪の事態が頭をよぎる。
自分の命を、何とか分け与えるみたいに。
繋いだ小さな手を、祈るように必死に握りこむ。

「やだよ……死んじゃやだよ……!」
「いっしょじゃなきゃ……!きみといっしょじゃなきゃ……!」
「ぼくだって……!ぼくだって、もう生きていけないよ……!」

~中略~

……生きていたい。
この子と一緒に、生きていたい。
神様でも、誰でもいいから。

「なんでも……!ぼくができることなら、なんでもするから……!」

ぼくをひとりにしないで。
ぼくから、この子を奪わないで。
ぼくから、生きることを奪わないで。

「だれか、ぼくたちをたすけて……っ!」


――ハル、アキト、ショウ(ひとりはさびしいから)

ハルがふたりでないと生きていけないと言っていたように、主人公もまたハルといることで、一緒でないと生きていけなくなっていました。

ここでは病気になってしまったハルがショウに助けられて、その後加わった家族と共に暮らしていきます。しかしそんな暮らしは長くは続かず、ショウはある日に姿を消してしまいます。

「ショウが帰ってこなくて寂しいのは、みんな一緒だから……」
「たのしいことはみんなで、さびしいこともみんなでわけっこしようよ……」

「うん……そうだね、ごめん……」
「ぼくも……すごく、むりしてた……ごめん……」

ぼくは、ひとりじゃない。
ショウがいない寂しさも。
生きてくっていうつらいことも。
みんなとだから、がんばっていけるんだ。

――だからこそ、ちゃんと守らなくちゃ。
みんなと手を繋いで、みんなを守る。
それがぼくの生きてく希望だから――


――ハル、アキト(みんなでたすけあって)

ショウがいなくなった後も、ハルたちはふたりだった頃と変わらず、一緒に手をつないで生きてきました。

ですがそのぬくもりは、ハルたちを助けた時に、ハルたちから主人公の記憶が失われることで遠く離れてしまいました。

「あ............」
「えっと......その......」

何かを言おうとしては、飲み込んで。
結局、何も言えないまま。
ハルが口唇を噛んで俯く。

「......その、おねーちゃんとユキが」
「わたしのこと、たすけてくれたって言ってたから......」

ぼくと目を合わせないまま。
それだけの言葉を小さく、呟いた。

「............うん。そっか」

少しだけしていた期待が、砕けて。
零れそうになる涙を必死に堪えて、笑ってみせる。

「......ふたりを、お願い」
「みんななら、きっと大丈夫だから」

触り慣れた、ハルの頭を撫でる。
さらさらの、少しだけ甘い匂いのする髪。
もう二度と感じることもない、ぬくもりが。
手のひらから、残酷なほど優しく伝わってくる。

「......やくそく。守れなくて、ごめん......」
「......でも」
「ハルたちが困ったときは、ぜったいに助けにくるから」
「......ぜったいに、助けにくるから」
「えっと......あの、そのっ......!」

何かを言いかけたハルに。
最後の笑顔を向けて。

「......バイバイ」

錆びついた、冷たい扉を閉じた。


ーーハル、アキト(奇跡の代償)

主人公が叶えられなかった約束は、“ずっと一緒にいる”という約束でした。
その叶わない約束の代わりに、他人となってしまったハルと、“困ったときには助けに来る”という新しい約束を結びます。

そうして主人公は、ずっと一緒だったハルの前から立ち去りました。

恐らくこのときに、ハルの“好き”という気持ちも失われてしまっています。



「待ってる人が、いるんです」
「絶対に帰って来るって、約束をくれた人がいるんです」
「それが、わたしがみっともなくでも生きてる理由なんです」

――ハルの、約束。
絶対に帰ってくると、約束をした。
この世界から“消えてしまった”はずの約束を。
ハルが、はっきりとそう口にした。

「いつになるか分からなくても……」
「でも、わたしは待ってるって約束したんです」
「戻ってきたら、もう二度と離れないって……」
「そう、約束をしたから」

もう宛先のない約束を、大切そうに胸に抱きながら。
優しい声で、小さく首を振った。

~中略~

(……わたしにも、叶ったら良いなっていう約束があったんです)
(はい。わたしの約束は、もう叶わない約束ですから)

ハルがあの時に言っていたこと。
それがこの“約束”。
それがずっと、長い間ハルを縛り続けてたのか。


――ハル(渡せない羽)

そしてハルとの2回目の出会いへと。ハルが命を奪うこの生き方を受け入れていた理由、そして生きることに固執する理由、それがあの“約束”がハルをずっと縛り続けていたからでした。

「……嘘つくなよ。大丈夫なわけないだろ」
「ハルがそんなになってまで、守ろうとしてる約束だって……」
「その相手が、ぼろぼろのハルを見て、喜ぶとでも思ってるのか?」
「望むわけがないだろ?大事な相手ならなおさらだ」
「どうして、そんな嘘をついてまで――」

「それくらい、大事な約束だから」

ハッキリと、俺の言葉を遮る。

「一緒に生きようって……」
「どんなにみっともなくても、ふたりで生きていこうって……」
「そういう約束をした大事な家族が、いるんです」


――ハル(自分よりも大事なもの)

「わたしにも……わたしよりも、大事なものがあるんです……」
「生きるための約束が、あるんです……」


――ハル(自分よりも大事なもの)

ハルにとっての約束。それは自らの命を同じくらいの重さのあるもので、そしてハルのたった一つの生きる意味でした。



「にっき……!わたしの、たいせつなおもいで……!」

「あぁ……!いやだ、いやだよ……!」
「わすれちゃうなんて、ぜったいにいやだよ……!」

「アキちゃん……!わたし、わすれない……ぜったいにわすれないから……!」
「わたし、ぜったいにまってるから……!」
「アキちゃんのかわりに……!ぜったいに、みんなのこと守るから……!」

~中略~

世界のルールは絶対。
そのルールで、ハルに“アキト”の記憶はない。
世界のルールが、存在する人の記憶を改竄したから。
でも、書き残していたハルの“日記”はそのまま残っていて。
その日記を読み返すことで、ハルは自分の“消えた記憶”を知っていたんだ。


――ハル(記憶にないはずの名前)

ハルは絆を失うという代償で“約束”をした記憶はもうありません。そしてハルが人を花にするたびに、その代償でまたハル自身の記憶が消えてしまっていました。
(ハルが日記を買ったことを忘れる場面がありましたが、これがその理由です)

しかしそれでも生きるたった一つの望みであった“約束”だけは、日記に書き留めて、その記憶がなくしたくないという想いを必死に持ち続けることで、絶対に忘れまいと抗い続けていました。



「分かんない……!思い出せないよ……!」
「いやだ、いやだよ……!このまま、忘れたくないよ……!」

開いたページの上に。
ひとつ、ふたつと涙の跡が増えていく。
もう思い出そうとしても、思い出せない。
大切な思い出が、涙に滲んで消えていってしまう。
“好き”って感情が、蝕まれるように消えていってしまう。
それに抵抗するように、涙で滲んだ文字に目を向ける。

消えてしまった思い出を、新しく覚えるように。
他人の記憶を、自分の記憶に上塗りしていくように。
好きだっていう気持ちを、忘れないように。
また次のページに手をかけては。
欠けていく記憶を、微かに繋いでいく。


――ハル(最後の満ち欠け)

しかし約束をどれだけ日記に書き留めていても、思い出だけはーー“好き”という気持ちは既に記憶と共に忘れてしまい、ハルは思い出すことはできていませんでした。

つまりハルが抗い続けた“好き”という気持ちは、日記に書き留められた確かなものではなく、心に留めておけない今にも消えてしまいそうなものでした。
自分の生きることの全てという重みがありながら、同時にその気持ちは儚い危うさを持っていました。

しかしハルは、その叶えられないと思っていた“約束”の相手にようやく再会できます。

「ハルが俺のこと、アキトって呼んでくれて......」
「......これでようやく、約束が果たせるよ......」
「だから......」

ハルの両腕が、俺の背中に回って。
肩を震わせながら首を振って応える。

「違う……違うよ……!わたしは、“未来”なんて……!」
「ようやく会えた、アキちゃんの犠牲の上に立つ未来なんて……望んでないんだよ……!」
「ただ、一緒に……!もっと一緒にいたいって……!」

「止めて……!おねがい、おねがいだから……!」
「ようやく会えたのに……!わたしは、今のままでいいから……!」
「少しの間だけでも、アキちゃんと一緒にいられるならそれでいいの……!」
「わたしが助けてもらっても、アキちゃんがいなくなっちゃったら意味ないんだよ……!」


――ハル、ショウ(同じように笑って)

主人公が果たそうとした約束、ハルと最後に交わした約束。“困った時は助けに来る”という約束は、確かに叶えられました。

しかし約束は叶えられたはずなのに、ハルは泣き続けます。なぜでしょうか?
それがハルにとっての約束、どんなに苦しくても生きてまで叶えようとした本当の約束は違ったからです。

主人公はハルと2つの約束を交わしています。1つ目は流行り病を直すときに誓った、一緒にいるという約束。もう1つは、ハルたちが記憶を忘れ、1つ目の約束を叶えられなくなった代わりに結んだ、必ず助けに来るという約束。

ハルが叶えたかった約束は、主人公が叶えることを諦め、ハルからは消えてしまったはずの“ずっと一緒にいる”という約束の方でした。二人が交わした約束は、同じでありながら違ったのです。

だからハルは、自分が助かる“未来”なんて望んでいなくて、一緒にいられる“今”を望んでいました。


そしてハルは消えたはずの約束と共に、失くしたはずの“好き”という感情を叫びます。



「記憶がなくても、覚えてるの……!」
「手が……心が、覚えてるんだよ……!」
「知らないはずなのに、涙が出るんだよ……!」
「知らないはずなのに、一緒にいられるなら、強くいられるんだよ……!」


――ハル、ショウ(同じように笑って)

ハルの“好き”という心は、一緒に食べ物を分け合い、優しさを分け合い、生きることを分け合って、そしてその笑顔に救われてきた。そんなふうに「一緒にいられるだけで強くいられた」 ことでした。

ハルは記憶はもうなく、“好き”という気持ちはもう失われたかのようでした。しかしハルは、その手で、心で“好き”という気持ちを憶えていて、知らないはずなのに一緒にいられたことで、“好き”だった気持ちを取り戻していました。









レンの意志


「……ショウは、ずっと変わらないね」
「どんなことがあっても、ちゃんとまっすぐ」

「まっすぐなわけじゃないよ」
「俺にはその“約束”しか、無かっただけの話だ」

肩をすくめてみせながら、わざと軽く返す。
――みんなで、支え合って生きた。
――全てのことを分け合って生きた。
でももう、その日々はここには存在しない。

それでも、俺は覚えてる。
――それだけで、いい。
みんなの笑顔と涙を、何度も見た。
俺が俺の大切な人たちのために、出来ることがある。
今は、ただ純粋にそう思えたから。


――レン、ショウ(自身の役目を果たすために)


レンの背中に、天使の羽が姿を現す。
この世界の“神の力”の象徴の“姿”。
“役目”に渡されるものじゃない、4対目の翼。


――(本当の願い)

月虹花であり、世界そのものであり、そして“神様”だったレン。そんなレンだからハルたちと違って役目を背負っていたわけではないため欠けた心はないのですが、あえて彼女に欠けたものがあるとすれば何でしょうか?

「……わたしね、楽しかったよ?」
「みじかいあいだだったけど、すっごくすっごく楽しかった」
「ショウが大事にしてたもの、よくわかったよ……」
「わたしも家族になれたみたいで、すごくすごくしあわせだった……」


「俺に付き合うために生まれたとしても……」
「レンはレンだ」
「そうだっただろ?」

「笑ったり、泣いたり……」
「はしゃいだり、幸せを感じたり……」
「ちゃんと自分の意志のある“レン”だよ」

「大事な、俺の家族の“レン”だ」

「……おまえは“世界”の作った歯車なんかじゃない」
「幸せも、悲しみも感じられる、立派な人間だ」

「だから……」
「レンも、俺の大事な家族だ……」
「――だから」
「――おまえも、俺が守るよ」


ーーレン、ショウ(本当の願い)

レンの欠けたもの、それは心そのものーー『意志』でした。

そしてレンはショウたちと一緒に過ごすことで家族の暖かさと幸せを知り、その大切さを知りました。そうした中で、レンは人間らしい『意志』を持つことができました。

ではレンの意志は、家族の暖かさを思うことであったかというと、そうではありません。

「えっ......?は、羽が......?」
「わたしの羽が......き、消え......!?」

「……俺は、俺の大事な家族を」
「俺を救ってくれた、家族を全員守るためにここに来たんだ」
「だから、レンもここに残るんだよ」
「ここで、みんなと幸せになるんだ」

「俺が“世界”にもらった力は……」
「“天使の羽を集める力”……だろ?」

天使の“羽”は、この世界を巡らせるための神様の“力”。
例えそれが、人に与えられるものでも。
神様の、月虹花自身の持っている“羽”だとしても――

「ーー“羽”は、“羽”だろ?」

「ショウ、もしかして......」
「さいしょから......そのつもりだったの......?」

「......もう俺には、この命くらいしか“代償”がないからな」

二人の犠牲により悲しい世界を終わらせようとしたレン。しかしショウは、ハルたちを救うために与えられた力である「羽を集める力」で、レンの神様の力である羽を奪い、一人で犠牲になってレンを助けようとします。

ショウはレンに、家族と一緒に残るように言います。そんなショウの願いを前に、レンにもずっと秘めていた想いがありました。

この世でたった一人。
“俺”のことを知ってるレンが、愛おしくて。
レンの頬に、そっと手を添える。

「くす、さっき言ったばかりでしょ?」
「わたしはこのために、ショウといっしょにいるんだよ?」
「だからわたしも、このままショウといっしょに逝くよ」
「わたしとショウは、ずっといっしょになるんだよ?」
「……だから、さびしくないよ?」

「ショウもわたしも、ひとりじゃないから……」

とても穏やかな、優しい笑顔で。
あの頃、幼い日のハルと同じことを。
レンが今、また口にしてくれる。

「……ああ、そうだな」
「ふたりなら、寂しくないよな」

そんなことを言ってくれた、ふたり目の少女を。
愛おしさを込めて抱き締める。


――レン、ショウ(本当の願い)




「ショウ、ショウっ……!!ショウっ……!!」

「やだ、やだよっ……!わたし、ショウがいなきゃやだ……!」
「だいじな家族にしてもらえたって……!みんなといっしょだって……!」
「ショウがいなきゃ、ショウがいなきゃ意味ないよっ……!!」

「なのに、なのになんでっ……!なんでこんなことっ……!!」

「やだ、やだよ……!ショウといっしょがいい……!」
「わたしは……!ショウと、いっしょにいたいって思ったんだよ……!」

「なのに、それなのにこんなの……!こんなのひどいよ……!」


ーーレン(本当の願い)

レンは家族のぬくもりが無くなったとしても、ショウと一緒に死ねるのなら寂しくはないと告げます。
そしてショウから家族を与えてもらえたときに、しかしそこにショウが一緒にはいてくれないことを嘆いています。

家族がなくてもショウと一緒に死ねるのなら怖くない。ショウの犠牲で家族を得られても意味ない。このことから分かるように、レンにとって家族は必要ではありませんでした。
レンは家族の暖かさを知りましたが、それがレンの一番の大切ではなかったのです

ーーレンが月虹花だった頃。家族を助けるために何度でも奇跡を願って、諦めずに何度も訪れに来るショウを見てきたはずです。レンはそんなショウと、一緒にみんなを助けるための旅をしたいと願っていました。

「じゃあショウがわたしの名前付けて?」
「かわいいのがいいなー♪わくわく♪」
「じゃあレン」
「えー?なんで?なんでレン?」
「......見た目が『レン』っぽかったから」
「あんちょくーほんとあんちょくー」

「俺に付けろって言ったのにワガママな子だねー」
「別に名前なんてどうでもいいだろ」
「そんなことのために、ここまで来たわけじゃないんだぞ?」

「そうだね、アキちゃん」
「ショウだ、あほ」
「あ、おこったーほらどうでも良くないんじゃんー」
「でもいーよ、レンで」
ショウが付けてくれたんだし。えへへーわーい♪」


ーーレン、ショウ(辿り着いた街)

(レンが“アキト”として主人公を呼ぶ唯一の場面。レンはアキトだった頃の主人公のことを知っていました)

そしてその旅で、食べる物が無くてジベタリアンに挑戦したり、一緒にリバーサイドホテルで寝泊まりしたり、寂しくないように抱き締めてもらえたり、名前の無かったレンに初めて名前を付けてもらえたり。そんな旅の苦しさも、優しさもお互いに分かち合ってきました。

レンに家族の暖かさを教えてくれたのも、ショウでした。そんな家族の暖かさに触れる裏で、家族を守りたい、助けようとしてぼろぼろになっていくショウのことも、ずっと見てきたレンだけが知っていました。

「くす。それを、まっすぐって言うんだよ」
「そんなショウのこと、ずっと好きだよ」


――レン(自身の役目を果たすために)

そんなショウをずっと見てきて、ずっと一緒だったレンだからこそ、ショウのことを何よりも好きになってしまっていたのでしょう。

レンの『意志』。それは今まで幸せだと感じた家族のぬくもりを失ってでも、たった一人好きな「ショウと一緒にいたかった」ことでした

それがレンの“本当の願い”です。




ここまで、それぞれの子に欠けていた心は何であったかを見てきました。しかしなぜ、そうして欠けていた心を見つけ出す必要があったのでしょうか?
ーーそれはそうすることが、「生きた証」だったからです。









生きた証

f:id:WhiteEternity:20200810231147j:plain

一緒に過ごした、幼い頃の記憶が頭をよぎる。

食べ物を分けあって。
寝る場所を分けあって。
優しさを分けあって。
生きることを分けあった、優しい女の子。


ーーハル(同じように笑って)

ハルやみんなと過ごした時間。子どもだった頃と違い家族の絆は失われてしまっていましたが、それでも同じように、あらゆるものを分け合って、一緒に生きていた時間は満たされるものがありました。

自分ひとりでは満たされない何かがあって、誰かと一緒にいることで満たされるものがあるのなら、おそらくそこには何らか意味があったと思います。

「ねえ、ショウ」
「私は、何のために今まで生きてたのかな?」
「『お姉ちゃん』ですらなくなって、何のために生きてきたんだろう?」

視線を落として、消え入りそうに呟く。
自分が生きていることすらも信じられないコトセに。
飾ることもなく、ただただ素直に思ったことを返す。

「......幸せに、なるためだろう」
「幸せ、幸せかぁ......」


――コトセ、ショウ(運命を信じるならば)

生きることの意味は幸せになること。ではコトセたちは幸せだと思っていことは何であったのでしょうか。泣いて、笑って、誰かと一緒に過ごした時間。そうして一緒にいられた時間が、コトセたちは幸せだったように思います。

例えば親に捨てられ、主人公たちと出会ったばかりのコトセが、笑うこともなく心を閉ざしていた様子は、まるで死んでいるかのようだと言われていました。だからコトセたちは、一緒にいられて初めて心を表に出せたことで、満たされていきました。

コトセの別れのつらさから来る悲しいという気持ちも、ユキナの誰かを信じられるから楽しいという気持ちも、全てを支え合って生きたハルの好きという気持ちも、レンがショウだけをずっと想い続けていたことも。その全てが、ひたむきぬ生きたと言えるだけの重みがあったのかもしれません。

「最後まで書き切れて、本当に良かった」
「何も余すこと無く、私の生きた証をここに残せたわ」


ーーマヤ(生きた証)

そのヒロインは、何よりも大切な主人公を在るべき姿に戻すために。
自分に出来る最後の手段として、“自分が消える”ことを選ぶ。
ただただ、主人公の幸せだけを願って。

〜中略〜

マヤが親友のコトセのために書いた、最後の物語だった。


ーー(白紙のラストシーン)

小説家である前にコトセの親友だったマヤが、コトセのためだけを思って書いた物語を、『生きた証』だったと言ったように。そしてその物語の中では、相手の幸せだけを願うヒロインが描かれるように。誰かを想うことには、自分の全てさえも賭するだけの意味があり、そして生きた証と呼べるだけの価値があります

「あたし、アキがいなかったら、きっとどこかでひとりで死んでたとおもうんだ」


ーーユキナ(きずなのかたち)

ユキナは優しさを教えてくれなかった誰もを信じられず、ひとりで生きていくための力を身につけていこうとしていましたが、それでもひとりで生きていくことは不可能であったことを悟っていました。

そしてハルの言葉には、「ふたりだと楽しいことはふたりぶん、つらいことは半分」という思いがありました。そしてそれ無しでは、つらくて生きていけないというくらいにハルにとって一緒にいることはそれだけ重く、そして重要なことでした。

心が死んでしまったようになったことで生きることさえ諦めてしまった4人ですが、そんな欠けてばかりの4人が集まって家族となり、あらゆるものを分け合い、一緒にいることで生きたいという気持ちが生まれていました。ハルたちにとって孤独な精神では、一人で生きることはできず、だからこそ誰かを想うことには生きていた証としての意味があったのでしょう。


ーーーー。


ですが記憶は色褪せるものであり、人の心も変化するものです。ハルたちの記憶は失われ、そしてそれぞれの家族としてのつながりも変わってしまっていました。

「……世界の意志、か」
「それを否定できるほどの意志があれば、違う感じ方もできるのかもしれないけれどね」

「コトセもきっと、そんなことをずっと繰り返す中で歪んでしまった」
「何回も、何百回も、人を諦めさせては消えていく様を見せられるのは、きっとつらかったでしょう」


――マヤ(本当の声)

本作で度々登場する“役目”という設定は、心の歪みを生み出すための仕掛けとしての側面が強いです。コトセたちが負った“役目”とは、ただ生きるためだけに背負わなければならなかったものでした。生きることで繰り返される孤独や苦しさ、寂しさは心に歪みを生み、感情が欠けてしまったり、大切だったはずの「生きた証」さえいつの間にか見失っていたのではないでしょうか。

コトセは大切だった家族を自ら離ればなれにさせてしまったことから悲しみが欠け、ユキナはショウや家族を失い続けたことから人を信じきれなくなり、ハルは主人公の記憶が薄れるごとに弱さを見せてしまうくらい、それは生きる強さの支えになっていました。またレンはショウが一番の大切で、ショウがいてくれることが一番の望みで、それだけレンにはショウが欠かせない存在でした。それぞれに失いたくないもの、欠けてほしくないものがあったのです。

しかしコトセたちもその世界で生きるために“役目”を負い、つらく苦しむ中で、いつしか歪んでしまい、誰かを想う感情が欠けてしまっていました。だからこそ欠けた心を取り戻す必要がありました。


ではハルたちは、欠けた心も、生きた証も取り戻すことはできたのでしょうか。

手が......心が、覚えてる

頑張ったね

約束......やっぱり守ってくれたんだね......


コトセは、“怖いときは抱きしめる”という約束。

ユキナは、“ずっと一緒のお守り”である約束の栞を。

ハルは、“ずっと一緒にいる” “困ったときは助けに来る”という2つの約束を。


それぞれの“約束”を心が覚えていて、その約束を果たすことで、ハルたちは失われたはずの気持ちを見つけ出していました。
この物語の“約束”とは、欠けた心や『生きた証』を忘れないためにありました。

生きた証とは忘れてしまっても、心が覚えているから。記憶がなくなっても、一緒に過ごして宿った想いは決してなくならない。必ず取り戻すことができることをハルたちが示していました。欠けて失ってばかりでしたが、それでも繋ぎとめるための方法はこの手の中にあったのです。



では生きた証は、どうしたら取り戻すことができるのでしょうか。ハルたちが出したその答えを最後、“誰も欠けることのない世界”にて。









誰も欠けることのない世界


ぼくは、意識が朦朧としている3人に必死で声を掛け続けていた。
身体に触れるだけで異常が分かるほどに熱くて。
タオルをいくら変えても変えても足りない。
ありったけのお金を掻き集めて医者に診せても。
結局、原因は分からずじまいで何も良くならなかった。

「ちくしょう……!ちくしょう……!」

料理を覚えて、洗濯も掃除も覚えて。
仕事をすることを覚えて、医者を呼ぶことだって出来て。
……ぼくは、成長したと思っていたのに。
ショウに助けてもらえる前の、あの時と……。
あの時、ハルが倒れた時と何も変わってないじゃないか……!

大事な家族が苦しんでるのに。
ショウにみんなを頼まれたのに。
みんなを守るって決めたのに。
ぼくはまた、何ひとつ守ることすら出来ていなかった。


――コトセ、ハル、ユキナ、アキト(みんなでたすけあって)

ショウがいなくなってからも、主人公とハルたちは何とか力を合わせて暮らしてきました。しかしハルたちは流行り病に倒れ、治す手段は全て断たれてしまいます。

出会ったばかりのハルを助けられず、そして生きていくための手段を身につけてもなお、ハルたちの2度目の命の危機に対して何もできることはありませんでした。主人公がハルたちに抱いていたのは、守ると決めたのに、何一つ守ることのできなかったという後悔でした。

「――おまえが、守るんだ」
「――命よりも、大事な家族を」


――??(命の奔流)

主人公はそんな強い後悔から、今度こそハルたちを命に代えてでも守ることを決意します。

そうして一度目の奇跡で、主人公は何よりも大切な“絆(=ハルたちの記憶)”と引き換えに、ハルたちを流行り病から助けることができます。

しかし何もかもを失ってでもいいとずっと行動し続けた主人公ですが、この一度目の奇跡を起こしたその時だけ、その内心が語られます。

あれだけ愛おしく感じた、ふたりの笑顔が。
あんなに一緒に過ごしたこの場所が、遠い。
ずっと見たかった、おねーちゃんとユキの元気な笑顔が。
こんなにも冷たく感じるなんて。
思ったことも、なかった。

ずっと見たかったみんなの、元気な笑顔が見れた。
ぼくはどうなってもいいからって……。
そう、願ったはずだろ……?

――なのに。
どうしてこんなに、胸が痛いんだろう。

胸に大きな穴が開いてしまったように。
心臓がズキズキと、死にそうなくらいに痛む。
――何よりも大事な、ぼくの家族たち。
きっとぼくは、守れた。
ここで過ごしたぼくの思い出も、約束も。
全てを失くして、みんなを助けることが出来たんだ。


――アキト(奇跡の代償)

主人公は自分の何もかもを犠牲にすることを決意していた一方で、そのことに対する気持ちの虚しさを感じていました。

「……“ぼく”は、もうこの世界にいないから」
「みんなとの約束を、守るために……」
「……母さんの名前、もらうね」


――ショウ(命の奔流)

そして約束を叶えるために再会を望んだ主人公。しかし主人公はもうハルたちの中で存在しない者となってしまっていていました。だから約束を叶えるためのそのせめてものつながりとして、母親の“ショウ”という名前を貰います。

恐らく名前を捨てたこのときからずっと、アキトとしての自分も捨ててしまったように感じます。

歯車として与えられた“役目”じゃなくて。
俺は俺自身の“役目”を、果たすために。

「こんな悲しみだらけの、間違えた世界は……」
「もうこれで、終わりにしよう」
「俺が、最後の“役目”だ」


――ショウ(自身の役目を果たすために)


「……レン」
「最後まで、泣かせてごめんな……?」
「でも、もう泣くな……」
「それが、俺の最後の願いだから……」
「俺の“願い”……叶えてくれ……」


――ショウ(本当の願い)

そうしてハルたちの失くした気持ちを取り戻させ、レンをこの場所に留まらせることができた主人公。

最後に自分が犠牲になってみんなが助かることが自分の望みだと(=歯車でない自分自身の役目だと)思い込むようようになります。強い後悔と、ハルたちを助けたいという強い気持ちから、自分の本心にさえ気付けなくなっていました。


ハルたちに失ってしまった心を取り戻してほしいと願った主人公。しかし主人公もまた、本心を失っていました。

そんな欠けてしまった主人公に、今度は欠けた心を取り戻したことで、ハルたちが見つけ出した想いを主人公に伝えます。











「……待ってられなくてごめん」
「でも、やっぱり信じて待ってるだけなんてできないよ」

コトセが、倒れそうな俺を支えてくれていた。







「また一人でカッコつけようとするなんてね」
「そんなの誰も望んでないって、何で分からないかな?」

ユキナが、崩れそうな俺を抱きとめてくれていた。








「また置いていかれるなんて、絶対にいや」
「もう、わたしたちから家族を奪わないで」

ハルが、消えそうな俺を呼び止めてくれていた。
















「みんな……どうして、ここに……」

「そんなの、聞くまでもないことでしょ」
「大事な家族の、絆ってやつかな」
「アキちゃんが、わたしたちを想ってくれてるのと同じだよ」




「マヤの最後のページ、読んでくれるんでしょ」
「その約束を果たさないままいなくなるなんて、許さないわよ」





「色々と諦めていたあたしのこと焚きつけといて……」
「家族をまた信じさせといて嘘つくなんて、あたしだって許さないよ」





「ずっと待たせて、やっと戻ってきてくれたのに……」
「約束をまた破るなんてこと、絶対にさせてあげないんだから」


「私だって、ショウに笑っててほしいよ」
「あたしだって、ショウに幸せになって欲しい」
「だから、アキちゃんが犠牲になるなんてダメだよ」

俺が消えることを許さないと。
ここにいて欲しいと。
みんなが口々にそう言ってくれる。


ーーハル、ユキナ、コトセ、レン

今までずっと助けてもらっていたハルたちが、今度は主人公を助けに来てくれます。一度失われても、絆は確かにそこにありました。

約束だって、絆だって、出会いだって。人の想いは、大切な誰かを想う気持ちそのものです。だからみんなが笑って、幸せでいるためには。犠牲になっては意味がなくなってしまいます。






「みんな、ショウがいなくなったら、幸せになんてなれないんだよ?」
「自分が助かったって、大事な人が犠牲になったら……」
「そんなのじゃ意味ないって、ショウだって分かってるんでしょ?」

「ねぇ。ショウの、おねがいは?」
「カッコわるくても、わがままでもいいよ」
「わがままに、誰もがしあわせな世界をのぞんだんでしょ?」
「だったら最後までわがままを言おうよ」

「そのおねがい、かなえよう?」

「ひとりじゃなくて、みんなでねがえばきっと届くよ」

「ほんとはみんな、しあわせになっていいんだよ」


ーーレン

そう。『生きた証』とは。何一つ心が欠けてはならなかったように、誰かが一人でも欠けてはいけなかった。だから誰かが犠牲になってはいけなかったのです。

どんなにかっこわくるくても、わがままでも最後まで幸せを願い続けること。大切なみんなが幸せであれるようにと、みんなが願い続けたそれこそが 生きた証


誰かを想う心で人は満たされるから、もう誰かが欠けることのない世界をーー。

ーーハルたちが欠けた心を取り戻すことの大切さを知ったからこその、生きた証を得るためには?への答えです。








初めてぬくもりを知ったその手から。もう一度そのぬくもりを取り戻して、始まりはこれからの未来へと続いていくーー。




「約束……やっぱり守ってくれたんだね……?」

あの時と同じように。

その手を伸ばしてくれる。

暖かい、家族の手。

名前が無かった頃から一緒だった、小さな手。

あの頃と変わらない、優しい声を。

ゆっくりと微笑ませながら。

優しく、小さな声で囁く。



「今度こそ、おかえりなさい」








ーーー枯れない花と終わらない世界で。これは寄り添いあう誰かの幸せを想い、一緒にいたいと願い続けた物語。








・感想

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考察はここまでで終わりです。ここまで読んでくださったのでしたらありがとうございます。

こういった作品の感動は理屈ではないので、こうした形でまとめたことに特に価値は感じていないのですが、最低限のシナリオの流れは理解できるものになったとは思うので書いてみても良かったのかなと。

とりあえず物語の時系列は書いているのですが、本来入れる予定が無かったのを突貫工事で入れることにしてしまったので間違いも多いと思います。申し訳ありません。そこについて真剣に時間をかけて解釈したわけではないので、他の方と解釈が違うかもしれないので、過信はしないで参考程度にしてもらえたら幸いです。

この作品をプレイして真っ先に思ったことは、人は何らかの欠落を抱えて生きていて、だからこそ本作品の価値があったのかなと思ったことでした。
その欠落としての“欠けた感情”という設定は、どこかにありそうな設定だとは感じましたが、ここまで全面に押し出した作品は今まで知らなかったのでそこが個人的に一番印象に残りました。シナリオを尖らせるに挑戦した、とても意欲的な作品だったと感じました。

コトセちゃんは一番上のお姉ちゃんという立場からハルたちを支えようとし続けていましたが、本当は支えられるほど強くはなかったり。
ユキナちゃんは信じたくても信じられず、楽しいという気持ちがもう思い出せないことを心配させないために楽しそうに笑っていました。しかし何もできないままハルたちと離れてしまい、ずっと信じられないと言っていたユキナちゃんですが、本当は信じることを諦めきれずに
、ハルたちのことを大切に思っていたり。
ハルはひとりは寂しいからただ一緒にいたいと思い、そして叶わない約束をずっと手放せずに生きてきました。
そしてレンちゃんは、ずっと秘めていた想いを消えてしまう最後でしか打ち明けられず、そしてその想いは恋とさえ呼べない曖昧なものでありながら、レンちゃんにとっては何よりも大きなものとなっていました。

この物語は繰り返される運命の中で何もかもを失い続けたコトセとユキナ、失い続けても大切なものだけは失わなかったハルとレンという、大きく2つの在り方が示されていた物語でもあったのかな、と思います。

みんな不器用で、そしてどこか欠けていて、それでもひたむきに、ただまっすぐに生きたハルたちを本当に愛おしく思えました。
こうしたハルたちの想いや在り方は、この物語で私が一番惹かれたところでした。

そして、フルプライス作品でも心理描写が急だと感じる作品もある中で、本作はミドルプライス作品でありながら一切そう感じなかったのは、何気に凄いことだったのかなと思いました。レンちゃんだけちょっと急だとは思いましたが、そこはハルたちのように幼少を過ごさなかった分を世界の奔流のところで過ごしたということで。
設定が破綻しているという感想は多く見かける気はします。ですが個人的には設定を凝ったものにするよりも、一人一人の心理描写ですとか、登場人物たちの関係性と心の動きにこそ「読解」という読み物としての価値があると思います。そのため設定の巧拙さよりも、このことを大切にしたほうが読み物である作品としては正解だったのかなと思っています。

心に残る言葉ですとか、魂に響くメッセージが存在した方が、読み物としての価値は高いかと思います。そういった観点では、本作はそれらを緻密かつ丁寧に描いた理想のような作品だったと感じました。

では以下からは各ヒロインの感想を。



・コトセ

長女役。失った感情は“悲しみ”。ショウが去り主人公は記憶から消え去ったときに、ハルたちの姉として支えようとした子。でもかつては心を閉ざしていたことからも、本当はそんな強い子ではなくて、その弱さからみんなを離ればなれにさせた後ろめたさを持っていた子だと思いましたね。

シナリオについては最初の部分にあたりますが、“欠けた感情”という設定が出されたときはとにかく魅力的だと感じました。そしてラストは欠けた感情に対して、欠けた物語が遺されるというのもすごく印象的でしたね。

なのであの遺されたラストシーンには何が入れられるのかな〜とすごく気になっていたのですが、エピローグでは『花びらの雨の後には、空に虹が架かる。』でしたね。
曖昧な表現は私苦手なのでこの終わりは少し私には微妙だと感じてしまったのですが、悲しみを知れたから、幸せも知ることができた。くらいの意味なのかな〜と思います。

でもここで、『感謝』の花言葉を持つ花の栞を挟んでパタンと物語を閉じたのなら、ちょっと面白いかもと思ってしまいました。




・ユキナ

三女役。欠けた感情は“楽しさ”。人を信じられないから人懐こい笑顔で過ごす、楽しいと思えないから楽しそうな様子を演じる。そんなあらゆる矛盾の中を生きていた子だと思いました。

その矛盾の1つの例として、ユキナちゃんが最初に言っていた「ひとりでいるのは寂しいけど、だからこそひとりでいる」という言葉がありました。
アキトはこのことを終始理解できていないようでしたが、何度も別れを経験してきたユキナちゃんにとって真に寂しかったことは、誰かを信じたくても裏切られてしまうことだったのだと思います。
そして「誰も信じなければ裏切られない」から、寂しさを忘れるためにユキナちゃんは孤独な生き方を肯定していたのだと思います。

誰も信じられないから、誰にも優しくできなかったユキナちゃんでしたが、そんなユキナちゃんが言った次の言葉も深いなと思うところがありました。

「アキは、おひとよしなんだね」
「へいわだねー、すごくいいことだよ」
「こんなてーへんのせいかつ、そんなにかわいそう?」

咎めるような、怒ってるような。
でも笑顔を張りつかせたまま、目を細めていた。

「ウチも、びんぼーだよ」
「ちがうの。ほんとうのびんぼーは、人にやさしくなんてできないの」


――ユキナ、アキト(誰も信じなければ)

本当の貧乏とは“心の貧しさ”であると語るユキナちゃん。たくさんの“嘘”を生きた彼女だったからこその言葉だったと思います。小さな女の子がこれを言うのはいくらなんでも悟りすぎでしょうと思いました。


そんなユキナちゃんのシナリオですが、これも本当に面白かったです。にしし〜♪とかわいくて楽しそうな子というのが第一印象だっただけに、それが全て“嘘”だったということが明かされたときはすごく驚きましたね。彼女の気持ちは全て作り上げられた“嘘”であり、本当の気持ちなどない心の壊れた子として描かれます。そんな彼女に対して主人公も“嘘”のショウとして接して、そんな嘘だらけのまま進んでいくシナリオは強烈なまでに印象深くありました。ですが主人公がユキナちゃんを想う気持ちも、ユキナちゃんがハルたちを想う気持ちも嘘はなく、そこが嘘だらけの二人の接点となっていたシナリオでした。

そうした“嘘”だらけの中でたった一つの本当の気持ちがあったから、それが彼女の一番の苦悩でありたった一つの希望であったのかなと。そんなたくさんの嘘を演じて作り上げる中で心は壊れてしまった彼女だったから、最後に『信じる』と言えたのは何よりも重みのある言葉だったかと思います。
彼女は幼少から今まで、さらにヒロイン全員が駆けつけるラストまでずっとこの『信じる』という言葉を一貫して扱い続けたのは彼女だけですから、そういう意味でも彼女にとってこの言葉がどれだけ大切であったかが窺えました。

あと最後の栞はあれは卑怯でした。ショウのCGは手元が小さく見えにくいだけに、真相を知らされて彼女がずっと栞を握っていたということに驚いたのと、ショウもまたユキナちゃんたちを悲しませないために“嘘”をついていたことで、そんな彼女を想いユキナちゃんがようやく本心から感謝の言葉を伝えるところは感動で涙が止まらなかったです。

“繰り返される中で歪んでしまった”というのはマヤが言っていたことですが、このテーマは家族(ショウ、ハルたち、アカリさんの娘)を失い続け、信じることを恐れているのに諦めきれていないユキナちゃんが最もよく表していたと思いますので、とても心に残った子です。




・ハル

次女役。消えてしまった感情は“好き”。主人公に生きることを教え、その手で生きるあたたかさを与えてくれた子。彼女の“ふたりでいっしょだよ”という想いは世界よりも重く、だからその素朴な性格と言葉とは裏腹に、特別なあたたかみを持っていたのかなと思います。
しかしそんな重みを持った彼女の“約束”は相手すらも憶えていない、今にも消えそうな儚いものが彼女の生きることの全てであり支えであったので、それが彼女の寂しさや儚さを醸し出していたように思いました。

シナリオですがとにかく泣きましたよね。のほほんとした出会いから始まるのにこの子は何度も病気になったり、それでもずっと一緒にいようとしたりで切実でしたね。その切実さから日記を大事にするところですとか、記憶を失くしても日記を読み返して主人公を作り上げていたところで、何で主人公のことや“約束”を憶えていたかという事実は驚いたと共に涙が止まらなかったですね。
(この記事では一切拾い上げていないのですが)特にハルが日記をひとつひとつ読み返すところは本作の最も感動ポイントだったかなと思います。あの思い出1つ1つをハルが楽しそうに、そして悲しそうに読み返す様子はすごく痛々しくてかなり泣かされてしまいました。


そして考察パートではうまくまとめきれなかったので補足ですが、ハルが羽を渡せない理由は「思い出や約束が大切だった」と書いたのですが、実際はもう少し複雑で、より根源的な部分として次のようなハルの信念がありました。

「そんなにぼろぼろになってでも......」
「......まだ、こんな日が続けば良いって思うのか?」

「はい」

「もう自分が限界だって、気付いているのにか?」

「はい」


ーーハル、ショウ(記憶にないはずの名前)

 
 

「違う......違うよ......!わたしは、“未来”なんて......!
「ようやく会えた、アキちゃんの犠牲の上に立つ未来なんて......望んでないんだよ......!」
「ただ、一緒に......!もっと一緒にいたいって......!」

〜中略〜

「止めて......!おねがい、おねがいだから......」
「ようやく会えたのに......!わたしは、今のままでいいから......!
「少しの間だけでも、アキちゃんと一緒にいられるならそれでいいの......!」


ーーハル(同じように笑って)

ハルが最も特徴的なのは、流行り病に罹ったときでも、未来を生きたいと願うより今を一緒にいたいと言っていたり、役目で苦しいはずの今のままでもいいと言っているように、ハルは未来よりも“今”を大切にしている部分があるように思います。
それが叶わない約束を抱いたまま生きるだったり、消えてしまう運命だったとしても今だけを一緒にいたいというふうに繋がっていくのも、羽を渡せない理由だったのでしょう。

さて、本作では運命に抗うということは、未来を求めることとしているように思います。
そんな中でハルは、コトセちゃんやユキナちゃんと違い、犠牲になる運命を受け入れていることをOP前で言っていました。それとハルはずっと“今”を生きる時間を一番に大切にしていました。ハルの考え方はコトセたちとの考え方と対比になっているように感じ、その特異さもハルの魅力的なところなのかなとも思いました。

ただ今を一緒にいたいと願ったハルの生き方は、それはそれで最もひたむきな子のようにも私には映りました。




・レン

ーーごめんね。
わたし、ショウにひとつだけ
言ってなかったことがあるんだ。

わたしは世界の意志の中で、
ショウのお願いをかなえるために
生まれた存在だから。

最初からずっと、
ショウのこと信じてたんだ。

わたしは、ショウのことを
信じるために生まれたんだよ。




『レン』っていう名前、
付けてくれて、ありがとう。

ーーレン(エンディングテーマ【虹色の世界】)


月虹花であり、世界そのものであり、そして神様だった存在。

だけど本当は、最初からショウのことを信じていて、ずっと好きだった人間の少女。

この子は一言で言ってしまうと、神様どころか天使でした。かわいすぎ。最初から今までずっと信じ続けていたことをここまでずっと胸に秘めていたなんて、そこが本当にどこまでも愛おしい子だったなあと思いました。
信じるために生まれたなんて愛の告白みたいな感じで何と言いますか...レンちゃんの純粋な好意がとにかく眩しかったです。

そんな二人の関係は、家族でもなければ親子でもない。恋人でもなければ友達でもない。単に一緒に出会い、一緒に旅をしただけの仲でした。しかしレンちゃんにとっては何よりも特別で、誰よりも好きだったーーただ愛情そのものがあったのかなって思います。

印象的だったのはやはり、ショウと一緒に逝けるのならさびしくないよって言っていたレンちゃんのとても一途な好意ですね。単に一緒に旅をしてきた仲とは言え、ここまで言ってくれるのはそれだけショウと一緒にいられることが好きだったんだなあと思いました。

(ある意味ショウとレンはこのままの関係で、二人だけの旅を続けていくっていうのも、レンにとっては楽しそうだなとは思いました)

ショウはただハルたちを助けたいという役目にだけまっすぐで、レンちゃんはただそれを助けるだけで、振り向いてもらえるとも報われるとも限らないはず。でもショウのそんなところが好きだと言うレンちゃんもまた、ショウと同じくらいまっすぐで一途だなって思いました。

それと『レン』という名前を付けてもらえた場面ってどんな感じだっけ?と思って見返してみたのですが、特別な会話があったわけでもなく、何てことのない一場面でしかないのですよね。
レンちゃんはもしかしたら、他にも何気ない場面で(例えば初めて街を訪れて、ショウと一緒に果物を全部売ったときとか?)、ショウと一緒にいられる幸せを噛み締めていたのかもしれませんね。

レンちゃんはきっと、自分を一人の人間らしく特別に接してもらえるための名前を付けてくれたこと、一人の人間として一緒にいてくれたことは、きっと嬉しかったのだと思います。




・マヤ


「さっき言ってた作風ってのは......」
「つまり、また悲恋物ってことか?」
「ええ、そう。私にはそれしか書けないし」

「大丈夫なのか、“いつも通り”のお話で」

確かにマヤは才のある作家だと思う。
でも今必要なのは、コトセの失った感情を揺さぶる物語。
言ってしまえば“世界の理に背くほどの物語”だ。
それが“いつも通り”で届くのか。
俺の思考を見透かしたように、マヤが目を細める。

「作家として、今しか書けない一世一代の作品にしてみせるわ」
「言ったでしょう?わたしはコトセのために、できる限りのことをするって」


――マヤ(命を込めた覚悟)

サブキャラクターでは一番印象的なでした。こういった書き手のキャラを登場させるときは、ライターの考えそのものの鏡像となることもあるわけですから、やっぱり注目しちゃいます。その上であそこまでの情熱が反映されていたわけですので、すごいなあと思いました。マヤさんと本作のライター様には敬意を称します。

でもそれを除いても、作家としての彼女の情熱にはやはり惹かれました。友達のために一世一代の作品にする、生きた証を残せたと、その一言一言が命や魂そのものの力強さを感じました。儚い印象を感じさせるヒロインたちの中で、作家としても人としても、ただ唯一力強さを感じさせられました。


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どんなに重くとも紙は紙でしかないとマヤは語っています。しかしそこに描かれた物語の重みは、生きた証だったとマヤは微笑みながらそう言います。

人の想いや心がどれだけ重いものなのか、このマヤさんの何気ない一言には込められていました。そのことが伝わってくるこのマヤさんの言葉の流れは、すごく心に残っています。


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私は消えても、この物語は残るーー。

誰かに届けたい物語があって、それがたった一人にでも届いたのなら。その物語は決して消えることはなく、永遠となるのだろう。
物語は供与者の播いた種であり、受容者はその花を咲かせ、永遠に咲く花を作り出していく存在なのでしょう。

そしてマヤの物語は確かに、コトセに届いたのだーー。

人に想いが伝わること、その想いが誰かの中で生き続けること。それがそれぞれの人たちの『生きた証』だったのかもしれません。


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そんなマヤさんが贈ったのはラストが“欠けた”物語でしたが、それを“何一つ欠けたもののない”完成品と言い切ったところはやはり良かったです。

『生きた証』とは何かということの他にも、「作品や物語とは?」という考え方も知ることができました。







最後におまけですが、入れる場所が特に見つからずそのまま不採用になった没ネタにはこんなのもありました。


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「……どうして、みんなわらえるの?」
「こんなの、へんだよね……?やっぱり、おかしいよね……?」

「ああ、おかしいな」
「……でも」
「“生きる”ってのは、こういうことなんじゃないか?」
「……“生きる”って、いうこと」

その意味を飲み込むように、小さく繰り返す。
それぞれが、それぞれであるための形でいること。
それが、マヤ自身が望んだこと。

「人は、そんなに弱くないってことだ」
「……そっか」


――レン、ショウ(生きた証)

ここはどの場面だったかというと、マヤさんが最後を迎える前に、コトセたちがファミーユで最後に色々なものを手渡す場面です。そこでハルたちはその重さを感じつつも、笑顔であろうとしていました。

みんなどこかが欠けていて、でもその欠けたものを抱きながらいるということもまた、“生きる”ということなのかもしれません。それぞれが欠けているおかしさを抱えつつも、前向きであろうとしてことは、決して弱さではないのだと思います。

それもまた、人が誰かを想うということなのでしょうから。

でもそれでも、コトセ、ユキナ、ハル、レンがそうしていったように、欠けたものが見つけられる生き方もあってもいいのかなと思いました。

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星空のメモリア 考察_永遠の想いを、輝く星空にのせて(5500字)

はかない美しさなんて、わからない

だからね、

スプリングエフェメラルが終わっても...

夏になったら、サマーエフェメラルが始まるんだよ


物語性 A
テーマ性 B
独自性 A
総合評価 S

公式サイト| 星空のメモリア HD -Shooting Star&Eternal Heart アニバーサリーBOX-


この記事は、「星空のメモリア -Wish upon a shooting star-」という作品のグランドルートの考察記事になります。


※以下からは完全なネタバレです。未プレイの方は、これより下は読まないことを強く推奨します。


※画像の著作権は全て、有限会社FAVORITE様に帰属します。

























星空という舞台

まずは前提から入ります。本作の舞台である「星空」についての哲学解釈です。
この作品のOPタイトルである「Eternal reccurence」は、日本語訳だと“永劫回帰”となります。そしてフリードリヒ・ニーチェが提唱した哲学の中に、「永劫回帰」という思想があります。その思想は一言で言えば、あらゆる現象の永遠性を肯定するものです。その永劫回帰思想のモチーフとなった現象の1つとして、星などを含む天体宇宙が挙げられることがあります。
星や惑星、宇宙について、これらは始まりからその終わりまで我々は知り得ない、そのためその始まりと終わりはリングのように円環構造を取りーー“永遠”と考えられていました。
(この周辺の思想は、同ライター作品であるアストラエアの白き永遠でより深く掘り下げられています)

では、そんな「星空」の舞台を通して、なかひろ先生が描こうとしたメッセージは何か?
実はこの永劫回帰と宇宙の永遠性とを連関させて、“とある事象の永遠性”を強調させようとしていたのではないかと思っています。
では本作では「何が」永遠なのか?そのことをお伝えできたらと思います。









乙津夢の永遠観

先に結論から言うと、本作品が示そうとしたテーマは、“想いの永遠性”なのではないかと思っています。


まずこれは乙津夢の永遠観です。「儚い美しさが分からない」と言っているように、彼女にとっての美しさとは儚さを否定していて、彼女にとってはその反対のーー散ってもまた次が咲くようにーー“永遠”こそが美しさだという考え方を示しています。
まずここが、本作が取り扱う大きなテーマの1つが“永遠”であるという根拠になります。









破壊し得ない対象の哲学

今度は作中で登場する妖精、彼の永遠観です。
彼にとって存在が消失したとしても、存在したという事実は変わらないーーつまり誰かの存在が永遠でなかったとしても、それで存在が否定されるわけではなく、誰かが「存在したという事実」は永遠となると主張しています。
では、“存在した事実”とは、一体何でしょうか?









想いの永遠性

夢のこの言葉から、存在した事実=永遠の想い(または願い)だということが分かります。夢が持っていた永遠観とは、こうした自分の「永遠に変わらない想い」でした。これが儚い美しさを否定した彼女が見出した永遠観でした。
本作、星空のメモリアが示したかった壮大なテーマこそ、この“想いの永遠性”だと思っています。









メアの永遠観

本作のテーマを示せたところで、次はメアという存在の永遠観です。彼女の永遠観で特殊だと感じるのは、最初は永遠性に否定的なところです。


メアにとっては存在を認められることがそのままアイデンティティを保証するものでした。しかし人がいつかは死を迎えるように、存在とは永遠なものではありません。メアには永遠という考えそのものがありませんでしたし、そして否定的でした。
そのことが存在を狩られようとするこの同じ場面からも推測できます。存在の消失に対して僅かな恐怖を隠せなかったように、彼女にとっては存在として認識されることが第一で、同時にその存在の消失への恐怖が、存在とは永続ではないことの暗示になっています。
他にもかささぎが失われることに対して強い孤独を感じていたように、彼女にとっては物理的な存在こそが、誰かがそばにいるということを実感させてくれるものでした。
つまりメアにとって、“永遠”という観念そのものがまずはありませんでした。



ではそんな永遠観を持たなかったメアが出した、自身の永遠観とは何だったのでしょうか?
彼女の永遠観は、心の中で生き続けることーー存在がなくなっても、誰かの中の想いとして永遠であるという観念的なものに変化しています。この考え方の大きな変化は印象的です。
ここでのメアの行動は存在が消えてしまう必然を伴うものである以上、彼女の言うそばにいるという意味は物理的なものではないことは確実です。だから存在が消えてもなお存在し続けるものーー自分の想いは、誰かの心の中に在り続けるということを強く言っているということになります。
メアはいなくなる=離ればなれになるということではなくて、例え存在がなくなったとしても、その想いは「永遠に一緒に寄り添ってあげられる」と信じていたから、こうした行動を彼女は最後に選んだのです。

彼女によって存在が消失しても、残されるものがあるーー永遠があることがはっきりと示されたのではないかなと思います。
メアが主人公に伝えたこと、それは“想い”が永遠であることです。

なかひろ先生が書きたかったのは、死や消失の儚さに対する感動ではなく、死してもなお“永遠”が存在するということを壮大かつ、感動的に描きたかったのではないかなと思っています。









小河坂洋の永遠観

そんなメアに対して主人公・小河坂洋が提示した永遠観は、「失われてもなお取り戻せる」です。
この永遠観ですが、子供の頃の夢が言っていたことと同じですよね。しかし大人になった夢や、最後のメアにとって自分の命は失われるものであった以上、彼女たちには肯定することはできなかった観念です。
ここで主人公が言いたかったのは、心の中で生きるのは嫌=心をありのままで実感していきたいという意味だったのかな、と思っています。夢が主人公と一緒に生きていたいというのが本当の願いだったように。メアが離ればなれになるのに、本当は強い孤独を感じ、恐怖を感じていたように。









物理法則と観念論

世界や宇宙は物理法則が成因となっており、基本的に例外はありません。しかしこの作品が提示したのは、全てがそんな物理の無情に呑まれるのか?ということです。
約束も、記憶も、想いも、そばにいたいという気持ちも。その全てが質量保存の法則や物理法則によって失われてしまうものなのか?この作品(の主人公)はその物理の法則に抗います。
それは想いが物理法則に反して、“永遠”に失われないということを示したかったのだろうと思っています。

ご都合主義と解釈されることもある、主人公の母の登場をこの“永遠”で解釈してみます。主人公の母は既に死しており、その想いが誰かに届くことは常識的にはありません。
しかし永遠の象徴である星、その記憶として、彼女の想いもまた“永遠”であることを書きたかったのだと思っています。だからこそ、母の想いは息子たちに届けられたーー。









約束と絆

夢と主人公が結んだ子供の頃の約束、夢とメアが結んだ約束、メアと主人公が結んだ新しい約束。そうした約束の果てにあるもの、永遠に変わらない想い。それが、“絆”です。
絆とは、永遠に変わらない想いが結んだ、誰かとの永遠のつながりだと思いました。

星空のメモリアの続編のサブタイトルが「Eternal Heart(=永遠の気持ち)」となっているのも、本作が示そうとしたテーマが“想いの永遠性”だということを示しているように思えてなりません。


この星空の輝きが永遠であるように。
いつまでも変わることのない、約束の物語──
(星空のメモリア Eternal Heartのキャッチコピーより)










・感想

終わりになりますが、なかひろ先生が描こうとしたテーマは改めて壮大だと感じました。それだけに、この“永遠”というテーマに誰も注目していないと感じているのは惜しいような気がします。
人は死によって全てが無になると考えます(もちろん私もそう考えています)。ですがなかひろ先生は、決して無くならないものや永遠性を信じて、普通なら空想にも近いような考えを、大真面目かつ一生懸命に書き切りました。ここまでの表現力とその力量には圧倒されましたし、その信念が感動を与えてくれました。


ちなみに乙津夢のセリフで解釈が分からなかった部分があり、抽象的すぎてこの言葉が何を意図しているのかはっきりとは分からなかったです。


しかしここでの乙津夢はあまり多くは語らなかったのですが、続く主人公の言葉から、メアを失い、記憶を失い、夢のことを忘れても。それでも想いを失い切れていないことが分かるように、夢の言ういつまでもそこに在るもの=主人公や夢の変わらない想いだったのかな、と思っています。ここでも何となくですが、想いの永遠性を示す印象的な場面でした。


なかひろ先生の「破壊し得ない」という思想とその哲学ですが、アストラエアの白き“永遠”でも引き継がれています。アストラエアのこの場面ですが、妖精男のセリフと根本は同じです。そしてここでは、存在した事実=心(想い)であり、それは永遠である、とテーマを連作として考察できる部分でもあります。
他にも永遠に対する思想など共通部分は色々とありますが、そんななかひろ先生独自の一貫した思想と哲学は素晴らしいと感じましたし、本当に感動しました。私にとっては神作品です。

しかしこの作品が出て10年ですか。当時はこの作品はプレミアが付いて入手困難で、多くの人がそのことを言っていたのが懐かしいですね。今はHD化もされていますし、色々と感慨深いです。


本考察にて扱った「星空のメモリア」について、また違った観点からの考察を展開しているサイトがあります。
星空や天体を交えた解説から、本作とのつながりを深められる魅力ある考察です。掲載主様からリンクの許可を頂いたので、こちらもぜひ読んで欲しいです。
【考察】星空のメモリア-Wish upon a shooting star- 夢√・メア√ - 猫のえろげにっき

アストラエアの白き永遠 考察_儚く舞い散る雪に、想いの結晶は降り積もる(45662字)

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背後に散る雪や桜と同じで、いつだって儚い笑顔だと感じていた。

だけど、

雪も桜も、一度散っても、またこうして舞うのだから





【ジャンル】雪の舞う空に恋を唄うファンタジーADV


この記事は、「アストラエアの白き永遠」という作品の、雪々ルート単体の考察記事です。

※以下からは完全ネタバレです。















この記事は、「アストラエアの白き永遠 -Elfin song’s an unlimited expanse of white.- 」の、雪々グランドルートの感想を交えながらの考察記事になります。

まずこの雪々グランドルートでの、「死生観」と「永遠性」という対立する2つのテーマの中で描かれる、なかひろ先生独自の「想いの永遠性」という非常に大きな題材にはすごく惹かれるものがありました。

(「想いの永遠性」こそなかひろ先生独自のテーマであることは、同ライター作である星空のメモリアでも示されています。それについては以下の記事にて別に考察しています)
星空のメモリア 考察_永遠の想いを、輝く星空にのせて(5500字) - 白き永遠

このアストラエアの白き永遠では、OPテーマのフレーズにある、人が分かり合うためにという題材から、「心」や「他者」、「共感」という観点から、「想いの永遠性」について書かれているのではないかと私は思います

さて本作のテーマですが、多くの人が家族として捉えていると思います。しかし同時に、家族というテーマを書ききれていない、というような批判も多く見かけます。
ですので本記事では、家族以外のテーマである「死生観」や「永遠性」にも注目しながら、この作品の違った観点での良さを、1ファンとしてお伝えすることができたらいいなと思います。

雪々など様々なキャラの想いや本心を大切にしたのが、私が本作で大好きなところですので、以外からその良さについて書きたいと思います。

※画像の著作権は全て、有限会社FAVORITEに帰属します。

















ひとりよりも、二人のほうが嬉しかった

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ここは自由に駆け回れる庭だった。
好きに生きることを許された世界だった。
それ以上に求めるものはない。
やわらかい雪の上に、想うだけの足跡をつけたなら、この心は簡単に満たされる。


ーー雪々(プロローグ)

このプロローグの雰囲気や言い回しはすごく独特で、始まりからすごく心に残るようで私は好きです。このテキストの良さは、さすがといったところでしょうか。雪々にとって降り積もる雪の世界がどれだけ心の多くを占めていたかが分かります。

雪々にとってはこの降り積もる雪が全てでした。この雪の世界には雪々以外の存在などなかったから、遊び道具であった雪だけが全てでした。雪が積もった世界はまさに自分の庭そのもので、そこで自由に駆け回って、その分だけ足跡をつけて......。‬
そんなふうに、ここならば好きに生きることができる。足跡は自分がここにいることの存在の証明で、自分の足跡を続けたら自分が生きているという実感までもが得られていたのではないでしょうか。

だからこそ雪々の心はそれで満たされたし、それ以上に求めるものはないくらい、雪々にとっての全てだったのでしょう

だから寂しいなんて気持ちもなかったと、雪々は今まではそう思っていました。彼と出会うまでは。

「ゆきゆきは、そう思う......」
「そう、思ってたんだよ」

ある日に気づいた。
たぶんそれは、彼との出会いがキッカケだった。

……一人よりも、二人のほうが楽しいんだ。
……一人で遊ぶよりも、二人で一緒に遊んだほうがうれしいんだ。

知らなかった。
彼から初めて教わった。

その想い出は今も心に積もっている。
その結晶だけは、溶けて消えてしまうことはない。

だけど今はもう遊び相手がいないから、遊び道具だったはずの白い雪は、ひたすらに冷たいだけで。
だからきっと、そんな雪の上で眠ってしまったら、自分は二度と目覚めないのではないか......。

だったらいっそ、結晶のひとかけらさえ、積もらなくていいと願った。


ーー雪々

これまでの雪々は、雪が積もる世界、つまり自分だけの世界で心は満たされ、それ以上は求めていませんでした。しかし彼と出会い、そして遊び相手になっていくうちに、一人よりも二人のほうが楽しいこと、一人で遊ぶよりも二人で一緒に遊んだほうがうれしいことを、雪々は心のどこかで知ったのでしょう

そんな気持ちを彼から教わり、知ってしまった雪々は、今まで自分の全てで、それ以上望むことのなかったはずの雪が、いつの間にか遊び道具にまで成り下がってしまっていました。それだけ、彼という存在が雪々の心を占めるようになり、満たしてくれるようになっていました。

そして雪々は知ってしまった。彼の温かさを、人の温かさを......。だから遊び道具にまで成り下がってしまった雪は、ただ冷たいだけで、遊び相手になってくれた彼の温かさには変えられなくなっていました。
今までの雪々は冷たさしか知らず、だからそれが全てだと満足していましたし、それが全てだと思っていたから満足という感情以外は抱けなかった。冷たいなんて感じることさえもありませんでした。

だけど、彼の温かさを知ってしまったら、雪は冷たいものでしかないことに雪々は気づいてしまいます。雪は溶けて心に積もることはないけれど、想い出は心の降り積もり、想い出の結晶は溶けて消えることはない。心に積もることのない雪では、溶けずに残り続ける想い出には、到底変えられないものになっていました。

そんな彼との想い出は、ずっと雪々の心に積もり残っているのに、遊び相手だった彼はいなくなってしまいます。雪々に残されたのは、今まで心を満たしてくれた、そして今ではもう冷たいだけの雪のみでした。そんな雪がいくらあったとしても彼の代わりにはならなくて、その冷たさは失くしてしまった彼の温かさの悲しみをよりはっきりと感じさせてしまいます。だから、そんな寂しい雪はむしろ無くしたいと雪々は思ったのではないでしょうか。

想い出は温かくて、でも今まで温かいと思っていた雪は冷たかった。そんな雪の上で眠ってしまったら、眠っている間にだけ浸れる想い出や夢から覚めないのではないか。覚めたら儚く消えてしまう、彼との想い出の夢から目を覚ましたくなくなるのではないか。それに、冷たいだけの雪を拒絶して目覚めないかもしれないーー

しかし雪々は、別れが寂しいから見る、温かな想い出と夢の中で眠り続けないため、今まで生きることの全てだった雪の結晶のひとかけらさえ積もらなくてもいいと願いました。

あの日、なぜ彼はわたしに声をかけたのか。
なぜ彼は、このわたしを見つけてくれたのか……。
そんな彼だから、わたしは友だちになりたいと思ったんだろう。
彼と一緒に遊ぶのはとても楽しかった。
一人よりも二人のほうがうれしいのだと教えてくれた。

だけど……。
だけど、あとで知った。
大きな秘密を知ってしまった。
わたしは、本当は、彼と友だちになってはいけなかったのかもしれない……。

「りっくん……」
「ゆきゆきは、変わってないよ……」
「だけどりっくんは、変わっていく……」
「だったらゆきゆきも、変わらないと……」
「りっくんのために、変わらないとって思うんだよ……」

時計台の鐘が鳴る。
わたしはまだ見上げている。
雪は降り続いている。

風の冬が過ぎ、剣の冬が過ぎ。
そしてついに、狼の冬が始まる――――


――雪々(グランド√プロローグ)

そして3年目の冬。雪々が願った降り積もらない雪は2年間降り続け、3度目の冬を迎えます。北欧神話の世界では、剣の冬、風の冬の後に、狼の冬を迎えます。この3年目の狼の冬では、生きるもの全てが滅んでしまう冬を迎えます。では月ヶ咲が迎えたこの3年目の冬では何がなくなってしまうかというと、雪々自身のことでした。それは雪々自身の後悔から、この3年の冬が始まり、そして自分自身がいなくなることで、この3年目の冬の物語の終わりにしようとしていました

ずっと一人でいて、二人で遊ぶようになって、また一人に戻ってしまった雪々。今まで何も知らなかったけれど、その出会いと別れが教えてくれたのは、愛しい心や孤独の寂しさといった感情でした。出会いを知って、別れを経験して。本当はずっと二人で一緒にいたかったのに、一人取り残されてしまったらもう寂しいだけで、しかしやがて出会わなければ良かったのではないかという後悔へと変わっていきます。一人よりも二人でいることのあたたかさを知ったのに、それを手放してしまうほどの後悔と、隠された3年の冬の意味とは何だったのでしょうか。まずは雪々が願った、この3年の間の降り積もらない雪に込められた願いとそこに秘められた想いについて整理してみます。









雪道の足跡と想い出は、ずっと覚えている

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想い出は降り積もる。
夢から覚めると、それは儚く消えてしまう。
雪は積もることなく、人の心に溶けてゆく。

妖精の想いが届くことはない……。
妖精と人は重ならない。
つながりたいと願っても――――



ーーグランド√プロローグ

雪々は独特の言い回しが多く、伝えたい想いを遠回しに言っていることが多いです。そのためここでは、その秘められた想いについてまとめておきます。まずプロローグでは、想い出と雪について一緒に語られています。想い出は降り積もり、雪は積もらない。しかし、普通は雪は積もるものではないでしょうか。なぜ積もらないと書かれたのか?そんな疑問が出てきます。それはその雪を、心象的に捉えたからでしょう。想い出と雪それぞれが、雪々の願いそのものだったのです。では想い出と雪それぞれに存在した願いは何だったのか、それぞれ考えてみます。

まず先に、なぜ雪が積もらないと言っているかの解釈をしてみます。プロローグでも同じような語りがありましが、グランドではそのあとに、「妖精の想いは届くことはない〜」となっています。雪々は一緒にいるのはあたたかく、だから一緒にいられたらいいなというような想いがありました。しかし一緒は続かず離ればなれになってしまい、重ねて出会わなければよかったという負い目まで負うようになってしまっていました。そしてこの「雪々の想い=雪の結晶」だとすると、雪々の想いは誰にも届くことがなく、誰の心に積もることもなく、そしてその想いは誰かの心に溶けて消えていくだけだった。
結晶のひとかけらさえ積もらなくていいと願った雪々ですが、冷たいだけの雪では満たされなくなったという想いだけではなく、一緒にいたいのにその想いが誰にも届かない寂しさ、そんな心を誰かに見つけて欲しいという本心がありました。だからこそ優しい雪は、寂しかった。

この雪々の本心については本作で大々的に扱われる内容ですので、後ほど詳しく取り上げます。


次に想い出が降り積もるのは、それだけ想い出が心に在り続けるものだということです。雪々にとって雪は、かつては全てを満たしてくれた遊び道具で、降り積もる雪には大切だという思い入れがありました。しかしその雪と入れ替わるように、想い出が大切になっていったから、雪に代わり、想い出は降り積もるようになったと言っているのです。雪が降り積もるというのは、それは大切な想い出はずっと覚えているという雪々の気持ちなのでした。


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「今日は、どこにいこっか」
「この足跡を、どこまで続かせてみよっか」

「どこまでだって、いいんだよ」
「足跡は、二人が歩いたって証だから」
「途中で、誰かの足跡にまぎれても……そのあとに溶けて、全部なくなっても」
「ゆきゆきは、覚えてるんだよ」

「りっくんと一緒にいたってこと、ずっとずっと、覚えてるんだよ――――」


――雪々(二人で歩いた想い出)

今までは雪に思うだけの足跡をつけたなら、全てが満たされていた雪々。しかし二人で一緒に足跡をつけることが、いつの間にか全てになっていました。

想い出は大切で、だから忘れることはない。そうした想いはずっとありました。そのことが最も分かるのが、次の「誰かの足跡にまぎれても、さらに雪が溶けてなくなっても、雪々は二人の足跡を覚えている。」という一文です。雪々は足跡を必死に探そうとしたり、覚えようとしていたわけではないので、足跡のことを細かく覚えているということを言いたいわけではないのでしょう。なので雪々が足跡を覚えているというのは、二人が歩いた証を雪々は覚えているということを言いたいのでしょう。二人で歩いた証とは何か?それの意味しているものこそが、二人の想い出そのもののことを指しています。足跡を覚えているというのは、雪々はずっと想い出のことを覚えているということを言いたかったのです。つまりここでも、降り積もる想い出と同じで、足跡というのは心象的なものとして捉えています。それ足跡が現実に残るものではなく、心に残るものということを意味していて、それこそ想い出を言い換えて足跡だと言っているのでしょう。想い出とは、二人で歩いた証、二人で歩いた想い出のことになります。だから足跡が誰かとまぎれても、溶けてなくなっても、見かけにはわからなくなっても、ずっと雪々の心には思い出に残っているんだよ、という意味になるかと思います。それこそが想い出がかけがえのないものであることの証拠で、その代わりに心を満たしてくれるようなものは、もはや雪でさえも、それ以外の何ものでも替えがたいものになっていました。ここで語られているのは、例え過去のものになってしまったとしても、そうした想い出の愛おしさや、尊さは、かけがえのないものだということです。

足跡のことに続いて、一緒にいたことを、想い出を、ずっとずっと覚えてるんだよ、と続けています。その言葉のとおり、プロローグでの雪々は、想い出は心に降り積もり、溶けて消えてしまうことはないという言葉に繋がりました。つまり雪々は想い出(=雪の足跡)を覚えている、決して忘れることはないというお話だったのではないでしょうか。

後ほど語る「不変と普遍に憧れていた」に登場しますが、この想い出の大切さについては、時計台への憧れと重ね合わせられています。

雪ちゃんはこんなふうに言葉が足りなくて、言っている意味があまり飲み込めないのだけれど。
でも僕は、誰かが遊びに来るなんて初めてで、そのことに驚いたせいかあまり気にはならなかった。


――雪々、陸(Episode2翌日)

幼かった陸には、雪々の言っていることは伝わっていなかったかもしれませんが、誰かと一緒に遊べたら嬉しくて楽しくて、誰かが遊びに来るのは驚いてしまったくらい心に残る出会いでした。その二人の想いは言葉にしなくとも、心では想いが通じ合えていました。想いが言葉になることよりも、一緒にいることが雪々たちにとっては大切なことでした。想いが分かち合えていたから、何も気にはならない、そう思えるくらいにこの時は満たされていました。


しかし、雪々の姿は変わらずとも、全てが同じわけではない。想いは届くことはなく、重ならない。変わらないように見えて、何かが変わっていったから、やがてそうした想いは届かず、重ならなくなっていました。ただ一緒にいられたら満たされた雪々の想いは、変わらなければいけないという胸に秘めた決意によって叶わなくなっていました。









背負った罪


「その後、雪ちゃんはキミと別れることになった」
「雪ちゃんは、すごく落ち込んだ……」
「私の前では明るく振る舞ってたけど、それが逆に痛々しくて見てられなかった」

「だから私は、雪ちゃんを慰める意味で真実を教えた」
「榛名陸という男の子は、私たちが死なせてしまった人の子どもなんだって」
「だからもう、会わないほうがいい。忘れたほうがいい」
「この別れは、必要なことだったんだって……」

「…………」

「雪ちゃんにとっては、それがいいと思ったんだ」
「キミのことを忘れてくれれば、哀しみも溶けてなくなると思ったんだ」
「だけどそれは、間違いだったのかもしれない」
「私は雪ちゃんに、よけいな罪を背負わせてしまったのかもしれない……」


――幸(グランド√)

罪とは何か。ここではそれは相手との関係の間で発生する、他者ありきの概念です。ここで罪とは負い目とも言い換えられます。雪々は人に対する負い目を抱いていました。

幸は離れてしまった寂しさが少しでもなくなるように、この別れは必然だった、だって彼の父親を死なせてしまったのだからと言ってあげることで、別れの寂しさを忘れてもらえたらと思い、この事実を伝えることにしました。しかし別れることになった人が大切な相手だったら、簡単に忘れられるのか。そして大切な相手の、大事な父を奪ってしまった後悔は、忘れることで解消されるものなのか。そうして忘れられるはずもなく、さらに死なせてしまったからこの別れは必要だったと考えることはできず、死なせてしまったことで孤独にさせてしまったという後悔と負い目を背負い続けていました。
幸にとって雪々を思っての言葉だったのですが、死なせてしまったという事実の裏にあった、決して取り戻せない孤独の状況に彼を置いてしまったという負い目が重くのしかかってしまっていました。大切な誰かに負わせた傷が、自分にも消えることのない傷をつけたのです

かつてはずっとひとりだった雪々ですが、誰かと一緒にいられる楽しさや嬉しいを知ったから、孤独の寂しさも知っていました。だから陸の父を死なせて孤独にさせ、ずっと苦しい思いをさせていた原因が自分自身にあったことは、自身の負い目となってしまいます。一緒にいられて幸せだと思っていたのに、彼を孤独にさせて不幸な想いをさせていた原因だと知ったと同時に、その原因である自分自身が一緒にいてしまったことは心が苦しかった。陸の父を死なせてしまい、孤独の苦しさを与えてしまったという事実が、一緒にいたいと願うことさえ許すことはありませんでした。ひとりはつらいから、そんな深い孤独を与えた自分が一緒にいてはならなかったのかもしれない。そんな想いが相手に対する負い目と背負った罪でした。

幸の雪々を思っての言葉はより哀しませてしまうだけで、雪々の一緒にいたいという想いは、別れによって叶わなず、お互いの傷からそう願うことすら深い負い目になっていました。想いは重ならず、届かなかった。そうしてそれぞれの想いは途絶えてしまったのか?ということについてここでは考えていきます。









すれ違い、離れていく心

「姉さんは俺に対して、負い目を感じていたから」
「俺の父親を、姉さんたちが死なせたから……」
「…………」

だからきっと、雪ちゃんもまた俺に負い目を感じている。
雪ちゃんは一時期、俺と一緒に遊ぶことを拒んでいたのだから。

「もしそうなら、誤解だ。能力の暴走は事故なんだ。誰も悪くないんだよ」
「だから、なにも気にすることはないんだ。姉さんだけじゃない、雪ちゃんだって……」

この言葉を一刻も早く伝えたかったから、俺はこうして雪ちゃんと会っている。

「……シラハは昔から、りっくんに会いたがってた。だからゆきゆきも、りっくんを案内することに決めた」
「ほんと言うと、もっと早く会って欲しかった」
「三人で一緒に遊んでみたかった……」
「一人よりも二人のほうが楽しかったから……」
「三人で遊ぶのは、もっと楽しいかもしれないから……」

「だけどシラハは、外を出歩けなくて……」
「そのうちにりっくんは、いなくなって……」
「それからシラハは、眠っちゃった……」
「全部、ゆきゆきのせいなんだよ……」

雪ちゃん……?

「なにを、言って……」

「ゆきゆきは結局、なんにも知らなかった……」
「何にも知らないくせに、勝手に遊びまわって、りっくんとシラハを困らせちゃった……」
「二人は、ゆきゆきを助けてくれたのに……」
「シラハのおかげで、ゆきゆきは自由に歩き回ることができた……」
「りっくんのおかげで、ゆきゆきは誰かと遊ぶ楽しさを知った……」

「だから今度は、ゆきゆきの番……」
「ゆきゆきが、二人を助ける番なんだよ」

「雪ちゃん……?」

雪ちゃんの姿は闇に溶けた。
再び探しても、もう見つけることはできなかった。

「なんだよ、これ……」

この違和感はなんだ。
この焦心はなんなんだ。

「なんでこんなに、食い違ったんだ……?」

――雪々、陸(グランド√)

ずっと変わらずに想いを通わせているように装っていましたが、幸から伝えられた真実は、一緒にいたい気持ちの負い目になっていました。だけどもう一度想いを通わせたくて、父親を失ったのは誰も悪くないと伝えれば、きっと心の負い目は無くなると思ってこの言葉を伝えたかった。ですがその言葉は届きませんでした。
雪々の負い目は大切な人たちの父親を死なせてしまっただけではなく、その大切な相手に、不自由で不幸な人生を強要させてしまった。日に日に弱っていく幸も、陸がこの街にいられなくなってしまった原因も、知らなかっただけで自分がそうさせてしまった。雪々の負い目と本当の罪は、ただ一緒に遊びたいと願うこと、自分がここにいたいと思うことだったのです。だから陸の言葉は、雪々に届かなかった。父親の死だけをなかったことにしても、生きている相手まで傷付けてしまう負い目と罪は、一緒にいたいという想いさえ許しませんでした。陸がもういちど一緒だった頃に戻りたいとどれだけ願っても、変わらざるを得なかった雪々は、一緒にいた頃に戻ることはできないと思うようになっていました。

ずっと分かり合えていたと思っていた二人。しかし見えないところで、それぞれの想いは少しずつ変わっていっていました。父親を死なせてしまったことから始まった小さなすれ違いは、気づいたときには大きく違和感や食い違いを起こしていました。二人はどうしてすれ違ってしまったのか。それはどれだけ通じ合っているように思えても、人の心は分からなかったからです。

人の気持ちは、わからない。
それなのに、理解したいという欲求は尽きない……。


――陸、雪々(琴里√)


なぜ、確保しなければならなかった能力者が、逆に減っているのだろうか……。

「いいえ……能力者だけじゃないわ」

この研究所に勤めていた多くの研究員もまた、美晴に同行していったのだ。
それは部下が、白羽よりも美晴を選んだに等しかった。

「心理学なんか学んでも、人心を掌握することはできないのね……」


――白羽(グランド√)

人の心はわからない。それでも理解したうという欲求は尽きない。しかしそれは同時に、心とは決して分からないものだということを意味しています。

白羽は心理学により、人の心を理解することができていました。しかし、人の心を理解はできても掌握まではできませんでした。それは人の心が理解できても、それが心のすべてではないからです。人の心は、完全には理解できないのです。
白羽は仲間たちの心が離れて、失ってしまっていました。人の心を理解できたにも関わらず、この白羽がすれ違いからも、人の心は分からないことを表しています。
心理学を通して人の心を理解したはずなのに、それでは人の心を得られませんでした。それは人の心を確実に得られる方法がないということでもあり、だから雪々たちも離ればなれになってしまったのです。心は確実に得られずすれ違いが起こってしまうように、どうしても自己と他人の心は同じでないから、自分と他人の心には決して交わることのない壁があるのです

人の心は決して分かりません。しかしそれでも理解したいのは、分からないからこそ理解したいということなのでしょうか。それでもなぜ理解したいと思うのか、「心」とは何かという考えと合わせながら見ていきます。









自我・他我論と死生観


彼女はなにを思って、僕に見つけてほしいと願うのか。
その思いは、もしかしたら、僕と同じなのだろうか。

僕は、いつだって誰かに見ていてもらいたかった。
でないとこの世界で独りになった気がして辛かった。

今はこんなふうに、雪ちゃんが僕を見ているから、寂しさとは無縁だった。
これまでずっと、誰かとのつながりが欲しかったんだろう。


――雪々、陸(Episode3)

自我は他我の存在を前提として表れます。ここで世界に独りになったような気がした、というのは少し変わった言い回しです。このことが言い表しているのは、ただ単に孤独という事実を示しているわけではなく、孤独によって世界に独りになったような感覚のことを示しています。

では世界に独りになったような感覚とは、どのような状態を表しているのでしょうか。

橘落葉は今、一面の銀世界に放り出されたような心地だった。
ここは一体どこだろう。
天井がどっちにあるかわからない。自分は立っているかどうかもわからない。

怖かった。
孤独というものを理解した。
まるで迷子になったかのようで、誰かを探して必死に手を伸ばしていた。


ーー落葉(落葉√)

世界に自分ひとりしかいなかったら、どんな心地なのだろう。どこが天井か分からず、自分は立っているのかも分からない。心はその存在自体が不明確ですので、自分の心と身体の境界がどこにあるかは分からず、そして心と世界の境界さえどこにあるのか分かりません。心の存在はそれだけ不明確で、どこにあるのか分かりません。自己の存在を認識するのが自身の心だとして、その心の存在が曖昧な状態だと、自分の存在さえ曖昧で希薄に感じてしまうのでしょう。自分の心が世界のどこにあるかも分からない。自分がどこにいるかも分からない。自分がここにいるかも分からない。
孤独で自分が見出せず、心の居場所を見つけられず、心が彷徨っているようだからというのが迷子という意味です。何度か登場する言葉なので印象的な言葉ですが、迷子とは道に迷っているというような意味ではなく、そうした行き場所のない心の状態を表しています

自分がひとりだけの孤独は怖くて、迷子の寂しかった。心が確かにここにあると信じられるために、心が心であるために、心と心は重なり合わなければならないのかもしれません。だから誰かと一緒にいたいと、手を伸ばさずにはいられないのかもしれません。

「りっくんだって、誰かに守られてもいい。家族を守るだけじゃなくて、家族にもっと頼ってもいいと思うんだよ」
「じゃないと、ひとりじゃないのに、ひとりみたいになっちゃうんだよ......」


ーー雪々(アストラエアの白き永遠 Finale)

世界にはたくさんの人がいるので、世界にひとりになるなんて考えられないことのように思えます。ですがここではそうではありません。この雪の原風景は誰かの心象ーーーーつまりは心を表した風景でした。世界にはたくさんの人がいますが、誰とも心を通うことがなければ、自分が世界にひとりしかいないのと変わらないように感じます。心で感じた孤独は、想いが通い合わせられない寂しさでした。そこに自分一人の心が取り残されたような寂しさがありました。
誰かと心が通じあっていないと、まるで世界に誰もいないような寂しさと、強い孤独を感じます。孤独で誰かが見てくれないと、自分が世界に存在するのかさえ分からない気持ちになるーー世界に独りになったような気持ちとは、こうした心で感じていた孤独のことなのでしょう。雪々がずっと抱えていた孤独は、確かにとても寂しいものだったのかもしれません。

ひとりじゃないのに、ひとりみたいになるという雪々のこの言葉は、その寂しさを知っているからこその雪々の想いがあったのでしょう。

ある日に気づいた。
たぶんそれは、彼との出会いがキッカケだった。

……一人よりも、二人のほうが楽しいんだ。
……一人で遊ぶよりも、二人で一緒に遊んだほうがうれしいんだ。

知らなかった。
彼から初めて教わった。


ーー雪々(プロローグ)

一人でいるより、二人でいると嬉しくて楽しいという感情を彼から教わった。それは心が常に、他者に向けられているということを意味しているように思います。雪々が誰かと一緒になって初めて嬉しい、楽しいという感情を知ったように、心や感情は誰かがいるからそこにあるのかもしれません。誰かと一緒にいる嬉しさと楽しさを知ると同時に、雪々は一人の冷たさと寂しさを知っていました。その感情もまた、誰かと一緒にいるあたたかさを知ったからこそ同時に得た感情でした。誰かと一緒にいないと、寂しいという感覚さえ雪々は知らなかったのです。一緒にいて嬉しい、楽しいと思うこと。自分がここにいること、心がここにあるということ、自分がひとりではないという実感も。心を通わせ、そばにいる誰かを想うことにはそうした意味があるのかもしれません。

誰とも心を通わせられない孤独で、生きているか死んでいるかさえ分からない。その寂しさと満たされない気持ちは、心が死んでしまっているようです。だから生きている充足を得たい、生きていたという証が欲しい、心のつながりが欲しい。そうして心から生きることを願わずにはいられません。









永劫回帰の死生観


雪原の真ん中で、彼女は唄う。
ひとりで。
いつから独りだったのだろう。
それは、俺や姉さんが抱えていた孤独よりも、遥かに永い時だと感じた。

「だから私は、せめて希望を託したかった」
「生きていたという、命の証を遺したかった」

「もうすぐ滅ぶ、この命……」
「ただ死ぬのではない……」
「私は、生きるために死にたかった――――」


――???(グランド√)

雪々が独りを憂いながら唄うように、彼女もまた遙かに永い時間を思いながら唄っていました。その中で彼女が持った希望は、生きていたという命の証を残すことーーーー生きるために死ぬことでした。彼女の言う「生きるために死ぬ」とはどういう意味になるのでしょうか。彼女の言葉の意味は、夕凪主任によって本編中にて解説されています。

「生きるために死ぬとは、どういうことか……」
「……どういうことなんですか?」

「利己的でいるために、利他的でいることだ」
「種には選別能力というものが備わっており、優れた細胞を残すために劣った細胞を殺すことがある」
「進化の過程では、利他的に自己を消去することで、利己的に他を生かすことが起こるんだ」
「それが、生きるために死ぬ――次世代につなぐという意味だ」


――美晴、コロナ(グランド√)

雪原の彼女は利他的な行動をしながら、利己的でありました。生命は細胞を例として、他を生かすために自ら死ぬことがあります。そこには生命を続かせるという明確な目的があります。では彼女の願いはなんだったのでしょうか?それは自らの命と引き換えに次世代へとつなぐ――――命をつなぐことです。

「私は、命を増やしたかった」
「私は、種の存続を我が子に委ねたかった」


――???(グランド√)


永続的な時間上で連綿と紡がれる生命の中で、命がひとつながりであるのならば、その命は永遠の生を生きているとなるのではないでしょうか。
だから彼女はこの連綿とした生命の中の一つとなることで、永遠の生の中を生きるために死にたかったのです

小さな足跡を残しながら、母はまだ生まれていないわたしに語りかけていた。
まるで歌声のように聴かせてくれた。

「この星は、もうすぐ滅ぶ」
「だけど、この命は終わらない」
「永遠とは、次代につなぐことで生まれるのだ」

「だから、もし叶うのならば、私の娘に継いで欲しい」
「この、白き永遠の夢を」


――???(グランド√)

枯れかけていた星に住んでいた彼女は、命の滅びを迎えようとしていました。その滅びが避けられないのなら、せめて生命を続かせたい。その受け継がれ続けていく生命こそが永遠でした。このような永遠を仮定した生命観を、なんと呼べばよいのでしょうか。それは消失から再生へとつながれ永遠となる、そんなとあるルーンから、こんな名称で呼ぶのがふさわしいのだろうと思います。

一夏の特化型能力である、回帰能力(リカレンス)――――
それは、消失と再生を司る能力。

―中略―

消失と再生。
生まれた能力を、失ってしまうこと。
その意味をどの能力者よりも知っている。
夕凪一夏という少女は、能力の本質を最も理解している能力者だった。

「失うというのは、還すこと……」
「還すというのは、寄り添うこと……」
「寄り添うというのは、つなぐこと――――」


一夏(グランド√)

命とはやがて尽きて、失われてしまいます。しかし次の命へとつながれることは、再生ということになります。
そうした回帰することで、永遠となるような生命観は、永劫回帰の思想へと通じているのではないでしょうか。

永劫回帰とは経験が一回限り繰り返されるという思想ではなく、超人的な意思によってある瞬間と全く同じ瞬間を次々に、永劫的に繰り返すことを確立するという思想です(Wikipedeiaより)。
永劫回帰は無限に繰り返される事象を肯定することで、ただ現在のその在り方ーーーーつまりただ私が生きているだけで生の価値はあるとされ、生への圧倒的な肯定となります。彼女は自身の生を、この永劫回帰により力強い肯定を得るために、次代へと命を繋いでいます。

神話に登場するウロボロスという空想上の蛇がいます。ウロボロスは自らの尾を噛み、始まりと終わりのない無限の象徴として、この宇宙の成立と連関されます。宇宙が始まりと終わりのない円環構造を形成するように、遠い惑星に存在していた彼女は、自身の命もまた永劫回帰であるために永遠だと考えていました。その永遠へとつながれる命を彼女は望んでいました。

「そんなときに出会ったのが、彼女だった」
「私と同じ願いを抱く、白羽幸という少女だった」
「少女は、友だちを欲していた」
「私もまた、私の命を継いでくれる者を欲していた」

「独りは、嫌だ」
「早く誰かに見つけて欲しい……」

「そんなふうに、同じ願いを抱く少女になら、私は託せると思った」

「新たに生まれた真っ白な命」
「その子は、雪々と名付けられた」
「孤独とは無縁の意味が込められた名前だったのに、雪々もまた私たちと同じように独りだった」

「だけど、出会うことができたようだ」
「私が、白羽幸と出会ったように」
「共に歩んでくれる命と」
「出会いがあって初めて、春を呼べる。絆があって初めて、仲間を作れる」
「つながりがあって初めて、新たな命は生まれる……」


――???(グランド√)

誰よりも永い時をひとりでいた彼女は、結局は孤独でした。独りは嫌だ。早く誰かに見つけてほしい。それは白羽幸の想いでありながら、同時に彼女の想いでもありました。彼女も独りは寂しいと感じていました。そんなときに彼女が出会ったのは、病気がちで部屋から出られず、ずっと独りでいた白羽幸でした。永い孤独を知っていた彼女だからこそ、孤独だった白羽幸の「友達が欲しい」という願いに共感していました。自身の悲願を叶えるだけでなく、孤独だった白羽幸の哀しさを、少しでも癒してあげたいという思いもあったのでしょう。

「出会った彼女もまた、哀しみに満ちていた」
「友だちが欲しい、誰かに自分を見て欲しいと願う、幼い私とおんなじだった」
「だから私は、彼女に共感した」
「彼女もまた、私に共感してくれたんだと思う」


――幸(グランド√)

 
 

すべての始まりは、そんなふうに人間と妖精が出会ってしまったこと。
その人間は病弱で、孤独で寂しくて、だから遊び相手が欲しかった。
その妖精は生き残りで、やっぱり孤独で寂しくて、だから遊び相手が欲しかった。

種が違っても二つの命の願いは同じだったから、かさなり、つながって、新しい命が生まれ落ちた。

人と妖精のあいのこ――ルーンが生まれた。
望みや願いといった、心のエネルギーという形で、雪ちゃんは生まれたのだ。


――???、陸(グランド√)

命が寄り添いあうことが孤独でないことだと思っていた彼女は、白羽幸に寄り添う命を与えることにしました。それが2つの雪と雪がくっついて、雪々と名付けられた子でした。彼女と白羽幸が寄り添いあって、孤独ではないことを願った二人の希望がその名に込められていました。

「だけど、いくら訴えかけても、我が子は最後までそれを選ばなかった……」
「その結末は、私にとっては悲願の夢でも、我が子にとっては悪夢のようだ」

「この子は、優しい」
「私ではなく、白羽幸に似たのだろう」
「キミの影響もあるのかもしれないな」
「この子はきっと、幸せ者だ」
「我が子が幸せであれば、私も納得できるだろう」
「良い夢を、ありがとう」
「できるなら、この子の夢も、叶えて欲しい」


――???(グランド√)

しかし雪々は、命をつないでいたいという母の願いを選ぶことはありませんでした。母の望みは雪々の想いとは違いましたが、そんな雪々のたった1つの想いは、雪々の母の願いさえ変えてしまいます。願いは違っても、雪々が一緒にいられる相手に出会い、孤独ではなかったからでした。そして理屈とは関係なく、母は娘の幸せを願っていました。雪々にただ幸せになってほしいから、自らが置かれた孤独にならないでほしいと願っていたように。だから娘が幸せなら、きっとどんな願いだったとしても納得できてしまったのでしょう。考え方には関係なく、ただ娘のことを想って愛していたのが彼女の本心だったのかもしれません。

悲願とは違ったけれど、母が納得してしまった雪々の願い。そして雪々が見つけた幸せ。それは母とどう違っていたのでしょうか。







想いの永遠性


母からもらった、果てしない夢。
わたしが叶えるべきだった。
だけど、無知で無垢だったわたしは、母の夢を知るよりも先にほかの希望を抱いてしまった。

母が望むように、一人で遊ぶよりも、二人で一緒に遊んだほうが楽しいけれど。
大好きな彼と遊べたら、もっとうれしい。

妖精と妖精が仲良く暮らすだけじゃない。
妖精と人間だって、仲良く暮らしてほしいんだ。
だから、命をつなぐためにほかの命を途切れさせるなんて、あってはならない。


――雪々(グランド√)

雪々も生きるために死にたいという願いがありました。しかし母のその死生観とは違い、生命や永劫回帰を望んでいたわけではありません。母の夢を知るより先にほかの希望を抱いてしまったーーーー雪々は、命を続かせることで孤独ではない生き方を探した母とは、違う願いを見つけていました。

母が望んだのは、一人よりも二人でいたいという、命が寄り添い合うことだったのでしょう。しかし雪々は大好きな人であればもっと嬉しかったのは、想いを通わせられた人といられることで、想いが寄り添い合えたことでした。雪々はただ一緒にいられることが嬉しかっただけではなく、想いを寄せられる相手ができたことが嬉しかったのです。だから自分の命をつなぎ止めるかわりに大切な相手を犠牲にして、寄り添い合えた人たちの想いまで途切れさせるなんて、あってはならなかった。雪々にとっては、想いを途切れさせず最後のときまで心を通わせることが、心から生きるという願いだったのでした。雪々は命を繋ぐことよりも、想いを繋いでいたかったのです

雪々が見出した希望は、一緒にいたこのあたたかい想いが、永遠のように果てしなくどこまでも続いていくことでした

「ゆきゆきがこうなるのは、最初からわかってたことなんだよ……」
「なにも変わらない……普通ってこと……」
「だから、そんな顔、しないで……」
「りっくんが辛そうだと、ゆきゆきも辛いんだよ……」
「りっくんが笑っていたら、ゆきゆきだって笑顔でいられるんだよ……」

「だから、お願い……」
「ゆきゆきが、りっくんを見て、笑顔になれるように……」
「りっくんも、ゆきゆきを見つけたら、笑っていて欲しいんだよ……」


――雪々(グランド√)


想う人が幸せだったら、ゆきゆき自身も幸せだと感じられる想い。きっと別れてしまうとしても。それでも最後まで笑顔でいられたら、自分も大切な人も幸せだった。それは心から生きられたのだと信じていられるのでしょう。自分がたとえいなくなってしまうとしても人の想いは変わらずに、永遠に続いていくと信じていたかった。雪々が信じていたのは、自分がいなくなってしまうとしても、みんなの想いは永遠のように変わらずに幸せが続いていくことでした

大切な相手がつらい顔をしていると、雪々だってつらくなってしまいます。大切な相手には笑顔でいてほしいですし、だからどうかお願い、これからも笑顔でいて欲しいと切に願います。雪々が大切な人の姿を見つけられたら笑顔でいられたように、その大切な人にも笑顔になれる存在になりたかった。あなたの笑顔がわたしの笑顔で、あなたの幸せがわたしの幸せだった。きっとそこには、最後のまで自分が幸せでいたいという想いも、その人には笑顔で幸せでいて欲しいという純粋な想いだってあったのでしょう。だから大切な人が幸せなその笑顔が、いつまでも変わらないものであって欲しいとも願います。そうして想いがつなぎ止められたのなら、心から生きられたのだと信じていました。それが雪々にとっての「生きるために死ぬ」ということでした。

たとえわたしが、彼が愛する青い星に、愛されていない命なのだとしても……。

――――大丈夫。
――――母が保証する。
――――その命は、青い星にも愛される。
――――隣で歩く彼が、その証になるだろう。

ありがとう、お母さん……
わたしをこの星に生んでくれて――――


――雪々、???(グランド√エピローグ)

母とは考え方は違いましたが、それでも雪々はこうして感謝をしていました。考えが違っても、それが分かりあえない理由にはなりませんでした。どんなに考え方が違っても、想う気持ちは通じ合っていたからでしょう。
母は雪々に幸せになって欲しいと願っていました。そんな想いを、雪々は感じ取っていたのではないでしょうか。そして雪々の母だって、自分の悲願とは違っても、雪々の願いである「想いを繋ぐこと」がいつしか良い夢だと感じるようになり、雪々のために叶えたい想いになっていました。一人よりも二人でいることを望んだ母は、大好きな人といられる雪々の幸せにも納得していました。考え方は違っても、それでも雪々たちが通じ合えた気持ち、愛しあえた気持ちは、理屈を超えたような心からの通じ合いだったのかもしれません。

「母の夢は、我が子の幸せだ。おまえが納得しているのなら、それに勝る喜びはない」


ーー???(アストラエアの白き永遠 Finale)

彼女はもういないはずなのに、こうしてずっと心が伝わっていたのは、想いは決してなくならないということを彼女を通じて感じさせられるかのようでした。想いは確かにこうして「永遠」となって、彼女から雪々へと紡がれたのでした。


大切な人が笑顔でいてくれること、幸せであることが何よりもの願いで。そしてその笑顔がこれからも変わらないことを願ったのは、雪々は想いが永遠であることに憧れがあったからです。









不変と普遍に憧れていた

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時計台広場に向かうと、やっぱり雪ちゃんの姿がある。
歌を届かせるように、時計台を見上げる彼女。
時を刻み続ける鐘に羨望を抱く彼女。

不変と普遍。
きっと、そういうものに憧れているんだと感じた。


ーー雪々(グランド√)

時計台は、降り積もらない雪と同じくらい想いが込められた、重要な対象物でした。いつも時計台を見上げていた雪々。見上げる瞳には羨望を抱いていました。見上げる、という行動は自分の上にある存在、高いところにある願望に対しての憧れがあるように思います。時計台を見上げていた雪々は、不変と普遍に対して憧れていました。それはどんな情だったのでしょう。

雪ちゃんは時計台を見上げる。
去年もそうだった。鐘を鳴らし続ける時計台を、雪ちゃんはうらやむように見つめることがあった。
その理由は以前にも聞いている。

「この時計台は、時間が来れば必ず鐘を鳴らすから」
「時間の数だけ、鳴らし続けるから」
「百年も昔から、変わらずに」

「それが、うらやましい」
「変わらないことが、うらやましい」

「この時計台と同じように、月ヶ咲にも雪が降り続いてほしいって、そんなふうに思うから……」


――雪々(Episode4)

雪々が羨望の対象のしていたのは、時計が示す時間の流れではなく、時計台が持つ普遍的な性質である、ずっと昔から同じ時間に鐘を鳴らすことでした。百年も昔から変わらないことが羨ましく思っていました。

時計台を見上げていた雪々が変わらないで欲しいと願ったのは、雪が降り続いて欲しいという願いでした。なぜ雪が降り続いてほしいと願ったのか。雪が降っていた時はいつだって、一緒に遊ぶことができていました。その時間が愛おしかったから、ずっと続いて欲しいと願ったのです。雪々は遊ぶ時間が終わる時ーーーー家に帰る時間に時計台を見上げていたこともありましたが、ただ一緒にいられる時間(=普遍)が、いつまでも変わらないで欲しい(=不変)という想いを馳せながら見上げていました。大切な想い出が、雪々の中では変わらずに大切であったことが分かります。人の心は変わってしまうものですが、その中で変わらない心や想いに憧れていたのでしょう。

「わたしは、時計台を見上げる理由も変わったよ」
「りっくんと出会う前のわたしは、時計台が鐘を鳴らし続けるように、いつまでもこの冬が続けばいいと思ってた」
「りっくんと出会ったあとのわたしもやっぱり、いつまでもこの冬が続いて欲しいと思ってた」
「春を迎えてしまったら、りっくんとお別れになってしまうから……」

「…………」

「そして今のわたしは、早く春を迎えて欲しいと思ってる」
「そうすることで、時計台の鐘のように、みんなの日常がいつまでも続いて欲しいと願うから」

「変わらないものなんて、この世界にはないのかもしれないけど……」
「やっぱり、変えたくないものはあるんだよ」


――雪々(グランド√)

雪々は確かに、春を迎えてお別れになるのが寂しかったから、冬が続いてほしいと願っていました。しかしその想いは変わります。

かつての“ゆきゆき”が願ったこの冬、ですが“わたし”はこの冬が終わることを望みます。“わたし”が願うのは、みんなの当たり前の日常(=普遍)が、いつまでも続くこと(=不変)に変わっていました。

“ゆきゆき”と“わたし”の存在とは何だったのでしょうか。同じ雪々なのに、違う存在。その違いとは、変わっていった想いの違いでした。しかし不変と普遍を願う気持ちは、昔からずっと変わっていません。変わるものと変わらないもの。雪々は自分の“ゆきゆき”と“わたし”という呼び方の違いには、彼女なりの強い想いがあるように思いますので、その2つの存在の違いは何だったのか、ここでまとめてみます。


・“ゆきゆき”は陸と出会ったときの過去の雪々であり、そのときの想いは、一緒にいられる時間(=普遍)が、いつまでも変わらないで欲しい(=不変)というもの。

・“わたし”は陸と別れてから再会したときまでの現在の雪々であり、その想いは、みんなの当たり前の日常(=普遍)が、いつまでも続いて欲しい(=不変)という想いに変わっていた。


“ゆきゆき”と“わたし”の違いは、過去の自分の想い出が大切だったのに、みんなのこれからが大切なものだと変わっていたところにあります。そして“ゆきゆき”と自分を呼ぶことを否定していた雪々。雪々の心は変わっていました。いつまでも一緒にいられたらいいのにと願った雪々は、お別れをすることを伝えます。









自己否定

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「雪ちゃんは、迷子の人じゃなければ見つけられない。陸くんも知ってるよね」
「じゃあ、その理由を考えたことはある?」

俺は、うなずけない。

「たぶんね、それは、雪ちゃん自身も迷子だからだよ」
「雪ちゃんの迷いを共感できる人――その資格を持つ人だけが、見つけることができる」

「だから、雪ちゃんはいつだって迷っていた」
「いつだって悩んでいた……」
「雪ちゃんは、もう誰にも能力を渡したくないって思って、一度は隠れようとして……」
「きっとそれが、雪ちゃんの迷いで……」
「…………」

「私たちはまだ、雪ちゃんを助けていない」
「雪ちゃんの本当の迷いに気づいていない」
「陸くんが今、雪ちゃんを見つけられないのは、雪ちゃんの迷いに共感できないせいかもしれない」


―ー幸(グランド√)

雪々の生きるために死にたいという想いや迷いは、どこから来るものなのでしょうか?それは、自己否定という感情からです。

「姉さんは、気づいてるんじゃないか?」
「雪ちゃんの本当の迷い」
「雪ちゃんの悪夢に……」
「…………」

俺には今、最悪な予感があった。
それは確信に近かった。
姉さんはまだ、俺に話していない事実がある。
最初は、共感能力ですべてを教えてもらったと思っていた。
そうじゃなかったんだ。

共感能力は隠し事ができなくても、誤解が生まれることはある。
姉さんの言葉が、俺に正しく伝わっていなかった。
なにかがすれ違っていた……。


――陸(グランド√)


「隠してたってわけじゃないんだよ。ただ、どう言っていいのか悩んじゃったていうか」
「下手をしたら、キミに背負わせてしまうから」
「過去、私が雪ちゃんに、罪を背負わせてしまったのと同じで」
「キミにもまた、背負わせてしまいそうだったから……」

「出会った彼女もまた、哀しみに満ちていた」
「友だちが欲しい、誰かに自分を見て欲しいと願う、幼い私とおんなじだった」
「だから私は、彼女に共感した」
「彼女もまた、私に共感してくれたんだと思う」

「そのときの彼女は、今の雪ちゃんとは別人のようだった」
「もしかしたら、姿がそっくりなだけで、雪ちゃんじゃなかったのかもしれない」

「その彼女に、言われたんだ」
「新しい命を授ける代わりに、キミの身体を貸してほしい」
「友だちを与える代わりに、私の命が欲しいって……」
「私はそれを、受け入れた」

「理解はできなくても、納得はできたんだ」
「月と狼が出会ったとき、どうなるか……」
「寂しかった狼は、月を食べる狼のように、私の命を削ることで生きていけるんだろうって……」


――幸(グランド√)


共感とは心の理解というよりは、心で納得できることだと言われています。それは共感は心のつながりということですが、納得する部分が誤解からすれ違うことも起こります。
ではこれまでの雪々と陸との決定的なすれ違い、そして陸と幸のすれ違いとは何だったのでしょうか。それは今度は、物理的な意味での死でした。

雪々が生きるだけで、ほかの人の命が削られてしまいます。雪々にとって、それこそが悪夢でした。大切な人(の心)を失ってしまった世界では、雪々は生きていますけれど、その瞬間生きている実感は失われ、雪々の心は死んでしまいまいます。それが苦しいのです。

大切な人には生きて欲しい、生きて幸せになって欲しい。だから雪々は、そんな自分の想いを生かすために――――生きるために死にたいと願っていました。

「能力は、人にとって負担が大きいこと……」
「だから、ただでさえ身体が弱かったシラハは、眠りに落ちてしまったこと……」
「全部、ゆきゆきのせい……」
「ゆきゆきがシラハと友だちにならなければ、シラハは能力者になることはなかったんだから……」

―中略―

「ゆきゆきはもう、人と触れあうことはしたくない」
「争いごとを、少しでも減らしたい」
「こうやって姿を見せてるだけで、また誰かを能力者にしてしまうかもしれないから」

「ばいばい、シラハ……」
「ばいばい、りっくん……」
「ゆきゆきはもう、誰とも仲良くなりたくない……」
「独りでかくれんぼしてたほうが、ずっといい……」


――雪々(グランド√)

自分がいるから大切な人の命が削られる。自分がいるからみんなに迷惑をかけてしまう。そして自分の存在が、みんなを不幸にしてしまう。自分の全てが嫌で嫌で、そんな自分のなにもかもを否定してしまいたくなる感情こそ、自己否定と呼ばれるものでしょう
雪々は、自分の存在だけではなく、自分のその想いの存在さえも否定してしまいます。だから雪々は独りになりたい、いなくなりたいと思うようになってしまっていました。大切な誰かのことを想うとき、雪々は自己を肯定することができなくて苦しんでいました。

雪々が誰とも仲良くなりたくない、そして独りのほうがずっといいと思ったのは、大切な人たちの苦しみが雪々自身の生きることへの苦しさにつながるから、みんなと離ればなれの孤独を望んでいたからです。

雪々の生きるために死にたいと願う想いは、そうした自己否定の感情から生まれているものです

「ゆきゆきは、ひとりぼっちは嫌……」
「でもそれは、みんなも同じ……」

「ゆきゆきのせいで、みんなが独りになる……」
「りっくんが、独りになる……」
「そっちのほうが、嫌……」
「そんなのは、もう嫌なの……」


――雪々(グランド√)

雪々は自分の心が、自分として生きるために死を選択しています。しかしそれは、生きるための想いだったはずですが、それは心の死でもあります。

他者無き世界では、自我は広がって拡散し希釈され無と等しくなります。しかし他者を前に、自我を押しつぶしてしまうこともあります。本心を隠してしまうことは、心を押しつぶすということであり、それも結果的に心を死しなせてしまっているのと変わりません。
雪々は生きたくて死ぬことにしましたが、生きたいと願ったはずの雪々は心を死なせてしまっていました

だから雪々は、心から生きるために孤独を選んだはずですが、雪々の生きることを願った心には同時に死が存在していました。
雪々は心が死んでしまうような孤独は寂しくて、辛くて、耐えられないから。雪々はそんないつの間にか死が溢れていた心を消失させたくて、物理的な死をも望んでいたのでしょう。

「もう、平気だよ。りっくんがそばにいるから、大丈夫になったんだよ」
「雪ちゃん、なんで体調が悪かったんだろうな。カゼとかじゃないと思うけど……」
「……怖かったからなんだよ」

「そのときに、怖い夢を見たから……」
「自分が、自分じゃなくなる感じで……」
「ゆきゆきは、変わりたいって思ったけど、怖い感じに変わるのは嫌なんだよ……」

俺は、震える彼女の手を強く握る。

「まだ、怖いか?」
「さっき言ったとおりだよ。りっくんと一緒だから、なにも怖くないんだよ」


――雪々、陸(グランド√)

怖い感じに変わるというのは、どういう意味なのでしょうか。雪々は自分が生きることで、誰かの命が削られていくことを知りました。そのことを知った以上、雪々は変わらないことは選ぶことができず、変わるしかありませんでした。

雪々が変わろうとしていたのは、大切な人が幸せになれるように、笑顔であれるように変わりたいと願っていました。雪々は自らの死を選び、そして大切な人には生きてほしいと送り出せるように変わりたかったのです。

しかし変わるというのは、それとは真逆に変わることもできてしまいます。それは雪々が生きて、ほかの人が死んでいくのを受け入れられるように変わることです。
誰かの死の上で生きていくこと、誰もいない孤独でも心が生きられるように変わること。雪々にとってそんなふうに自分の心が変わってしまうことは、自分が自分ではなくなるようで恐怖していたということです。

なので雪々は自己否定をすることで、自分を保とうと考えていました。だからここで陸と一緒だから怖くないというのは、他者のぬくもりに接しているから、そのぬくもりを失いたくないと思えるからでしょう。
大切にしたい人のぬくもりやあたたかさを感じているから、雪々は誰かの死の上に生きることを選ぶことはできず、自分のままでいられる。そんな安心があったのだろうと思います。



「ゆきゆきは、なにも知らない子供じゃなくなった」
「りっくんと出会ったばかりの頃のわたしとは違うんだよ」

雪ちゃんは自分をわたしと呼ぶことで、それを強調した。

「りっくんが成長したように、わたしだって成長した」
「変えたくなかったりっくんとの関係だって、変わったって思うんだよ」
「友だちから恋人に……」

そう思ってくれるなら、その変わった関係を今度は大切にしていきたい。
だけど雪ちゃんは、俺の願いとは逆の言葉を口にした。

「だからわたしは、りっくんと別れなきゃいけないって思うんだよ」
「雪ちゃん……」

どうして……。

「わたしは、時計台を見上げる理由も変わったよ」
「りっくんと出会う前のわたしは、時計台が鐘を鳴らし続けるように、いつまでもこの冬が続けばいいと思ってた」
「りっくんと出会ったあとのわたしもやっぱり、いつまでもこの冬が続いて欲しいと思ってた」
「春を迎えてしまったら、りっくんとお別れになってしまうから……」
「…………」

「そして今のわたしは、早く春を迎えて欲しいと思ってる」
「そうすることで、時計台の鐘のように、みんなの日常がいつまでも続いて欲しいと願うから」

「変わらないものなんて、この世界にはないのかもしれないけど……」
「やっぱり、変えたくないものはあるんだよ」
「わたしは、変えたくないものを守りたいから、りっくんとばいばいすることにしたんだよ」


――雪々(グランド√)

雪々は自分の存在について、知ってしまったから変わるしかなかったように、時計台を見上げる理由も変わりました。

幼少期の雪々は一緒に遊べるこの時間が変わらないで欲しいと願っていました。それは雪々の一緒にいたい、ここにいたいという願いにほかなりません。
今の雪々は自己否定――――自己の存在を否定する感情から、一緒にいたいという願いを、みんなのいる日常を変えたくないという願いへと変わっていきました。自分の存在がみんなの日常を奪い、変えてしまいます。だから雪々は自己否定をして変わろうとすることで、変えたくないものを大切にしたいと願っていたのでした

雪々は怖い感じに変わるのではなく(=他者犠牲の上での自己肯定)、変えたくないもの(=みんなの日常)があるから、変わること(=自己否定)を選んだのです。

雪ちゃんはほほえんでいる。
どうして笑っていられるのか、俺にはわかった気がした。

「悲しい冬は、もう終わる」
「優しい春を、もうすぐ迎える」
「シラハが教えてくれた、優しいお話のハッピーエンド」
「争いはなくなって、平和が訪れてくれる」
「ルーンはなくなって、みんなが笑顔になってくれる……」

「この星にルーンが広がったのは、わたしが生まれ落ちたから……」
「ルーンは人を幸せにするどころか、不幸にするだけなのに……」
「りっくんも、シラハも……」
「ほかの人たちも、みんなみんな、この不思議な光のせいで不幸になっていった……」

雪ちゃんはまだ笑っている。
そんなふうにいつだって、精いっぱいの笑顔で。
決して悲しみを残さないように。
悲しい別れにならないように……。


――雪々(グランド√)





「お腹いっぱいになったら……眠くなってきちゃった……」
「寝てていいよ。おやすみ」
「歩くのは、元気になってからでも遅くないんだから」


雪ちゃんは、瞼を閉じた。
返事もないまま。
寝息すら聞こえない、静かな眠り。
あまりに穏やかで、もう二度と目覚めないんじゃないかと、そんな恐怖が押し寄せた。


――雪々、陸(グランド√)


やがて死に包まれた雪々は、死を願い、こうして世界から目を閉ざしています。







雪々の本心


雪ちゃんとは、なんなのか。
雪ちゃんの正体とは、なんだったのか。
なぜ、気づかなかったのだろう。
なぜ、雪ちゃんの能力に気づくことができなかったのだろう。
なぜ、能力者の誰もが気付くことを許されなかったのだろう――――


俺たち能力者にとって、いつからか身近になっていた、雪ちゃんという存在。
だからなのだろう。
あまりにも近すぎて、気づけなかった。

春を迎えることで、失われるものが何なのか。
本当になくしてしまうものが、なんなのか……。

「ウソだろっ……」

なんで、こんな……。

「俺は、なんでこんな時期になるまで気づけなかったんだっ……!」

だからこその共感能力。
解くことが難しい、優しい魔法……。

「なんで雪ちゃんは、言ってくれなかったんだよ……!」

わかりきっている。
誰も悲しませたくないからだ。

ようやく普通の日々を過ごせるようになった、姉さんの邪魔をしたくないからだ。

春を迎えるとは、そういうことだ。
能力を失うとは、そういうことだ……。


――陸(グランド√)

共感には隠し事はできないけれど、誤解が生まれてしまうこともあると言われていました。では雪々の抱えていた辛さや苦しさは隠し事であったのかといわれると、そうであったともそうでなかったとも言えそうです。

雪々はみんなに対してずっと苦しい想いを抱えていて、そのことをずっと言ってくれなかったのは、隠し事をしていたとも言えます。しかしそれだけではなく、雪々にとってその胸の苦しさは、同時に迷いでもありました。
雪々は迷っていたから本当の想いを伝えることができず、そこから誤解が生まれて、すれ違いが生まれていっていました

雪々はみんなに生きて欲しいから、そんなみんなが生きてくれたら幸せだから、そこに迷いを抱えながらも、自らの死を選ぼうとしているのです。
たくさんの迷いを抱えながらも、みんなに生きていて欲しい、幸せになって欲しいというのも雪々の本心なのは確かですから、その優しさにみんなは共感していました。

しかし、その優しさに共感したからこそ、その裏返しにあった雪々の迷い。それは優しさと一緒にある近くにあった想いだったから、共感はできていたけれど、近すぎて見えていませんでした。

雪々の優しさは苦しさの上に成り立っていたからこそ、優しさもまた苦しさと同じくらいの本心でした
優しいから苦しい。苦しいから優しい。この二つの想いは近すぎるほどに重なっていたからこそ、ただ1つに共感できただけで、雪々のすべてに共感できたように思えてしまったのです。

そしてもう1つ、みんなは雪々と心の距離が近すぎたからこそ、共感できていたつもりになっていたということでもあります。
だから雪々の本心は、見えていたつもりになっていたから、みんな見ていませんでした。

「妖精と人間が、仲良く暮らす……」
「だけどそれは、長くは続かない。いつかは滅びを迎えてしまう」
「争いが起こって、どちらかがいなくなってしまう」
「だって、妖精と人間は、違うから」
「生まれた星が違うから……」
「星にはきっと、その星にふさわしい命が必要なんだよ」


「わたしも、同じだったんだよ」
「わたしにとって、この星はあたたかい……」
「春はとってもあたたかい……」
「独りで生きるには、難しいくらいに……」
「あたたかさに慣れてしまって、誰かのそばにいないと、寒くて凍えてしまうくらいに」

「だから……」
「もう、りっくんとは、お別れ」

雪ちゃんの姿が薄らいでいく……。

「今度こそ本当に、お別れ」

俺の目の前で、溶けるように消えてしまう……。

「待ってくれよ、雪ちゃん……」

まだこうして出会えてから、ほとんど時間が経っていない。
雪ちゃんはもう、それくらいの体力しか残っていない。
いくら眠っても、回復することがない……。

「りっくん、そんな顔することないんだよ」
「悲しい冬は終わるんだよ」
「この街はもうすぐ、桜で満ちることになる」
「笑顔で満ちることになる」


「ばいばい、りっくん」
「ごめんね……りっくん」
「ふたりで一緒に、歩けなくて……」

なぜ雪ちゃんは、これまでもこんなふうに、俺に対して謝っていたのだろう。
決まっている。
こうなることがわかっていたからだ。
諦めたくなくても、諦めるしかなかったからだ……。

『ゆきゆきは、諦めたくない……』
『妖精と人間が、仲良くなれること……』
『もう一度、信じてみてもいいのかな……』

雪ちゃんが遊ぶと、姉さんの命が削られていった。
姉さんが元気になると、雪ちゃんの体力が落ちていった。
だから、独りでは生きていけない。
誰かのそばにいないと生きていけない……。

たとえ、このまま自分の命が尽きるとしても。
最後まで、俺たちのそばにいる。
少しでも、長く。
それが、雪ちゃんが言った『もう一度信じる』という意味だったんだ。

「雪だるま……完成しなかったね……」
「でも……たとえ完成したって、春を迎えれば溶けてなくなる……」
「だから、これでいい……」
「これでいいんだよ――――」

雪ちゃんの姿が消えてしまう。
俺はとっさに手を伸ばした。
その手が、今はもう見えなくなった雪ちゃんに触れた気がした。


――雪々、陸(グランド√)

雪々は生きるために死ぬことを決意しましたが、それで雪々の心は死んでしまっているのと同じ状態になっていました。それは雪々が、ずっと本心を押し殺しているために心が苦しかったからです。そんな、生きるために死にたいと願っていた雪々の本心はなんだったのでしょうかというと、本当は誰かと一緒にいたかったのでした

雪々はを誰かの心のあたたかさに触れ、初めて自信が心から生きられました。楽しい、うれしいという、そんなあたたかな感情を知りました。
そんなあたたかいものを失ったら、以前よりもつらくて寒くて、凍えるような時間が待っています。誰かといられないと、心を見失ってしまいます。そんな死んでしまったような感覚は心が凍えてしまいそうだから。雪々はそんな独りの時間は耐えられず、だから独りでは生きていけないということなのでしょう。

だから雪々は、独りでは生きられない心を捨ててしまうために、自ら死ぬことで心を無に還そうとしていました。それがここでのお別れ、そして“ばいばい”の意味です。

「もう一度信じる」という意味も、独りだけでは寂しくて、心から生きられないから。自らの命が潰えるその日まで誰かのそばにいたかった、心から生きてみたかった雪々の本当の気持ちでした。


雪々は独りの凍えるような寂しい感情は嫌だから、誰かと一緒にいたい、本当は心から生きたいと願っていました。ただそれだけが、雪々の本心だったのです。

雪ちゃんは、姉さんのルーンとして自由に歩き回ることができた。
それが、姉さんの命を削っているとも知らずに。
だけど雪ちゃんは、姉さんが眠りに落ちたことで、その過ちに気づいてしまう。
だから雪ちゃんは姉さんから離れ、自ら生きることにした。
代わりに、雪ちゃん自身が潰えようとしている。

三年の冬とは、そういうことだ。
雪ちゃんが独りで生きていられる時間だったんだ……。

「光ですらも、ずっとそこにあるわけじゃなくて、いつかは消えてしまうんだって……」
「雪だるまだって、同じだよ」
「ゆきゆきだって、同じなんだよ……」
「だから、これでいい……」
「りっくんは、悲しむことなんてないんだよ……」
「ゆきゆきも、悲しくなんてないんだから……」

「……それがウソだって、今の俺にはわかるよ」
「だってもう、知ってるんだ」
「ルーンの本質とは、なんなのか」
「雪ちゃんの本当の気持ちは、なんだったのか」
「俺だけじゃない。きっと能力者のみんなが気付いてる……」

積もらない雪は、人の心に降り積もる。
優しい雪は、寂しかった。
だから人に寄り添った。
人の心に降り積もった。

そしてルーンとは、心を通わせることで相手に移る。
それは、雪ちゃんが誰かとつながりたかったという気持ちに他ならない。
一人で遊ぶより、二人で遊びたい。
みんなと一緒に遊びたい。

妖精も人間も同じだった。
妖精も人間も寂しかったから、友だちが欲しいと願っていた。
そんな願いから生まれた雪ちゃんだったから、雪ちゃんもまた友だちが欲しいと望み、俺と出会ったんだ。


「今の話には、大きな矛盾がある。信じろというほうがおかしいだろう」
「雪々という少女が、能力者を人間に戻したいのであれば、なぜ今すぐにそうしない?」
「なぜ、わざわざ北欧神話をなぞり、三年もの長い時間を待たなければならないんだ」

それは……。

「もう一つ。月ヶ咲では能力者から人間に戻すどころから、逆に能力者の覚醒が頻発していたが、これも矛盾になるのではないか?」

「最後に、一年目と二年目に降った、積もらない雪だ」
「フィムブルの冬を模したにしては、気味が悪いくらい優しいじゃないか。厳しい冬を再現するなら、三年目のように最初から積もらせるべきだろう」


――大樹(グランド√)


「局長が言ってたとおりで、雪ちゃんが降らせた雪には矛盾があったんだよ……」

雪ちゃんは、姉さんから聞かせてもらった優しい物語を街の人たちに共感してもらうために、雪を降らせることにしたはずなのに。

「雪ちゃんは、人間だけが生き残る道を選んだはずなのに、月ヶ咲には次々と能力者が生まれていた……」

三年の冬の間は、これまで以上に人から人へとルーンが渡り、新たな妖精が生まれていった。

「それはやっぱり、雪ちゃんが寂しかったからじゃないか」
「本当は友だちが欲しい、仲間が欲しいと願った結果じゃないか……」

だけどその逆の願いもあったから、月ヶ咲では能力者として完全に覚醒するものはほとんどいなかった。
雪ちゃんの中では二つの願いがせめぎ合っていたから、優しい雪にも相反する願いが乗っていた。

「ルーンは人を傷つける……」
「ゆきゆきにとってはなんでもない異常気象も、人にとっては脅威になる……」
「だから、妖精と人間は、仲良くなれない……」
「シラハが眠ってしまったことで、決心したはずだったのに……」

「どうしても、思っちゃう……」
「友だちが欲しいって思っちゃう……」
「一人じゃなくて、二人で遊びたいって思っちゃう……」
「そんなことしたら、みんなが困るのに……」

「怖い夢も言うんだよ……」
「もうひとりのゆきゆきが――自分のことを『私』って呼ぶゆきゆきが、言うんだよ……」
「友だちを作って欲しいって……」
「その言葉は哀しいのに優しくて、初めてなのに懐かしくて、怖いはずなのにずっと聞いてたくなるんだよ……」

雪ちゃんの悪夢とは何だったのか。
それは、人を犠牲にして生きること。
優しい物語とは逆の終わりを迎えてしまうこと……。


――雪々(グランド√)

三年の冬の意味は、雪々が誰も犠牲にせずに、雪々が生きられる時間でした。それは雪々にとって、誰かのあたたかさに触れながら、そして雪々自身が心から生きることのできる時間という意味でもあります。

三年の時間は雪々の時間という意味ですが、その三年の時間にずっと雪が降っていて、その雪が降り積もらなかったのは、それがその時間に反する雪々の願いあったからです
その雪々の願いとは、誰かを死なせたくないという願いと、誰かを死なせた上で生きる怖い自分へと変わりたくないという願いです。

最後の三年目の冬と、そして降り積もる雪では、雪々の切なる本心が現れていました。雪々は本当は、ただ一緒に生きてみたかった、心から生きたかったのです。
それは昔からずっと変わらない、雪々の抱えてきた本当の想いでした。

冬の妖精が過ごしやすいよう、環境を変えたかった。
だけど雪ちゃんは、それを選ばなかった。
だから月ヶ咲では二年間、積もる雪を降らせなかった。
雪ちゃんは、妖精よりも人間を選んだんだ。

本当は、どちらも選びたかったはずなのに。
最後の一年間だけ、積もる雪を降らせたのは、人間だけじゃなく妖精の夢だって叶えたかったからなんだ。

青い星と白い星の共存。
人間と妖精、二人で歩ける優しい星……。


――雪々、陸(グランド√エピローグ)

この三年の雪は、雪々の“想い”の結晶だったのです。地面は冷たくて痛くてつらいように、そこに降り積もらずに人の心――――その温かさに寄り添うように降り積もっていました。


雪々にとって優しさが苦しさだったように、その悪夢も怖いはずなのに優しく聞こえたのも、誰かを犠牲にはしたくないけれど、それでも心から生きたいという雪々自身の気持ちと共感してしまっているからです。

そんな雪々の本心にみんなが気付いているのは、優しい魔法が解けてしまったからでした。では優しい魔法とは一体何かというと、それは「共感」です。だからこその共感能力、です。

「操作と共有には、決定的な違いがある」
「共感能力を使われた者は、納得したうえで希望どおりの行動を取る」
「頼み事をされて、その頼みに共感して、相手のために動こうとする」

「だが、共感能力には強制力がない。だから一度でも疑問を抱けば、簡単に解けてしまう」
「月ヶ咲に降る優しい雪のように、積もる前に容易く溶けてしまうんだ」

―中略―

「共感能力は、恐るべき能力だ。使い方次第では世界征服だって夢じゃないだろう」
「だがそれは、コロナが善人だからだ」
「もしもコロナが悪人だったら、共感能力の魔法には誰もかけられるものは誰もいなかっただろう」
「共有とは、そういうものだ。願いに共感する者が誰もいなければ、無価値な能力でしかない」


――美晴(コロナ√)

みんなは、雪々のその優しさに共感していました。しかし雪々の苦しさ、孤独、寂しさには、誰も共感できませんでした。それは、雪々の本心を知った今、孤独で寂しい気持ちには誰も共感できなかったからです

みんなも孤独なのは嫌で、だから雪々にはみんなと一緒にいて欲しいから。雪々の優しい魔法――――つまりみんなの“共感”はもう解けてしまっていました。
だからみんなが、本当はみんなと一緒にいたいという雪々の本心を知ることができていた、ということになります。









想いは、一つとして同じものはない


「雪ちゃんはもっと、私たちを信じていいんだから」
「言ったじゃない。私は、雪ちゃんに感謝してるって」
「身体が弱くて、ほとんど学校にも通えなかった、子供の頃の私……」
「いつも独りだった過去の私は、雪ちゃんのおかげで救われた……」
「今だって、救われてるんだよ」

「で、でも……ゆきゆきは……」

「なあ、雪ちゃん。俺も姉さんと同じ気持ちだよ」
「たとえ雪ちゃんから最初に能力が渡って、異常気象が起こるようになったとしても、雪ちゃんが我慢する理由にはならないよ」
「雪ちゃんが一人で気負うことはないんだ。自分だけが犠牲になって、寂しい想いをしなくたっていいんだ」

―中略―

「頼むよ、雪ちゃん」
「昔みたいに別れることのほうが、俺たちにとってはずっと寂しいんだからさ……」
「りっくん……」

雪ちゃんの瞳から、涙がこぼれた。
姉さんが、あやすように雪ちゃんの頭を撫でていた。
俺もこのまま抱き続けた。
雪ちゃんが一人で抱えていたものを、俺たちも一緒に支えられたらいいと願っていた。


――雪々、幸、陸(グランド√)

雪々と一緒にいたいと願う理由は、雪々の代わりにはどこにもいないからです。

雪々がたとえ迷惑をかけてしまう存在だったとしても、我慢する理由にならないのは、迷惑をかけられることよりも、そばにいられないことのほうがずっと寂しいからです
迷惑だとかは関係なく、ただそばにいて欲しいから。一緒にいたいと願うことに、理由なんていらないのです。そしてみんな、雪々と一緒にいたいと思っています。だから雪々が誰かと一緒にいたいという本心を、押し隠して欲しくなかったのです。

そして、迷惑をかけてしまうから一緒にいられないという理由が、雪々が我慢する理由にならないのは、もう一つ理由があります。

「人に会う口実が何でもいいのと同じで、人を好きになる理由だってなんでもいいじゃん」
「それでも気になって、独りで悩んでも答えが見つからないなら、二人で悩めばいいじゃん」

―中略―

一人じゃなく、二人で迷子になれば、新しい道が見つかるかもしれないと願って。


――ひなた(りんね√)

雪々が独りで我慢する必要はなく、二人で一緒に支えられたらいい。というのも、悩みがあるから一緒にいられないのではなく、悩みがあるのなら、二人で一緒に悩めばいい、ということです。二人で迷子になれば、道は早く見つかるかもしれないのですから。それが、誰かと一緒にいる理由なのではないでしょうか。

だから、悩みがあるからこそ一緒にいられないのではなく、悩みがあるからこそ、むしろ一緒にいたいと思える理由になります。それに迷惑以上に、雪々にはたくさん救われたのですから、ただ一緒にいたいと願ってしまいます。

雪ちゃん。
もう、解けてるんだ。
優しい魔法は解けてるんだよ。

だからもう、雪ちゃんが見せようとした優しい物語の結末は、理解はもちろん納得もできやしない。
この先を受け入れることはできない。


――雪々、陸(グランド√)




「雪ちゃん……。魔法を解くことができたのは、陸くんだけじゃないんだよ」
「私だって同じなんだよ」
「だから私も、この先の結末を受け入れることはできない……」

―中略―

「雪ちゃん、知ってる?」
「雪の結晶は、ひとつとして同じものはないんだよ」
「雪ちゃんの代わりなんて、どこにもいないんだよ……」

「雪ちゃんは、私にたくさん友だちを作って欲しいみたいだけど……」
「いくら友達を作ったって、そこに雪ちゃんがいなければ、ダメなんだよ……」


――幸(グランド√)

みんなが雪々とただ一緒にいたいと願う理由、それは雪々だからという理由のほかにはなにもいりません。ここでの雪の結晶の意味は、“想い”の結晶という意味です。

儚く舞う白い雪は
降り積もる 想いの結晶


――雪のエルフィンリート

雪々の想い――――つまり心はたった一つで、代わりなんていないから、雪々がいなくなったら寂しくて、その寂しさの代わりは誰もいません。優しい想い出をくれた雪々は、世界にただ一人です。
人は一人一人、みんな違う想いを持っていて、同じものは一つとしてありません。

そんな雪々が自己否定の感情から、死を選ぼうとしています。それは雪々が死んでしまうことが、みんなにとっては生きていける方法だと、雪々はそう思ってしまったまま、みんなとすれ違っています。

雪々がみんなが生きてくれないと心から生きられないように、本当は雪々がいないと、みんなだって心から生きていけないのです。だからみんな、優しいだけで誰も幸せになれない雪々の選択は、受け入れることはできませんでした



俺は想いのまま、雪ちゃんを抱きしめた。

「雪ちゃん、そうじゃない。違うんだよ……」
「違わないよ……」
「ゆきゆきはずっとみんなのこと見てたから、間違ってないんだよ……」

「だとしたら、雪ちゃんは表面しか見てなかった」
「人の心まで見ることができなかった」

「俺の言葉すら信用してくれなかった」
「雪ちゃんのことが好きだって、言ったはずなのに……」
「…………」

「俺はルーンを好きになれた」
「雪ちゃんを好きになった」
「それは同じ意味を持っていた」
「俺は、雪ちゃんのおかげで能力者になったのなら、それを誇りに思えるよ」

俺は、雪ちゃんを強く抱きしめた。
だけど雪ちゃんは、抱き返そうとしなかった。

「やっぱり、ゆきゆきは間違ってない……」
「りっくんがいくら好きだと言ってくれても、ほかの人たちは違うんだよ」
「人間にとって、ルーンは迷惑でしかないんだよ」
「みんな、ゆきゆきのことが嫌いなんだよ……」

「……そんなことはない」
「そんなことあるんだよ……」
「だって今、月ヶ咲にはたくさんの能力者が集まってるんだよ……」
「それが答えなんだよ……」
「みんな、ルーンはいらなかった……」
「勝手に押しつけられたものなんか、早く捨てたいと思ってる……」
「ゆきゆきとは友だちになれないって、思ってるはずなんだよっ……!」


――雪々、陸(グランド√)

雪々はずっとみんなのことを見ていましたが、共感が誤解やすれ違いを生むように、人の心は決して理解できません。だから雪々はみんなのことを見ていただけであって、その心まで見ることができていませんでした。
雪々の本心が近すぎて決してわからなかったように、みんなのことが身近だったからこそわからないこともあります。

「雪ちゃん、もっとよく見てくれよ」
「涙を拭って見てくれよ……」
「耳を澄ませて聞いてくれよ……」
「今、姉さんの歌声が、聞こえるだろ……?」

「え……?」
「シラハの……?」

「姉さんの歌声が、運んでくれる」
「能力者たちの言葉を、雪ちゃんに届かせているんだよ」

――雪々、陸(グランド√)

それでは、雪々によってルーンを得ることになったみんなの本心は、どのようなものなのでしょうか?それをこれから見ていきたいと思います。









伝えたい“ありがとう”の想い


エルフィンたちはみんなルーンを持ってしまったために生きることに息苦しさを感じ、そしてずっと悩んできました。そしてここでは、自分のルーンをどうするかという、そんな選択を迫られていていました。ルーンを手放したくないのであれば、月ヶ咲を離れることで、ルーンを残すことができます。
そしてルーンを手放すためには、月ヶ咲に残り、三年の冬が終わることで、みんなのルーンは溶けてなくなります。そのどちらかの選択を迫られていますーーーー。







「たとえ能力者じゃなくなったとしても……」
「あたしには、伝えなくちゃいけない気持ちがある、って……」

―中略―

伝えたい。

今まで怖くて直視できなかったことを。
彼の中にもあると、信じたいものを

素直に。ただ、伝えたい。


一夏(一夏√)

エルフィンでいるとか、ルーンを手放すとか、そんな選択のことはみんなどうでもよかったのです

ずっとみんなのことを想い、そして自分たちと同じようにずっと一人で苦しんできた少女がいるから、ただ助けてあげたいという気持ちが、ここでは何よりも強い想いになっていたからです。

みんなにはただ、そんな少女に伝えたい想いがあります。そのためにルーンを使って、雪々へ、ずっと悩み、迷い、そして向き合ってきた本当の想いを、ただまっすぐに伝えます。






街のシンボルである時計台。
この舞台には、続々と能力者たちが集まっていた。

――能力者たち(グランド√)

時計台は、雪々にとっては不変と普遍を願う象徴(=シンボル)でした。しかしみんなにとっては、雪々に変わらずにずっとここにいて欲しいという、ここではそんな伝えたい想いの象徴になっています。













「雪ちゃん、早く帰ってきてね」

「晩ご飯作って、待ってるわ」


落葉は、雪々(ルーン)のおかげで父とわかりあえた。

葉月は、雪々(ルーン)のおかげで母と会うことができた。










ありがとう。













「私は、寒いのが苦手です。今だって早くコタツに戻りたいと思っています」

「ですが、少しは冬が好きになれたかもしれません」

「あなたのおかげで、雪が好きになれたかもしれません」

「嫌いなものも、こうして好きになることがある……」

「もう、大好きなルーンだけに頼るのは、おしまい」

「あなただけに頼るのは、おしまい」

「だから、返します」


りんねは、雪々(ルーン)のおかげで家族の絆をつかむことができた。










ありがとう。













「この星空の向こうで、コロちゃんが旅してるんだよね」

「それをお姉ちゃんが、がんばってサポートしてあげてるんだよね」

「あたしはもう、思い出してるよ」

「宇宙が好きって気持ち。星が好きだったこの気持ち」

「お姉ちゃんと同じだった、この想い……」


一夏は、雪々(ルーン)のおかげで姉の本心に気づくことができた。










ありがとう。













「榛名くん。それに、一緒にいる妖精さん

「私が恨んでいるとか、勝手に決めないで」

「私が歩く道は誰のものでもない、私の道よ」

「これからも、自分の力で切り開いてみせるわ」

「独りで歩くつもりもないけど。助けが必要な時は、お願いするかもね」

「あなたがくれたのは、そういうものだったのよ」


琴里は、雪々(ルーン)のおかげで未来に踏み出すことができた。










ありがとう。













「ま、能力者として生きるのはもう、堪能したし」

「人間として生きるのだって、おもしろそうだし」

「恋愛とかも、してみたいしさ……」

「……ううん。人間も妖精も、変わらないかな」

「ボクはボクなわけだし、どっちで生きたってきっとボクの性分は変わらないんだろうね」

「そのままのボクで、どんなふうに生きるのか」

「選ぶのは勇気がいるけど、それが自由ってものだもんね」


ひなたは、雪々(ルーン)のおかげで本当の自由を知ることができた。










ありがとう。













「私は、月ヶ園が好きです。そこに通う園児たちが大好きです」

「私がそんなふうに子ども好きになったのは、昔から小さなことでくよくよしていた自分がいたからです」

「だから、ルーンについても悩んでばかりいた」

「そんなわたしだから、悩みなんて笑って吹き飛ばす、子どもたちの無邪気さに惹かれていた」

「私はいつも、子どもたちから元気をもらっていた……」

「だけど今は、子どもたちからもらうだけじゃなくて、私が守ることもできたと思います」


千川は、雪々(ルーン)のおかげで誰かを守れる強さを持った。










ありがとう。













「これで、この街からは暴走がなくなって、平和が訪れることになる」

「うさー(そうですわ)」

「ルーンに振り回されることがなくなり、皆は安心して過ごせるようになる」

「うさー(きっとそうなりますわ)」

「そんなふうに、この冬は辛くて厳しい季節だったかもしれないけど」

「悲しいこともたくさんあったと思うけど……」

「うさー(ですが、それだけではありませんわ)」

「うん。アルとたくさんお話しできて、楽しかったよ」

「この冬が、私は好きだったよ」

「うさー(ワタクシも大好きでしたわ)」


友だちと一緒に、いつだっておもしろおかしく遊ぶことができたのだから。

だから、たとえ春を迎えても、冬の想い出は忘れない。

決して。










素敵な贈り物をありがとう、冬の妖精さん……。











「この光は、雪ちゃんの想いのカケラ」

「私たち一人一人に、雪ちゃんの願いが息づいていた」

「いつからか、ルーンが不安定になったのは、雪ちゃんが訴えかけていたからなんだよね」



「独りは寂しいって」

「本当は、いなくなりたくない……」

「死にたくない……」

「そう、私たちに助けを叫んでいたんだよね……」


「雪ちゃんは、強いよ……」

「本心を隠して、私たちに心配かけないようにして……」

「私たちの前では悲しい顔ひとつしないで、いつだって笑っていたんだから……」

「だけどもう、いいんだよ」

「助けを求めていいんだよ」


「私たちは、ルーンがいらないから還すんじゃない」

「雪ちゃんに、私たちの気持ちをわかって欲しいから、還すんだよ」

「私たちの想いを、この光に乗せて――――」







みんなは能力(ルーン)によって寂しい思いもしてきましたが、雪々(ルーン)のおかげでずっと誰かがそばにいてくれたこと、本当は独りではなかったことを知りました。

だからエルフィンたちはルーンがいらないからとか、ルーンをどうしたいとかは関係ありませんでした。それよりも雪々に自分たちの気持ちをわかってほしいからルーンを還していました。
それはたとえ、大好きなルーンを失って、能力者じゃなくなるとしてもーーーー


これは、死の呪い(自己否定)に囚われた雪々に、一緒にいたいと願い、その願いをわかって欲しいから伝えられた、生への祝福(ありがとう)が込められたみんなの言葉と想いです。









届けたい想いを、この歌に乗せて


幸は想う。
雪ちゃんは、私に希望を贈ってくれた。
ルーンは希望の光だった。
その光が覚悟を生んだ。
罪を背負ったまま、陸くんと出会う勇気。
雪々(ゆうき)から、勇気(ゆうき)を分けてもらったんだ。

ありがとう。雪ちゃん。
もらった光を、今度はキミに還すよ。
そうして幸は、歌を唄う――――


――幸(グランド√)

この挿入歌はプロローグでも流れますが、それとは歌の雰囲気が違いますよね。最初の雪々はこの歌を一人で唄っていました。だから雪々のあの歌は、孤独な状態を憂う、心の死を表した歌です。雪々もその母も、ずっと一人のこの歌を唄っていました。
対してこちらはどうでしょうか。歌っている人が違うだけではなく、3番の歌詞に記された言葉にも注目してみてください。


「会えなくても信じる運命を唄うよ」
「また出会えた二人の運命を唄うよ」

「ひとり 唄うよ」
「ふたり 唄おう」


と、このように変わっています。こうしてみると、歌詞までもが大幅に変わっていることがわかりますよね。
だからこの歌の意味は、雪々が唄っていた死の歌に対する、心から生きて欲しいという想いが込められています。これは、そんなあたたかな「返し歌」になっていました

エルフィンたちのありがとうの想いだけではなく、白羽幸自身もこの歌を通して、雪々に独りでいて欲しくない、二人で一緒にいて欲しいという想いを込めて、そして伝えようとしていました。

つまり白羽幸は、雪々の唄う死の歌を、この「返し歌」を唄うことで打ち消そうとしていたのです。


Elfin song’s an unlimited expanse of white.ーーーーここではもう一つの、白き歌声がありました。









無限だった心の共有

みんなは雪々にありがとうの想いを伝え、白羽幸はそんなみんなと共に伝えたい想いを乗せた歌を届けました。そんな伝えたい想いは、どれほど通じ合えるものなのでしょうか。
雪々に届いた想いを知るために、心と共感はどういうものだったかを考えてみることにします。

「……あたしの心をのぞいたら、ダメだからね」

一夏、陸(共通)


駅で出会った白羽という所長に、心をのぞかれて居心地が悪かった。


――雪々、陸(コロナ√)

なぜ心は、のぞかれることに抵抗があるのでしょうか。本編ではこれに対するはっきりとした答えはありませんが、誰かに見られたくない想いがあるということであり、それは人の心には決して交わらない壁があるからなのではないでしょうか。それは、次のようなことが言えるのではないでしょうか。

誰と仲良くしても、本質的には一人です。
通じ合っても、すべてを共有できるわけではありません。


――群青学園放送部(CROSS†CHANNEL

自我・他我論の話がありましたが、人の心は分からないもので、だから自分の心と相手の心は交わらない壁があります。しかしそれでも同じ想いを抱えて、心の一部を共有することはできます。


では、想いを完全に共有することはできないのでしょうかーーーー?






「うっ……くっ……ひくっ……」
「ああっ…...わあああああっ……」

雪ちゃんは、俺の胸の中で大泣きした。
姉さんの共感能力で、俺にもその想いが共有できた。

雪ちゃんは泣き続ける。
俺も翻弄されて、涙が止まらなくなった。

言葉にならないこの感情。
二人で共有しなければ、抱えきれない大きな激情。

「雪ちゃん……わかっただろ……」
「いいんだよ……」
「雪ちゃんは、ここにいていい……」
「見つけて欲しいと願って、隠れなくていい……」
「そんなことをしなくても、誰もが雪ちゃんを見てくれる……」
「一緒に遊んでくれるんだ……」

「だから、言ってくれ……」
「もう、かくれんぼはしなくていいから……」
「なにも隠さずに、本心を言ってくれないか……」

「りっくん……」
「そばにいたい……」
「ずっと一緒にいたい……」
「助けて……」

「助けて欲しいよ、りっくん……!」


――雪々、陸(グランド√)

しかし、共感で得ることができた絆は、それだけではありませんでした。自分と誰かの心は、こうして全てを共有することが――――共有しなければ抱えきれない感情が、そこにはありました。

うれしいことは二倍に、悲しいことは半分に。そんな気持ちを共有するためにだって誰かはいるはず……人は寄り添うのだと思います。絆とは決して、交わらない心だけではありませんでした。それは絆が言葉にしてもしきれないくらい、とても尊いものなのだと思います。

「エネルギーっていうのは、有限なんだって……」
「光ですらも、ずっとそこにあるわけじゃなくて、いつかは消えてしまうんだって……」
「ゆきゆきだって、同じなんだよ……」


――雪々(グランド√)

エネルギーが有限だとしたら、雪々もそれと同じなのでしょうか?だから雪々もいつか消えてしまうものなのでしょうか。結論から言うと、そうではありません。
つまり人の心とは――――想いとは、エネルギーが有限であるのとは真逆で、心や感情は無限なのです。

「きっと、なんの理屈も、理由もなくて」
「ただ、そのひととなにかを共有していたい気持ちが……」
「その共有できるなにかが、なくなっちゃったら……どうすればいいの……」

「なくならないわ」
「それは、なくならないって、私は思っていたい」


――落葉、一夏(一夏√)

どんなに分け与えても、共有しても、決してなくならないもの。それが感情です。雪々がいなくなることは迷惑とか関係なく、感情がそうさせてくれないのです。
ただ一緒にいたい、その想いだけが無限に広がっていくから、理由はそれだけで充分以上になります。

「一筋縄ではいかない障害ね。不快情動反応ってやつよ」
「……それは?」
「人は恐怖に遭遇すると、自己を守ろうとする。この反応は不快情動によるものなの」
「で、情動というのは反射運動と同じようなものだから、頭でわかっていてもどうしようもないってこと」
「……コロナの家族は、コロナを本能的に恐れている。所長の言いたいことはわかります」
「他人の私たちがいくら心配したところで、進展はないでしょうね。本人に乗り越えてもらうしかないわ」

(……本当にそうだろうか)
(本人にはどうしようもないからこそ、第三者が必要ではないのか?)


ーー美晴、白羽(コロナ√)

ここは、白羽が心の動きを心理学を用いて解釈している場面です。そのように心や感情を、心理学などの理論で捉えようとしたときに、「本当にそうだろうか?」「心は本当にそれだけなのか?」という問いが必ず付きまといます。それは心が捉えようのない、無限だからという事実に他なりません
だから二人がお互いに一緒にいたいと想う気持ちには、どんな理論も通用しません。人の心が決して理解できないとしても、こうして共有できるのは、感情や心が理論を超えたものだったからです。

だからどんなに不可能に近かったとしても、二人がわかりあうことはできました。
二人が一緒にいたいという理由もまた、恐怖とか理由のあるものではなくて、二人の感情が、ただ一緒にいたいという気持ちが全てだからです。抱えきれない感情があるから一緒にいたい、それだけで二人が一緒にいる理由には充分でした。

心も、感情も、無限だから。その無限に広がる可能性が、二人の心を溶かし合うように共有させ、お互いが心から共感することができたのだろうと思います。そして想いとは、決してなくならず死ぬことのない、つまり永遠です。
その想いが無限だからこそ、永遠の想いがあるから、二人はただ一緒にいられるだけでここまで満たされるのでしょう。









変わらない想いを、声の限り叫び続けた


歌声が聞こえる――――

雪ちゃんが唄っている。
子守唄を聴かせるように。
安らかな眠りに誘うように。
抗えない。
身をゆだねてしまう。
まぶたが重くなっていく。
視界が霞み、まどろんでいく……。

「りっくん……」
「一緒に歩けて、楽しかったよ……」
「そばにいられて、うれしかったよ……」
「ありがとう……」
「りっくんは、がんばったよ……」
「だけどもう、充分……」

「おやすみ、りっくん……」
「ばいばい、りっくん……」
「ごめんね、りっくん……」
「ゆきゆきは、また間違いを犯すんだよ……」

「え……?」
「ウソ……どうして……」
「ひとりになれない……」
「この絆を……断つことができない……」

「ありがとう……」
「それが、雪ちゃんの本心なんだな……」

「本心……?」
「そんなこと……ない……」

「ゆきゆきは、りっくんを助けたい……」
「命を賭けても助けるって決めた……」
「りっくんも、そうしてくれたから……」
「だから絶対、別れなきゃいけないって思ってた……」

―中略―

「なのにっ……そう思ってるはずなのにっ……」
「離れたくないっ……」
「そばにいたいっ……」
「ずっとずっと変わらないっ……」
「この気持ちだけは変わらないっ……」

「どうやっても、ぜんぜん変わってくれないんだようっ……!」


――雪々、陸(グランド√エピローグ)

雪々は最後でもう一度、歌を唄います。それはまた雪々が、独りになるために。そして雪々が絆を断ち、独りで死ぬために。だからこの歌も、心としての死を唄おうとしていました。

しかし、陸の本当の気持ち、みんなの想い、そして白羽幸が届けてくれた、あの生きるための歌に乗せられた想い――――そんなみんなの本心を知った今、もう雪々には、あの独りの歌を唄うことはできなくなっていました
独りになろうとして歌を唄ったはずなのに、雪々はいつの間にか二人に捧げられた白羽幸の歌を唄ってしまっていました。二人の絆は、どうやっても切れないものになったことを意味しているからです。

ここで雪々の「死」は、完全に断ち切られていました。それがこの最後の歌(雪のエルフィンリート)に秘められた、みんなと一緒に生きたいという雪々の本心でした。


そしてここでは、死によって自分の心が潰えようとしている。心が死んでしまおうとしています。そんな心の死に抗うとき――――爆発するような激情、それが“叫び”です。心から生きたいと願うから、その心は無限の想いとなって、無限の想いは誰かに向けられた無限の叫びとなります。
誰かがいないと心から生きられないのですから、叫びとは大切な人にわかって欲しい無限の想いです。

「ゆきゆきは……りっくんと、離れたくない……」
「俺もだよ……」
「だから、これでいいんだ……」
「この景色のように、俺たちも一緒にいよう……」

いつか散ってしまうその日まで……。

「だけど……もう、りっくんは……」
「大丈夫だよ……」


「大丈夫じゃないっ!」

「このままだと、ほんとにりっくんが死んじゃうっ……」
「ゆきゆきのせいで、りっくんがいなくなるっ……」


――雪々、陸(グランド√エピローグ)

感情が絆を断ち切らせてくれないなら、せめて雪々は叫んでいます!大切な人を死なせてしまうくらいなら、自分が死んでしまいたい。大切な人には死んでほしくない。優しかった想い人には、ずっと生きていて欲しい。そんなどうしようもない想いのまま叫んでいます。


雪々のこの叫びは、大切な人の生を叫ぶ、生きるために死にたいと願う叫び。そんな心の“死の叫び”です。



「雪ちゃん……」

どこに行ったんだ、雪ちゃん……。
捜そうにも、身体が動かない。
感覚すら働かない。
もう、つながりを感じない。
絆は途切れていた。
雪ちゃんは自ら独りになった。
俺から離れ、この空に還っていった……。

雪ちゃんの名を呼んだ。
だけど、かすれた声しか出なかった。
まともな言葉にならなかった。
それだけ体力は落ちていた。
いくら木陰で休んでも回復しない。
できるのはこれだけだった。

雪ちゃん。

雪ちゃん雪ちゃん雪ちゃん雪ちゃん。

言葉にならない声で呼んだ。
何度も叫び続けた。
喉がつぶれようとも。
残された命を燃やすように。
このまぶしい空に向かって。


――陸(グランド√エピローグ)


陸は命が残り少なくても、それでも死に足搔いて叫んでいますz雪々に生きて欲しい、一緒に生きていたい。声にならなくても、喉が潰れようとも、想いは決して死なないのだから叫び続けます!

雪々の叫びが死の叫びだとしたら、これはその死を打ち消すような、二人で一緒にいたいと願う叫び。死んでしまうとしても最後まで一緒に生き続けたい。そんな“生への叫び”になるのでしょう。


一緒にいたい本心を押し殺したいと願う雪々の死の叫びと、本心のまま一緒にいたいと願う陸の生への叫び。
白い雪と満開の桜。二つが舞い散る空の下では、そんな舞い散る2つに反するように、舞い散らない二人の強い想いが、二つの叫びになって響き渡っていました









信じることで、結ばれた絆


さて、最後のまとめになります。この作品では、「絆や共感はどうしたら得られるのか?」ということが大きな問いだったように思います。
人の心は理解できません。それは人の心には、交わらない壁があるからです。ですからそれは、とても不可能なことのように思えます。しかし決して、得られないわけではありません。

その問いに対しての答えは、同ライター作品の前作である、星空のメモリアでは、「頼ること」でした。
誰かに頼るというのは、自分の弱さを認めて助けを求めることが必要で、とても勇気のいることです。だからそれは弱さのように思えますが、強さでもあります。頼ってくれるからこそ、助けることができます。

それに対して本作、アストラエアの白き永遠の示した答えは、OPムービー中で流れるフレーズの通り、「信じること」です。

分たれた時間は永く―
人々はすれ違い、
秘めた想いはつたわらず、
求めたぬくもりは遠く、

それでも、
ひとはわかりあえると信じて―


――OPテーマ「White Eternity」

では、「頼る」ことと「信じる」ことはなにが違うのでしょうか?それは、その“重み”が違います。
それでは、信じることはどれだけ重たいのでしょうか。その重みは、物語の中ではっきりと書かれています。










――――助けるよ。

なにがあっても助けてみせる。









俺は、催眠能力を使う。
そして、絆を結ぶ。
雪ちゃんと誓いを交わす。
その力は絶大だった。
皆の想いが加わり、感情の高ぶりは留まらず、暴走したルーンが運命すら決定づけた。

雪ちゃん。
この先は、俺の命を使って生きてくれ。
いつまでもそばにいて、俺の雪々(ルーン)として見守っていて欲しいんだ――――


――陸(グランド√)








――――わたしは想う。









彼と絆を結んだら、たとえわたしの命がつながれても、彼の命が途切れてしまう。
それがいつかわからなくても、必ず訪れる未来となる。
だというのに、受け入れてしまった。
彼の想いに抗えなかった。
みんなの想いに翻弄された。
助けて欲しいという、自分の想いにも逆らえなかった。


……ありがとう、りっくん。
キミが命を賭してわたしを助けてくれるなら。
わたしも命を賭して、キミを助けるよ。

死なせない。
二人で一緒に生きるんだ。

そんな未来を夢見よう。


――雪々(グランド√)


頼ることというのは、自分の心を誰かに託すということです。それは確かに勇気のいることですが、信じることはそれ以上です。
心を理解することは決してできないのに、共感を得るということは、命を賭すほどの、わかりあえると信じ続けるという誓い、そんな“覚悟”から生まれます。それは相手に心を託すだけではなく、自分の心をしっかりと持つ強さも必要です。

そして信じることは一方だけではなく、お互いが信じ続ける必要があります。雪々は絆を切ろうとしても、断ち切れませんでした。それは信じることを一方だけでも止めてしまったら、これまでずっとすれ違っていたように、またその頃のように心から分かり合えなくなってしまうからです。

命を賭けるという誓いの上にどこまでも信じ続けるという覚悟は、結ばれた二人の絆を生み、もう決して切ることができなくなっていました。心とは、命以上に重いものだからです。お互いをどこまでも信じ続けられることが、心からわかりあえた二人の“絆”の証です。

「雪ちゃん......忘れたのか......?」
「雪ちゃんは、俺の願いを聞いてくれた......」
「雪ちゃんは、俺の気持ちに共感してくれたんだ......」
「だから俺たちは、こうして旅を続けることができた......」

「それが、共感能力っていう、妖精と人間がわかり合うためのルーンじゃないか......」


ーー雪々、陸(グランド√エピローグ)

人の心は決してわからないけれど、それでも分かり合えるとどこまでも信じ続けること。そのお互いの歩みの先に、二人の共感が生まれて絆が結ばれました。
人は分かり合えるというよりも、人の心はどんなにわからなくても、分かり合えるとどこまでも信じ続けること。それが本作が出した、分かり合えるための“答え”です。

二人にとってそうした永遠の想いと絆が、心から生きているという確かな実感を与えてくれました。

絆とは決して切れないもので、そんな決して切れないつながりを得るためには、信じ続けることが大切です。諦めずに絆を信じ続けること、それがこの作品に込められた、大切なメッセージ(想い)なのでした。









「......探したよ、二人とも」

「二人だけで背負い込むことはないんだよ」
「私は、二人のお姉ちゃんなんだから」
「お姉ちゃんにだって、少しは手伝わせて欲しいんだから」

「陸くんは、雪ちゃんを助けてくれた」
「雪ちゃんは、この星を助けてくれた」
「だから今度は、私たちが二人を助ける番……」

「二人は別れなくていい。これからも一緒にいられる」
「寄り添いながら歩いていける……」


「だけど、一人だけで先に行かないで……」
「二人だけで、先を歩かないで……」
「たまには後ろを振り返って、立ち止まって待っていて」
「私たちは、必ず二人に追いつくから」


――幸(グランド√エピローグ)

二人は最後まで絆を切ることができず、お互いのことを信じ続けることができました。しかしそれだけではまだ終わっていません。この作品の「信じる」というメッセージはそれで終わりではなく、それよりもまだ先があるからです。

それは信じることは二人だけではなく、さらに三人、そしてみんなで信じあうことだってできるということです
信じ続ける気持ちがあれば、二人だけではなく、みんなともわかりあうことができて、助け合うこともできます。二人だけで抱えきれないことは、みんなで助け合って欲しいのです。

二人だけで信じあい先を行くのではなく、たまには立ち止まって後ろを振り返るのも、未来を歩むためにはとても大切だということを本作品は伝えたかったのではないでしょうか
信じ続けるというのは命を賭すほどの覚悟が必要でしたが、その覚悟だけが重要なのではなく、みんなで協力すればきっとその負担は少なくなるというのも、同じくらい重要なことだったのではないでしょうか。

雪々がみんなとわかりあうことで初めて自分の存在を認められるようになったように、そんなみんなのことを信じるという絆の中でこそ、二人はこれからも未来を歩んでいけて、心から生きていけるようになりました。


「雪ちゃんは、姉さんを信じられないか?」
「雪ちゃんにルーンを還した友だちのみんなを、信じることができないか?」

「ズルいんだよ、りっくん……」
「ゆきゆきはもう、みんなのこと、信じてるんだよ……」


――雪々、陸(グランド√エピローグ)



さて、最後にアストラエアの白き永遠の、クライマックスの場面を解釈して、この考察を閉じようかと思います。
誓いの上に生まれた絆が結ばれた後、二人が雪道を歩くCGに切り替わっています。この唐突な場面転換はなにを意味しているのでしょうか。

その背景は、雪の心象風景です。そして雪の心象風景とは、共感の印でした。それは二人の命を賭してまで信じ続けることで、ようやく二人の共感が生まれたということを意味しています
今までの共感は全てルーンの力によるものでしたが、最後のこの心象世界は二人が初めて心から共感することで、ルーンの力ではなく心の力で開かれた世界です。

そしてもう一つ、この雪道の歩みは同時に、幼少の二人がわかりあえていた歩みのように、昔のような歩みにようやく立ち返れたということも意味しています
過去の二人の雪道の歩みは確かにわかりあえていて、でも様々な障碍により二人は分たれてしまい、それでも信じ続けて絆を得たことで、決して切れない永遠のつながりを、こうして歩んでいるのでしょう。








妖精と人間が仲良く暮らす。

何度も諦めたその道を、もう一度目指してみよう。




この雪道に、二人の足跡を続かせながら――――






「雪ちゃん」

「また、一緒に遊ぼうな」

「雪合戦しような」

「雪だるまを作ろうな」


「春を迎えて、たとえ溶けてしまっても」

「次の冬に、また一緒に作ろうな」

「うんっ」

「もう、迷子にならなくていいんだよね」

「りっくんとゆきゆきは、ずっとずっと、一緒だよ」



そしてエピローグで叫ぶ場面の後、雪々がいなくなり、そして再び姿を見せている場面についても私見で解釈してみます。

ここで雪々が一度姿を消してしまうのは、意味があって書かれたのだと思っています。この場面が意味していることは、雪々がいなくなることで、陸にとっての「“大切なもの”は何だったのか」ということを気づかされる、そして示していたのではないかと思っています。陸はずっと、大切なものを探していましたからね。

きっと陸は、ようやく心から大切だと思えるものを見つけられたのだと思います。




春を迎えたら、雪ちゃんとはお別れになるんじゃないかと。
日に日に弱っていく雪ちゃんを見て、それはほとんど確信になっていた。

……諦めてやるものか。
俺は、見つけるまで探し続ける。
大切なものであればあるほど、見つけるのは難しいのだとしても。
探すのをやめてしまったら、未来永劫、見つけることはできやしない。


――陸(グランド√)


舞う結晶の向こうに、彼女の姿があった。
捜していた最中は見つからなかったのに、諦めた途端に容易く発見できた。

それは、大切なものをなくしたときと同じだと思った。


――Episode2








見つけたよ、雪ちゃん……




















「うん……見つかっちゃったんだよ」












「おはよう、りっくん……」








ーーこれはあなたに心から生きて欲しいと願う、永遠に変わらない想いの物語。


















感想

はい、以上になります。ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。ここまで書いて思いますのは、これだけの字数が書けるような内容が駄作であるはずは当然なく、むしろ大作レベルの作品でなければここまで書けないのですよね。それは揺らぎようのない事実だと思います。ここまで書けたのは私の力量のおかげではなく、アストラエアの白き永遠という素晴らしい作品があったからです。
そして三年の雪の意味など、この作品のテーマは一周プレイしただけでみなさんすぐに気づけると思うのですが、つまりそれだけ強いテーマ性があったということでもあります。ここまで誰もがすぐに気づけるテーマを生み出すのは、簡単なことではないように思うのですよね。

そうした力強いテーマ性を生み出すためには、しっかりとした世界設定やキャラ設定などや、物語の流れや構成、そしてテーマを示していくための論理性など、1つ1つ地道に確かな積み重ねが必要ですし、そういったことができる作品って本当に稀有だと思うんですよ。それができた本作のライター様の力量には感服いたします。本当に素晴らしかったの一言に尽きます。

それに本作のテーマもまた、「心とは何か?」「どうやったら人はわかりあえるか?」というかなり難しく、そして感情というテーマに真剣に向き合い完璧以上の答えを出せていたと同時に、そしてひとりぼっちの孤独になってほしくないという、とても優しくて心温まるものでした。
萌えゲーとしての形を保ちつつも、その中で真剣にシナリオを追求した点はやはり称賛に値すると思っています。本作は、萌えゲーとしてもシナリオゲームとしても、非常に高水準の作品だったと思います。これほどまでの完成度を誇る作品は他に代わりがなく、唯一無二の大作と呼ぶにふさわしい作品だと思っています。

そして、あのありがとうの場面はやはり神でした。本考察ではありがとうの想いの意味と、返し歌としての雪のエルフィンリートとして魅力を二分化しお伝えしましたが、やはりその2つが一体となってみせた本編で、この場面は何物も及びつかないような凄みを持っていましたよね。威圧感さえ感じた迫力にはもう凄すぎました。

ここでの雪のエルフィンリートの荘厳たる雰囲気もまた圧倒的な印象を与えられました。ここまでの仕掛けを用意されたことにとても驚かされました。私にとってはキャラの魅力を最大限に書いた上で、これ以上ないくらいに素晴らしい作品だと感じました。本当にすごい作品でした。


本記事は以上になります。長い時間目を通していただき、ありがとうございます。本当にお疲れさまでした。

Rewrite 考察_孤独な少女に捧げられた、愛の物語(77777字)

いつかまた、君(あなた)とーー





【ジャンル】恋愛アドベンチャーゲーム

物語性 A
テーマ性 SS
独自性 S
哲学性 S
意欲度 S
総合評価 SS

公式サイト| Rewrite|Key Official HomePage



この記事は、「Rewrite」という作品の考察記事です。完全なネタバレですので、原作を未プレイの方はこの考察記事の本編は見ないことを強く推奨します。


(19.9.29追記)私の書いたこととほぼ同じようなことを簡潔にまとめた紹介記事がありました。若干のネタバレを含みますが、それでもネタバレは控えめでとても分かりやすくまとめてありますので、未プレイと既プレイを問わずおすすめです。
Rewrite (リライト)。恋に人生のすべてを賭ける価値はあるのか?│あにぶ

自分より何百倍も分かりやすくて整然としているから悔しい......。副題のセンスなんて私の1000億倍くらいありますよね......悔しい......。
一人の少年が、一人の少女に恋をし、全てを捨て、全てを賭けた人生。終始あの想いを強くも儚く、そしてここまで純粋な想いを最後まで書ききったRewriteには胸打たれるものがありました。


他サイトの紹介はここまでにして、話を戻します。この考察記事ではアニメ版Rewriteの内容は極力排除しているものの、どうしても一部触れないと考察にならない場面もあるため、可能であればアニメについても視聴済みであるほうが望ましいです。

※以下からは完全ネタバレです。

















この記事は、RewriteのMoonおよびTerra編についての考察になります。

まずRewriteのテーマといえば、「環境問題」だと思います。そのテーマについては知っている前提で進めていきますので、え?そうなの?と思った方や、あまり理解できていないと思う方は、他に優れた解説・考察サイトが数多くありますので、予めそちらを見ていただけたら幸いです。


この記事は、そういった環境問題というテーマを取り扱った考察記事の補足程度の立ち位置だと思っていただけたらと思います。


それでは、私がこの記事を書いた理由について説明します。多くの人はこの作品のテーマを、「環境問題」だと捉えているように思います。それだけこの作品は難解かつ哲学的でありながら意欲に満ちたテーマですから、数多くの知的考察がされるだけの充分なポテンシャルを秘めた作品だからこそのように思います。

しかし、環境問題というテーマの陰に隠れてしまい、今まで注目されて来なかった、この作品のもう一つのテーマがあります。本記事ではあえて環境問題というテーマから距離を置き、そのもう一つのテーマに着目しながら進めていきます。

では環境問題の陰に隠れてしまった、この作品のもう一つのテーマとは何でしょうか?
私は「愛」だと思っています。大がかりなテーマとはかけ離れていますが、このささやかなこのテーマについて、のんびりゆったりとお話しできたらいいなと思います。


※画像の著作権は全て、VisualArt's/Keyに帰属します。
















現象としての天王寺瑚太郎


自分が拡散して薄まり、とける。
俺が、なくなる。
だというのに、不安はなかった。
消えたとしても...消えて...だとしても。
また収束することだろう。
満面にゆれる月光が、かき乱されてもまたすぐ蘇るかのように。


ーー瑚太朗(月光散歩)


首筋を撫でる。
切断の傷はない。
一度散り、再び収束したのだから当然だ。
水面に映った月は、かき乱されてもまた甦る。
月が夜空から消えない限り

「不思議だ…」

現象が現象であることに、理由なんてないのかもしれない。


――瑚太郎(少女篝)

天王寺瑚太郎は”人間”ではなく「現象」です。天王寺瑚太郎という存在を構成する粒子が崩壊しても、再び収束しては再構築されるように、まるで決定された様式をなぞっているような、物理法則に決定づけられた存在のようにも思えます。そのシステムのようなものとして機能するのは、果たして人間と呼べるものなのか?――――この作品ではそれを「現象」と呼んでいます。天王寺瑚太郎という存在は収束するシステムであり、それは人間というよりも“現象”と呼ばれる存在です。

一度目の篝との出会い、篝の視認により、高密度の情報がーー耐性のないものに対して有毒であるようなーー天王寺瑚太朗という存在は一度崩壊します。そして反射のように収束し、再び存在としてなります。

二度目では、天王寺瑚太朗の接近を篝に敵対行為と認識され、切断により血ではない液体をーーこれは天王寺瑚太朗が人間ではない存在への強い示唆ではないでしょうかーー流し、意識の消失と共に存在が散り、再び収束し存在となる。これが天王寺瑚太朗という“現象“です。

俺がここに現れたのは何かの結果に過ぎない。反射に過ぎない。
そんな気がしてならなかった。

…残酷だ。
鏡像にも独自の意識があるなんて。
いや、独自の意識と見せかけて、すでに決定済みの様式をなぞっているだけなのかも。


(…考えてもきりのないことだ)

それにやるべきこともある。
自分の心に訊ねれば、すぐにわかる。
彼女に会いに行く。
それだけが俺にとって、唯一の執着となっていた。


――瑚太郎(少女篝)

天王寺瑚太郎の意識は独自のものなのでしょうか。それともただの様式なのでしょうか。天王寺瑚太郎という存在は現象だからこそ、その意識も決定済みの様式をなぞるだけの現象ではないかという疑いが持たれます。意識が現象でないことを証明する手段はなく、そして自意識を確立させる他者もまた誰もいないのですから、考えても仕方のないでしょう。でも彼女に会いたいと感じるこの意識は、その心は、様式化されただけの物理現象なのでしょうか?









「対話」


(話そう)

対話。
俺は彼女をわからないといけない。
同時に、向こうにも俺をわかってもらいたい。
ふたりの間に引く線について探りたい。
線が引かれることで、やっと人は安心できる。
次にやるべきことも見えてくるはずだ。


――瑚太郎(対話)

天王寺瑚太郎はなぜ彼女に会おうとしたうえで、対話を試みるのでしょうか。それは相互理解をするため、そして自分と篝の境界線を探ることで、次にやることも見えてくることにより、自分を見つけてみたいと思ったのでしょう。決して交わらない平行線のような関係は、他人と変わりません。では、天王寺瑚太郎にとって篝は、線引きになってくれるような相手だったのでしょうか?

少女との対話は、数え切れないほど試みた。
少女はあまり俺との対話に積極的とは言えなかった。
話しかけても、つれなく無視されることも多かった。
対話は相互理解を目的とする。
けど俺と少女の間に、そんなものが育まれたのかどうか…


――瑚太郎(対話)

しかし天王寺瑚太郎の対話はそのすべてが失敗に終わっています。篝は誰かと間柄そのものを持つことを拒絶しているようです。いったいなぜ、篝は他者を拒絶するのか。今のままでは自意識さえあるのか不明な彼女ですから、本当のところはわかりません。

ですが彼女は無感情で、異質で、そして人間性を宿さない瞳を持っていたことから、誰かを必要としてこなかったことがわかります。それは篝にとって誰かというものは、敵になり得るからなのかもしれないと思いました。









現象ではなく、人間であること

「正直に言えば、好きってのは全部ウソだよ」
「俺は人を好きになるより、まず自分が大事な人間だからな」

「自分がかわいい。自分が大事」

「俺は人を助ける。道で転んでいるヤツがいれば助け起こしてやる」
「その時、俺は気持ちいいんだ」
「いいことをした。善人になった」
「人助けの気持ちよさだ」
「実は相手のことなんてどうでもいい。心の底から相手を心配しているわけじゃない」
「自分の満足だけなんだ」
「利己的善行だ」

「こういうことをしてる人間って、けっこう多いと思う」
「むしろ、まったく快楽なしに人を救う者なんていない」
「でもそこが問題なんじゃない。どんな生き物だって、自分が満足したくて生きてる」
「充実こそが人生最大の目的だから」
「じゃあどうして、充実の手段がキレイさにしかないのか…」

単語を吟味しながら、ゆっくりと考えを練る。
言葉は空に広がるようでいて、その実、自らの内奥をさぐる見えざる手だった。

「…それはやっぱり、共同体に認めてもらいたいからだ」
「皆にほめてもらいたい。好いてもらいたい」
「人気者になりたい。ちやほやされたい。いい評価が欲しい」
「…居場所が欲しい」

そうか。
そうだったのか、俺。
心のつぼみが開いていく。
愚劣の花が咲く。
悲しい半面、心地よい告白。懺悔に似ていた。
知らず、涙があふれた。

「どこかの誰かになりたかった。自分が、不器用だということを思い知っていたから」


――瑚太郎(対話)

天王寺瑚太郎は篝との対話を数え切れないほど行っています。それは二人の間の線引き、安心を得るため――――つまり相互理解を目的としての行いです。しかし瑚太郎の対話は数多く失敗し、その目的を達成することは果たせませんでした。

天王寺瑚太郎は篝に好意の言葉を向けることで対話を行おうとしていました。そうして瑚太郎は対話をする目的が相互理解などではなく、もっと他の理由もあることを知ってしまいます。それは相手が好きだから対話をするのではなく、自己満足を得るためだけの利己的善行として――――自己満足の範囲内で人助けをするように――――篝のことを気にかけているかのように対話を試みていました。

なぜ多くの人間は、利己的な善行を行うのでしょうか。その理由は自分が快楽を得るために、何の見返りもなしに善行を行う人はほとんどいないでしょう。多くの人は善行の陰で、どこか他者からの見返りを期待しています。

善行の中で人はどのような見返りを求め、そして得ているのでしょうか。それは共同体からの承認欲求――――それは居場所を得ることです。褒められる、好いてもらえる、人気者になる、ちやほやされる、良い評価がもらえる。ありとあらゆる方法で共同体から承認されたい。それが善行の本質が、利己的であるという理由です。多くの人は誰かに認めてもらえることで、居場所が欲しいと思う、自分の満足だけで人生を生きているということみたいです。
それはつまり、瑚太郎は本心では自分のことが一番大事だから、相手を心の底から心配するような、 誰かを好きになるという気持ちは持ったことが無かったのでした

ではなぜこのような醜い告白を聞いた篝は、殺意と無関心以外の――――明確な意識を瑚太郎に向けたのでしょうか。それは美しくないものこそが、命だからです。

地球は汚い。
誰が言った、美しい地球だなんて。
うつくしくねーよ。よく見ろ。
どいつもこいつも利己的で。
霊長たる人間が、美しいはずもない。


――瑚太郎(対話)

利己的な命の溢れる地球は、美しくない。それはもちろん、瑚太郎自身だってそうです。でも瑚太郎が醜いということは、それは命があるということであり、そんな醜い瑚太郎の意識は現象としての鏡像ではなく、本当は人間独自のものなのではないでしょうか。

現象とは法則であり、規定されたとおりの作用をする法則は、美しさとも呼ぶ完成されたものです。だから現象であるならば瑚太郎はこうも醜いはずはなく、その醜さが瑚太郎は単に現象としての存在だけではないことを表しているのではないでしょうか。つまりこうです。篝は現象としてではなく、人間としての天王寺瑚太郎を愛していたのだ、と。









純然で透明な絆

以前に比べて、篝は俺を許容している。
とはいえ、急に接近したりすると、篝は敵意を向けてくる。
今、3メートルほど横に座っている。
ちょうど巨大用紙のすぐ外だ。
ここなら篝も気にしない。
もっと接近しようと紙を踏むと、攻撃されてしまう。
紙を踏む、という行為自体が敵対行動とされているらしい。
停滞していた。

―中略―

篝を手伝えたら…と思わなくもない。
言葉が通じないことがもどかしい。
だがそれは、演技も、腹芸も、綺麗事も、嘘も、すべてが排除された間柄ともいえる。
純然たる関係性。
とても大切なものに思えて、充足感さえある。
今の篝との距離は、言葉のうまさで勝ち取ったものじゃないからだ。


――瑚太郎(三杯のコーヒー)


今の距離だって、あれほど苦労して認めてもらった。
たった三杯のコーヒーが、最後の壁を壊してしまったというのか。

言葉は通じない。
動物が興味あるものを監視するように、篝は俺に視線を固定していた。
それを非人間的な関心とでも呼ぶのか?
関心であるなら、どんなものだって嬉しいと思った。
未知なる理論が紡がれる、青く小さな四辺の王国に、ついに俺は招かれた。

あまりにも小さな国。
だけど見ろ。
この小王国には、嘘も見栄もない。
自分をよく見せようとする、虚栄の心はない。
透明の絆が、俺たちの間に渡されていた。
それは蜘蛛の糸よりも細く、今にも切れてしまいそうだった。

…切りたくない。
今なお、篝との間に特別の関係はない。
友情でもなければ恋愛でもない。家族とも違うだろう。
世の中には、俺たちよりも深い関係を築いている連中はいくらでもいるはず。
なら俺と篝の関係は、それらに比して劣るものなのか?

…いいや。
いいや!
これだけのものが、言葉なきふたりの間で、どれだけ尊いか。
俺はそれを誰にも否定させないだろう。


――瑚太郎(三杯のコーヒー)

瑚太郎の利己的で独善的な、けれどもそれは人間らしいとも言える告白から得られた、二人の間の線引きはどのようなものだったのでしょうか。言葉は通じず、最初の目的であった対話は成立していません。理論に足を踏み入れたら攻撃されてしまう上に、そこで停滞している距離です。それでも利己的なものや醜いものは排除された、純然たる関係だからこそ、瑚太郎にとってはとても大切なものだと思えています。

そして三杯のコーヒーで得られた関係はどんなものでしょうか。相変わらず言葉が通じないことには変わりありません。しかし瑚太郎は、理論の描かれた小王国についに招かれました。
その王国も、そして篝もまた、純然さしかありません。それは線引きなどではなく、糸のように渡された透明な絆です。虚栄もなく純然で、線引きされた距離ではなく紡がれた糸のような絆。その関係は特別でもなければ、深いわけでもなく、切れそうなくらい細々しいものです。

ではほかの関係と比べて、この二人の関係は劣るものなのでしょうか。それは劣るものだったとしても、否定するものではないはずです。なぜならどれだけ切れそうで、弱々しくて、他の人と比べた関係ほど深くなかったとしても、言葉がなくても、でも嘘偽りもない。そんな純然さと尊さを持った二人の関係が、どうして他人に否定されるのでしょうか。
尊さとは、比べるようなものではないのでしょう。今の二人の関係は、深くはなく切れそうですが、同時に切りたくない関係、尊いと思えるような絆が紡がれています。

わずかな誇りのために、命だって賭けてしまうだろう。
(…答えを、見つけた)
このことを確認できただけで、俺はいくらだって自分を救える。

なぜ人であるときにここに辿り着けなかったのか。
もう少しくらい、うまくやれたはずだ。
ようやくどこで間違えていたか、わかった。


――瑚太郎(三杯のコーヒー)

瑚太郎は誰とでも話せました。しかし親友と呼べる存在はおらず、自分の人生は薄っぺらいものだったと、他でもない彼自身がそう言っていました。それは瑚太郎が結局、利己的善行の中でしか生きられない、ちっぽけな生き方しかできなかった人間であったことが言えます。だけどここではそのために命さえ賭けてしまえる、それは利己的な醜さの排除された――――もしかしたらそれは利他的と言えるかもしれない、そしてどこかで瑚太郎が求めていたものだったのではないでしょうか。

俺は誰とでも話せた。どんなヤツとでも
でも親友はいなかった。ただのひとりも。
それがどういうことだか、考えるまでもない。
俺の人生は、ひどく薄っぺらいものだった。


――瑚太郎(プロローグ)

誰とも話せても、誰とも関係を持てなかった、どこかの誰かになれなかった瑚太郎の人生は、ひどく薄っぺらなもので、幸せな人生を歩めていませんでした。では幸せって何だろう。プロローグでの問いに対する、その答えがようやくここで出たみたいです。瑚太郎はようやく、望んでいた幸せの答えを得られたのかもしれません。









愛という超高位概念


もしこの宇宙に神というものがいるなら、そいつはとてつもない苦痛の中に生きているはずだ。
知性は自らの孤独を浮き彫りにする。
絶望と、物理の無情から目をそらせなくする。

人間とはなんと幸せなんだ。
万物が見えないということで、どれほど救われていることか。
人は愛さえあれば救われる。
だが神は、愛だけでは救われない。
その理由を説明するなら…

「愛とは遺伝的本能に基づく繁殖ないしは承認欲求に後天的に付与された、文化概念のひとつに過ぎない」
「愛によってヒトは番との間に局所社会性を構築し、維持できる」
「愛は人が感情と呼ぶ内分泌代謝に依存しており、原始的文化とみなせる」
「カルダシェフ分類によるⅠ型文明において、愛は絶対的な価値判断基準として機能する」
「このことから、愛の割合を調査することによって、対象文明の文化水準を高い精度で算出することが可能だ」
「地球人類の文化水準では、愛という概念は神聖視されやすいが、その本質はしょせん…」

…言うな!
両手で口を押える。
今、俺は諦念に支配されそうになっていた。

(何を支えにして…冷たい宇宙で…生きていけばいいんだ…)

知性の高まりは、見たくもない現実を否応もなく直視させる。
あらゆる錯覚は否定され、欺瞞は暴かれる。
いかなる純真も愚鈍と見分けがつかなくなる。


――瑚太郎(ミラクル大冒険)


人の心が機械仕掛けだとしたら、尊いと思えるだろうか。
解き明かされた秘密が、神秘でいられるだろうか。
人間がひどく価値のない存在に思えた。

…寒い。
好奇心を満たすことだけが、今は価値ある行為だ。
少なくともわからないものは、上方にしかない。

――瑚太郎(ミラクル大冒険)




五度目をのぼる途中で、唐突に愛を見つけた。
小さなカケラ。
愛の概念が、こんな高い位置に置かれていたことが驚きだ。
低位の感情、脳の錯覚だとばかり…
愛はかつて上にあり、そこから一部が落ちてきたようだ。
このことは、愛がとても重要であることを意味する。

信じられない。
手にとって、吟味してみる。
理解が広がる。

…愛がない知性だけの命では、広がれない?
…ああ、自己犠牲の精神か…
…だが…
…そもそも、なぜ広がらねばならない?
………………
…そんな理由で?
…え、これって正しいのか?嘘みたいだぞ?
…そんな優しいものなのか?
…神なんてどこにもいないのに?
…その優しさの主体は…どこから来る?
………構造…が…?
…結果論じゃないか…
…でもそれが…真実?

…愛って、そうなのか?
…それでいいのか?
…嘘だろ…
…根はどこにある?
…はじまりは…
…あ、これ…第一章完って書いてあるけど…
…第二章はどこだよ?
それは、恐ろしく高い場所に保管されていて、届きそうにない。


――瑚太郎(ミラクル大冒険)



研究が進むごとに、篝には疲労がたまり、外見にもその綻びが見えるようになっています。その様子を見ていた瑚太郎は、少しでも篝の研究を知りたいと思い、意識と理解を引き上げることを実行することにしています。それは瑚太郎が知識を得るということであり、そして感情というあたたかささえ、薄くなってしまう行為でした。そして自分が今までの自分でいられなくなるかもしれない、そんな行為でした。

瑚太郎は2回目の知識と理解力の上書きにより、愛とは何かを論理的に獲得しています。ようやくここで、瑚太郎は愛とは何かを知ることができたみたいです。
ここで瑚太郎が言いかけた結論は、愛とは文明の指標に過ぎず、文明が先立ち後天的に価値を付与される概念であって、その本質は愛とは文明水準の構成要素でしかないということでしょう。だから愛とは、高位の概念として神聖視されやすいですが、カルダシェフ分類における地球レベルの文明においての――――文明という概念の中において文化の一つとして後天的に発生して組み込むことのできる――――低位の概念でしかないことに瑚太郎は気づいてしまったのだと思います。

しかし瑚太郎は、この知識の跳躍だけでは篝の研究を理解できず――――ここではヒトの感情のほとんどを物理の機能として理解していますが――――瑚太郎の人としての自我が変質する恐れがあります。しかし篝が神々しい知性の陰影であり、未知の神秘の存在だから、そんな篝に対する愛おしい気持ちだけは変質しないかもしれず、自我を保てるのではないかという救いのような気持ちから、篝のためにさらなる知識の跳躍をしています。ここで瑚太郎は自分が自分のままでいられる、篝に対する気持ちが維持できると確信のようなものを感じていたのは、篝に対する愛という感情は低位の概念ではないことを、どこかで感じずにはいられなかったのかもしれません。


そして瑚太郎は5度目の跳躍の途中で――――ちなみに3度目の跳躍でノーベル賞が無数に落ちていました――――愛という概念をここまでの高い位置にて発見しています。ここで瑚太郎は、2回目の跳躍の時点で理解したと思っていた愛――――低位の感情、脳の機能活動或いは錯覚――――について、その愛の概念の落下した一部がさらにそこから落下してきたさらに一部でしかなかったということに気づいています。つまり瑚太郎は、愛というものについては最初から、そして高度知性跳躍による高位知性の獲得をするに至っても理解などできておらず、知らなかったものになります。

この5度目の跳躍で見つけた愛の概念は第一章完となっていて、続きもあり、その続きとなる第二章は恐ろしく高い場所に保管されているみたいです。それは瑚太郎がノーベル賞の発見を超えた先で見た愛の概念は高位のものであったとなりますが、それでさえもさらに15回の跳躍以上が必要な高さから零れ落ちたものに過ぎませんでした。
そこから明かされたことは、愛がないとヒトは拡がれない、愛が世界の始まりから存在していたという事実です。高度で情報の上をいく概念、それが愛という高位概念なのだと言われています。

いつの間にか瑚太郎は、知性を得るための跳躍から、愛という概念の解明のための跳躍へと目的が変化しています。それは瑚太郎が、篝を愛することから知性への跳躍の決意が始まり、愛という概念が論理・定式化される恐怖に反して愛はより概念化し、恐怖は興味へと変貌を遂げるまでに至ったのでしょう。だから知性探求を捨ててまで、概念探求へと愛を論理化という形であったとしても、愛を知りたいと思ったのでしょう。

纏めますと、瑚太郎は終始愛を知らなかったということになります。2回目の知性向上で、愛を機械仕掛けのものとして理解したつもりだった瑚太郎は、5度目のさらなる知性と理解力の向上により、愛を理解していなかったこと、そして愛は到底理解不能だということ、そのうえで愛は重要であることをを知ってしまいます。ノーベル賞やあらゆる概念を超えた、愛の理解は知性だけでは限界が発生する、超高位概念だということがここでは強く示されています。瑚太郎は、愛というものをずっと知りませんでした。

そんな愛について、瑚太郎はとても興味を持ち、知りたいと思っていたのでした。でもなぜ、瑚太郎はここまで愛にこだわるのでしょうか。それはまさに、瑚太郎が篝と出会って得られた答えが、ここでも同じようなことが言われています。


「俺はただ…あんたと同じ場所に行きたいだけなのに…」


――瑚太郎(ミラクル大冒険)

瑚太郎は居場所が欲しいと願っていました。そして今、瑚太郎は篝という存在によって、居場所を手にすることはできました。しかし瑚太郎が気付き望んだ関係は、深いのではなく尊い関係。利己的ではなく、命を賭けてもいいという想い。だから瑚太郎は居場所が欲しいという願いだけではなく、篝と同じ場所にいられることを望んでいました。それが瑚太郎が篝との間で結ぶことのできた尊い関係、愛するという気持ちなのではないでしょうか。
瑚太郎は篝を愛していたから、篝への愛は決して否定させない、神聖なものであることの証が欲しかったのかもしれません。

ただし神聖なものは、知識と理解力の向上だけでは辿り着けない領域、それが愛というものが超高位概念である証拠なのでしょう。









愛は上方ではなく、“そこ”にあった


上書きすればするほど、理解できないものが増えていく。
そして――

壁が現れた。
天井と呼ぶべきか。
絶対的に理解不可能なもので、上方は埋め尽くされていた。
岩盤みたいだ…
上書きを何百と行えば…あるいは…
でもその時、俺は存在していられるのか?

(そうか…ここまでか、人の限度は)
(これっぽっちなのか、人の可能性は)
(なんだ…)
(でも…)
(わからないことがあるから、希望を持てるのかもな…)
(すべてを理解してしまったら、つまらなくなる)

(篝に会いたい…)

憑き物が落ちたかのように、俺はすべてを諦めることができた。
しょせんは薄っぺらい向上心に付け焼き刃の好奇心だったということだ。

(調子に乗って、予定よりも多く跳躍してしまった)
(戻れるかな…)

梯子の下を見下ろした。
そこにはもう、何も見つかりはしない。
『下』さえもない。
地に足をつける必要がなくなった俺は、もう下を見つけることもできないのだ。
人間感覚を消失してしまったから…


――瑚太郎(ミラクル大冒険)

瑚太郎は愛を知りたいと思い、より上へと知識跳躍を行い続けました。しかし跳躍を行えば行うほど、理解力は向上しているにもかかわらず、理解できないものは増え続けるばかりでした。知性と理解力の上書きにより愛を知ろうとした瑚太郎は、結局硬質な理解不能の壁に突き当たってしまい、愛を知ることは叶いませんでした。

瑚太郎は戻りたい、篝に会いたいと願っています。愛とは理解不能で、だから篝との居場所が尊いということを再認識したのか、篝のいる丘に戻りたいと思っています。しかし、愛を知りたいと思った探求は限界と壁に突き当たって知ることはできず、諦めて篝との居場所に戻ろうとしたときには、その場所に戻る帰り道さえ分からなくなってしまいました。瑚太郎は愛を知りたくて、でも愛は上に行くことで知ることはできなくて、かつて下で得た愛おしい居場所まで失ってしまいました。

(…悪い篝、手伝えそうにない…)

心で詫びた時、腰のあたりに命綱が結びついているのがわかった。
綱ではない。
ほとんど色素を失い、透明化しつつある…それはリボンだ。

(これ、篝の?)

でもなぜ、篝の切れ端が俺に?
リボンを辿ると、ずっと遠くまで続いている。
その先に、灯火が見えた。
燦然と輝く、暖炉を思わせるぬくもり。

(あれは…?)

そこに戻りたいと願った。
急速に体が引っ張られた。
下方に!
万物の頂が遠のく。
未知であることの雲間を抜ける。
眼下に丘が見える高度まで、一気に引き戻されていた。
丘には篝が立っていた。
俺を見上げている。
叡智の輝きに、全身をぼんやり発光させて。

…戻ってこられた。
そして俺は、元あった肉体へと巻き取られていくのだった。
目の前に、篝の顔があった。


――瑚太郎、篝(ミラクル大冒険)

愛を上に探した結果、元の愛しい場所さえ見失った瑚太郎ですが、その腰に巻きついていた命綱、それはリボンでした。篝を大切に思う気持ちに気づいたとき、その瞬間にずっと命綱としてリボンがあったことにも気づいています。愛を知らず、愛を得ることもできず、理解しようとしても見つけられず、たくさんのものを失ってきた瑚太郎。究極の知性跳躍を行った結果、愛は概念として遥か上方にあるように思えますが、愛は上に行かなくても、確かに“そこ”にありました









唯一の尊さ

一切を解析し尽くしてしまえば、胸が高鳴ることがなくなる。
誰かを好きになって、がむしゃらに生きる理由さえ失う。
あのまま上に進んでいたら、救いのない領域で、自覚なく散っていただろう。
二度と復活することもなく…
俺にはここで、やるべきことがあった。
篝は俺に膝枕をしてくれていた。
その頬に手を伸ばす。

「助けてくれたな…」
「…」

相変わらず言葉は通じない。
でも、いいのだ。

たとえ星に情がないとしても、慕い、すがらずにはいられない。
ましてや篝には心がある。
俺はあると感じた。
ただ同族がいない故、未発達のままなのだ。
なら俺が…
俺だけが…

「もう寂しくなくなった」
「もう迷いも、なくなった」

――中略――

篝は俺の言葉などわからないのだろう。
変わらぬ面持ちで、俺の顔を覗き込んでいる。

「学者の真似事はここまでにするよ」
「篝の仕事を手伝いたいんだ」

少女は顔をほころばせた。
俺には乏しい知性しかないけれど。
長い迷路を抜けることだけはできた。
いつだってそれだけが唯一の、尊さだったんだ。


――瑚太郎、篝(ミラクル大冒険)

瑚太郎があのまま上に行っていたとしたら、きっとすべての解析――――それは知性跳躍と理解力向上が、愛を知るためという手段から上方への執着という目的化を意味していて――――により、人間感覚だけではなく、その自我さえ人間のものから遠ざかり、喪失という形をとることになります。それは人生の目的が機械化されているかのようです。

瑚太郎は誰かを好きになって、がむしゃらに生きたいと、それが彼の人生観で、そして充実です。だから唯一の尊さとは、このことを言っています。乏しい知性であっても、理論の記憶、概念探求を経て、それが最も尊かったのだと、最初から知っていたのにもかかわらず、気づくのはこんなにも遅くなってしまいました。

篝には心があると瑚太郎は直感で確信しています。知性も乏しく、篝の研究において手伝えることがあるのかさえ分からない瑚太郎ですが、それならば俺だけがというのは、瑚太郎だけは篝の何になろうとしているのでしょう。

ちょっとした思い付きを得た。
篝とは対話できない。
だが意思の疎通はできるかもしれない。
数によって。
わかりやすいところで親和数が良いだろう。
自分以外の約数の和が相手側と等しくなる数のペアだ。
全然違う数なんだが、数学的に見るとなんとなく親しげな印象を持つ。

メモ用紙を二枚取る。
それぞれに「284」「220」と書く。
篝の肩を指先でつついた。

「…?」

284のメモを渡す。
それだけならどうとでもない数だ。
篝が顔を上げた時、自分用の「220」を見せた。

(どうかな…?)

しばらくは無反応だった。
主観時間でほんの三ヶ月程度だ。

「………っ」

篝は――なんてことだ――頬を赤らめて、うつむいた。


――瑚太郎、篝(アウロラの奇跡学)

瑚太郎は意思の疎通相手、それは篝の自我に影響を与える誰かになりたかったのかもしれません。自我が未発達なだけの知性存在であるのなら、理論を通した意思疎通で、自我の対話への間接的な橋渡しを行っています。親和数とは別の言い方で「友愛数」とも呼ばれます。もしかしたら瑚太郎は、ここでは篝へ愛を伝えることで、影響を与えたかったのかもしれません。

篝には概念としての愛は存在したのかもしれませんが、瑚太郎のような尊さとしての愛は存在していなかったはずです。だから瑚太郎だけではなく篝も同じく、愛とは何かを知りませんでした。それでもこの親和数という理論から愛を感じ取れたというのは、瑚太郎の言うように心があり、知性としての現象存在でありながら、その本質は自我の発達により愛というものを理解だってできる、それは確かに親しめる人間のような心のある存在だということが示されています。それは確かに、尊いものなのかもしれません。









理論図に託された、愛とメッセージ

主観時間で何万年も停滞していたらしい。
周囲の様子をうかがう。

篝が直立していた。
今までと雰囲気が違う。

(…推移したか?)

歩み寄ってみる。
足下の理論図が、大きく変化していた。

「こ、これ…!」

地面に手をついて、よく見直す。
大樹の枝部分がぼんやりとした靄のような状態になってしまっている。

「…不確定になってる」

従来の枝ぶりでは、生命生存の可能性は0だった。
今は、わからなくなっている。

――瑚太郎(大侵攻)


見上げる篝の表情は、魂が抜けたように憔悴している。
いくら枝を伸ばしても求めるものは見つからなかった。
暗にそう語っているようだった。
篝は、妥協したに違いなかった。

「…そうか」

責める資格なんて俺にはない。
大切な、篝が決めたことだ。
ともに受け入れるだけだろう。

――瑚太郎(大侵攻)

篝が完成させた理論図、それは生命の可能性が不確定になっています。しかし今までは0だったものが、0に限りなく近い、に変わっただけです。それは数学的には不確定要素であったとしても、現実的には0と何ら変わらないものでした。それでも篝はここまでの可能性に至るまでの苦労を知っていて、それに“大切な”篝が決めたことなら受け入れられると思えた、それが瑚太郎の篝に対する気持ちでした。

「…記念に、メッセージを書いてもいいかな?」
「…?」

「理論には影響しない。言葉を書き添えるだけだ」
「人間はよくこういうことをするんだ。二度と戻らない衛星に、記念に名前を書き込むとか」
「………」
「こういうのだ」

理論コピーを取り出し、そこにコメントを書き加える。


『いつかまた君と会いたい。天王寺瑚太郎』

――瑚太郎(大侵攻)



篝は大きく目を見開いて、四つん這いになった。
俺のコメントを凝視している。

ずいぶん熱心に見ていたが、やおら指先でサインに触れた。
デリートするのかと思ったが、違うようだ。
情報量が瞬時に膨れ上がる。
10兆倍、20兆倍…
俺のサインを起点に、新たな小理論を作っている?

そうやって作ったプログラムを、篝は大樹に植え付けた。
もう何をしているかさえ俺にはわからない。
ぽかんと口を開いて、黙って見守る。
プログラムが走り、大樹に変化が現れた。
樹冠をぼかしていた霧が晴れ、枝が露出する。
すべての枝が枯れかけていた。
命の色に乏しく、くすんでいる。
ところがそのうちの一本が輝き…なんと急成長を始めた。
俺は立ちすくむ。
枝は果てしなく伸びていく。
信じがたいほどの急成長だ。
たちまち枝が太くなり、新たな幹ほども育つ。
いや、そんなものじゃない…
大木から伸びた枝が、元の数十倍の太さになった。いや、さらに…!
それはもう樹木ではない。
命の激流…大海のようなものだった。
幹はさらに果てしなく増殖し、篝の理論でさえも記述できないほど未来側へと伸び去り、不確定の雲間へと消えていく。


「すごい…やった…やったぞ!」


――瑚太郎(大侵攻)

なぜ命の理論は爆発的な拡大と膨張を見せたのでしょうか。瑚太郎が書き残したメッセージで、それは大切な篝の理論図に対して書きつけられたもので、そして大切な篝へのメッセージでもありました。それはもしかしたら、愛と呼べるものなのかもしれません。
この図で解説を補足しますと、圧縮されていますが◼︎(四角状)に見えるもの、それが『いつかまた君と会いたい』という、瑚太郎から篝へのメッセージです。

そして命の拡がりについて高位概念からの補足もあります。瑚太郎の愛の概念探求において、愛は世界の始まりと共にあり、そして人が広がるためには愛は必要不可欠だということを理解していました。だから、愛の概念が命の拡がりの原動力でした。
そのことについては抽象的でひと欠片でありながら、5度目の跳躍の途中という、極めて高位からその一部を読み取っています。

篝と理論図に足りなかったもの、命の拡がりに必要だったもの、それこそが「愛」でした。瑚太郎が最後に愛を付け加えたことで、不確定で衰退の運命を辿るはずだった命は、確かな命へと変わることができました。

しかし命の理論の完成とともに、瑚太郎と篝は別れることになります。篝の秘めていた感情、その真実から地球に命を返す必要があったからです。









好きになるということ、愛するということ

(…感謝を…)
(…感謝を、天王寺瑚太郎…)
(…利己的な私を、愛しんだ者…)

いいんだ
そんなことはどうだっていいんだ
好きになるってことは、そんなことじゃないんだ


――篝、瑚太郎(誰も知らない真実)


篝は双子で…
栄えたのは…母なる星だけだった…?
だけどそれは、一度…失敗している?

やり直しが間に合わないことはわかりきっていて…
だから…
月が、手を伸ばした?
そして…
可能性を…

(…でも、それは許されないこと…)
(…認めてはいけない感情だった…)
(…でも私は、やってしまった…)
(…奪ったものを返して、それで私は無に帰る…)
(…必要な夢はもう見たから…)

待ってくれ!
もはや俺に声はない。
体がないのだ。
俺という自我さえも薄れている。
そもそも俺という個我でさえ、最初から理論の一部で…!
そんなことはどうでもいい!
全霊をもって叫ぶ。

篝!


彼女はそこに立っていた。
ひとりぼっちで立っていた。
俺たちを送り出し、自分は残る。
自然な状態に戻った。
この天体に最初からいたのは、彼女だけなのだ。

(…寂しさに耐えなければならない…)
(…記憶があれば、それができる…)
(…私はそれで満足…)

恨まなかったのか?
憎まなかったのか?
たとえ未来が滅びても、俺たちをずっととどめることもできたはず…
なのに地球に返すというのか…
ばかだな…
愚直すぎるんだよ…
それを…愛と言うんじゃないか…


――篝、瑚太郎(誰も知らない真実)

瑚太郎にとっての好きになるということは、利他的であればいいというわけではなく…それは誰かが何かを与えてくれることではなくて。居場所をくれるというのは、それはただ一緒にいてくれるだけで良くて、他には何もいらないのでしょう。瑚太郎はずっと篝という存在に導かれていました。ヒナギクの丘で篝がいてくれたから自分のやるべきことが見えて、篝が傷つきながらも命の理論の可能性を探っているのなら、それを手伝うことで篝を助けたいと思っていました。
好きになるとはどういうことなのか。そのことについて多くは語られませんが、瑚太郎がこうして篝と歩んでいたということが、それが好きになるということだったのかもしれません。

篝のいる月には人は誰もいなくて、それなのに地球にはたくさんの人がいました。篝はずっと月に独りで、そんな自分の運命を憎まず、地球の人のことも恨まないどころか、篝はずっと人の命が生きられる可能性を探していたことが、瑚太郎にとっては自分がいた場所が月であること以上に驚きだったみたいです。瑚太郎は独りでこの場所に現象として閉じ込められた運命を呪い、そして自暴自棄の果てに地球や命を恨んでいましたから、篝の本意を明かされたとき、篝のことを本当に愛おしく思ったのかもしれません。

瑚太郎は愛を知り、篝を愛おしく思う気持ちから、篝のためなら命を賭けてもいいと思っていましたし、篝のために研究を手伝うことも厭わない気持ちでした。篝が続けていた研究も、月からは見つめることだけしかできない、地球の命の可能性を探してあげたいという気持ちでした。ただ無条件に篝を愛したいというこの気持ちをここで知った瑚太郎は、篝のその気持ちもまた自分と同じ無条件の気持ちなのだと、今なら理解できるのでしょう。それが、愛なのだと。

理論の完成と共に瑚太郎は声を失い、身体も失い、自我さえ薄れつつあります。そしてその子がさえ理論の一部だから、その消失には抗えません。では愛する気持ちも同じなのか?そういった理論とかには関係のないものだから、瑚太郎はただ叫んでいます。そんなことはどうでもいい!全身全霊で!篝の名前を!愛とは理論で語れるようなものではないのだから!

思えば、愛というものが理論で語れないのは当然でした。瑚太郎はもともと現象の存在で、自分の存在意義を知覚していませんでしたが、やがて加島桜との出会いから、自分の存在理由を知っていました。そして愛とは、見返りで成り立つ物質のようなものではなく、ただ尊いものでした。

「最初は、篝を守るために呼び出されたんだと思った」
「でも、どうも違った。俺には俺の役目があるみたいだった」

―中略―

「数多の鍵の振る舞いが篝として表出したように、俺もまた、あいつに対する反作用として現れたんだ」
「そう」
「…俺は、篝に対する反作用そのものなんだ」
「救うつもりが、殺す側だったとは笑えるよ」


――瑚太郎、加島桜(篝の負傷)

瑚太郎の本当の役目、それは篝を助けることではなくて、篝を殺すことが瑚太郎という現象の本来の存在意義でした。もしも愛が理論ならば、瑚太郎も現象としての存在意義に則り、ただ篝を殺すだけの現象にしかなり得なかったはずです。これは瑚太郎という現象が理論でしかないからこそ、愛は理論を超える、愛は理論を変えてしまうほどの力を持った神聖なものなのだと、そのことをただ強く訴えていたのでしょう。

せめて願う…
もしもいつか、空に辿り着くものあらば…
月にいる少女のことを、見つけてやってほしい…
たった一人で、うずくまっている彼女のもとへ…
立ち寄ってみて欲しい…
魂から…願う…


――瑚太郎(渡りの詩)

篝は元の孤独に戻ることになります。命とは根源的に孤独なのだという篝に対し、瑚太郎はそれは寂しい、とても寂しい考えだと言っていました。だから瑚太郎は、その真実を誰も知らない、月にいて人々の命のために孤独と戦い続けた、そんな少女のことを見つけてほしいと、それが最後の願いでした。

ただし想いは消えなくても、その想いを書き残すことはできず、消えていってしまいます。では瑚太郎の想いもまた消えていってしまったのか?その答えを先に言いますと、地球に瑚太郎はその愛を、篝への気持ちを忘れることはありませんでした。
そのことについて、これから地球での瑚太郎の様子から少しずつ見ていきたいと思います。









星を救うためではなく、愛していたから


「あなたは何なのですか!」
「味方のつもりだ」
「篝を翻弄し、どうしようというのですか!」

「俺があんたの手伝いをするのは、星を救いたいからじゃない!」
「単に、あんたに惹かれたからだ!」
「特別な居場所を、与えてくれると思ったから」
「だから、こういうこともする」

「理解できません」
「あなたはホモ・レリギオス(宗教するヒト)として、篝を崇拝していたと言うのですか」

「違う、崇拝じゃない」
「惹かれているってのは」
「…好きってことだ」


――瑚太郎、篝(Terra)

地球での瑚太郎は、ずっと星を救うために動いていました。でもそれは、星を救いたいという大きな野心からではなくて、本当はただ愛する篝のために動いていました
だから瑚太郎にとっては星の救済も環境問題も実はどうでも良くて、ただ篝を愛していた。ただそれだけのことでした。

愛が崇拝と違うのは、崇拝のように絶対服従ではなくて、本当に篝のことを愛して想うからこそ叱ることもありますし、その想いから命令に逆らうようなこともしてしまいます。それは崇拝が、愛とは異なるものだということになりそうです。


愛という話から少し脱線しますが、誤解のないように補足があります。瑚太郎の愛は、すんなりと受け入れる簡単な展開がこの後にあるわけではありません。むしろもっと壮絶なものでした。崇拝とは違う感情を向けられた篝は、その後瑚太郎を突き放しています。

「ならあなたの助力はいりません」
「篝の前から立ち去りなさい」

「それも断る」

俺はまた唇を寄せた。
既成事実。そんな単語がちらつく。
だけどそれは、人間同士のルールであることを忘れていた。

「…であるならば」

触れる寸前、強い力で突き飛ばされる。
尻餅をついて、地べたから篝を見上げる。

「篝が去るまでです」

言葉通りに、篝は俺に背を向けた。
止めることができなかった。
目に圧された。
失意と決意の混在した目は、一個のヒトとしての尊厳に満ちていて、俺に篝を尊重させた。


――篝、瑚太郎(Terra)

篝は人類を愛していて、人類を救うことを願っていました。それに対し瑚太郎が抱き続けたのは、個人に対する感情でした。それほど親しくなくても、たとえ人類の滅びが関わっていたといても、それでも関わりのあった人のことは切り捨てられませんでしたし、そのうえさらに篝に向けた感情でさえよこしまな、そして同じく個人への感情でした。

特定の個人のために軽率な行動を繰り返し、そして篝の感情さえ乱す行為をする瑚太郎を、篝は突き放しています。人類全体の大きな幸せを願う篝と、個人のささやかで小さな幸せのために動く瑚太郎。篝からしてみたら、どちらのほうがより崇高に思えるでしょうか。小さな幸せのために滅びが起こってしまうのですから、それは篝の目には、瑚太郎は狂っているようにさえ映っています。人類愛と、個体への愛。それらは同じ愛と呼ばれますが、それでも異なるものです。

つまりここでの篝もまた、愛というものを知らず、そして信じていなかったのです

篝のこの意志は、瑚太郎には到底受け入れられないものなのでしょうか。しかし篝には感情が芽生え始めていて、そして確かな決意で動いているのですから、それは人の尊厳と同じくらい尊重するべきものだと瑚太郎は思っているみたいです。だからこれだけは、どれだけ篝を想ったことであったとしても、逆らうことはできず、瑚太郎は尊重しています。

瑚太郎がどんなに篝を愛していても、篝には知性とは異なる感情が芽生え始めて、その意志で決めたことなのですから、自分がただ一方的に愛するだけではなく、相手の意思も尊重することが、それもまた愛みたいです。

その後の瑚太郎はどうしたのかというと、嫌われているので近づくことはできなくても、それでも篝のために手伝いをすること、陰ながら助けるためにずっと動き続けることを決めています。瑚太郎は報われなくても、愛しているから。篝の願いを叶えるために、星を救うための良い記憶を見つけるため、命を賭けてでも、独りになってでも、戦い続けることにしました。


では、補足の部分はここまでにします。なぜ瑚太郎は、ここまで篝のことを愛していたのでしょうか。それは、本当は月で抱いた篝への愛が、実は途切れていなくて、想いが受け継がれていたからです。









篝火のように、ただ惹かれていた

…でも俺は、どうしても篝に会いに行かなきゃ。
会いたいんだ。とても。
言われてみれば、不思議なことだ。
俺はどうして、こんなにあいつのことが気になったんだ…?

そういうものだ、と言い捨てるのは簡単だ。
だって本能なのだから。
でもこの気持ちは、どこか懐かしい…
ふと、胸の奥に埋もれたしこりを感じた。
過ぎた上書きが、心と体を解きかけていた。
だからそれが見えた。
自分という存在の奥。
魂の奥に、それは引っかかっていた。
意識の腕を伸ばし、つかむ。
取り出した拳を、開いた。


それが何なのか、正確には読み取れない。
先天的に魂に紛れていた異物に過ぎない。
なのに、涙が出た。
込められた願いを感じ取ることができた。


灯火に羽虫が吸い寄せられるように。
生まれる前から、篝を求めていたんだ。

――瑚太郎、咲夜(Terra)


心に小さな火が灯る。
ああ、これだ、と思った。
求めていたもの。
ぬくもりであり、導きだ。
価値あるものだ。
   そうさ、俺の恋は…これでいい。


――瑚太郎(Terra)

瑚太郎が取り出した黒くて四角い、読み取ることのできない塊のような異物。それは月にいた瑚太郎が込めた、「いつかまた篝に会いたい」というあのメッセージでした。その想いだけは、例え解読できなくても、ずっと胸に秘めていたのです。月での瑚太郎の愛する気持ちは、地球の瑚太郎にも確かに受け継がれていました。
瑚太郎が星を救うことができたのも、篝の願いを叶えたいというただ愛する気持ちが、星の運命さえ変えてしまったことになります。

月での瑚太郎は、どんなに知性を上書きしても、愛を理解することはできませんでした。
しかし地球での瑚太郎は、大切な人を裏切り、たくさんの人を殺して、最後には魔物の姿になって、それでも最後には、たった一つ求めていたもの、尊いもの、どんなに知性を上書きしても知ることのできなかったものを、ようやく手に入れることができました。ずっとそのためだけに瑚太郎は戦い、動いてきました。それは報われなくても、価値のあるものでした

そんな篝を愛し続けた瑚太郎は、衝撃的な結末を迎えます。でもそれもまた、篝を愛していたからでした。









ただ好きだっただけ、だからこれは呪い



「え…どうして…俺?」

自分の決断とは思えない。
俺はずっと、篝に会うために頑張ってきたのに。

「お見事」

ひどいことをしたのに、どうしてそんな笑顔なんだ。

「ありえない…これは間違いだ…」
「俺は、呪われているのか?」

「呪いではありません」
「祝福です」

「違う。これは呪いだ…俺を苦しめるための…」
「何人、こうやって殺してきたと!」

篝に会いに来たのだ。
彼女のために、世界に希望を残した。
けど、救済を止めるためには他ならぬ彼女を手にかけるしかなく…
こんなものが祝福であるはずがなかった。


――篝、瑚太郎(Terra)

瑚太郎は篝の望み通り、良い記憶を篝に見せることができました。

環境問題という見方からすると、篝を剣で貫いたことは、滅びは回避されたので、これは祝福と言えます。しかし愛という見方をするとどうでしょう。ずっと会いたいと思っていて、愛している人を殺してしまったのですから、これは呪いです。しかし篝が望んでいることは、救済を止めるために殺されることです。篝に喜んでもらうためにはそうするしかなかったのですから、こんなものが祝福なわけはありませんでした。

篝を愛していて、愛している人の望みを叶える、喜んでもらえるために、愛しているから殺したくはないはずなのに、愛しているから愛する人を殺す。瑚太郎が辿り着いた結末、篝を愛するための正解は、それはどれが正解だったのかわかりません。人類を愛する篝にとっては、これは祝福でしょう。しかし篝という個を愛した瑚太郎にとっては、尊いものを失った、これは呪いと呼ぶ他なりません。しかしながら、それでも篝が瑚太郎に向けた面持ちは、懸命に頑張った我が子を見守る母親の顔で――

環境問題という祝福、愛という呪い。その二つの思想が、二つの感情を生んでしまっています。皆さんはこれを喜ばしい場面(=祝福)、それとも悲しい場面(=呪い)、どちらに受け取りましたでしょうか?

「これで…良かったのか?」
「可能性は残されましたよ」
「そうか…」
「俺はただ、あんたが気に入ってただけなのにな」
「気に入っていた?」
「好きってことだ」
「決して、友好的とは言えない関係でしたのに」

「そういう好きもある」
「………」
「この暗い場所で、あんただけが、無条件に眩しかった」
「気付きませんでした」
「あんた、鈍感だからな」
「報われない想いなど、虚しいだけのはず…」
「それでもいいんだ」
「馬鹿ですね…」

抱擁が強くなる。
篝の声が震えた。

「…個体の、くせに」


――篝、瑚太郎(Terra)


瑚太郎にとっては気に入っていただけ、好きだっただけ。報われなくても良かったのです。でもこれはどうでしょうか。ずっと報われず、そして今でも報われないままです。今まで報われなくても、それは尊いから瑚太郎は満足していました。しかし今はもうわかりません。篝の願いを叶えた喜び、篝を失った悲しみ、そのどちらもあるのでしょうし、他にもいろいろな想いが瑚太郎の胸にあるように思えてなりません。もう瑚太郎は、ただ篝が好きだったと、それだけが事実として残ったのでしょう。

そんな瑚太郎に、最後に篝が個体に対して、愛を見せます。個体の、くせに――今までずっと人類のことばかり考えていた篝が、初めて瑚太郎という個人を顧みた、愛でした

人類にとって滅びは避けるもので、未来を切りひらくことは喜ばしいことで。しかし瑚太郎は、個人のためなら滅びさえ受け入れ、人類の未来が残されたのにこうして少し寂しそうに篝のことを思ってくれていました。
どんなに見返りがなくても、篝という個を顧みてくれた瑚太郎のことを、いつしか篝は不思議と愛おしいと思うようになったのかもしれません。

だから篝は最後に、瑚太郎の馬鹿みたいに純粋でまっすぐな、そんなあたたかいものが愛だったということに初めて気づいたことに、篝は涙を流したのかもしれません。








君と叶えた約束




『いつかまた君と会いたい 天王寺瑚太郎』



もしもいつか、空に辿り着く者あらば…

月にいる少女のことを、見つけてやって欲しい…

ただひとりで、うずくまっている彼女のもとへ…

立ち寄ってみて欲しい…

魂から…願う...


――Rewrite「CANOE」


このCGは、瑚太郎が月に行く場面です。詳しく言うと、オカ研のメンバー5人の力を借りて飛躍できるのは、月までだという話ですが。

月にいたときの瑚太郎の意志(メッセージ)は、地球へと移されても形は変わってしまっても消えずに残っていました。そしてそれは、魔物になってしまっても、変わらないままだったのかもしれません。偶然かもしれませんが、それは同時に意図されたことなのでしょう。この理論さえも、星の運命さえも変える伏線となったメッセージ。そして瑚太郎がずっと心に秘められたのは、このメッセージが伏線となっていたからでした。その最後の伏線となる約束を叶えるため、瑚太郎は月に向かっています。月でたった一人、孤独なあの子のもとへ――







やっと約束が叶った。

いつかまた、君(あなた)と――


――Rewrite24話「君と叶えた約束」



物語が迎える最後の結末、この場面はアニメ版でのファンサービスで追加されたものですが、月で孤独だった篝と再会する場面です。ゲーム版では代わりに芽の周りを取り囲んでいるCGがありますが、あの芽が篝です。どちらにしても、瑚太郎は篝との『いつかまた会いたい』という約束を果たすことができました。


ーー月でただ一人。孤独だった少女には、再び愛しい人が会いに来てくれるのでした。


それでは最後のまとめに入りましょう。この二人の再会はなにを意味しているのでしょうか。篝という存在は母で、星とその環境を体現しているように思いました。対する瑚太郎は、人類とその在り方、その縮図として体現しているように思います。
瑚太郎は、一度は篝を食いつぶしてしまいましたが、それでも愛していたのは本当でした。そして食いつぶして振り返らないのではなく、もう一度会いたいと思っていました。
だから瑚太郎は最後に、孤独な彼女の運命を『書き換え』たのでした。

極めつけはアニメ版ラストで、作者・田中ロミオさん原案の篝に会いにいくという結末をわざわざ追加したのも、ただ母親を食いつぶすだけではなく、愛する心の持つこと、その尊さをより強く示したいように私の目には映りました。
だからこれは、資源を食いつぶすというのは正解ですが、この作品のメッセージはそれだけでは何かが足りないのかもしれません。


「母なる星を食いつぶしてでも、人は広がっていかねばならない」。だけどただ食いつぶすだけではなく、そんな母を想い顧みて、“愛“する気持ちを持ってみてもいいのではないでしょうか。それが、私がこのRewriteという作品から受け取ったメッセージでした。


ーーーこれは、孤独な少女に捧げられた、愛の物語。














後語り

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俺たちは友達でも、恋人でも、家族でも何でもない。
それどころか、言葉だって通じやしない。

だけど......。
あまりにも細くて、今にも切れてしまいそうだけど。
それでもつながったんだ。


ーーRewrite(三杯のコーヒー)


というわけでいかがでしたでしょうか。この記事は筆者にとって初めてのゲーム考察記事になります。初めてということもありなかなか難しいなぁと思いました。力不足でした。とは言っても1週間で作成したのでまだまだですが。

さてここでは、感想も織り交ぜながら後書きを書いていければと思います。考察ももう終わりましたし、だらだらとしたことを書いていくので、あまり興味がなければこのあたりで読むのをやめても大丈夫です。

まず私がRewriteという作品を記事に選んだ理由というのは、最後まで読んでいただいた人には伝わったかもしれませんが、今までこの作品は環境問題というテーマのみが注目されてきました。
なので今まで見逃されてきた「愛」というテーマに注目することで、このRewriteという作品の新たな魅力を見出し、作品の可能性と魅力をお伝えしていけたらいいなと思い書きました。

環境問題というテーマにつきましては、この作品がずっと問いかけ続け、そして最後には意欲的とさえ思える答えを出したのですから、それだけでもこの作品は素晴らしかったし、そのテーマを考察した人たちはとても素晴らしいと思います。今この記事を書いている私ですが、初めてプレイしたときはなにもわからず、そういった考察記事を読み、そうしてようやく理解できるようになったのですから、今私がこうしてこの記事を書くことができているのは、そういった人たちの素晴らしい努力と功績があるからこそのものです。

でもRewriteという作品への理解が深まるたびに、愛というテーマには少数の人しか注目していないのに気づいて、とても感情を大切にしたこの作品を、単に哲学的で知的な作品とするのは少しばかり勿体ないと思い、あえて(本音を言うと全部を扱うと面倒くさいから)環境問題というテーマは一切取り扱わず、愛というテーマのみの観点でRewriteの考察記事を書いてみようと思いました。

結果としては、最後まで書けるものなのだなぁと思うと同時に、Rewriteという作品に込められたテーマのすごさには改めて驚かされました。この考察を書いた私もびっくりです。まさか最後まで書けるとは思っていませんでしたし、環境問題というテーマなしでもここまでの力強いメッセージを持っていたんだなぁって……。

そのため、ここまでの可能性を秘めたこの作品は、テーマ性の評価はつい異例のSSにしてしまいました。でもここまですごいのなら手放しに褒めてもいいのではないですかね?環境問題というテーマにしても、物語の最後まで突っ走れるわけですから……。

これは環境問題のテーマ性に対し本作の解答がもう神作品ですけれど、それだけではなく、そのテーマの無機質性を超えてさらに感情的で、その描写がまた熱かったりなけたりと、もう本当に心から納得したくなるテーマであるところもこの作品のすごいところなんですよね!

愛なしでは篝ちゃんの理論が完成しなかったように、愛というテーマを入れないとRewriteは語れないと思いました。
これほどの崇高な内容、たくさん泣かされたことを思うと、本当に素晴らしい作品だとしか思えないです......。

とまあそれはおいておいて、とりあえず振り返ってみての感想に入ろうと思いましたが、つまらなさそうだと感じましたので、先にわたし的Rewrite好き好き名場面Best3でも発表したいと思いますー。

・第一位「篝ちゃんと瑚太郎くんがイチャイチャする場面(アニメラスト)」

言葉はいりません。ただ尊かったです(語彙力)。少なくともアニメ版で追加されたこの場面がなければ、この考察は生まれませんでした。だから無条件で一位です。もう頭が上がりません。この場面は特に何か台詞があるわけではありませんが、本当の良さは言葉で語れるようなものではなくて、こうした尊いものなんだと思います(思考放棄)。

月を渡る場面からここまで、本当に涙が止まりませんでした。アニメで月へと渡る場面が動いたとき、それはもう鳥肌が立ちましたね。
そして月を渡り、篝ちゃんと再会して......その時にはもう、環境問題というテーマはもう完全に消えていて、愛という本当のテーマだけが、ただ1つだけが力強く...はっきり残り続けていて......。この瞬間、本物のRewriteという物語を見た気がして......この流れの全てにおいて、それはもう本当にたくさん泣きました。

それでRewriteという物語が最後にこのような終わりを迎えるということは、この作品の目指すところは環境問題を超えたうえで、本当はここなんじゃないかと思いました。

ずっと愛の高位概念という哲学部分は印象に残っていて、そしてこの終わり方を見せられたとき、これは繋がるのではないかと、そういう微かな気持ちがありました。
それに、篝ちゃんが最後に馬鹿みたいに純粋な気持ちを知り、涙を流す場面もまた愛で説明できるのではないかと思い、今までのRewrite観を180度変えられると確信して、新しいRewrite像をただ目指して書いていました。

でもそうして全てを書き終わったときに、「ああ、これだ...」と、あのときの瑚太郎くんと同じ気持ちになっていました。そうして、Rewriteという物語が本当に大好きになっていました。本当に満たされた気持ちでした。ささやかだけど、とても大切なものを見つけたような気持ちでした。とても素晴らしい作品に出会えたと思っています。

少なくとも原作の終わりだけでは、愛というテーマに確証を持てる部分が愛が超高位概念というところだけだったので、この追加はとてもありがたかったです。この終わりが無ければ、この感動も、この記事も確実に生まれませんでした。

ただ愛だけが残されたあの追加ENDが、そんな眩しい輝きに満ちた感動が、ずっと導いてくれました。

・第2位「篝の祝福と呪い(Terra)」

まあ……言うまでもなくこれは衝撃的でしたよね……。もともとRewriteという作品自体とてつもなく莫大な世界像の上に成り立ち、展開も頭おかしいのでは?と思えるくらいの予測不能な急展開ばかりでしたが、それにしてもこれは私には理解の遥か上を言っていて、初回プレイをしたときはあまりにも混乱してしまったのと、それで混乱しながらも3回くらい繰り返し見て、考察もしっかりと読んで、そうしてようやく自力で理解できるようになったかなって感じです。まあ、難しかったです。
この場面が特に印象的なポイントはもう考察でも充分書きましたが、祝福だという篝ちゃんは喜ばしそうで、そして呪いだという瑚太郎くんは深く悲しそうでした。しかしその後、どこか脱力したように笑い始めた瑚太郎くんと、最後に口付けをする篝ちゃんが涙を見せたところが、なんとも言えない尊さ、神聖さを想わせてくれました。少なくとも二人は愛し合っていたはずですが、その尊さを言葉にすることはできないのだと、この場面の複雑さからただそう思いました。この場面も撒く言葉にできないわけですが、本当に素晴らしかったです。

・第3位「瑚太郎が本当は星のためではなく、篝が好きだったことを告白するやつ(Terra)」

原作の評判はよく知りませんが、アニメだと迷シーン扱いされているやつですね。一言で言うのならゲーム史上これ以上ないくらいの壮大な告白大失敗だと思います。それでも私にはとても衝撃を受けた場面ではありました。篝ちゃんが無知であったときは無垢の神性、人のことを知り知識をつけていく過程でアホの子扱いを受けていきますが、ここで初めて感情を爆発させる場面させ、神性と崇拝とは異なる、(人らしい)尊厳というものを感じさせてくれる場面です。神聖なものほど不可侵だと思っていましたが、そもそも人自体でも不可侵でなければならないことを知らされました。
篝ちゃんの多を愛する感情だって本物なんだなぁと思わさせられました。それに対して個を愛する瑚太郎くんは、篝ちゃんにとってはとても異様に感じたのではないかと思います。その二人の愛の違いについては、これも言葉にすることは難しいっわけですが、それはとても考えさせられるなぁと思いました。そして篝ちゃんがこれを強く拒絶した理由、感情が生まれ始めていたこと、そして恥ずかしいと思っていたことから、本当は愛という考え方の違いだけではなくて、自分の新しく生まれた感情――個に対する愛を認めたくなくて拒絶していたのかもしれないなぁとも思いました。ただの推測ですので考察には書きませんでしたが。なんだかこの場面がとにかくすごいと思った私は決して物好きではないことを信じたいです……。

ちなみにここで流れるBGM「Scene shifts there」というのですが、そもそものこの曲がよかったというのもあります。Rewriteのアニメオリジナルエピソードでミドウさんの過去が流れるエピソードがあるのですが、そこでも同じ曲が使われています。このエピソードですが、私はすごく泣きました。
そんな曲が使われた、ということもあり、Rewrite自体がかなり印象に残った作品なのかなぁと思いました。

と、こんな感じになりますでしょうか。考察記事自体はMoonの内容を多く取り扱ったのに、好き好き場面は全てTerraの場面ですね。本当は愛の概念探求を入れても良かったのかもしれませんが、篝ちゃんの登場する場面のほうが印象に残りましたので……。
こうして並べてみるとRewriteはかなり衝撃的な名場面ばかりの気もします。エンタメ作品としてみても充分面白かったようにも思いました。

あとは地球という惑星、それは世界そのものを情報記録媒体のようにして、その代行者としての役割を篝ちゃんに与え、世界が良い記憶を記録として求めるのなら、人類は知性によってその記憶を供給しなければならないという哲学的世界構築についてもすごいと思ったことをいろいろと語ってみたいと思うわけですが、たぶん求められていないような気がするのと、読み手のことを想定するのが恐いのでここまでで一旦後語りは終わりとします。下からは、Terra編の感想などについてもう少しだけ書いています。








Terra編雑感

ここまで扱ってきたそれぞれの場面について、これから私の簡単な感想をば。





ミドウが世界を憎んだ理由

先程少しだけお話した、ミドウさんについて最初は話してみたいです。アニメ版の評価も入れていいのならミドウさんは一番好きな人物だったかもしれません。

まずミドウさんの過去については、色々なことがあったようなことが鳳ちはやルートでは言われています。(ちなみにここで流れるBGMも「Scene shifts there」でした。私的にRewriteでもかなり上位の名曲だと思っています)

なぜ俺たちは、こうして見下し、睨み上げる立場になっている...?
何が悪かったと言えば...。
こんな世界だ。

「あなたは、うらやましかったんですよね、瑚太朗が...」
「...俺が、だと?」
「.........」

「俺も...」
「てめえみたいな力があったら...」
「.........」
「くだらねえ...」

一瞬、涙が見えた気がした。
それは、炎中で蒸発し、消えてしまう。


ーーミドウ、瑚太朗、ちはや(ちはや√)


そして、マーテルには人生に悩んだ人が集まるという設定がありました。

ただ豊かな物質社会の中、精神的に蝕まれる者が増大傾向にある。
魔物使いの資質を持つ者は、潜在的にかなりの数にのぼる。
マーテル会が集めているのは、そうした人材なのだ。


ーーTerra


しかし、ミドウさんの過去については原作では一切語られず謎のままで、そのセリフも特に印象に残らなかったというのが正直な感想で。ですが、アニメ版で彼の過去については、はっきりと説明が追加されます。


ーーーーアニメを視聴済みの方は、ここでミドウくんのあの場面を思い浮かべてもらえたらーーーー


しかしほんと...こんなの泣くしかないでしょ...。マーテルに集まるのは世界に虚無感を感じた人たちですが、ミドウさんはそんなものではなく、世界を憎んで、そして絶望していたんだなって...。これを考えただけで、もうどれほど悲しくて泣いたのか分かりません......。何度見ても泣いちゃいますし、思い出すだけでも悲しみが込み上げて泣いてしまいます......。

「世界はいつだってそうだ。弱い奴から何もかも奪っていく。だからブッ壊してやるんだよ!!

この言葉、ようやく初めて彼が何を言っていたのか理解できました。彼の世界の憎しみは、彼自身が言うようにとても大きなものだったんだなぁと思うだけで辛すぎでした。

心も何もかもが狂ってしまった、愛とは正反対でかけ離れたような、狂人にしか見えなかったミドウさんでさえ、本当は愛に生きたかったわけです。ミドウさんにも守りたいものがあって、戦う理由がありました。

「見たかったなあ……クソッタレな世界がぶっ壊れるところをよぉ」

こんな口の悪い言葉に共感してはいけないのですが、彼の生きてきた人生のことを思うと、そんなのずっと泣いてしまいますもん...。悲しすぎて何度も涙腺を持っていかれました。

ミドウさんの本当の想いが明かされたことで、Rewriteの世界は本当に不条理を描いていると思いました。本来であれば敵であり、しかもこんな凶悪な人に感情移入してはいけないはずですが、そんなことなんてできないですもの......。

ミドウさんは主人公とはずっと殺し合いを続ける敵同士でした。しかし、ミドウさんは愛のために生きようとする瑚太朗くんに、最後には味方になってくれます。これがまたさらに泣けましたからね......。
何だか立場上理屈をつけて、利害関係で味方になったように見えただけのようですが、世界を憎むことしかできなかった彼には、こうすることでしか助けてあげられなかったのかなと思いました。

本当はミドウさんは、愛に生きようとする瑚太朗くんが眩しく見えたのかなと思ってしまいます。
瑚太朗くんには世界はいつだって裏切ること、ミドウさん自身の凶行をもって見せつけていますが、それはもしかしたら瑚太朗くんに絶望させたかっただけではなく、ミドウさんが瑚太朗くんなら美しいものを見せてくれるのを期待していたところもあるのかな、と思いました。

だって殺す相手に情なんて必要ないじゃないですか。それなのに、瑚太朗くんにあれほど世界の醜さを語るのって、もうそうだとしか思えないわけですよ。本当はミドウさん、瑚太朗くんに情を持ってしまっているようで......。

アニメでにミドウさんは瑚太朗くんに「鍵は世界を壊す。大事に守った果てに絶望しやがれ」と皮肉を吐いて、そして助けてくれるわけですが、これもまた彼らしいと言いますか......。

でもそうして助けた形になったうえで戦うミドウさん、何だかイキイキしていましたね。壊れることしかできない彼が、それでも愛に生きられた瞬間だったからでしょうか。

原作でもアニメでも最後には味方になるのも涙が止まらないですよ……三重で涙腺が崩壊しました......。このアニメでの追加ほんとに素晴らしいです、ミドウさんにどれだけ泣かされたことか......。

ミドウさんの最期を悲しむ人は作中では誰もいませんでしたが、むしろ狂人が消えたのだから喜ぶべきにさえ思えそうですが、それでもこうして大きな喪失感と悲しさがあったのは、ミドウさんが悪役と割り切れるような人ではなかったからだと思います。

しかしやはり、瑚太朗くんだけは違うように思いました。二人の間にあったのは敵対関係でありながらも、それと同時に何かもっと優しいものが架け渡されていたようにも思いました。もしかしたらそれは、瑚太朗くんと吉野くんとの間にあったものとほんの少しだけ似ているのかもしれないと思いました。

「...そうか、寂しくなるな」

『テメェと決着がつけられなかったことだけが、こんな身の上でも無念だぜ』

「決着はついた。おまえの勝ちだ」
「男ってのは、あとからついていった方が負けだからな」
「ただし今回の試合でだけだ。次は俺が勝つ」

『フッ、テメェに男を説かれるとはな...』
『なぁ、教えろよ。オレは...何かの役に立てたのか...?』

「立ったさ」
「おまえが受け入れなかったからこそ、俺は孤独でいることができた」
「わかるか?孤独でなくなったら、俺は人間関係に満足して、埋没してた」
「そこで立ち止まって、終わってたんだ」
「可能性を探る旅は、いつだって孤独なものなんだ」
「小さな関係の中にいれば、ささやかな幸せを得ることはできる。けどそうなったら、長い旅には出られないんだよ、吉野」
「適応してしまったら開拓者にはなれないんだ。人が選べるのは、どちらかひとつだけなんだ」

『複雑な話だが...なんとなくわかる気がするぜ...』
「だから俺たちは、永遠のライバルだってことだよ、吉野」

『永遠のライバルか...そりゃいいな...』
『サイコーに...マッハだぜ...』


ーー瑚太朗、吉野(大侵攻)


瑚太朗くんを最後には助けたミドウさん、ミドウさんの最期の言葉を思い返す瑚太朗くん。死闘の果てに得たもの、絆とは違うけれど、ただ争っていただけだけれど、二人は通じ合っていた部分もあるように思いました。

何ていうか本当にミドウさんいいキャラだった!彼がいなかったらRewriteの描いた世界についてそこまで深入りできなかったですし、ここまで泣くこともなかったですからね。単に悪役と割り切れないというか、良い悪役とは彼のことを言うのでしょうね。

それにこうしたそれぞれの登場人物のつながりですとか、世界設定とか、よくこれだけ緻密かつ莫大な感じに広げられたなぁと驚きました。そうしたひとつひとつになかされるのがRewriteのすごいところだなぁ......。

......このあたりアニメオリジナルだったので、アニメ未視聴の方にとっては「???」だったかもしれません。申し訳ありません......。ここからは原作の内容をなるべく忠実に話していきますので...。





Key20周年 キャラクター投票でのRewriteについて

(19.9.28追記)Key総選挙主人公部門にて、Rewriteの主人公「天王寺瑚太朗」くんが1位になりました。おめでとうございます!

人気投票ではRewriteのキャラはやっぱりランクインしませんよねーと思っていたら主人公がまさかの1位でしたからね。びっくりしました。こうして一生懸命考察を書いた一個人としては、かなり嬉しかったですね。ちなみに私は篝ちゃんに入れました。理由は後語りで魅力はいっぱい語りましたが、最後瑚太朗くんを慈しみ、想っている最後は感動的でしたし、とにかくとても魅力的でかわいかったと思うので。

今回はせっかくのその結果ですので、この後書きでは主人公「天王寺瑚太朗」くんについてもっと語れたらなと思い、ここからは大幅な追記をしています。
瑚太朗くんは篝ちゃんの愛のために、報われなくてもそれでもあそこまで馬鹿みたいに真っ直ぐであり続けましたからね。確かにカッコよかったと思いましたので、これまで書いてきた内容と併せて瑚太朗くんが作品で見せた、愛というものの在り方についても振り返りたいと思いました。







Moon編について

Moon編でまず気になりましたのは、瑚太郎くんがやけを起こして、本音を篝ちゃんに言うところでした。どうして篝ちゃんはあそこで瑚太郎くんに気を向けたのかな、と思ったときに、やっぱりこの瑚太郎くんは人間らしいなぁと思ったので、そういうことなんだろうって思いましたね。ただしこのあたりを説明するために言葉にするのはなかなか大変でしたが……。

そうして書かれたのが”現象としての天王寺瑚太朗“ですね。(すごく苦労しましたが)我ながらうまく書けたと思います。説明不足なところもあり納得できない!という人もいると思いますが、そういう方は同ライター作品の「CROSS†CHANNEL」をプレイしてもらえると、より分かりやすくて納得できると思います。この作品自体も名作ですので。
ただ改めて説明しますと、瑚太朗くんは篝ちゃんに何度も殺され、その度に元どおりに戻って自室のベッドで目覚めます。そしてそれは、時間が巻き戻るーー篝ちゃんの研究は常に進行しているためーータイムリープではありません。だから瑚太朗くんは決められた様式をなぞっている、自然現象と類似することからも、人間とは思えませんよね。それをこの作品では「現象」と呼んでいますということを伝えたかったです。

「あんた...以前の篝だった時の記憶は持っているのか?」

「否」
「この篝はこの篝であり、他の篝とは異なります」
「篝とは現象のようなものだと心得なさい」


ーー篝、瑚太朗(Terra)

「...勝手なもんだな」
「人間を軽んじすぎてる。命をそんな簡単にすげ替えるなんて」

ホモ・サピエンスの一個体風情が、自然現象に倫理を問うな」

いつになく厳しい口調で、ぴしゃりと言われた。

「それはヒトに間でのみ通用する、脆くはかない理想」
「ヒトの外に出すものではありません。わきまえよ」


ーー瑚太朗、篝(Terra)

瑚太朗くんが命の全てを燃やしてまで助けたいと思った相手、それもまた現象でした。現象なのに人間としての自我があること、そんな現象であり人間としての存在の瑚太朗くんに対して、篝ちゃんという現象が抱いていくことになる感情、現象存在を通して人間とはこういうものだと力強く示したかったのではないでしょうかと、そう思いました。

人間というものを尊いと思う瑚太朗くんと、現象としての高潔さを説く篝ちゃん。倫理とはヒトにおいての最高概念にして、ヒトの淡い幻想そのもので、失われれば霧散する、絶対的な法則である自然現象にも劣るものです。自然が、世界が、総体としての命を前にして、ただの一個体の倫理を天秤にかけられるものでしょうか。この2つの対立は印象的でした。最後の篝ちゃんの個体を顧みて愛したというのも、こういうことを伝えてみたかったです。


現象としての天王寺瑚太朗についてもう一言。

次に彼女の手が止まったのは、主観的には数ヶ月後だ。
長く同じ姿勢のまま立っていたため、足の裏が根を張りかけていた。
強引に引っこ抜く。
考えることさえ止まっていたらしい。
全身が凝っていて、バキバキと鳴った。
なぜか俺は両腕を天に突き上げ、自己陶酔したような表情になっていた。
爪の先から葉っぱが生えていた。

「俺は人間だっ」

そういうものを全部払い落とす


ーー瑚太朗(三杯のコーヒー)

瑚太朗くんは自分が現象かもしれないというようなことを言っていましたが、何ヶ月も居眠りしている間に樹木化してしまっても、それでも自分は人間だと主張しています。
この主張、瑚太朗くんが初めて自分で現象を否定する場面で、瑚太朗くんは現象としてではなく人間として在りたかったことが分かります。これはやっぱり、人間であることのために現象が対比として置かれたのかなと思いました。とても面白い設定でした。
そういえば瑚太朗くんの体はアウロラでできていて、それでリライト能力が使えるという設定もありました。ここから小鳥ちゃんには瑚太朗くんは魔物だとルートでは言われていましたが、そこでも瑚太朗くんは人間であることを主張していたこともありましたね。

「...証明できる」
「証明?」
「俺が魔物じゃないってこと」
「...そんなの、無理」

「おまえは魔物に、念じて命令を出してるだろ?」
「もし俺が魔物なら、おまえの願望に添った行動を取るはずだ」
「だからおまえの願望の反対を実行すれば、魔物ではないと証明できる」


ーー瑚太朗、小鳥(小鳥ルート)

現象であること、人間であること。私的には考察において、その線引きはとても大事だと私は感じていた部分です。


次に気になった場面としましては、瑚太郎くんのミラクル大冒険ですよね。やたら哲学的なうえに愛という言葉がたくさん登場するので、とても印象深かったです。これだけ愛というものがなんかすごい!みたいなことを言っているのですから、もしかしなくてもこの作品は愛のすごさみたいなものを必死に伝えようとしているのは一目瞭然でした。

このことは、愛がとても重要であることを意味する。


ーー瑚太朗(ミラクル大冒険)

ラクル大冒険のこの一言だけで、雷に打たれたような衝撃でしたね。書かなきゃ!と思いましたね。Rewriteの哲学部分で、ノーベル賞を超えてさらに上の概念として置かれた時点で、それのみでも充分考察に値するものでした。でもまさかここまで書けるとは思っていなかったのですが......。

…愛がない知性だけの命では、広がれない?
…ああ、自己犠牲の精神か…
…だが…
…そもそも、なぜ広がらねばならない?
………………
…そんな理由で?
…え、これって正しいのか?嘘みたいだぞ?
…そんな優しいものなのか?

〜中略〜

…でもそれが…真実?
…愛って、そうなのか?


ーー(ミラクル大冒険)

命の理論がどうしてあのメッセージで広がることができたのか。実はここにもう既に答えが書いてあったのですよね。愛がない知性だけの命では広がれない。それは裏を返せば、あそこで広がることができたのは、愛だからということになります。本作のライターさんがシナリオと、この哲学部分を通して伝えたかったのは、このことのように思いました。

しかし、愛というテーマに確証はこの時点では全く持てませんでした。だって今までずっと環境問題のことばかり言っていて、考察記事も全てが環境問題というテーマしかありませんでしたし、突然ここで愛を語られてもって感じですよね……。私が愛というテーマに確証を持てるようになったのは、Rewriteという作品をプレイしてからかなり時間が経ってから、アニメでのあの終わりがあったからでした。
超高位概念とアニメのラストの2つがあって、それでパズルのピースがはまったようにどんどんと繋がっていって、そしてこの考察はあります。どちらかが欠けてもこれは生まれなかったでしょうし、私自身ここまで高く評価することもなかったかもしれないくらいです。

それで本音を言うと、ここは書いていて一番楽しかったです。愛は理論で語れないことを表したくて頑張ったから支離滅裂な部分もあるかと思いますが、それでも何度も見直して書き直す必要のないくらいまで力を入れていましたね。とても楽しかったです。それにこの部分を考察の対象にした人は見たことがないですし、何よりここの文章のお堅さといい不思議な模様いっぱいの背景で送られた知性跳躍風景はなんだか楽しかったです。それもそのはず、こんなに難しく展開も面白いわけではないですから、流し読みされる程度でしょう。それを必死になって書いていたのですからそれはそれはとても充実していました。でも直感通りにやった考察において、ここはアクセルのような機能を果たし、一気にこの考察を力強いものにしてくれて、重要な転換点になってくれたのが一番嬉しかったですね。ここから一気に愛というテーマが加速して、見事に証明しきることができました。本当にやりがいがありました。
ここまで読んだ人で、考察のどの節または項目が面白かったのか聞いてみたいですね。それがこのミラクル大冒険のところだったらちょっと嬉しいかも。


あと瑚太郎くんの上書き能力はかなり良い設定だなぁとも思いました。守りたい人のために体を強化することもできますし、こうして知性跳躍もできる。いろいろなことができるからこそ、主人公には何を選ぶかの選択が与えられますよね。主人公がこの能力をどう使っていくのか、その決断一つ一つが面白かったと思いました。

このミラクル大冒険で瑚太郎くんが帰り路を見失ったときに、篝ちゃんのひらひらリボンが腰に巻きついているのを見た時には、それはもう鳥肌が立ちました。愛を見失った瑚太郎くんが、ここで篝ちゃんの愛?に触れるのですから。それを哲学で解き明かそうとした直後、というのもうまいです。これは神場面だと思いましたし、この時点で神作品だと確信しまして、もう篝ちゃんのひらひらリボンのあたたかさに感動してもういっぱい泣いていました。

親和数について。この数学的な対象を物語に取り込もうと思ったそもそもの発想がすごい、というのが率直な感想なのですが、ここで初めて照れちゃう篝ちゃんがかわいすぎでした。
主観時間で3か月とこれほどの時間を要したのも、親和数という概念自体は篝ちゃんは瞬時に理解したのでしょうが、感情に乏しい篝ちゃんはこれをなかなか理解しなかったということを表しているように思いました。逆を言えば、3か月という時間を要しても、それでも理解できた篝ちゃんという存在は、理解不能ではなく弱々しくも未発達かもしれませんが、それでも自我を持つ現象として、瑚太郎くんにとって誰かとなれる可能性を示していたように思いました。なんにしても、対話能力と感情に疎い篝ちゃんへ数学という論理で論理以上の感情共感的な接触を試みた瑚太郎くんナイスアイディアでした!




絶対的に、誰もが美しいと思える、そんな美はあるのか?


美しいものについて。我々は普通(というか私もそうだと思っていましたが)、自然は美しいーーそれは自然とは絶対美であると信仰することでーーと思っていると思います。しかしRewriteでは、その価値観は否定されます。

地球は汚い。
誰が言った、美しい地球だなんて。
うつくしくねーよ。よく見ろ。
どいつもこいつも利己的で。

ーー瑚太朗(対話)

このRewriteという作品では「利己的なもの」を醜いものと定義します。そうすると美しい自然でさえ、そうではないのだとこの作品では排斥されます。Rewriteの自然観では、自然も植物も美しくはないのです。


そう言われてみればそうだと納得できる事例があります。救済が起こった世界は美しい反面、同時にグロテスクでもありました。人を蹂躙するかのように植物が成長する様は、植物ーー延いては生命そのものが醜いことが示されています。

そんな中で美しいものとは何でしょうか?もちろん自然ではありません。しかしここまでのRewriteを読んできたみなさんなら、簡単に答えが出せるのではないでしょうか。

Rewriteの答えは自然などではなく、むしろ醜いものだとすることで排除しています。だからこそ相互作用、調和ーーそれは心や愛として、人間だからこそ見出せる尊いものだと言われています。美しさは自然に見出すのではなく、尊ぶ気持ちからというのがこの作品の美への価値観だと思います。
ちなみに私はこの答えをとても気に入っています。それはライターが独自の美への価値観を持ち大変興味深いということもあるのですが、それは唯一で、利己的ではなく法則さえも無視できる超高位概念だからーーつまり誰が見ても美しいことを否定させない絶対美のように思ったからです。愛を見出すーーそれは価値判断に依拠するため相対的なものですが、愛自体は絶対美だということになりそうです。

人が何を美しいと思うか。それでも自然は美しいと思う人がいるように、それは人それぞれです。つまり美とは絶対的なものではありません。でも自然の美は絶対的なものではないことになってしまいました。

しかし、愛というのは絶対的に美しい、愛こそ絶対的な美というわけです。愛は誰もが追い求めますし、それが美しくないことだと否定できる人はいるのでしょうか。

Rewriteの結末、瑚太郎くんは篝ちゃんを突き刺しています。たくさんの人を犠牲にして、それでも会いたいからずっと頑張ってきたのに、です。
瑚太郎くんは罪深く、どこまでも汚く、綺麗なものとはとても程遠いものでした。それ以前に樹木化する篝ちゃんも瑚太郎くんも見た目は不気味でグロテスクな光景です。
救済を起こす大いなる存在としての篝ちゃん、もはや人間ではなくなり化け物のような見た目になってしまった瑚太郎くん。二人はどこまでも不気味な見た目だったと思います。

しかし、それでも最後は篝ちゃんのために泣き、そんな瑚太郎くんを篝ちゃんは慈しみ、ずっと笑っていた篝ちゃんが最後には泣き出してしまう......それはどれだけ美しかったでしょうか。そしてその美しさは、誰が否定できるでしょうか。
誰もその美しさは否定できません。それだけ篝ちゃんと瑚太郎くんが見つけたーーーー知性跳躍では届かなかった超高位概念とも呼ぶべきーーーー愛は、尊いと思えるものだったのではないでしょうか。

それは、グロテスクな風景にありながらーーーーヒナギクが美しいようにーーーー二人の中には、とても尊いものがあったのではないでしょうか。

そんな二人だったからこそ、その2つの想いは大樹になれたのかなと思います。
これまで登場した自然が利己的で全て醜いと言われていたのに、この大樹だけはいろいろな人に愛されたのも、不可思議な成長をしたのも、そんなものとは違う尊さを秘めたものだからだと思います。

Rewriteでは自然も植物も全てが利己的で醜いとしたのに、篝ちゃんと瑚太郎くん...二人の想いの大樹には、その見事な対比にとても感動させられました!

絶対的な美、それは誰もが迷信だと思うようなことへの答えを、このRewriteは導き出せたのです
この作品はどんな哲学も、物語も及ばない領域まで来てしまっています。本気で驚きました。この作品はかなり難解だったと思います。しかしそれでも、この作品が求めたもの(愛)は尊く、哲学作品でありながらどこまでも馬鹿みたいに純粋で、たくさん笑顔になれて、ここまで泣かされるなんて完全に異例でした。まさしく傑作だと認めるしかなかったですし、心から好きだと思いました。





理論にメッセージを入れる云々は、愛というテーマの直接描写とはちょっと離れるので入れるか迷ったものの、(実は書いている途中で気づいたわけなのですが)後半の伏線になっていたこと、資源を食いつぶすだけで命の可能性と理論は広がったのではないということを示したくて入れました。あれほど停滞していた理論が、瑚太郎くんの愛だけであれほどまで広がるのですから、Rewriteの作者は愛がすごいものだと考えていたようですね。
正直私もこれを書いていて、愛でこんなことが起きちゃうんだ!?と驚きましたね。

篝ちゃんが瑚太郎くんたちを地球へと送り返す場面は絶対に入れないと最後の月へと行く場面と重ならないですから入れました。そうしないとそもそもの考察が成り立ちませんから。ここもなかなか印象的でした。「それを愛というんじゃないか」という一言で締めるのも、やっぱりこの作品は愛を扱っているんだなぁって思わせてくれるには充分でしたね。いろいろと省略しちゃいましたけれど、この作品は愛と同じくらい孤独についても言及しちゃっているんですよね。

もしこの宇宙に神というものがいるなら、そいつはとてつもない苦痛の中に生きているはずだ。
知性とは自らの孤独を浮き彫りにする。
絶望と、物理の無情から目をそらせなくする。

――ミラクル大冒険


それなので、愛と対をなすテーマ“孤独”についても焦点を当て、この考察の副題は、「孤独な少女に捧げられた、愛の物語」にしようという考えはかなり初期から固まっていました。孤独という概念については冗長になりすぎるのであまり掘り下げませんでしたが、知性というものが感情さえ物理としての説明で神聖さを失うこと、つまり究極の知性は孤独に直結するということが、篝ちゃんの孤独なことについての言及なのだろうと思いました。超高密度の情報を口から鳴るように発する篝ちゃんは、受容者の理解を遥かに超えることは猛毒となるために、孤独であったのだろうと思いました。そして瑚太郎くんのミラクル大冒険では、孤独に耐えられず寒さすら感じていましたが、その感覚をなくすためには、篝ちゃんのようにそもそもの寒さを感受する自我が未発達であればよいということになります。そして自我は、他者自我と触れることで成長するのですから、孤独が孤独という概念像を曖昧にしてくれているのでしょうから、孤独が孤独というものの救済を行っているのかもしれないなーと思いました。ただしそんな篝ちゃんでも、地球の人たちに愛着を持っていたのですから、希薄でありながらも自我はあり、孤独を感じていたのかもしれないとは思いました。だから篝ちゃんの救済は孤独にではなく、愛にこそあるのではないかと思います。

対する瑚太郎くんについても孤独の言及はいっぱいあった気がするのですが、いっぱいいっぱい過ぎて何だか忘れちゃいました。ただ一例として、瑚太郎くんも篝ちゃんに愛の告白をするときにこんなことを言っちゃっていますね。

排斥され続けた俺は、普通の人生じゃもう満足できなくなってしまったんだ。
小さな幸せ、ささやかな幸福、そんな綺麗事じゃ我慢できない。
だから人が滅ぶことに抵抗はない。
命が惜しくないわけじゃないが…諦めてもいいのだ。
同時に、人から認められたくも思う。
果てしなく認められたいと願望する。承認欲求とかいう感情だ。
俺は欲深い。
欲深くなった。
得損なった分、それ以上に得たいと思った。
そのためには人とは異なった人生を歩まなければならない。
単なる例外程度では、とうてい充足は得られない。
だからガーディアンやガイアでは、俺は満たされない。
唯一無二の人生だけが、俺を慰める唯一の可能性になった。
孤独をこじらせた結果、そうなってしまった。


――瑚太郎(Terra)


あまりにも痛々しすぎて考察する気も起きませんでした……。すっぱりカットしてしまった……。ただ、こう言う瑚太郎くんですが、本当はささやかな幸せで良かったんですよね。星のことは本当はどうでも良くて、篝ちゃんが好きでいられたら充分でしたから。月での瑚太郎くんも、そう言っていましたから。

「好きな奴ができて、そいつに好きになってもらえりゃ、不安なんて消し飛んだ」
「そういうちっぽけな心しか持たない俺は、不幸だったのかな」
「でもな、どこかの誰かになった俺は、後悔なんてしないんだ」

「充実してしまったら、後悔なんてしなくなる」
好きなヤツのためなら、他のことなんてどうでもいい。世界が…」
「世界が滅びたって…」


――瑚太郎(対話)


瑚太郎くんはずっと孤独で、それでTerra編ではいろいろ言っちゃっていますけれど、本当はどこかの誰かになれるだけで充分だったのですよね。だから瑚太郎くんは篝ちゃんのためにとんでもないことをいっぱいしていますけれど、本当は篝ちゃんとの関係も、このようなささやかなことを望んでいたのかもしれません。話が何だかずれましたけれど、瑚太郎くんも孤独についてはいろいろ想うところがあり、このRewriteという作品が孤独についていろいろと触れていたことだけ伝わっていれば大丈夫です。


ではここからTerra編について語っていきたいと思います。





愛とは何か

ここでは愛については、これも考察するのがとてもしんどいので省略しましたが、愛についての言及は他にもありました。それは、マーテルという、愛に飢えた人を誰でも愛するというその思想についての瑚太郎くん自身の想いが言われています。

マーテルは親愛を重んじる。

だからここでは誰もが歓迎される。
独身の中年女性や、生きるのに疲れた若者。
孤独な少女や、生きるのに疲れた若者。
親のない子や、重い事情を抱えた人々。
環境保護にさほど関心がなくとも、マーテルは来訪を拒まない。
疲労のていにあった者の多くが、マーテルに入会すると溌溂さを取り戻す。
熱烈な人間関係が彼らを癒すためだ。
ここでは誰もが、唯一無二の存在になれる。
…本来の人間的資質とは別に。

会に恭順を示せば、家族とはうまくいくだろう。
だけどマーテルの愛は、誰だろうが受け入れる愛だ。
…誰でも良いのだ。
それが俺には、少しきつい。
たとえ打ち解けたとしても、俺には秘密がいくつかある。
UMA狩りとか、超能力のこと。
秘密を抱えたままでは、誰とも打ち解けられない。


――瑚太郎(Terra)


……とっても痛いです。と同時に、実はとても深いことを言っています。誰でも愛することは、それは確かに愛ですが、これは瑚太郎くんが篝ちゃんに求めたものとは違いました。

まず愛とは、無条件であることが月では言われていました。そしてここで求められているのは、多に対する愛ではなくて、個に対する愛でした。そう、篝ちゃんの人類愛と、瑚太郎くんの個への愛です。愛とはそれだけで高位概念ですが、なぜ個に対する愛のほうがより高位の愛のように思えるのでしょうか。それについて多くは語られないのですが、それが人生の充実だから、という感じなのではないでしょうか。

生まれる前から、篝を求めていたんだ。
目の前の男を見つめ、問いかける。
あんたにはそういう人はいなかったのかい?


――瑚太郎、咲夜(Terra)


命を賭けてでも、何を投げ打ってでも、それでも愛せる。これこそ利己的善行とは大きくかけ離れた無条件の愛で、だからこれが求めていた最も尊いものだったのかもしれないと思いました。だけどやっぱり人は臆病で、それは瑚太郎くんも同じで、そこまでしたいと思える相手は限られてくるのでしょう。だから尊いということで、その尊さは多にではなく、個を特別に想う感情から生まれるのかなぁと思いました。まあ根拠のない推測でしかありませんが。
もしかしたら見逃しているだけで、もっと良い該当箇所があるかもしれませんので、もしも見つけた人がいれば、もしよろしければ私に教えてください!(切実)

余計な話をしましたが、尊い愛とは無条件で、個に対して向けられるものでした。そしてそれは崇拝とも違う。それに限らず一方的に押しつけるものでもない。尊い愛ということを示すだけで、もうこれほどまでの条件が示されてしまいました。いったい愛とは何なのでしょう。結局愛とは高位概念ですから、こうして言葉で捉えようとすることそのものが愚行なのかもしれません。だからこうして言葉にできたのは、尊い愛という概念のその一部でしかありません。
それでは尊い愛とはどのようにしたら得られるのか?それは概念にしたら難しくても、たったの一言で説明できちゃうほどシンプルだったりします。

「この暗い場所で、あんただけが、無条件に眩しかった」


――瑚太郎(Terra)


あまりにも抽象的すぎますが、瑚太郎くんが最後に篝ちゃんへの想いを伝えるときに出た言葉はこれだけでした。それは好きでいること、それだけで充分だったんです。そこに概念も理由も、そんなもの自体が不必要だったんです。だから知性で愛を解明しようとしてもなかなか難しくてできないけれど、気持ちとしては単純なものだったんですよね。

ばかだな…
愚直すぎるんだよ…
それを…愛と言うんじゃないか…


――瑚太郎(誰も知らない真実)


「馬鹿ですね…」


――篝(Terra)


これだけの単純で、虚しささえ感じるような想い。それはまさしく馬鹿だと言われても仕方のないことなのでしょう。けれど馬鹿だと思えるくらいの純粋さ、それが尊い愛だったのかもしれません。こうしてみると真理は複雑で、そしていつだって単純なことだったんだなぁって思います。

俺には乏しい知性しかないけれど。
長い迷路を抜けることだけはできた。
いつだってそれだけが唯一の、尊さだったんだ。


――瑚太郎(ミラクル大冒険)

瑚太朗くんは、ずっと篝ちゃんのために、自分が尊いと思えるもののために、あそこまで頑張っていたのでした。

篝を見つめる。
こいつのために、命だって賭けてもいい...と思った。
たまに疑問に思う。
いろんな人を裏切ってまで、やることだろうかと。

「...なあ篝」
「なんです?」

「俺は、尊い仕事がしたい」
「誰かがやらねばならないことがしたい」
「それがせめてもの、俺に与えられる褒美なんだ」


ーー瑚太朗、篝(Terra)

瑚太朗くんにとってそれは、(反作用としてではありましたが)表出した現象存在だったから、2つの組織に身を置くことができたから、そして何よりそれが約束だったからと、瑚太朗くんにしかできないことだったのは間違いないですが、それが尊いと思えること、これを最後に近づくにつれて見せてくれるのは、やはり感動しましたね。


では最後に、なぜ個体への愛が尊いと言えるのか?マーテルの親愛...つまり博愛は、誰にも向けられるものでした。それは救われた人もいる以上とても良いことなのは間違いないのですが、でもなぜ瑚太朗くんにとっては尊くはなかったのでしょうか。
それもまた、瑚太朗くんが人間だったからです。

瑚太朗くんには上書き能力が使えて、いかにも最強で無敵かのように見えますがーーーーそれでも万能ではありませんでした。

命さえあれば、俺はどんなものにでもなれる。
遺伝子の外に捨てられた、さまざまなガラクタさえ、自在に加工できるんだ。

だけど悲しいかな、俺の命の総量は人間ひとり分。
だからここまでしか、できない。


ーー瑚太朗(Terra)

瑚太朗くんの命の総量が人間一人ぶんしかないように、愛のために人生を賭けられるのも、一人ぶんの愛程度のものだったように思います。そんなちっぽけな存在でした。
だからこそ、一人の人間として、一人ぶんの愛のために人生を賭けたのではないでしょうか。博愛に生きられないのなら、ただ馬鹿みたいに愛に生きる。でも、自分に出来る限りの全力を尽くせたのだからこそ、そんな小さな愛が瑚太朗くんの人生にとって、尊いものだったのだと思います。

そしてやはり、マーテルの博愛のような優しいだけが本当の愛ではないからだと思います。瑚太朗くんが篝ちゃんにやっていたこと、叱って怒鳴りつけたり納得できない命令には背いたり......一見愛とはかけ離れた行為ですが、でもそれは、篝ちゃんのことを想って、そして本当に愛していたからこそのことでした。
本当に愛してるとは、マーテルの博愛のような誰でもただ表面で愛する優しさだけではなく、心の奥から愛する尊さそのものでした。そんな最も尊い愛を見つけたからこそ、瑚太朗くんは人生を賭けられたのだと思いました。
親愛ではなく、本当の愛を探す物語、それがRewriteだったのかなと思います

実際にそのちっぽけな愛で理論の可能性を広げ、星の運命を変え、世界を変えて、篝ちゃんの気持ちさえ変え、ただ交わした約束を叶えるためだけに会いに行き、永遠に孤独の運命さえ変えてしまいました。
......こうして振り返ってみると本当に壮大な物語ですね。世界設定や環境問題というテーマの物理的壮大さだけではなく、愛というものの可能性の力強さを完璧なまでに見せつけられました。


『やり直すんだ…もう一度』『書き換える事が出来るだろうか…彼女の…その運命を…。』

......瑚太朗くんは確かに、ささやかな愛で、最後には彼女の運命を“書き換える”ことができたのでした。



さて、まあ一通り説明し終えたでしょうか。それではここからは考察記事で特に取り扱わなかったところの感想でも言っていきたいと思います。





月と地球の夜会


指先を絡めて、くるくる回る。
地球と月みたいに、エレガントには行かないが。

俺たちは踊る。
俺たちは回る。
生きる者なき街並みで、いくらだって楽しんだフリをする。
意味のない時間を過ごしたい。

これは反逆だ。
何も知らない人々に対する、俺たちからのささやかな復讐。
湖面に映る月にも矜恃があるのだと。

救われる人々は、俺たちの存在になど気づかないだろう。
時空の内側にいる限り、気づくことはないはずだ。
そのことが、少しばかり腹立たしい。
篝があまりにも報われないから。


ーー瑚太朗、篝(静かな海の蜜の月)

(このダンスの部分はアニメ版のほうがかわいくてときめいたかも......)

ここでは一体どんな復讐をしたかったのでしょうか。楽しんだフリをするとは、ここでの誰も知らない時間、それが知らないなんてあまりにももったいないくらい尊いものであることを信じていたから、空想の観客にも、時空の内側にしか存在できない人々にも、知らずに見せつけたかったのかもしれません。

意味のない時間を過ごしたいとは、ただ命の理論を完成させるという、ただ人々のために二人が自我を捨てた現象であったというだけではなく、二人の間には尊いものがあったということを、もし知ったら羨ましくなるようなことがあったことをしてみたかったのだと思います。

ここでもやっぱり、瑚太朗くんが篝ちゃんのことをどれだけ想っていたのかを窺い知ることができます。誰にも知られず、愛されず。それでも...だからこそ、瑚太朗くんただ一人だけは愛していたのかなと思いました。

でも一番印象的だったのはそこではなくて、篝ちゃんのかわいい一面が見られるここでしたね。

ダンスの法則を篝はたちまちのみこむ。
そして延々と規律的に動こうとする。
でもそれはつまらないから、俺は邪魔をする。
アレンジを加えることで、不意打ち気味にリズムを崩す。
篝はあせる。あせあせする。
それが愉快で、自然と笑みが漏れた。

「うわっ!?」

突然、軸足が切り替わって俺はつんのめった。
かろうじて転倒を免れ、チョコチョコと小走りに体勢を整える。
紳士淑女たちも笑っていた。

「.........」

仕掛けてきた篝は、すました顔で踊っている。
...やってくれる。
仕返しをされたのか、アレンジも含めてひとつの法則として学習されたのか。
そんな疑問はだけど、無粋だろう。


ーー篝、瑚太朗(静かな海の蜜の月)

理論の研究しかしなかった篝ちゃんが、さっきの瑚太朗くんの想いに応えるかのように楽しんでいる?みたいでかわいかったです。もうそれだけで涙が出そうになるくらいステキなものが見られたと思います。現象同士の二人でも、このような尊さを見せてくれたことが感動的でした。

余談ですが、このダンスで心に残ったのは、アニメではヒナギクに歌が付いた「Innocence Eye」が流れてとても良い曲だと思ったことですね。あまり長い時間は浸れませんでしたが、Rewriteアニメを高く評価する理由ですね。





人間の対立と共存

Terraが始まったときにいきなり戦場から始まるのびっくりですよねー。
瑚太朗君は戦場で争うガーディアンとガイアをたくさん見て、弱い者をただ虐げる世界というものを見てきました。人は良い記憶を生み出す知性を持つはずなのに、それは争いと傷つけ合いを生むばかりでした。

ヤスミンが細々としたことを引き受けてくれた。
魔物使いと超人が属するグループだ。
ある者たちが言うように、両者が決して相容れないということはなかった。
ガイアとガーディアンが対立するのは、単に復讐の連鎖や利害の問題であり、さらに噛み砕いて言うなら人間だからなのだろうと思った。


ーー瑚太朗(Terra)

しかしそんな戦場でも、ガイアとガーディアンが仲良くすることもできるということを、瑚太朗くんは戦場でみることができていました。人間だからこそ争いも生まれますが、同じ人間同士だから相容れないということもありませんでした。それが瑚太朗くんが戦場で見た、もう一つの世界の真実でした。

Rewriteではガイアとガーディアンというなんだか小難しい共同体としての組織が登場するからあまりその設定が好きになれないという気持ちもありました。でも、その2つの組織はガイアではだれでも良い愛、ガーディアンでは差別と弱い者を踏みにじる者で、どちらにも瑚太朗くんが居場所を見つけられないということを描くために用意された設定のように思います。
しかしそれだけではなく、この2つの組織を通して、瑚太朗くんに大切なものを見せてくれたように、もう一つの意味があったように感じました。こんなふうに世界の不条理さと、そして愛おしさを同時に表しているのだとしたら、この2つは世界そのものなんだなぁと感動する部分もありました。








不完全だけど、それが愛おしさ


美しいとか、可愛いとか、そういう観点ではない。
原始的な信仰心に似ていた。

―中略―

まばたきすることのない瞳には、知性らしきものは見いだせない。
だから神々しい。
知性とは不純物だということを実感した。

人は日数を重ねるごとに、不完全に近づいていく。
そして神性とは、無垢だ。


――篝(Terra)


赤子のような無知と無垢の神性からの、神々しい篝ちゃんの図です。

「...だんだん頭悪くなってきてないか、あんた?」
「...そのようなことはありません」



「篝に良い考えがあります」
「超人より戦車が圧倒的に強いというなら、それを入手すべきでは?」
「…」

いつものこととはいえ…

「戦車を用いて、地球を支配するのです」
「この国では、戦車の個人所有は法律で認められてはおりません」

「では法律を変える作戦ではどうでしょう?」
「これはかなりの盲点では?愚民には及びもつかない絡め手と言えましょう」
「篝…」

「なぜ頭を撫でるのです」
「同情だ。あまりに思考が可哀想な人みたいだったからな」
「侮辱はやめなさい」

リボンにぱしっと手を払われた。


――篝、瑚太郎(Terra)


人のことを知っていった結果、アホの子になっちゃった篝ちゃんの図。戦車に書かれた名、明日へ突撃号という表明がこの作品らしくて眩しいと思いました。


無垢とは神性、知性とは不純物、人は日数を重ねるごとに、不完全に近づいていく。でもその不完全さが、愛おしさなのかなぁと思いました。それは知性とは、愛おしさなのだということになるのでしょう。
でもさっきまで馬鹿という話をしていたような?と思った人もいるかもしれませんが、そのことについて真面目に語り始めると本題から離れるうえ難しくて長くて哲学的で冗長で誤るかもしれないというデメリットばかりなので、これ以上の言及はどうか許してください。ただ少しだけ書くと、地球での初期の無知だった篝ちゃんが神性で、今の篝ちゃんが愛らしくて、月での究極の知性の篝ちゃんがどうだったのでしょうか。それが私自身が今持っている答えです。

それは置いておきここで私が言いたいのは、愛おしさとは不完全さからではないかということだけです。Rewriteでは知性をつけていく、赤子が成長していくことを最初は悪いことのように言っていますが、愛おしさはこうして生まれるのだとしたら、それは喜ばしいことなのかもしれないと思いました。アニメ版で追加された戦車篝ちゃんについて語りたかっただけですはい。すごくほほえましかったです。だからこの愛おしさは、単に不純物の蓄積なのではないと思いました。知性活動とは、赤子の成長とは、そして人とは愛おしくて尊いものなのだと、そう思いたくなりました。





世界を裏切るほど、どうしようもなく惹かれる

居場所について考える。
境界線上でいまだどこの何者でもない者が俺だ。
だから選ばれた。だから。
そんな者がたまたま鍵と縁を持って、今この場にいる。

偶然か?
そんな偶然...あるものか?
運命論など興味はなかったが、今は信じられそうだ。
確かにこの仕事、俺にしかできない。
俺だけに与えられた選択肢だったんだ。

それは...何者かであるということ。
どこかではないが、誰かではあるということ。

「あんたと俺で、星の死、止めてみるか?」
「...もとより、それが願いです」

裏切りは濃度を高めた。
人生の苦痛はもっとひどくなりそうだ。
なのにその方角にこそ、篝火が明々と灯っている気がした。

胸をおさえる。
熱く甘く、高鳴っている。
篝という超自然の存在に、俺はどうしようもなく惹かれる。


ーー瑚太朗、篝(Terra)

瑚太朗くんはここで、世界を救うという大仕事にとても大きな高鳴りを見せますが、どうもそれだけではないことがわかります。
どこかのだれかになりたい。篝火のように惹かれる。瑚太朗くんを動かした衝動は、省略してしまいましたが実は最初から、そして最後まで貫いていたように思いました。




感謝も義理もなくても、助けたい

「なぜ思い通りにならないのです」
「それが世界というものだからだ」
「みんなそれで苦しい思いをしてる」

「俺だってそうだ」

「俺を信じてくれ。俺はあんたを裏切らない」
「当たり前です」
「裏切りなど、あってはならないことです」
「...はは」

どうやら計画が達成されたとしても、篝から感謝の言葉はもらえなさそうだが。
...まあ、いいが。


ーー瑚太朗、篝(Terra)

世界は思い通りにならない。それでもそんな世界を相手に、たった一つの想いのために瑚太朗くんは、ずっと人生を賭け続けていましたよね。
そしてその想いは感謝されない、報われないことを瑚太朗くんはどこかで知っていたのかもしれません。それでも篝ちゃんのために生きるという決意をした瑚太朗くんはすごいなって思いました。


瑚太朗くんは小鳥ちゃんと、お互い篝ちゃんを守ってきた者同士として、こんな会話もありました。

「ねえ、どうして篝を助けるの?」
「なんのお金にもならないし、誰にも褒めてもらえないんだよ?」

「どうしてかな」
「瑚太朗君だって、篝にはなんの義理もないはずでしょ?」
「正義の味方をやりたいわけじゃないんでしょ?」

「...そうだな、正義の味方に憧れているわけじゃない」


ーー小鳥、瑚太朗(Terra)


小鳥ちゃんにとっては両親と引き換えに篝を守っていました。それは篝のためではなく、両親との大切な時間のためでした。そんな小鳥ちゃんにとって、瑚太朗くんが篝ちゃんを守ろうとする姿は不思議に映ったんだと思います。

ここではあまりはっきりと語られたわけではないのですが、瑚太朗くんは正義の味方になりたかったわけではなくて、ただ篝ちゃんのことが好きだっただけなんだろうなぁと思います。

「報われない想いなど、虚しいだけのはず…」
「それでもいいんだ」


ーー瑚太朗、篝(Terra)

この瑚太朗くんのたった一つの想いが最後のあそこにたどり着くなんて本当に感慨深いです。
そんな瑚太朗くんだからこそ、世界と人類だけだった篝ちゃんが、最後に個体として、そして瑚太朗くんを一人の人間として尊く思ったのかもしれません。それはもうこの結末なんて涙なしでなんて見られませんでした。





争いと愛、良い記憶と環境問題の関係性

「ヒトはそこまで瞬時に連携するのですか?」

「当たり前だろ!素人じゃないんだ!」
「歴史の中で、何度も鍵を殺してきているんだ。ノウハウがある!」
「人間の異物を見つけ、狩り立てる力を見くびるな!」

「...」
「篝にはわかりません」
「なぜヒトはそこまでの感受性を持ちながら、こうも停滞してしまっているのでしょう?」
「これだけの知性で、良い記憶が残せぬはずはないというのに」

「...人間はどうしても争っちまうからな」
「それは、ほんと、どうしてだろうな...俺にもわからないよ」


ーー瑚太朗、篝(Terra)

ここで篝ちゃんが言いたいのは、人間には良い記憶を見つけることは充分可能であるということでしょうね。それなのに見つからないのは争うから、それは愛とかけ離れているからとも考えられそうです。命が広がるのも、良い記憶を残すためにも、このような概念がとても大切だということになるのかもしれません。





心配だから怒っている

「あんたを狙っている連中のふところに飛び込んでどうする!」
「...篝に敵意を向けてはならない」

俺の怒鳴り声に、リボンが反応して大きく展開する。

「心配で怒ってるんだぞ!」


ーー瑚太朗、篝(Terra)

篝ちゃんは怒り=敵意と、それは単純な感情として受け取ったようです。好きだからこそ怒るーーみたいなことを考察で話した気がしましたが、本当の好きとはこういうことなんでしょうね。そしてかつての現象としての瑚太朗くんが好きを知らなかったように、現象の篝ちゃんにもわからないものだったのでしょう。

それにしても、リボンという刃物を目の前にしても、それでも怯まずに強い意志を見せつけた瑚太朗くんはすごいですね。ここまで篝ちゃんのためを思ってくれる瑚太朗くんはかっこいいかもしれないです。





瑚太郎くんの篝ちゃんへの告白と壮大な失恋


瑚太郎くんの篝ちゃんへの告白と壮大な失恋についてはもう充分以上に語ったのでもうこれ以上は何も語れないですが、この前後でRewriteは展開が大きく動くわけですから、この場面は入れたほうがよいと思いました。瑚太郎くんは本当は星ではなく篝ちゃんのために動いていたこと、そして篝ちゃんが好きなこと、これは二重の意味で告白だったと思いました。

ここはtop3に入れるくらい好きだと言ったので、もう少しだけ語ってみたいなと思います。ここはずっと現象存在としての意識であった篝ちゃんが、まさかの感情を宿してしまう場面で、篝ちゃんもまた、現象でありながらも心を持てることを見せるという、話の転換点ともいうべき、実はちょっとすごい瞬間だったのではないかと思っています。


「ちょっとした縁でも、できれば壊したくないと思ってるからかな」
「ちょっとした縁のために星が滅びます」

「その時は...」
「滅びを受け入れる」

「愚かなホモ・デメンス。あなたがたは狂ってしまっています!」
「...言葉もない」
「あなたがそのような態度では、どうあがこうと、良い記憶など得られるはずもありません」
「...面目ない」

黙りこくる。
不思議な長さ。
俺は表をあげた。

「ひどい...」

泣いていた。

「あなたたちには、生き残る気さえなかったのですか...」
「なら何のために生まれてきたのです!」
「篝...あんた、感情が...」

人に触れて人を学ぶ。
短期間で言葉を学習したように、篝は人間理解を一段深めた。

感情的に叫ぶ。

「この星から一歩も出ぬまま終わるつもりですか?」
「小さな個の幸せばかり追い求め、大きな可能性を放棄してしまうというのですか!」

ここでは、瑚太朗くんが何を今まで求めてきたのか、それがよくわかると思います。星の運命はやはりどうでもよくて、それよりも大切にしたいと思っていたものがあったのです。
篝ちゃんの問い「何のために生まれてきたのか?」。それはもうここまで書いてきた以上簡単に答えが出ますよね。それは人類全体の永続の幸福だったのでしょうか。瑚太朗くんにとってはそうではありませんでした。小さな、ささやかな幸福のためにずっと動いて、そう生きることを望んだ。それがどんなにちっぽけでの、それでもとても尊いものだからです。

もうひとつ、篝ちゃんは生命への執着(アウロラと再進化のお話です)は強くとも、人への執着はありませんでした。それは、命さえ存続すれば、人という形ではなくても良いということです。
しかし、ここの篝ちゃんはどうでしょう。ここで篝ちゃんが感情的に叫んでいたこと、それはまさしく人への愛着ではないでしょうか。人に触れて学び理解を深めていくうちに、感情と人への愛着から、そんな愛おしいものが滅んでほしくはないから、ここで初めて泣いて、そして感情的に叫んだように思います。現象だった篝ちゃんにも、尊厳はあるのでした。

篝ちゃんも瑚太朗くんも、ここで初めてお互いの信じる、愛というものをぶつけ合っていました。


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(頭で理解してても感情が......心が裏切る。それが人間なんだよ......篝)

二人はどちらも現象から始まり、人になって、そうして感情の末にこうなるのですから、衝撃とも思えました。これが本物の超高位概念なんだな、作者はこの素晴らしさを書きたかったのかもと思いました。うん......圧倒的すぎてこちらも涙が止まらないです......。

どうしたものか。
興奮の極みにある篝。鎮静剤にかわる行為はあるか?
攻撃すれば敵対と見なされる。
和解の道がなくなるおそれがある。
どうにかして味方だと知らせるしかない。

もっとも衝撃的な、好意を示す振るまい。それは...
隙を見つけて、篝の唇に吸いついた。


ーー瑚太朗、篝(Terra)

瑚太朗くんが篝ちゃんに示したかったもの、それは好意でした。裏切らないと誓った瑚太朗くんが、裏切りのようなことをして、それでも味方だという。感情が生まれた篝ちゃんにも、この意味と概念には到底理解が及ばないと、そういうことになるのでしょう。

この後に続く話は確か考察本編で書いた、星を救いたいからじゃなくて惹かれたから、崇拝ではなくて好きだという部分だったと思います。あそこは頑張って書いた記憶ですが、やっぱりこの部分の内容があまりにも濃かったですからね。

この部分は書いていて、瑚太朗くんさらっととんでもないことを言っていると思いました。Rewriteのテーマは星の運命だとする考察が今までの主流でしたが、このセリフで今までの考察を完膚なきまで超えることができました。そんなテーマは、愛の前ではどうでもよくて、愛こそ本当のテーマだと最後まで見せつけてくれました。ここまでの力強い感情には本当に感動と震えが止まらなかった...。
ここは自分が欲しかった言葉がいっぱいあって、この考察記事の他との違いを確固たるものにしてくれた部分だったと思います。この作品の壮大な設定を前に、更にそれを超えるこの力強い感情に、この強烈に感情的なテーマには、凄まじい完成度だととにかく驚嘆に値します。哲学や自然・生命観の枠を超えたとんでもないレベルの傑作でした。

そんなこと関係なしにこの部分での瑚太朗くんと篝ちゃんが好きすぎて......はい、とっても好きですっ......!




“篝火を追うもの”


さて、この後には告白失敗の場面があるのですが、ここからがまたすごいのですよね。普通ならこのように叶わなかった恋。見返りもない、報われなかった恋。これで終わってしまってもおかしくはありません。ですがここで、瑚太朗くんは大きな行動を起こします。

ずっと、どこかに属することばかり考えてきた。
居場所がなくなるだけで不安になる。
自分にさえなれていないからだ。
どこかの誰かではなく、何者にかなるべきだった。
俺というものになるべきだった。

なら、それは何だ?
いろんな人々の顔が脳裏をよぎる。
皆、自分で決めた人生を歩んでいた。

今宮は、学校の外で落ちこぼれスタートでも、立派に挽回してみせた。
長居も一度は脱落したが、新たな自分を見つけた。
ルイスは俺と出会った時にはすでにルイスだった。
江坂さんや、加島桜、あの洲崎や三国だって疑うことなく自我だった。

「俺は」

家まで出て、過去だって捨てた。
篝を手伝うと決めたはずが、どこかで守りに入っていた。

...じゃあ冷酷になれるのか。
知っている人たちを犠牲にできるのか。できるはずがない。
できると思っていても、実際にそういうことになったら迷いが生じる。
俺が支払うことのできるコストは、もうないのか?


ーー瑚太朗(Terra)

だから小鳥に操作を頼んだ。

「今後、俺が連絡したら、この場所に網を張ってもらいたいんだ」
「どうするの?」
「やっぱり篝を手助けする。嫌がられるだろうけど、やれるだけやる」


ーー瑚太朗、小鳥(Terra)

状況が動かないのなら、動かすべきだった。
それが篝の希望でもあったのに。
リスクを恐れて行動をためらっていた。

「その生き方は、もうやめだ」

おまえは何者だ。
自分に問う。
答えはすぐに生じた。

(俺は、篝を追う者)

くらやみの海で、遠くに浮かぶ篝火を追う、ひとりきりの船頭。
そういうものが俺だ。
過酷な道に、仲間は連れていない。
だからひとりだ。
もうこのビジョンを見失うまい。

知らず知らずのうちに俺は笑っている。
余裕などないはずなのに、心が落ち着いていた。


ーー瑚太朗(Terra)

ここからの瑚太朗くんの決意する瞬間は本当にかっこいいですね。もうここからは報われなくても、それでも天王寺瑚太朗はただひとり、その個体として、本当に好きだと思えることに全てを捨てる決意をします。
そうして天王寺瑚太朗は全てを手放し、全てを失い、全てを賭けていく。でもそれはたった一つの大切なものーー“愛”だけは決して見失わず、ただ追い求める。そんな「篝火を追うもの」としての人生を歩んでいくことになります。
ここは瑚太朗の中では全てが崩れて、全てが大きく失われた瞬間だったと思います。たった一つの愛に生きること、その重さが苦しくも全力で描かれていました。篝火だけを見失わなければ、他は何を見失ってでも、必死に追い求め続けていくことがたった1つのささやかな愛だったのです。
本当はここ、考察本編に入れたいくらいの力強い内容でした。残念ながら長すぎてうまく入れられなかったのですが、篝の決意と共に、瑚太朗も全てを賭けられる1つのものへの決意を固めたのでした。

篝火に導かれるとはただ惹き寄せられるだけではなく、自らの意志で人生を賭けてまで追うものだと瑚太朗くんは決めました。そうした瑚太朗くんの人生全てを賭けたものは、それだけ何にも変えられない尊さだと思いました。





江坂と瑚太朗の関係

それで話が結末に向かうにつれ、江坂さんは本当に良い人だったなぁと思いました。


「兵隊に求められる資質は、英雄のそれとはまったく異なる」
「超人は傲慢なものだ。英雄になりたがる。だが私は、兵隊として自分を鍛えた」
天王寺…英雄になるな。兵士であれ」


――江坂(Terra)


江坂さんの教えのとおりに瑚太郎くんはがんばり、戦争地帯でも兵士であり続けました。江坂さんの教えは、いつも瑚太郎くんの胸に生き続けていたのかもしれません。
それでも、ガイアとガーディアンの両方ともが鍵を狙い、愛する篝のために世界を相手に戦おうとした瑚太郎くんの姿は、私には英雄のように見えました。そう考えると、江坂さんと瑚太郎くんは本当に良い師匠と弟子の関係だったと、そう思いました。





良い記憶とは何か

切り開く力と、意志。
篝の求めた良い記憶がこれだ。
俺なりにベストを尽くした。
あとは時間の問題か。
今から変革で、間に合うか、手遅れか...

俺みたいな悪党は、神さまにはちと祈りにくい。
だから星に祈るしかない。
篝の腰を抱いたまま両手を合わせた。
こわばった背中に、額をつける。
全ての終わりまで、あと一日か二日。
どうか、この子を保たせてください。


ーー瑚太朗、篝(Terra)

良い記憶とは何か?環境問題を根底にした考察ですと、星を食いつぶしてでも人は広がっていかなければならないだと思われます。
しかし、プロローグでは「幸せとは何か?」という問いかけがありました。だからより根本的な答えは、良い記憶とは切り開く力と意志を持ち、幸せに生きるという人生観そのものだと思いました。

星を食いつぶすことはここでは登場せず、ただ切り開く力と意志ということだけが2度も登場しています。星を食いつぶすことよりも、このような人の愛おしさを強調しているように思いました

瑚太朗くんは篝ちゃんへの「愛」のために全てを捨てて、そして最後まで駆け抜けました。その未来を切り開く力と意志を持った人生は、篝ちゃんの目には「良い記憶」に見えたのかもしれないと思いました。
だからこそ篝ちゃんは最後に、個体として瑚太朗くんを、愛おしく思ったのかもしれません

そのため「良い記憶」とは、ただ食いつぶすということではなく、“何のために食いつぶしたのか”ということに注目してほしいです。それは、愛するために、ということです。
Rewriteでは最後の資源として命に手をつけます。そうすると、瑚太朗くんも命を資源にしていましたが、それで何を成し遂げようとしていたのでしょうか。それは全て、愛する篝のためでした。
愛が無ければ拡がれない、そもそも拡がる理由もまた愛であることは高位概念で示されていました。だから資源は食いつぶすけれど、それでも愛する気持ちも大切なのではないか、と思いました。

星が求めた良い記憶、それは命を賭けて愛に生きた瑚太朗くんを、篝ちゃんが最後には認めてくれたように、その良い記憶の本質はーー心(そして星も)を動かしたーー愛だったのではないか、と思いました。

ちなみに田中ロミオさんのライトノベル人類は衰退しました」の3巻でも良い記憶論が展開されるのですが、食いつぶすということは一言も登場しないのですよね。
ーーーーそれはあたたかいもの、つまり「愛」というものが、星にとっての良い記憶だという説明がその代わりに登場します。良い記憶とは、今まで言われてきたような食いつぶすという冷たいだけのものではなく、もっとあたたかいもののような気が私にはしています。


そして悪党だったとしても、大切に思うものはあるんだなやっぱりとここでも思いました。瑚太朗くんにとって篝ちゃんは、この日まであらゆる仕掛けを用意して、そしてその子のために祈りまで捧げるほど、その想いは熱いだけではなく、とても切実なものを感じましたね。





地球救済ハンター

これに続いて地球救済ハンターもなかなか卑怯です。瑚太郎くんが子供の頃に背伸びしてやっていた、魔物を刈るお遊びでした。ガーディアンに入った時に同じチームの今宮くんには、その地球救済ハンターのことをすごくバカにされていました。

でも大人になるにつれてもうそんなことはしないと言うようになります。
しかし最後の最後で今宮くんに裏切りがばれてしまい、その時におまえは何者だったんだ?と聞かれる場面があります。



天王寺、よくも長いこと騙してくれちゃったりしやがりましたね?」

「聞きたいことしかねぇくらいだけど...時間ねぇしな」
「おっ死ぬ前にひとつだけ教えてくださいよ」
「...おめーいったい何だったの?」

そんな質問を、ずっと昔、自分自身にしたことがある。
笑ってしまった。

ーー今宮、瑚太朗(Terra)

その問いに対して、ここで瑚太朗くんがあの一言。


「俺は…地球救済ハンターだよ」


――瑚太郎(Terra)


なにこれすごくかっこいい......。子供の頃の夢は大人になるにつれて失っていくけれど、それでも本気で追いかける瑚太郎くんかっこよすぎるでしょうと本気で思いました。ものすごくかっこいい伏線でした。
アニメ版ではここでサイキックラバーの曲が入るのも、まさに愛する人のために戦う地球救済ハンター(ヒーロー)という感じがしてすっっっごくかっこよかったです!

愛というのは純粋さだと言いましたが、その愛のためだけに地球を救う。それは童心に帰るようなーー子供が持つ純粋さにも似るのかなと思います。この純粋に愛のためだけに生きる瑚太郎くんは、子供っぽいのぬあまりにも純粋で、それはもう泣けてしまいます。
ここでの遊び心に溢れたセリフはセンスありますね。アニメ版ではさらに凄い演出にBGMまで付くので盛り上がりが凄かったですよね。とても心に残っています。

そして裏切ったはずの今宮くんたちを今度は助けたときに、瑚太郎くんは何がしたいんだと聞かれます。

「マジで...何してるんだよ...おまえは」


ーー今宮(Terra)


「言っただろ、星を救うって」
「そうでないと、気を引けない女がいるからな」


――瑚太郎(Terra)


かっこよすぎますね。ここでも星を救うのは、好きな人がいるからだと言われているので、やっぱりこれは愛に生きた瑚太郎くんの物語でもあるのだと思います。

恋をしてしまった相手に対しては、もう誰の目から見ても何をしているのか誰にも理解してもらえず、本当に何をしているのかと奇怪に見えたに違いありません。
でもそれが、愛なのかもしれません。たった一人のために何かをするとは、全てを賭けるとは、こういうことなのでしょうね。この愛のためだけに星を救う決意をし、本当に星の運命さえ変えてしまうのですから、純粋な愛こそ真実だと思わされますね。そんな力強さを思い知らされました。





ポイントオブノーリターン

右腕からあふれ出るものは、もはや赤い血ではない。
鈍く灯る、赤緑の発光体...命そのものだった。
刃物であり蔓であるものが、関節をいくつも挟みながら何本も生え出てくる。



まだ命は残っている。わずかに、残っている。
それを汲み、飲み干す。
もうひとすくいほどしか残らない。
もう構わなかった。

ポイントオブノーリターン。
引き返せない一線など、とうに超えていた。


ーー瑚太朗、地竜(Terra)

地竜(↑のティラノサウルス・レックスみたいなやつ)戦で再び出てくる言葉「ポイントオブノーリターン」というのも、この作品が環境問題として引き返せない一線を越えたこと、そして瑚太郎くんの身体も気持ちもまた引き返せない一線を超えたというのも、この作品が環境問題と愛という2つのテーマのまさかのクロスポイントになっていて、交差して両立させていることにはとにかく驚かされました。
原作のここでサイキックラバーの曲が流れるのもいよいよ結末に向かっているという気持ちになれて良かったです。この作品Terra編に入ってからがすごすぎるでしょう......。

瑚太朗くんのこの決め台詞をここで言ってしまうことも、もう単純にかっこよかったです。それとここで瑚太朗くんから流れ出る液体はもう血ではなく、緑色の液体になっていました。
誰かを愛するという気持ちは、瑚太朗くんの体をとうとう人間ではなくさせてしまいましたが、瑚太朗くんはとても人間らしかったのではないかと思いました。愛に生きるということ、その重さを最後まで突き通す続けたのはお見事でした。

この後に続く「砕けろ、ガイア!」もまた、瑚太朗くんが単に地竜を砕きたかったというだけではなく、篝ちゃんの時間を縮めようとするガイアの思想自体を砕く、そしてそれは篝ちゃんに対しての気持ちがそうさせるのかなと思いました。
そう何かを思わずにはいられないくらいの力強い意志を感じましたよね。ポイントオブノーリターンに続いてセリフの固有さだけではなく、そこに込められている力強い想い、愛する人のためだからこそカッコいいということですね。

そしてここでさらに面白いのは、地竜と瑚太朗くんの対話なんですよね。これから決戦というところで、リライトを使用するためとはいえ少しの対話を行うところや、地竜が瑚太朗くんのリライトの使用を見抜いていながら、その対話に応じたり準備が整うまで待ってくれたりと、不思議とお互いの命への尊重みたいなものが一瞬とはいえあったのには驚きました。
この作品は「敵対」だけでは全ては語れないとは言いましたが、恋のためにここまできた瑚太朗くんと、知性を宿した魔物である地竜ーーそれはお互いに高みを目指した者同士の、そんなお互いを認め合うような想いがそこにはあったように思いました。

ここはとても熱い場面なのですが、それは不思議なつながり、そういったものを感じさせられたからだと思います。

というか、愛の高位概念と月での瑚太朗くんのメッセージでも思いましたが、さらに地球救済ハンターといい、さらにここのポイントオブノーリターンはもうこのライターさん天才か!?と思いましたね。
細かく丁寧でありながらも、異様なレベルの高さとこの印象深さ、そして感動の伏線回収には本当に驚きましたよね。





好きであること、愛してるということ

そうして最後にはヒナギクの丘へと導かれるように辿り着いた瑚太郎くんは、篝ちゃんのことを忘れてしまったのに、その名前を叫んでしまうのも魂の叫びみたいでかっこよいと思いました。
その愛する人の名前を思い出せたのは、圧縮された四角い塊を見つけます。それは月での瑚太郎くんが、「いつかまた君に会いたい」と残したメッセージでした。そして月での篝の姿を思い出し、さらに愛の概念探求で見た愛の概念をここでも回想しとうとう辿り着いています。あの圧縮されたメッセージと、知性跳躍で見つけた愛の概念は哲学的すぎてどうでもよいように思えますが、実はとっても大切な伏線だったことに震えさせられました。これは巧かったです。
その一方で非常に難解で狂気さえ感じてしまうような方法ではありますが、それでもこの愛に溢れた伏線回収は本当に丁寧で凄いですし、感動さえしてしまいました。さらに伏線以上に、込められたメッセージと回収が暖かく愛でいっぱいなことがステキでした!


篝ちゃんを手にかけてしまう場面では、「好き」であるということと、「愛し」ていることの違いみたいなことをちょっと思いました。

好きであれば、殺せると思う。


――最果てのイマ姉弟


好きであるからこそ、殺すことができる。それは好きな人の命に見合うものを用意できるからこそ、殺せるのかなというのが私の考えです。例えば瑚太郎くんが江坂さんとの戦闘で、次のような会話をしています。

「…俺の最後の仕事を、鍵に見せます」
「それで滅びを諦めてくれるなら、人は可能性を掴むことができるでしょう」

「そうか…それなりの考えは、あるということだな」
「ならば良しとしよう」
「敗北もたまにはいい。今まで認めがたいと思っていた、たくさんのことを許容できる」

「江坂さんたちのしたこと、みんなのしてきたこと、無駄にはしません」


――瑚太郎、江坂(Terra)


好きであるからこそ、殺せるというのは、この江坂さんとの会話が特に物語っているように思いました。瑚太郎くんは親しい人を殺すことはほとんどありませんでしたが、唯一の例外は江坂さんだったように思います。好きな人を殺したときに抱く気持ちは負い目のような罪悪感です。では、「好き」であることの次は、「愛し」ていることとの違いみたいなものについて、私の考えを書いてみます。


「瑚太郎になら、殺されてもいいです」
「できるわけ…ないだろうが」


――Rewrite 12話「滅びの歌」


アニメ版のセリフは原作と結構違っていて、もしかしたら間違いかもしれませんので、話半分程度に聞いてもらえたらと思います。

「愛し」ているのなら、殺すことなんてできません。瑚太郎くんは、それは自分の意志ではなかったように。そして愛している人を殺してしまったのなら、それは罪悪感のような乾燥したものではなく、深い悲しみという感情が身に浸されます。好きだという多への感情と、愛という個への感情は、尊さという見方からも二つは違う、愛は高位のものであることがわかります。ここまでがアニメからの考察です。この結論だけは、アニメからしか出せそうになかったので間違いかもです。

ただし、瑚太朗くんが最後に篝ちゃんへ起こした行動、そのときのセリフはやはり印象的でした。

自分の決断とは思えない。
俺はずっと、篝に会うために頑張ってきたのに。


ーー瑚太朗(Terra)

瑚太朗くんにとってそれは呪いで、そして自分の意志ではありませんでした。それは篝火に導かれた結果、それは叶わない恋だったように思いました。
「そんなことはできない」という強い主張があったのも、それが瑚太朗くんの意志ではなかったことへの強い裏付けのように思います。つまり瑚太朗くんの意志だけでは、篝ちゃんを殺すことなんて絶対にできないのだと思いました。

それは篝ちゃんへの愛なのか、それとも篝ちゃんの愛したものへ応えるためだったのか。そのどちらなのかは分かりませんが、別の強いものが加わった結果、儚い結果だったように思いました。





食いつぶすこと、愛すること

いよいよの結末で、月に篝ちゃんに会う場面。お恥ずかしいことながら、初めてゲームをプレイしたときにオカ研のみんなで白い道を歩くあのCGと、芽を取り囲むCGは「???」という気持ちで、何度見てもその認識は変わらずにずっとそのままにしていました。
でもアニメ版を見て、あーなるほどーと思いました。月に向かっていくこと、最後の篝ちゃんといちゃつく場面を見たときに、間違いなくこれは「愛」の物語なのだという考えがようやく確かなものとなりました。アニメのあのラストが無ければ、アニメのそれまでの過程が無ければ、この考察記事自体が生まれませんでした。
それで原作で特に印象に残った愛の高位概念と、アニメで印象に残ったラストを結合させて、こんな解釈もありますよ、程度の小規模の記事の予定だったのに、あれよあれよと壮大な記事になってしまったのは自分でも驚いています。
もともと篝ちゃんとのイチャイチャだけを書きたかったのですが、こういった既存の固定観念に捉われない発想ができたのは、私自身が単なる萌えゲーマーで、環境問題もいいけどとにかく篝ちゃんとのイチャイチャも最高ですよ!というしょうもない凡俗な考えが源流でした。
Rewriteには愛とは超高位概念で、そして萌えゲーマーとしての生き方を肯定されたように思いました本当にありがとうございますこれからも萌えゲーマーとして精進します!この考察を終えたときのやりがいと達成感はすごかった......。

アニメは荒削りで作画も悪いところが目立ち、出来が悪いと言われますが、それでも「愛」を持って作られたのは確かだと私は思います。あのラストが見られただけでも価値はありましたが、それまででもたくさん泣かされて本当に良い作品だと思いました。

この記事の最後のまとめの文で「母なる星を食いつぶしてでも、人は広がっていかねばならない」。これは、あーこれ書いちゃうのかーと言う気持ちでした。きっとこのRewriteという作品観すら変えかねないという確信さえあり、自分が間違ったことを言っていないかとても不安に思いました。でもこれを書かないとこの作品が愛の物語だということにならないのですから、最後はこの言葉で終わらせることにしました。今までの自然環境考察群とは180度違うことを書いたつもりですので、それにふさわしいかなと思いまして......ちょっと調子に乗りすぎたかもしれません......。
でも書いた後に思ったことなのですが、こうしてみるとRewriteは確かにそんな物語だったよなぁと不思議と個人的には納得できる気持ちもありました。

ルイスを思い出した。
彼の技を。

それはどこから来たのだろう?
意識が飛ぶ。
遠い、過去の記憶。
遺伝子の外に置かれた、ヒトの記憶。
半裸の男が、槍を持っている。
今の人間とは体格がまるで違う。
骨格、脳のサイズ、すべてが。
男の前を、巨鳥が悠然と横切っている。
高く、遠い。
とうてい届くはずのない距離。
だが、挑む。
歴史さえもはるかに超えた超過去。
記録されたこともない歴史のプロセスにおいて、誰もなしえないことに挑んだ者たちがいた。

彼はひとつの時代では数えるほどしかいなかった。
だが実在した。
時間の方向に沿って数えれば、驚くほどの数がいたのだ。
最初のひとりは失敗した。
二人目も。
百人目も。
千人目が初めて翼をかすめた。
飽くなき探求は続けられた。
成功したのは、数千年前という、歴史的にはつい最近のことだ。
獲得形質。
後天的技能を伝承する現象。
それを読み出す行為こそ、超人化の精髄に他ならない。
脳裏に技術がひらめく。脳の成立過程においてもっとも原始的とされる部位に、それは打たれる。

だから理屈では説明できない。
本能と感覚が体得するだけ。感覚的理解。
その奇跡の技能を、さらに超人の身体能力で実行したとき、超人的な技は超人の技へと昇華する。
いつしか俺の手に、小さな投げ槍が握られていた。
槍ではない…枝だった。
あたりに生い茂っている中から、最も槍に近い形状・重量のそれを、無意識に選別していた。
枝の表面を血が覆っていく。
手首から流れ出る俺の血…
自らの意志があるかのように枝分かれし、各部を補強した。
偶然にも民族的な赤い線状模様を描き、それは完成をみる。

「…ルイス、技を借りるよ」

構える。どう投げればいいかはわかっている。
皆が、教えてくれた。


――瑚太郎(Terra)


これは瑚太郎くんがルイスという人の技を借りる場面です。ルイスくんはTerraでの登場人物で、瑚太郎くんが外国で出会った良き戦友と呼べる存在でした。しかし彼は、瑚太郎くんを助けるために命を失っています。
瑚太郎くんはそんなルイス君のことをただ食いつぶしていただけなのかというと、こうして彼のことを思い出してあげていたようにも思いました。江坂さんについても同じで、ただ乗り越えるための存在というわけではなく、好きだった存在だと思います。

これを裏付けるために、自分では排斥され続けたと言ってきた瑚太朗くんが、これまで出会ってきた人たちについて、振り返ってみたいなと思います。





ルイスについて

まずはやっぱりルイスくんから。ルイスくんは戦場で出会った初めての戦友で、何かあったときは必ず瑚太朗くんを助けてくれて、異国で言葉が通じない二人は助け合う仲でした。

アニメ版追加での余談ですが、戦場で初めて人を殺した瑚太朗くんの描写は原作ではかなり淡白に書かれていましたが、アニメでは瑚太朗くんがそのことに強い嫌悪を持っていたことが補足されています。瑚太朗くんは愛を裏切るような行為はできなかったのですね。

ルイスくんについては、サッカーの試合で高い身体能力を発揮したことから、この戦場に連れて来られたという過去が話されます。主人公も似た境遇だったと意気投合する場面でした。

「...昔、友達を殴ったことがある」
「ちょっとしたケンカで」
「友達は、それで死んでしまった」
「次の日、黒服も男たちが来たよ」
「サッカーのテストなんて嘘さ」
「それも、年下の友達だった」

「...そう」
「ここに志願したのは、自分を痛めつけるためさ」
「けど、もうこの生き方はやめる」
「停滞するのはもうやめだ」

「俺も...そうしようかな」


ーールイス、瑚太朗(Terra)

しかしルイスくんは瑚太朗相手に嘘をついていたということになります。でもそれが瑚太朗くんへの裏切りだったのかというと、そうではありませんでした。それが、戦友だったということです。そしてルイスくんだって、大切だと思っていたことのために自分の意志で、この戦場に立っていました。

ルイスくんは戦場でのピンチで、主人公と子供たちを逃がすために、敵を槍で撃ち落とす過程で、命を落としてしまいます。

「走れ!」

手を振ると、ルイスが首を横に振った。
手をあげた。別れの挨拶をするみたいに。
...笑っていた。
直後、爆炎がルイスのいた一帯を埋め尽くした。
膝が折れる。

「そういうの...やめろよ...」


ーー瑚太朗、ルイス(Terra)

理性ではわかっていることも、体はなかなか理解してくれない。
全身から冷や汗が噴き出していた。
遠く工場施設は炎に包まれていて、いつかテレビで観た遠い国の戦場を彷彿とさせた。

遠い国?
まさにこの大地のことじゃないのか。
戦争?
まさにこのことじゃないのか。
しばらく打たれたように立ち尽くしていた。
立ち直れたのは、守るべき者たちがいたからだ。


ーー瑚太朗(Terra)

そんなルイスくんを見て、ルイスくんの命のぶんまで生きること、そんな静かな決意を与えてくれた人でした。初めての戦友で、下位の者を卑下する戦場において得難いものであっただけに、その喪失はやっぱり悲しいと思わずにはいられませんでした。





加島桜について

好ましい人ではなかったのに入れる必要はあるの?と思ってしまいますが、書きたいこともあるので......。

加島桜はガイア主義マーテルの聖女で、悪役っぽい人でした。月での篝ちゃんとあらゆる生命の可能性すら根絶しようとしたので、あんまり良い記憶はありません。
ただ、そんな加島桜もまた、自我が憎悪に侵食される恐怖に苛まれているようなエピソードがアニメで追加されていたことからも、そう簡単なものではないというのがRewriteという作品なのでしょうね。尊厳というものを考慮するのであれば、彼女を悪役と見なすわけにもいかない部分もあるのかもと思いました。

でも、Moonでは加島桜との出会いで瑚太朗くんの想いがはっきりするところもありましたね。ミドウさん同様、この作品では「敵対」を、ただの一言で語れないところが深いと思いますね。




大西について

大西くんとは主人公とは超人の会で一緒だった人でした。よく憶えていませんが。それで三国班というエリートの人たちの集まりの1人でした。ちなみに三国くんは同期の中で一番の才能を持っていましたが、ある作戦で魔物に一人で挑もうとした結果、命を落としています。

そんな大西くんですが、モブっぽくもありますが結構重要な設定があり、瑚太朗くんも少し特別な思いが語られています。

柔道でも能くするような大柄な男が、勢いよく頭を下げる。
篝をも見通せるという、認識かく乱耐性を持つ超人。
『目』とも呼ばれる。


こいつとは、私語を叩かないことに決めた。
...気に入ってしまったら、殺せなくなるだろうから。


ーー瑚太朗、大西(Terra)

大西くんは篝ちゃんが見えるということは、篝ちゃんの敵になってしまうことはわかりきっていますね。ただそうだとしても、気に入ってしまったら殺せない。愛する人を守りたいという気持ち、でも情を捨てきれないという想い、その2つが瑚太朗くんの生き方をよく表していると思います。
瑚太朗くんは愛に生きることを決めていますが、それで全ての人を愛せるわけではなく、愛するために裏切らなくてはいけないことも、なかなかに複雑であることがわかります。





ヤスミンについて

ヤスミンちゃんは戦場で出会った子供のひとりですね。戦争の日々の中で、その地の子供たちと遊ぶ時間は、瑚太朗くんにとって癒しだったように思いました。

日本に戻ってからも、瑚太朗くんはヤスミンちゃんとパソコンを通じてやり取りがあって、瑚太朗くんの作戦をずっと影で支えてくれていた子でした。

『こうなるとは思っていましたけど、今、少し泣いてしまいました』

『今までありがとう。何年も犠牲にさせてしまって、すまない』

『そんなことないです。やりがいのある仕事でした』
『みんなそう言ってました。私もそう思います』

〜中略〜

『さようなら愛しい人。あなたが良き星を見つけられますように』


ーーJasmine2015、koko1010(Terra)

ヤスミンちゃんは瑚太朗くんが残してくれたメッセージを、最後にみんなに伝えるという、大きな役割をはたしてくれますが、そのときのヤスミンちゃんの一言ひとことの演出は好きでしたね。

アニメ版では登場場面が増えたせいか、とても印象に残っているのに、本編から抜き出せるセリフは思ったよりも多くなかったです...
あの子は原作の終わりで見せ場がありますが、アニメでは瑚太朗くんと過ごした日々がいっぱい伝わってきて、それが良かったなぁ......。

アニメではこういった立ち絵も用意されないけれど大活躍するヒロインたちの絵があってそれが良かったです。
RewriteはTerraに入ってからも面白いのに、CGはかなり少ない気がするのはちょっと残念でしたね。展開を印象づけるCGでもっと感動に浸りたかったので、アニメには少し救いを感じました。





小鳥について

小鳥ちゃんはTerraでは何気に結構活躍しますよね。共通や個別のときとは違い、幼少のときには結構性格が違っていたことにびっくりしました。

最初は子供らしくない小鳥ちゃんとは険悪だったのですが、傷ついたペロという犬を助けたことを通して、少しだけ通じ合えたところもありました。

「教えてやるよ」
「人類の可能性、星が人に期待することをさ」
「いいか。それは地球を大切にすることじゃないんだ」
「リサイクルや、緑化や、エコじゃなかったんだ」
「唯一の可能性、それは良い記憶を示すこと」
「星に、人類の可能性を証明することなんだ」
「可能性って、つまりなーー」

「そんなのどうでもいいのっ」

「あたしは...あたしが言いたいのは...そんなんじゃない...」
「約束...」
「約束?」

「まだ、一緒に遊んでもらってないっ!」


ーー小鳥、瑚太朗(Terra)


ここでの約束とは、瑚太朗くんが戦場に行く前に二人がであったときに、また会えたら一緒にお祭りに行こうというものでした。
瑚太朗くんにとって地球環境や星の運命が、愛という前では大きな問題ではなかったように、小鳥ちゃんにとってもそんなことは約束の前ではどうでも良かったのです。小鳥ちゃんだって、大切なもののために生きたいと思っていたのでしょう。

俺にとっては小さな約束。
だけど子供にとっては、世界そのものと同じくらい、大きな...
だけど、その気持ちには応えられない。
なぜなら俺はもうじき...

「...似たもの同士だな」
「俺も、おまえも、そして篝も」
「篝も...?」
「そうだ」
「篝も、ひとりぼっちなんだ」

ずっと前から、そのことを知っていた。
そんな気がする。

「おまえには同情しないでもないけど...でも悪いな」
「俺は篝を選ぶよ」

銃を抜く。
フルオートで三発ずつ、ご両親の頭に撃ち込んだ。


「どうしてっ!どうしてこんなこと!?」
「いつか、こうしてやるつもりだった」

心の中で、おふたりに詫びた。

「やっと眠らせてやれた」
「...なんで、いつも...」
「実はな小鳥」
「おまえのこと、ずっと邪魔に思ってたんだ」

少女の泣き顔が停止する。

「本当に鬱陶しかったぜ」
「でもこれでせいせいしたよ」
「.........」
「憎たらしいガキだったからな、おまえは」
「ざまあみろ、だ」

「...あんたなんか」

決然と俺を見上げた。

「あんたなんか嫌い。死んじゃえばいい!」

だっと走り去るのを見送る。
もっと早くこうしているべきだったと後悔する。
市外に逃がしてやれれば...
いや、どこにいても同じだ。
俺のプランが吉と出るか凶と出るか、それまで篝を守れるか、それだけなんだ。

世界の命運と、じきに繋がっている感覚はこわい。
どこかで心の支えを必要としていて...
だから拒絶を避けて...
今の今まで、先延ばしにしてしまった。

でももう、はじまった。
すべてを裏切ることになる。
組織も、人々も、人類さえも。
篝の味方をするとは、そういうことだ。


ーー瑚太朗、小鳥(Terra)


ここでの小鳥ちゃんの気持ちを思うとすごく切ない......。瑚太朗くんにとって小鳥ちゃんの好意、それだって簡単に得られたものではないですし、篝を守るという共通の目的を持って行動を共にしていたところもあるのでしょうから、情が移らないはずはありませんでした。
それでも、そのためにはこうするしかないと、小鳥ちゃんの一番大切なものを殺めてしまうという選択はもう決定的な小鳥ちゃんへの裏切りでした。そのために悪そのものを演じた瑚太朗くんのことは見ていて辛かったです......。誰かを愛するために、こうして裏切り、見たくもない少女の泣き顔を見ることになるのですから......。

でもそれだけ小鳥ちゃんにとっても約束が世界そのものだったように、そんなことは関係なしに瑚太朗くんにとっても心の支えだったということがやはり心に残りました。瑚太朗くんはカッコ良いと思うと共に辛すぎます......。





井子さんについて

井子さんはもう忘れられてそうですけれど、マーテルにある児童養護施設の先生です。Terraでは幼い朱音ちゃんを通じて知り合っています。マーテルに居心地の悪さを感じ、瑚太朗くんは同じくマーテルにいる親と喧嘩ばかりで、そんな瑚太朗くんに優しくしてくれていた人でした。親にぶたれたときに気にかけてくれる場面は印象的でした。

そんな井子さんですが、ガイアの聖歌隊としていたこと、地竜のために命を吸われ失いかけていました。瑚太朗くんが地竜を踏破してまでやり遂げようとした末に見たもの、それは死んでしまっていた聖歌隊、そして加島桜でした。
瑚太朗くんは篝ちゃんのためにガイアを止めようとしていたのにも関わらず、です。

「結局...」

俺がなしとげたことなど、まるで無意味なのかもしれない。
聖歌は滅びを誘発する。
まだ現世が無事なのは、篝の意志のたまものだ。
だが...
果たして間に合ったのか、どうか。
亡骸を見ていくとひとつだけ息があった。
それは井子さんだった。


「...話せますか、井子さん」
「...あなた...瑚太朗...くん?」
「あなたたちを止めに来ました」
「あら、そうなの?でももう...みんな...」
「井子さんは頑張っていた。なのに、どうして?」

「だってうちの子たち...未来がないんですもの」
「ほとんどの子が一生...拙いままで...」
「それを見ている方こそ、つらいものなの...」
「...体は健康でも...心が...いつまでも赤子のままで...」
「何十年も、赤子のまま老いていくのよ?」

「...私...殺してしまった...」
「え?」
「最初は事故だった...ドアに挟まって...」
「でも静かになったそのご遺体を見ていたら...まるで...救われた気がして...」

井子さんは唇と鼻から血を流す。
やけに薄い、さらさらの血。
命の色素が抜けた、水のような血。

「そしたらもう...止まらなかった...」
「私、おかしくなっちゃったの」

「朱音はでも、少しずつ育っていたはずだ!」
「あの子は...桜さんに目をかけてもらっていたから....」
「あの人は...心を写し込む...」
「...だから殺せなかった...あの子だけは...」

「朱音は今どこに?」
「石の街に、送って...」
「この世界を滅ぼして、一部の人々だけを生き延びさせるってのか?」
「加島桜が、本当にそんなことを見逃すと思うんですか!」

「.........」
「ねえ、教えて。世界はどうなってるの?」
「空はどんな色をしている?」

「まだ青い!」
「まだまだ青くて、汚れていて、悲しくて、残酷な世界だよ!畜生!」
「もう何もかもが涸れる寸前だ。けどもう一世代だけ、送り出す力を残してる!」

「...失敗...かあ」
「朱音ちゃん...こっち側に...連れ戻しといた方がいいかなぁ?」

井子さんは突然、身を丸めて低く呻いた。
体をぴんと支えていた力が失せ、張力に引き寄せられるように、きゅっと縮まって震えた。
...死んだのだ。


「...ふざけんな...ふざけんな、ふざけんな、

ふざけんな!

そんな暇ねーんだよ...クソ、

クソクソ!

俺にも篝にも...そんな暇...!」

「あああああああああああっ!」


ーー井子、瑚太朗(Terra)


あれほど打ち砕こうとしたガイアの、その聖歌隊の中に、幼い頃に優しくしてくれて、そして鈴木凡人としても朱音ちゃんを通して、一緒に過ごす時間も少なくはなかった井子さんが、そんな中にいたら、瑚太朗くんはどう思ったのかはもう説明するまでもありません。

そんな人が自分の身勝手に起こしたことに朱音ちゃんを巻き込んでおきながら、朱音ちゃんを助けてあげてほしいと伝えて、そのまま身勝手に死んでいくのですから、これほど身勝手なことはありません。
......それがどんなに身勝手だったとしても、それでもそんなかつて優しくしてくれた人の頼みだったら、あれほどの時間を過ごしてしまった人なのだから、そんな大切な人の頼みだったらどれだけ身勝手だったとしても、そんなの断れるはずなんてないじゃないですか!
しかもそのうえ身勝手に生きてきて、そして優しくて、そんな人が最後に助けてあげたい子がいるという美しいものをもっているのですから、それはさらに残酷です。そんな身勝手、どうしたら断れるのでしょうね。

瑚太朗くんが井子さんに対してどんな想いだったのか若干説明不足でわからないのですが、それでもここまで悔しそうに憤るというのは、井子さんがもう大切な人になっていたというのは間違いないのだと思います。

彼女は世界に希望は無いと思っていましたが、瑚太朗くんの世界はまだ生きていることを聞いて、朱音ちゃんの生きたいという希望を信じ切れていなかったことに、最期にちょっと残念そうにしていました。

そんな井子さんの死を見届けなければならなかった運命には、とても悲しいのだろうと思わされます。

篝ちゃんにも瑚太朗くんにもやらなければならないことがある。時間はない。それでも断れない。それが情だから。もう情なしではいられないくらいの人になったから。それは死んでしまったとしても変わらない。

そして朱音ちゃんだって、迷子になってはかつての地球救済ハンターのように、魔物を昆虫と勘違いして昆虫採集をするおかしな子でしたから。それに何度も森で出会い、命を何度も助けてしまって、今さら見殺しにもうできないですよね。

そんな子を井子さんの身勝手な優しさで助けなければいけなくて、篝ちゃんとの愛に生きて何もかも切り捨てることにしたのに、それが今さらですからね。ぐちゃぐちゃになって叫びたくもなるのでしょうね。ほんとにすごい作品ですねこれ......。





津久野について

津久野さんはガーディアンで主人公と同じ落ちこぼれチームにいた女の子です。しかし才能の限界を感じて、途中でガーディアンを辞めてしまいますが、瑚太朗くんが一緒に過ごした仲間です。

その後に名前が長居に変わり、ガイアの養護施設の先生になっていて、またまた朱音ちゃんを通じて再会してしまいます。しかしガイアの脱退と共に記憶は消されてしまい、瑚太朗くんのことはもう憶えていませんでした。

石の街で、井子さんの遺言と言いますか頼みどおり、朱音ちゃんを助けに行くわけなのですが、周りの人は何だかんだと言っては朱音ちゃんを渡そうとしないのですよね。この人たちは井子さんとは違い、真の利己性からの身勝手でした。そんな人たちへの瑚太朗くんの怒鳴りがこんな感じでした。

「警告する」
「...あんたら、向こう側に戻ったほうがいい」
「加島桜は絶対に罠を仕掛けているぞ!あの婆さんは、生命の存在を認めていない!」

答える者はいない。

「現世の滅びとともにここも消滅するか、あるいは永遠に世界との繋がりを断たれるか...」
「まだ世界はある!もう少しだけ、あの世界は保つ!」
「まだ生きることができる!」

「生きてどうするんだね?」
「どうするって...これは罠だ!」
「我々は、罠でも構わないと思っているよ」
「それでは自殺だ!」

別の者が前に出た。

「私たちは罪人です」
「向こうに戻って、秩序に裁かれるのはご免だ」
「ここで静かに死にたい」

男、女、若者、老人...
人々は唱和する。
滅びの賛歌に聞こえた。
終末を救済と考える者たちの、哀切の声だ。


ーー瑚太朗、ガイアの人々(Terra)


「...誰も...いないのか?」
「生き残りたい者は、誰も?」

小さなざわめきが起こった。
群衆が揺れ、大人たちの間からひとりの少女が飛び出してきた。

「...あ......あ...!」

すぐに周囲の大人たちが少女を抱え、奥に連れ去ろうとする。

「その子を離せ!」

立ちふさがる男に、刃物を突きつける。
死を恐れないのか、まったく怯まない。

「ダメだ!この子は私たちに安息をくれる存在だ!」

「その子は今、生きたがったろ!」

「聖女なのよ!」
「そうだ、聖女を奪うことは許されない!」
「ここから出て行け!」

「ふざけるな!自滅したいなら、自分の責任で自滅しろよ!」


ーー瑚太朗、朱音、ガイアの人々(Terra)


ガイアの人たちは、生きることに虚無感を抱いた人の集まりでした。そんな人たちの生への執着の無さに瑚太朗くんが抱く感情は、ここまでやって来て、そしてわざわざ篝ちゃんの時間を削ってまでした警告なので、聖歌隊を止めに行ったのと同様の、それは虚無感でしょうねきっと。

ただし、その生への執着の無さと虚無に、生きたがった朱音ちゃんを取り込もうとしたときはどうでしょうか?聖女ですとか、安息ですとか、そんなの理由になるのでしょうか?
ガイア思想の人たちに向ける感情が虚無でも、未来を切り開く意志と力を持つ朱音ちゃんまでにもその思想のすがる対象として植え付けることに対して持った感情、それは怒りでした。

瑚太朗くんが怒鳴ったこと言葉、誰かを大切に思うとはどういうことなのかはっきりと分かりますね。この人たちは井子さんのような優しさではなく利己であり、それに侵食させようとしたことへの怒りでしょうね。
どんなに身勝手だったとしても、ガイアの人たちと同じ思想を持っていたとしても、それでも朱音ちゃんを大切に想っていた井子さんへ向けた怒号とは、怒りの対象が違うことが分かります。

聖女だから神聖なのではなく、人間として生きる意志を持つことのほうが神聖なんです。

群衆の中に飛び込む。
少女を奪い、胸元に抱えた。
無数の悲鳴が上がる。
反転し、来た道を引き返す。
背後から足をつかまれる。
ひとりふたりならどうということもないが、何人も追いすがってきた。
髪がつかまれ、裾が引っぱられた。
構わず前に出ていく。
門が近づく。
だがあと一歩のところで、人々の力が勝った。
目の前で門は閉じていく。
加島桜の罠は、人工来世と現世を切り離し、泡沫世界とすることだった。

「...行かせてくれ...俺は...俺たちは...」

「まだ生きることを諦めちゃいないんだ!」


俺の絶叫の裏で、朱音も言葉にならない叫びをあげていた。
その声は、命そのものみたいに頼もしくて力強くて...
だから奇跡は起きたのだろうか。

誰かが、俺を後ろから押した。
三人分の力だった。
僅差で俺は向こう側に弾かれる。
門の空間が持つなんらかの作用で、人々の手が振りほどかれた。
振り返った。

閉じゆく向こう側に、父と母、そして津久野の顔を見た。


ーー瑚太朗、津久野、父、母、朱音(Terra)

............。ここでまさかの津久野さんの登場ですよ驚きました。

と、その前に父と母について。ちょこっとだけ登場しますが、ガイア思想の二人と瑚太朗くんの考えはいつも合わず、ケンカばかりして、とうとう家出のような形でガーディアンに入り、そこから会うことはなく通じ合うことさえずっとありませんでした。
もう登場することはないと思っていたのに、最後でここで背中を押してくれるんだ...と思うと、それでも絆はあったのかもしれない、なんて思ってしまいました。ガイアとかは関係なく、最後で親子というものを見せられました。とても感動するしかなかったです。こんなことが起こるなんて......。

そしてさらにここで登場するのが津久野さんです。両親がここにいるというだけでも奇妙なのに、運命のような巡り合わせを感じましたね。
津久野さんは記憶すらも消えていて、瑚太朗くんのことはもう認識できないはずです。それにもうガイア思想に染まってしまっています。それなのに、まさかここで背中を押してくれるのは......もう奇跡だとしか思えなかったです。この三人目の文字が飛び出て来たときには、それはもう泣けました。こんなことがあるなんて、ね......。

この作品の伏線は驚愕に値しますよね。ミドウさんのときも話しましたが、公式ページで紹介すらされないような人たちをここまででかなり紹介して、しかも全員が重要な活躍をしていますよね。この人々の繋がり、想い、そうした愛しいと思えるものがここまででどれほどあったのでしょうか。
単純に愛と惑星環境のダブルテーマに愛を哲学と形而上的にと文学にまで書ききったそのうえさらに、ここまで愛と想いのつながりができる作品なんて他にそうそうないでしょう。この作品は凄すぎました......。

この場面はすごくよい場面だったのに、アニメではさらっとカットされているんですよね。ここも映像付きで見たかったかもですね。

まあー何にしてもありえないです。ここまででどれだけ感動させてくれるんだろうという気持ちでした。愛というものがどれだけ複雑で、尊くて、美しくて......それをここまで書いているこの作品は圧倒的にすごいですね。本編考察ではTerraの内容をほとんど入れていませんでしたが、こうして胸に秘めるには充分すぎた内容でしたね。





咲夜について

咲夜さんは瑚太朗くんにだけ冷たい人でしたが、ちはやルートでは瑚太朗くんの特訓相手になってくれたり、Moonでは駆けつけてくれて一緒に戦ってくれたりと、意外と最終的な印象は悪くなかったですね。

「...最後があんたと二人ってのも、皮肉な話だな...」
「三人ですよ」
「あなたの愛しの眠り姫がいるでしょう」
「...それもそうだ」

槍状のオーロラを飛ばし、数体の恐竜を串刺しにする。

「...瑚太朗君」

引き裂く。

「んだよっ」

切り払う。

「いつか、あなたは私の運命だと言ったことがありましたね」
「...んな昔のこと、もう忘れたね」

咲夜の手刀と、俺のオーロラが同時に恐竜を四等分に断つ。

「あなたは私の運命を超えていった」
「...運命線のその先まで塗り替えていくのが、あなたでしたね」
「.........」
「私にはできないことが、瑚太朗君の力には秘められている気がします」
「私にはこの場に立つことも、新たな可能性を創造することも出来なかった」

押し寄せる魔物たちを相手にしながら、途切れ途切れの会話を続ける。

「...大層な話するね、あんたもさ」

同じ能力。
同じ運命。

「...俺のほうが後期型だからじゃねえか」

獲得形質。
俺と咲夜の関係は、その上に成り立っているのかもしれない。

「...また、来ましたね」
「上か」

赤い、無数の光点が空の一角を覆う。
止めを刺しにきた。

「さて、打つ手はありますか」
「.........」

断言できる。
確実にない。

「やれるだけやるしかないんだよな」
「ええ、その通りです」
「では、やれるだけのことをやりましょうか」
「......あんたのさ、その減らず口とむかつく笑みさ」
「はい」
「何とかしてくれそうな気になるんだよな」

「考えてみりゃ、俺さ...」
「なんだかんだで、お前がいるときって、いつもお前を頼りにしてた気がする」
「そうですね。私もいつも、あなたの手助けをしてきた気がします」

「......へへ」
「.........」
「なんかやってくれるんかい、大将」
「もちろん、瑚太朗君ごときには及びもつかない方法で」
「...頼むよ、兄弟」

「任せておいてください」
「...兄弟」

そうだった。
...いつかの最後の別れだって、こうして二人で笑いあって。
変わらない。
たとえ全てが幻でも...。

「.........」

いや。
あいつは俺が呼んだものじゃない。
...ということはつまり。

「...まさか」

咲夜は言った。

『全ての認識を持ってこの場に』。

「.........」

言い換えれば...。
あらゆる咲夜という認識を持つ意識体は、ここを帰結点としている。

轟音が響く。
一本の木が、周囲の森を飲み込むように覆い広がっていく。
...魔物としての咲夜の、最後の姿だ。
あれまで持ち込んでるってことは。

「馬鹿野郎...」

あいつの全ての運命はここに繋がる。
いかなる可能性の中でも、ここへ辿り着き、そして朽ち果てる。
可能性の世界がどれだけ広がっているのかは分からない。
ただ、咲夜という存在は、間違いなくここに帰着し、そして終わる因果を生んでしまった。
ここに立つために、あいつは自らの運命を閉じたのだ。

...咲夜の枝が......豪腕が、高空の魔物たちを捕らえる。
かつてはただ佇むだけだった巨体が躍動する。
やがて、腕が崩れる。
魔の身体が崩れ...一本の巨大な樹へ、枯れかけた桜の樹へと形を変える。
それでもなお、葉が魔物たちを飲み込み、枝がからめとる。

「.........」

目的を遂げた桜は...。
崩れていく...。
葉を散らし、幹をはがし...。


咲夜という名の存在が、ここで消えていく。

ここでの結果が影響を与える世界には、これから広がるあらゆる可能性の中には...彼は、未来永劫に存在しないのだろう。
閉じた世界の中にしか、彼は存在しえない。
永遠と言う言葉では足りないくらい、今生の別れだった。
...散る桜の運命を、彼は自らの意志で背負ったのだ。

(...俺は覚えとくよ)
(今ここにいる、俺だけは...)


ーー咲夜、瑚太朗(滅び)

ここで二人が兄弟と言い合うのがステキでしたね。二人が似ているのはその能力だけではなく、その運命も...それは好きな者に全てを賭けてしまったというところでしょうね。

そんな瑚太朗くんのために実は咲夜は、シミュレートでしかない命の理論から全ての認識をもって、意識体としてここまでしてくれました。可能性をすべて終着点を確定させたことで消失させてしまうほどで、もう永遠という表現には内包することさえ不可能というほど会うことはないことになってしまいました。

そんな空虚さだけであっても、それでも永遠ではなくても。今の瑚太朗くんには確かに覚える、忘れたくない兄弟だったと思うとちょっと感動的でもありました。

だがこの命、あと数分ももたない。
一瞬で篝のもとに移動することはできない。
どうせ尽きる命ならーー

「いいんですか?」

あんたは?

「先駆者ですよ」
「それより、ここから先は地獄ですよ。いいんですか?」

だって俺にはもう、時間がないもの。

「あなたという個体にとってはそうでしょうが、先駆者になるということは、次の誰かがあらわれるまで履歴が上書きされないということ」
「それはとてもつらいことですよ」

...つらい...こと?

「ええ、この上なく」
「最後の一人になってしまえば、未来永劫の孤独が待っていますよ」
「それは恐怖に違いないでしょう?」
「本当にいいんですか?今ならまだ引き返してもいいんですよ?」

...でも俺は、どうしても篝に会いにいかなきゃ。
会いたいんだ。とても。

目の前の男を見つめ、問いかける。
あんたにはそういう人はいなかったのかい?
男はかすかな笑みを浮かべた。

「...そうですか。ならもう止めません」

そいつが手を掲げる。
俺も片手をあげてーーちゃんと人の手だったーー打ち付ける。
交替!

「行ってらっしゃいませ、瑚太朗君ーー」


ーー瑚太朗、???(Terra)

もう会えないはずだったのに、そう思っていたのに、なぜここで!?と思ってしまいます。正直に言うとさっきの哲学的なやり取りよりこちらの方が解釈理解に難しいですね。でも、認識意識が隔絶されても、通じ合い認識意志結合をすることがここで叶ったのかなと思います。だって兄弟なのだから。なんでしょうね、すごくいい展開でもう感無量でした。

たくさん特訓してくれて、ずっと先生みたいだった咲夜。今度は瑚太朗くんが咲夜さんの説得に、むしろ瑚太朗くんのほうが説得で返すという成長ぶりに鳥肌がすごい......。かっこよすぎる......。

最後の二人で交わしたハイタッチ、これは意識世界でのことなのだと思いましたが、二人が兄弟らしくていいですね。瑚太朗くんにとってはもう名前も覚えていないのに、自然と昔からの知り合いのように言葉とハイタッチを交わすのなんて......瑚太朗くんの深層認識の中には、名前はなくても覚えていたんだと思うと、瑚太朗くんと出会い、理論世界で共に生きて、夜の集まる月で共に力を合わせて守ったこと、そんなことを思い返してもーすごいです......。

「覚えている」。この言葉、篝ちゃんとの約束だけではなく、こうした通じ合いの本物を見せられたのは感動いっぱいでしたね。この二人は最後にまで最高の絆を見せてくれました。






命は理論としてだったのか

この作品の構成構造といいますか、要は個別ルートは命の理論としてのシミュレートでした。だからただの可能性としての映像断片を見せられたのだと、脱力してしまった人もいるかもしれません。

捉え方の違いですが、本当にそれだけだったのかなぁと私は思います。シミュレートだったとしても、それでもやはりあれほどまで物語があり、そこで一生懸命に輝きをもって生きた命だってそう簡単に割り切れるものではないのかもしれないと思いました。そこで生きた命は、シミュレートだとか関係なく、そこでの精一杯の答えを探していましたから。これもやはり尊厳に関わるお話とはまた違うお話になるのですが、それでも信じてみたいなと思えることでした。一緒にいられた時間が、ただの時間の浪費だとは思いたくはないですね。きっとなにかステキなものだったと思いたいです。

咲夜にしてもそうですが、もしあれが本当にただのシミュレートだとしたら、Moonで一度は崩壊したオカ研が再編成されて、力を合わせて全員で戦うという、そういう感動はなかったと思います。
瑚太朗くんをはじめ、全員の命は確かに生きて、そうして得られたものがあるからこそ、最後の最後で全員が瑚太朗くんの背中を押してくれるのだと思いました。ただのシミュレートだったとしても、それが命であり、意志であることには変わりありません。と、そう思いたいですね......。


こうしてみると、瑚太朗くんが大切にしたいと思った人、大切にしてくれた人はたくさんいたことが分かります。
それだからこそたった一つの愛に賭けるものは、その大切なもの全てを投げ打ってでも追いかけ続けたもので、次の言葉にも重みがあったのではないでしょうか。




「何人、こうやって殺してきたと!」

決して、人を愛せる人間じゃなかった。
だからって、すべてを憎んでいたわけでもない。
分かり合えた人たち。
好ましいと感じた人たち。

すべて裏切って、すべて犠牲にして、ここまで来た。


――瑚太郎(Terra)


あまりはっきりとしたことではなくて申し訳ないのですが、瑚太郎くんはこうした人たちのことを顧みないような人だったとは私には思えなかったのです。それはもうここまで書いてきたうえで、この言葉が言われるわけですから、きっと瑚太朗くんの心象にはそんな人たちがずっといるのではないかと、そう自分の中では確信しています。

もし顧みないのであれば、ルイスくんに対する気持ちも、犠牲にしてきた人たちに対する気持ちも、乾燥したものでありそうに思えましたから。瑚太郎くんはずっと顧みていたように私には見えました。だから愛というテーマにした以上、食いつぶすだけという寂しい答えで終わりたくないという、私の欲望と願いでした。瑚太郎くんの気持ちが、枯れ果ててほしくはありませんでしたので、ただ愛という、その先の答えを見てみたかったのです……。

あともう一つ、最後に書き足した言葉には、同ライター作品の「最果てのイマ」からも着想を得ています。
最果てのイマでは上位概念として私が存在していて、細胞群はその下位概念とされています。しかし、その細胞群に対して我々は愛してあげるようにと伝えています。そのため最果てのイマとのメッセージに適合させて、母を食いつぶすだけではなく、たまには顧みて、そして愛してあげてもいいのでは、という終わりの言葉にしてみたという側面もあります。憶測も強いのですが、案外これがライターの本意だったのかな、とも思います。



最後の“上書き(リライト)”


気がつけば、ものすごい勢いで街の上空を飛んでいた。
跳躍している。
数百メートルの高度を、ひとっ飛びでまたいでいる。
自分がどういう姿をしているのか、わからない。
ここまでの能力だと、もう人の形ではないんだろうなと思う。

ハンサム顔に未練はあるが、まあ仕方なしとしておこう。

ああ...気持ちいい...風だ...
どこまでも飛んでいける気がした。
命さえあれば、俺はどんなものにでもなれる。
遺伝子の外に捨てられた、さまざまなガラクタさえ、自在に加工できるんだ。
だけど悲しいかな、俺の命の総量は人間ひとり分。
だからここまでしか、できない。

だからその技術は、皆に託そう。

世界にーー


ーー瑚太朗(Terra)

アニメの1話あたり(Moonでの月光散歩に該当)ですまし顔で空を飛んでいた瑚太朗くん、自分のことをハンサム顔だと思いながら飛んでいたのかと思うとちょっとクスッときますね。

(アニメではちょっとだけグロい絵が登場しますので念のため割愛)

でもここでは、とうとう顔までもが樹木化して怪物みたいになってしまった瑚太朗くんに、命尽きる前に篝ちゃんに会っておきたいと最後に思って上書きした瑚太朗くんには、そんなことない!本当にかっこよかったよ!とつい言わずにはいられませんでした。ここまでの感動がとにかくすごかったです!瑚太朗くんはここまでよくやりきったなぁ......と思います。

今までの上書きはいわば、篝ちゃんを守るためにありました。篝ちゃんのため、懸命に戦うため、運命に抗うため......
しかし最後のこの上書きは、ただ篝ちゃんに最後に会うために使いました。少年は命を使い果たしでも、最後の最後まで恋に全てを賭けたのです。
そして最後は純粋に、ただ篝ちゃんに会うために、そんなささやかな願いのために、今まで世界を変えてきた力を最後に使うのは本当に鳥肌モノでした。これはステキすぎて泣きが止まらない.....。





空っぽだったポケット

ある時、何も持っていないことに気づいた。
家族と決別し、仲間と組織を裏切り、師すら手にかけた。
友達を泣かせ失い、慕ってくれる者達にも背を向けた。
そして自分自身すら切り捨てたんだから、当然だ。
でも空っぽだと思っていたポケットには、たった一つだけ残っていたんだ。


覚えているけど、覚えていない約束のために、俺は書き換える。
永遠に一人、孤独に生き続けなければならない、彼女の運命を

アニメで追加された詩です。プロローグの対応になっていますが、これでよりこの作品が何を求めていたのか分かりましたね。

瑚太朗くんが追い求めたものは何か。それはプロローグーー青春とは?ーーで語られているように、人生の幸せでした。それがこの作品の最大の問いかけだったように思います。

幸せが詰まっていると錯覚したポケットには、薄っぺらなものしか詰まっていなくて、それは無と...空っぽと同義になるのでしょう。

しかし今回、そんなポケットに詰まった幸せのようなものを、瑚太朗くんは自ら手にかけて捨ててしまいました。それでも空っぽになったと、空っぽだったポケットには、一つだけ残っていました。だからこれが、瑚太朗くん自身が出した幸せへの答えです。

この答えのために、これまで篝ちゃんのためにしたことを見てきたので、ここでの瑚太朗くんの言う言葉には深く入り込んでしまいました。ここまでの瑚太朗くんが一生懸命になって追い求めたもの、それは見ていてとても良い記憶だったと思います。





「渡りの詩」と 「CANOE」

https://m.youtube.com/watch?v=cDMtDtHZFiQ&feature

(YouTubeのこのRewrite動画好き)

Rewriteを代表する曲といえば、MoonとTerraそれぞれのEDテーマになっているこの2つの曲ですよね。実はどちらの曲も“旅”がモチーフになっています。

私はそれぞれの歌が、篝ちゃんと離れてしまう歌と、会いに行こうとする瑚太朗くんの歌ーーそれは旅のように思いました。
約束を交わし、そんな約束を叶えるための長い旅。そんな歌詞には無い意味みたいなものも感じましたね。

でもCANOEの3番でようやく現れる歌詞「君に届けたい」とは、なんのために食いつぶすのか、切り開くのかということを強く示しているように思います。
それは愛する君に届けるため、そんな愛を込めているように思いました。


そんな2つで1つの歌は合わせて、愛のために生きた瑚太朗くんと篝ちゃんが再び会える、そういう旅の歌なんだなと思うととても感動できました。






Rewriteから見た作者像

では最後に、Rewriteと愛というテーマについて思うところを書いてみます。私はRewriteの作者のひとりである田中ロミオさんの過去作をやっているのですが、その人の哲学の特徴というのは、自我と他我との境界線を引くことで、それが絆だというのが特徴です。つまり、絆をテーマとした作品が特徴だと思っています。

ふたりの間に引く線について探りたい。
線が引かれることで、やっと人は安心できる。


――瑚太郎(対話)


しかしその他者論哲学だと特異性、それは個人に対する感情というものがまるで説明できません。だいたい可能、相手は誰でも良いということになります。そのことについて、この作者さんはずっと悩んでいたように思います。そしてそれと同時に、過去作ではそのことに対する答えを出すことはできていませんでした。

「大切な友だち。それはただ、君たちでなければならないのか、と」

「でも問題は解決していない。君たちだけが唯一無二の友達である必要性……」
「そんなものは、ないんだ」


――最果てのイマ(デート(仮)~甘酸っぱい何かのために~)

つまり、田中ロミオさんは今まで絆について書いていましたが、恐らく愛については書くことができていませんでした。彼の過去作は、(別に批判ではなく、どれも完成度自体は素晴らしいです)愛ではなく絆とか友情についてばかりしか書くことができていないように思いました。それは多とか、代替可能なものについてばかりで、特定の個については哲学できず、書くことができなかったという印象です。個人の尊さと愛は、哲学できないということです。それはエロゲ―にも関わらず、です。それが今回のRewriteではどうでしょうか。見てもらったとおりに、もう吹っ切れたものさえ感じました。私にとってこの作品には、とてもとっても驚かされました。

透明の絆が、俺たちの間に渡されていた。
それは蜘蛛の糸よりも細く、今にも切れてしまいそうだった。


――瑚太郎(三杯のコーヒー)

絆と愛、つまり「好き」と「愛する」の違いとは何か。好きというのは、線引きを行う、それは心の距離を規定するということです。それに対して愛は、このように線が渡されること、心のつながりということのように思います。今までのこの作者さんなら、ずっと他者関係を線引きだけで説明していました。だから私にとって、この時点で激しい違和感がありました。糸のよう、と言われるつながり、それが好きとは違う、愛の芽生えなのだと、この作者さんはそう表現することにしたのかもしれません。


そして好き(=絆)とは、心の距離を規定する線引きという、心のシステム様作用、そのような物理的干渉現象として哲学的にとらえることにより、他者との距離があることが親しさにつながるのだと、その距離を大切なものとしていました。しかし愛は説明できません。だから線引きや、物理的干渉という理論のさらなる上が求められたのかもしれません。それが、愛の超高位概念という答えだったように思います。絆はシステム的な説明をすることができなくもありませんが、愛はそれすらできない。絆は線引きという現象だとしたら、愛は理論を超えた超越的な高位概念とすることで、絆や好きという感情の上にある高位の感情としたように思いました。

でも、超高位概念という答えを出して、そのまま手放しにしているのかというと、そうではないところがRewriteの素晴らしいところだと私は思っています。そのような超高位概念を、この物語では篝火として喩えています。つまり愛とは、暗闇の中で灯る篝火のようなものだ、と結論付けているように思いました。だからこそ選択肢に篝火が灯るという演出をもって、愛というものを受容者に感覚的な理解を与えようとしたのかもしれません。その眩しさだけがあれば、瑚太郎は生きていけたように。

篝火のように導いてくれるもの、それが愛だったということです。愛は人を救う。だから瑚太郎の人生に篝火を灯すもの、それが篝という名前無き現象だったことでした。人生の幸福を、他者論に愛の概念で塗りつぶしたようでした。現象も理論も超えた、愛というものの尊さ、完璧だと感じたとともに、衝撃を受けました。人生の幸福に規定された答えがないように、答えがないのなら、探すことで、表現することで、確かなものとして示すことができるというように思いました。それは哲学と文学は、一体にして高次元へ至る可能性を秘めているということを感じさせられました。

私が初めてRewriteを遊んだ時に抱いた感想は、今までの哲学と違うがゆえに、正当に評価することができませんでした。それは期待していたものと違う、肩透かしのようなものでした。でもそれは、好きと愛が違うから、今までの作品との哲学と違うのだということが理解できました。だから今までと同じものを望んでも、そこにはないのは当然でした。むしろ高位概念へと至るために、過去の哲学をほぼ捨ててしまったその姿勢と、新たな哲学の創出と、その愛の可能性に私が気づくことができた時、もはや称賛しかありませんでした。この作者らしくはなかった、いいえ、この作者は高位概念へと至る挑戦をしたことで、まるで別物のようなものを生み出せたことに、ただただ驚きしかありませんでした。


ここまでちょこっと難しい話だと感じさせてしまったのなら申し訳ありません。要約すると、あの恋愛の書けない田中ロミオさんが恋愛ゲームのシナリオを書いたの!?ということを私は言っていました。そして愛についてテーマにすることは難しいということについても言っていました。だからこれは素晴らしい作品だと思います、というのが私の意見です。




ここまで書いてきて思うのは、やっぱりすごい作品だったなぁと思うことです。この作品では辛いと思った人、絶望してしまった人、そんな人がたくさん登場します。
もちろん、そういう人たちの人生には共感できるものが多く、どれだけ泣かされたか分からないくらいですが、それでもたった一つの尊いものを求め、そういった人たちに見せた瑚太朗くんの生き方は、とてもすごい感動があったのではないでしょうか。

傷ついた人がどれだけいたとしても、世界がどれだけ不条理であったとしても、それでも愛を信じて全てを賭けて、そうして生きた瑚太朗くんの人生には、それはもう力強く、そして尊いものを感じた人も多いと思います。それがこの作品の「感動」だったのかなぁと私的に思います。

Rewriteは原作50時間+アニメ12時間もありましたが、間違いなくそれに見合うものがありました。伏線・展開・物語の構成、その全てが芸術的で、主人公の純粋すぎる真っ直ぐさをとにかく最後まで書こうと思った意欲には恐れ入りました。最後まで信念を貫き通すことは難しいことです、だからこの作品は心から賞賛できると思いました。

報われないと分かっていても、それでもたった一つの想いに、ただ馬鹿みたいに純粋に、これだけの長さの中でも最後まで駆け抜けた瑚太朗くんには感動させられました。

愛というものを書くのはどこか躊躇してしまいますが、最初から最後までここまで追い求められてしまうと、どこか清々しいものさえ感じました。

「愛」というものを求めた作品としては、Rewriteは相当すごい作品だと思います。ここまで馬鹿正直に純粋に書くのですから、その信じられない真っ直ぐさにはやられてしまいました。最高の作品でした。愛についてここまで書いた作品は他にありません。愛とこの作品は素晴らしいなと思いました、本当にありがとうございました。

ジャンルが恋愛アドベンチャーというのはVisualArt's20周年記念作品にしてはあまりにも手抜きすぎでは?と思いましたが、終わってみるとああっ!あああーーー!という気持ちでしたね。実はすごく凝ったジャンルの設定だったのですね。

とても良いものが見られて、とてもステキな作品に出会えてよかったです。ありがとう、良い記憶でした。


初めての考察記事でしたのでいろいろと至らない点などがありましたら申し訳ないです。そのときはコメント等でご指摘していただけると幸いです。
改めて読み返してみると、文章力も低いですし、後半からの感想は特にアニメ感想板と大差ないような幼稚な感想をお見せしてしまったのではないかと思います。お恥ずかしい限りです。

そしてここまで読んでくださったことに感謝します。本当にありがとうございました。


……皆さんの明日にも、どうか良い記憶で満ちていることを願っています。